雨音の向こう側(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

思わず、立ち尽くしてしまった。
最悪だ。

予報は晴れ。
傘はない。

なのに、突然の夕立――。

たまの休みを一人で出かけて過ごしてみたら、これだ。
夕立の予報すらなかったのに、この季節の空模様はあまりに気まぐれだ。

濡れて帰るには雨足が強すぎる。
かと言って、傘を買えるような店も近くにはない。

あると言えば携帯の端末と、あまり濡らしたくはない荷物。

折り畳み傘と言えど嵩張ってしまうから、と置いて来てしまったけれど。
こんなことなら、おとなしく傘を持ってくればよかった。

灰色の空を見上げて、はるか遠くにひらめく光に、心なしか頭痛がする。
すぐに止むだろうかと思って見上げてみたが、雲の切れ間はなく、当分止まない雲行きだ。
折り畳み傘があったとしても、結局は濡れてしまいそうだ。

パートナーも今日は用事があると言っていた。
濡れていなければいいけれど――。

思い、耽りながら軒先を借りて雨宿りをしながら。
あまり長時間、軒先を借りるのも忍びないけれど。

不意に、携帯の端末が震えた。
受信したのはメール。
送り主は――パートナーだ。

あの人も雨に立ち往生でもしただろうか。
それとも――。

画面の向こう側で開かれるのを待っているメールをそっと開く。

解説

前提として、神人さんと精霊さんは別行動中です。
片方が雨宿りをしており、もう片方が連絡をしてきました。
雷ゴロゴロのおまけつきです。
夕立ですので、長くて1時間程度で雨は上がります。虹も出ますので、ご自由に組み込んでください。

メールでなく普通に着信でも大丈夫です。
雨宿り側からの連絡でも問題ありません。
内容もなんでも大丈夫です。様子を窺ってもいいですし、助けを求めても大丈夫です。ハラヘッタもありです。

雨が止むまでメールなり通話なりをしていただいてもいいですし(この場合は雨宿り側に視点が寄る可能性があります)
迎えに行ってもいいし、迎えに来てもいいです。
※ただし、雨宿り側に傘はないので、迎えに行くとずぶ濡れになります。

偶然同じ軒先で雨宿りをして、なんてのも大丈夫です。

雨宿りをしているのが神人さんなのか、精霊さんなのかは明瞭にしていただけますと助かります。

出かけたので、300Jr使ってきました。

ゲームマスターより

内容や判定には関係しませんが、
相合傘とか、雷怖いパートナーの元へ飛んでいくとか、そんな感じを想定しています。
家から迎えに来たのになぜ傘一本しか持ってこなかったのか、とか、突っ込みどころはありますが。

ジャンルにとらわれず、シリアスからコメディまでお待ちしています。
突然の夕立を楽しんでくださいね!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

日向 悠夜(降矢 弓弦)

  雨宿り側

夕立…季節のものだから仕方がないね
えっ弓弦さんからのメール!?
弓弦さんの携帯なんてあってない物だと思っていたけれど…
どうしたんだろう…紫陽花の写真?
「メールなんて珍しいね。
紫陽花の写真素敵だね。弓弦さんが撮ったの?」

弓弦さんからの、メールは貴重だから…ゆっくり待たないと
ふふ、雨宿りも少し楽しくなってきたや
「とっても素敵。
私は今夕立に振られて立往生中だよ。」
弓弦さんのお迎え、かぁ
「大丈夫、もう雨は上がりそうだから。
今から紫陽花を見にお家に遊びに行ってもいい?」
…弓弦さんにはお家で迎えて貰いたいんだよね…ふふ

弓弦さんからの返信を読んだら
軒先から一歩踏み出すよ
美味しいお茶菓子を買わないと!


