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【ラストフェスティバルイベント】
―― 究極 の 愛 の 舞台 ――

リザルトノベル【女性側】VS 旧神イシス:【交戦】

VS 旧神イシス:【交戦】

VS 旧神イシス:【交戦】 メンバー一覧

神人:かのん
精霊:天藍
神人:アリシエンテ
精霊:エスト
神人:桜倉 歌菜
精霊:月成 羽純
神人:出石 香奈
精霊:レムレース・エーヴィヒカイト
神人:零鈴
精霊:ゼロイム
神人:スティレッタ・オンブラ
精霊:バルダー・アーテル
神人:リチェルカーレ
精霊:シリウス
神人:シルキア・スー
精霊:クラウス
神人:月野 輝
精霊:アルベルト

VS 旧神イシス:【援護】 メンバー一覧

神人:リーア・スフィア
精霊:フーレイ・ヴァレム
神人:ニーナ・ルアルディ
精霊:グレン・カーヴェル
神人:アイリス・ケリー
精霊:ラルク・ラエビガータ
神人:七草・シエテ・イルゴ
精霊:翡翠・フェイツィ
神人:ロア・ディヒラー
精霊:クレドリック
神人:ひろの
精霊:ルシエロ=ザガン
神人:日向 悠夜
精霊:降矢 弓弦
神人:アラノア
精霊:ガルヴァン・ヴァールンガルド

VS グノーシス・ヤルダバオート メンバー一覧

神人:ユラ
精霊:ルーク
神人:八神 伊万里
精霊:アスカ・ベルウィレッジ
神人:アメリア・ジョーンズ
精霊:ユークレース
神人:アデリア・ルーツ
精霊:シギ
神人:井垣 スミ
精霊:雨池颯太
神人:真衣
精霊:ベルンハルト
神人:篠宮潤
精霊:ヒュリアス
神人:豊村 刹那
精霊:逆月
神人:マーベリィ・ハートベル
精霊:ユリシアン・クロスタッド

リザルトノベル


●VSグノーシス・ヤルダバオート 戦いの前に

 ぶつかり合ったギルティたちの力は、ウィンクルムが立つ大地を、焦土と変えていた。
 焼けた土地は黒々とえぐれ、ごつごつとした岩が転がっている。
「この争いを放っておけば、どうなるか、わからない……」
 誰かの呟きに、ウィンクルム達はこぶしを握り締めた。
 ギルティが睨みあっている間に、戦いの準備を整えなくてはならない。

 ※

 八神 伊万里は、アスカ・ベルウィレッジに向かい背筋を伸ばした。
 自分と、アスカと蒼龍。三人の関係には、まだ答えは出せていない。
(こんな曖昧なまま、終わりたくない)
 自分がどんな答えを導きだすのか。
 アスカと蒼龍がそれを受け入れてくれるのか。
 わからない。わからないからこそ、もう少し、時間が欲しい。
 そのためにも、今は戦って、勝たなくてはならない。
 意を決し、伊万里はインスパイアスペルを口にした。
「運命を切り拓く」


 アデリア・ルーツの実家は、タブロス郊外で農家をしている。
 もし、ギルティの争う場所がもう少しずれていたら、家も命も、なくなっていたはずだ。
(そうならなくて良かった……けど)
 このまま戦いが続けば、今後どうなるかはわからない。
 愛情を込めて育てた農作物も、そうだ、将来有望なシギの未来だって。
「そんなの、絶対に嫌!」
 思わずそう口にして。
 驚いたらしいシギを見上げて、アデリアは、インスパイアスペルを唱えた。
「時を刻む」


 マーベリィ・ハートベルは、緊張した面持ちで、ユリシアン・クロスタッドを見上げた。
 ユリシアンは、これが最後の戦いと知っていても、いつもと同じ穏やかさ。
 だがマーベリィはそうはいかない。
(ああ、私、ユリアン様のお邪魔にならないかしら)
 ユリシアンは、そんな彼女の手を、静かにとった。
「マリィ、安心して。ぼくがいる」
 これだけで、マーベリィの心はほぐれ、この言葉を言うのが不安ではなくなった。
「花の真心を尽くします」


 真衣の前に、ベルンハルトは膝を曲げた。
「真衣、いいかな」
「ええ、もちろんよ」
 求められていることは、理解している。
 大きな戦いは、これまでよりもずっと大変なことがあるだろうけど。
 優しい、大好きなハルトを信じて。
「ハルト、がんばってね」
 真衣は大きな声で、インスパイアスペルを唱えた。


「おれが、ひーばーちゃんを守るからね」
「はいはい、無理はしないで頂戴ね」
 井垣 スミは、雨池颯太に微笑みかけた。
 この子の成長を見守るためには、戦って、未来を守らなくてはいけない。
(ええ、戦うのはこれ限り。だから、ちょっとは無理をするのを許して頂戴ね)
 いつも心配をかけている、孫娘夫婦や親せきに、内心ちょっと言い訳をして。
 スミは、決意と共に、口を開いた。
「一念岩をも徹す」


「どうして男って、こうもムカつく奴ばかりなのかしら」
「まあまあ、そのムカつく奴を殴る協力をしますから」
 にこりと微笑むユークレースに、アメリア・ジョーンズは視線を向ける。
 これまで、男に振られたこと多数。
 でも。
(ユークは、他の人とは違うわ……)
 そんな彼だから、アメリアは一緒にいられるのだ。
 信頼する彼の目を見て、紡ぐ言葉は。
「さぁ、マジックショーの始まりです。」


(ヒューリ……怒ってる、みたいだ……)
 篠宮潤は、黙ったまま、ヒュリアスを見やった。
(どうしたんだろう……)
 もともと饒舌とは言えない彼は、考えていることのすべてを語るわけではない。
 とはいえ、潤も似たような感じなので、それを追求することはできなかった。
 だからこそ、潤の胸の内で、心配が大きくなっている。
 それでも彼女は、この言葉を口にした。
「バイス・エル」


「ボッカと一緒に、戦うことになるとは思わなかったな」
「ギルティが味方になったからと言って、油断は禁物だ」
 逆月の言葉に、豊村 刹那は頷いた。
 彼とは、来世の約束もした仲である。
 でも当然、生きていくのは今生の世。今日から続く明日であり、未来だ。
 それを守り、自分たちのものにするためにも。
「打ち払う」
 インスパイアスペルを唱え、刹那は逆月を見やる。


 トランスの後も、ユラは、ルークを見上げていた。
 望んだ顕現ではなかったし、最初はパートナーとしての関係も良いものではなかった。
 今は、ルークと対等な関係を築いていると思うけれど。
(でもまだゴールじゃない。これから、もっともっと楽しいことがあるはずなんだから)
 日頃はマイペースなユラではあるが、今は、その日を信じ、全力を尽くしたい。
 だから、この言葉を唱える。
「最善を尽くせ」


 神人が、精霊の頬にキスをして。
 さらには神人が、精霊の手の甲に、唇を落として。
 あるいは精霊が、神人の頬に口づけて。
 それぞれの準備は完成だ。


●イヌティリ・ボッカとの共闘

「あなたの単純な攻撃など、あたりませんよ」
 グノーシス・ヤルダバオートは、能面のような顔で、唇だけを歪めて言った。
 イヌティリ・ボッカが、大きく舌打ちをする。
 ――めんどくさい。その表情を言葉にするなら、これが一番適格と言えよう。

(このままじゃ、ボッカのやる気がなくなっちゃう!)
 ユラは咄嗟に彼に駆け寄ると、長身のギルティを見上げた。
「これが最後だと思うから伝えます。ずっとファンでした! 握手してください!」
 勢いよく両手を伸ばして、ボッカの手をぎゅっと握る。
 その隣に、走り寄ってきた伊万里が立った。
「ボッカ、いいえ、ボッカさん! あなたが戦うというなら協力して……いえ、ぜひ協力させてください!」
 二人の少し後ろでは、潤がこくこくと首を縦に振っている。
「そっか? そんなに言うなら仕方ねえなあ」
 ボッカはにやにやと笑った顔を引き締め、グノーシスを見やった。
「くだらない茶番は終わりましたか。そんな男に頭を下げるなんて、ウィンクルムも落ちたものですね」
 こちらを馬鹿に仕切った言葉に、武器に手をやっていたアスカの顔が歪む。
 だがそんな彼を制するように、伊万里が腕を伸ばした。
「さすがボッカさん! 雑魚は我々に任せて、狙うは大将の首、ただ一つです!」
 言えばアスカも、伊万里に倣って口を開く。
「ムカつくけど、利用できるものは利よ……何でもないです! やっちゃってください、ボッカさん!」
 さらにはマーベリィが、ボッカに丁寧な一礼をした。
 仲間が語ったから、言葉は口にしない。が、この礼に、願いのすべてを込めたつもりだ。

 ボッカはくっと喉を鳴らした。
「……ああ、そうだな。俺様がコイツの首を奪えばいい」
 すっかりやる気になったらしいボッカが、グノーシスを指し示す。
 ――直後。
 グノーシスは、地を蹴った。
「逃げるかっ!」
「まさか」
「逃げてるじゃねえかっ!」
 アスカは両手剣『セレシウス・ダイヤ』を引き抜くと、ギルティの着地点に向けて、刃を振り下ろした。
『絶望のオーラ』をまとったままのグノーシスに、攻撃が通用しないのはわかっている。だから、けん制だ。
「っと、案外先を読むんですね、あなた」
 跳びながら半身をひねったグノーシスが、アスカのすぐ隣に着地する。そこに、両手鈍器『翡翠のトンファー』を持ったルークが飛び込んだ。
「お前の相手は、こっちにもいるぜ」
 ルークは素早く、グノーシスに向かって武器を突きだした。
 正直に言えば、あのボッカと共闘するというのは、変な気分だ。彼にはウィンクルムは、ずいぶん痛い思いもしている。
(だが勝つには、アイツの力が必要だからな。せいぜい倒れないように守ってやるさ)

 その間に、ヒュリアスは自らの防具に、吸血バラを咲かせていた。万が一のことがあれば、これで潤を守るつもりだ。
 ヒュリアスは、このグノーシスとの戦いを、イシスとジェンマが生み出した現状を、良しとしていない。
(自らの愛ゆえに多くの人を巻き込んだ身勝手な神を、どうしろというのか)

