リザルトノベル

●コース1 ゴールドビーチでエンジョイ☆

 夏の日差しが輝いていた。
 日の光に光る砂が眩しい。
 何処までも透明な海に身を浸せば、一層世界は光に満ちた。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
「シリウス、見て」
 リチェルカーレは、太陽の光が揺れる浅瀬に漂う極彩色を見つめた。
 尾っぽを振って水の中を優雅に泳ぐ熱帯魚。
「綺麗な魚……」
 碧の瞳を輝かせ、リチェルカーレは魚の後を追う。
(子供みたいだな)
 その背中を追いながら、シリウスはそっと口元を歪めた。
 水着姿を見た時は、存外に女性らしいその体のラインに言葉を失ってしまったものだが、今こうしてはしゃぐ彼女は、いつも通りで。
(この調子だと、撮影されているのも忘れているに違いない)
 シリウスがチラリと視線を後ろに投げれば、二人の様子を追って撮影カメラが回っている。
「あっちにもいる……」
 熱帯魚達は、リチェルカーレ達に追われても我関せずといった様子で、自由に泳ぎ回っていた。
 夢中になって魚達を追って、リチェルカーレが方向転換する。
 その時だった。
「……きゃあ!?」
 不意に大きな波が彼女を襲った。すっぽり波に呑まれて視界が白く染まる。
 ぐらりと体勢が崩れて、海の中へと沈む感覚に、思わずぎゅっと目を閉じた。
「リチェ!」
 けれど、不安になったのは一瞬だった。
 直ぐに逞しい温かい腕が、彼女を救い上げてくれたから。
「大丈夫か?」
 シリウスの翡翠の双眸が、真っ直ぐにこちらを見ている。
「だ、大丈夫……」
 彼に抱き上げられている。そう気付いた瞬間、顔が熱くなるのを感じた。思わず視線を逸らしてしまう。
 小さくシリウスが笑ったのが、密着した身体越しに伝わった。
 ちょっと恥ずかしい。
 頬を染めて、リチェルカーレが顔を上げれば。
 呆れたような、でも優しい笑顔が見つめていた。
(誰かに見せるのが惜しい)
 至近距離で見る、赤く染まった頬と花のような笑顔。
 後ろで回るカメラから彼女を隠すように、シリウスは優しく彼女を抱き寄せたのだった。


 透明な海は、何色にも染まる。
「波が気持ちいいですねー……」
 淡島 咲は、浅瀬に浮き輪を浮かべ、その上から青い空を見上げた。
 抜けるような青が、何処までも広がっている。
「漂ってるだけで気持ちいいです」
 浮き輪と一緒に波に揺られる心地よさに、咲は大きく伸びをした。
「…そうだな」
 そんな彼女を見つめ、イヴェリア・ルーツは瞳を細める。
 夏の太陽の下、水着姿の咲が眩しい。それだけで、ここに来て良かったとしみじみと思う。
「こうやってぷかぷかしてるのも楽しいです」
 海の中へ潜ったりして泳ぐ事も考えた咲だったが、生憎と泳ぎの経験は少ない。
 泳げない訳ではないのだけども、こうして浮き輪で楽しむ事を選んだのだった。けれど、ふと少し不安になる。
「イヴェさんはもっとがっつり泳ぎたかったですか?」
 隣のイヴェリアをじっと見つめ尋ねれば、彼は緩く首を振った。
「俺はこうしてるだけでいい……」
 きっぱり言って、咲の浮き輪の紐をぎゅっと握り直す。
 彼女が波に攫われないよう、しっかりと。
「よかった」
 咲が安堵の吐息を吐けば、イヴェリアは指を伸ばして彼女の長い黒髪に触れた。
「海から上がったら、しっかり髪を洗わないとな」
「海の水って、べたべたしますからね」
「塩分は髪に良くない。サクの髪が傷んでしまう」
 イヴェリアは真面目な顔で咲の髪を撫でる。
「髪の毛が乾き始める前に、海水をよく洗い流さなければ。そのままにしておくとゴワゴワになる。拭くのは任せてくれ」
「……だったら」
 少し考えて、咲もまたイヴェリアの髪に触れる。
「イヴェさんも、よく洗い流さないと……ですね。拭くのは私に任せて下さい」
 そう言って咲が微笑めば、イヴェリアは少し驚いたように瞬きしてから、柔らかい微笑を浮かべた。
 微笑み合う二人を、撮影カメラはしっかりと映していた。


 どうにもカメラの存在が気になる。
 太陽の光を反射して光る海を見つめ、月野 輝はなるべくカメラの方を見ないように、意識しないようにした。
 遊んでるのを撮られるくらい別に……無料で招待して貰った分、お礼としてそれくらいは……。
 そう考えて、撮影に応じる事にしたものの、いざとなるとやはり恥ずかしいと思う。
(水着、だし……)
 そう水着というのが、余計に恥ずかしさを増大させているのだ。水着ってどうしてこんなに面積が少ないんだろう。
 そんな事を止めどなく考えていた時だった。
「輝、これを着ておきなさい」
 ふわりと肩に何かが乗った。
「アル?」
 振り返って、彼がパーカーを被せてくれたのだと気付く。
 彼──アルベルトは、にっこりと微笑んだ。
(輝の水着姿、撮影させてなるものか)
 撮影スタッフが舌打ちをしたような気がしたが、アルベルトはニコニコと笑顔を向ける。
 彼から立ち上る黒いオーラに、輝は気付いていない様子で、パーカーとアルベルトを交互に不思議そうに見ていた。
(水着姿が撮影される事にもっと危機感を持ってくれ……)
 無防備な彼女に、アルベルトはそっと心の内で溜息を吐く。
 どんなに自分が魅力的な女性なのかを、輝はもっと自覚すべきだと思う。こんなにも己に独占欲を抱かせるくらいに。
「あ、日焼けはしないに越した事無いわね」
 ポンと手を打つ彼女に、アルベルトはそうですよと笑みを返した。ああ、全くもう可愛いですねという言葉を飲み込んで。
 輝は大きな彼のパーカーを着て、波打ち際へと歩いて行った。水着が隠れたお蔭か、先ほどより足取りは軽い。
(これはこれで、かなりの破壊力ですが……)
「アル、気持ちいいわよ」
 パチャパチャと素足を海水に浸して、輝は幸せそうに微笑んだ。
「こうしたら、もっと気持ち良いと思いますよ?」
 アルベルトは彼女に歩み寄ると、いきなり海水を手のひらで掬って彼女に掛ける。
「きゃっ……冷た……やったわね!」
 輝はむむっと眉根を寄せると、お返しとばかりにアルベルトへ水を掛け返した。
「甘いですね」
 バシャ! アルベルトの反撃。
「これならどうっ?」
 バシャア! 輝の逆襲。アルベルトの顔面にヒット。
「なかなかやりますね、輝」
「アルこそ」
 思い切り水を掛け合う二人の姿が、スタッフに撮影されていく。
「あ」
 不意にカメラに気付いてしまって、輝は自分の顔が真っ赤に染まるのを自覚した。
(何かこれって恋人同士みたい……)
 アルベルトが嬉しそうに自分を見ていた事に、輝は気付いてはいなかったのだった。


 真っ白なビーチハウスは、海の家というよりもお洒落なカフェといった雰囲気だ。
 開放的なウッドデッキのテラス。座り心地抜群のソファに座れば、目の前にはゴールドビーチの絶景が広がる。
 潮風を感じ、波の音に耳を澄ませば、贅沢なゆったりとした時間が流れる。
 ──筈だった。
「…………」
 リゼットは、テーブルに置かれた料理を眺めてにっこりと口角を上げた。
 水着姿で微笑む彼女を、撮影スタッフが舐めるように撮影する。
「…………」
 一方、彼女の向かいの席に座るアンリは、微妙な表情でテーブルの料理を見ていた。
「まずいと相場が決まってる海の家のカレーで食レポ……」
 ぽつりと呟いた彼へ、リゼットの瞳が一瞬険しく光る。
「豪華な海の幸とかにしてくれよ……」
 ガツン!
 テーブルの下で、リゼットのサンダルがアンリの足を踏み付けた。
「な、なんちゃって……カレーこそ、海の家で食べるべきメニューだよな!」
 引き攣った笑顔でアンリがそう言えば、にこにことリゼットが瞳を細め、二人は同時に手を合わせる。
「いただきますうっ」「いただきます」
 スプーンで一口掬って、思い切って口に運んだら。
「あはは……オイシーイ」
「あははウマーイ……」
 どちらからともなく、何処か虚ろな笑い声が上がった。
 アンリはスプーンで掬ったカレーを、じっと眺める。見た目は普通。至って普通の筈なのに、この砂を噛んでいるような味は何故なんだ?
「カレーをこんなにま……うまく作れるのはリズくらいだと思ってたぜー」
「……」