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  雨宿り側
お弁当の配達帰り、おじいちゃんに頼まれた本を買っての帰り道
本は濡らしたくないと途方に暮れていたら、羽純くんからのメール
…羽純くんて、凄い
何で分かっちゃうんだろ…!
素直に返信で困ってる事を伝えよう

待ってろとの返信
…不謹慎だけど、凄く嬉しい
今日は会えないかなって思ってたから…
やっぱり電話やメールだけじゃなくて、直接会いたい
…私、どんどん贅沢になってる気がする…

羽純くんが傘を差し出してくれた時、あれ?と思う
以前にもこんな事があったような…
口に出すと彼が少し照れた顔で…
あの時の男の人は…羽純くん?
どうして気付かなかったんだろ…彼の声だったと今なら分かる
ずっとお礼を言いたかったの
有難う、羽純くん


レベッカ・ヴェスター(トレイス・エッカート)
  雨宿り側

ついてないわね
強行突破できる雨量でもないし、止むのを待つしかないか…

着信に気づいて出る
もしもし?どうしたの?
今は出先で雨宿り中よ。傘も忘れちゃって立ち往生してるわ
あの、聞こえてる?だから…って切れた
…何の用だったのかしら

止む気配もなく携帯で天気予報調べたりで時間つぶし
声を掛けられ顔を上げ驚き
えっ、なんで?
もしかして、迎えに来てくれたの?
…いや、雨宿りしてるのよ
話のすれ違いっぷりに脱力

傘は一つ、つまり…
いや、あまり考えないようにしましょう
はからずとも迎えにきてくれた形になるんだから我侭言ってられないわ

…とりあえずエッカートさんは携帯買い替え検討してね
状況・無言気まずく何とか小さく呟く


秋野 空(ジュニール カステルブランチ)
  端末に応答
空を引き裂く光と轟音
同時、ふつりと切れ落ちるブレス
思わず漏れた声に呼応する様な精霊の声
…切れてしまいました
電話もブレスも
不安
もう聞こえない声のせいか、手首にないブレスのせいか

今日は七夕なのに…
雨雲の上では織女と牽牛が逢瀬を楽しんでいるのだろうか

別に雷に驚いていた訳ではないが
精霊の声に安堵
…えぇ、ジューンがいますから

七夕飾りや短冊を川に流す地域があって
流すことで厄や穢れを神様に持ち帰ってもらうそうです
立ち止まり、ブレスを見せ
…先ほど、切れてしまいました
いい機会ですから、私も厄や穢れを流して、過去と訣別しようと思います

…今までありがとう、兄様、さようなら
落とせば川面にすぐに沈んで消えた


鬼灯・千翡露(スマラグド)
  【お迎え側】


▼対応
(メールにて)
今帰ってきたけど傘持たずに出ていったね?
届けてあげるから場所教えてくれるかな

……15分くらいかかりそうだね、ちょっと待ってて!


▼合流
はい、持ってきたよ(深緑の無地)
(自分のものは花緑青に白抜きの花柄)
ふふ、どういたしまして

……あー、紫陽花が綺麗だね
雨の中なのも絵になる、翠雨ってやつだ
ちょっと、描いていくから先帰って良いよ
スケッチブックはいつも持ち歩くようにしてるんだ
(美術部、器用に傘を首で支えて自分よりスケブを守ってスケッチ)

ん、晴れた?
わあ、虹も綺麗だ
これも描いて行こう……

あれ、律儀に残ってくれるんだ
はは、帰って良かったのに
何だかんだで優しいね



 秋野 空の携帯端末が着信を告げる。表示を見て、応答する。
『ソラ、大丈夫ですか?』
 着信の主は、ジュニール カステルブランチ。七夕は雨が多いと言うけれど、これは想定外だった。
 突然降りだした豪雨を心配して連絡をしてくれたのだろう。
『今、どこですか?』
「通りの公園の近くで屋根を借り――」
 遠くの空で雷鳴が低く轟く。
 刹那、灰色の空を切り裂く雷鳴が響き、けたたましい音と共に空気を震撼させた。
 同時に、手からはらりと何かが落ちた。
「――あ、……」
『ソラ? ソラ、大丈夫ですか!?』
「……大丈……」
 言いかけた言葉は、無機質な発信音に遮られてしまった。
「……切れてしまいました……」
 電話も。
 革のブレスレットも。
 途端に不安が押し寄せてくる。
 ジュニールの声も聞こえない。外せないままでいたブレスレットもない。
 足元にはらりと落ちた革のブレスレットを拾い上げ、名前のない感情に眉根を寄せる。
(今日は七夕なのに……)
 降りしきる雨空を見上げて、織女と牽牛をふと思う。この雨が、歓喜の催涙雨であることを願いながら。

