プロローグ
●詩人
――不香の花は森に融け、濡鳥の恋は泉に戯る。
――瑠璃の惑いは円天に羽ばたき、紅玉の夢は草葉の陰へ。
いつもと変わらぬ穏やかな昼下がり。
ハト公園の片隅で名物の焼きトウモロコシを一粒一粒丁寧に摘み取ってはハトに与えながら、詩人が詠っていた。
普段から様々な人が集う場所である。
芸事を披露する者も、立ち止まって聴き入る者も、別段珍しくはない。
淡々と詠い上げる美声と独特のリズムに、同調するゆったりとした仕草でハトを集める様が何となく不思議な光景ではあったが、それだけである。餌がお目当てのハトだかりとて日常茶飯事。
唄声は、続いている。
――名残の花は彼方の肩に、微睡む狭間にまた一つ。
――泡沫の色を遷すは、彼方の額かはたまた手の甲か。
「ご存知ですか、お嬢さん」
詠い終えた詩人はおもむろに口を開いた。
「これは、タブロス近郊のとある名も無き森に纏わる恋の詩。詩の景色を一つでもその目で見る事叶えば、貴女の願いもきっと叶う事でしょう」
瞳は依然トウモロコシとハトを映したまま、不特定多数に向ける声音。
群がるハトに徐々に姿を埋没させながら、よく通る、しかし静かなその声で、彼は甘く囁いた。
――もしも全てを見る事が出来たなら、全てがうまく行きますよ。
1人の少女が行方知れずとなったのは、その数日後の事だった。
●そして舞い込む捜索願
A.R.O.A.職員は溜息を吐いた。浮かない表情。当然、そこには理由がある。
「人捜しの依頼です。タブロス近郊の、とある小村にお住まいの青年から妹を探して欲しいと」
依頼人の名はクランツ。21歳。
若き革細工職人である彼の、17歳の妹・リリィが森に出かけたまま戻らないと云うのだ。
それだけならば本来、A.R.O.A.の管轄外の案件である。最寄の専門機関へ捜索願を届け出るよう受付も青年に薦めたのだが、この世の終わりの様な顔で頼み込まれて、つい通してしまったらしい。
無論、話を聞いたからと言って管轄外の依頼を請け負ったりはしないのであるが――故に、職員の表情も沈んでいるのである。その原因、即ち、『オーガが関わっている可能性』、だ。
「根拠は何もありません。ただ、情報は極めて少なく、万が一の可能性もまた否定できないのです」
そして、ごく僅かでも可能性がある以上、A.R.O.A.として無視する事はできない。
依頼人が言うには、と、腹を括ったのか職員は不意に真顔になって口を開いた。
「数日前、2人で出掛けたハト公園で出会った詩人に、拐かされたのではないかと。詩人の歌の世界に惹き込まれて、自身の住む村の近くに広がる森へ、……その、何かを探しに?」
或いは、そういう手口の人攫いかもしれない、と。
であるならば、同じ様に行方不明になっている者が、彼女の他にも居るのかもしれない。確認の術はないが。
「とにかく、今は情報が足りません。なので今回は、リリィさんを捜索する傍ら、森の調査をお願いします。少女の失踪に何者が関わっているのか、いないのか――」
いるならば、その正体や規模、拠点の有無。他の失踪者の有無や、何らかの手がかりを。
何もなければ……少なくともオーガの関与があるか否かが解れば、それはそれで良しだ。
それでなくとも、野犬や狼が棲処としている森である。
「リリィさんを無事保護すること、それが依頼人が望む唯一絶対です。調査はあくまで副次的なものとお考え下さい。もし何者かと遭遇した場合は、とかく人命優先でお願いしますよ!」
戦うなとは言いません。言いませんとも。しかしですね!
