プロローグ
精霊であるあなたと、パートナーの神人は、海に泳ぎに来ています。
それぞれ更衣室で水着に着替えて、海の家で合流。
一緒に砂浜に行く約束です。
そうそう、耳に水が入らないように、耳栓も忘れてはいけません。
去年はそれで中耳炎になってしまい、後からずいぶん痛い思いをしたのですから。
この耳栓は、水は入らないけれど、普段以上に音が聞こえるという、いい代物。
先日、購入した際、店の主人がそう言っていました。
さて、その耳栓を耳に詰め、パートナーの顔を見たところで、彼女が言います。
「あ、私、日焼け止め塗ってくるの忘れちゃった」
(おい、合法的に触るチャンスじゃねえか)
「はっ!?」
あなたは驚きました。当然です。
だって聞こえたのは、彼女とあなた、二種類の声だったのですから。
「え、私そんなに驚くこと言った? だって日焼けすると、痛いから嫌なんだもん」
(おい俺、優しく塗ってやれよ。男だろ)
喋ってないのに、やっぱり聞こえる自分の声。
――どうやらこの耳栓は、悪魔の声、もとい、自らの欲望・本音が聞こえるようです。
相手はそれを、知りません。
人ごみからはちょっと離れている海岸で。
不思議な囁きが聞こえる耳栓をつけて。
さて、あなたはどうしますか。
解説
ちょっとお高い特別な耳栓×1 200jr
海の家使用料入場料二人分 200jr
合計で400jrいただきます。ご了承ください。
耳栓をつける人は、神人・精霊どちらでもかまいません。
プランの頭に 耳 と書いてください。
水着にこだわりのある方は、プランに描写を。
また、海にいて不自然ではない格好であれば、衣服を着ていても大丈夫。
(甲冑とか着ぐるみとかは、理由がない限りだめですよ)
ファッション系は苦手なので、おまかせはなしでお願いします。
【すごく大事】【とても大事】
こちらは基本的には、『耳栓をつけた方の視点がメイン』になります。
【これ絶対】
耳栓をつけた方のプランを書く際には、囁きには( )を付けてください。
実際の発言と判別するためです。
また、あまりよろしくない行動をしますと、私がびっくりしてしまいますので、ご注意を。
なお、アイテムとしての耳栓配布はございません。
このエピソードの中だけで、お楽しみください。
ゲームマスターより
耳栓の仕組みは追求しないでください。
また、マキナの耳にどうやって耳栓入れるのかとか、テイルスの場合はどの耳に入れるのかとか、ツッコミはなしで! なしでお願いします!
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
水着→タンクトップ&短パン型の普段着っぽいタイプの水着 水着はディエゴさんからの頼みであまり露出のないものにしましたよ 泳ぐ前に海の家で何か食べませんか 暑いから、トロピカルジュースとか、アイスとか食べたいです 焼きそばですか?ディエゴさんもお腹減ってたんですか、じゃあそれも食べましょうか。 どれも美味しいですね こういう所で食べるとより一層美味しく感じますよ ディエゴさんもほら、ぼーっとしてないで食べましょうよ。美味しいですよ? …うるさい? そうですか?私から見れば全然、無口だと思いますが… わがまま言うと、もっと喋ってほしいです ディエゴさんの声、聴いてるだけで心が落ち着きますし |
桜倉 歌菜(月成 羽純)
羽純くんと海! 気合を入れて水着を用意しましたっ リートスアンゲルスという水着で、背中に羽根が生えたように見えるらしく…どんな風に羽純くんの目に映るのか、ドキドキ… 褒めてくれると嬉しいな…って思ってたのですが 羽純くんの様子が、何だかいつもと違う? も、もしかして水着が壊滅的に似合ってない? 天使とか私にはハードルが高かったんだ…! 恥ずかしいから、持って来ていたTシャツを着よう せ、せめて彼の好きな甘いものを買ってきて挽回…! 待っててね、羽純くん え?あの、直ぐ戻ってくるよ? …羽純くん、苦しそう? …あ… 褒められたら嬉しくて あ、有難う 羽純くんにね、褒めて貰えるのが一番嬉しい というか、羽純くんにだけ褒められたい |
アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
普段縛ってる髪を解いて降ろす EP25の時に貰った赤い蝶の髪飾りを着けてみる 水着の上にパーカー海桜を着て合流 初めて見る精霊の露出した肌にどぎまぎ あ…これ、着けてみたんだけど…どう、かな? うん…ありがとう(はにかみ あ、うん 少し恥ずかしいけどパーカーを脱ぎ えっと…似合う? ?! えっ何で自分の頭を殴っ…えぇ?(困惑 若干様子がおかしい精霊を気にしつつ一緒に遊ぶ …やっぱり様子がおかしい たまに上の空だったり生返事だったり …はっ もしや熱中症なりかけとか…?! 急いで日の当たらない場所に移動 冷たい飲み物取りに行く 戻って来たら顔が赤いような…? 精霊の扇子借りてパタパタ 大丈夫? 今までにない優しい表情と感謝に心臓が跳ねる |
伊吹 円香(ジェイ)
紺色のタンキニ 待たせてごめんなさい あ。髪、括ってなかった ジェイが? じゃあ、お願いしますー …声? わっ、とうかしました? えーと、調子悪いん、ですか? それなら私自分で、 そうですか? ジェイがそう言うなら ありがとう …って、なんだか疲れてません? …大丈夫なら良いんですけど あ、日焼け止めですか? ばっちりです ジェイの先を歩いていたためジェイの顔向け云々は聞こえず ジェイ、ここまで来たら楽しまないとですよ |
●これこそ好機
太陽輝く砂浜近く。海の家の付近で、伊吹 円香は場に似合わぬ、白磁のごとき腕をわずかばかり持ち上げた。
「待たせてごめんなさい」
そう言う彼女が身につけているのは、紺色のタンキニだ。その肩には、奥深くに海を映したかのような黒髪が揺れている。
「いえ。どうかお気になさらず」
ジェイは、藍鉄の目を細めた。理由は、常と違う彼女の髪型に、一瞬瞠目したから。しかし小首を傾げた円香は、頬に髪が触れて、初めてそれに気が付いたらしい。
「あ、髪、括ってなかった。今ここで結んじゃいますから……」
両腕を持ち上げて、後ろ髪に手を伸ばす。たぶん、ちょっと待っててくださいね、とでも言うつもりだったのだろう。しかしジェイは、彼女の言葉を遮り、口を開いた。いや、開いていた。
「……お嬢。髪、私が結いましょうか」
そのようなことは、一度もしたことがない。でも、言ってしまった。
そう、理由を述べるとしたら、つい、勢いで。
だが当人ですら動揺したというのに、円香は、不快には思わなかったようだった。
ジェイが? と一度だけ目を瞬いたものの、「じゃあお願いします」とくるりと体を反転させる。まったく、素直な円香らしい。
「では」
動揺は胸に秘め、ジェイはゆっくりと手を上げた。そして円香の髪に触れようとした――瞬間。
(お嬢の髪に、触れる好機を逃してはならない)
頭の中に、自らの声が響き、彼は、すぐさま身を硬くした。
「なぜ、声が……」
――言った覚えは、ないのに。
「……声?」
円香が首だけで振り返る。……ということはやはり、自分は唇を動かしていない。しかし、確かに聞こえた……好機と。いつもお嬢は自分でしっかり髪を整えておられるから、これは珍しい機会と言えるのは確かなのだけれども。
考えたのは、それほど長い時ではなかった。しかしどうやら、円香が違和感を覚えるほどのものではあったらしい。
「どうかしました? ……調子悪いん、ですか?」
ジェイを見つめ、瑞々しい果実のような唇で、問う円香。
それなら自分で、と自らの髪に触れようにするので、ジェイは緩やかに、首を振った。
「い……いえ、私にさせていただけますか」
「そうですか? ジェイがそう言うなら」
きょとりとした表情を笑顔に変えて、円香が再び前を向く。
「……失礼致します」