 *

「ソラ……!」
 公園近くの軒先で空を見付け、急いで声をかけた。
「ジューン……、迎えに来てくれたんですか?」
「雷に怯えているようだったので……大丈夫でしたか」
「えぇ、……ジューンがいますから」
 突然の雨に濡れてしまった空に、自分の羽織を一枚肩から掛けて。
「これではジューンが冷えてしまいます」
「俺は大丈夫です。……取るものもとりあえずだったので、傘も一つしかなくて」
 そういうと、空は小さく笑う。
「……ありがとうございます」
 程なくして雨足が弱まると、一つの傘を広げて帰路へとつく。
 その、途中。空がぽつりと漏らした。
「七夕飾りや短冊を川に流す地域があって」
 帰路の中ほどにある橋の中央で足を止め、水かさを少し増した川を見つめる。
「流すことで厄や穢れを神様に持ち帰ってもらうそうです」
 いつの間にか上がった雨に傘を畳むと、空が手のひらを開いた。
 そこには、ジュニールが外してほしいと切望していた件のブレスレットが、千切れた姿で鎮座していた。
「ソラ……、それは……」
「先ほど、切れてしまいました」
 服に隠れて気付かなかった。いつか、空が外してくれる日を待つと決めて、それでも時折視界の端でちらついた、あの男の幻影。
 もどかしかったが、いざ外れてみると、それはあまりにあっけないものだった。
「いい機会ですから、私も厄や穢れを流して、過去と決別しようと思います」
 穏やかな表情で、けれどしっかりとした意志を持って、空は宣言する。
 長く、空を支えてきた革のブレスレット。
 空を縛り続けた枷。
 そっと、空を抱きしめた。
「ソラ。貴女の勇気に祝福を」
 額にキスを一つ。
 流れる川へと、切れたブレスレットを落とす。

「……今までありがとう、兄様」

 指先から零れ落ちていく。

「――さようなら」

 川面に触れ、沈み、消えた。
 側を行く誰かの虹を呼ぶ声に誘われるように視線を向ける。
 そこに広がっていたのは、晴れ晴れとした青空に架かる、幸福を告げるダブルレインボー。
「綺麗ですね」
 空へと視線を戻して、ジュニールが桜の下で差し出すことをしなかった手を、今度は迷うことなく差し出す。
 ゆっくりと手が重なる。
 ――誰よりも大切な俺のソラ……。今度は俺が貴女を守り、支えて行きます。
 枷が外れた手首に一つ、口付けて。
「ソラの未来が、明るくありますように」
 泣き止んだ雨空の下。
 曇りひとつなく晴れた表情を向ける空に、笑顔の花が咲く。
 ――枷ではなく、絆を結んで貴女を……。
 指を絡ませ、手を繋ぎ、微笑みを交わす喜び。


「ついてないわね」
 レベッカ・ヴェスターは空を仰いでぽつりと漏らした。
 突然の雨に足止めを余儀なくされてしまった。幸い、レベッカはひどくなる前に屋根を借りることができたのだが。
「強行突破できる雨量でもないし、止むのを待つしかないか……」
 傘もなく、多少濡れる程度なら、という域を軽く超える豪雨。遠いが、雷も時々空を揺らしている。
 とは言っても夕立だ。少しすれば雨足も弱まるだろう。
 雨宿りを決め、空模様を窺っていると、不意に携帯が着信を告げる。
(エッカートさん……?)
 着信主を意外に思いながらも、応答する。
「もしもし? どうしたの?」
『ああ、レベッカか? 雨が降り出したから大丈夫かと思ってな』
 突然降り出した雨に、トレイス・エッカートは外出すると言っていたレベッカを思い出したのか、連絡をしてみたらしかった。
「今は出先で雨宿り中よ。傘も忘れちゃって立ち往生してるわ」
『……、……ない……、……』
 もう、ほとんど聞こえないと言うより、雑音に近く、周囲の音にかき消されている。
「あの、聞こえてる? だから……って切れた」
 レベッカの呼び掛けに、トレイスが何か言っていたような気もしたが、返事らしいものは聞き取れなかった。
 通話を終了した携帯電話を眺めながら、レベッカが首を傾げる。
「……何の用だったのかしら」

