プロローグ
「それでは、是非に!是非に!!……宜しくお願い申し上げます」
「は、はぁ……」
A.R.O.A.本部ではオーガ討伐には受付を通す必要がある。
その受付に、バトラーコートを着た初老の紳士が、緊迫した表情で受付嬢に念押ししていた。
受付嬢も思わず冷や汗が流れる。
「それでは、こちらが前金となります。後ほど依頼主をお連れしますので……直々に説明をさせて頂きます」
「え?ちょ、ちょっと……それは困ります!」
初老の紳士は問題の依頼人を連れてくるために、受付嬢の声に振り向かず
依頼料の前金を置いてそのまま立ち去っていった。
そう、『問題のある』依頼人を。
***
「あー……お前ら、よく来た。いや、『来ちまったか』って方が正しいか」
A.R.O.A.の若い男性職員が疲れ気味の表情でウィンクルム達を迎えた。
「今回の依頼なんだがぁ……」
「わたくしから説明させていただきますわっ!」
男性職員の隣に、可愛らしい少女が座っていた。
……どこから持ってきたのか、真っ赤なベロアの椅子に座って。
「こちらのお嬢さんは、ドロシー・ダウズウエル……さる貴族のお嬢様で、今回の依頼人だ」
「よきに計らいなさいませ、庶民の皆様」
ドロシーは蜂蜜色のウェーブ髪をしていて見た目は人形のように愛らしく、ベロアの椅子に座る姿も様になっている。
が、どうやら性格の方は少々問題があるようだ。
「ウィンクルムの皆様もお忙しいのでしょう?ですから、わたくしの訓練を指導して対等の力を身に付けさせて下さいませ」
「「……はぁ?」」
ウィンクルム達は一様に首をかしげた。
本来、オーガを倒すには神人と精霊……ウィンクルム達の愛の力が必要不可欠になる。
どちらか片方だけでは成立しないし、ましてや一般人が対等の力を身に付けることはできない。
「訓練する場所もしっかりご用意しておりましてよ、爺や!地図をもちなさい!!」
先程、受付に来ていた初老の紳士……爺やが黙々とホワイトボードに地図を広げる。
「場所はタブロス近郊に用意しました、お忙しい庶民の皆さまへの配慮もしっかりなさいましたでしょう?」
ドロシーはふふんと自慢げに鼻を鳴らした。
「アスレチックのスライダー、登り棒、平均台……グラウンドのサーキットもございましてよ」
郊外の森の拓けた場所に設置されているらしく、200mグラウンドの中心に3mの登り棒4本と5mの平均台3台。
グラウンドの傍らに50mのロープスライダーが設置されているようだ。
森の周辺は簡素な小屋が一軒建っており、ここは休憩用の施設らしい。
「ちょっと待って、さっきから聞いてると全くオーガと関係ないじゃない!」
一人の神人がドロシーのワガママに対して異を唱えた。
たしかに、ここまでの話を聞いている限りだとオーガはおろかゴブリンのゴの字も出ていない。
「ふふふ、わたくしを甘く見ないでくださいませ……施工業者が、周辺に角の生えたコボルトを見たそうですわ?」
不敵な笑みを浮かべるドロシーがオーガの出現を仄めかす。
「でも、それって又聞きでしょう?あなたの嘘かもしれないじゃない」
「なにをおっしゃいますの?!『少しでも可能性があるならば、それを調査・討伐するのがA.R.O.A.の仕事』でございましょう!?