ジェイは、円香の細い背に伸びる髪を、掬うように手に載せた。さらりと逃げていこうとするさまは、まさに絹糸のよう。
(流石でございます、お嬢。手入れを一切怠っておられない)
またも聞こえた声は、聞こえないふりをする。そうでなければ、とても冷静でいられそうになかったのだ。この美しい髪を、完璧に整えなくてはならないというのに。
ジェイは丁寧に、円香の髪に手ぐしを通した。それをまとめて、くるりとひねり。
「お嬢、痛くはないですか?」
「大丈夫です」
いつも通りの、円香の声。だがジェイの鼓動は跳ね上がっている。
(本当に、綺麗な髪だ)
(もう少し、お嬢の髪に触れていたい)
それでも、望み通りにいつまでも髪を弄っているわけにはいかない。いっそのことこの煩い声が聞こえなくなるように、早く終わらせてしまった方がいい。
ジェイは器用に指先を動かして、円香の髪型をシニヨンにすると、一歩引いて、身を離した。
「終わり……ました。お嬢」
「ありがとう」
円香が体全体で振り返る――が。
「……って、なんだか疲れてません?」
「……気のせいでございます」
「……大丈夫ならいいんですけど」
不思議そうにしながらも、円香はあっさりと納得してくれた。すっきりした首筋が眩しくて、ジェイはお嬢、と呼びかける。
「日焼け対策の方は」
白雪のごとき柔肌が日で赤く染まるようなことがあっては、大問題である。そう思って聞けば、円香はおっとり笑顔を見せた。
「あ、日焼け止めですか? ばっちりです」
「そうでございますか」
ジェイはあっさりと答えるが、耳に届く声は。
(残念な気もする)
「ほら、早く海に行きましょう、ジェイ」
円香はジェイの前を、楽しげに歩き始めた。だがジェイは、すぐに追うことはできない。残念、なにが残念だというのか、私は。
「くっ、お嬢に聞かれていないとはいえ、これではあの方に顔向けが……!」
自分を育ててくれた、円香の父の顔が脳裏に浮かび、思わず頭を下げそうになる。もうだめだ、これ以上近付いてはと、距離をとったまま円香の後に従って、砂浜に着くなり、立ち止まった。
「お嬢、私はこちらで待機しております」
丁寧に、一礼。それなのに、ジェイの心情など知らない円香は、無邪気に彼を誘うのだ。
「ジェイ、ここまで来たら楽しまないとですよ」
広く青い海に進むべく、ジェイに手を差し出してくる円香。それを見てなお、ジェイが待機を貫けるはずもなく。
「……かしこまりました……」
ジェイは彼女に続いて、ゆっくりと、白い浜の上を歩き始めた。
●やっと、気付いた
「お待たせ、ガルヴァンさん」
海の家の前。
待ち合わせの場所まで小走りでやって来たアラノアに、ガルヴァン・ヴァールンガルドは、切れ長の瞳を向けた。
黒地に桜模様の入ったパーカーを羽織ったアラノアは、いつものように慎ましやかに、ちょこんとそこに立っている。それなのに、イメージは全く違った。普段は後ろでまとめている髪を、今は肩に流しているからだ。
しかし彼女の方も、ガルヴァンを見てなにか感じるところがあったらしい。ちらり、と赤い瞳が上を向き、ぽつりと一言。
「水着……」
「これが、どうかしたか」
ガルヴァンは、自らがはいているサーフパンツを見下ろした。黒地に赤いラインの入ったそれは、特別珍しいものでもない。それなのに、アラノアは、先を告げずに俯いてしまう。
その頭に、美しい羽ある飾りが、ひとつ。
「それは……」
「あ……これ、つけてみたんだけど……どう、かな?」
アラノアが顔を上げる。それは、ついこの間訪れた夏祭りの縁日で、ガルヴァンが苦労して手に入れた蝶の髪飾りだった。
射的の露店で見つけた瞬間、彼女に似合うだろうと思い、銃を手に取った。しかし、狙ったものに玉を当てるのは案外難しく、最後はほとんど、意地になっていたのだ。
それを、アラノアが、初めて身につけてくれた……。
「ああ、よく似合っている」
イメージした通りだ、と思っていると、耳に、男の低い声が聞こえた。
(頭に蝶が止まっているようで可愛らしいな)
――今の声は?