 にっこり。
 リゼットが可憐に微笑むと同時、アンリは脛に激痛が走るのを感じた。
「そんなに美味しいなら、私の分もあげる。
はい、あーん」
 痛みに声を詰まらせたアンリに、リゼットは身を乗り出して、スプーンで彼の口へカレーを詰め込んでいく。
「おいコラ!」
 もがもが。
「待て!」
 ぐいぐい。
「うますぎて死ぬ……!」
「うふふ、アンリったら幸せそうな顔しちゃってー」
 もがー。
 虚ろな目のアンリに、カレーを食べさせてあげるリゼットの図を、カメラは最後まで見守ったのだった。


 浅瀬では、泳ぎの練習をしている人も数多い。
 透明な水は、底の見えない恐怖心を煽られないし、足が付く安心感、穏やかな波も実に初心者向きだ。
 そんな訳で、手屋 笹もまた、ぐっと小さく拳を握る。
「あまり水に入ったことが無いので、泳ぎの練習をしたいです!」
「そういえばそうだったね、笹ちゃん……」
 水着姿の彼女を少し眩しそうに見つめ、カガヤ・アクショアはうんと小さく頷いた。
「折角だから浅瀬で練習しよっか」
「はい!」
 笹が大きく頷けば、カガヤは頬を緩める。
「浮き輪お借りしましょう」
 笹はパステルカラーの浮き輪を貸りて、恐る恐る海の中へ一歩踏み出した。足を浸す透明な水が冷たく心地良い。
「まずは……何をすれば……」
「えーっと、まずは水に慣れよう」
 戸惑うように歩みを止めた笹を促すように、カガヤは先に水の中へと入って見せる。
「浮き輪で浮いてみてー」
 カガヤがカモン!とばかりに両手を広げた。何があってもフォローするという仕草に、笹は安心感が胸に広がるのを感じる。
「浮けばいいのですね!」
 コクンと頷き、笹は浮き輪を体に通して海の中に入った。
 浮き輪の力で身体がふわりと透明な水の中を浮く。足が地面を離れて、ぐらりと揺れた笹の手をカガヤの手が掴まえた。
「よしよし。手ー引くよ~」
 カガヤがゆっくりと手を引けば、水の中を体が進む。気持ち良い。
 先ほどまで居た浜辺が少し遠のいたのを確認してから、笹はふと気付いた。
 同じように浮き輪で漂ってる人は何人も居るけれど……ほとんどが小さな子供達ばかりだ。
「……」
「笹ちゃん?」
 俯いた笹をカガヤが覗き込む。
「どうかした?」
「……やっぱり子供のように見えますか?」
 ぽつり呟いた笹にカガヤは瞬きした。
「子供?」
 首が傾いた後、カガヤが笑う。
「頑張る人に子供も何もないと思うな。浮き輪はかわいいけど」
 今度は笹が瞬きする。
 不思議。カガヤの言葉は、他の何よりもこの胸に響く。
「行こう、笹ちゃん」
「……ええ、カガヤ」
 ゆっくりと浅瀬を進む二人を、撮影カメラが微笑ましく映していた。


 透明な海は、何処までも光を反射しているようで、不思議な色彩。
 篠宮潤は、浪間に揺られながら、キラキラ光る水面を見ていた。
 光の加減で変わる色は、何時まで見ていても飽きない。
 砂浜では、彼女のパートナーであるヒュリアスが、眩しそうに海を眺めている。
 海の中で見る景色と、砂浜から見る景色、やっぱり少し違うのかな?
 そんな事をぼんやりと潤が考えた時だった。
「あ……れ?」
 水底を一際鮮やかな色彩が過ぎる。
(綺麗な魚……)
 透明な水の中を、美しい色の魚達が泳いでいた。
 とっぷん。
 近くで見たい。そんな欲求に従って、潤は水底目指して海の中へと潜った。
「ウル……っ?」
 一方、ヒュリアスは突如視界から消えた潤に、驚いて立ち上がる。
 まさか溺れたのでは?
 考えるより先に、ヒュリアスの足は海の中へと向かっていた。
 透明な海へ飛び込めば、先程まで潤が居た位置まで猛スピードで泳ぐ。
 海中に潤の姿を見つければ、その腕を掴んで引き寄せた。
 目を見開く潤に構わず、身体を救い上げて水面へと浮上する。
「……ッ……ヒューリ?」
「大丈夫、なのか?」
 パチパチと瞬きして、間近にあるヒュリアスの顔を見上げれば、彼の眉間には深い皺が刻まれていた。
「えっ? えと……魚、夢中で見て、て……」
 潤が水底を優雅に泳ぐ魚を指差せば、ヒュリアスの眉間の皺が増えた。
「ヒューリ、泳げたん、だ」
 てっきり泳げないから砂浜に居たのだと、そう思っていた。
 潤が微笑んだ瞬間、プチッとヒュリアスの中で何かが切れる音がする。
(泳げないと思われてたわ……無駄に心配させられるわ)
 散々ではないか。
 ふつふつと湧き上がる衝動に任せて──。
「アイタッ!」
 首筋に痺れるような痛み。
 最初、何が起こったのか、潤には分からなかった。
 ヒュリアスが、ペロリとそこを舐めるまでは。
「……っ??」
 思わずびくぅと身体が跳ねて。
 驚愕と困惑とよく分からない恥ずかしさが込み上げる。
 噛まれた? 首筋を? ヒューリに?
 な、なんで?
 カチンコチンに固まった潤を腕の中に、ヒュリアスが口の端を上げる。
 そんな二人のやり取りを、撮影カメラはしっかりと記録していたのだった。


 少しだけ。ちょっとだけ、なら。
 頬を染めて撮影を了承した夢路 希望が可愛らしくて、スノー・ラビットの頬は緩んだ。
 希望の水着姿。独り占めしたい気持ちは勿論たくさんあるのだけども。
 同時に、彼女はこんなに素敵なんです!と、全力で主張したい想いも、この胸にはあるのだ。
「ね、ノゾミさん。外に行かない?」
 スノーの提案に希望が瞬きした。
「暑いのは苦手だけど……
外の方がいろいろ遊べそうだよ」
 スノーが指差す先には、雲一つない蒼空と輝く砂浜が見える。波の音と人々が楽しげに上げる声が響いていた。
「そう、ですね。行ってみましょう」
 希望が頷くと、スノーは彼女の手を引いて太陽の下へと出る。
 浜辺では、観光客(多くは同じウィンクルム達だ)が、思い思いに海のバカンスを楽しんでいた。
 その様子を、撮影スタッフが一瞬たりとも見逃さないとカメラを回している。
 勿論、希望とスノーの二人の姿も。
「う、海に入ってみますか?」
 明らかにカメラを意識し、希望の足と手が一緒に出た。スノーは瞳を細め考える。
 そんな彼の視界に入ったのは、夏を代表する果実。
(スイカ割りなら楽しんでいる内に緊張解けるかも……)
「ノゾミさん、スイカ割りやってみない?」
 スノーの提案で、二人は大きなスイカと棒、目隠し用手ぬぐいを売店で貰ってきた。
 どちらが先に挑戦するか、ジャンケンで決める事にする。希望がチョキで、スノーがパー。
「じゃあ、ノゾミさんからだね」
 スノーが笑顔で目隠し用手ぬぐいを手に取り、優しく希望の瞳を覆った。
「じゃ、じゃあ……行きます」
 ぎゅっと棒を握り、希望は瞼に覚えているスイカ目指して恐る恐る歩き出す。カメラは視界から消えたけれど、きっとまだ自分を映している筈。
 ドキドキと自分の鼓動がやけに大きく聞こえた。
「ノゾミさん、がんばれー」
 スノーの応援の声に、鼓動の音が少し小さくなった気がした。
(……ユキの声……)
 すっと希望の中に入ってきて、温かく包んでくれる。
「そのまま真っ直ぐだよ」
 スノーの声に集中して、彼の声の導くままに歩き出す。そうすると、何時しかカメラの事は忘れてしまっていた。
「もうちょっと右!……そこ!」
「……えいっ!」
 確かな手ごたえ。温かな拍手に目隠しを取れば、スイカは綺麗に真っ二つに割れていた。
「ユキ……!」
「やったね、ノゾミさん!」
 自然と手を差し出して、二人はハイタッチをしていた。笑顔が零れる。
 触れた指に希望の頬が紅潮した瞬間を、カメラは鮮やかに映していて、更に彼女の頬は林檎色に染まったのだった。


