君と一緒に進む一歩~偽りの鏡~(雨鬥 露芽 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ


それはある任務の帰り道だった。
土砂降りの雨に降られて、雨宿りのために入ったお店。
自分達を出迎えたのは「いらっしゃい」と、静かな声。
とても陰気な雰囲気の女性だった。

雨宿りをさせてほしいと伝えると、自由に商品でも見ていてくれと裏へ戻っていくその女性。
何だか背筋がぞくりとした。
壁や床に並んだ沢山の鏡。
なんとも気味が悪い店だ。

正直、今すぐにでも出てしまいたかった。

しかし、この店の他に入れそうな建物はなく、人の姿も見当たらない。
仕方なく店内に留まることにした。

ふ、と目を奪われたのは、シルバーで縁取られた姿見だった。
民族的な模様が彫られており、何だか気になる。
それはどうやらパートナーも同じなようで、二人してその鏡を見つめていた。
すると突然辺りが暗くなった。どうやら停電らしい。
パートナーの姿を探すと、二つの声が聞こえた。

同時に、周囲にあったパートナー以外のものが全て消えた。


●支える者
何が起きたのか、暗闇の中ではっきりとパートナーの姿が見える。
しかし、二人いるのだ。
いつもとは違う様子のパートナーが、いつもと同じままのパートナーと並んでいる。
困惑するしかなかった。

そして、いつもと違う様子のパートナーが口を開いた。

パートナーを揺れ動かすほどの言葉を。


●増えた者
その姿は、自分が憧れた姿だった。
自分が嫌悪していたコンプレックスを持っておらず、自分が求めてるものを持っている自分の姿。
自分がなりたいと思っている自分。

その自分がパートナーへと近づき、親しくしようとする。

自分とは何なのだろう。
パートナーはもう一人の自分を選ぶのだろうか。
こんな自分では選んでもらえるはずがないのではないか。
自分がいる必要性は何なんだろうか。

このまま交代してしまおうか……。

解説

■目的
パートナーと共にコンプレックスに抗え

■PC情報
・完全個別
・分身に気付いた瞬間から開始
・周りは闇でパートナー以外は何も見えない

■分身
・分身が起きるのは片方だけ
・分身は、自身のなりたい姿
・消したい過去を体験してなかったり、傷痕がなかったり、性格が変わっていたりする
・会話可能

分身は記憶があり、当人が忘れたい記憶でもない限り当人の経験したことは大体把握しています。
なので抱いている感情は同じものであることが多いです(コンプレックスに関わることの場合は違う感情にもなります)
分身自身、初対面などの感覚ではなく今まで一緒に居た感覚でパートナーに近づきます。
(例:コンプレックスが取れ素直になった分身が「急に暗くなって怖かった~」などと近づく等)

当人がやりたいことやできないことを分身は軽々とやってのけます。
自分の分身と対峙した当人は、分身の行動や言葉から精神的にダメージを受けていきます。

コンプレックスに関わるものがあれば、その空間に出現します。(火にトラウマがあれば燃え上がる家が見える等)


■店
分身とのやりとりが終わると、内装などが消えボロボロの建物が残ります。
誰も居らず並んでいた鏡も全部なくなります。
雨は止んでます。
あと300jr消えてます。


■プラン
※行動によってはマスタリングが入り失敗する恐れも

●増える方
プランの頭に○で求めるもの。▼でコンプレックス。
例:
○常に笑顔で素直
 火傷痕がない
▼甘えられず後ろ向き

その他詳細があれば明記してください。
トラウマとか過去とかが関わる場合は、内容がわかるようお願いします。

●分身
分身のことはX表記でいいです(例:Xの姿に呆然する、等)
★で分身の台詞として使ってください。
まとめて記入する場合は、改行後空白があればいいです。
また、分身の台詞は両方のプランで書かれてても問題ないです。
例:
★怪我はない?
 暗くて困るね

●アドリブ多量注意報
嫌な方はプランの頭に×

ゲームマスターより

こんにちは、雨鬥露芽です。
過去エピを参照する場合はエピの番号をお願いします。

今度はなりたい自分が出現してしまうそうです。
自己嫌悪している部分がなかったり、憧れている部分を持っていたり。

トラウマのない自分、恐怖のない自分、弱くない自分。
変わりたいと思っていた自分が目の前に現れたら、人はどうなるのでしょうか。
パートナーはどうなるのでしょうか。

パートナーは受け止めてくれるでしょうか。
自分を受け止められるでしょうか。
自分やパートナーを信じられるでしょうか。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)

