紅、ひらり(真崎 華凪 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 足を踏み入れた途端、そこは見知らぬ世界の、見知らぬ光景だった。


 沸き起こる歓声。
 眩暈がしそうなほどの果実酒の匂い。
 見下ろす人々の群れ。
 無表情な男と、身の丈に近い大剣。

 その人は、群衆を見下ろしていた。

 ――ああ……分かっているさ。

 なぜ、そこにいるのかを。
 一歩、足を踏み出す。
 恐れは幾許か。
 諦めは計り知れず。
 それでも、私は前を向く。

 許されるならばただ一度。
 あの人に会いたかった――。

 愛しい人を思い浮かべ、懐かしむように遠くに視線を投げる。

 ――あなたに、もう一度だけ会いたかった。

 この場所で願うのは慈悲か、救いか。
 けれど私にとって、願うべくはただ一つ。

「――――……!」

 声が、聞こえた気がした。
 視線をさまよわせ、一度。そして群衆を再び眺めた。

「ああ……!」

 愛しいあなたの姿に、感嘆が漏れる。
 そして、あなたは私のために涙を流し、精一杯に手を伸ばし、そして言葉を与えた。

 ――愛している。

 愛していた。
 誰よりも。
 ただ、あなたを。

 私の罪は拭えない。
 あなたとの永劫の別れを忌避する術はもうない。
 だから、せめて私は前を向く。

 どうか。
 どうか幸せで。

 処刑台の上。
 無表情な執行人が三度、剣を空で回し振り下ろされる。


 ここはフィヨルネイジャ――。
 それは、泡沫に見せた刹那の幻。

解説

フィヨルネイジャの白昼夢です。

設定としまして、
片方が罪人、片方はその場に駆け付けた恋人(もしくは親友などのかなり懇意な立場)です。
神人、精霊、どちらが罪人でも大丈夫です。

罪人側の死は避けられませんので、暴動によっての救済はございません。

罪人側の拘束はあってもなくても大丈夫ですが、暴れて執行人に危害を加えないようお願いいたします。

最期の瞬間、別れ際の言葉を二人で交わして罪人側には断頭台へ向かって頂きます。
距離、高さがあるため、触れ合うことはできません。

最後の描写はプロローグ程度か、それ以下の薄め。描写しない可能性もあります。

罪状については特に指定がなくても何とかなります。
指定していただいても大丈夫ですが、反映しない可能性がある旨をご了承ください。


触れ合えない分、会話と心理描写が大きなウェイトを占めることになります。
そのため、場合によりますが、視点を一人称に切り替える可能性がございます。
(いつも寄せがちですので、この辺りは変わらないかもしれません)


※フィヨルネイジャまでの交通費として300Jrが必要です。

ゲームマスターより

がっつり悲恋です。

夢なので、と命を扱うことに怖さがないわけではありません。
一切の救いがないため、引いてしまわれるかもしれません。

気軽に参加していただきたいですが、プランを組むのが苦しくなってもいけませんので、
迷ったら再度の熟考をお願いいたしますね。

仮にとはいえ、命を扱うものですので勝手を申し上げますが、
コメディプランはご遠慮ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リヴィエラ(ロジェ)

  リヴィエラ:

(処刑場に駆けつけ)

ロジェッ! いやぁぁっ、ロジェ!
どうして…どうして!?

貴方は私に『一人で何処へも行くな』と仰ったではありませんか!
そして私は『貴方の傍を離れません』と誓った…
なのに…それなのに、私を置いて逝くのですか!?
(泣きながら)誰か処刑を止めて! こんなのおかしい!

(ガウェイン(※リヴィエラのもう一人の精霊)の元へ行け、と言われ)
行きません! 私は魂までも貴方と共に在ります!
私と一緒に生きてくださるのではないのですか…?
だって、だってずっと離さないと…

…!

(泣き崩れながら歌を歌う(※スキル『歌唱LV5』)

ロ、ジェ…? ロジェ、ロジェッ!?
…いやっ…いやぁぁぁぁぁッ!!


吉坂心優音(五十嵐晃太)
  ☆財閥令嬢

(早く、早く行かなくちゃ…っ!
晃ちゃんが処刑される!
あたしが晃ちゃんに変装して、身代わりになろうと考えたのにっ!
なんで、先に晃ちゃんが先手打ってんのっ
晃ちゃんの馬鹿っ! あたしは晃ちゃんが生きてくれれば…っ!)

