【薫】追憶の芳香(山内ヤト マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 思い出を残す方法は色々ある。

 文字。日記に綴られたあの日の思い。
 映像。セピア色の写真に切り取られた一瞬。
 録音。すぐに消えてしまう歌や声を丁寧に閉じ込めた。

 ならば、芳香は?
 春の日に、雪の下から最初に芽吹いた緑の香り。
 夏の日に、砂浜で水平線の向こうに消える夕日を見送った時の香り。
 秋の日に、散歩道の途中でふいにふわりと漂った金木犀の香り。
 冬の日に、凍える夜明け大切な誰かと寄り添いあった時の香り。
 あなたの記憶の中に、忘れられない思い出の香りはあるだろうか?

 さて、タブロスの裏通りに、とある調香師の店がひっそりと佇んでいた。カエルと遮光瓶にハーブの束をあしらった看板が目印だ。
 店主は、香りの追求にしか興味のない小柄な男性。名前はカー・エル。なんでも「あなたの思い出の香り」を再現すると言っている。
 調香師カー・エルはお客から話を聞き、様々な香りを絶妙に調合して、注文通りの品を作り上げる。完成したアロマオイルのお代は400jr。仕事に集中するために、人数の制限があるようだ。神人か精霊のどちらか片方の注文しか請けられない。
 また、アロマオイルを楽しむために、質素なデザインのアロマポットもついてくる。神人か精霊の自宅で使うか、調香師の店内にある落ち着ける個室が利用できる。

 思い出の香りをアロマポットで焚いたら、二人で追憶の時間にひたることができるだろう。

解説

・必須費用
調合費:400jr
神人か精霊のどちらか一方の思い出の香りを調合します。



・過去エピソードの参照について
「思い出」がキーワードのエピソードなので、希望すれば1つまで過去のリザルトをGMが参照します。
過去のリザルトには描写されていないけれどPCにとっての思い出があれば、それをプランに書いてくださってもOKです。
ただし、ワールドガイドの「自由設定にだせないもの」「自由設定での注意点」に抵触してしまうような思い出は、PL様の希望通りの描写ができない可能性が高いです。

過去エピソードを参照する方式でも、プランで思い出を記載する方式でも、ジャッジは公正を期しておこなわれます。
どちらが有利不利といったことはないので、お好きな方式をお選びください。

ゲームマスターより

山内ヤトです!

寿ゆかりGM主催のフレグランスイベントのエピソードです。
対象のエピソードの納品時に、参加者へ全8種類のうち、ランダムで2つの『香水』がプレゼントされます!
リザルト内で作ったオリジナルのアロマオイルや、オマケのアロマポットはアイテムとして配布されないので、その点はご注意ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  【依頼22】の思い出の香りをお願い

彼の部屋でアロマを

お邪魔します 
楽しいわよ?
男の人の部屋なんて入ったことないもの

瞳を閉じて 香りを楽しむ
浮かんでくる 一面の星空と湖を渡る風

…すごい 時間が戻ったみたい
笛の感想を聞いて頬を染める
ありがとう 
…でもね 今はきっと違う音になると思うの
だってあの時より ずっとずっと
シリウスのこと…(真っ赤になってうつむく)

頬に触れた手に自分の手を重ね柔らかく笑う
大事にしてくれているの 知ってる
だけど私だって シリウスの支えになりたい
だからね 苦しいときは抱え込まないで
どんな時だって 私はあなたの側にいるから

滅多に見ない鮮やかな笑顔に息を飲む
ー大好きよ 誰よりもずっと
歌うように囁いて


篠宮潤(ヒュリアス)
  参照過去履歴no. 9「雨音響かす幸せの傘」

●雨の香りに混じる紫陽花の香り
「後、から…その、ふんわり…花の香りに変化、って…」
出来ますか?と精霊に聞こえないよう恐る恐る調香師さんへ小声で伺い

●店内個室
「嗅いで、みて?」ドキドキ
「…気付い、た?」ニッコリ
あんなに前の事、覚えてたの?と嬉しくなるも
眉下がった精霊見れば慌てて
「ち、違うよ!ヒューリ、その後ちゃんと、話してくれたっ」
あ、れ…なんか、反省…へこんで、る?
珍しい表情を思わず覗き込んで。微笑ましく笑って
「辛かったり、苦い思い出も、新しい楽しい思い出で…上書き出来るよ」
ね?と精霊の頬つまんだ
ほら。もうこの香りは、僕に変な事された記憶の香り、だ