 テレビ撮影。それはビックチャンス!
 ハロルドは、ぐっと拳を握り静かに燃えていた。
 堂々と彼にくっつけるチャンスを、モノにしないという選択肢はない。
「ディエゴさん。まずは海の家に行きましょう」
「そうだな」
 ディエゴ・ルナ・クィンテロは即座に頷いた。
 第一段階クリア。ハロルドはよし!と内心ガッツポーズを取り、彼と共に砂浜に立つお洒落な白い建物へと入る。
 ウッドデッキのテラス、ソファもお洒落で、ハロルドは二回目のガッツポーズを心の中で決めた。ナイスロケーション!
 二人で席に付くと同時、ハロルドは光の速さでメニューを手に取った。
 メニューへ手を伸ばしていたディエゴの指が、行き場を失くしてワキワキする。
 素早くメニューに目を通し、ハロルドはにこやかにディエゴを見つめた。
「かき氷の早食い勝負しませんか」
「勝負?」
 ディエゴの首が傾く。
「私が勝ったら、一日夫婦同然に過ごす事」
 ぴっと指を立てて宣言すれば、ディエゴが目を見開いた。
「どうしてそんなことを……」
「もしかして、負けるのが怖いんですか?」
 煽るように告げれば、ディエゴの眉間に皺が寄る。
「いいだろう……受けて立つ」
 第二段階、成功!
 ハロルドは笑顔ですっと手を上げた。
 直ぐにやって来た店員に、メニューを指差して注文する。程なくして、二人の前に4個のかき氷が並んだ。
「4個のうち2個が、ディエゴさん用のコーヒー味です」
「残りは?」
「苺味と、こっちは氷の下の方にシロップがありますので、崩すまで味はわかりません」
「成程、了解した」
 ディエゴはスプーンを手に静かな闘志を燃やす。絶対勝つ。
 ハロルドもスプーンを手に取った。キリリとかき氷を見つめる。
「それでは……スタート!」
 同時にかき氷を掻き込み始める。
「うッ……?」
 ピタッとディエゴの手が止まる。額にじわっと汗が浮かんだ彼を見て、ハロルドは微笑んだ。
(最初から勝負は私が勝つようになってます)
 猛然と食べ進むハロルドを見て、ディエゴは漸く悟った。
(ハメやがったな……このかき氷の中にコーヒー味なんか無い)
 口に広がるのは、何処までも甘いシロップの味。コーヒーの苦みなど何処にも感じられなかった。
 甘味は苦手とするディエゴは、到底ハロルドのペースには追い付けない。
 ペロリと2個のかき氷を食べ終えたハロルドは、優雅にスプーンを置いた。ディエゴの前にはまだまるっと2個のかき氷が残っている。
「ディエゴさん少し老けこみましたね」
 ディエゴの眉間に皺が刻まれる。結構悔しそうな様子が可愛いなどと言えば、もっと苦い顔になるのだろう。
「撮影の人が来ました。ディエゴさん」
 ハロルドは上目遣いに彼を見ると、身を乗り出した。
「あーんして、ダーリン」
 ディエゴの手からスプーンを取ると、残っているかき氷を掬って彼の口元へ持っていく。
「おいしいよ、はにー」
 ぱくっと一口入れて、ディエゴが棒読みで感想を述べた所は、ばっちりカメラに収められたのだった。


 真夏の太陽が白い肌を照らして、眩しい。
 アスカ・ベルウィレッジは、視線のやり場に困りながら、八神 伊万里の隣でストレッチをしていた。
 海に入る前に準備体操!
 きっぱり言い切った伊万里に従い、念入りに身体を解していく。
 しかし、分かって欲しい。伊万里が動くたびにドキドキしてしまう繊細な男心を。ビキニから覗く素肌から、目が離せない。
 泳ぐ前からじりじりと体力が削られている気がする……そんな場合ではないのに!
「アスカ君、泳ぎを教えてほしいな」
 アスカ君はスポーツが得意だから。
 しっかり準備体操を終えた伊万里が、アスカを見つめそう言ったと同時、キタ!とアスカは内心で拳を握った。
(ここでいいとこ見せないとな)
「よーし、見てろよ、伊万里!」
 俺に付いて来いとばかりに、アスカは海の中へと繰り出した。
 綺麗なフォームで水を掻き、華麗に水面を滑るように泳ぐ。
「わぁ……アスカ君、凄いです!」
 
伊万里は瞳を輝かせ、彼の後に続いて泳ぎ出した。
 否が応でもアスカのテンションは上がる。ぐいぐい前へと進む彼に、伊万里は彼のフォームを真似しながら頑張って付いていく。
(あれ?)
 不意に違和感を感じ、伊万里の泳ぎが止まった。
「一体……」
 胸元に視線を落として、その正体に気付く。
 一瞬で伊万里の顔が真っ赤に染まり、胸元を両手で押さえた。あるべき筈の水着が消えている……!
「あれ? どうしたんだ」
 異変に気付いたアスカが駆け付ければ、伊万里は涙目でアスカを見た。
「どうしよう、アスカ君。水着が外れて流されたみたい……」
「……み、水着外れたぁ!?」
 つまりは伊万里が今手で押さえている箇所は……。
「待ってろ、すぐに探してくる!」
 沸騰しかけた頭を振って雑念を払い、アスカは海の中へと潜った。どこ行った、伊万里のビキニ!
「……アスカ君」
 祈るようにその姿を見送る伊万里だったが、更なるピンチが彼女を襲った。
 カメラを持った撮影スタッフがこちらにやって来たのだ。
「……ふぇっ、撮影!?」
 自分の姿を捉えるカメラに、伊万里はあたふたと首を振る。逃げたいけど、動けない。
「あの、いいけど、今は駄目! 待ってください!」
 慌てる伊万里に面白い空気を感じたのか、スタッフは不思議そうにしながら距離を詰めてくる。
「あの、その……」
 絶対絶命。その時、
「伊万里、見つけたぞ!」
 ざぱぁと勢いよく、ビキニを手にしたアスカが水上に浮かんできた。
「あ、アスカ君!」
「!?」
 真っ赤になっている伊万里と、こちらに迫る撮影カメラと。
「うわああ! 俺の伊万里を撮るなあああ!!」
 ビキニを手にしたままアスカが伊万里の前に立ち塞がる。その絶叫と様子は、きっちりカメラに収められたのだった。