表には出さないものの、内心動揺しているガルヴァン。その前では、アラノアがはにかんでいる。
「うん……ありがとう」
そう言うさまも。
(……愛らしい)
また、聞こえた。自分の声だ。
だが、どうやらアラノアには聞こえていない様子である。だったら大事ないだろうと思ったのだが、問題は、白い砂浜の上で訪れた。
「……泳ぐか?」
そう尋ねたガルヴァンの前で、アラノアがパーカーを脱ぎだしたときだ。
恥ずかしそうにゆっくりと袖を抜いたアラノアは、ガルヴァンの正面に立ち。
「えっと……似合う?」
「…………似合ってる」
ガルヴァンは、あえてアラノアから目を逸らして言った。いや、本当は彼女をまっすぐに見て、言いたかったのだが、耳元で、自分の声が「意外と胸が……」なんて囁くから。つい見てしまうし、そうしたら自らの頭を殴らざるをえないし、アラノアはびっくりしているしで、もうなにがなんだか。
「えっ何で自分の頭を殴っ……えぇ?」
困惑しきったアラノアに、謝罪もできない。でもやはり言えない。胸を注視してしまったなどと。
その後も、声はガルヴァンに、囁き続けた。
(細い肩だな。抱きしめたら折れそうだ)
(それなのに、出るところは出ているというのが……)
(ああ、綺麗な脚をしている)
正直、気になって、砂遊びもビーチバレーも、泳ぐのだって集中できない。アラノアが一緒にいるのにも関わらず、だ。
アラノアも、次第に疑うような目を向けてきていた。さっきはそんなことはないと思ったが、まさか彼女にもこの声が聞こえているのか、と不安になったところで、アラノアがついに口を開く。
「ガルヴァンさん、さっきから上の空だったり生返事だったりするけど、もしかして、熱中症になりかけてない……?」
「あっ、いや」
「無理しないで。ほら、涼しいところに行こう。私、冷たい飲み物取ってくるから!」
アラノアは、ガルヴァンの腕をひいて木陰に座らせると、海の家へと走って行った。
その背を見送り、ガルヴァンは深くため息をつく。
「……さっきから何なんだ。思ってもないことを次々と……」
そこに、会話をするように響く、自らの声。
(本当にそう思ってないと言えるのか?)
「っ……」
(もう自覚したらどうだ)
「何を……」
(……俺は、アラノアのことが)
……!
(好きなんだ)
――ッ!
今まで隠れていた本音、自覚していなかった感情が、胸の奥からあふれ出した。
「ガルヴァンさん!」
戻ってきたアラノアが、少々驚いた顔をしている。
「顔が赤いみたいだけど……大丈夫? ガルヴァンさんの扇子、借りていい?」
「あ、ああ」
ぱたぱたと仰いでくれる彼女を見やり、ガルヴァンはほうっと息を吐いた。
彼女の黒い髪も、白い肌も、触れてみたいと思う。心配をかけてしまうのは気の毒なのに、心配してくれることが、嬉しいと思う。
……もうどうしようもないらしい。
葡萄色の長髪を揺らし、ガルヴァンはゆるく首を振った。
「まだ調子悪い?」
不安げな瞳をまっすぐに見つめれば、アラノアは一瞬扇子を動かす手を止めた。
「ガル……ヴァンさん?」
認めよう。
俺は神人の事が好きだ。
――だが、それを告げるには、早すぎる。
この純粋な少女はきっと、俺の想いに困惑してしまうだろうから。
今度は細く息を吐いて、ガルヴァンは、止まったきりのアラノアの手を、そっと握った。
「……ありがとう。もう平気だ」
ともに見せるは、最上の笑み。
アラノアは肩を揺らして頬を染め、ガルヴァンを見つめていた。
●美味しいは、楽しい
ハロルドの水着から見える手足はこの場にそぐわぬほど白く、すらりと伸びていた。だが、タンクトップに短パンという普段着に近い形であるから、そこまで意識することもなく、また、周囲の男どもが群がることもないだろう。やっぱり、肌の露出が少ないものを、と頼んでおいてよかった。
ディエゴ・ルナ・クィンテロは、待ち合わせ場所にやってきたハロルドを見、小さく頷いて見せた。それで彼女も自分の選んだ水着が良し、と気付いたのだろう。ラッシュパーカーを羽織ったディエゴの隣に並び……ふと、彼の名を呼ぶ。
「ピアスをしているんですか? 海に行くのに、とれてしまいません?」
聞こえるハロルドの声は、いつも通りクリアなものだ。それにこれは、チャームがついているからそう見えても、耳栓である。泳ぐことが前提になっているから、それで壊れてしまうはずはない。
「ああ、大丈夫だろう」
ディエゴは短く返した。ハロルドもそこまで気にすることはなく、そうですか、と流してくれる。そんな彼女は、海の家の中を覗いて一言。