 *

 トレイスの携帯電話は、使い古された旧型。雷雨に通話を妨げられていた。
 レベッカが状況を伝えていたのだろうが、ほとんどが聞こえなかった。
 ――直接聞くか。
 掛け直したところで同じ末路だ。事前に今日の外出は聞いていたし、見当も大体はつく。
 ならば、直接聞いたほうが早いだろうと、雨の中にレベッカを探す。
 激しい雨に、辺りは白く煙った様相ではあったが、しばらく歩いていると、雨宿りをしている見知った人影を見つけた。
 近づいて、声を掛ける。
「ああ、いたいた」
 携帯電話を使って天気を調べながら時間を潰していたレベッカは、弾かれるように顔を上げる。
「えっ、なんで?」
 トレイスが目の前にいることが、心底不思議だと言わんばかりの疑問符を投げかける。
「いや、先程の通話だが、全然聞こえなくてな」
 携帯をレベッカに見せながら、トレイスが言う。
 この携帯電話は、一体いつのものだろうか。
 だいぶ使い込まれていて、これなら通話も危ういと、レベッカは納得すらしてしまった。
「もしかして、迎えに来てくれたの?」
「何してるんだ?」
「……。……いや、雨宿りしてるのよ」
 マイペースなトレイスと、会話が神業的にすれ違っている。
 レベッカは思わず項垂れた。
「それなら入っていくか?」
 トレイスは、心算があってレベッカを迎えに来たわけではなく、電話では状況が分からないからやってきたのだ。
(……傘はひとつ。つまり……)
 自然と、トレイスがさしてきた傘に入らなくてはならない。
(いや、あまり考えないようにしましょう)
 そのつもりがなかったとはいえ、図らずも迎えに来てくれる形となったのだ。
 我儘は言えない、とレベッカはトレイスの傘を借りることにする。
 だが、ぴたりとくっついて傘に入ることもできず、微妙な隙間が空いてしまっている。
「濡れるぞ」
 トレイスがレベッカの肩を引き寄せると、レベッカは身を強張らせた。
 他意があってやっているのではないだろうが、傘はひとつだと意識したがために、レベッカはさらに緊張してしまった。
 何とも言えない沈黙が漂う。
「……とりあえず、エッカートさんは携帯の買い替えを検討してね」
 辛うじて、小さく呟く。
「ああ、そうだな」
 相槌を打ちながら、レベッカが身を固くした理由にトレイスは首を傾げていた。


 外は、ひどい土砂降りだ。
 鬼灯・千翡露は帰宅したばかりだったが、スマラグドが傘を置いて出かけていることに気付いた。
 携帯電話を手に、スマラグドへメールを送る。