「はぁ…はぁ…こう、ちゃ……っ!
晃ちゃん!
馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!
お願いだから、あたしを置いて逝かないでよっ!
晃ちゃんがいないとあたし…っ!
お願い通して!(手を必死に伸ばす
晃ちゃん、晃ちゃんっ!
――あぁ、嫌ぁぁぁああああ!(膝から崩れ落ちる」

こうして晃ちゃんはあたしの目の前で、処刑された…

ねぇ貴方を護る為ならあたしは悪にだってなれたんだよ?
晃ちゃん、愛してるよ
だから来世では幸せにしてね…


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  罪人

許されない恋をしました
その結果、私は裁かれる

でも後悔はしていないの
私にとって、羽純くんへの恋心を偽る事だけは絶対にしたくなかったから
唯一無二の想いだから

だから、羽純くん…どうか、貴方はそんな顔をしないで
私の為にどうか泣かないで
これは私の我儘だけれど…笑って欲しい
最期に貴方の姿を見る事が出来ただけでも、本当に幸せなのだけど…私は貴方の笑顔が見たい
私の願いは…貴方の幸せだから
こんな風に貴方を置いて逝くというのに、とても自分勝手なのは分かってる
それでも…私の幸せは、貴方の幸せだから

さようなら
大好き

貴方への想いを抱いて逝けて…よかった

もし、もう一度貴方に出会う事が出来たならば…その時は、ずっと傍に


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  エリオスさん、ありもしない罪で処刑されようとして
いるのに、どうして何も話してくれないの?
このままじゃエリオスさん、死んじゃうよ・・・っ

(『人々を恐怖に陥れる悪魔は死ぬべきだと』と騒ぎ立てる聴衆を睨みつけ)っ、やめてください!
エリオスさんは無実なんです!!
どうして誰も信じてくれないの!?
見つかるのは彼の不利になる証拠ばかり。
用意された弁護士も最後まで様子が変だった。
こんなのおかしいよ、まるで誰かが仕組んだみたい。

不安要素だなんて思ってません!
私はまだ貴方に何も償えていないのに、お願い、いかないでっ

彼の白い服に飛び散った赤い花
沸き上がる歓声を遠くに聞きながら
彼を救えなかった私はただ1人泣き崩れた


スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
  あら
…貴方誰?
ああ、思い出した
ついこの間騙したカモね
その節はありがと
毎晩楽しかったわ
相性も抜群だったし
貴方もたっぷり楽しんだでしょ?

本当に愛し合ってたと思ってるの?馬鹿ねぇ
これだから初めての坊やは困るのよ
これ以上話もないなら引き止めないで頂戴
折角覚悟したのに怖くなっちゃうじゃない

…なーんて
馬鹿なのは私の方よ
嫌ってくれれば良かった
そうすれば残された貴方が生きやすいじゃない
でもお互い傷つくだけね
悪女は悪女らしく独り惨めに死ぬべきなのよ

でも、せめて貴方の腕の中で平穏に死にたかった
あそこまで身も心も許したのは貴方だけよ
だから、辛いかもしれないけど
最期は見ていて欲しいの

ご め ん ね。 ば る だ ー
だ い す き よ



(早く、早く行かなくちゃ……っ!)
 吉坂心優音は処刑が行われる広場までを走った。
 予定よりも早く虜囚の移送が行われたようだと、通りでは騒ぎになっていた。
(晃ちゃんが処刑される!)
 心優音にはある考えがあった。
 彼を救えるかもしれない手立てだ。
(あたしが晃ちゃんに変装して身代わりになろうと考えたのにっ! なんで先に晃ちゃんが先手打ってんのっ)
 けれど、その目論見は無残にも打ち砕かれた。
(晃ちゃんの馬鹿っ! あたしは晃ちゃんが生きてくれれば……っ!)
 苦しくなり始める呼吸も顧みず、ただ、広場を目指して走り続けた。