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  神人が香り調合
色々な事が頭を渦巻いて…悩んで、決めました
やっぱりね、羽純くんとの出会いが、私のはじまりだったから…

参照:契約のライラック(エピ34)

私の部屋に羽純くんを招いて、思い出の香りをアロマポットで焚く
…部屋に入って貰うのは初めてじゃないんだけど、緊張

ふわりと薫るのは、桜の香
冬から春に変わるような、私の心境を表してる香り
羽純くんに出会って、恋した時から、凍て付いていた私の時間が動き始めた
誰にも言えなかった孤独を、彼には正直に言えて…
今も、彼が隣に居てくれる事が本当に幸せで
甘く温かな香りは…彼に今も抱き続ける私の恋心
上手く口には出せないけど…

「この香りはね、羽純くんとの出会いの思い出なの」


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  思い出は、先日行った闇のクリスマス市です。
(エピ73『クランプスの秘密市』を参照で)

ハーブティが美味しかったのと魔女さんの作ったお菓子が美味しかったんです。
それと、フェルンさんのレモネード貰った時に…あの…その…(もじもじ、そわそわ。顔真っ赤)
ミントはとても爽やかでした。

アロマはフェルンさんの勧め通り店内個室で試します。
思い出が蘇ってドキドキします。
頬もまた赤くなってる。
でもあの時嬉しかったんです。
ふんわり幸せなその思い出に身を任せて、目を伏せたら。

…!

我に返ってフェルンさんを見上げたら、素敵な微笑みを見せてくれました。
そっと彼に寄り添います。
だって。びっくりしたけど、とても嬉しくて。幸せ。


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  ☆心情
シュトルツさんはいつ何をしてくるか分からないもの
私が見張っていなくちゃ

☆宿屋、エリオスの部屋を覗き見る
ごめんなさい
貴方に聞きたいことがあるんです、部屋入ってもいいですか?

(漂ってきた香りに自分の思い出ではない筈なのに懐かしさを感じる)
夏の暑い日差し、セミの鳴き声
どこまでも広がる青空に澄んだ山の空気
畑の土の香りとせっせと働く人たちの声
(あ、あれ?
何で私泣きそうになってるんだろ
そうか、この感じ…私の故郷に似てるんだ)

親友…シュトルツさんにもお友達いるん・・っ、ご、ごめんなさい!
(普段の彼とは思えない悲しげな眼差しに困惑)そんな目ができるのならどうして貴方は自分の息子を苦しめ(言葉を呑み込む)


●雨後の紫陽花
「はて……思い出の香りとやらを作製頂ける場所のようだが……」
 『ヒュリアス』は、店内にずらりと並んだ遮光瓶やハーブの束を見物して回っている。
「ウルは何かあるのだろうかね」
 自分にはサッパリだ、とヒュリアスは少し離れた場所で時間を潰すことにした。カウンターの方に時折視線を向けて、静かに見守っているといった感じだ。
 カウンターでは、『篠宮潤』が調香師のカー・エルに再現したい香りの説明をしていた。
「後、から……その、ふんわり……花の香りに変化、って……」
 ヒュリアスに聞こえないように、潤の声は一段と小さくなっている。
「……出来ますか?」
 恐る恐ると小声で、けれど深い思いを込めて店主に尋ねる。
 ヒュリアスからは見えない位置で、店主は表情を変えずバッチリ任せての仕草を潤にして見せた。