  〇明るく社交的
▼人気者の妹
あぁ、私の恐れていた光景が目の前に広がっている。
私とそっくりな私。もう一人の私。双子の妹。
私にとっては彼女が憧れで彼女が理想。
あの子は人気者で私はあの子によく間違えられた。
だから…私よりあの子の方がみんなに好かれてるんだってそう思っていた。
イヴェさんを信じてないわけじゃない。だけど…怖かった。
怖いだなんて思う自分が悲しくて。
あの子の隣にはいつだって私の好きな人がいた。
友達も憧れの人も気が付いたらあの子の傍で笑ってて。
だから寂しくて。

私を愛して…?
そう言ってくれるだけで…すごく嬉しい。
「私」を愛してくれる人。イヴェさんは私を愛してくれてる。
それだけでいいじゃない…!


八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  アスカ君が二人…!?

Xの言動に困惑
確か、家族は亡くなったって…

激昂するアスカ君を宥めXをじっと見つめ
あなたはたぶん、アスカ君の中の絶望や失った過去への未練なんだと思う
でも過去は変えられない…
だから、彼は乗り越えようとしているの
辛いだろうけど、受け入れてほしい

アスカ君に向き直り
きっとアスカ君の中で燻り続ける怒りが、諦めや絶望に対抗する原動力なんだ
だから無理にそれを否定しなくてもいいと思う
それでもどうしても辛い時には私が支えになるよ

(…だけど少しだけ不安
彼は何があっても乗り越える、私にとっては希望の象徴
きっと私を失ってもそうするだろうとさえ感じる
その時に一体誰が彼を支えてくれるんだろうか)


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  ○無邪気で素直
自分に自信がある

▼過去の罪悪感から遠慮がち(エピ78)
羽純のお陰で克服してきているものの、自分に自信がない

★羽純くん、真っ暗で怖いよ。手を繋いでいい?
羽純くんにぎゅってして貰ったら、怖くない…だって、羽純くんの事、大好きだもの

Xの言葉と羽純くんにすり寄る行動に呆然
だ、駄目…!と思わず声に出せば

★どうして駄目なの?私は羽純くんが好き。羽純くんは私の恋人だもの。甘えて何が悪いの?
そうして遠慮して…バカみたい
羽純くんだって、素直じゃない子は嫌いだよね?

Xの言う通りかも…私…私は…
羽純くんの声に、顔を上げ、彼の眼差しと言葉に…全ての不安が吹き飛んでいく
ありのままの私で…一歩ずつ貴方と共に


エセル・クレッセン(ラウル・ユーイスト)
  ○普通の運動神経
▼運動(体を使う事)全般と家の事情

★(軽やかな動作で精霊の側へ)
私ならラルにずっとついていける。
肩を並べて戦うことだってできる。
交代しよう。私がラルの神人になるから。
君は他の誰かになればいい。
無理しないでいいんだ。(本体を気遣うように)★

無理、なんかっ…!
それは、それは、期待通りに、とは、いかない、けどっ…。

(精霊の言に)
別にっ、怪我したくないから言ってる訳じゃ…。
だって…、できない、ん、だっ…。(子供みたいに泣き出す)

(落ち着いてきて)
だって、邪魔かもしれないのに…。
…え、そんなこと、だって、それは…。



 エセル・クレッセンは驚きを隠せなかった。
 自分と同じ姿の人間が、目の前にいるのだから。

「なあ、もういいんじゃないか」

 もう一人のエセル――突然現れた偽物は本物のエセルに声をかけ、パートナーのラウル・ユーイストの元へと近づく。
 その軽やかな足取りは自分のものではないようで、エセルの心臓はどくんと音を立てた。

「私ならラルにずっとついていける。肩を並べて戦うことだってできる」

 どくん、どくんと音がする。
 自分が望んでいた事と、叶うわけないと思っていた事を
 目の前の自分が口に出している。
 自分が一番気付いていて、自分が一番気にしていること。
 足手まといになってしまいそうな自分の運動能力。