 じりじりと太陽の光が肌を焦がす。
 サーフパンツ姿のレオン・フラガラッハは、じとっと半眼で目の前に立つパートナーを見ていた。
「な、何だ?」
 ガートルード・フレイムは、その視線に居心地悪そうに身を捩る。
 Tシャツと短パンを着用しているため、彼女の水着は全然見えない。僅かTシャツから透けている所で想像を膨らませるしかない。
「日焼けが気になるのはわかるけどさ~」
「さ、撮影もされるし……妥協できるのはここまでだ」
 これでもかなり頑張ったんだ。
 視線で訴えれば、レオンはふっと口元を緩めた。
「ま、いいさ、行こう」
 ちらりと背後に控える撮影クルーに手を振ると、ガートルードの手を取る。
「……ん」
 繋がれた手が熱い。左上腕の鷲獅子の刺青を見て、ガートルードはふわり微笑む。そっと彼の手を握り返し、共に波打ち際へと向かった。
 撮影スタッフも二人の後に続く。
 海は太陽の光を受け、眩しいくらいに輝いていた。
 ゆっくりと海の中へと入っていくと、水の色の透明さに驚く。水底がはっきりと見えて、噂通りまるで宙に浮いているような。
「面白いな、これ」
「ああ、綺麗だ……」
 ガートルードが海水を手に掬ってみれば、太陽の光が手の中で輝いているように見えた。
 その光に魅入る彼女のダークレッドの瞳も、鮮やかに輝いている。
 左右で僅か異なる色彩も綺麗だなと思い、レオンは水面に触れた。水の感覚が心地よい。
「潜ってみるか」
「そうだな」
 二人は手を繋いだまま、透明な海の中へと身を沈めた。
 海の世界は、光に満ちている。泳ぐ魚も揺れる海藻も、水底に沈んでいる岩も。
 上を見上げれば、抜けるような青い空が、キラキラした光に揺れていた。
 息の続く限り景色に見惚れてから、二人は海面に上がる。
「うわっ、本当綺麗だぜ、この海!」
 ぷはっと息を付いて、レオンがアイスブルーの瞳を輝かせた。
 その瞳に思わず魅入ってから、ガートルードは微笑む。
「青い海にお前の瞳はよく似合う」
「……」
 思い切り数秒固まってから、濡れた金の髪を掻き上げてレオンは笑った。
「それ、素で言えるんだから……すげーなお前」
 ぽふぽふと黒髪を撫でられて、ガートルードの頬が紅潮する。
 カメラはそんな二人を微笑ましく映していた。


 泳いで火照った身体を、爽やかな風が冷やしてくれる。
「ムッチャ泳いだわ!」
 ミヤ・カルディナは濡れた水着姿のまま、ベンチに座って、うーんと大きく伸びをした。
 心地よい疲れと充実感。
「……」
 そんな彼女を、同じく濡れた水着姿のユウキ・アヤトは、複雑な表情で眺めていた。まさか本気で泳ぎ切るとは思ってもみなかった。
「女が遠泳で男に敵うつもりかよ
……なんて漏らした俺も悪かった」
 ぼそっと呟けば、ミヤの黒曜石の瞳がユウキを睨む。
「バカにするみたいなこと言うからよ」
 ミヤはベンチから立ち上がると、びしっとユウキを指差した。
「こうなったらスイカ割り勝負よっ!」
「ハァ?」
 ユウキが目を丸くしている間に、ミヤは売店へと歩き出している。
(仕方ねぇ、スイカ割位付き合ってやるよ)
 溜息を一つ吐き出し、ユウキはミヤの後に続いた。
「けど、勝負って……具体的にどーすんだ? 両方共きちんと割れたら勝負が付かないだろ」
「スイカ割りにもルールがあるの。割れたスイカの断面の美しさを競うのよ」
 ミヤはテキパキとレジャーシートの上にスイカをセッティングし、目隠し用の手ぬぐいを手にする。
「順番はジャンケンで決める、でいいわよね?」
 OKとユウキが手を上げて、二人はジャンケンをした。勝者はミヤだ。
「じゃあ、私から行くわ」
 ユウキに目隠しをして貰えば、木の棒を手にスイカを目指す。
「そこよ!」
 パッカーン!
 スイカは見事に二つに割れた。目隠しを取ると、ミヤは余裕の笑みでユウキを見る。
「次は俺だな」
 ユウキもまた手ぬぐいで目隠しをすると、木の棒を構えた。
 目隠しする前に覚えたスイカの位置を目指して、迷いなく歩く。淀みのない動作で棒を振り下ろした。
 パッカーン!
 スイカは綺麗に二つに割れる。
 ミヤは歩み寄ると、スイカの断面図を確認した。悔しいけれど、切り口が美しい。
「悔しいっ……」
 膝を付いてスイカを持つミヤの頭に、目隠しを取ったユウキの手が触れる。
(ま、ミヤは女にしちゃよくやる。
 あんま口にはしねぇけど、認めてるんだってくらい──)
「解れよ」
 なでなでなで。優しく黒髪を撫でれば、
「はう!」
 ミヤの肩が小さく跳ねた。そして頬が染まっていく。
(見透かさないでよ)
 彼の言葉は圧倒的に足りないけれど、分かってしまった。
(嬉しくなるじゃない)
「バカ」
 小さなミヤの声に、ユウキが瞳を細める。撮影カメラは、その様子をしっかりと記録していた。


 眩しいのは、太陽と景色だけじゃない。
 アスタルア=ルーデンベルグは、緩む頬を抑える事が出来なかった。
(ここは……天国です……!)
 目の前には、キャッキャと楽しそうに砂浜を掛ける幼い天使達。
 幼児用の水着の可愛さといったら、とても一言では言い表せない。それを身に纏った幼子達の笑顔の素晴らしさも。
(生きててよかった! 神様、有難う!)
 眼鏡をくいっと上げて、アスタルアが心の中で感謝を叫んだ時だった。
 がっし。
 突如暗くなる視界。
「あれ? あれ?」
 それが頭を鷲掴みされているからだと、アスタルアが気付いた瞬間。ふわっとその身体が浮いた。
「ちぇすとー!!」
「うわあああああああ!!!?」
 ざっぱぁーん!
 アスタルアの身体は綺麗な放物線を描き、海の中へと墜落した。
 一瞬意識が遠のいたが、生存本能でアスタルアは水面に顔を出す。
 眼鏡が無い。流された眼鏡を探し、左右を見渡していると。
 ザンッ。
 目の前に、ニコニコと笑顔のセクシーなビキニ姿の女性が立つ。
「その頭、スイカみたいにかち割るわよ?」
 ポキポキと指を鳴らして宣言した女性は、アスタルアのパートナー、ラブラ・D・ルッチだ。
「ごめんなさいごめんなさいもうしませんぜったいしません!」
 がばぁとアスタルアは海水の中で土下座する。
「うふふ、反省してくれたなら、いいのよ」
 ラブラがにっこり手を差し伸べ、二人は海を出て、浜辺の白い建物へと移動した。
「お洒落な海の家ですね……」
「素敵なお店ね♪ さぁ、かき氷でも食べましょ」
 ラブラの前にはイチゴ味、アスタルアの前にはブルーハワイ味のかき氷が並ぶ。
「冷たくて甘くて美味しいわ」
 嬉しそうにかき氷を口に運ぶラブラを眺め、アスタルアは口を開いた。
「僕、怒ったラブさんより笑ってるラブさんの方が好きです」
 ざくっと氷にスプーンを入れて、瞳を細める。
「今日はラブさんとたくさん思い出作りたいな」
 だからもう、あんな過ちは繰り返さない。そんな決意を秘めて彼女を見つめれば──。
「まぁまぁ! この子ったら!」
 ラブラの瞳がキラキラと輝くと同時、彼女の腕が伸びて、アスタルアを引き寄せた。
「嬉しいわ!」
「!?」
 彼女の豊満な胸の中に、アスタルアの顔がすっぽりと収まって、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
「最高の一日にしましょうねっ」
 むぎゅむぎゅ!
「ぐ、ぐるじい……!」
 徐々に青ざめていくアスタルアと、幸せそうなラブラの姿は、撮影カメラに映し出されていたのだった。