『今帰ってきたけど傘持たずに出て行ったね?
 届けてあげるから場所教えてくれるかな』

 雨宿りをしていたらしいスマラグドから、時間をさほど経ずに返信があった。

『あー、わざわざ来てくれるんだ?
 じゃあ遠慮なく。
 紫陽花の咲いてるところにいるよ』

『……15分くらいかかりそうだね。ちょっと待ってて!』

 いつもの荷物を持って、スマラグドが使っている深緑の無地傘を一つ。
 花緑青色に、白抜きの花柄の傘をさし、雨足はまだ強いままだが、彼がいる場所へと向かう。
 雨の中の15分は普段とは違い、遠く感じるし、景色も変わって見える。
 足元が濡れ始めてだいぶ経った頃、近くに紫陽花の咲く軒先で、スマラグドを見つけた。
「おまたせ。はい、持ってきたよ」
「ん、ありがと」
「ふふ、どういたしまして」
「たまには気が利くじゃん」
 深緑色の傘を受け取りながら、スマラグドがそんなことを言う。
 千翡露は気に留める様子もなく、ぐるりと辺りを見回した。
「さ、帰ろ……」
「あー、紫陽花が綺麗だね」
「って、紫陽花?」
 千翡露の目に留まったのは、近くに咲いていた紫陽花。
 晴れ空の下で見る紫陽花も綺麗だが、雨の中にしっとりと佇むさまもまた美しい。
「それ、今じゃなきゃだめなの?」
 けれど、スマラグドは雨の中で立ち止まることに不快感を示した。
「雨の中なのも絵になる。翠雨ってやつだ」
 広い空で、雷が唸る。
「雷鳴ってるし帰ろうよ」
 そう言ってはみても、静かに咲く紫陽花の姿に、千翡露の感性が刺激されたのだろう。
「ちょっと、描いていくから先帰っていいよ」
「先帰っていいって……描くものなんて持ってるの?」
「うん、スケッチブックはいつも持ち歩くようにしてるんだ」
 千翡露は自分よりもスケッチブックを庇いながら紫陽花の高さに視線を合わせて、さっと線を走らせた。
「……これで風邪でも引かれたら、僕の寝覚めが悪いじゃん」
 ぽそりとスマラグドが呟く。
 文句を言いながらも、千翡露がスケッチを終えるのを大人しく待つ。
 その間に傘に落ちる雨音が聞こえなくなったことに気付くと、様子を窺いながらスマラグドが傘を畳む。
「ん、晴れた?」
 一区切りつくところまで描き切った千翡露が空を見上げ、スマラグドに倣うように傘を畳んだ。
「うん、晴れたね。今度こそ帰ろうよ」
 帰路を促すスマラグドの、その先を見つめて千翡露がぱっと表情を明るくした。
「わあ、虹も綺麗だ。これも描いて行こう……」
「ええ……まだ続けるの? もう帰りたいのに」
 不満を漏らすスマラグドは、やはり千翡露が描き終るのを待つことにする。
「あれ、律儀に残ってくれるんだ。はは、帰ってよかったのに」
「律儀って……」
 眉根を寄せながら、スマラグドは言葉を続けた。
「そりゃあ、一応は相棒なワケだし。アンタ、危機管理なってないから」
「なんだかんだで優しいね」
 千翡露はスマラグドの言葉に笑みを零す。
「……アンタ、よく俺のこと嫌いにならないよね。生意気ばっかり言ってる自覚はあるのに」
 不快感を微塵も表に出さない千翡露に、聞こえないほどの声でぼそりと呟く。
 素直になっていないことは、本人が一番分かっているようで。
 ――たぶん、ちひろは俺より大人なんだろうな。なんだか、悔しい。
 少ししか変わらない差は、この時期の二人には大きな隔たりに感じられて、スマラグドはほんの少し唇を尖らせた。


 カクテルバーの閉店前。
 月成 羽純は買い出しに出かけた帰りに雨に降られた。

 傘がなければ戻るのも難しいか。
 帰りがけに、ついでに傘を買う。さしかけて、ふと桜倉 歌菜の顔が浮かんだ。
 この時間なら、歌菜は配達に出ている時間だろう。雨に会っていなければいいが。
 携帯電話を取り出して、メールを打つ。
 少しして、返ってきた返事は、