と、職員はあくまでも戦闘は非推奨である事を強調したのだった。
件の森は依頼人の村からさほど遠くない。徒歩でも、その日の内に行って帰って来る事が出来る。
だからこそ少女が一夜明けても帰宅しない事が兄には不安で堪らなかった。夜になれば森の獣も動き出す。純真で怖がりな妹は、いつも暗くなるまでには帰っていたのだ。気が気ではない。
何か事情があるならそれを知りたいし、何者かが連れ去ったなら絶対に許せない。
「どうか、妹を無事に帰して下さい。俺の命と引き換えにしたって良い――どうか――」
お願いします、と依頼人は涙を堪えて深く頭を下げたと云う。
思い詰めた表情で、誘拐犯が居ようものなら刺し違えそうな鬼気迫る様相で。そこに在るのは、自分では彼女を見つける事が出来なかった悲壮感。――切なる願い。
どうか彼女を還して下さい。
――この世でたった2人きりの家族だから。
解説
心情重視の探査シナリオです。
A.R.O.A.職員に託された調査はあくまでオマケとして。
リリィ嬢を探しながら、詩の光景を見つけて頂く事が、当シナリオの本懐であります。
それぞれ何を指しているのか、想像しながら、なぞらえながら、景色を探して頂ければ幸いです。
(詩人の言葉は胡散臭いですが、その詩は本物の様です)
舞台となるのは美しい景色を数々擁し、現在はちょっと雪が残っている、そんな森。
日が暮れると、森にいる野犬や狼が活動的になって危険度が増します。
なので、逸早くリリィ嬢を保護する必要があります。
彼女が何を求めて森へ向かったのか、想いを拾ってあげるも良し。
保護した後で、一緒に景色を探すも良し。
或いは、ハト公園に居るであろう詩人に会いに行ってみるも良し。
犯人か? 潔白か?
とにかく思いついた事をやってみて下さい。
準備と役割分担が必要になるかもしれませんが、優先順位はお間違えなき様……。
詩や事の真相に関して、特にこれと言った正解は当方では敢えて用意しておりません。
全ては皆様の行動プラン次第。
最後に、繰り返しになりますが、
リリィ嬢を探しながら、詩の光景を見つけて頂く事が、当シナリオの本懐であります。
ゲームマスターより
のっけから、どシリアス。
貴翔キーマです。これからどうぞよろしくお願い致します。
こじつけでも、そこに納得できる理由が伴っていればOK。
願いと、絆の物語です。皆様の思いの丈を込めて頂ければと思います。
皆様『らしく』どうぞ。
当方も、全力で受け止めたく思っております。
今現在の事、これからの事――兄妹の事だけでなく、少し想い巡らせてみませんか?
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
田口 伊津美
アドリブ歓迎 アドリブ歓迎 (伊津美としては神人でもなく契約してないことになっているため結寿音と名乗り、別人を装っています) 【心情】 だめだ!詞の意味がさっぱりわかんない! それにそんなオカルトチックなこと私は信じないし 何より早く保護しないとなぁ 【行動】 行動を始める前に、この依頼のみんなと携帯番号を交換しておく ミイラ取りがミイラになっちゃいけないし、森の地図とか職員に貰えるといいな 明かりは胸につけるライトを持ってく 優先順位はもちろんリリィちゃんの保護優先 なんか林檎とか水鳥とか彷彿とさせる詩があるから一応調べる みんなの合図としてなにか見つけたら花火で居場所連絡 一応携帯でも連絡取るよ! |
リチェルカーレ(シリウス)
お兄さんはどんなに心配なことでしょう 早く見つけてあげなくちゃ 結寿音達と森の探索 暗いかもしれないので 一応カンテラを用意 足跡等 人の痕跡を探しながらリリィを探す 泉や花といった詩に出てくる言葉に該当する景色 小屋や洞窟のような場所は特に注意して リリィに繋がりそうな人間がいたら追跡 拠点を突き止める ミサ達からの合図に シリウスの雷魔法で返答 合流し全員で情報を整理 敵に遭遇した場合可能なら追い払う 無理なら隙をついて脱出 大切なお兄さんを心配させてまで 見つけたいもの 叶えたい願いが 伝えたい想いがあるのかしら 危険がなければ 一緒に探し物を 願い事は 自分で行動しないと叶わない でも 手伝うことならできるでしょう? |