 海に浮かぶ浮き輪の色も、真夏の色だ。
 ばしゃばしゃばしゃ。
 斑雪は、上巳 桃に手を引っ張って貰いながら、浮き輪の力も借りながら、透明な海の中をバタ足で泳いでいた。
『拙者、泳ぎはあまり得意じゃないのです。
だから、今後のためにちゃんと泳げるよう練習したいのです』
 海に来るなり、真面目な顔でそう言った斑雪に、『それなら練習に付き合うよ』と桃は即答した。
 確かにこの浅瀬は、水泳の練習をするには満点の環境だし、何よりも斑雪が一生懸命だったから。
(実際、はーちゃんすごく真面目だし)
 斑雪の表情は真剣そのものだ。
 だから、桃も昼寝をしてないで、ちゃんと付き合おうと決めたのだ。
「はーちゃん、バタ足は真上に蹴っちゃダメだよ」
「で、ではどこを蹴ったらいいんです? 主様」
「水面を蹴るんじゃなくて、脚全体で水を押し下げるように小さく蹴るといいよ」
「小さく、です?」
「うん、水しぶきが大きすぎると水の抵抗が多くなるから。疲れちゃうし」
「なるほど……」
 バシャバシャ。
「そうそう、脚全体を使って……ヒザは曲げ過ぎないでね」
「おお! 先ほどより楽に前に進めましたっ」
「うんうん、良いカンジ」
「主様、すごいです!」
 斑雪の瞳がキラキラ輝き、桃は微笑む。
「それにしても、海はしょっぱくて波があって……修行にもってこいです」
「景色を楽しみながら泳げるのもいいよね」
「はい、楽しいです!」
 桃に手伝って貰いながら、斑雪は心行くまで泳ぎの練習に集中する。その様子はしっかりと撮影カメラにも撮られていた。
 最後には、桃に手は引いて貰うものの、浮き輪なしで泳げるくらいにまで上達していたのだった。
「はーちゃん、おつかれさま」
 達成感にくったり疲れた身体ながらも、嬉しそうに夕焼けに染まる空を見上げる斑雪へ、桃は笑顔でジュースを差し出した。
 海の家で買ってきたトロピカルジュースだ。
「主様、ありがとうございます」
 嬉しそうに斑雪が笑って、二人はベンチで夕焼けの海を眺めながら、冷たいジュースで喉を潤したのだった。


 海を見るのも初めてではない。
 けれど、海水浴となれば話は別。
「ワタシ、海水浴をするのは初めてなの……!」
 向坂 咲裟は、透明な海の色に瞳を輝かせ、パートナーを振り返った。
「なら、浮き輪が必要だな」
 はしゃいでいる様子の咲裟に微笑んで、カルラス・エスクリヴァは小さな浮き輪と大きな浮き輪を二つ借りてくる。
 そして、小さい方を咲裟へと渡した。
「まず、海に入る前に準備体操をしなくてはね」
「そうね! しっかり身体を解すわ」
 咲裟はコクコクと頷くと、カルラスと並んで体操を始める。
 いちにーさんしー。
 同じリズムで体操をしている間も、咲裟の胸はワクワクと好奇心と期待で満ちていく。
 はしゃぐ咲裟を、カルラスは少し心配そうに見遣った。
「終わったわ!」
「足先から順番に水に慣れていこう」
 浮き輪を手に、咲裟はカルラスに言われた通り、足先をまず海水に浸した。ひんやりした感覚が心地よい。
 体に水をかけ、水に十分慣れてから、ゆっくりと水の中へと入った。
「カルさん、綺麗ね……!」
 小さな浮き輪に乗って、咲裟は瞳を細めた。
 透明な海は波も穏やかで、太陽の光が宝石のように煌めいて二人を包む。
「水が本当に美しいよ」
 同じく大きな浮き輪に乗るカルラスは、海水を掌に掬って微笑んだ。
 ゆらゆらと二人を乗せた浮き輪は、ゆっくりと緩やかな波に揺られる。暫し無言でそのリズムに身を任せた。
「波に揺られるのって楽しいのね……」
「ああ……この位ゆったりしていると楽で良いな」
 二人顔を見合わせて微笑んだ時だった。
「お嬢さん!」
「キャッ……?」
 不意に大きな波が咲裟に襲い掛かるのに気付いたカルラスは、ぐいっと浮き輪ごと咲裟を抱き寄せる。
「…………びっくりしたわ」
「ふう……」
 安堵の吐息を吐くカルラスを咲裟は見上げる。しっかりと抱き寄せてくれた腕は温かくて頼もしい。
「カルさんありがとう……やっぱりカルさんは頼もしいわ」
 咲裟がそう微笑めば、カルラスはふっと口許を緩めた。
「まったく、目が離せないな」
 大切なお嬢さんだから。
 穏やかな笑顔で波に揺られる二人を、撮影カメラが静かに見守っていた。


 海よりも食い気。
「なんで海まで来て食い倒れなんですかっ」
 水田 茉莉花は思い切りジト目で、次から次へとメニューを見ては注文をするパートナーを見た。
「だーってさ」
 メニュー表から顔を上げた八月一日 智は、突き刺さる視線を拗ねた眼差しで見返す。
「酒場に行こうとしたら外見で蹴られてさ」
 ずーんと彼の表情が苦々しく歪む。
「メディア入るから未成年っぽく見えるおれは駄目だってさー」
 『おれ成人してます!』と主張したのに。身分証付きで。
 恨めし気に撮影カメラの方向を見れば、スタッフが両手を合わせて頭を下げていた。
「だーかーらー! せめて海の家で、海の家グルメを食い尽くさないとやってられないんだって」
 きっぱり言い切る智の前に、焼もろこしと夏野菜カレーが並ぶ。
「いーっただっきまーす!」
 美味そう!と智は早速夏野菜カレーをかき込む。
「恥ずかしい! やけ食いなんですね……」
 更に冷たくなった茉莉花の眼差しが痛くて、智はもぐもぐ口を動かしながら視線を逸らした。
「目を逸らさない、そこのドチビ!」
「いーから、お前も食えよ、デカ女!」
 智は茉莉花へ焼もろこしを差し出す。
 む、と一瞬止まってから、茉莉花はそれを受け取った。文句なしに美味しそうだったから。シカタナク。
「折角海に来たのに……」
 焼きもろこしを食べながら小さく呟けば、智がチラッと茉莉花を見た。
 当然ながら、茉莉花は水着姿だ。つい胸元に目が行くのは、健全な男子としては平常運行だ。
「食べ終わったら海に行きますよね?」
「んあ?」
 聡はハッと顔を上げて、眉を寄せてこちらを見ている茉莉花を見返す。
 ごくんとカレーを飲み込んで、智はスプーンを置いた。
「んあー
 喰った後は食休みしよーぜー、みずたまりー」
 ごろん。
「ほづみさん?」
 聡は茉莉花の膝を枕に、ふわーと小さく欠伸をする。
「……膝枕ですか」
 茉莉花は呆れた顔で溜息を吐いた。
「んもう、わざわざ奥の座敷選んだ理由コレ?」
「さーてなー」
 クスクスと笑って、智は瞼を閉じる。
 茉莉花の指が、頬に掛かる智の髪を優しく払う様子を、撮影カメラはしっかりと映していた。