 *

「罪人、五十嵐晃太」

 名前を確かめるように、執行人がその名を呼んだ。
 ――ふはっ、大怪盗が聞いて呆れるわ。
 彼は、大怪盗を名乗り、とある財閥の娘を連れ去った。
 身分の違う恋は許されない。
 徹底して大怪盗を名乗る男を探し、追尾し、捕まえたのち、裁判にて罪状が決まった。
 判決は――処刑。
 ――惚れた女を盗んで幸せを掴んだっちゅうに、このザマや。
 縄を掛けられた晃太は、自嘲気味に嗤う。
 ――どうせみゆのことや。俺の変装して身代わりになろうと考えたんやろ。アホ。
 心優音のことなどお見通しとばかりに、彼は執行人へ願い出ていた。
 ――そんなことさせへんために処刑日を早くしてもろうたんや。
 無論、執行人も迷ったようではあったが、熱心な懇願は、執行人の心を動かしたようだった。
 ――馬鹿やなぁ。俺はお前さえ無事で生きとってくれりゃそれでえぇんや……。
 愛を誓った二人は、凡そ同じことを考えていたらしかった。
 そして、その行動は晃太のほうが少しだけ早かった。それだけのことだ。
 処刑台の上で、早めたとはいえそれでも財閥の娘を攫った悪党を一目見ようと、人が群れていた。
「はぁ……はぁ……こう、ちゃ……っ! 晃ちゃん!」
 群衆の中から聞き慣れた声がする。
 思わず晃太はその声の主を探した。そして、難なく見つけたその姿に呆然とする。
「――み、ゆ……?」
 連れ去った娘、その本人だ。
「最期に会えてよかった……」
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁ! お願いだから、あたしを置いて逝かないでよっ! 晃ちゃんがいないとあたし……っ!」
 駆け寄ろうとする心優音を警備兵が引き止めるように抑える。
「お願い、通して!」
 必死に手を伸ばしても、その手は届くことはない。
 晃太は小さく笑って息を吸う。
「我は大怪盗・クローバー。これが最後の予告! ある令嬢の愛する心を盗んでみせましょう!」
 高らかと放たれた声。
「晃ちゃん、晃ちゃんっ!」
 心優音に目を向けて、晃太は安心させるように微笑んだ。
「たとえ世界のすべてが敵になろうとも、俺が護るわ。せやから、みゆ……みゆはどこかで笑っててや……?」
 処刑台に跪き、晃太はその瞬間を待った。
「みゆ、愛しとるで。来世では幸せになろな……」
 断罪の剣は、無情に振り下ろされた。
「――あぁ、嫌ぁぁぁああ!」
 心優音は膝から崩れ落ち、喉が裂けるほど叫んだ。
 目の前で起こった彼の末路に、止め処なく涙が溢れる。
(ねぇ、貴方を護るためなら、あたしは悪にだってなれたんだよ? 晃ちゃん、愛してるよ)
 だから、来世では幸せにしてね……。


「罪人、エリオス・シュトルツ」

 一人の精霊が今、まさに処刑を待っていた。
 それは、あまりに理不尽な理由だ。
 ――どうやら、あの組織も一枚岩ではないらしい。
 少なくとも、幾許かの正義ではあると思っていた。
 けれど、思うよりもはるかに狡猾でどす黒かったのかもしれない。
 ――オーガを倒すために愛を育まなければならない神人と精霊……。
 ウィンクルムの力を増大させるためには、愛は必要不可欠だ。
 中には、運命の相手である者もいるだろう。
 ――愛し合った者同士ならまだいい。しかし、どちらかにすでに恋人がいた場合……。
 それと同じように、愛した者との別離の道を歩まねばならない可能性がいるのも、また事実だ。
 やむを得ず受け入れる者もいれば、最後まで足掻いてみる者もいる。ある程度は想定のうちだったとしても。
 ――まさかあんなことになるなんて……あれほどの悲劇が起こるかなど、誰が想像しただろう?
 そのできごとは、想像を超えた惨劇だった。
 件の組織にはそうでなかったとしても、彼にとっては目を背けたくなるような出来事だった。
 否――。
 組織にとっても目を背けたくなる事実だったからこそ、彼は理不尽な理由を突き付けられ処刑を待っているのだ。
 ――幹部がその事実をもみ消そうとしなければ、俺たちの恋はその悲劇の象徴として語り継がれただろう。
 望まぬ結末の、望まない終焉だった。
 ――サリア。7年前、お前の故郷で起こった事件の真実を明るみにはしたくないようだ。
 何者かによって消されようとしている真実は、証拠も痕跡も、起きた惨状のすべてを握り潰された。
 そして、最後に片付けるべきもの。
 ――その口封じのために、俺はいま、処刑されようとしている。
 エリオスを葬り去ること。
 そうすることであの日起こった事件は『なかったこと』にできる。
「恐怖に陥れる悪魔は死ぬべきだ!」
 処刑台を取り巻く群衆から声が上がる。
 エリオスは人心を惑わす悪魔として、ありもしない罪を背負わされたのだ。
「――っ、やめてください!」
 ミサ・フルールは、群衆をきつく睨みつけた。
(エリオスさん、どうしてなにも話してくれないの?)
 処刑台にいる彼は、なに一つミサに言葉を与えなかった。
「エリオスさんは無実なんです!! どうして誰も信じてくれないの!?」
 もっとエリオスが否定をすれば、こんな結果にはならなかったかもしれないのに。
(このままじゃエリオスさん、死んじゃうよ……っ)
 群衆に声を放っても、なじる声が上がるばかりで、エリオスの無実を誰も信じたりはしない。
 次から次へと出てくる証拠は、あつらえたかのようにエリオスが不利になるものばかり。
 弁護士も、用意されたものだったからか、最後まで様子がおかしかった。
 まるで――。
(誰かが仕組んだみたい)
 処刑台のエリオスと目が合った。
「なんて顔をしている」
 高くから落とされる声は、ミサの耳にもしっかりと届いた。
「お前の不安要素がいなくなるんだぞ」
「不安要素だなんて思ってません! 私はまだ、貴方になにも償えていないのに、……お願い、いかないでっ」
 けれど、エリオスは首を横に振る。
「もう疲れたんだよ」
「エリオスさ、ん……」
「誰かを憎むのも、憎まれるのも。これで、やっと俺は――」
 気高く。
 笑顔を浮かべて前を向いた彼の白い服に、赤く花弁が舞い散る。