ミサ(エミリオ)
・詩人に対して 「リリィさん一人ぼっちで怖い思いをしてるかもしれないんです、どうか私達に情報をください!」 ・リリィに対して 「どうしても叶えたい願いがあるんだよね?私達にも手伝わせて」 ・精霊の質問に 「願いというか、夢ならあるよ。小さい頃からの夢」 「いつかエミリオさんにも夢が見つかるよ!その時は一番に教えてね」 ☆行動 ・リリィの行方と景色の手がかりを求め詩人の元へ ・なるべく早く仲間と合流し、リリィの捜索に参加 少女を保護し、可能なら景色の探索もする ・敵に遭遇したらリリィの傍から離れぬよう手をしっかり握っている。 ・リリィと仲間の安全を第一に考え、慎重に行動する ☆持ち物 ライト(首から下げるタイプ) コンパス |
●白か黒か
今日も今日とて、詩人は公園で鳩にまみれていた。
慌しく近付いて来る人の気配と足音に、驚いた鳩が一斉に飛び立つ。
「おや」
と、鳩を目で追い、次いでやって来た人影に視線を寄越す詩人。
恐らく、今自分は相当に切羽詰った顔をしているのだろうとミサは思う。が、その足は止まらない。止められない。蹴散らすに等しい有様に、鳩に対して申し訳なく思いながらも、真っ直ぐ詩人の元まで辿り着く。そして――
「如何されました、お嬢さん?」
ミサより先に詩人が口を開いた。爽やかな笑顔から滲み出る胡散臭さを、エミリオは傍で見ていて感じ取る。ミサは気付いた風もなく、逸って問いを絞り出した。
「あの、森の詩の事でお尋ねしたい事が――」
「ああ。先日もそうやって、貴女の様に尋ねて来たお嬢さんがいましてね」
「!」
リリィの事に違いない。粟立つミサの胸中を、知ってか知らずか詩人は渋る。
「私がお教えしたのでは、ラッキージンクスの効果が薄れてしまいませんか。詞の解釈は人それぞれ――そうして見つけた光景もその人だけのもの。自ら見つけてこそ光輝くものと成り得ましょう」
彼女にも同じ様に答えたのだろうか。
……だとしても、ミサには引き下がる訳には行かない事情がある。
「リリィさん一人ぼっちで怖い思いをしてるかもしれないんです、どうか私達に情報をください!」
「? ……穏やかではありませんね。何やら余程の事情がおありの様だ」
彼女の真剣な訴えに詩人の顔から笑みが消えた。
何か良からぬ謀に彼が関わっているなら、すんなり情報をくれる筈がない。平気で嘘も吐くだろう。
しかし。
そんな事には考えが及ばないほど、ミサの心は真っ直ぐだった。
依頼人が抱えた疑念を彼女は受け取らず、ただ純粋に少女の身を案じているのだ。
「………」
窺う様な沈黙が詩人と、エミリオの間に流れる。
直球過ぎるミサの言葉に対する反応は、警戒の表れか――それとも。
「人命がかかってるんだ。どんな些細なことでもいい、話してもらおうか」
後ろから聞こえた声に思わず振り返るミサの笑顔。ディアボロである彼の角が時として悪魔の角と見えそうになるくらい、いつも意地悪な事ばかり言うエミリオのフォローが、こんな時には心強い。
「お役に立てるか判りませんが――協力は惜しみませんよ」
肩を竦めて詩人が言った。
少し意外そうな顔をする2人に、軽薄と映るかも知れませんが薄情ではないんですよ、と添えて、
「不香の花とは即ち、雪。名残の雪と……色を探して下さい。『あの森』で」
●名も無き森にて
同じ頃、依頼人の村の程近くに広がる件の森の中に2組のウィンクルムの姿が在った。
依頼を受けて一足先に現場に向かったリチェルカーレと、彼女に『結寿音』と呼ばれた少女、そしてそれぞれのパートナー達――どちらもマキナの青年――である。