 海の色は七色に変わって。
「透明感が凄い! 太陽の光でキラキラしてるよ、
羽純くん!」
 桜倉 歌菜は浅瀬に浮かんで歓声を上げた。
「あまりはしゃぐなよ。浅瀬とはいえ、溺れるぞ」
 そんな彼女の姿が眩しくて。
 夏の日差しに瞳を細めながら、月成 羽純は優しい声音でそう応じる。
「だって、凄く綺麗だから!」
 海水を手に掬って歌菜は微笑む。その隣に並んで、羽純も彼女に倣って海水を救い上げた。
 二人の手の中、色を変える宝石となって、透明な水は煌めく。
「少し泳ぐか」
「そうだね」
 二人一緒にゆっくりと浪間を泳いだ。
「極楽♪」
 水の気持ちよさに笑って、羽純を見遣り、歌菜ははたと止まる。
 海の中でも視界はクリアで、歌菜は隣の彼の身体に胸が高鳴るのを感じた。
(じっと見たら変に思われちゃうよ!)
 気にしないようぎこちなく視界を逸らすのだが、正直な彼女の行動は羽純に筒抜けで。
 クスッと笑う彼に、歌菜の頬はますます朱に染まる。
(……きょ、今日の私はちょっと違うんですから)
 歌菜は決意を固めると、そうっと手を伸ばして彼の手を掴んだ。
 羽純が少し驚いた気配がする。けれど、直ぐに彼の指は優しく彼女の手を握り返してくれた。
 暫しそのまま、二人で海に浮かぶ。
(幸せだな……)
 うっとり瞳を細めてから、歌菜は撮影カメラがこちらを映しているのに気付いた。
「……そうだった、撮影か……忘れてた」
 歌菜の視線を追って、カメラに気付いた羽純が呟く。
「……帰ったら録画しなきゃ!」
「録画? 何でだ?」
 歌菜の言葉に羽純の首が傾いた。
「だって、動く羽純くんを何度も見る事が出来るし!」
 こちらを振り返り、きっぱりはっきり言い切った歌菜に、羽純は思わず吹き出してしまう。
「……バカだな」
 彼女の腕を掴んで引き寄せて。
「本物が傍に居るのに、触れ合えない映像の方がいいのか?」
 真っ赤になった歌菜の耳に囁いて、羽純が笑う。その様子もカメラはしっかりと捉えていたのだった。


 緑色のまあるい果実は、夏の代名詞だ。
 ユラは、その丸く大きな果実をじーっと見つめていたかと思うと、ルークに視線を戻してにっこり微笑む。
「ねぇ、賭けをしようよ」
「賭け?」
 突然こちらを向いたユラの銀色の瞳に、心臓が跳ねるのを感じながらユークは首を傾けた。
「ルー君が、目隠ししてスイカ割りするの」
「俺が?」
「そう。私が指示をするから、見事割れたらこのスイカ、独り占めしていいよ」
 よいしょとスイカを水着の胸元に抱えて、ユラは笑顔を見せる。
 ルークはスイカとユラを交互に見遣って、口の端を上げた。
「いいぜ、その賭け乗った。負けたら、ついでに焼きそばも奢ってやるよ」
「そうこなくちゃ!」
 ユラはうんうんと頷くと、浜辺にレジャーシートを敷いて、その上にスイカを乗せる。
「じゃあ、目隠しするね」
「ああ」
 ユラの手が、身をかがめたルークの両目を手ぬぐいで隠す。解けないようきゅっと結んで、ユラはポンとルークの肩を叩いた。
 そして、スイカの横に立つと、ルークへ合図する。
「ルー君、いいよー」
 木の棒を手に、ルークがこちらを向くのを見て、ユラは微笑んだ。
「こっち。そのまま直進だよー」
 ルークはユラの誘導に従い、砂浜を歩き出す。
「ちょっと右に逸れてるー方向転換してー」
「わかった」
 ルークは順調にユラの指示通り、移動してきた。ユラの目の前に。
「そのまま振り下ろして」
「?」
 違和感を感じたルークは、動きを止めた。
(俺の感覚と違うんだが、まさか嘘か……?)
 あり得る。
 そう判断したルークは、くるりと声がする方と逆方向を向く。そのまま、木の棒を振り下ろした。
 ぱっかーん!
 手ごたえを感じて目隠しを取れば、見事二つに割れたスイカと、ユラの声がする。
「あれ、バレちゃった?」
 やっぱり嘘だったのか。ユラを見遣ると、彼女は楽しそうに笑っていた。
「残念、こっちに来たら私が賞品だったのに……なんて」
「……はぁ!? な、なに言ってんだ馬鹿!」
 スイカに負けないくらい赤くなるルークを見つめて、ユラはふふっと笑みを零す。撮影カメラが回っている事に、ルークが気付くまで後数秒。


 バレリーナを連想させる可憐なピンクの水着が、楽しそうに浅瀬を跳ね回っている。

「みっちゃん、楽しいですねー!」
 ばしゃばしゃばしゃと水を泡立て、空香・ラトゥリーは笑顔で浜辺のパートナーを見遣った。
「……」
 次の瞬間、空香の瞳が半眼になる。
 空香の視線の先には、だらしなく鼻の下を伸ばした鏡 ミチルが居た。
 鍛えられた細身の身体に黒い水着。空香から見ても、格好良い水着姿だったのに、あの表情(かお)はいけない。
 空香は無言で、彼の元へと歩み寄った。
 近付けば一層よく分かる。彼の目は周囲の水着の女性に釘付けだ。
(水着の姉ちゃんいっぱい……目の保養だなぁオイ!)
 ビキニに、Tバック。控えめなワンピースだって、身体のラインがはっきり見えて実に良い!
 ニヤける口元を押さえていると──。
「えい!」
「ぬおッ!?」
 バシャア!
 勢いよく海水がミチルの顔にヒットした。
 顔を拭いながらミチルが振り向けば、頬を膨らませている空香が視界に入る。
「うわ、なにすんだ空香っ!」
「みっちゃんが悪いです」
 じとー。
 真っ直ぐに見てくる空香の視線が痛い。
「わ、悪かったって」
 堪らず謝ると、空香はにっこりと笑顔を見せた。
「みっちゃんが一つお願いを聞いてくれるなら、許してあげます」
「は? お願い?」
 それから一分後。
「どーですか、空香サン」
 ミチルは海の中に居た。正確には頭だけ水面に出して浅瀬を泳いでいる。
「いーながめ、です♪」
 ミチルに肩車して貰い、空香はご機嫌な様子で両手を上げた。
「そりゃよかった」
 すいーすいー。空香を乗せてミチル号は海を行く。
 にこにこ景色を楽しんでいた空香は、ふとミチルの頭にある角が気になった。これを持てば、ちょっと不安定なこの体勢も落ち着く気がした。
「!?」
 むんずといきなり角を掴まれ、ミチルの肩が思わず跳ねた。反射的に空香ぎゅっと角を掴んで落ちないようにする。
「角、小さいから持ちずらいよぉ」
「小さいって言うな!」
 がぁっとミチルが吠える。
 撮影スタッフはそんな二人を、微笑ましげにバッチリ撮影していたのだった。


 パステルカラーの浮き輪は、どれにするか迷う可愛さ。
 真衣は真剣に、売店の浮き輪を眺めていた。
 どれも可愛らしくて悩んでしまう。
「真衣なら、この大きさが丁度良いんじゃないか?」
 真衣の横から、大きな手がイルカがプリントされた浮き輪を手に取った。
「後のは少し大き過ぎる気がする」
「ハルト」
 彼、ベルンハルトが選んだ浮き輪を受け取って、真衣はにっこりと笑う。
 デフォルメされたイルカのプリントは愛嬌があって可愛かったし、何よりベルンハルトが選んでくれたのだ。
「これにするわ」
「では行こうか」
「ハルトはうきわ、いらないの?」
「俺は必要ないよ」
「ハルトはおよげるの?」
 真衣が瞳を輝かせるのに、ベルンハルトは眉根を下げる。
「最近は泳いでないが、ある程度は」
「私、まだ上手くおよげないの」
 真衣はぎゅっと浮き輪を掴む。
「あさせでもいい?」
「勿論、いいよ」
「よかった」
 真衣は頬を紅潮させて、微笑んだ。
(うきわで浮かぶなら、およげなくてもだいじょうぶよね)
 微笑む彼女を見つめながら、ベルンハルトは気を引き締める。
(浅瀬ならば溺れる事は無いと思うが。
油断は出来ないな)
 二人は波打ち際へ辿り着くと、準備体操をしてから海の中へと入った。
「きもちいいわ……!」
 浮き輪で浮かぶと、空の上を飛んでいるような感覚を覚える。
 ベルンハルトは真衣の浮き輪をしっかり掴み、波に攫われないよう注意を払った。
「ハルト、およぎ上手ね」
「そうか?」
「うん!」
 真衣の浮き輪を掴んでも、すいすいと泳いでいるベルンハルトに、彼女の瞳は輝いた。
「おしえてほしいわ」
「教えられる程でもないんだが……」
 言い掛けて、ベルンハルトは言葉を止めた。真衣がとても真剣にこちらを見ていたから。
「ほら、つかまると良い」
 ふっと表情を緩めると、真衣へ手を差し伸べる。真衣の顔が喜色に染まった。
「いい?
 ありがとう!」
「ゆっくりな」
「うん!」
 ベルンハルトによる水泳教室の様子を、撮影カメラは鮮やかに記録していた。