『……羽純くん、凄い』

 という素直な文面。頼まれた本を濡らしたくないからと、雨に足止めをされているらしい。
 運よく傘は手元にあるし、それなら迎えに行けばいいかと、場所を聞いて待っているようにメールを返した。
 傘をさして歌菜の待つ場所へと向かう。
 その場所は、初めて歌菜に話しかけた場所だった。
 あの日も雨が降っていて。
 お気に入りの弁当屋はいつにも増して混雑をしていた。
 そんな中、歌菜の元気で明るい笑顔を初めて見た。
 心を晴れやかにする笑顔に迎えられることへの期待に、少し胸が躍っていた。
 けれど、俺の少し前で歌菜が配達に出かけてしまったことを残念に思った。
 老夫婦の営む店だから、よく働く歌菜は本当に、彼らの助けだっただろう。
 買い終わって、帰る途中で折れた傘と格闘している歌菜を見かけた。
 普段なら気にも留めず通り過ぎただろうに、その時はなぜか、声をかけてみた。
 ――折り畳み傘で悪いけど――。
 そんなことを言っただろうか。
 歌菜は、おそらくあの時傘を差し出したのが俺だとは、今も気づいていないだろう。
 あの日の記憶に重なる景色。雨空を見上げて、途方に暮れていた歌菜の姿は、今は確かな存在を待つ姿へと変わってはいたけれど。
「歌菜」
 傘を差し出して声を掛けると、歌菜は一度首を傾げた。
「どうかしたか?」
「……以前にもこんなことがあったような……」
 どきりとした。
 まさか、歌菜があの時のことを覚えているとは思いもしなかった。
「前にも、男の人が傘を貸してくれたことがあって……」
「――俺だよ」
「え?」
「折り畳み傘だろう?」
「……あの時の男の人は……羽純くん?」
 さすがに、少し照れくさい。
 思わず顔を背ける。
「どうして黙ってたの? 教えてくれればよかったのに」
「照れ臭かったからだ」
「でも、私もどうして気付かなかったんだろう。今なら羽純くんの声だったってわかるのに……」
「いいんだよ、そんなこと、分からなくても」
 むしろ、すぐに分かったらそれはそれで恥ずかしい。
「だめだよ。だって、ずっとお礼を言いたかったんだから」
「礼なんて、別に……」
 言われるようなことをしたつもりはまるでない。柄にもないことをしたなとは思ったが。

「ありがとう、羽純くん」

 けれど、最初から歌菜に惹かれていたのだ。それは、ごく当たり前の行動だった。
「……どういたしまして」
 歌菜の額にキスをする。すぐに赤くなる顔は、いつ見ても愛しく思える。
「今日は一緒に帰ろう。傘は生憎、一本しかないけどな」
「うん。ありがとう」
 濡れないように、傍に引き寄せると歌菜がぽつりと言った。
「不謹慎だけど、すごく嬉しかったの」
「うん? 何が?」
「今日は会えないと思ってたから……メールも嬉しかったけど、迎えに来てくれるって言ってくれたことが嬉しかったの」
 歌菜は、おそらく分かっていないんだろうな。
「……私、どんどん贅沢になってる気がする」
「それは贅沢とは言わないだろ」
「どうして?」
「俺も会いたかったから来たんだ」
 俺がどれだけ歌菜のことが好きか、なんて。
「でも、羽純く……」
 さらに言葉を重ねる歌菜の唇をそっと塞いで。
「細かいことはいいんだよ」
 恥ずかしそうに両手で顔を覆って立ち尽くす歌菜が、たまらなく可愛い。


 かれこれ1時間くらい、降矢 弓弦は携帯電話を凝視していた。
「えっと……これを選んで……、ああっ、これじゃない」
 数時間前。
 庭に紫陽花が咲いているのを見付け、嬉しくなったこともあって、普段は触らない携帯電話を手に、近所の子供に写真の撮り方を教わった。
 機械音痴ともいえる弓弦の携帯電話は、必要最低限の機能だけの簡単なものなのだが、それでも四苦八苦していた。
 ――せっかくだから、覚えているうちに悠夜さんにも送りたい……。
 この一心で、弓弦は日向 悠夜にメールを送ろうとしている。
 が。
「よし、と。……あ、ああっ! 文章を書かずに送ってしまった!」
 無情に表示される、送信完了の文字。
 写真を張り付けたあと、一言でも文章を入れようと思っていたのだが。
 慌てて、どうしようかと考えていると、悠夜から返信が来た。

『メールなんて珍しいね。
 紫陽花の写真素敵だね。弓弦さんが撮ったの?』

 普段あまり使わないだけに、返信が来るのは弓弦にとって新鮮だ。
 何より、写真だけでも無事に届いていることが分かってほっとする。
「ええっと……」

 *

 季節柄仕方ないとはいえ、突然の夕立に悠夜の気持ちはやや塞ぎ気味だった。
 雨が上がるまで待つしかないと思っていたところに、珍しい弓弦からのメール。
 あってないようなものだった弓弦の携帯電話が、ようやく使われる日が来たようだ。
 メールを開くと、写真だけ。本文は空白のまま。不慣れなのを知っているだけに、何となく温かい気持ちになる。
 一度返事を送ってから、悠夜の携帯電話はまだ光っていない。
(弓弦さんからのメールは貴重だから……ゆっくり待たないと)
 雨も、弓弦のメールも、辛抱強く待たなくては。
 思って、少しした頃、弓弦からの返信があった。