「早く見つけてあげなくちゃ……」
リチェルカーレの脳裏にぐるぐると思考が巡る。
この森の何処かにリリィがいる筈――
手分けして捜した方が効率は良いのだろうが、如何せん人手は、多いとは言えない。
万が一、危険な敵愾生物と遭遇した時の事を考えると仲間と離れて動くのも避けたかった。
「何か見つけた時はこれで合図するんだよね。……あれ? ミサに場所を教える用だっけ?」
細い筒状の物を手に、用途を確かめるのは『結寿音』こと田口 伊津美である。
顔合わせの際、仲間にも本名を名乗らなかった彼女は、結寿音としてこの場に居る。そんな彼女に、リチェルカーレは頷いてみせた。彼女の所持品の中にも同じものがある。合図用の花火だ。
「もしも、手分けせざるを得なくなった時には、お互いの連絡用にもなるかと思います」
それを聞いて結寿音は、携帯電話が使えれば良かったのに、と軽く唇を尖らせた。
簡易の照明器具などと併せて、今回の依頼の為に彼女達が用意した道具はA.R.O.A.からの一時的な貸与品だ。未使用品及び有形物は全て返却する事になっている。
「ともかく、急ごっか。詞の意味はさっぱりだけど」
胸元に着けた小型ライトを弄り、一枚の地図を取り出す結寿音。
冷たく湿った森の空気に身震いをして、申し訳程度のその内容を確認する。
「……だめだ、こっちもさっぱりわかんない!」
何度見返しても用を成さない周辺地図。
貸与品の一つだが、タブロス市郊外のエリアマップでは村の場所さえ判然とせず、手書きで後から足された印だけが頼みの綱――よくよく考えてみれば、森の仔細な地図が存在するなら、職員も『調査』など依頼に添えたりはしなかっただろう。
役に立たない地図と己の置かれた境遇を結寿音は嘆き、リチェルカーレは小さく笑って彼女を宥めた。
仕方がない。
地道に痕跡を探そう。リリィの足跡、或いは彼女を連れ去った人の痕跡を。
幸い、まだ灯が必要なほど暗くはないし、彼女が辿ったであろう道を捜すのが、きっと一番の近道だ。その為には詞の内容を今一度、思い浮かべてみる必要がありそうだった。
何気なく見上げた空の青。
木々が切り取る森の天窓に、ふと首を傾げるリチェルカーレの後ろで――
「紅玉って林檎の事かなぁ」
結寿音がそんな事を呟いている。
「……林檎……」
特定の単語に訥と反応を示す彼女のパートナー・ナハトも、詞に対しては何も思い浮かばない様で、二人揃ってお手上げ状態。
――リリィは求める景色を見つけたのだろうか。
森へと入ったその理由を、突き動かす願いや想いを汲み取るべく、リチェルカーレは森の大地に、周囲の景色に――少女に繋がる手がかりを求める。一心に彼女の無事を祈りつつ。
一行に先んじて森を往くシリウスは無言のまま、枝を払ってパートナーたる彼女を振り返る。道無き道を拓いてくれる彼に頷き返して、リチェルカーレは更に一歩を踏み出した。
泉に花、詞に浮かぶ言の葉を拾いながら。
●詩人は詠う
ハト公園――。
詩人の周囲に、再び鳩が舞い戻り始めた。
「濡鳥なるは、その羽を濡らした烏の色だと言う説も」
「色、ですか」
濡れ羽色、という表現は確かに聞いた事がある気がする。青く艶帯びた黒色の事だと詩人が添える。『カラス』と『トリ』の違いも含めて、そこにどう云う意味があるというのか?
「いちいち回りくどいな」
考え込むミサの隣でエミリオが、ピリついている。詩人は諸手を振って曖昧な笑みを浮かべた。
「そこはそれ、詩人ゆえとご容赦頂きたい。この唄が伝わる彼の村の者ならば、なぞらえた色を探すのではないかと、私見を述べたまで」
「唄が伝わる村の?」
詩人は頷き、歌う様に紡いだ。
お探しの、その――リリィさん、ですか。その村の出だとお聞きしましたよ。
運命を感じた様です。私も驚きましてね――ひとつ、御守袋を差し上げたのです。
唄にちなんで削り出した紅玉石の『夢』を一片、封じました。
「……他には何か――」
ありませんか?