 潤とヒュリアスは、店内の個室へ向かう。
 完成したアロマオイルを潤がアロマポットにセットする。それは、思い出そのものを扱うような丁寧な手つきだった。
「嗅いで、みて?」
 ヒュリアスがどんな反応をするのか、ドキドキしながらそう促した。
 ふわりと漂う芳香を吸い込む。ヒュリアスは首を傾げながら。
「何故わざわざ雨の匂いなぞ……、……これは、微かに花の香り、か……?」
 彼はしばし考える。
 この店の謳い文句は、思い出の香りの再現。雨と紫陽花。ヒュリアスには、心当たりのある思い出があった。
「……梅雨の、紫陽花を見た時の思い出かね?」
 その答えに、潤は満足そうな笑顔をニッコリと浮かべる。
「……気付い、た?」
 あんなに前のことを覚えていてくれたのかと、なんだか嬉しくなる潤だが……。
「……?」
 当のヒュリアスの表情が、なんだか暗澹としていることに気づく。
(忘れられるはずはない……)
 ヒュリアスの心に、思い出の場面が勝手に浮き上がる。
(これは、ウルに伝えなければならなかったことを、言えず秘めてしまった香り)
 後悔の気持ちで、つい俯きがちになる。眉をやや下げた表情で、ヒュリアスは潤への謝罪を口にする。
「……あの時はすまなかった」
 狼の耳も、くたっと力なく垂れている。
 潤は別にヒュリアスに謝ってほしいわけではなかった。すっかり慌てながらも、一生懸命に彼を励ます。
「ち、違うよ! ヒューリ、その後ちゃんと、話してくれたっ」
「……」
 そう言っても、ヒュリアスは急に元気になったりはしなかった。
(あ、れ……なんか、反省……へこんで、る?)
 潤は心配するように、ヒュリアスの顔を覗き込んだ。
 そこで見たヒュリアスの表情がなんだか微笑ましくて。
「……ふふっ」
 思わず潤は笑ってしまった。
「ねえ……、ヒューリ」
 優しい声で、語りかける。
「辛かったり、苦い思い出も、新しい楽しい思い出で……上書き出来るよ」
 そっと手を伸ばして。
「ね?」
 そう言うと同時に、潤はヒュリアスの頬をむにっとつまんだ。
「!?」
 ヒュリアスはかなり面食らったようだ。実は、誰かからこんな風に頬をつままれたのは、彼の人生で初めてのことだった。
「なんだね、ウル? どうして急にこんな……変な事をするのかね?」
 驚いて戸惑うヒュリアス。
 そんな彼に、潤は優しさとほんの少しのイタズラ心の混ざった声で伝える。
「ほら。もうこの香りは、僕に変な事された記憶の香り、だ」
 しっとりとうるおった紫陽花のアロマオイルが、静かに香り立っている。
 辛かったり苦い思い出も、新しい楽しい思い出で上書き出来る。潤は自分の言葉を実践してみせたのだ。
「……」
 ヒュリアスは、たった今感じた体温に触れるよう、そっと己の頬に触れる。
 そして彼は思うのだ。
(いつから……ウルはあのように強い瞳をするようになったのだろうか……)


●はじまりの桜
 どんな香りにしようかと『桜倉 歌菜』はずいぶん真剣に悩んだようだ。
「歌菜の思い出の香り。どんな香りなのか……」
 注文を決める彼女の横顔を『月成 羽純』はそっと見つめていた。
 歌菜の頭の中では、色んなことが渦巻いていたけれど。
 やがて歌菜は何かを決意したような表情で顔を上げて、調香師のいるカウンターへと迷いのない足取りで近づいていった。

 アロマオイルが出来上がり、歌菜は自分の部屋に羽純を招いた。
(……部屋に入って貰うのは初めてじゃないんだけど、緊張)
 少し落ち着かない気持ちで、歌菜はアロマポットで思い出の香りを焚く。
 ふわりと広がる優しい桜の香り。
(悩んだけど……。やっぱりね、羽純くんとの出会いが、私のはじまりだったから……)
 羽純は桜の香りに顔をほころばせた。
 桜の甘い香りがメインだが、その中に混じって芯の強い若葉の爽やかさがある。そして散りゆく花の儚さを香りの余韻で表現している。
 これが歌菜が注文した思い出の香り。
 優しく薫る桜はまさに歌菜そのものだと、羽純は思った。
 冬から春に変わるような、そんな桜の香りに調合してほしいと、歌菜は調香師に頼んでいた。自分の心境を表現するために。
「……」
 歌菜は羽純の顔にゆるやかに視線を向ける。
(羽純くんに出会って、恋した時から、凍て付いていた私の時間が動き始めた)
 桜の心地良い芳香。羽純は香りを楽しみながらリラックスしている様子だ。
(誰にも言えなかった孤独を、彼には正直に言えて……今も、彼が隣に居てくれる事が本当に幸せで)
 羽純への強い思いに、歌菜の心臓がきゅっと切なくなる。
 部屋に漂っているこの甘くて温かな香りは……。
(……彼に今も抱き続ける私の恋心。上手く口には出せないけど……)
 しばらくして、歌菜が話を切り出した。
「この香りはね、羽純くんとの出会いの思い出なの」
「俺との出会いの思い出?」
 羽純はすぐに思い出した。