『はにわにさいたきれい』

 慣れないうちの誤変換や誤植はよくあることだ。
 だが、意味が通ってしまうと思わず笑ってしまうのが誤字というもの。
(庭、かな……。はにわに紫陽花も素敵かもしれないね)
 想像して、悠夜は笑みを零す。

『とっても素敵。
 私は今、夕立に降られて立ち往生中だよ』

 気が重かった雨宿りも、思いがけない弓弦のメールでとても楽しくなった。
 激しい雨も、そろそろ小雨になって直に上がりそうな空模様だ。
 また、しばらくたった頃に弓弦からの返信。

『はむかいにいくまと』

 思わず、どこに、と言いたくなったが、どうにも隣のキーを押してみたり、頑張るあまりキーが反応してこなかったりしているようだ。
 なかなか高度な文面に携帯電話を眺めながら解読する。
(迎えに行く、待ってて――かな。迎えに……か。弓弦さんのお迎え、かぁ)
 それはそれで嬉しくはあったのだが、それよりも弓弦にしてほしいことがあった。

『大丈夫、もう雨は上がりそうだから。
 今から紫陽花を見にお家に遊びに行ってもいい?』

(……弓弦さんにはお家で迎えてもらいたいんだよね)
 いつも色々と気遣って迎えてくれる弓弦を思って、小さく笑む。
 それに、せっかく綺麗に咲いた紫陽花を教えてくれたのだから。

『おちょやえさてる』

 これは、今日一番の難読メールだ。
 弓弦からの返信に少し難航しつつ。
 しばらく眺めて、押し間違えそうな可能性を探ってみる。
(弓弦さんがお茶用意してくれるなら、美味しいお茶菓子を買わないと!)
 何とか読み解いて、雨の上がった空に一歩踏み出す。

 *

「メールはどうももどかしい」
 悠夜を迎えた弓弦は、苦笑い混じりにそんなことを言った。
「勝手に送信されてしまうし」
「ふふ、大丈夫。ちゃんと伝わったよ」
 弓弦が用意した温かいお茶を手に、紫陽花を眺めた。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月23日
出発日 06月30日 00:00
予定納品日 07月10日

参加者

会議室

  • [11]桜倉 歌菜

    2016/06/29-23:58 

  • [10]桜倉 歌菜

    2016/06/29-23:57 

  • [9]秋野 空

    2016/06/29-23:55 

  • [8]秋野 空

    2016/06/29-23:54 

    こんばんは、秋野空です
    改めまして、宜しくお願いします

    それにしても、凄い雨……
    雷は別に怖くないのですが、足元が濡れて不快ですね
    レインシューズを履いてくれば良かったです

  • [7]日向 悠夜

    2016/06/29-22:28 

  • [6]日向 悠夜

    2016/06/29-22:28 

    挨拶遅くなっちゃったね。
    日向 悠夜です。よろしくね。

    急な夕立には困っちゃうよね…。でも、素敵な一日になりますように!

  • レベッカよ。どうぞよろしく。
    雨なんてついてないわね…。早く晴れてくれたらいいのだけど。

  • [4]桜倉 歌菜

    2016/06/29-00:14 

    あらためまして、桜倉歌菜と申します。
    パートナーは羽純くんです。
    皆様、よろしくお願いいたします♪

    それにしても、困った雨ですよね…雨宿りしている間に止んでくれたらいいのですが…

    よい一時となりますように!

  • [3]鬼灯・千翡露

    2016/06/28-17:56 

    ラグ:

    スタンプ持ってないし、野暮ったい挨拶しか出来ないけども。
    まあ、宜しく。

  • [2]桜倉 歌菜

    2016/06/28-00:15 

  • [1]秋野 空

    2016/06/27-10:31 


PAGE TOP