一つでも多くの手掛かりを。
祈る様に求めるミサに、詩人は空っぽの掌を開いて見せた。
「あまり此処で鳩に豆を与えてないで、急いだ方が良い。今日中に帰れなくなりますよ」
「え。豆なんて私」
「行こう、確かに『ここで油売ってる場合じゃない』」
ミサの言葉を遮って促すエミリオ。気を残しつつ彼の後を追いながらミサは、何度も何度も振り返る。
鳩詩人は満足げに指を立てた。
「『花』や『鳥』――言葉に囚われていては、肝心のものを見落としかねません。友人達にもそうお伝え下さい。お捜しのものが見つかります様――」
そして最後に一つ、落とした言葉。
――今頃は、お仲間の皆さんが少女を保護しているかもしれませんよ。
そうであれば良い。
むしろそうであって欲しい。
ミサは、心から願わずには居られなかった。
●遭遇
往けども往けども、目につくのは大小も新旧も様々な獣の足跡ばかり。
どれくらい歩き回ったのだろう。より深い所まで来てしまった様で、随分と身体も冷えて来た。
はあ、と掌に息を吹きかけ結寿音は擦り合せる。
「ここも、違うみたいだねぇ」
道中見つけた天然の洞穴や小さな作業小屋でも収獲はナシ、次いでやって来たのは幾つ目かの泉の畔。
湖面に映る蒼天を辿る様に上向いて、リチェルカーレは結寿音の言葉に、残念ながらと頷いた。
周囲の警戒にあたっているナハトや、獣の足跡を検めていたシリウスも頭を振っている。
敵との遭遇は無いに越した事はない。うっかり事を構えて、怪我でもしようものなら血の匂いが獣を呼んでしまいかねないし、何より心配事が増えてしまう。
少し、休憩を――いや、休んでる場合ではない――
こうしている間にもリリィは何処でどうしているやら――
葛藤に、ブンブンと1人一際激しく頭を振るリチェルカーレに集う「?」の眼差し。
気恥ずかしげに視線を落とした彼女はそこで、はた、と気付いた。
草陰に、何か小さな物が落ちている。
突然屈み込んだ彼女は、シリウスが差し出しかけた手を制してソレに手を伸ばし――確と掴んだ。
「――これは?」
中に何か小さな物が入った布袋の感触。まじまじと見つめる手元を、シリウスも横から覗き込む。
「ね、ここからどうやって捜そう。大きな声で呼んでみようか?」
「えっ?」
うちの馬鹿ロボットはあまり期待できないけど。と、結寿音は自らの喉を整え始めた。
屈み込んだまま、リチェルカーレは振り返る。
結寿音が息を吸い込み口を開いた。大切にしたい喉だが、相応のトレーニングを重ねている為、さほど無理せずよく通る声を出せる自信はある。
「リ――」
次の瞬間、物陰から何者かが飛び出して来た。転がる様に大慌てで。
「「「!!?」」」
反射的に身構える一同。
咄嗟に前に出そうになった精霊達の間を、小柄な影が駆け抜けて行く。
思わず彼らが硬直する程――、『その娘』の足は非常に遅かった。
少女は結寿音の元まで一直線に、ほてほてと駆けつけるや、唇の前に指を立て「しーっ!」と必死に訴える。結寿音が一言も発せずこくこく頷いてみせると、少女は胸を撫で下ろして息を吐いた。
「大きな物音も森の動物達を刺激してしまうから――」
「あの、その――ごめんね?」
「いえ」
含羞む少女。
一体何が起きたというのだろうか?
状況を整理すべく視線を交わし、代表してリチェルカーレがおずおずと尋ねる。
「あなた――が、もしかして……リリィ?」
「はい。あれ? どうして知ってるんですか? 私の名前」
きょとんと首を傾げた少女は、「あ、それ」と彼女の手元を指差した。
「……え?」
「何処でそれを? それ、落としちゃって、探してたんです」
見つけてくれて有難う! 大切なものだから――
失くしたままでは帰れないのだと冗談めかす、屈託の無い笑顔。
着ている物はあちこち泥で汚れ、疲れた様子ではあるが、リリィは怪我もなく無事だった。
その事は、素直に喜ばしい。
「任務完了、だね」
少なくとも誘拐ではなかった。即ち他の被害者も居ない。
オーガが暴れている様な形跡もなく、見上げる空はまだ明るい。早く帰って無事を報せよう。
肩の荷が下りた様子で明るく呟いた結寿音を、リリィはきょとんと見遣った。
任務?
つまり、仕事だ。
それは――ひょっとして兄が……。
言いかけて口を噤むリリィ。先程までとは一転、俯く表情に影を落とし、軟らかい地面を靴底で擦る。
――不意に。
少し離れた空で、花火の様な音と光が弾けた。
「?!」
「あ。あれ、ミサ達だよね」
到着の合図に嬉々とした結寿音の声。
わざわざ足を運ばせるまでもない。リリィの無事な姿を彼女達にも、早く見せてあげなくては。
さあ、帰ろう、と声を掛けても微動だにしない空気に彼女は瞳をぱちくり、首を傾げた。
「あれ? 皆、どうしたの?」
「………」
リリィの視線が泳いでいる。
この場所から離れ難い様子に、リチェルカーレは半ば以上確信していた。だから、迷う事なく断言した。
「他にも探しものが、あるんですね」
答えあぐねる少女。
どこまで話したものか、目の前に居る同年代の女の子達が何を何処まで知っているのか――戸惑う眼差しは、結寿音とリチェルカーレを順に見つめ、彼女達と共に在る者達をちらと見る。
「………」
そして、俯く様に肯いた。
――ええ、ちょっとどういう事??