それにわたくしは嘘など申しませんわ!!」
「落ち着け、依頼人の言っていることももっともだ」
神人の言い分に対して、ドロシーも言い返す。
これを見かねた精霊が神人をなだめる。
……可能性がゼロではない、A.R.O.A.が断れなかった理由もそこだろう。
「これだから庶民は嫌ですわ!それでは、私もご用意があるので失礼いたします……爺や!」
したり顔のドロシーはベロアの椅子(に見えたが足に車輪がついていた)を爺やに押させて部屋を出ていった。
***
「はぁ、ようやく帰ったか……まぁ、聞いての通りだ」
男性職員はうんざりした顔でもう一度ウィンクルムたちに向き直った。
「お前達なら解るだろうが、ウィンクルムでなければオーガは倒せん。一般人がどれだけ頑張ったところでな」
気を取り直した職員がウィンクルムに改めて伝える。
「あのお嬢様を諦めさせてくれ、納得させた上でな。『建前』については任せる」
建前……先ほどの『角の生えたコボルト』の目撃情報の又聞きのことだ。
職員は『依頼の口実』と思い込んでいるようだが、実際に調査しなければ解らない。
「ちなみにドロシーは今のところ神人としての適性もない、ホントの一般人だ。訓練するにしても加減は考えておけよ?」
男性職員は溜め息を吐きながら、同じく溜め息をつくウィンクルム達を見送った。
解説
成功条件:
ドロシーを納得させて、諦めさせること
失敗条件:
ドロシーを納得させられない
ドロシー・ダウズウエルについて:
超がつくほどのワガママお嬢様、13歳。
神人の適性は今のところ無く、一般人。
運動神経も鈍く、頭もちょっと弱い。
性格が災いして、友達と呼べる人はいない。
かなりの負けず嫌いですが、裏を返すと頑張り屋です。
ムチばかりではなく、アメを与えるのも最善でしょう。
オーガについて:
ドロシーから又聞きのコボルト目撃情報がありますが
これは調査しなければ解かりません。
ドロシーの言葉を信じるか否かにかかっています。
真実を見抜けなければ、痛いしっぺ返しがあるかも……。
ゲームマスターより
木乃です、これくらいクセの強いお嬢様の方が好きですね、はい。
今回はアドベンチャーの簡単な推理となっています。
ドロシーの性格は典型的なお嬢様タイプです、
そこから推理するとラクだと思います。
それでは、ご参加を楽しみにお待ちしております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
アガサ(ヘルゲ)
■オーガ調査側 まず施工業者にオーガを目撃した事が本当か確認 本当ならその時の詳しい状況を聞く 嘘であった場合でも一応周辺を探索 何も無ければそのまま訓練組と合流 訓練の様子を傍観 ■戦闘になった場合 戦闘:精霊に任せ気味 自分に向かってくる場合戦闘態勢は取るが回避に徹する 状況が悪い場合は一端引いて訓練組に応援を頼む オーガが出現下場合通信機にて連絡 なんらかのアクシデントで通信機が使えない場合かつ 訓練組と距離が近ければいつも首から下げている笛を ■心情 子供の相手は得意でないので調査側である事に少し安堵 精霊との距離感を掴みあぐねている ■持ち物 携帯医療セット 笛 通信機 |
葵(レント)
ドロシーさんの訓練の方で頑張りたいと思います。 基本的にはドロシーさんに合わせて、 ついて来れる難易度の訓練を行います 上手くいけば一緒に喜んで見せますし、 ダメならしっかりアドバイスを。 用意された施設を主に使っていきます 私達にはできないこと(というか私にはできないこと) で彼女の得意なことがあれば 積極的に誉めます。 加えて、A.R.O.Aより先に角のあるコボルドの情報を得たことを例に、 情報面で戦えることを示してあげたいです 戦闘になったら、基本的には精霊より後ろに配置して ヒット&アウェイで戦局が見やすいように 危なそうなら積極的に声掛けを |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
ドロシー、さん?(初対面の人にはさん付けしないとディエゴさんが怒る…)が嘘じゃないって言ってるから本当の事じゃないかな… コボルトが出るまでは…んー…訓練所の使い方を教えて欲しいな ごめんね…この棒とか、台とか、使い方覚えてないの。 指導というか、一緒に訓練をしていけば私もドロシー、さんも頑張れるんじゃないかな。 神人の適性が無いって言うからには、戦闘はさせちゃダメだよね。 ドロシー、さん、頑張り屋だから無理して突っ込んじゃうかも 訓練所を作ってくれて使い方まで教えてくれた良い人だから ドロシー、さんが怪我したら悲しいって気持ちを伝えよう。 一緒に戦えなくても、こうやって一緒に運動を頑張っていくは駄目かな…? |
七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
ドロシーさんは、お体を鍛えたらオーガを倒せると信じているようです。 本当なら間違っているとお伝えしたい。 ですけど、ここは1つ彼女の訓練法にお付き合いしましょう。 脚力と持久力を鍛えて下さいね。 彼女には登り棒に2mほど登った後、10秒間しがみついていただきます。地面から30cmに赤いテープを貼ってますから、ここから下がっちゃいけませんよ。 でも本当にオーガを退治したいなら、これぐらいドロシーさんにもできるはずです。 休憩はしたい分だけ、させます。安心して下さい。 万が一、オーガの情報を聞いたら、現場にかけつけます。 持ち物:通信機、携帯医療セット、ペン付きメモ帳。 |
◆わがままお嬢様、見参!