「泳ぐ前に、なにか食べませんか」
「暑いから、トロピカルジュースとか、アイスとか食べたいです」
簡易な造りの海の家の、白いテーブル席に着くなり、ハロルドはそう言って、壁に貼られているメニューを確認した。彼女に倣い、ディエゴも同じように視線を向ける。そこにはトロピカルジュース、オレンジジュース、かき氷、アイス、と並んでいた。どれも夏の暑さには、必要なものばかりではある。
しかしディエゴは、思わず眉間に一筋しわを寄せた。別にどれかが嫌いだというわけではない。
……と、耳の奥で、自らの声が響く。
(……トロピカルジュースにアイス? おいおい、そんな冷たい物ばかり食べたら、腹壊すじゃないか)
自分は1ミリだって、口を開いていない。だが、これはなんだ。
テーブルを挟んで正面にいるハロルドを見やる。だがメニューから目を戻した彼女は、黙ってディエゴの返事を待っているようだ。今、ディエゴが聞いた声を彼女もまた耳にしていたら、ただ黙していることはないだろう。
(ということは、俺にしか聞こえないのか)
どちらにしろ、腹を壊されては困る。
(……それとなく焼きそばも提案して、温かい物食べさせるか。食べきれなければ、半分こすればいいんだからな)
納得し、今度はしっかり声を出した。
「焼きそばも食べないか」
「焼きそばですか? ディエゴさんもお腹減ってたんですか、じゃあそれも食べましょうか」
「わかった、じゃあ買ってくる」
ディエゴは立ち上がった。お願いします、と言うハロルドの言葉を背で受けて、店員の居る場所まで、歩いていく。
(青のりは歯につくから、少なめのほうがいいか。トロピカルジュースは念のため、氷を減らしてもらおう。どうせすぐに飲むんだから、平気だろう)
「はいよ、お客さん。合計で200jr、いただくよ」
支払いをすませて席に戻り、テーブルの上に買ってきた物を並べると、ハロルドは色違いの瞳を、嬉しそうに細めた。
「ありがとうございます。どれも美味しそうですね」
そう言う彼女は、まずはジュースを一口。焼きそばを口に入れたところで、既にアイスが溶けかかっていることに気が付いたようだ。
「これ、デザートにするのは厳しいですね」
先に食べてしまおうということなのだろう。バニラアイスをせっせと口に運ぶハロルドの前で、同じく自分の分もと頼んだアイスを、ディエゴもまた口に入れた。正直、どこにでもある味である。
だがハロルドは「こういうところで食べると、より一層美味しく感じますよ」と、早々にアイスを終わらせ、焼そばに手を伸ばした。
(口に合うようだ。笑顔で食べている。控えめに言って可愛い。やはり一緒に食事をするなら、美味そうに食べる奴が良いもんな。まだ食べさせたいが、これ以上は断られるか……あ)
思考を止めたのは、ハロルドが焼きそばをとりわけ、ディエゴに渡してくれたから。
「ディエゴさんもほら、ぼーっとしてないで食べましょうよ。美味しいですよ?」
「ああ……ありがとう」
条件反射のように返しながらも、ディエゴは自らの耳栓――ぶら下がるチャームに指で触れた。いくら自分のものとはいえ、思考が聞こえるとはなかなかにやっかいだ。
「……俺、結構うるさいほうだったんだな」
思わず呟けば、ハロルドが首を傾げる。
「……うるさい? そうですか? 私から見れば全然、無口だと思いますが……」
ジュースを飲んで、彼女は続ける。
「わがまま言うと、もっと喋ってほしいです。ディエゴさんの声、聴いてるだけで、心が落ち着きますし」
「……そうか」
だからと言って、急に饒舌になることは難しい。それがたとえハロルドのことや、趣味の特撮のことであってもだ。
だが彼女が望んでくれると言うならば、今度、どこかで食事をしながら、話をするのにチャレンジしても良い。食事と会話、それでお互いに楽しめるじゃないか。そう考えながら、ディエゴは、ハロルドが取り分けてくれた焼きそばを口に入れた。
●翼まとう君
天使だ、天使がいる。
月成 羽純は、待ち合わせ場所にやってきた桜倉 歌菜を見、言葉を失った。
これは歌菜が、天使のように愛らしいという比喩ではない。だって彼女はその背中に、見事な翼を背負っていたのだから。
それは、おそらくあの美しい水着の効果なのだろうと予想はする。薄い青色のそれは、歌菜の白い肌を、より透明感あふれるように見せていた。あまりに神秘的過ぎて、自分が黒のサーフパンツというシンプルな格好であることを後悔するほどだ。