結寿音が素っ頓狂な声を出し、喉を押さえるその横で、リチェルカーレはパートナーに声を掛けた。
「シリウス、お願い」
「――」
終始表情の読み難い彼、だが、彼女の願いを聞き入れ、合図の花火を打ち上げる。
「!」
リリィの驚いた顔。ややあって、空に弾ける音と光がミサ達に目指すべき方向を報せた。
コンパスを持つ彼女達なら多分、迷わず辿り着けるだろう。到着を待つひと時に、交わされる言葉達。
「願いを叶えるお手伝いをさせて下さい」
申し出るリチェルカーレ。
「……オカルトチックなこと私は信じないけど」
と結寿音が添えれば、「オカルトですか」と少女は力なく微笑んだ。
――強い人なんですね、私は何かにすがる事しかできない。
強く握り締める手の中に先程の小袋。それから一同を改めて見渡して、リリィは言うのだった。
皆さんが少し羨ましいです。と――
●ささやかな願いの果て
「良かった、本当に良かった――!」
合流早々、ミサはその場で脱力してしまう程、リリィの無事を喜んだ。
流石に、そこまでされるとリリィもバツが悪そうに、へたり込む彼女の前にちょこんと正座して、謝罪と御礼を口にしながら頭を下げる。
謝る相手が違うんじゃないか、とエミリオはふと思い――のみならず、実際に言葉にした。
「唯一の肉親を心配させてまでお前が叶えたい願いって何?」
「………それ、は」
言葉を詰まらせるリリィ。ミサがフォローする様に重ねて行く。
「どうしても叶えたい願いがあるんだよね? 私達にも手伝わせて」
リチェルカーレも同じ想いだった。
そうまでして、彼女が見つけたいもの――叶えたい願いや伝えたい願いがあるであろう事は察しがついていた。
願いを叶える為に必要なのは、自分で行動する事。だけど、手伝う事なら彼女達にも出来るのだ。
「ありがとう。ごめんなさい」
そう繰り返して、リリィがぽつと呟く願いは、とてもささやかな――きっと誰にも理解しては貰えないだろうと本人が感じているが故に、誰にも打ち明けられなかった事。
「本当は、兄さんと一緒に来たかったんです」
大好きだから。
――言えなくて。
詩人に貰った『勇気』が最後の希望。
「森に行こうって言ったら猛反対されちゃって、それで」
1人で、景色を探しに来てしまったのだと。
だから――「羨ましい」と彼女は零したのか。ウィンクルム達は少女の告白に、答える術を持たなかった。ただ、聞いているだけ。それだけでも、少女には充分だったのかもしれない。
「ミサは叶えたい願いってあるの?」
泉の畔に佇み、各々周囲の景色を眺めている。エミリオは見るともなしに眺めていた口だが、水面に浮かんだ空が流れる様を眺める内に、言葉がぽろりと口を衝いて出た。
何ら疑問を挟む気配もなく、隣からミサが答えて来る。
「願いというか、夢ならあるよ。小さい頃からの夢」
話した事なかったっけ――パティシエになっていつか、来てくれた人が皆笑顔になれる様な自分の店を持つのが夢なの。
そう、と相槌を打つ代わりに「……羨ましいな」とぽつり、零れる。これといって、何か夢を抱いた事もなく、展望を描いた事もないエミリオは、他の言葉を見出せなかった。
「いつかエミリオさんにも夢が見つかるよ!」
普段とは打って変わってしおらしい彼に、ミサはいつもの数割増しの笑顔を向けた。
その時は、一番に教えてね。と。
森では色を紐解く――
詩人から得たその情報を、ミサを介して共有したリチェルカーレはリリィと共に景色を探そうと考えた。護衛を兼ねたシリウスが先行し、行き先を問う眼差しで後続を見遣る。
彼女がまだ見つけていない景色は何処にあるのだろう。
「幾つ見つけたか、訊いても良いですか?」
「ん、――ん。もう、良いんです」
「でも――」
胸の内を第三者に聞いてもらった事で、心の整理が付いたのか――リリィは立ち止まり、リチェルカーレの問いに静かに頭を振った。シリウスにも深々と頭を下げる。
このまま帰途に就いてしまって良いものか、視線を交わして訝る彼らに、
「ご存知ですか」
と、少女は語りだした。