 二人が神人と精霊として出会い、ウィンクルムの契約を交わした日。

 歌菜と羽純、どちらにとっても、あの日の出会いは印象的なものだった。
 携帯電話で連絡をしていた羽純の声がとてもクリアで。あの時の綺麗な声は今も歌菜の耳に残っている。
 羽純は羽純で驚いていた。歌菜の顔に、見覚えがあったからだ。よく利用する弁当屋の孫娘。向こうは羽純のことを知らないはずだが、彼女が明るく働いている場面を見かけたことがある。
「歌菜と契約した時、俺は歌菜となら、上手くやっていけそうだと思った」
 あの日、緊張に震えて、頬を染めながら微笑んだ歌菜。
 自己紹介で噛んでしまった、ちょっぴりドジなところも可愛らしい。
 歌菜はおずおずと手を伸ばして、握手をした。
 そして、羽純は跪いて歌菜の手の紋章にキスを。
「その理由、最初は深く考えないようにしていたんだが……」
 けれど歌菜と共に、時にオーガと戦い、時に休暇を一緒に過ごすうちに、だんだんとその理由がはっきりとわかってきた。
(何故なら……きっと、あの時から、俺が歌菜を好きになる事は決まっていたから)
 アロマポットに視線を向けて、穏やかな声で羽純が言う。
「俺にとって、この香りは……歌菜の香り、だな」
 それから優しさと強さを感じる眼差しで、歌菜を見る。
「あの時、歌菜と共に戦う、歌菜を守ると決めた」
「羽純くん……」
 凛とした顔。スッとした姿勢。澄み渡る美声。そこにいる精霊は、歌菜だけの王子様。
「あらためて今、誓う」
 最初の契約のように、羽純は跪き歌菜の手をとった。
「歌菜と共に生きていく。歌菜を……幸せにする」
 赤い紋章が浮かぶ手の甲に、羽純はそっと口づけた。
 二人のはじまりに感謝を。そしてこれからも一緒に。そんな思いを込めて。


●一面の星空と湖を渡る風
「お邪魔します」
 そう言って、『リチェルカーレ』は飾り気のないシンプルな部屋に入る。ここは『シリウス』の家だ。必要最低限のものしか置かれていない。
 すでに思い出のアロマオイルは完成していて、店の刻印が押された紙製の小さなバッグの中、アロマポットと一緒に梱包されていた。
 生活感のないシリウスの部屋だったが、リチェルカーレは楽しげな視線であれこれ見渡している。
 小さいため息と共に、シリウスが一言。
「……別に面白いものはないだろう」
「楽しいわよ? 男の人の部屋なんて入ったことないもの」
 その返事に、シリウスの動きと思考と表情が一瞬止まる。
「?」
 リチェルカーレは無邪気な目をしている。
「はあ……」
 シリウスは、さっきよりも大きなため息をつくことになった。

 アロマポットで香りを焚く。
 リチェルカーレは瞳を閉じて。
 シリウスは目をすがめて。
「……すごい」
 香りに身をゆだねれば、自然と浮かんでくるあの情景。
 不思議な月世界ルーメンでの出来事。空を飛ぶ銀の魚。風に揺れるススキの穂。湖面に立つさざなみ。一面の星空と湖を渡る風。
 二人で向かい合って、想いを込めて笛を奏でた。
「時間が戻ったみたい」
 シリウスは、あの時の楽しそうなリチェルカーレの瞳の輝きを思い出していた。キラキラと光る、青と碧の瞳。
「ねえ、シリウス。あの時の笛はどうだった? 感想を聞きたいの」
 音色を回想して、シリウスは穏やかな顔で目を伏せる。
「嬉しそうに笛を吹いていたな。……綺麗な音だった」
「ありがとう」
 リチェルカーレが頬を染める。彼女の色白の肌だと、顔が赤いのがすぐにわかってしまう。
「……でもね。今はきっと違う音になると思うの」
 緊張しているのか、リチェルカーレはぎゅっと手を握りしめ、自分の服にくしゃりとシワを作った。
「だってあの時より、ずっとずっとシリウスのこと……」
 そこまで言って、真っ赤になって顔を伏せてしまう。
 一瞬だけ、うつむいていた顔を上げシリウスのことを見つめ、声にならない思いを唇の動きだけで伝えた。
「リチェ……!」
 シリウスが目を見開く。唇の動きと赤面した彼女の表情で、意味は読み取れた。声はなかったけれど、彼女は間違いなくこう言っていた。