 グノーシスは当然のように、アスカとルークの攻撃を、ひらりと避けた。
 が、前方に彼らがいたからだろう。シギが遠方から放った手裏剣『サクリティ』には、気づくことができなかった。
 ――とはいえ、鋭利な刃は、彼の身を守るオーラが弾き飛ばしたのだが。
 ただ、煌めき飛ぶ手裏剣に、ルークのトンファーに、アスカの大剣に、グノーシスは明らかに苛立ちを感じているようだった。怜悧な目が、彼らを睨みつける。
 その戦いを、アデリアは離れたところから、冷静に見守っていた。
(オーラがあるからわかりにくいけれど、どこかに弱点があるかもしれないもの)

 ――と、グノーシスが。
「あなたたちなど、そこらの虫と同じですよ」
 右手を持ち上げ、手刀を作る。
(だめっ!)
 マーベリィは、点灯した懐中電灯『マグナライト』を手に、物陰から飛び出した。
(マリィッ!)
 呼べば、敵の注意がこちらを向くかもしれない。
 あるいは、光が輝いても。
 ユリシアンは、口を閉ざしたまま、マーベリィの隣に立った。
 きらり、マーベリィの手により、眩しい明かりが、グノーシスの目元を照らす。
 反射的に、目を閉じるギルティ。
 ボッカが大きく、腕を振り上げる。
「どけえええ、ウィンクルムッ!」
 ボッカの声に、グノーシスが目を開けたときは、もう遅い。彼の前には、瘴気をまとった閃光が届いていた。
「俺様の『モテ☆ビーム』を、トロいお前が、避けられるわけがねえよなっ!」
 強烈なエネルギーが、グノーシスの『絶望色のオーラ』にぶつかる。
「くそっ……!」
 パリン、と砕けたオーラが、『モテ☆ビーム』の力の大半を引き受けてくれたことは、グノーシスにとっては幸運だった。
 が、すかさず、ボッカの腕がもう一度、大きく動く。風の刃が、グノーシスに襲い掛かった。
「『俺様を引き立てる罪な風』よ……あいつを切り裂け!」
 とはいえ、グノーシスとて、ギルティだ。体中に傷を作りながらも、彼はその手を持ち上げた。

 その小さな動きを、アデリアは見逃さない。
「動いたわ!」
 叫ぶと同時。
「させねぇよ!」
 シギがグノーシスに、手裏剣を投げつけた。マーベリィも、片手剣を手に、グノーシスに斬りかかる。その後ろからは、ユリシアンの弓撃が。
「これで逃げられませんわ!」
「覚悟するんだね!」
 が、大小の刃と、放たれた矢が、届く直前。グノーシスは、ぱちりと指を鳴らした。
 地中から、十体のオーガが現れる。
「ウィンクルムの手を止めることくらいなら、できるんですよ!」


●改造オーガ、襲来

 グノーシスが呼び出したオーガが、ウィンクルムたちへと向かってくる。
 彼らはまるでコピーでもしたかのように、同じ顔をしていた。
「気持ち悪いわね!」
 アメリアは、バトルフライパン『新婚さん』を構えた。
「こんな奴らなんて相手にしてられないわ。あんたの、その綺麗な顔をぶん殴る! あたしの任務はそれだけよ!」
 ガーネットの瞳が、まっすぐにグノーシスを見据える。その頭に、ユークレースがぽんぽんと手を置いた。
「まったく、相変わらず猪突猛進ですね~エイミーさんは」
 なだめるためではない行動に、アメリアがまとうオーラの色が、より深いものになる。彼女の力が増大した証だ。
「行くわよ、ユーク!」
 叫ぶアメリアの前に、スペードリンクが現れた。
 その力越しに、オーガの頭に向けて、アメリアがフライパンを振り上げる。
 その瞬間、彼女の頭の中には、今まで自分を振ってきた憎い男たちの姿が浮かんでいた。
 露出しすぎ、キツそう、化粧してない方がいい、素朴な方がいい、などなど、断りの言葉は多数。
「男なんてっ!」

 ――があんっ!

 目の前のオーガの頭部を、思い切り殴りつける。
 と、金の鱗が、きらきらとこぼれ落ちた。
「こいつら、髪の中に弱点があるみたい!」
 アメリアが仲間を振り返る。その後ろで、たった今殴られたばかりのオーガが、ぶるりと頭を振った。
「エイミーさん!」
 ユークレースが、アメリアとオーガの間に、体を滑り込ませる。
(両思いになったんだ……絶対、死なせるものか)

「頭を狙えばいいんだね! わかったよ!」
 颯太は、グレートソード『バーリー』を引き抜いた。
「そうちゃん、無理してはだめよ」
 スミもまた、仕込み杖『薔薇と骸骨』を手に取る。
「ひーばあちゃんもね!」
 言うなり颯太は、ゆらゆらと揺らめき動くオーガの背に向かって行った。小さな足で思い切り大地を蹴り、高く飛びあがる。
 その体に向けて、オーガが腕を伸ばした。そこに、スミの杖に仕込まれた刃が突き刺さる。
「そうちゃんをいじめないでほしいわね」

「ええいっ!」
 颯太の両手剣が、オーガの頭頂部に落ちた。ぱりん、と鱗が割れる音。オーガの動きが止まる。
「ひーばあちゃん、おれ、やったよ!」
「ええ! でも油断しちゃだめよ。そうちゃん!」

「爆発を考えると、距離を詰められたら厄介だな」
 ベルンハルトは、宝玉銃『フルムーン』をオーガに向けた。頭のどこに金の鱗があるかはわからないが、連撃すれば、撃ち抜くことは確かだろうと、トリガーに指をかける。
 その、背後で。
「ハルト! 後ろ!」
 真衣が叫んだ。振り返れば、敵の一体が、こちらへ向かってくるではないか。
「真衣、下がるんだっ!」
 ハルトは振り返りざま、真衣を背にかばい、『フルムーン』の銃口を、敵に向けた。
 トリガーを引けば、ガウンガウン! と銃弾が飛び出でる。
 それはまっすぐに、オーガの頭を撃ち抜いた。はらはらと舞い散る金の欠片に、真衣が「やった!」と声を上げる。
「まだこれからだ。真衣、サポートを頼む」
「ええ、もちろんよ!」
 真衣はハルトの外套を握ったまま、深く頷いた。

 アスカもまた、目の前のオーガに両手剣を向けている。
「こいつらなんで攻撃してこないんだ!」
「でも厄介ですよ。だって……!」
 伊万里は、片手剣『トランスソード』を振り下ろした。狙うは目の前左手にいるオーガ、のはずだったのだが。
 右からやって来たオーガが、仲間をかばうべく、伊万里の前に立ちふさがる。頭を叩かねば弱点である金の鱗は砕けない。それなのに、オーガは自らの筋肉を犠牲にしてくるのだ。
「二体まとまると、めんどくせえっ!」
 アスカは伊万里の前にいる一体に向けて、両手剣で斬りつけた。ガンッ! と派手な音とともに、刃がオーガの頭蓋を割る。鱗が散ると同時に、オーガはその場にがくりと膝をついた。そこに伊万里が、剣を突き立てる。
 しかしそれでも、敵は死なず。
 しかも攻撃をしてこないと思っていた敵は、手刀で伊万里を狙ってきたではないか。
「くっ……!」
 その一撃を、伊万里は、鉄扇『鳳凰ノ舞扇』で受け止めた。が、オーガの力は強く、耐えられたのは数十秒。でもその時間があれば、アスカには十分だ。
 彼は横から、オーガを思い切り蹴り飛ばした。重い体が、数メートルも吹き飛ぶ。伊万里の体から、緊張が消えた。
 アスカがほうっと息をつく。その顔には、わずかながら疲労が見えた。
「アスカ君!」
 伊万里が、彼に走り寄り、額にキスをする。
「私の力も、使ってください」
 オーガとの混戦は、ずいぶん時間がかかっている。自分の力を分け合うのは、パートナーとして当然のことだった。

 その後ろで。
「なんで……集まるのっ……」
 オーガ三体に囲まれながらも、潤は気丈に、槍『緋矛』の柄を握りしめていた。
 その背後では、白と黒の羽を背中から生やしたヒュリアスが、大太刀『備前長船』を振るっている。防具はバラと化したまま、しかしオーガを蹴散らすも、彼の目に映るのは、目の前の敵のみ。後ろの潤の声は、届いていない。
 それでも次々とオーガの鱗を砕き、敵の体を地に伏せる彼は、この場に必要な存在だった。
 潤もわかっているから、歯を食いしばり戦っている。

 その潤を狙うオーガの頭に、両手弓『ドリュアスアロー』の矢が刺さった。逆月だ。
「大丈夫か?」
 オーガの一体を、刹那のウィップ『ローズ・オブ・マッハ』がはじく。逆月の矢と、刹那の鞭の切っ先は鱗にあたり、周囲に金色が舞い散った。
 その敵に、ユリシアンの放った矢が、突き刺さる。
 マーベリィもまた、オーガに向けて、剣を振り下ろした。強烈な一撃が、オーガの体の半ばまでを切り裂く。
 ――そのとき。
「Bスケールでは、甘かったですか……」
 声につられてグノーシスを見やり、ユリシアンは息を飲んだ。ボッカと対峙していると思っていた敵の指が、手に持つスイッチを押そうとしていたのだ。
「あれはっ!」
 すぐさま、オーガを狙っていた矢を、グノーシスへと向ける。ターゲットは、オーガの頭よりもかなり小さなものだ。
 ユリシアンは、けして狙いを外してはならないと、息をつめて弓を引いた。

「おら、なによそ見してるんだよっ!」
「あなたっ、乱暴ですねっ……!」
 グノーシスは、ウィンクルムに向けた視線を、ボッカへと戻した。それが、ユリシアンの矢を見落とす隙となった。
 気づいたときには――。
「ぐうっ……」
 彼の手首に、ユリシアンの放った矢が突き刺さる。
 グノーシスの手からは狙い通り、スイッチが落下した。
「やるな、ウィンクルム」
 ボッカはにやりと笑い、グノーシスにこぶしを突きだす。
「おらおらおらっ! 俺様のスピードについてこれるか?」