「おーっほっほっほっ!!お待ちしてましたわ、庶民の皆様!」
タブロス郊外の森に用意したアスレチックの前でドロシーは高笑いを浮かべていた。
蜂蜜色のウェーブヘアをしっかり髪を束ねて運動用のジャージに着替えている辺り、やる気の高さが伺える。
訓練場にやってきたのはハロルドとディエゴ・ルナ・クンティロ、葵とレント、
七草・シエテ・イルゴと翡翠・フェイツィの3組だ。
(お体を鍛えても、オーガは倒せないのですが……)
そんなドロシーの様子を見てシエテは本音を伝えたいところをなんとか喉元で抑える。
「あはは、元気なお嬢ちゃんですね」
シエテのパートナーである翡翠は愉快そうに笑っている。
「ドロシー、さん。まずは使い方を教えて欲しい、かな」
ハロルドは物珍しそうに用意された設備をキョロキョロと見ていた、彼女にとっては新鮮なのだろう。
「あら、この私に教授を願いますの?……爺や、皆様に教えて差し上げなさい!」
「かしこまりました、ご用意したものですが……」
ドロシーはビシッと手を挙げて脇に控えていた爺やが説明に入る。
訓練場のサーキットはいわゆる運動場の走るための楕円になったコースで一周が200m程度、
なにごとも体力が資本ということで基本を押さえたものである。
そのサーキット内には平均台と登り棒……平均台は台の上を歩いてバランス感覚と慎重さを、
登り棒は棒を登ることで腕力と忍耐力を鍛えるものだ。
一番奥の50mロープスライダーはサーキットから見て右から左に傾斜しており、
直線に伝うワイヤーに滑車付きロープを括りつけて飛び乗るもので、度胸や瞬発力を鍛えていくものだという。
ハロルドはなんとなく『屋外で使う遊具』といった印象を受けた。
「ハル……適当に相手していろ、俺は付き合いきれん」
ディエゴは子供の遊びだと言わんばかりに冷めた目をしていた。
「え、でも」
「あのタイプに最後まで付き合いきれるのは、お前くらいなもんだろう……」
ハロルドは呆れているディエゴに声をかけるが、ディエゴはぼそりと呟くとその場を離れていった。
「ありがとうございます、僕達も早速始めたいところですが……」
「ダウズウエルさん、怪我をしないように先に準備運動から始めましょう?」
レントも葵の手伝いをしようと今日は指南役だ、葵はドロシーの出来ることから始めようと考えていた。
まずは体をほぐす為の準備運動を、と提案する。
「……そうですわね!怪我をして即中止なんて嫌ですわ」
ドロシーは葵の提案に一瞬考え込んだが『怪我』という単語が引っかかったのかすぐに応じた。
シエテ達は準備運動を始めて、和気藹々とした雰囲気で訓練はスタートした。
◆事実確認
一方、アガサとヘルゲはタブロス市内のとある工務店に来ていた。
ここは爺やが訓練用具の施工を手配したお店であり、心配していた爺やがこっそり教えてくれたのだ。
「それで、角の生えたコボルトを見たと仰っていた方がいるのだけど……本当なのね?」
アガサは淡々とドロシーの聞いた話を目撃したという男に確認する。
「あぁ、見たぜ。森の中に角の生えたコボルトみてぇな奴が一匹いてよぉ……設置は終わってたから、そのまま帰ってきちまったんだぜ」
男はボリボリと頭を掻きながら状況を説明した、見間違いだろうと思って放っておいたらしい。
「おい、ホントに居たらどうするつもりなんだよ?!」
「貴方は黙ってなさい。それで、森のどこで見たの?」