 もっともっと、せめて自分が人並みに動ける身体であればと、どれだけ思っていたか。

「交代しよう」

 頭の中で自身を否定し始めたエセルに、分身の言葉が突き刺さった。

「私がラルの神人になるから。君は他の誰かになればいい」

 それはまるでエセルを気遣うように
 優しく、ゆっくりとした口調で
 しかし、段々と侵食するように。

「無理しないでいいんだ」
「無理、なんかっ……!」

 やっと開いた口で出てきた必死の抵抗は、完全な否定にはなりきれなくて。

「それは、それは、期待通りに、とは、いかない、けどっ……」

 拳を握る。
 自分なりに頑張っているつもりだった。
 それでもできない時はあって、足手まといになることもあって
 いつも助けてもらって、迷惑をかけてるんじゃないかとどこかで思っている自分もいて。

 呑みこまれそうな不安に言葉が続かず、俯くしかなくなる。

「エセル」

 ずっと黙っていたラウルが、エセルの名を呼んだ。
 エセルはゆっくりと顔をあげて、ラウルを見つめる。
 その隣には、分身の姿。
 それを見て、頭の中で何度も言葉が繰り返す。
 そして再び俯きかけたエセルに、ラウルは言った。

「前に言ったな」

 はっきりと、エセルから目を逸らさずに言葉を紡ぐ。
 エセルが偽物の自分と対峙した時と同じ言葉を。

「俺の神人はお前だ、エセル」

 エセルの脳裏で、その瞬間が再生される。
 自分を必要だとはっきり言ってくれたあの瞬間の映像が。
 偽物から自分を守り、そして告げてくれたその言葉が。
 再び形を成すように、エセルの目の前とリンクして。

 しかし、エセルはそこから何も言わない。
 迷っているのか、悩んでいるのか
 ならそれでいいと簡単に片付けられる問題ではなくて。
 やはりできることなら少しだけでもと思う自分がどこかにいて。

 そんな少しの沈黙の後、ラウルは言葉を続けた。

「だが、お前が交代したいと思うなら、お前の望むようにすればいい」

 そうして最後にぽつりと呟いた。

「……その方が、怪我せずに済むかもな」

 偽物の言葉を受けて、ラウルが思ったことがあった。
 確かにエセルは運動神経は良くない。
 実際、あまり激しい動きなどはできないし、それが仕事に影響することもある。
 本物のエセルでは絶対についてくることはできない。それがこの分身には可能だ。
 そして思ったのだ。

 ――それならエセルが怪我をしなくていい――

 いつの間にか、ラウルにはエセル本人に怪我をしてほしくないという気持ちが芽生えていた。
 理由はまだわからない。
 だが、それが口から零れ出た。

「別にっ、怪我したくないから言ってるわけじゃ……」

 しかしラウルの真意を知るわけがないエセルは別の捉え方をして。

「だって……、できない、ん、だっ……」

 銀色の瞳が滲み、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
 まるで子供のように泣きながら、伝えようとした言葉は形にならなくて。
 拭っても拭っても涙は止まらないままで。

 できるようになりたいんだ。
 だけど、自分の身体はそうは動いてくれない。
 一番悔しいのは、自分自身なんだ。

 ラウルは分身から離れてエセルの元へと駆け寄る。
 そして必死に涙を拭おうとするエセルへ手を伸ばし、その頭を優しく撫でた。
 エセルの心が落ち着くまで、ゆっくりと。
 大丈夫だと言い聞かせるように。

「何度も言わせるな。お前はお前の望むように、すればいい」

 できないのならできないままでいい。
 やりたいのならやればいい。
 そんなことに気など使わなくていい。
 きっと、それに付き合うと決めたからこそ、自分の神人はエセルだと言えるのかもしれない。

「だって、邪魔かもしれないのに……」
「……だいたい、いつも自分のしたいことに人を巻き込んでるのは、どこの誰だ?」
「え、そんなこと、だって、それは……」

 溜息混じりに言われた言葉に、少しだけ戸惑いながら言い訳をする。
 言い回しは意地悪ではあるが、ラウルなりに「だからこそ、いつも通り気にするな」と言ってくれているのかもしれない。
 そしてそんなラウルに、エセルは少しだけ自分を受け止められたのだった。



(歌菜が二人?)