 大好きだから、と。

 シリウスは、そっと彼女の頬に手を伸ばした。
「……A.R.O.A.と契約した時から神人は守る対象だった。だけど今は違う」
 神人だから。ウィンクルムだから。そう決められているから。
 ……ではなくて。
「お前だから護りたい」
「大事にしてくれているの、知ってる」
 リチェルカーレはシリウスの手に自分の手を重ね合わせて、柔らかく笑う。
「だけど私だってシリウスの支えになりたい。だからね、苦しいときは抱え込まないで」
 重ねた手に軽く力を込めて、リチェルカーレはこう言った。
「どんな時だって私はあなたの側にいるから」
「……」
 重ねられた手の暖かさに、リチェルカーレの言葉に。シリウスは、あふれるほどの想いを感じ取った。
 普段の彼はクールで無口。端正な顔立ちだが、どことなく不機嫌そうにも見える無表情。
 そんなシリウスが、無意識に笑っていたのだ。
「! ……シリウス」
 パートナーのリチェルカーレでさえ、滅多に見ないその鮮やかな笑顔に、思わず息を飲んだ。
 ぎゅっと強く、シリウスはリチェルカーレの細身の体を腕の中に抱きしめる。
「……お前が好きだ」
 リチェルカーレは、歌うように囁いて。
「――大好きよ。誰よりもずっと」
 ルーメンで使った笛は今は手元にないけれど、笛の音の代わりに互いの声で想いを伝え合う。
 思い出の香りが、抱きしめ合う二人を優しく包み込んでいた。


●郷愁の盛夏
 『エリオス・シュトルツ』は宿屋の部屋で、一人静かな時間を過ごしていた。タブロスの裏通りにある店で注文した特別なアロマオイル。これから、その香りを楽しもうとしていたところだ。
 誰かが部屋の中を覗き込んでいることにエリオスは勘付いた。
(自分の部屋で一人香りを楽しみたかったのだが、どうやら猫が迷い込んだようだ)
 見張るような『ミサ・フルール』の視線。
(シュトルツさんはいつ何をしてくるか分からないもの。私が見張っていなくちゃ)
 二人はウィンクルムとして適合しているのだが、ミサとエリオスの関係は穏やかなものではない。ピリピリとした緊張感が張り詰めている。
(いい機会だ、あの娘と話がしてみたい)
 エリオスはミサのいる方へ眼差しを向けて、酷薄な口ぶりで話しかけた。
「人の部屋を勝手に盗み見ていいとお前は親からそう習ったのか」
「っ……!」
「いずれシュトルツへと嫁ぐ気でいるのなら礼儀は守ってもらいたいものだが」
 部屋を覗いているのに気づかれていたことと、鋭い言葉を浴びせられたことで、ミサはわずかに怯んだ。しかし彼女はエリオスから逃げず、会話の道を選択した。
「ごめんなさい。貴方に聞きたいことがあるんです、部屋入ってもいいですか?」
「……ああ、どうぞ」
 エリオスはミサを室内に招いた。表面だけは優しく見えるその顔に、微笑みを浮かべながら。
「……あ」
 アロマポットから漂っていた芳香に、ミサは思わず声をもらしていた。自分の思い出ではないはずなのに、懐かしさを感じる香り。
「いい香りだろう?」
 ミサは少しだけ警戒を解いて、エリオスの言葉にコクリと頷く。
 それは体に刻まれた、夏の情景を想起させる香りだった。
 夏の日差しとセミの鳴き声。
 どこまでも広がる青空。澄んだ山の空気。
 ずっと嗅いでいると、畑で野良仕事に精を出す人々の声が聞こえてくるような……。
(あ、あれ? 何で私泣きそうになってるんだろ)
 自然と込み上げてくる感傷に、ミサは混乱した。少し考えて、その理由に思い当たる。
(そうか、この感じ……私の故郷に似てるんだ)
 エリオスが口を開いた。
「これはかつて俺の親友だった男の故郷の香りなんだ」
 アロマオイルが少し残った遮光瓶を指先でなぞりながら、エリオスが話す。
「一度だけ同行したことがあるのだがその時の思い出を再現してもらった」
「親友……シュトルツさんにもお友達いるん……」
 そこまで言いかけて、ミサはハッと自分の口を手で抑える。
「……っ、ご、ごめんなさい!」
「正直すぎるのも問題だな」
 エリオスの性格は、計算高いを通り越して冷酷非道という表現ができるほどひどい。
「……いたよ、俺にも1人だけ」
 どこか遠い目をして、エリオスがポツリと過去を語る。
「この男になら背中を預けてもいいと思える友がいた」
 普段のエリオスとは思えないような、悲しげな目をしている。
「……そう思っていたのは俺だけだったが」
 悲哀を帯びた彼の眼差しに、ミサは困惑してしまった。
「そんな目ができるのならどうして貴方は自分の息子を苦しめ……っ」
 その言葉は途中で飲み込まれた。
「貴様に俺の何が分かる!!!」
 激しい怒りの声。エリオスの赤い目に、ギラリと鋭い光が宿る。
「……」
 ハッと我に返り、エリオスは先ほど見せた激しい感情を消し去る。ミサから目を背けて、ドアの方を手で指し示す。
「今日はもう帰れ」
 ミサとエリオスの間には、まだ解決すべき問題が残っているが、ここで喰い下がっても話がこじれるだけだ。そう判断して、ミサは大人しく退くことにする。
 立ち去るミサの背中に、エリオスはこんな忠告の一言を投げかける。
「それと男の部屋に易々と入るものじゃない」