ヘルゲは男がA.R.O.A.に連絡しなかったことに腹を立てるが、アガサがピシリと静止する。
露骨に不満そうながらもヘルゲは押し黙る。
「設置したアスレチックからはだいぶ離れてたんだが……あっちもふらふら徘徊してたし、どこって言われると困るぜ」
男もヘルゲの一言で反省したのか、真面目に考え込むが正確な場所までは示せないようだ。
「……つーことは、森で探すしかねぇ?」
「貴方にしてはよく考えついたわね、すぐに森に行くわよ」
アガサとヘルゲは『ドロシーが嘘をついていなかった』ことを確信して、訓練場の付近を探索するべく急いで工務店を後にした。
◆言うが易し、行うが難し
準備運動を終えたハロルド達は、いよいよ訓練に入ろうとしていた。
「やはり、基本から始めるのが大事じゃないでしょうか?」
訓練のメニューを相談していたところ、真っ先に手を挙げたのはシエテだった。
「なにをなさいますの?ランニングだなんて単調なことは嫌ですわ」
「いいえ、まずは登り棒をやって頂きます」
***
設置されていた登り棒に葵達が集まると、シエテは登り棒の低い位置に赤いテープで印をつけていた。
登り棒は全長で3m、横並びに同じものが並んで全部で4本ある。
頂点をパイプで横に繋いでいるため、グラつきが少なくなるように設計されている。
「2mほど登って、そこで10秒間しがみついてください。この赤い印より下に降りたらダメですよ。
……本当にオーガを倒したいのでしたら、このぐらい出来るはずです」
ドロシーはシエテの言葉に露骨にムッとした表情を浮かべた。
「えと……ドロシー、さん。私も一緒にやってもいいかな?」
「僕も一緒にやってみたいです、こういう訓練は初めてなので……」
興味津々で見ていたハロルドと、講師役のレントも名乗りを上げる。
ハロルドは元々一緒に訓練をしようと考えていたのか、心なしか目が輝いている……ように見える。
しかし、パートナーのディエゴは離れた場所で木に寄りかかりながら様子を眺めていた。
(ディエゴさん……見えるところにいるのは、きっと心配してくれてるから……だよね?)
遠巻きで眺めているディエゴを一瞥してからハロルドはドロシーの隣の登り棒へと用意する。
「ダウズウエルさん、登り棒はやったことありますか?」
「い、いえ、生まれて初めてですわ」
葵が登り棒を眺めながらドロシーに確認をしていく。
先ほど爺やが説明していたのを察するに全て任せきりでドロシー本人はなにも把握していなかったようだ。
「僕がお手本を見せてあげましょうか?見ればやり方もすぐ分かりますよ。こうやって棒に掴まって、足を絡ませてっと……よいしょっと」
レントは尻尾を揺らしながら軽々と登り棒を登っていく、スルスルといとも簡単に登っていく姿は
日頃の訓練の賜物と言えるだろう、あっという間に頂点にある横棒にたどり着いてぶら下がる。
「さ、ドロシー嬢ちゃんもやってみましょうか……大丈夫、自分を信じて?」
翡翠もにこやかに笑みを浮かべてドロシーを応援する。
「ふ、ふんっ!こんなの簡単ですわ、バカにしないで下さいませ!」
口をへの字に曲げてドロシーも登り棒を登ろうとする……が、
ここでよく考えて欲しい。ドロシーは典型的なお嬢様……いわゆる『温室育ち』である。
社交ダンスやピアノのレッスンは受けたことはあるかもしれないが、
戦うための訓練のようなハードな運動や、運動公園にあるような遊具を使ったことがあるのだろうか?