 白い建物は、海の家というよりお洒落なカフェのようで、少し落ち着かない。
「ひーばあちゃん、やきそば! おれ、やきそばたべたい!」
 雨池颯太は元気に壁のメニューを指差して、井垣 スミの手を引いた。
「はいはい、慌てなくても料理は逃げませんよ、そうちゃん」
 スミは穏やかに微笑み、まずは颯太と二人、座る席を確保する事にする。
 海の家は大盛況のようで、家族連れからカップルまで、様々な人々が食事を楽しんでいた。
「やきそばと麦茶を二つ、お願いします」
 空いていた席に付いて店員に注文すると、スミは漸く人心地付いた様子で息を吐き出してから、こちらを捉えている撮影カメラに気付いた。
(折角だからと来たけれど)
 ふうと、スミの唇から吐息が零れる。
(こんなお婆ちゃんの水着姿なんて使えないわねえ。
スタッフさんに悪い事をしたかしら)
 参加しているウィンクルム達も、年若い人たちが多いようで、より自分が場違いなように思え、気が引ける。
「?」
 颯太は、表情の冴えないスミを見つめて首を傾けた。
 ここに来た時から、スミはずっとあんな感じだ。
(ひーばあちゃん、海好きじゃないのかな……)
 颯太はスミと海に来る事を、とてもとても楽しみにしてきた。
 だから、スミが嫌だったなら、とても悲しいと思う。
「おまたせしましたー!」
 颯太の思考を遮るように、二人の前に出来立ての焼きそばと麦茶が運ばれてきた。
「わぁ、おいしそう!」
「では、いただきましょうかね」
 二人は手を合わせて箸を手に取る。
「おいしー!」
 香ばしいソースと、噛みごたえのある麺に、颯太の顔に満面の笑みが広がった。その様子を見て、スミも自然と笑顔になる。
 颯太はガツガツと焼きそばを掻き込み、ぐいっと麦茶を呷った。
「そうちゃん、よく噛んで食べないといけませんよ」
「はーい!」
 元気に返事して、颯太はぐいっと腕で口許を拭う。
「あらあら、そうちゃん」
「あれ、もっとよごれたみたい」
 ソース塗れになった颯太の顔に、スミがクスクスと笑って、ハンカチを取り出した。
「拭いてあげましょうね」
 ふきふきふき。スミの優しい手が、ソースを拭ってくれる。
 颯太が嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
「ひーばあちゃん」
「なぁに? そうちゃん」
「やっぱり、ひーばあちゃんはわらってるのがいちばんだよね!」
「あらあら……」
 顔を見合わせて微笑む二人の様子を、撮影カメラは優しく映し出していた。


 見渡す限りの砂浜、そして海。
「海ね!」
「海ですね」
 アンダンテの言葉に、サフィールは一つ頷いて、ここに来た時から疑問に思っていた事を口に出す事にした。
「そういえば泳げるんですか?」
 バッチリ水着姿となっているアンダンテを見下ろせば、彼女はパチパチと瞬きする。
「勿論泳げないわ」
 ピッと指を立てて断言され、サフィールは予想通りの答えに軽い眩暈を感じた。
「勿論て……」
「そんな訳で、まずは浮き輪を確保ね!」
 アンダンテは軽い足取りで、売店に浮き輪を借りに向かう。
「サフィールも要る?」
「俺は要りません」
 即答すれば、アンダンテは楽しそうにヒラヒラ手を振って、自分の分の浮き輪を確保した。
「泳げなくても、浮き輪さえあれば浮かべるわ」
 アンダンテは浮き輪に乗って、ぷっかりと海面に浮かぶ。
「凄いわ、本当に浮いてるみたいな感覚なのね!」
 キラキラ太陽の光を反射する透明な海は、不思議な浮遊感を与えてくれた。
「……手、貸して下さい」
 瞳をキラキラしている彼女へ、サフィールの手が差し出される。
「流されそうで見てられませんから」
「ありがとう!」
 アンダンテは笑顔でサフィールに手を掴む。そうして、サフィールがアンダンテを引っ張りながらの遊泳が開始された。
 ゆっくりと水の中を進めば、太陽の光にお互いの髪が、瞳が、煌めいて見える。
「楽しいわね」
「楽しいですか?」
「ええ」
 大きく頷いて、アンダンテは瞳を細めた。
「きっとサフィールさんと一緒だからというのもあるわ」
「……」
(また返す言葉に困る事を……)
 ストレートな言葉に、サフィールが言葉に詰まっていると、
「えいっ」
 バシャア!
 顔面に水がヒットして、サフィールは目を丸くした。
「水も滴るいい男っていうじゃない?」
 掌に海水を掬って、アンダンテが笑っている。
(やっぱり何考えてるか分からない)
 それに慣れていっている自分も。サフィールは小さく口の端を上げて、泳ぎを再開したのだった。


 水着姿というだけで、非日常の空気が漂う。
「…………」
 目の前に立つ水着姿のパートナー。
(サチがこんなに肌見せるの初めてみたけど……)
 ヴァルギア=ニカルドは、ゴクンと小さく息を飲み込んだ。
(結構胸でけぇな……)
 どうしても水着の胸元に目が行くのは許して欲しい。それは男子の性。
 目の前にあれば、見てしまう。それは仕方の無い事なのだ。
(なんかヴァルくんの視線が痛い気がするような?)
 星川 祥は小さく首を傾けた。
 水着姿、何処かおかしいかな?
 見下ろしてみるも、おかしな所はない……筈だ。たぶん、メイビー。
(それにしても……)
 祥は向かいに立つヴァルギアをそっと見遣る。
(ヴァルくんの水着姿っ
……意外と筋肉付いてるんだ……)
 何だろう。知らない人みたいで、ドキドキする。
 グー。
 その時、沈黙を破る音が響き渡った。
「あ……」
 己の腹を押さえて、ヴァルギアの頬が赤く染まる。彼のお腹の音だったらしい。
 クスと笑って、祥はヴァルギアの手を引いた。
「ランチタイムにしましょう」
「あ、ああ……」
 二人は白いお洒落な建物──海の家へと入った。
「折角海の家に来たんだし、やっぱ魚介系制覇しときたいよな」
 メニューを眺め、ヴァルギアはキラリと瞳を輝かせる。
「魚介入り焼きそばは外せないぜ」
 そんな訳で、二人は魚介入り焼きそばを注文する。程なくして、二人の前に香ばしい香りを漂わせ焼きそばが並んだ。
「「いただきます」」
 手を合わせて一口口に入れれば、笑顔が広がる。
「美味いな!」「美味しいね」
 声がハモれば、顔を見合わせて笑ってしまう。
「あ……」
 祥は笑うヴァルギアの口元に、ソースが付いているのに気付いた。
「ソース、付いてるよ」
「んっ?」
 祥がハンカチでヴァルギアの口元を拭ってあげれば、二人の胸はドキドキと高鳴る。
(今のヴァルくんの顔、すごくキュートだった……)
(急に顔に触れてくるから……ちょっとドキっとした)
 硬直する二人を、撮影カメラが微笑ましく映していた。