 まさに乱撃というにふさわしく、ボッカは手足を自由自在に扱って、グノーシスを攻撃した。
「わああ、かっこいい!」
 真衣の高い声が響く。ボッカはそれに気を良くしたのか、ふんと鼻を鳴らして、さらに攻撃を加速する。
 グノーシスはボッカの攻撃を避けるべく、背後に大きく飛びながら、注射器を取り出した。それを自らの上腕に突きさし、中の薬を注入する……と。
「ふっ……あああっ」
 グノーシスの手足の筋肉が急に、もこもこと成長を始めた。
「なんだよ、不気味なことになってんぞ!」
 隆々と膨れ上がった四肢を伸ばして、グノーシスが、手刀を繰り出す。狙いは当然ボッカ……のはずだった、が。
 身をひるがえした彼の代わりに、目の前にいたのは、ボッカを守るべく飛び出してきた……潤。
「だめ、今は……ボッカは、仲間なんだ、から……!」
 彼女はまっすぐに、グノーシスに槍を突きだした、が。
「邪魔をしないでくださいっ!」
「あっ……!」
 潤の体が、グノーシスの手刀によって吹き飛ばされる。その体を、羽を失ったヒュリアスが、抱きとめた。
「ウル、大丈夫か!?」
「ん……平気。ごめん、前に……出過ぎ、た」
 グノーシスの手刀が触れた肩からは、真っ赤な血が流れている。命には別条なさそうだが、それなりの出血量だ。
 弱々しく呟くパートナーを見、ヒュリアスは唇を噛んだ。
(どうして、潤がこんな目に合わなくてはならない。神人すら守らない神など、この世に必要なのか)
 潤の血に濡れた手で、ぎゅっとこぶしを握る。
「ヒューリ……?」
 潤は、ヒュリアスを見つめ……目を見開いた。彼の額が盛り上がり、角が生えてきたからだ。
(オーガナイズ・ギルティ……)
 聞いたことのある言葉が、頭をよぎる。
 しかし角をはやしても、ヒュリアスは変わらぬ声音で、言った。
「……あいつは殺す。……ウル、すまん。任せたぞ」
「……うん、大丈夫」
 頷く潤を見、ヒューリが彼女を離して、立ち上がる。
「ヒュリアス‥…!」
「潤さん、ヒュリアスさんが……!」
 仲間の誰かが口にしたが、潤はゆるりと首を振った。
「……ごめん、信じて、僕たちを」
 ヒュリアスが、たとえ闇のオーラに身を包んだとしても。
 彼は暴走することはないはず。潤はそう、確信している。


●グノーシスの最期

 ヒュリアスが欲したのが、闇の力だとしたら。
 マーベリィが望んだのは、女神の力だった。

「花の真心尽くします」
 マーベリィはユリシアンとともに、再度、インスパイアスペルを口にした。
 ユリシアンの唇が、マーベリィの手の甲に触れると同時、少女の背に光の翼が現れる。
 グノーシスが、じろりとマーベリィを見た。
「そんなことをしても……あなた達ではボクにはかないませんよ」
「やってみなくては、わかりませんわ!」
 マーベリィは自らの武器を手に、グノーシスへと向かって行った。
 グノーシスが、今度はマーベリィに向けて、手刀を振り上げる。
 だが彼女は、それをひらりと避けた。マーベリィの背後から、ユリシアンの矢が飛んでくる。グノーシスがそれに気を取られた瞬間、少女の振り上げた剣の先が、グノーシスの眼鏡を砕いた。
「あ、あああっ……!」
 かけらが、眼球に刺さり、ギルティが呻く。

 ルークはグノーシスまで数メートルという位置で、武器を構えていた。
 隣には、これまでとはまるで雰囲気を変えてしまったヒュリアスがいる。
 彼がどうしてこんな力を望んだのか、ルークにはわからない。
 だが彼もまた、ルークの仲間だ。
「……みんなも、ボッカも……誰も、死なせねぇよ」
 言ってちらり、いつの間にやら、自らの分身を生み出しているボッカを見やる。

「なーんか、弱い者いじめしてる気分になってきたな」
 ボッカは、遊びに飽きた子供のような口調で言った。苦戦を望むわけではないが、それにしても……ということなのだろう。
 彼は単純で気のいい男ではあるが、少々気まぐれでもある。それを知る伊万里と真衣は。
「俺様って何人いてもかっこいいなあ! 最強じゃねえの!」
 と機嫌よく笑うボッカの前で、ぱちぱちと拍手をした。
「そうです、最高です! だからあの敵を、倒してください」
「そうよ、戦っているボッカ様、とてもすてきだわ!」
「はは、そこまで言われちゃあなあ!」
 ボッカは自らの分身を背に、グノーシスに向き直った。

 ルークはふっと息を吐いた。
 正直に言えばあんなボッカを頼るのはあほらしいし、もとは敵なのだから、許せないこともある。
 だがだからといって、この戦いを、くだらないギルティの争いと切り捨てることはできなかった。
 そんなことをしたら――。
「……寝覚めが悪いからな」
「なんか嫌いになれないんだよね、ボッカ様って」
 隣で武器を取るユラが、呟く。
 二人がともに言えるのは、今はボッカに再び共闘してもらい、戦うのが最良のあり方だということ。
「行くぜっ!」
「うん!」
 ルークとユラは、地を蹴り走り出した。

「よくも、目を……」
 割れたレンズ、ガラスの刺さった瞳から血を流しながら、グノーシスはマーベリィを睨みつけた。
 あまりの形相に、マーベリィが一歩、後ずさる。その肩に、ユリシアンの手のひらがのった。
(ユリアン様……)
 ただ一瞬のふれあい。それだけで、マーベリィの心に、温かな力が満ちていく。
「……私、まだ、戦えますわ」
 きっぱりと言い切って、マーベリィは剣の柄を握りなおした。
 ――と。
(あっ……)
 灰の瞳に、仲間の姿が映る。

 グノーシスの背後で、刹那が鞭を振り上げたのだ。
 ボッカが強いのは知っているし、頼りにもしている。
 が、彼任せにはしたくなかった。
(これで敵を絡め取り、拘束する!)
 逆月は、そこから数メートル離れた先で、グノーシスの横顔を狙っていた。結局敵の弱点はわからないが、顔ならば、攻撃されて平気ということはないはずだ。
 この戦いについて、あるいは神について、思うところはないわけではない。
 だが下手に口を出し、気位が高いギルティの意識を、此方へひきつけることはないだろう。
 だから逆月は、無言で弓を射る。

 刹那の鞭の切っ先が、今まさにマーベリィとぶつかろうとしているグノーシスの腕に、絡みつく。
 体力を増強したグノーシスにとって、鞭は糸のようなものだった。それでも思いがけない場所からの一撃に、彼の注意は一瞬それた。腕を引き、糸――否、鞭を引きちぎる間に、その横顔には、逆月の放った矢が突き刺さる。
「ぐ、あああっ」
 矢じりは頬骨を砕き、口腔内まで達した。グノーシスの唇から、真っ赤な血が溢れる。

 そのグノーシスに、白と黒の羽をはやしたヒュリアスが、突撃した。
「あああっ」
 鈍く輝く瞳、ぐるぐると鳴る喉。彼はただひたすら大太刀で、グノーシスを斬りつけた。
 その間に、マーベリィの剣が、グノーシスの腹を切り裂く。
「はっ……げほっ、くそっ」
 よろめくグノーシスの肋骨に、ルークのトンファーがぶち当たった。同時に腰に、ユラの刃が突き立てられる。そして、ベルンハルトの弓は、グノーシスの左腕へ。
「いよいよ、あんたをぶちのめせるわっ!」
 アメリアのフライパンが、ギルティの顔面を叩く。

 そこに、武器を構えたアデリアが走り込んできた。
 この最後ともいえる攻撃の前に、アデリアは、自らの力を、シギに分け与えている。
「シギ、待って、止まって!」
 そう言って背に抱き着いたとき、シギの尻尾がぱたりと揺れた。
 緊張した戦闘の中で見せた、年頃の男子らしい反応が愛らしい。
 アデリアは思わず笑み、持っていた聖剣士のお守りを、シギのポケットに滑り込ませた。
 お祭りで芋煮を食べたり、大学に通ったり、弟のように大切にしているシギとの未来を、繋いでいくために、彼を守ってほしい。
(もちろん、私も戦うわ。あのギルティとだって)

 アデリアの短剣『クリアライト』とシギの手裏剣が、グノーシスの両足へと刺さる。
 がくり、膝をつくグノーシス。その上に、アスカと颯太、二人が剣を振り下ろした。
「決まれえええっ!」
「いっくぞおお!」
「ぐ、ああああっ」
 地を割るほどの力が、グノーシスの両肩を打ち砕く!
 それでも彼は、倒れなかった。荒い呼吸を繰り返しながらも、目だけは力強く、ウィンクルムを睨みつける。
「ボクが、あなた達なんかに、やられるはずがないでしょうっ!」
 血を吐き唇を赤く染めて、グノーシスは言い捨てた。
「やっぱ最後は、俺様の出番かぁ?」
 自信ありげに腰に手を当て、ボッカがグノーシスに近付く。が、彼は、ある人物を見、足を止めた。
 暗いオーラをまとったヒュリアスだ。
「……って大丈夫かよ、こっちの男は」
 うつむいたまま返事のないヒュリアスの姿に、潤の鼓動が速くなる。
(ヒューリは、大丈夫……って、思うけどっ……でもっ)
 仲間の攻撃は、グノーシスを十分なほどに、傷つけた。
 ボッカはまた、やる気になってくれている。
(それなら……ヒューリはもう、頑張らなくても、いい……っ)
「もういい……いいよ、ヒューリ……!」
 潤は、大太刀を振り上げたヒュリアスの背に抱き着いた。
 ボッカがひゅうと口笛を吹く。
「見せつけてくれるよな。じゃあまあ、こっちのろくでもないインテリは俺様がやってやるか」
 とはいっても、瀕死の彼に必要なのは、ラストの一撃。
 ボッカは力を込めた拳を、グノーシスの脳天に叩き落とした。

 ――果たして、グノーシスは倒れた。
 ボッカが仰向けになったグノーシスの胸を、ぎりと踏みつける。
「俺様とリヴェラと。ここにいるウィンクルムたちと。まあ付け加えてやるならハインリヒとヴェロニカも? お前らは見下して馬鹿にしてたんだよな。こうやって踏みつけにしてたってわけだ」
「ぐっ……はっ」
 グノーシスの眉間に、深いしわが寄る。が、彼は口元に笑みを浮かべた。
「……そうやって、憤っていられるのは今の内だけですよ。ボクが消えても、世界は壊れます。イシスの、ジェンマに向けた愛によって……」
 グノーシスの顔から、表情が、命が、消えていく。
「……壊れねえよ。こいつらの仲間が、イシスを殺すからな」
 ボッカは、ウィンクルムを振り返った。
「俺様はいつだって正しい。お前らの仲間はイシスをぶっ殺す」