……答えはNOである。温室育ちの少女には少々難易度が高かったようだ。
ドロシーは棒にしがみつこうとしてもズルズルと滑り落ちてしまう。
「こう、かな?……んしょ、んしょ」
隣で登ろうとしていたハロルドはなんとか2m近くまで登っていた。
「あなたならできますよ、頑張って」
「初めから頑張ってましてよ!?」
翡翠の励ましに頬をふくらませながらもドロシーは懸命に登ろうと挑むが、登る高さは変わらず。
「予想以上にドロシーさんは運動が苦手のようですね……」
シエテはドロシーの様子を見てうーんと首を傾げる。
「レント君、他になにかいい訓練法はありませんか?」
「うーん……平均台なら、簡単じゃないでしょうか」
葵は登り棒から降りてきたレントにもっと彼女に適した方法があるんじゃないかと相談してみた。
そのとき、登ろうともがいていたドロシーが手を滑らせて登り棒から落ちてしまった。
「あ!……大丈夫?」
登っていたハロルドが滑り降りて駆け寄る。落ちた瞬間に手を地面についたのか、擦りむいて右手から血が出てていた。
「……どいてろ、俺が診る」
声の主は訓練風景を眺めていたディエゴだった。
ディエゴはドロシーの右手を取ると傷口と手首の状態を見る。
「手首は腫れていない、怪我はこの擦り傷だけだな。手当してやるから少し休憩にしろ……おい、執事。救急箱はあるな?」
「は、すでにご用意いたしております」
爺やが救急箱を持って傍らに立っていた、初めから何かあった時のために用意していたようだ。
葵達はドロシーの手当ても兼ねて一旦休憩することにした。
◆現実は非情なり
タブロス近郊の森に到着したアガサとヘルゲ、周囲を警戒しながら訓練場までの道のりを歩く。
「ヘル、見つけたらすぐ教えなさい」
「どうしてお前はいつも上から目線なんだよ?!」
「煩いわね、デミ・コボルトが逃げたらどうするの」
と、先ほどから口論をしてはお互い沈黙になるのを繰り返しが続いている。
これでも双方どうにか良い関係になりたいと思っているが……お互いの本音に気づくにはもう少し時間が必要そうだ。
「ったくよぉ……ん?あれは」
「どうしたの?ぐずぐずしてないで早く教えなさい」
ふと森の一角を凝視し始めたヘルゲにアガサが問いかける。
遠巻きにはフラフラと歩く人影のように見えるが……ヘルゲにはしっかり捉えられていた。
『角の生えたコボルト』……デミ・コボルトだ。
「まずい、訓練場の方に向かってやがる」
「なんですって?……さすがに2人では危険ね」
アガサは通信機を取り出して連絡を試みるが……ザーと砂嵐の音が聞こえるばかり。どうやら森の中で電波の状態が悪かったようだ。
「もう、なんでこんな時に……仕方がないわね」
「あ、おい、待てよ!」
アガサは首にかけていた笛を勢いよく吹いた。
『ピィィー……!』
そのとき、訓練場に向かって歩いていた人影らしきモノが足が止まる。
ゆらりと揺れた人影らしきモノは、音の発生源であるアガサ達に向かって歩きだした。
幸か不幸か、デミ・コボルトは標的をアガサとヘルゲに向けた。
***
休憩を終えたハロルド達は平均台で訓練をしていた。
ドロシーもディエゴの丁寧な応急処置ですぐに痛みが引いたようで、再び訓練に精を出していた。
隣の平均台を歩いているハロルドはややふらついているところをみるに、ドロシーはバランス感覚がいいようだ。
「そうです、そのまま目線をまっすぐ……足元はなるべく見ないようにして下さい」
レントも訓練らしく厳しめに当たるようにしているが、(姿勢も綺麗ですし……これは教えることがないですね)と内心微笑ましく見ていた、その時。
『ピィィー……!』
「!」
シエテが笛の音に反応する、こっそり通信機を取り出し耳に当てるが……砂嵐の音だけ。
(……まさか、本当にデミオーガが現れたのですか?)
「あら、なんの音ですの?」
笛の音は全員の耳に届いていた、もちろんドロシーの耳にも。
「まさか、オーガが現れたんですの!?すぐに行きますわ!」
ドロシーは平均台を飛び降りて音が聞こえた方向に走り出す、訓練の成果を試したいのが魂胆だろう。
「ダウズウエルさん、待って下さい!」
走っていくドロシーの後を葵達が追いかける。
***
『全ての理に屈服せよ』
デミ・コボルトの接近に気づいたアガサがインスパイア・スペルを唱え、トランス状態に入る。
アガサは一瞬ためらいながらも頬に口付け、途端に二人は薄いオーラを纏う。
「行きなさい、ヘル」
「言われなくても行くっての!」
ヘルゲはアガサの前に躍り出てデミ・コボルトの爪を双剣で受け止めた。
通常のコボルトは痩せこけた犬の頭部を持つ人型モンスターだが、
デミオーガ化したことで頭部に角が生え、皮膚がウロコのようになった姿は異様で実に醜悪だった。
加えて、本来の人間を嫌う性質がより凶暴化して攻撃的になっている。
「何をしてるの、早く殲滅しなさい」
「うるせぇ、少し黙ってろよ!?」
戦闘中にも関わらず再び口論を展開し始めた、その時。