あの唄――後半は、相手が居ないと叶わないんですよ。
大切な人とまどろんで、雪と戯れて……。
「すぐに融けて消えてしまう雪の様に、淡く儚く触れるもの――何だか解りますか?」
「さっぱり」
考える間もなく降参のポーズで即答する結寿音に、少女は微笑んで耳打ち。
「……」
一瞬の間があった。
「キスぅ?!」
素っ頓狂な声が飛び出し、結寿音は再び喉を押さえる。
かなりはっきり洩れ聞こえた思いもよらない単語に、リチェルカーレとミサは耳まで真っ赤。額や手の甲にですよ、と少女が続ける説明がその耳に届いているのかどうか。
精霊達は何の話かピンと来ていない様子で、妙に距離を感じる立ち位置から、彼女達を見守っていたという。
「と、とにかく帰りましょうか。お兄さんが心配してますよ」
「それこそこの世の終わりかというぐらい」
「ちょっと涙目だったし」
動揺著しくリチェルカーレが切り出し、ミサと結寿音が言葉を繋ぐ。
今度はリリィが動揺する番だった。今にも泣き出しそうな照れ臭そうな顔で胸を押さえる。
「辛いなぁ。でも、少し嬉しい。兄さん弱みを見せない人だから……そんな風に、心配してくれた、なんて」
こんな事なら私がA.R.O.A.に駆け込めば良かったですね、と少女は無理に笑って見せた。
帰り支度、と云う程のものは何も無い。
ただ、適当に切り上げて、今在る景色とその場所に背を向けるだけ。
待ち兼ねた帰路。物音にだけは気をつけて結寿音は、弾む足取りで森を往く。
「帰ったら、おやつはどら焼きだからね!」
その言葉に大いに反応するナハト。何事もなくて何よりなのだが、どこか疲れた様な顔をしている。しかし、何事もなく森を抜けられるのは、間違いなく彼らが周囲を警戒してくれていたお陰だった。
来た時とはまるで違って見える森の美しい景色の只中。
今を逃すと来シーズンまで見る事叶わぬ光景を、その瞳に焼き付けながらウィンクルム達は森を後にした。
白銀に煌めく雪片が、木々の間を零れ落ち――そして消えて行く。
村では依頼人が、今や遅しと帰りを待っている事だろう。
後の事は……兄妹のみぞ知る、だが、きっと今までと同じ日常を取り戻して行くに違いない。
依頼結果:成功
MVP:なし
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 貴翔キーマ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 冒険 |
エピソードタイプ | ショート |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 02月25日 |
出発日 | 03月06日 00:00 |
納品日 | 03月15日 |
参加者
会議室
-
2014/03/05-23:34
はい、戦闘は最小限に。
皆無事に戻ることが、一番大切ですものね。
そろそろ時間ですね。
皆さん、よろしくお願いします。 -
2014/03/05-23:27
うん、軽く追い払う程度で深追いはしないほうがいいね
私もエミリオさんも、リリィさんと仲間の安全第一に行動するよ
もうそろそろ時間だね、頑張ろう! -
2014/03/05-23:19
(相変わらずアイコン変更が効かない(泣))
そういえばミサちゃんおひさー、言うタイミング逃してた!
怪我して血が出ると狼寄せちゃうかもだし、戦闘は最小限にいこう
コンパスありがとうー、では当日の成功を祈って! -
2014/03/05-23:15
(謎のエラー続きでお返事遅くなってしまいました、ごめんなさい)
結寿音ちゃん謝らないでよー(慌てる)
むしろ仲間が増えて心強いし!
地図聞いてくれるのたすかるよ、なら私コンパス持参しようかな!
-
2014/03/05-23:08
じゃあリチェって呼ぶね!
私のことはミサでいいよー
なるべく穏便に済ませたいよね
あ!いづ、じゃなかった!
結寿音ちゃん、久しぶりだね、また会えて嬉しい!