 ――終われる。

 どっと沸き起こる歓声をどこか遠くに聞きながら、ミサは崩れるように泣いた。


「罪人、ロージェック・イクサリス」

 安堵している。
 それと同じだけ、無念でもある。
「罪状――殺人、誘拐、監禁罪」
 おそらく、執行人の助手には、身元を隠したマントゥールの一味が紛れ込んでいるはずだ。
 それでも、思ってしまう。
 ――やっと罰せられる。
 どこかで、早く楽になりたいと思っていた。
 重ねた罪を軽んじたことはなかった。
 したことの重さに震える日々は続いたが、あの日に戻ればいいとは、思わなかった。
 ただ、苦しかっただけなのかもしれない。
 人の手が罪に濡れると言うのは、これほどまでに恐ろしく、これほどまでに罪へと駆り立てる。
 罪を、リヴィエラの慈悲に許された気になって、甘えてきた。
 気はとうに触れていたのかもしれない。重圧に耐えかねて、本当はもう、正常ではいられなくなっていたのだろう。
 それでも。
 例え気が触れていたのだとしても。正気を失っていたのだとしても、君を置いて逝くことが無念でならない。
 最後まで守りたかった。
「ロジェッ!」
 聞こえた声に、上る死の階段への足を止めた。
「……リヴィエラ」
「いやぁぁっ、ロジェ! どうして……どうして!?」
「俺は、罪を重ねすぎたんだ」
「貴方は……」
 涙声のリヴィエラが、空気を引き裂くように叫ぶ。
「私に『一人でどこへも行くな』とおっしゃったではありませんか!」
「ああ……」
「そして私は『貴方の傍を離れません』と誓った……」
「……ああ……」
 通り過ぎていく時間の中で、君が誓った約束。君が忘れるはずはないのに、まだ覚えていたのかなんて思ってしまう俺はひどく残酷だ。
「なのに、それなのに、私を置いて逝くのですか!?」
 ああ……。
 一番犯してはいけない罪を、俺は犯したのかもしれない。
 君との約束を、違えてしまった。
「誰か処刑を止めて! こんなのおかしい!」
 泣き叫ぶリヴィエラの声に、けれど群衆は動くことはなかった。
「リヴィエラ。ガウェインのところへ行け! あいつなら君を守ってくれる!」
「……っ!」
 なにかあれば、彼女を護るもう一人の精霊にすべてを託してある。これから先は彼が、君を守ってくれる。
「行きません!」
「リヴィエラ……」
「私は魂までも貴方と共に在ります! どこへも、行きません!」
 君はいつも、強すぎる。
 凡そ逃げ出したくなることにも、君は真正面から向き合って、受け止めてくれる。だから俺は俺でいられた。
「私と一緒に生きてくださるのではないのですか……?」
 警護兵を掻き分けて近づこうとするリヴィエラを、兵士たちは必死に押しとどめている。
 ほとんど無意識に、彼女が動いていることなど、容易に見て取れた。
「だって、だってずっと離さないと……」
「リヴィエラ。歌ってくれないか」
「…………!」
 君の歌声が好きだった。
 まるで俺の心を洗い流してくれるようで。
「俺の魂が、迷わず君の元へと行けるように。君を、見失わないように……」
 ずっと君の傍にいる。
 この身が滅んでも、この心はこれから先も君のものだ。
 血染めの魂でよければそれすらもを君に捧げよう。
 リヴィエラの声が旋律を奏でる。
 涙に濡れた悲しみの旋律が、空気を飲み込んで群衆の声を静めた。囁きかけるような愛しい君の声に、思わず笑みが浮かんだ。
 愛している。
 ずっと、これからも、君だけを。
 振り上げられ、空を切る大剣はその命を断ち切り、皮肉なほど美しい花を咲かせる。
「ロ、ジェ……?」
 音を失くした声が、彼の名を呼ぶ。
「ロジェ、ロジェッ!? ……いやっ……いやぁぁぁぁぁッ!!」
 膝から崩れ落ちた彼女の、悲しくも澄み切った声は人の群れを越えて空気を震わせた。