「きゃあああっ!?」
ドロシーとシエテ達が追いついた、ドロシーはコボルトの醜悪な姿を見て悲鳴を上げる。
『今度はきっと、守ってみせる』
『交わるは――淡き雫』
『覚悟を決めろ』
ハロルド達もインスパイア・スペルを唱えてトランス状態に入り、戦闘態勢を整える。
デミ・コボルトは増援に目を向け、今度は一番弱そうなドロシーに標的を変えて喉を噛みちぎろうと飛びかかっていく。
「グギャァァァッッ!!」
「翡翠さん、お願いしますね」「この時を待っていました……!」
そこに翡翠がシエテの指示を受けてロングソードを手に割り込んでいく、デミ・コボルトは目の前に現れた鉄塊で攻撃を弾かれる。
「いきますわ!」
シエテも一撃入れようと前に出て回し蹴りを仕掛けていく、回し蹴りの勢いでスカートが大胆に引き裂かれていく。
シエテは手応えを感じたものの、デミ・コボルトは動じた様子はなかった。
続いてディエゴが懐から二丁拳銃を取り出して、デミ・コボルトに銃口を向ける。
「弱者を狙うか、下郎が……!!」
翡翠の背後に回り込んだディエゴが怒気のこもった鋭い眼差しを向け二つの銃弾をデミ・コボルトに狙い撃つ、銃弾を受けたデミ・コボルトはよろめく。
「ドロシー、さん。危ないから下がって」
その隙にハロルドが恐怖で固まっているドロシーの手を引いて後方へ下がる
「レント君、皆を守って下さい!」
「(葵さんは……ドロシーさんの傍ですね)了解です!……うぉぉぉぉっ!!」
葵はドロシーに駆け寄りながらレントに指示を出していく、レントは最前衛に出ようとターゲットシールドを構えてそのまま突っ込む。
勢いの乗ったシールドをぶち当てられたデミ・コボルトはそのまま弾き飛ばされ背中を木に強かに打ち付ける。
「俺を忘れんじゃねぇよ!?」
デミ・コボルトの死角からヘルゲが大柄な体躯ながらテイルスらしい軽やかな身のこなしで飛び込み双剣を振りかぶる。
素早い連撃がデミ・コボルトに襲いかかり細かな傷口が増やしていく。
「当たりが浅いわよ、だらしないわね」
アガサはレントの後方に回り込みながら、デミ・コボルトの様子を伺う。
デミ・コボルトはフラフラとした足取りで立ち上がり、反撃しようと近くにいたシエテに襲いかかり
鋭い爪がシエテの柔肌を斬り裂く。シエテも予想以上の威力に目を見開く
「きゃあぁぁぁ!?」
「オーガの分際が気安く触らないでもらえます?……これで、終わりッ!!」
翡翠が狂喜をチラつかせた瞳でデミ・コボルトを見つめてロングソードを構え直す、
文字通り叩き斬ろうと最上段から振りかぶる。
デミ・コボルトは背後からの強烈な一撃で斬り伏せられ、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「た、倒せました……?」
「……そう、みたいだね」
離れた位置から葵が倒れたデミ・コボルトを覗き込む、ハロルドも覗き込んでデミ・コボルトが討伐されたことを確認する。
「じゃあ、本部に処理してもらうように連絡しておくわ……ヘル、ぐずぐずしないで」
「だから、なんでそういう言い方しか出来ないんだよ?」
アガサは本部にデミ・コボルト討伐の報告をしようとヘルゲを引き連れて再びタブロス市内へ向かった。
こうして、真偽不明だったデミ・コボルトは存在を現し無事に討伐された。
◆将来の夢は
デミ・コボルトを討伐したシエテ達は休憩用の小屋にやってきた。
シエテは先ほど受けた傷を翡翠に手当されながらドロシーに目を向ける。
初めて目撃したオーガに怯えてなにも出来なかったことに、流石に反省しているようだ。
「もう、大丈夫だよ?」
膝を抱えて俯いているドロシーをハロルドが背中をさすって励ます。
「……私、戦うだけがオーガとの戦いじゃないと思うんです」
葵がドロシーの横に座って顔を覗き込む。
「だって、A.R.O.A.より先にオーガの情報を知って教えに来てくれたじゃないですか?それって私達もすごく助かるし、周りの人ももっと助かると思うんですよ……だから、戦うだけが全てじゃないかなって」
葵の様子を見ようとドロシーは横目で見る、葵はにっこりと優しく笑顔を浮かべる。
「それにドロシー、さんが怪我したら爺や、さんも私も悲しいよ。戦えなくても、一緒に違うことで頑張るのってダメかな……?」
ハロルドも心配そうにドロシーを見つめる、ホントは心優しい子だと直感で感じているのだろう。
爺やも傍らで号泣しながらレースのハンカチで目元を拭う。
「…………そう、ですわね。今日はとても勉強になりましたわ、皆様には感謝を申し上げます」
顔を上げたドロシーはスッキリした、清々しい顔をしていた。
キッパリと諦めがついたのだと、誰もが感じさせるような表情だった。
「せ、せっかくですからわたくしのお友達にして差し上げてもよろしくってよ!?」
「遠慮してもいいか?」
「そこを即答ですか!?」
照れ隠しにいつもの高飛車な調子を見せるドロシーに、様子を見ていたディエゴはバッサリ切り返してレントがショックを受ける。