 そこにはそっくりの顔が並んでいた。
 顔も髪型も目の色も、服装すらも何もかもが同じの二人。
 月成羽純は困惑し、状況を把握しようと試みる。

 しかし、片方の桜倉歌菜はそれを待つことはしなかった。

「羽純くん、真っ暗で怖いよ。手を繋いでいい?」

 そう言いながら近づいてくるのはとても明るい表情の歌菜。
 甘えるように指先を絡め、にこりと笑う。
 まるでいつもと違う。

「羽純くんにぎゅってしてもらったら、怖くない……」

 ――いつもの歌菜らしくない――
 そう思いながら羽純が見つめる視線の先には呆然としている歌菜。
 それを遮るかのように、甘える歌菜はもう片方の手を羽純に抱きつこうと手を伸ばす。

「だって、羽純くんの事、大好きだもの」
「だ、駄目……!!」

 背中に回りかけた手に、もう一人の歌菜がやっと言葉を発した。
 震えながらも、必死な声で。
 その言葉で、羽純が気付く。
 あそこにいるのが、本物の歌菜だと。

「どうして駄目なの? 私は羽純くんが好き。羽純くんは私の恋人だもの」

 偽物の歌菜は「甘えて何が悪いの?」と本物の歌菜に言葉をかける。
 それはまるで、甘えられない自分を否定するかのように。

「そうして遠慮して……バカみたい」

 いつまでも縛られる過去に、動けずにいる歌菜。
 本当は甘えたい気持ちだってあって
 甘えたほうが羽純も嬉しいんじゃないかと思う自分もいて。
 だけど身動きがとれない。
 過去のことを思い出し、そんな資格があるのかなんて考えてしまうのか
 自分という人間に自信が持てないからか
 或いは両方かもしれない。

「羽純くんだって、素直じゃない子は嫌いだよね?」

 ずきんと胸が痛む。
 そんなの自分が一番わかってる。
 だからもっと素直になれたらと、どこかで憧れて。

 返す言葉が見つからない。
 胸元で握っていた手は力なく落ちて、抱き付く偽物を見ていることもできなくて。
 その現状が答えだと思うしかなくて。

「――歌菜、それは違う」

 俯いた歌菜に、羽純の声が静かに響く。
 優しく、偽物の歌菜の肩を押してその身体から離れて。

「確かに俺は、歌菜が俺に素直に甘えてくれたら嬉しいと思う」

 それは愛しそうな微笑みで。

「好きと言われたら……幸せな気持ちになるだろう」

 そうあったらと思う自分もいる。
 でもそれ以上に、求めているものがある。

「ありがとう、俺を好きだと言ってくれて」

 そう言って偽物の歌菜の頭を撫でた。
 少しでも、そう思っていることを実感できたのは嬉しかった。

「でもな、歌菜のペースでいい」

 一歩一歩、歌菜へと近づく。

「俺は飾らない歌菜が好きだ」

 歌菜が笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣けばいい。
 そうしてくるくると変わる自然な歌菜が一番可愛く、一番愛しいのだ。

「無理しなくていい。俺は歌菜の事なら待てる……」

 顔を上げて、歩いてくる羽純を歌菜は見つめた。
 それはとても真剣な眼差しで、だけど優しくて。
 先程まで残っていた不安が飛んでいくように
 歌菜の心に響いていく。

「違うな、俺も歌菜と一緒に歩く」

 先程落ちた手を取って、歌菜を見据えて。

「歌菜と一緒に歩く道が、俺の道だ。
 一緒に歩きたいと、約束したろ?」

 ふわりと抱き寄せた耳元で羽純は囁いた。

「これからも一緒に……進もう」

 その声に、歌菜はこくりと頷く。
 無理して繕わなくていい。
 そのままの自分を望まれていることの幸せ。
 そして、共に成長するのが、二人の道なのかもしれない。

(ありのままの私で……)

 歌菜は羽純の胸の中で何度も何度も頷いた。
 全身で己の言葉を受け止める歌菜を抱きしめながら、羽純は優しく歌菜を撫でる。
 もう、無理して甘える必要なんてない。
 歌菜自身であればいい。