「……でも、イシスがいなくなったら……」
 あなたはどうなるのか。
 ユラは言いかけ、口を閉ざした。
 ボッカがどうなるにせよ、ウィンクルムは負けるわけにはいかない。
 世界が、かかっているのだ。


●VSイシス、戦いの前に

 焦土と化した土地に立ち、シリウスはため息をついた。
「まったく、神代のいざこざに俺たちを巻き込むな」
 これから対峙するイシスも、仲間が交戦中のグノーシスも、今は味方であるジェンマだって、もとはといえば、災いの種。
「例え神様が相手だって、わたしのしたいことは変わらないわ」
 嘆息するシリウスの横で、リチェルカーレはきっぱりと言い切った。
 どんなに相手が強くても、大事な人をたちのためにできることをする。
 その強く純粋な想いを込めて、懐中時計『ボン・ヴォヤージュ』に祈りをささげる。
 ……そして。彼女ははっきりとした声で、この言葉を口にした。
「この手に宿るは護りの力」


 かつて零鈴が住んでいた村を襲ったオーガ。
 それを生んだ神との最終決戦と思えば、思いも強くなるというものだ。
「ゼロさん、頑張りましょうね」
 言って零鈴は、ゼロイムに微笑みかけた。
「はい、零鈴さん」
 同じように笑ってくれる彼を前に、インスパイアスペルを唱える。
「森の熊さんこんにちは」


(死出の旅路はエストと共に、と決めているけれど、それは戦いの場ではないわ)
 アリシエンテは、エストを見上げた。
 いろいろなことを乗り越えて、ここまで来た。これからは、エストとたくさん、楽しい時を過ごしたい。こんな戦いで、その望みが消えては困るのだ。
(そう、エストと生きていけるのならば――)
 アリシエンテは、誓いともいえる言葉を呟いた。
「共に往かん 地の果てまで」


「……くだらないわ」
 スティレッタ・オンブラは、真っ赤な唇を歪めて言った。
(この世界の存続がかかっている戦いの原因が、神の痴話げんかだなんて)
 本来愛は、そんな簡単にわかたれるものではないはず。
 彼女はそっと、バルダー・アーテルの手を取った。
「Te ustus amem」
 ――私は死んで焼かれても、あなたを愛したい。
(どんなときにも相手を想い続ける、これが愛よ)


 シルキア・スーは、クラウスを真っすぐに見つめた。
 オーガとウィンクルム。
 神が生み出したもの同士が戦うという図式は、いっとき、シルキアを混乱させた。
 でも、クラウスが言ったのだ。
「神が成す事は、地に存在する者すべてへの試練。我らは生きる為に乗り越える」
(……私たちは戦って、試練を乗り越えなくちゃ。そのための力を持っているんだから)
 そう、行き着く未来は、きっと。
「光と風、交わり紡ぐ先へ」


 晴れた深い空色の薔薇を咲かせることが、かのんの目標だ。
 両親が残した小さな家には、いつか家族が増えるかもしれない。
 ただその未来は、『今』の続きにある。
「共に最善を尽くしましょう」
 これまで何度も唱えたインスパイアスペルを、かのんは口にした。
 願わくば、今日が最後の戦いになり、みんなが幸せな未来を、手にできますよう。
 ――祈りをこめる。


 自分が神人として顕現したのは、なにか成すべきことがあるからだと思っていた。
「それが、この戦いだったんだね」
 桜倉 歌菜は、月城 羽純を見上げ、微笑んだ。
 大切な人に救われた命を懸けて。
 この羽純と共に、今度は自分たちが、多くの人を救うのだ。
「羽純くん、よろしくね」
 歌菜は羽純の大きな手を取って、インスパイアスペルを唱えた。
「茜さす」


 月野 輝は体の脇に垂らした手で、きゅっとこぶしを握った。
 婚約した今、アルベルトが二人の未来を望んでくれているとはわかっている。
 しかし一方で、不安もあった。
 それは、輝を守るためならば、彼が、平気で命を捨ててしまうのではないかということ。
 ……そうならないためにも。
「Ich kampfe mit Ihnen」
(私は、あなたと一緒に戦うわ)


「結局、身勝手なのよ。イシスは」
 出石 香奈は、どんっと地面を踏みつけた。こんなことをしても怒りはおさまらないが、こうでもしないとやっていられない。
「そうよ。ジェンマだって同罪だわ。ウィンクルムを利用してきたくせに、最後には尻拭いさせるなんて」
 でもたとえ不満があろうとも。
 みんなの未来のためには、レムレース・エーヴィヒカイトと今後も生きていくためには、戦わなくてはならない。
「やってやろうじゃない」


 神人が、精霊の頬にキスをして。
 さらには神人が、精霊の手の甲に、唇を落として。
 あるいは精霊が、神人の頬に口づけて。
 それぞれの準備は完成だ。


●陽動、開始

「再び邂逅し愛し合う……同じ魂だとしてもそれは『私』じゃない。負けられない」
 歌菜はそう言って、ウィップ『ローズ・オブ・マッハ』を手に取った。
「ええ、絶対に勝ちましょう」
 香奈もまた、『スカルナイトナックル』をはめたこぶしを握る。
 その横で。
「みんな、可能な限り集まってほしい」
 レムレースが、自身を中心に、聖域を造りだした。
 が、イシスは気にした様子は見せず。静かに近付いてくる。
「そんな力で、私の攻撃が防げると思うのか」
 落ち着いているのは、神が人間と精霊に負けるはずがないという余裕なのだろうか。

 でもこちらにだって、仲間はいるのだ。
「守りを固めるのは、レムレースだけじゃないぞ!」
 羽純は、卯杖『カタルシスケイン』を振り上げた。
 まばゆい光が、周囲を覆う。
 と同時に、周囲に煌めきが散った。レムレースとバルダー、リチェルカーレが着ている外套『閃光ノ白外套』が、『シャイニングスピア』の輝きを反射したのだ。
 さらには、シルキアが持つ短剣『クリアライト』の刃も、きらり。
「くっ……」
 まるで太陽がいくつもあるような眩しさに、さすがのイシスも目を細める。
 そこに、クラウスが生んだ光輪をまとったシルキアが、斬りかかった。
 が、その刃は、ぎりぎりのところでかわされる。

 その間に。
「天藍!」
 かのんは天藍にむけて、『調律剣シンフォニア』を振るった。
 横では、レムレースの防具が、青白く発光している。この身を盾として仲間を護るために、力を込めたのだ。
「俺は擁護組のところへ行こう」
 レムレースは言った。
 イシスは強敵だ。『愛の花弁』の力がなくては、とても倒すことはできないだろう。
 だからこその決断だった。
「香奈、無理をするなよ」
 前衛にパートナーを残し、レムレースが後方へと向かって行く。
「アルベルト殿!」
 防御の光輪をまとったクラウスは、アルベルトとシルキアにも同じ力を発動させた。
 けが人は、一人たりとも出したくない。


●祈りの前に

「神様でも、想いは成就しないんだね」
 ひろのは呟いた。
 自身は、といえば。ルシエロ=ザガンからの告白に、返事はした。
 だがそのあとどうしたらいいか、わからない。
 わからないまま、こんな痴話げんかに巻き込まれている。
 ひろのの困惑を不安ととったか、ルシエロが少女の肩を抱いた。
 その彼を見上げ、ひろのはこれまで、何度となく唱えたスペルを口にする。
「誓いをここに」


「馬鹿共の尻拭いとは笑えねえな」
 ラルク・ラエビガータが吐き捨てるのを、アイリス・ケリーは、黙って聞いていた。
 姉も、ラルクとの賭けも、未来すらも。
 奪った女神のために、武器をとる。
 それは、彼女がウィンクルムであるがゆえだ。
「猛き心を」
 それきりアイリスは口を閉ざす。
 ラルクに触れるのは、今日が最後。


 日向 悠夜は、そっと自らの耳に触れた。
 降矢 弓弦にもらった大切な月のイヤリングとピンキーリングは、今日は自宅に置いてきた。
 万が一にも落としてはいけないし、気にかけて戦いに隙ができても、困るからだ。
(それに私たちは、絶対にあの家に帰るのだもの)
 そのあとは、旅の準備をしてもいい。
 弓弦の家で、のんびり本を読む彼と過ごすのもいい。
 顔を上げ、弓弦を見つめて、口にのせるのは。
「君よ、共に歩もうぞ。」


 ニーナ・ルアルディの好きなもの。
 それは焼きたてのパンであり、借家の見慣れた部屋であり、首から下げている指輪であった。
 パン屋でのアルバイトも、自宅で行う日々のあれこれも、グレン・カーヴェルがともにいれば、すべてがキラキラ輝いて見える。
(だから……ずっとグレンと暮らしたら、私は一生、幸せだと思うんです)
 ……そのためにも、今は。
「持てる力の全てを託す」


 この戦い赴く前、星が輝く露天風呂で。
 七草・シエテ・イルゴは、翡翠・フェイツィに『勇気』をもらった。
 それは考えていたものとは違っていたけれど、今もシエテの胸の中で、きらきらと輝いている。
 あの日重ねた唇のように、未来も重ねていきたい。
 シエテは翡翠を見つめながら、唇を動かした。
「重なるは、二色(ふたいろ)の調べ」


「さっさと決着をつけて、研究に戻らなくてはな……。ロア、家に来るだろう?」
 クレドリックが、あまりにいつも通りに言うものだから。
「うん!」
 ロア・ディヒラーはつい勢いで返事をし、そんな自分がおかしくなった。
(だって今私、クレちゃんにホットケーキ焼いてあげようって思った)
 これほど大きな戦いの前なのに、全然怖いと感じない。
 だから、インスパイアスペルも、緊張せずに、唱えることができる
「永久(とこしえ)に誓う」