だが歌菜は、そんな羽純の前で、えっ、と動きを止めた。当初の健康的な笑顔が、みるみる不安に満ちていく。
いや、違う。歌菜、誤解するな。
羽純は慌てて、口を開こうとした。自分が、いつもと違う様子を見せているという自覚はある。しかしそれは、歌菜に見惚れていたからだ。
歌菜がいかに綺麗で自分を魅了したか、伝えてやらなければ、人を疑う術を持たない素直な少女は、きっとすっかり落ち込んでしまうだろう。
その証拠に、歌菜の瞳が、寂しそうに揺れている。
おそらくは、今日という日のために選んでくれた水着だろうに。
ほら、早く言わなければ。
だがしかし、それを伝える直前、羽純の耳の奥で、聞き慣れた男の声がした。
(綺麗すぎて、他の男に見せたくない)
はっと息を飲み、羽純は体を硬くした。その眼前で、歌菜は水着の上から、イルカのイラストのがついたTシャツを着てしまう。
「ご、ごめんね羽純くん。ちょっと私には、ハードルの高い水着だったかな、なんて……」
「いや、そんなことは……」
ない、と言いきる前に、またも聞こえる、男の声。
(勿体ない……折角の水着が)
二度目にして、わかる。これは羽純自身の声、そして自らの本心だ。
動揺している羽純を前に、歌菜はこちらに背中を向けてしまった。
「私、甘いものでも買ってくるね。待っててね、羽純くん」
そんな焦った顔で、俺の好きなものを用意しようとするのか。
(何をやってるんだ、歌菜を引き止めろ)
脳内で声が大きく響き渡り、気付けば羽純は、歌菜の白い手首を握り締めていた。
「歌菜、行くな」
思ったよりも、低く切羽詰った声音になったのは、おそらく耳に聞こえる本心が、行くな、行かせるなと叫んでいるからだろう。
「羽純くん……?」
歌菜が、大きな目を見開いて、羽純を振り返る。
「あの、直ぐ戻ってくるよ?」
そう言う顔が、こわばっている。歌菜が羽純を恐れるはずはない。だが、何も言わない彼と、おそらくは意気揚々と準備した水着に対する反応を見て、すっかり困惑してしまっているのだろう。
(歌菜にそんな顔をさせるな、俺)
「……そんな事は分かってる、少し黙れ」
自身の声に答えたつもりが、それが聞こえていないらしい歌菜は、びくりと肩を揺らした。黙れ、なんて。歌菜に言ったわけじゃない。
思わず、羽純の眉間にしわが寄る。歌菜は真っすぐに、そんな羽純を見つめていた。声をかけたいけれど、黙れと言われたから、口を開くことができないのだ。
違う、と羽純は首を振る。
(俺は、歌菜の笑顔が見たいんだ)
いつものように、言うだけだ。聞こえる声に、動揺している場合じゃない。
羽純は歌菜の手を握る力を少しばかり緩めると、思いきったように、ゆっくりと唇を動かした。
「……歌菜、水着……とても似合ってる。綺麗だ。俺以外の誰にも見せたくないって、そう思ったら……言葉に詰まった。すまない」
わずかにふせられた、羽純の視線。しかし彼が見ていないところで、歌菜の口角が上がって行く。あんなに心配だったのに、このたった一言が、とても、とても――。
「あ、有難う。羽純くんにね、褒めて貰えるのが一番嬉しい」
声につられて顔を上げ、羽純は満面の笑みを浮かべた、歌菜を見る。それだけでも眩しいほどなのに、彼女はさらに、続けて言った。
「……というか、羽純くんにだけ褒められたい」
恥ずかしそうに首を傾げるのが愛しくて、羽純は思わず彼女に腕を伸ばしかけた……が、この場が外であることを思いだし、とっさに手をひっこめる。
それなのに。
(なんて可愛いことを言うのだろう。抱きしめたい)
思慮分別を無視した自分の声に言われれば、我慢しきれるはずはなかった。
「歌菜……!」
感極まり、羽純は歌菜を抱きしめる。イルカのシャツを着た姿もいいけれど、やっぱりもう一度、あの天使を見たい。自分のためだけに翼を纏ってくれた、愛らしい天使を。
「羽純くん、あのっ」
突然抱かれて頬を染めている彼女の耳に、羽純はそっと囁く。
「海に行ったら、またあの水着姿を見たい。……いいか?」
歌菜はこくりと頷いた。
「羽純くんがそう言ってくれるなら……いくらでも」
白い砂浜に、二人分の足跡がついている。
この先で舞う天使を見られ+るのは、彼女を愛するたった一人の男だけだ。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 3 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月26日 |
出発日 | 08月02日 00:00 |
予定納品日 | 08月12日 |