わがままお嬢様の無茶な依頼は無事に終了した。
デミ・コボルトの遺体はアガサの要請を受けて、無事に処理された。
ドロシーも葵とハロルドの言葉を前向きに捉えて、違う目標はないかと考えているようだ。
ウィンクルムにとって想定外な依頼ながらも、いい経験になったようだ。
依頼結果:成功
MVP:
名前:葵 呼び名:葵さん |
名前:レント 呼び名:レント君 |
名前:ハロルド 呼び名:ハリー又はハル |
名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ 呼び名:ディエゴさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 木乃 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 推理 |
エピソードタイプ | ショート |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 02月28日 |
出発日 | 03月09日 00:00 |
納品日 | 03月15日 |
参加者
- アガサ(ヘルゲ)
- 葵(レント)
- ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
- 七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
会議室
-
2014/03/08-23:44
通信機、携帯医療セット……確か3つまででしたね。
残り1つはペン付きメモにしましょうか……。 -
2014/03/08-23:38
狼煙は…すぐに用意出来るかどうか微妙だし通信機かしら
調査場所と訓練場の位置関係がよくわからないけれど、もし近場なら
メガホンや笛を吹いて知らせるのでもいいかもね
とりあえず通信機は持って行く事にするわ -
2014/03/08-23:32
そうですね。
携帯医療セットに加えて、通信機(トランシーバーなど)も全員持った方がいいかもしれません。
出現した事を知らせる方法は……そうですね……。
先程言った通信機か、のろし、メガホンを勧めています。
-
2014/03/08-23:25
文字数制限で入らなかったわ
持ち物は怪我をした場合の事を考えて携帯医療セットを。
それと、確かに訓練場に出現する可能性もあるわね。
出現した事を知らせる方法とか決めた方がいいかしら。 -
2014/03/08-23:21
シエテ>
進行ありがとう、出発時間が近いから急がないとね
オーガの目撃情報調査に関して今の所私がしようと思う事は
■まず施工業者に真偽を確かめる。
→本当にオーガを見たという場合:出来れば調査グループ側で穏便に片したいけれども
危険な場合は訓練組に応援を頼もうと思う。オーガを見たと言ってもデミ・オーガである
可能性もなきにしもあらずだから、デミ・オーガであった場合は速やかに片づけるわ。
→オーガを見ていないという場合:それでも一応周辺を調べて何もいない事を確認したら
訓練組に合流しようと思うわ。そこで何かと遭遇して戦闘になるような事があった場合は
同上の対応で。
-
2014/03/08-23:08
二重投稿になります、ごめんなさいね。
私はドロシーさんとの訓練にお付き合いしたいと思います。
ハロルドさんはよろしければ、アガサさんと調査の方に回っていただけませんか?
勝手に仕切ってしまい、ご不満に感じているかもしれませんが、
あと53分で出発してしまいますので何かありましたら、早めにご意見を下さると助かります。 -
2014/03/08-22:50
アガサさん>
調査の方ですね、よろしくお願いします。
どういった方法をとるかは、アガサさんのお考えに任せたいと思います。
葵さん>
訓練の方ですね、了解です。具体的な内容は葵さんの自由で構いませんのでよろしくお願いします。
ハロルドさん>
そうですね。
言い分を信じて訓練するのに、裏側で調査をするのは、一見矛盾してるかもしれません。
でも、オーガを目撃したとはいえ、正直いろいろな面で漠然としています。
なので出現する時間帯や時期、単体で出るか群れで出るか絞り込みたいのです。
もしかしたら、ドロシーさんの訓練施設にオーガが出る可能性もありますから。
ところでハロルドさんは、調査と訓練、どちらに回りますか? -
2014/03/08-20:28
私もオーガの話は信じる事にしているわ。
何もなくて無駄足でも出ない方がいいに越したことはないわ -
2014/03/08-20:10
あ、私は、はい、全面的に信じてますー
それに、何もなかったらその方が良いにきまってますし
それを確かめるためにも調査は必要だと思います -
2014/03/08-19:40
相談に乗り遅れてすみません!