 アラノアは、深く息を吸い、吐きだした。
 脳内でスイッチを切り替えるイメージを思い浮かべる。
 イシスはかなりの強敵だ。
(でも冷静に対処すれば勝てるはず)
 アラノアがガルヴァン・ヴァールンガルドに出会ったことは、まさに。
「盲亀の浮木、優曇華の花」
 思いの強さならば、誰にだって負けやしない。


「それ、弾いてくれるの?」
 リーア・スフィアは、フーレイ・ヴァレムが持つリュートを指さした。
「リーアがより元気になるのなら」
 その答えに、彼女はふふふ、と笑う。
(踊りたくなっても、我慢しなくちゃね。後からいくらでも、できるんだから)
 リーアは、まだ言い慣れているとは言えないスペルを口にした。
「約束を、果たす」

 神人が、精霊の頬にキスをして。
 さらには神人が、精霊の手の甲に、唇を落として。
 あるいは神人が、精霊の頭をとんとん、と撫ぜて。

 リーア、ニーナ、シエテ、ひろの、アラノアは、女神ジェンマより授かった花弁を取り出した。
 それぞれの位置に分かれた後、傍らに、パートナーが寄りそう。
 あとは、イシスと仲間の戦いを見守り、発動のタイミングをはかればいい。


●イシスの怒り

 真っ先に飛び出したのは、囮をかって出たリチェルカーレと、輝だ。
「行くわよ、リチェちゃん!」
「はい!」
 羽純が生んだ光輪を護りとし、二人がイシスの前に飛び出していく。
「少女が囮とは……」
「女だからって、馬鹿にしない欲しいわ!」
 輝は大刀『鍔鳴り』を、リチェルカーレは、片手剣『スプーンオブシュガー』を振り上げた。
「仲間には、傷つけさせません!」
 左右からの同時攻撃は、当然のように、イシスの『絶望色のオーラ』によってはじかれてしまう。
 だが、これは想定内だ。
 飛びのきざま、輝は大きな声を出した。
「これって結局八つ当たりよね」
 今はイシスの気を引くことが肝心と、わざと煽る口調である。
 と、狙い通り、イシスの眉がぴくりと動いた。
(やっぱり、この話題に敏感になってるのね)
「大きな駄々っ子みたいだわ」
 さらに言えば、彼はぎろりと、輝を向く。

 その輝を、アルベルトははらはらと見守っていた。
(あまり余計なことを言わないでくださいよ)
 思うものの、口は出さない。
 輝を信じているからだ。
 ただ、何かがあれば守らねばとは思っている。

 そんな二人の間を高速移動をしながら、エストは、攻撃のチャンスを狙っていた。
(彼女たちだけを、危険な目には合わせられませんからね)
 両手銃『スナーイピェル』のトリガーは、いつでも引くことができる。
 リチェルカーレと輝に危険が及びそうであれば、すぐにでも攻撃に転じるつもりだ。
 エストに倣うように、アリシエンテもまた、イシスとは適当に距離をとっていた。手には両手銃『ネイビーライフル』を持っているが、まだ撃ちはしない。
 下手に前に出れば、囮になってくれている仲間の行動を妨げてしまう。
(仲間同士、邪魔をするなんてありえないもの)

 一方香奈は、イシスの集中を削ぐべく、彼の周囲を舞っていた。
 レムレースから分けてもらった力が、香奈をより力強く、機敏にしている。さらには、羽織っている『叛逆ノ黒外套』が、感覚を鋭敏なものにしていた。
(でも、オーラが消えるまでは、攻撃はしないわよ)
 今は、ひらりひらりとステップを踏んで、イシスの注意が、特定の一人に向かないよう、気を削ぐのが目的。
 イシスが一人をターゲットにすれば、その人物は確実に、死ぬ。
 ギルティとウィンクルムの力量には、それほどの差があるのだ。

 そのとき。
「イシスッ!」
 敵正面に、短剣『クリアライト』を持ったシルキアが、飛び込んでいった。
 その腕には、古傷『無殺印』――十字の傷跡が、張り付けてある。
 何があっても、仲間を護りたい。その想いがあるからこそ、彼女はここまで、敵に近付いたのだ。
 だが、小さな刃がオーラに届く直前。
 シルキアは足を止めた。そして、イシスを見上げ、囁く。
「こんなことをするくらい、ジェンマのことが好きだったんだね」
「……今、何と言った?」
 動きを止めたイシスに、シルキアが続ける。
「神々が愛を認めてくれれば、ずっと一緒にいられたのにね」
「うるさい!」
 イシスが、怒声とともに、大きく腕を振り上げる。
 あっという間に瘴気が生まれ、それは小さなアイスピック様の物を出現させた。
 狙いは、輝とシルキアだ。
(まずいっ!)
 二人は咄嗟に、地を蹴るべく、つま先に力を込める。
 その視線の先に、きらり、小さな刃が。
 イシスの眼前、ぎりぎりのところを抜けたそれは、手裏剣『魂魄雷神』。
 ラルクだ。

 敵の気がそれた一瞬を見逃さず。
 輝とシルキアは、瞬時に大きく飛びずさった。
 代わりとばかり、セナ・ユスティーナと、ユウキ・ミツルギが突撃する。
「要はウィンクルムの愛に、嫉妬してるんじゃねえの?」
「自分が欲しいモノ、手に入れられないから暴れるなんて、わがままなお子様は困るなあ!」
 二人はそれぞれ、イシスの顔面にむけて、片手剣と両手鎌を振るった。
「あのときと今では、状況が違う!」
 避けもせず、イシスが声を張り上げる。オーラが攻撃をはじいてくれると、分かっているからだ。
 案の定二人の刃は、敵の体には当たらない。
 ――だが。
「ぐっ……」
 遠方から飛んできた、リーガルド・ベルトレッドの銃弾が、イシスの頬をかすめた。
 続いて振り下ろされた、ミラス・スティレートの片手剣は、イシスの手のひらに止められる。


(攻撃がオーラを抜けた……。もしかして、オーラが揺らいでいるの? イシスの、怒りで?)
 だとしたら、と、スティレッタは、声を張り上げる。
「アンタが本当に好きなのは、恋人じゃなくて、彼女を愛している自分自身じゃないの? だから、恋人が選んだ道を許せないのよ!」
 本当の愛ならば、相手の幸福のみを願えるはず。
 身を引く苦痛にだって、耐えられるはずだ。
 スティレッタの言葉に、イシスの顔がかっと赤くなった。
「うるさい、黙れっ!」
 イシスが叫ぶ。
 そこに、物陰から銃弾が飛んだ。エストだ。
 彼が放った一発は、イシスの肩をえぐった。
「うっ……」
 赤いしぶきが、イシスの頬に跳ねる。
 エストに追従するように、零鈴とゼロイムもまた、イシスを狙う。
 その両方を、イシスは身をよじって避けた。
 が、今の攻撃ではっきりしたことがある。
 イシスのオーラは消えた。怒りによって、集中力が維持できなくなったのだ。


(今が、チャンスっ!)
 かのんは、まっすぐにイシスの背に走り込んだ。
 しかし、剣を振り上げるより早く、イシスが振り返る。
「それで、私の隙を狙ったつもりか」
 彼ならば、かのんの攻撃を見切れる。敵ではないということなのだろう。
 が、彼女はただ愚直に突っ込んだわけではない。
「せぇいっ!」
 かのんが振り下ろした刃を、イシスはぎりぎりのところで避けた。
 動きを最小限にして、労力を減らすということか。
(その判断は、間違いですよ)
 かのんが、横っ飛びに地を蹴る。
 と、その後ろから飛び出したのは、黒い影。天藍だ。
 彼は無言のまま、双剣『ダーインスレイヴ』で、イシスの左腕を切り裂いた。
「ぐあっ」
 切り刻まれた肉から、ぷしゅりと血が飛び出す。
 イシスの眉間に、しわが寄った。
「神人を、盾にしただと?」
「それが?」
 ステップを踏みながら、天藍は、冷たく言い放った。
 彼自身、かのんを盾とすることに、なんの抵抗もないわけではなかった。
 が、彼女が提示した作戦を、最終的には良しと判断した。それは当然、信頼しているからだ。
(今まで長く、共に戦ってきた。将来も誓い合った。その未来を、奪われてなるものか)
 双剣を強く握る天藍の攻撃は、誰の目にもとまらぬほどの勢いだ。刃は見えず、空気を切る音だけが、鋭く耳に届く。
 が、イシスはそれを、見切った。
 たった今斬られた腕から、血を滴らせながらも、天藍の刃のすべてを、避けたのだ。
「いつまでも、そんなスピードを維持できないだろう?」
(短時間の攻撃と、高をくくっているのか。……だとしたら、大きな過ちだ)
 とはいえまさか、こちらの策を言う必要はない。天藍は無言で、攻撃を続けた。

 代わりに声を出したのが、バルダーだ。
「一人しか相手にしないんじゃ、つまらないだろう」
 バルダーは、流れるようなステップで、イシスのまわりを舞いまわった。手に持ち振り回されている双剣『エル・ディアーブロ』の刃が、光の帯を引く
 そこには時折、スティレッタの攻撃も混じった。黒い炎に紫の羽根が舞うオーラが、彼女を美しく彩る。バルダーと二人で、踊っているかのような軽やかさだ。
 ただスティレッタの顔は、いまだ怒りに満ちている。
 愛なんて、簡単に叶うものではない。強引に奪うものでもない。互いが幸福になるためのものなのだ。
(それなのに……こんな身勝手なことをするなんて)
 イシスにも、ジェンマにも、彼らの愛を切り捨てた神々にも、腹が立つ。
「スティレッタ、出過ぎるなよ!」
 バルターは叫んだ。
 スティレッタがイシスを憎いというならば、蹴り飛ばすお膳立てはする。しかし、彼女を痛い目に合わせるわけにはいかないのだ。
(もちろん、何があっても守るが)
 スティレッタを意識しつつ、バルターは剣を振り上げた。

 彼らと並び、シリウスもまた、ステップを踏んでいる。
 望みは一つ、『愛の花弁』の力が発動するまで、仲間にイシスの意識が向かぬこと。
 ただそれだけを考えて、時間を稼ぎ、イシスの注意を惹きつけている。
「まったく、ちらちらと……」
 イシスが、小さく舌を打った。
 一番近くにいるシリウスに向け、腕を伸ばす。その手に瘴気が集まっていくのを、歌菜は、見逃さない。