●ミント入りレモネード
 『フェルン・ミュラー』は注文には人数制限があると聞いて、快く『瀬谷 瑞希』にその機会を譲った。
「ミズキの思い出を香りにするのが良いね」
 フェルンらしい紳士的な対応だったが、同時に彼女がどの出来事を一番印象深く感じているのかリサーチする意図もあった。
 調香師はカウンターで、調合に必要な内容のメモをとる。
「そうですね。思い出は、先日行った闇のクリスマス市です」
 瑞希が振り返りたい思い出。それは、闇の妖精たちの怪しげなクリスマス市での出来事だ。
 フェルンが笑みを見せる。
「デートを選んでくれたのはとても嬉しいよ」
「ハーブティが美味しかったのと魔女さんの作ったお菓子が美味しかったんです。それと、フェルンさんのレモネード貰った時に……あの……その……」
 瑞希は顔を真っ赤にして、もじもじしている。市場でレモネードを飲んだ時に、ごく自然な流れで二人は間接キスをしていたのだ。
(あの間接キスがそんなに印象深かっただなんて)
 間接キスを思い出しただけでドキドキと恥じらう可憐な瑞希に、フェルンは心を奪われる。
「微笑ましいな」
「ミントはとても爽やかでした」
「ミズキに貰ったミルクティーはカモミールの甘い香りがしたね」
 飲物にはハーブがブレンドされていた。
「お菓子も甘くて美味しかったね」
 調香師はそんな会話をまとめて、瑞希の思い出を再現するアロマオイルを制作した。