 そう気付けば、不安はなくなっていた。



――あぁ、私の恐れていた光景が目の前に広がっている。

 自分と同じ顔立ちの偽物。
 幻と思ってもおかしくないほど、瓜二つな自分。
 でも、これは現実。
 何故なら何度も何度も見たことがある。

 『実の双子の妹』

 明るくて、社交的で、人気者で。
 いつだって自分の大切な人は彼女の隣にいた。

 このままじゃまた奪われてしまう。
 でも、自分は、あの子に勝てない。

 淡島咲は、恐怖で立ち尽くすしかなかった。


 イヴェリア・ルーツは冷静だった。
 何故ならどちらが本物かなんて、簡単にわかることだったから。
 明るく自分に語りかけてくる偽物なんて眼中にはなくて
 ただひたすらに目で追いかけるのは自分の愛する人だから。

「サク」

 妹にそっくりな彼女を避け、咲に声をかける。
 咲は驚いた様子で顔をあげる。

「イヴェさん……」

 なぜ、と言いたげに、陰った瞳でイヴェリアを見つめる咲。
 イヴェリアは当たり前のように言葉を返した。

「約束しただろう? 俺は絶対に間違えないって」

 咲に近づけば、もう一人の咲がイヴェリアを追いかける。
 それでもイヴェリアは本物の咲しか見えていなかった。

「サクはただ一人。サクだけ」

 『もう一人の自分』に奪われると恐れる咲に、イヴェリアは伝える。
 咲はもう一人なんていないのだと。

「双子の妹は、顔がそっくりなだけ。ただそれだけなんだよサク」

 咲はイヴェリアを信じていなかったわけじゃなかった。
 ただ、それでも怖かった。
 そんな自分が悲しくて、大丈夫だって思いたかった。
 だけど、いつも、友達も憧れの人も彼女の傍で笑っていた。

 そしてそれが、とても寂しかった。

「サクが妹をコンプレックスに思う事は何一つない」

 真実は、そこにはないから。
 彼女は咲ではないし、咲にしかないものが確かにあるのだから。

「サクの妹はサクを独占したくていろんな手回しをしていた。歪んだ愛情だ……」

 イヴェリアはサクの故郷を訪れた時に「サクちゃんはあんたなんかにあげない」とはっきり告げられた。
 彼女にとっては咲が憧れで、咲が大事なのだった。
 だから、咲が妹に劣っているなんてことはない。
 同じようにまた、妹も咲に憧れているのだ。

 故に、独占しようとしていた。

「もう妹だけに囚われてる必要はない」

 イヴェリアの手が咲に触れる。
 ここにいるのが咲で、その隣にあるのが自分なのだと証明するかのように。

「いっそ俺のことを考えてくれればいい」

 優しい笑みのような表情が咲の上に零れる。
 その頭の中を、自分だけで埋め尽くしてくれたほうがよほど良い。

「俺はサクを愛しているから」
「私を愛して……?」

 他の誰でもない「咲」だけを求めて愛しているのだ。
 そこに代わりなんていなければ、別の誰かがいるわけもない。
 その意味を理解して、咲はイヴェリアの手を握り返す。

(すごく嬉しい)

 誰でもない自分を愛してくれる人。
 その存在の大切さと大きさが、どれだけのことかくらい一番自分がよく知っている。

(イヴェさんは私を愛してくれてる)

 イヴェリアは笑顔を返す咲の表情を見て、自身を受け止められたのだとわかると咲を優しく抱き寄せた。

(それだけでいいじゃない……!)

 その温かさに少しだけ熱を帯びながら、空いていた手を背中に回す。
 小さく服を握った指先は恥ずかしそうに
 だけどちゃんと一つの形を受け入れたように
 しっかりと彼と自分の未来を捕まえていた。

 そう。確かに自分はここにいて、確かに自分以外はどこにもいない。
 それを証明するかのように、もう一人の姿は消えてなくなった。



「伊万里ー!!」

 突然抱きついてきたアスカ・ベルウィレッジに、八神伊万里は驚いた。
 その向こうでは硬直したままのもう一人のアスカの姿。

(アスカ君が二人……!?)