「させないっ!」
 歌菜は、力いっぱい、鞭を振り上げた。
 その先が、ぱしん! とイシスの手をはじく。
 隣には、小剣『リーンの棘』を持った羽純がいる。
 この護身用の小剣では、イシスに傷を負わせることは難しいだろう。
(でも、歌菜の隣を離れることは、考えられない)
 だからこそ、前衛向きではないと自覚しながらも、光輪を身にまとい、こうして前に出ている――。

 歌菜の一撃は、けしてイシスにとっての致命傷ではなかった。
 が、天藍が飛び出すタイミングを作るならば、この一瞬で、十分だ。
 二本の剣を持ち、踏み込んできた男の姿に、イシスは目を見開いた。
「くそっ、まだ動ける、だと……離脱していたのではないのか!」
「動けないとは、言っていない。お前が勝手に、思い込んだだけだ」
 言う通り、天藍の攻撃は、スピードも重さも、先ほどと変わらない。
 受け止めきれず、かといって避けきれず。イシスはいよいよ、膝をついた。

 焦土に両膝をつき、うなだれたまま、動きを止めたイシスを、ウィンクルムはとり囲んだ。
 もう戦えぬというには、早過ぎではないだろうか。
 シルキアが、彼の顔を覗き込んだ。
 ……と、闇色の瞳がぎろりと動き、指先が、ほんのわずか、ぴくりと跳ねる。
「攻撃、来ます!」
 声を張り上げてすぐ、短剣を、まっすぐに突きだす。
 が、目にもとまらぬスピードで、移動していたイシスに、一撃は届かず。しかも彼は、既にこちらに向けて、両腕を上げている。そこに、瘴気が集まっていた。
「まずいっ!」
 ウィンクルムが、一斉に散る。

 クラウスは、ちらと背後を見やった。
 もしこのままイシスの力が発動されれば、瘴気のエネルギーは、花弁を持つウィンクルムのもとへと届くだろう。
 護衛はいるが、できればここで、食い止めたい。
 とはいえ、ライフビショップである彼が扱う武器は、片手杖。攻撃には向かない。
 それでもとクラウスは、中型盾『猛虎守護盾』で、イシスに殴りかかった。
 があん! と響く、激しい音。直後。
 瘴気が、照射された。

 ごおおおおっ!

 盾で殴った一瞬で、敵が伸ばした腕の角度が、変わったか。
 多くのウィンクルムを巻き込むと思われた攻撃は、人の間を抜けていく。
「貴様っ……」
 狙いが狂い、ぎりと唇を噛んだイシスが、クラウスを睨みつけた。
 それが、花弁の五芒星の中央。


●『愛の花弁』発動

 五芒星の間を通り抜けていった瘴気のエネルギーを見、ロアはほっと息を吐いた。
「良かった、当たらなくて……」
 周囲には、クレドリックが作った半透明の壁があり、ロアたちを護ってくれている。
 だが、あれほどのエネルギーが直接壁に当たったら、どうなっていたかわからない。
「あっ、別に、クレちゃんの力を信じてないってわけじゃないんだよ!?」
 万が一にも、術者であるクレドリックを傷つけてはならないと、ロアは慌てて、付け加えた。
 クレドリックは「わかっている」と、きっぱり。
「ロアが私を信じていないわけがない」

 ※

『愛の花弁』を持ったリーアの隣で、フーレイがリュートを奏でている。
 希望を感じさせるような、優しく元気な曲に、リーアは唇をほころばせた。
(そういえば、フーレイ君はボクを、本に出てくる妖精みたいだって言ったんだよね)
 それならフーレイは、リーアにとってなんだろう。
 一緒にいると楽しくて、からかったりするのも面白くて、王子様というほどきりっとはしてないけれど、もっと身近で優しくて――。
「どうしたんだ、リーア?」
 考え込むリーアに、フーレイが声をかけた。
「ううん、なんでもない」
 リーアは答え、とん、とその場でステップを踏んだ。
 わずか数秒だけ、踊り子のふりをする。それで自分が自分に戻った気がする。
 いまはフーレイのことが、なにとはわからなくても。
 リーアは、花弁を高く掲げた。
「フーレイ君と出会えた感謝の気持ちもこめて! 愛があるからボクらは何度だって立ち上がれるんだ! 愛しい人や仲間がいるから希望を見失わないんだ!」

 ※

 新米ウィンクルムを支えるべく寄り添っている悠夜と弓弦は、目を合わせ微笑みあった。
 そんな一同の前に、アイリスは、古代装置の翼を広げ、守護の魔法陣を展開させる。
 花を掲げ、愛を心に満たすリーアの盾となるべく、ここにいるのだ。
(とはいっても、私が動かなくていい状況が、一番ですね)
 今は前衛の仲間が、イシスと戦っている。
 それを遠目に見つつ、アイリスは、武器を持つ手に力を込めた。

 そんな彼女を一瞥することすらなく。
 ラルクは、周囲を警戒しながら、花弁のウィンクルムの間を歩いていた。
 他の護衛組は、特定のペアについている。
「守りが薄いのは……ってどこも似たようなものか?」
 だったら融通をきかせるのが一番だろう。
 それにしても。
「愛、ねぇ……」
 今のラルクには縁のない言葉だが、それを信じる仲間は、護らねばならない。
 なにせその愛とやらが、イシスを止める力になるのだから。

 ※

「不思議ですね……。こんな状況なのに、不安はないんです」
 ニーナは、花弁を胸に抱きしめ、呟いた。
 大きな戦いに向かう前、グレンと一緒に、鍾乳洞の遺跡を訪れたことを思い出す。
 出会ってから今までのことを、いろいろ、それはもう、いろいろ思い出したあのとき。
(最初はグレンのことが全然わからなくて、ウィンクルムとしてやっていけるのかなって、不安になりましたけど……今は)
「グレンが傍にいてくれるなら、グレンのためだったら、ちょっと難しくたって私はいくらだって頑張れちゃうんです」
 花弁に秘密でも打ち明けるように。ニーナは言って、えへへ、とはにかんだ。
「不思議ですね。愛って、これ以上なんてないって思っても、毎日どんどん、大きくなるんです」
 だからきっと、この戦いにも赴けたのだ。グレンが一緒だから。
「恋する乙女って強いんですよ?」

 グレンは、何やら花弁に向けて話しているニーナを見、苦笑した。
 隣に寄り添うこともできたが、あえて少し、離れている。
 みんなもいる場で愛の誓いをするのに、隣にグレンがいたら恥ずかしいと、ニーナが言ったのだ。
(だからあんな、内緒話みたいにしてるんだろうな)
 とはいえ、数歩走って手を伸ばせば、十分に護りきれる距離である。
 もちろんそれは、ニーナの表情が見える距離、と言い換えることもできる。
 頬を染めてはにかむニーナは、まさに歓喜と幸福を胸に抱いているよう。
(それでいい、お前はいつもみたいに笑っとけ。信じてっから)
 その想いを。勇気を。
(俺は、護るだけだ)

 ※

 花弁を一枚持ち、ひろのは五芒星の一角に立っている。
 正直に言えば、愛の強さ云々と言われても、何を言っていいか、わからない。
 もともと多弁なほうではないのだ。そんなこと、急に言葉にできるはずはない。
 でも、だからこそ、ひろのの唇から音となるのは、本音だけ。
「イシスさんは不本意だろうけど」
 ひろのは、ぽつりと呟いた。
「感謝してるんだ。ルシェと会えたことに。これからもずっと一緒にいれる。……約束したから。受け入れてくれたから」
 かつて、夢想花の花園で結婚の儀を行い、この戦いの前には、同じ花園で、指輪をもらった。
(そこで、ルシェとキスして――)
 思い出し、思わず指先が、自らの唇に触れる。
 指には、あの日ルシエロがくれた指輪はない。戦いの場に身に着けることはためらい、外してきたのだ。
 が、確かにひろのはルシエロと、未来を共に生きる約束をした――。
(たとえウィンクルムという存在がなくなったとしても、私とルシェは、ずっと一緒だ……)

 ルシエロは、花弁を持ったひろのを、見つめていた。
 彼女はずっと、黙り込んでいる。
 だがきっと脳内ではいろいろな思いが生まれ、胸を満たしていることだろう。
 それはひろのの頬が、桃色にそまったことから、はっきりとわかっていた。
(身を預けられたんだ。何があっても、ヒロノは護る)
 周囲を警戒しつつも、ルシエロはひろのに注意を向けている。

 ※

「さっきの攻撃の勢い……。まあ愛を壊されて呪いたくもなるだろうし、私もそちらに近い思考は持っているがね」
 突然の言葉に、ロアはぎょっとして、発言主たるクレドリックを見た。
「クレちゃん、そんな破壊的な思考に同意しないでよ……」
 ロアは、クレドリックがストーカー的勢いで、彼女を観察していることに気づいていない。
 だからこその台詞なのだが、クレドリックにして見れば、どうしたって、ロアへの想いを邪魔されたら、と考えてしまう。
(いや、今まさに、神たちにその未来を奪われそうになっているではないか)
 クレドリックは、そっとロアを抱きよせた。
 一目ぼれをして以来、散々追ってきたロアだ。
 彼女が自分を信頼してくれるまでに、それなりの時間をかけた。
 まだまだ研究対象として……いや、愛しているからこそ、神々に奪われてなるものか。
 クレドリックが、きりと遠く、イシスを睨みつける。
「私はロアとまだ一緒に居たい。共に生きたいのだよ」
「うん、私もまだ一緒にいたいし……もっと親しく、なりたい。……恋人とか」
 最後の言葉は、ぽつりと。独りごとを言うように、ロアは呟いた。
 クリスマスにもらった口紅が似合うようになるまでには、と思ったりもしているのだ。
「だから、ここで未来を失うわけにはいかないの」