こちらは言い分を信じて訓練をする、という方針だったのですが大丈夫でしょうか? -
2014/03/08-19:12
私はじゃあ、訓練のほうでいきますね
確かに負けず嫌いに火をつけないほうが良いですし、
ついていけそうな訓練で誉めていこうと思います -
2014/03/08-17:55
ドロシーのご機嫌をとるなら、実戦を見せてハードルを上げると
負けず嫌いだし余計に燃え上がってしまわないか少し不安があるわね…
シエテや葵の言う通り、基本的にはおだててご機嫌を伺いつつ、
彼女の得意そうな事を見つけてあげる事かしら。
それと訓練は彼女でもついていける程度に手加減をしてあげて、
でも手加減していると悟られないようにしたほうがいいんじゃない?
手加減されているとわかったら彼女、怒ってしまいそうだし。
私も私の精霊も、そうやっておだてたりご機嫌を伺うのはあまり
得意では無いから別れて行動するなら出来ればオーガの目撃情報の調査に行きたいわ。
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2014/03/08-07:11
そしたら、ドロシーさんの訓練にお付き合いする方と、オーガの目撃情報を調査する方。
2人ずつに別れます。
ドロシーさんの訓練にお付き合いする方は、彼女のご機嫌を損ねないよう発言や態度に気をつけて、ご協力お願いします。アガサさんが仰るように、一定の実力がついたら、その実力を他の事にも生かせないか、彼女に持ちかける方がいいと思います。
オーガの目撃情報を調査する方は、施工業者の方に尋ねるのが一番早いですが、出来るようでしたら周辺の住人に尋ねたりなどして情報を聞き出して下さい。オーガが出現する時間帯や時期(昼夜など)を絞り込む為でもあります。 -
2014/03/07-22:23
はじめまして、葵っていいます。
よろしくお願いしますね。
わたしも、ドロシーさんの言い分に乗って
一度訓練をしてみるのは良いと思います。
施工業者さんからスムーズに話を聞くためにも
ドロシーさんの協力は得たいですし、
いっそ探索もウィンクルムの大事な能力、とかで
聞き込みに同行してもらったりは…
ダメですかね。
実戦を見せてハードル高くして、
それ以外の所で私たちより優れてる所を見出してあげれないかなーとか -
2014/03/07-16:35
初めまして、アガサよ。
今回の依頼はよろしくね。
この手のわがままお嬢さんは頭ごなしに言うのはあまりおすすめ出来ないわね。
負けず嫌いだけど頑張りやなら、少し持ち上げてあげた後に
別の可能性を示唆してあげて、努力する方向を逸らしてみるのはどうかしら。
オーガの目撃情報についても調べないとだし、
二手に別れる方がいいかもしれないわ。 -
2014/03/07-01:07
理解……ですか……。
私でしたら、ドロシーさんの言い分を否定せず、一度信じようと思いますね。
あの子は、訓練をすればオーガを倒せると思い込んでいますから、彼女の訓練法に付き合う事が彼女を理解する事になるからです。
とはいえ、オーガの目撃情報は気になりますから、近隣の方にもお話を聞きたいと思います。
どちらかがドロシーさんの訓練に付き合い、もう一方がオーガの調査をする事になるかもしれません……。
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2014/03/06-23:16
はじめまして、ハロルドです
んー…推理は苦手なのですが、とりあえずドロシー、さんの事を理解した上で納得させるのが後味もいいかなとか思います。 -
2014/03/06-22:38
はじめまして、七草・シエテ・イルゴです。
今回がオーガ討伐初になりますが、皆様、どうぞ、よろしくお願いします。
コボルトの目撃情報がとても気になりますが、近くの住人達に話を聞いたり、私達が現場に行くしかなさそうです。
また、そのコボルトが現れたら、ドロシーさんには体感してもらわないと。
普通の人ではオーガを倒せないという事を。
あ、ごめんなさい! 私とした事がっ……つい先走ってしまいした。