 想定外の状態に、抱きつかれたまま固まる伊万里。
 しかしくっついているアスカはお構いなしに伊万里に沢山の言葉を並べていく。
 そしてその内容は、再び二人に驚きを与えるものだった。

「今度、俺の故郷に行かないか。家族を紹介するよ」
「なっ……」

 アスカが衝撃を受けたように言葉を詰まらせた。
 聞かされていた事実と違う言動に、伊万里は困惑する。

「マーヤは神人に憧れてるんだ。きっと姉妹みたいに仲良くなれるよ」

 本当は亡くなったはずの妹の名を挙げるもう一人のアスカ。
 妹だけじゃない。
 母も、父も、確かにあの日亡くなった。
 だからあんなに悔んで、力のなかった自分へ怒りを覚えて。

 だから、会えるはずないんだ。
 いるはずないんだ。

「違う……!」

 アスカは憤りを隠せなかった。
 自分が必死に受け止めた現実を、目の前の自分が否定する。
 今まで確かに歩んできた時間すら、そいつが否定する。

「俺の家族はもう死んだんだ」

 確かな現実を口に出して、また実感してしまう。
 しかしそれは変えられない現実だ。

「オーガと無責任なウィンクルムに理不尽に命を奪われた」

 今でも忘れられないその光景。
 今でも忘れられない自分への怒り。
 あの時もっと力があれば。
 どうして。

「お前は俺からマーヤの死まで奪う気か!」

 激昂し、大きな声を出すアスカ。
 必死に耐えてきた現実を奪われたら、その先にあるのは一体何なんだろうか。
 今までの時間は何だったのだろうか。
 目眩すら覚えそうな現状に、しがみつくための感情は怒りしかなくて。

「アスカ君、待って」

 そんなアスカを伊万里は止める。
 そもそもこれは何なのか。
 それがわからなければ意味がないのではないかと声をかける。

 なだめられたアスカは、仕方なさそうに怒りを抑えようと息を吐き、気持ちを整えて。
 伊万里は自分から離れないアスカをじっと見つめて言った。

「あなたはたぶん、アスカ君の中の絶望や、失った過去への未練なんだと思う。
 でも過去は変えられない……」

 もう一人のアスカは、きょとんとする。 
 そんなもう一人のアスカに、伊万里は言葉を続けた。

「だから、彼は乗り越えようとしているの。辛いだろうけど、受け入れてほしい」

 もう一人のアスカは、少しだけ切なそうな表情を見せる。
 そして本物のアスカも、別の過去を持ったもう一人の自身を見据えた。

「過去を忘れたいわけじゃない」

 ただ、乗り越えたい。
 だからそれでも大切に想える人がいる。
 そう告げたアスカに、伊万里は向き直る。

「きっとアスカ君の中でくすぶり続ける怒りが、諦めや絶望に抵抗する原動力なんだ。
 だから、無理にそれを否定しなくてもいいと思う」

 伊万里の言葉にぶつかったアスカの視線は逸れることはなく、それを受けて、伊万里は想いを伝えた。

「それでもどうしても辛い時には私が支えになるよ」

 その言葉に、アスカはぐっと拳を握る。
 今、大切で、守らなければならない人。
 もう繰り返さないために。

「今度こそ守ってみせるから」

 ――安心して眠れ――

 暗闇が解け、視界には光が差し込む。
 先程いたであろう店内のような
 しかし鏡はなく、ボロボロになっている先程と違うようにも見える室内にいた。

「何だったんだ……」

 わけがわからないといったアスカの後ろで、伊万里は思う。

(だけど、少しだけ不安)

 アスカは、何があってもきっと乗り越えられる。
 伊万里にとっては希望の象徴だった。
 きっと、伊万里を失ったとしてもそうありつづけるだろうとすら思う。

 では、一体。

(その時に一体誰が彼を支えてくれるんだろうか――)

 自分がいなくなった時に
 それでも彼でいつづけようとする彼は、一体どうなってしまうのだろうか。

 そんなことを考えながら、心とは裏腹に晴々とした店の外へと歩き出した。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雨鬥 露芽
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 11月24日
出発日 12月04日 00:00
予定納品日 12月14日

参加者

会議室


PAGE TOP