 ――君の、傍にいる。
 永遠に。


「罪人、桜倉 歌菜」

 許されるはずのない恋だった。
 その罪の重さも分かっていた。
 それでも、止められなかった想い。
(その結果、私は裁かれる……でも、後悔はしていないの)
 彼への想いを、その恋心を偽るようなことだけは絶対にしたくなかった。
 命惜しさに彼を愛していないなどと、どうして言えただろう。
 心にある気持ちは唯一無二の、まぎれもない歌菜の真心。

「歌菜!」

 処刑台を進む彼女を呼び止める声。
 ゆっくりとその声に目を向けると、これまで見せたことのないような表情を浮かべる月成 羽純がいた。
 笑って見せると、羽純は苦しげに表情を歪める。
 ――どうして……どうして、今、そんな顔ができる……。
 握り締めた手のひらが、皮膚を切って血を滴らせた。
 痛い。
 胸が、ひどく痛い。
 どんな痛みをもってしても、この胸の痛みには変わり得ない。
「羽純くん……どうか、貴方はそんな顔をしないで」
「俺はお前を救えない……なにもできず、ただ見殺しにすることしかできない」
「泣かないで。私のために、羽純くんが泣かないで」
 言われて、初めて自分が泣いていたことに羽純は気づいた。
「これは私の我儘だけれど……笑ってほしい」
「お前は、殺される。なのに、どうして――」
「最期に貴方の姿を見ることができただけでも、本当に幸せなのだけど……私は貴方の笑顔が見たい」
 羽純の身体は、がたがたとその意思に関係なく震えて、止まらなかった。
 無様で、こんな姿を歌菜に見せたいわけではなかったのに。
「――私の願いは……貴方の幸せだから」
「歌菜……っ」
 蹲るように震える自分の身体を抱きしめて、羽純は唇を噛み締めた。
 広がるのは嫌な鉄の味。
「歌菜……歌菜……!」
 壊れた機械のように、紡ぎ出す言葉は彼女の名前ばかりだ。
(こんな風に貴方を置いて逝くと言うのに、とても自分勝手なのは分かってる。それでも……)
 歌菜は、極上の笑みを浮かべた。
 死を前にして、こんなにも幸せに微笑むことが、本当にできるのだろうか。
「私の幸せは、貴方の幸せだから」
 紡ぎ出された言葉に、羽純は必死に嗚咽をかみ殺した。群衆の前で、膝をついて土を掻き握る手は、痛々しいほど傷付いて血に汚れている。
 誰かが言った。
「これも運命だ。諦めろ」
 運命――?
 そんな運命、誰が決めた……!
 これを運命と呼ぶのなら、そんなものを享受していいはずがない!
「さようなら」
 歌菜の声が降り落ちる。
 ――歌菜……お前は俺に幸せになれと、そういうのか。
 もし、歌菜が助けてくれと言ったなら、羽純は命も捨てて彼女のもとに飛び出しただろう。
 それなのに、幸せになれと言う。
 ――お前なしで、俺にどうやって幸せになれというんだ。
 羽純の幸せもまた、歌菜の幸せだった。彼女なしの未来など、なかったのに。
「大好き」
「――っ、……っ」
 それでも、お前が微笑むから――。
(あなたへの想いを抱いて逝けて……よかった)
 顔を上げて、歌菜に微笑み返す。