 太陽の光を受けて、浜辺に置かれたスイカが輝いている。
「よい、しょ……!」
 メイリ・ヴィヴィアーニは、木の棒を手に、スイカの姿を瞳に焼き付けた。
「ちーくん、お願いしますの!」
 キリッとした眼差しを向けてくるメイリに、チハヤ・クロニカは複雑な表情で呟いた。
「スイカ割りって二人でやって楽しいか?」
「何か言った? ちーくん」
「いや……」
 楽しそうなメイリに水を差すのもどうかと思い、チハヤは首を振る。
「じっとしてろよ」
 彼女の後ろに回ると、手ぬぐいで目隠しした。
「キツクないか?」
「大丈夫、なの」
 メイリはコクコクと頷くと、木の棒を構える。
「気を付けろよ。……そのまま直進だ」
「わかったの!」
 メイリは恐る恐る足を踏み出し始めた。チハヤは様子を見守りながら、進行方向をアドバイスする。
(どうして、かな?)
「メイ、もう少し右だ」
 メイリはドキドキする胸に、足が震えるのを感じた。
 動悸が速いのが止まらない。何も見えないから不安なだけ?
「メイ?」
 訝しげに名前を呼んでくる彼の声。耳に心地よくて……。
(まさかちー君の声にドキドキしてるの?)
 ドキ、ドキ、ドキ。鼓動が大きくなる。
「?」
 チハヤは顔を顰めた。
 危なっかしいのはいつもの事なのだが、更に足どりが頼りなく、様子もおかしい。
(少し休ませた方がいいか……)
 チハヤが口を開きかけたその時だった。
「あっ……」
 メイリの足が縺れて、スイカの方へ倒れ込む。
「メイ!?」
 スイカにダイブしたメイリにチハヤは慌てて駆け寄った。
「怪我、いや体調は大丈夫か!?」
「ちーくん……あはは、スイカ割れちゃった」
 スイカでベトベトになりながら笑うメイリを、撮影カメラがじーっと映していた。


 真夏の太陽、透明な海、煌めく砂浜。
「エー、はやく! こっちよ!」
 水着姿のアンジェローゼは、太陽に負けないくらい明るい笑顔で、パートナーの手を引いた。
「ロゼ様、転びますよ!」
 そんな彼女を眩しげに見つめ、エーは彼女に導かれるまま、砂浜を歩く。
 キラキラと彼女の金の髪が陽の光に輝いて、エーはその髪に触れたい衝動に駆られた。
「見て、水が透き通ってるわ!」
 アンジェローゼがエーを連れてきたのは、浅瀬。
 足首まで海水に浸って、その冷たさと心地よさにアンジェローゼは微笑む。
「気持ち良いわね」
「ええ、本当に」
「……エーと一緒に海に来れて嬉しいな」
 恥ずかしそうに瞳を伏せ、ぽつりと言うアンジェローゼに、エーは微笑みが溢れる己を感じた。
 可愛い。本当に可愛い。
(ロゼ様、大好き)
 何度告げても足りないくらい。
「えいっ」
 両手で水を掬って、アンジェローゼはエーへ水を掛ける。
「冷たくて気持ち良いです」
 うっとりと笑って、エーも透明な水をそっと掬い、アンジェローゼへ放った。
「きゃ……本当、気持ち良いわ」
「では、もっと」
「そうね、もっと!」
 二人は顔を見合って笑うと、水の掛け合いを始める。
 水は煌めく宝石のようで、アンジェローゼとエーの身体を濡らしていく。
「きゃ……」
「ロゼ様!」
 つるっと足を滑らせたアンジェローゼの腕を、エーが掴んだ。そのまま抱き寄せる。
「あ、ありがとう……エー」
 すっぽりと彼の逞しい身体に抱き締められている。
(嬉しいけど照れるね)
 白磁の柔肌が赤く染まるのを愛おしげに見つめ、エーは僅か抱く腕に力を込めた。
「気を付けて下さいね」
「うん……」
 クスクスと笑い合う二人を、撮影カメラがじっと映していた。
(……放送された番組は、録画の上、永久保存。静止画は家宝にしよう)
 エーはカメラの方をチラリと見遣って、口元を上げたのだった。


 砂浜から見る海は、何処までも続く透明な青。
 ウラは砂浜に体育座りして、透明な海を眺めていた。頬を撫でる潮風が心地良い。
 そんな彼女を眺め、アンク・ヴィヴィアニーは半眼になる。
(何もこんな時まで、そんなパーカー着てなくても……)
 彼女が身に纏うのは、兎のパーカー。
 中に水着を着ているようだが、パーカーのインパクトが強過ぎた。
 ウラの服装センスはおかしい。そうアンクは思う。
 だから、ついつい口に出してしまったのだ。
「この兎パーカー……気味が悪い」
(気味が悪いって……)
 ウラは無言で立ち上がると、波打ち際へと歩み寄った。
 両手にたっぷりと海水を掬う。
 そして、訝しげにこちらを伺っていたアンクの顔面目掛けて、思い切り水を放った。
「!?」
 咄嗟に避ける事も出来ず、アンクは顔で海水を受け、目を丸くする。
「なっ……なんなんだ君は……!?」
 ふるふると震えて見据えれば、ウラは楽しそうに笑った。
「あははっ、正当防衛だよ」
 パチャパチャと、水面を蹴ってステップを踏む。
 キラキラと彼女の足元で水滴が光った。
「……」
 楽しそうだな、と思い、アンクは濡れた髪を掻き上げた。
 訳が分からないけれど、楽しそうにしているウラを見るのは悪くはない。
「ん?」
 ウラが首を傾けた。
「……やれやれ」
 ふっとアンクの表情が緩んで、二人はどちらからともなく、微笑みを浮かべる。
 キラリ。
「あ、カメラ」
「えっ?」
 ウラがこちらを向いている撮影カメラを指差すのに、アンクは再び目を丸くした。
 何で撮られてるんだろ?
 キョトンとしてから、ウラは、まぁいいかと笑う。
(意味が分からない……)
 はぁとアンクが吐息を吐き出した所に、再びウラの放った海水が当たったのだった。


 真夏のビーチには、危険がいっぱいある。
「浅瀬で泳ぐか」
 そう言って歩き出したリーヴェ・アレクシアの背中を追いながら、銀雪・レクアイアは緩む頬を抑えられなかった。
「浅瀬なら、俺でも大丈夫かな」
 そう返事を返しながら、視線をリーヴェから離す事が出来ない。
 水着から見える綺麗な背中。すらりとした手足に、柔らかそうな胸元。
 普段から綺麗な人であるのは知っているけれど、水着姿は、彼女が女性なのだとより意識させられて──。
 はっきり言って目のやり場に困る。
 堂々と歩かないで欲しいとさえ思う。
 だって、他の男も、この綺麗なリーヴェを見ている訳で……。
 ぐるぐる回る思考の中、リーヴェが足を止めたのに、銀雪は瞬きした。
「すみません、海の家って何処ですか?」
 見知らぬ男性が、リーヴェに話し掛けている。サーフボードを手に持った逞しい身体の男。白い歯が眩しい。
(……これって、リーヴェがナンパされてる!?)

 俺が居るのに!
 雷に打たれたような衝撃によろめくのを踏ん張って。
 銀雪はおろおろしつつも、男を睨む。が、男は銀雪は眼中に入っていないようだった。
「海の家は、あそこだ」
 リーヴェは指差し、白い建物を教えてやった。
「どうも有難う」
 ひらっと手を振り、白い歯を光らせて、男は去っていく。
 リーヴェは何事も無かったかのように歩き出そうとして──。
「ナンパされるなんて酷いよ!」
「……は?」
 銀雪の叫びに、リーヴェはピタッと足を止めた。
「ナンパ?
 何故そうなる」
 呆れたような視線が銀雪に突き刺さる。
「だ、だって……」
「道を聞かれただけだろう? お前は砂浜の貝殻にも嫉妬しそうだな」
 困った奴だと、リーヴェは可笑しそうに肩を揺らして笑った。
「うう……」
 銀雪は項垂れながら、心の中で涙を流す。
(リーヴェは、自分の魅力に無頓着過ぎるよ)
「ほら、行くぞ」
「え?」
 すっと差し出されたリーヴェの手。
「……うん」
 そっと握り返して、銀雪は幸せそうに微笑んだのだった。



シナリオ:雪花菜 凛 GM


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