 ※

 護衛をしてくれているロアとクレドリックの気持ちが、花弁を持つシエテの心に染み入ってくる。
 それは彼女の中にある、翡翠への想いを、より鮮やかなものにしていた。
(いつか、ウィンクルムという関係がなくなったとしても、翡翠さんと生きていきたい)
「傍にいてください」と伝え「ずっと傍にいる」と返してもらった一夜は、つい最近のことだ。
 翡翠は今、シエテの隣で、斧を構えている。
 仲間が戦っているイシスの攻撃が、万が一にもここに届いた場合、花弁の力を、途切れさせることがないよう。
 それ以上に、シエテを護れるよう、神経を張り詰め、戦いの行く末を見守っている。
(この声が枯れても、私は! 愛を! 叫びます!)
 シエテは花弁を掲げ、すうっと大きく息を吸った。
 翡翠に出会えたこと。
 ウィンクルムとして、ともに活動してきたこと。
 未来を約束したこと。
 そのすべてが――。
「私は、最高に幸せです! 裏切られても、愛してくれる人がいました!」
 たとえ神が、愛を奪おうとしているとしても。
 もう怖いものなど、あるはずがない。
「シエ! 俺たちは……二人で一人だ!」
 翡翠もまた、彼女の叫びに、声を重ねた。
 もう誰にも、彼女を傷つけさせない。離さない。
 その想いを込めて。



 花弁を手にしたアラノアは、ふうっと長く、息を吐いた。
 イシスと戦う仲間と、隣にいるガルヴァンに、自らの命と身を預け、ただひたすら、花弁に祈る。
 蝶の刺繍が施されたワンピースを着て、夢想花の花園を歩いたのは、そう遠い日のことではない。
 アラノアが作ったお弁当を食べた彼は、それを「毎日でも食べられる味だ」と言ってくれた。
 そして夢想花のブーケと、蔦が彫られた指輪を、贈ってくれたのだ。
(……何度転生しても、共に生きていく……)
 誓いは、長く、自分達を結びつけるもの。
(……これまで自信がなくて、ガルヴァンさんにたくさん迷惑をかけてきたけれど……)
 アラノアは、真っすぐに顔を上げた。
「……もう迷わない。今ならこの気持ちに自信を持てる。私は生涯を寄り添える人に出会えた果報者だから。……私達は私達の幸せの為に、世界を壊す神様なんかに負けない!」

 ガルヴァンは、アラノアに寄り添い、背後から包むように、そっと手を重ねた。
 彼女の指にぴったりの指輪を贈ったのが、先日。
 細い手首に揺れるブレスレットを贈ったのが、それよりも前。
(だが、そんなものでは、この想いは表しきれない……。これほどの想いは、他の誰にも持ち得ない)
 いつ何時、誰がどんな邪魔をしてきたところで、潰える愛ではない。
「……俺達は神の御蔭で出会えた。だが俺達は俺達の幸せの為に神を越える」

 ウィンクルムの想いの力を糧として。
 五人が持つ、五枚の花弁が、きらきらと輝き始める。

 ――そのすぐあと。
 輝く花弁が、倍の数に増えた気がして、ウィンクルムは、目を瞬いた。
 増えた五枚を持つのは、ここにはいないはずの、男性の神人。
(これは……)

「いよいよか……!」
 彼らを護るべく、近くで聖域を築いていたレムレースは、小型盾『ディアモンテスクード』に、『マグナライト』の光を反射させた。
 希少な宝石を削り出した盾が輝く。仲間を護るためには、この場を離れるわけにはいかない。これは事前に決めていた、花弁発動の合図であった。

 それに気づいたのは、香奈である。
「花弁の力が、発動するわ!」
 香奈は、戦う仲間に向けて叫んだ。

 ――直後。
「がっ……」
 イシスの四肢が、震え始める。
「な、なんだ……? ジェンマ……?」
 なぜ彼がそう呟いたのか、ウィンクルムにはわからない。だが彼は確かに愛する者の名を呼んだ。体はその場に貼り付けになったかのように、両手を開いたまま、動かない。



 香奈は武器を握る手に、力を込めた。
「とにかく一発でも当てて一矢報いてやらなきゃ気が済まないわ」
 睨みつけるイシスの前に向かい、レムレースから分けてもらった力を使って、思い切り武器を叩きつける。
「ぐうっ……」
 攻撃を避ける術を持たぬ敵が、呻く。が、同情の余地はない。
 愛の結末は、二人で片を付けるもの。
 それができないからと、人を自分たちの駒として扱う神々が悪いのだ。
「あなたはあたしを怒らせた。馬鹿にしてるにも、ほどがあるわ」

 香奈が、イシスに対峙している間に。
 アリシエンテとエストは、インスパイアスペルを唱えた。
「共に往かん 地の果てまで」
 エストがアリシエンテの手を取り紋章に口づけると。
 ぶわり、まばゆい光と共に、アリシエンテの背中に、光の翼が出現した。
 その輝きを背負い、アリシエンテは、両手銃のグリップを握る。
「エスト、行くわよ」
「はい!」
 同時に地を蹴り、飛び出した二人は、五芒星の間を縫い、イシスに対して十字になるような場所に位置をとった。
 アリシエンテが、イシスの正面から『ネイビーライフル』で。
 エストが、イシスの側面から『スナーイピェル』で。
 ともにまっすぐ、イシスを狙う。
「『ジェンマ様』はもう貴方は用済みだと言っているわ。希望通り消滅なさい!」

 撃ち出された弾は、十字の中央、イシスのもとへ。
「ぐ、あああっ!」
 アリシエンテには胸を、エストに腹を撃ち抜かれて。
 イシスの、もとは青かった……しかし、オーガと化したことで闇色に染まった瞳が、苦痛と怒りに揺れた。
「ゆ、ゆ、許さ、ない……私と、ジェンマの愛を、邪魔する、など……」
 唇を喉から溢れた赤に染め、イシスはそう呟いた。
 ――と。彼の体を中心に、禍々しい気が生まれ始める。
 とはいえ、彼はいまだ、愛の花弁の力によって、拘束されている最中だ。
 その黒き力は、愛の力を強く持つウィンクルムにとって、些細な闇であるはずだった。
 ――だが。


●想いの力

「うっ……」
 リュートを奏でるフーレイの手が止まり。
「あっ……ああっ……」
 花弁を掲げているリーアの腕が、震えはじめる。
「頭が……頭が痛いっ……」
 フーレイは、手のひらで、自らの額を押さえた。呼吸は荒く、体中から脂汗が噴き出してくる。
「フーレ、イ、く……」
 いきなり重くなった体を何とか動かし、リーアはフーレイを振り返った。
 が、彼を見ても、これまでのように愛しいと感じる心がない。
 まるで、会ったことがない人物を見ているように、気持ちが動かないのだ。
 それどころか――。
「ボク、なんでこの人と、一緒にいる、の……?」

 彼女を護るアイリスは、息を飲んだ。
 花弁を持つ者たちや、援護する者たちの愛の力で、イシスを拘束する力は強くなる。
 でも負の感情に負け、負の感情が混ざってしまった場合、精霊は――。
「オーガナイズ・ギルティが発動する……」
 ここに来る前、A.R.O.A.で聞いた説明が、脳裏をよぎった。
 ちらり、苦痛に呻くフーレイに目を向ける。
(彼が暴走しても、おそらくは、抑えることはできますが……)
 それには当然、武器を取らねばならない。
 いくら我を失った仲間とはいえ、リーアの前で、彼に武器を向けるのは――。
(さて、どうしましょうか……)
 まだ、オーガナイズ・ギルティは発動していない。
 さらなる想いの力をもってすれば、彼は元に戻るかもしれない、が……。
 アイリスが思案しはじめた、そのとき。

「思い出して、あなたたちの絆を!」
「想いがあるからこそ、花弁を持つことに、立候補したんだろう?」
 悠夜がリーアの、弓弦がフーレイの肩に手を置いた。

 言いながら悠夜は、戦いの前に、弓弦宅の居間で、アルバムを見たことを思い出していた。
 初めて一緒に出掛けたときから、結婚の儀をしたときまで。
 多くの写真は、そのまま弓弦と積み重ねてきた日々の証でもあった。
 一緒にいられる当たり前の日常が、これからもずっと続くよう。
 あのアルバムに、写真を増やしていけるよう。
「私達はこれからも、明日を望んで歩んで行く。傍に寄り添う、愛しい人と一緒に!」

 弓弦は、悠夜に寄り添い、彼女の手の甲に、自らのそれをのせた。
 今よりしばらく前のこと。
 月を飲んだ悠夜の涙を、その心のすべてを、受け止めたいと思ったあの日。
 弓弦は、悠夜の手を取った。
 どこまでも共に、歩いていくために。
 ――だから。
「例え神であろうとも、僕らの歩みを止めはさせない!」

「そうだ!」
「そうよ!」
 と。星を維持するウィンクルムが、それぞれに叫ぶ。

「あなたたちも、同じだよね?」
 悠夜の問いかけに、リーアはぎゅっと唇を噛みしめた。
(そうだ、ボクも……フーレイ君とずっと一緒にいたい……)
 今だ震える手を、そろそろと、フーレイに伸ばす。
 そして、額を押さえる彼の手をそっと掴むと……。

「がっ……ああ……はっ……あれ?」
 呻いていたフーレイの瞳に、生気が戻った。
「フ……レイ、く……ん?」
 驚き目をみはるリーアを、フーレイが見つめる。
「リーア? 俺は、今……」
「良かった……」
 抱き着きたい気持ちを押さえ、リーアは呟いた。輝く花弁に、リーアの涙が、ぽつりと落ちる。
「良かった……想いを取り戻したのね」
「負の力に、染まらなかったか」
 悠夜と弓弦の言葉に、二人は顔を見合わせた。
 そのやり取りを見、アイリスははっと息を吐く。
 そして視線は再び、星の中央にいる、イシスへと。

 ※

 スティレッタもまた、背に神々しい羽をはやしていた。
「Te ustus amem」
 スティレッタとバルダーの想いを象徴するインスパイアスペル。それをともに発し、バルダーが、スティレッタの紋章に唇で触れることにより、ジェンマの力を得たのだ。
「蹴っ飛ばしてやるわ」
 言うなりスティレッタは、イシスに向けて駆けていく。
「覚悟なさい!」
 ありったけの力を込めて、剣を振り上げる。それはイシスの肩口から胸までを切り裂いた。
 アリシエンテとエストのクロスファイア――銃弾を受けていたイシスの体が、さらに赤く、染まっていく。