「歌菜……愛してる」

 もし。
 もう一度貴方に出会うことができたならば……その時は。

 ずっと傍に。


「罪人、スティレッタ・オンブラ」

 バルダー・アーテルは、群衆をかき分け最前列までやってくると、鋭く声を放った。
「あいつが処刑だと!? これは何かの冗だ……」
「あら……貴方、誰?」
「……は?」
 スティレッタは、処刑台からバルダーを見下ろして首を傾げる。
 まるで見知らぬ男を見つめるような目に、バルダーの困惑は隠せなかった。
「なにを言って……俺たちは、恋人なんじゃ……」
「……? ああ、思い出した」
 尋問に、記憶の欠片でも零れ落ちたのかと思った。けれど、スティレッタは薄っすらと笑みを浮かべて言葉を継ぐ。
「ついこの間騙したカモね。その節はありがと。毎晩楽しかったわ」
「嘘だろ……?」
「相性も抜群だったし、貴方もたっぷり楽しんだでしょ?」
 重ねた温もりは、愛だと信じていた。けれど。
「本当に愛し合ってたと思ってるの?」
 スティレッタはくすりと笑った。
「馬鹿ねぇ。これだから初めての坊やは困るのよ」
「そう、だよな……俺を騙すのは赤子の手を捻るようなもんで……」
 恋に不慣れなバルダーを手玉に取ることなど、彼女には造作もないことだ。
「これ以上話もないなら引き止めないで頂戴。せっかく覚悟したのに怖くなっちゃうじゃない」
 欲を貪り合うように愛し合った、あの夜と同じように彼女は艶やかに微笑んで踵を返した。
 ――本当に殺されるんだな……。俺を騙した女が……。
 処刑台の中ほどまで戻ったスティレッタの唇が、小さな言葉を零した。
「……なーんて」
 その言葉は、誰にも聞こえなかったけれど。
(馬鹿なのは私のほうよ)
 どうして、彼はここへ来てしまったのだろう。
(嫌ってくれればよかった。そうすれば残されたあなたが生きやすいじゃない)
 けれど、それはお互いを傷つけるだけだということも、スティレッタは知っている。
(悪女は悪女らしく、独りで惨めに死ぬべきなのよ)
 それがこれまでの報いなのだろうとも思う。
 それでも、バルダーの姿を見れば心は揺れる。
(でも、せめて貴方の腕の中で平穏に死にたかった)
 振り返って、バルダーの姿を探す。
 その腕の温もりは、今でも鮮明なほど蘇ってくる。その腕に抱かれていることが愛しくてたまらなかった。
(あそこまで身も心も許したのは貴方だけよ。だから――辛いかもしれないけど、最期は見ていてほしいの)
 執行人の剣が振り上げられた。
 スティレッタの唇が、言葉を刻む。

『ご め ん ね  ば る だ ー  だ い す き よ』

 声になることのなかった言葉は、それでもバルダーに届いた。
 振り落ちた大剣を見つめたあと、バルダーは固まったように、引き攣ったように笑った。
「……ははは。卑怯だろ」
 あの時、一瞬でも疑ったことを悔いた。
 愛していると言えば――。
 そう、か。
 なら、会いに行こう。その言葉を伝えるために。
 茫然自失としながらバルダーは部屋へと帰った。そして、憑りつかれたように、躊躇うことなく部屋に火を放つ。
「お前の好きな色だ」
 鮮やかな真紅は、スティレッタが好んだ色。
「今からもっと、紅を見せてやる」
 部屋を覆い尽していく業火と、バルダーの血。
 ――死は、怖くない。
 それよりも、お前のいない世界の方が怖くて仕方ない。
 ――ああ、スティレッタ……。
 空虚に手を伸ばす。
 ――そんな近くにいたのか。
 紅の中に、スティレッタの姿を見たバルダーは、確かに彼女の手を取った。
 ――俺たちは一緒だ。いつまでもな……。
 変わることなく妖艶に微笑むスティレッタに、バルダーは静かに睦む。

 心から、愛している。

「あ は は は は は は は……」
 紅の中、混じり落ちた声が、ひらり、ひとつ。



依頼結果:大成功
MVP
名前:リヴィエラ
呼び名:リヴィエラ、リヴィー
  名前:ロジェ
呼び名:ロジェ、ロジェ様

 

名前:スティレッタ・オンブラ
呼び名:スティレッタ、お前
  名前:バルダー・アーテル
呼び名:バルダー、貴方

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 津木れいか  )


( イラストレーター: TARO  )


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月27日
出発日 09月04日 00:00
予定納品日 09月14日

参加者

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