「作ってもらったアロマはここの個室で試してみようか」
 フェルンの勧めに素直に従い、瑞希は店内の個室へと移動する。
 さっそくアロマポットで香りを焚いた。
 最初は冬の森を思わせるだけだったが、じょじょに様々な香りがハッキリしてくる。やがて種々の香りが混ざり合い、市場のように賑やかになった。
 その中でも特に、瑞希の思い出の要となる、ミント入りのレモネードの香りは丁寧に再現されていた。
 フェルンが囁く。
「あの時はミズキの可愛い姿が見られて嬉しかったよ。その後で名前を読んでくれるようになった事も嬉しいし」
 甘い回想でドキドキしていたところに、フェルンから優しく話しかけられて、瑞希の頬がまた赤くなる。
「私も……あの時嬉しかったんです」
 可愛らしい瑞希の態度。そうして恥じらっている様子が愛おしいと、フェルンは感じる。
(より君と親密になりたい……)
 そんな願いがふと顔を出す。
(抱き寄せて、口づけしたい)
 ……だが、急に沸き起こったその衝動は、フェルンの心の中だけで封印された。偶然の間接キスと比べて、相手を抱きしめていきなりキスをするというのは行動の難易度が高い。
 そんなフェルンの葛藤を知る由もなく、瑞希はふんわりと幸せな思い出に身を任せて、目を伏せていた。
「……」
 キスをするのは断念したが、瑞希ともっと親しくなりたい、というフェルンの思いまでもが消えてしまったわけではない。
 目を伏せている瑞希に、フェルンはそっと近づいて……。
「……!」
 びっくりした瑞希が目を開ける。パチクリとその目を瞬かせる。
 唇を指先で軽くタッチされた。瑞希の唇には、まだフェルンの指の感触が残っている。
「な、何をするんですか? フェルンさん」
「驚いた?」
 そうイタズラっぽく微笑んだ後で、フェルンはちょっと残念そうに肩をすくめて付け足した。
「本当はもっとミズキを驚かせたかったんだけどね」
 フェルンの声には諦念よりも、さらに魅力的な男になりたいという熱意が滲んでいた。
 瑞希との距離を詰めて座り直す。
「……もう。いったい何をするつもりだったんですか」
 そう言いながら、瑞希の方もフェルンに近づいた。ぴったりとくっつく。
 レモネードの香りに包まれながら、そっと二人で寄り添って過ごした。



依頼結果:成功
MVP
名前:リチェルカーレ
呼び名:リチェ
  名前:シリウス
呼び名:シリウス

 

名前:桜倉 歌菜
呼び名:歌菜
  名前:月成 羽純
呼び名:羽純くん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 山内ヤト
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月11日
出発日 01月17日 00:00
予定納品日 01月27日

参加者

会議室

  • [12]リチェルカーレ

    2016/01/16-23:59 

  • [11]桜倉 歌菜

    2016/01/16-23:56 

  • [10]桜倉 歌菜

    2016/01/16-23:56 

  • [9]ミサ・フルール

    2016/01/16-23:36 

  • [8]ミサ・フルール

    2016/01/16-23:36 

    エリオス:
    エリオス・シュトルツ、エミリオの父親だ。
    俺は1人で香りを楽しみたかったのだが・・・どうやら猫が迷いこんだようだ(目を細め)
    この機会にあの娘とゆっくり話がしてみたいと思っているよ。

  • [7]瀬谷 瑞希

    2016/01/16-22:58 

    こんばんは、瀬谷瑞希です。
    パートナーはファータのフェルンさんです。
    皆さま、よろしくお願いいたします。

    どんな香りになるのかわくわくしますね。
    よいひと時をすごせますように。

  • [6]リチェルカーレ

    2016/01/15-19:32 

  • [5]リチェルカーレ

    2016/01/15-19:31 

    リチェルカーレです。パートナーはマキナのシリウス。
    ほんとだ、見知った方ばかりですね。嬉しいです(へにゃりの笑って)。

    ご一緒できなさそうなのは残念ですが、どんな香りになるのか楽しみです。
    皆さんにとってすてきなひとときになりますように。

  • [4]篠宮潤

    2016/01/15-18:34 

  • [3]篠宮潤

    2016/01/15-18:34 

    篠宮潤(しのみや うる)と、パートナーのヒュリアス、だよ。
    お久し振り、な方ばかり、かな?(照れくさそうにコンニチハと片手ひらり)

    僕自身、の、思い出の香りも楽しみだけ、ど、
    みんなの思い出、も、どんな香りなのか気になったり…
    (ご一緒出来なそうなのが残念、なんてポショリ)

  • [2]桜倉 歌菜

    2016/01/15-00:26 

  • [1]桜倉 歌菜

    2016/01/15-00:26 

    桜倉歌菜と申します。
    パートナーは羽純くんです。
    皆様、宜しくお願い致します!

    思い出の香り…一体、どんな風に薫るんでしょうか。
    ドキドキしますねっ。

    素敵な一時になりますように!


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