念の為お互いメアド交換しとこっか!(ウキウキしながら携帯取り出し) -
2014/03/05-23:05
はじめまして、結寿音さん。
リチェルカーレです。ふふ、一緒に行ってくれる人が増えると嬉しい。
リリィさん、絶対見つけましょうね。
私も戦闘は、あの、全然ダメで…(声が小さく。しかし精霊をぱっと指差して)
でも大丈夫!私はダメだけどシリウスは強いので!!(後ろで精霊が額を抑えた)
私はもしもの時はリリィさん引っ張って、庇いますね! -
2014/03/05-22:50
あ、花火ももちろんリチェルちゃんと共に対応するよー
あと地図とか職員さんにもらえないか聞いてみるね
本当にギリギリになってごめんなさい!
みんな成功させるために頑張ろ! -
2014/03/05-22:23
(何故かIC変更が効かないのでこれでですが、メガネ掛けて別人のような印象です)
滑り込みでカカッと参加!
結寿音だよ!(偽名で名乗ってます)
花火…というか携帯とかで連絡とれたらうれしいなー
電波がつながるかわからないけど!
明かりはやはり胸につけるタイプのホームセンターとかで売ってるライト持ってくつもりです
で、リチェルちゃんと共に森でリリィちゃんを探せたらなーと思うよ
戦いならナハトにやらせる!遭遇しないのが一番だけど、備えとくに越したことはないからね -
2014/03/05-21:55
エミリオさん、よろしくお願いします(ぺこりと頭を下げて)。
お友達…そんな風に言ってもらえると、私も嬉しい。迷惑だなんてそんな、よければリチェと呼んでくださいな。
…ねぇ、シリウスも挨拶しようよ(服を引っ張られ、無言で会釈をする精霊に頬を膨らます)。
一応、灯りは持っていくつもりです。後は…リリィさんの安全を確保しつつ、可能なら追い払う…でしょうか? -
2014/03/05-21:34
エミリオ:
俺はエミリオ。よろしく、リチェルカーレ、シリウス。
ミサが友達が増えたって大騒ぎしてさ、うるさいったらありゃしない。迷惑だったら断っていいからね。でないとあいつ、調子にのるから。
そう、森に着いたら俺が花火で合図送るから、シリウスもよろしく頼むよ。
あと万が一野犬やウルフに遭遇した時の対策を考えた方がいいね。 -
2014/03/05-20:48
わかりました!リリィさんか、リリィさんに関わる何かが見つけられるよう頑張りますね。
はい、エミリオさんの花火が合図ですね?
私の方は、シリウスが雷光のような魔法が使えるので、それを合図に(いいよね?と己のパートナーを見やって)。
わからないこと、多いですけど。
リリィさんを見つけられるよう、頑張りましょう。 -
2014/03/05-20:19
OK!リチェルカーレちゃん達は森に直行だね!
なら先に森の探索を始めてて!
私とエミリオさんが森の入り口に到着したら、光の魔法で花火?みたいなのを空に打ち上げて合図するから、リチェルカーレちゃんも同じように合図して居場所を知らせてほしいな。
どんな情報が手に入るか分からないけど、リチェルカーレちゃん達にも知らせたいし!
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2014/03/05-15:32
ミサさんありがとう。よろしくお願いします、ね。
詩人さんのところへ行くのは考えていませんでした…!
そうか、詳しく話を聞くと何かわかるかもですね。えと、私とシリウスは森の探索をしようかと思っていました。足跡とかの人の痕跡、歌に出てくるような場所を中心に。
一緒に動いた方が良いのかしら?それとも、時間を決めて合流しますか? -
2014/03/05-13:06
出発まであまり時間ないから、とりあえず私とエミリオさんの行動予定を言うね。
まず情報を集めに詩人さんに会いに行ってみる。
リリィさんの保護優先だから、なるべく早めに切り上げて森に向かうね!
リチェルカーレちゃんとシリウスさんは予定は決まった? -
2014/03/05-01:29
初めまして!ミサっていいます。
エミリオさん共々よろしくお願いしますね!
クランツさんとても心配してたし、早く見つけて安心させてあげたいな。
怖がりなリリィさんが危険をおかしてまで見たいものなんだもの、きっとそれだけ強い願いがあるんだろうなぁ(涙ぐむ)
リリィさんを無事にクランツさんの元に送り届けられるように、リリィさんの願いが叶うように、皆で協力して頑張ろうね!
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2014/03/04-19:19
ええと、リチェルカーレと言います。初めてのお仕事ですが頑張ります。リリィさんを見つけて、彼女が見たかったものを一緒に探せたら…とそう思ってます。よろしくお願いします。