 しかし、イシスはまだ生きている。
(だとしたら、その生を奪わねば!)
「行きますよ!」
 白と黒の翼をはやしたアルベルトが、イシスに襲い掛かった。
 眼鏡の奥、その瞳に映るのは、目の前にいる血にまみれた敵と、輪廻剣『インカーネーション』の刃のみ。
 彼の頭の中からは、護るべき輝の存在すら、消えていた。
(でも、それでいいんです)
『ダブルハート』の発動直前、アルベルトの視線は輝の上にあった。
 けして似合いとは言えぬ大刀の柄を握り、強敵に向かう彼女を見れば、こちらも全力で戦わねばと思うのは、当然のこと。
(なにせ敵は拘束されている。輝に危険は及びません。たとえこのスキルを見破られたとて、特攻あるのみです)
 彼の迷いのない攻撃は、飛ぶ鳥のように大きく広げた、イシスの両腕を切り裂いた。

 その背後に、突進するのは、シリウスだ。
 もはや視認すらできぬ速度で、彼はイシスを斬りつける。
「ぐっ……うううっ……」
 肉の赤、奥に見える硬い白。
 だがこれだけではまだ去れぬとばかり、シリウスは、静かなステップと旋律で、霊を呼び出した。
 夜より深く、流れる血よりも暗き赤をまとったそれは、シリウスとイシスに絡みつくように踊る。逃れられぬ死出の誘いを、イシスは拒否することはできない。
 苦痛と苦渋に顔を歪めた彼は、まさに、満身創痍。

 ――それでも。


●次元融合

 花弁の効果が切れると同時、イシスは動いた。
「かっ……は」
 唇からとろりと溢れる赤が、顎まで零れ落ちる。斬られた肌からも、同じものが流れ出でた。
 おそらく、普通の人であれば、既に命はないほどの傷。
 だが彼の手は、ゆっくり持ち上がり、胸の前で、合わさった。
「ジェンマ……」

「まずい……!」
 耐えられるか……否、護りきれるか。
 ラルクは、顔の前に指を立て、呪文を唱えた。自身の体を、護りのオーラが包んでいく。
 背後には、花弁を持つニーナとグレン。
 異変に気づき、グレンがひゅっと息を吸う。
 その彼に向け、ラルクは叫んだ。
「逃げろ!」
 ――間に合わぬなら、あるいは、避けられぬ攻撃ならば。
(盾に、なるまで)

「みんな、集まれ!」
 クラウスは片手杖『タートルワンド』を掲げ、周囲に防護壁を生み出した。半透明の壁に守られた避難所は、本来であれば、内部の者を十分に護ってくれるはず。
(……だが、どこまで耐えられるか)
 おそらく、イシスの攻撃は、ウィンクルムが今までに遭遇したことがないほどに、強烈な力を生み出すだろう。
 それから逃れられるのか。正直、クラウスはわからない。ただ彼の持てる力の中で、この『チャーチ』を使うことが、最善ではあった。

「……貴様たちに、私の攻撃は、避けられない」
 イシスはぐるりと、周囲を見回した。
 その足元に。
 があがあと鳴きながら寄ってくるものがあった。輝が放ったアヒル特務隊『オ・トーリ・デコイ』だ。
「邪魔だっ!」
 攻撃も防御の術も持たぬそれは、イシスにあっさり踏みつぶされる。
 が、その瞳が、アヒルを見た一瞬。
 それこそが、彼の隙となった。

(今です!)
 零鈴は力いっぱいに弓を弾き絞り、光に反射する矢を放った。
 それはきらきらと輝き、イシスの視界に到達する。
 ただ――。
「今更、こんなもの」
 もはや、拘束なくとも動けぬ傷を負った彼には、目が見えようが見えまいが、どうでもよかった。
 今発動しようとしている『次元融合』は、ここにいるウィンクルム全員を、巻き込むだけの力がある。
 たとえ防御の盾があろうが、遮蔽物があろうが、そんなものはひとたまりもないのだ。
「はっ、ははは」
(これでやっと、邪魔者がいなくなる)
 長きにわたる自らの戦いの終焉が近付いている。イシスの唇に、自然と笑みが浮かぶ。
「何がそんなに楽しいのかね?」
 ゼロイムが、イシスの足を狙って、銃弾を放った。
 それは避ける気のない敵の足に命中し、肉を削いで、抜けていく。
「がっ……」
 イシスの体勢が崩れ、重ねていた手が、揺らぐ。

(あの手が離れれば、あるいは!)
 シリウスは、双剣『ダーインスレイヴ』を手に、飛び出した。
 狙いはイシスの両手首。
 きっと敵は、触れ合わせた手のひらを、自ら離すことはないだろう。
(だったらそれを、切り落とすまで)

 アリシエンテもまた、イシスに向かって行った。
 借り物の女神の力を失うまでに、残された時間はあと少し。
(なんとしても、力の発動をやめさせなくちゃ)
 傍らには、銃を携えたエストが寄り添う。
 シリウスを巻き込まぬように気をつけながら、二人が狙うは、イシスの両肩だ。
(腕が持ち上がらなければ、あの攻撃はできなくなるはず!)

「……世界は、終わる」
 自らを的として、銃口を向けるアリシエンテを見、イシスは呟いた。
「お前たちの愛も、終わる」
「いいえ!」
 アリシエンテが、叫ぶ。
「終わらない! 私は信じ続けるわ。愛は確かに、ここにあると!」

 その想いに、スティレッタの声が重なる。
「そうよ、世界が壊れる前に、あなたを壊すわ!」
 言うなり彼女もまた羽を揺らし、イシスに向かって行った。

 シリウスの双剣がイシスの手首を斬り落とし、アリシエンテとエストの銃弾が、イシスの両肩をうちぬく。
 スティレッタの剣は、彼の太腿に刺さった。
 ――が、彼の力のすべてを使った黒き球は、消えることなく、宙にある。

「これなら、どうかね!」
 クレドリックは、イシスに向けて、エネルギーを照射した。大地に座り込んだイシスを焼き尽くすほどの、熱の力だ。
「はっ……ああああっ」
 内臓から、イシスの体が燃える。
 胸をかきむしり、彼は空を見上げた。
「ジェンマッ……!」
 まるで救いを求めるように、手から先がなくなった腕を、持ち上げる。
 だがそこに、女神の声は届かない。
「くそうっ、私はっ……」
 ――見放されたのか。

 おそらく。
 この場にいるウィンクルムの誰もが、続く言葉をそう、想像しただろう。
 しかしイシスは、何も言わず、黒球に、腕を伸ばす。
 そして、それを掴む手はないというのに、その瘴気の球を、高く、放り投げたのだ。

「この世など……私を捨てた世界など、滅びてしまえっ……!」

 ※

 アイリスは、古代装置の翼とともに、リーアの前に立ちふさがった。
「リーアを護る……そのためには、あいつを殺さないとっ」
「だめよっ!」
 飛び出そうとするフーレイを止め、悠夜が、式占盾『六壬式盤』を構える。
 ――と。
「あっ……!」
 リーアが叫んだ。
 瘴気の風にのったのか、大地に転がっていた石が、空から降ってきたのだ。
 弓弦は咄嗟に、大弓『六陣』を引き絞った。
 小石程度ならばちょっとしたけがですむだろうが、あのサイズでは、当たり所によっては大変なことになりかねない。
 岩石の中央辺りを狙ってやれば、それはぱらりと中空で砕け散った。

 ただ、瘴気はどんどん濃くなっていく。

「これでどこまで抑えきれるかわかりませんが……下がってください」
 アイリスの言葉にうなずき、一同は、彼女の後ろへと下がった。
 おそらく、彼女が護り切れぬのならば、ここにいる者はみんな、命がないだろう。
 だが、ふと。弓弦は口にした。
「……あなた自身も、護ってくださいね。アイリスさん」


 ――逃げろ。
 ラルクの声を聞いてすぐ。グレンはニーナを抱き上げた。
「行くぞっ」
「どこへ!?」
 そうニーナが問うたのは、おそらくは反射のようなもの。
 だがグレンには、その言葉が、どこへ行っても無駄だというように聞こえた。聞こえてしまった。
 ニーナが悪いのではない。自分が一瞬でも、危機を感じたからだ。
(……でも俺は、ニーナを護る)
 軽い少女の体を抱え、グレンは焦土をひた走る。


 ルシエロも、ひろのを横抱きにして、駆けていた。
 逞しい腕に支えられているとはいっても、体は大きく揺れている。
「ちょ、っと、ルシェッ!」
 困惑した様子のひろのに、ルシエロが視線を向ける。
「折角だ、もっとしっかりくっつけ。首に腕を回して離すなよ」
「う、うん……!」
 言われた通り、ひろのは素直に、ルシエロの首に手を伸ばしてきた。
 その柔らかな力に、ルシエロは、はは、と笑い声を上げる。
「信頼がこうも嬉しいとは!」
「って、ルシェ、笑っている場合じゃっ……」
「ああ、わかっている」
 ひろのを抱くルシエロの腕に、力がこもる。
 この愛しい温もりを、絶対に守らねば。
 どこまで逃げてもダメと言うなら、どこまでだって走ってやる。
 ルシエロは顔を引き締め、前を見つめた。

 まだ黒い球は爆発していない。
 にも関わらず、瘴気はまるで台風の嵐のように、ごうごうと音を立てていた。
 その風は、荒れた地面をえぐり、転がる石を、吹き飛ばす。

「……これは、でかすぎだろう!」
 そのうちのひとつを狙い、翡翠は高く跳躍した。
 振り上げた両手斧『イルメネイトアックス』で、向かってくる巨石を割り砕く。
 その中からは、オレンジ色の溶岩が、どろどろとあふれ出した。
「これじゃ防護壁にはならないな……」
 煙を上げる石から離れ、翡翠はシエテを振り返る。

 ※

 その間にも、黒球は、どんどん膨れ上がっていた。
 限界を超えた風船が割れるように、あの球もいずれは弾けるのは確か。

「もう、ダメなのか……?」
「あれは、止まらないの……?」

 ある者は、武器を握り。
 ある者は、花弁を抱いて。
 多くの者は、パートナーと寄り添って。
 空に浮かぶ、瘴気の球に目を向けていた。

「終わりだ……」
 血反吐を吐き、イシスが呟いた、数秒後。

 焦土を、轟音と爆風が、満たした。
 地についていたはずの足は宙に浮かび、叫び声はすべて、それを凌駕する音に飲み込まれる。
 目などとうてい開けられるはずはなく、息を吸うことすらできない。

(世界が、終わる……)
 勝利を望み、命を賭して戦ったウィンクルムですら、それを覚悟した。
 が――。


●愛の邂逅

 なぜか、鼻腔に甘い香りが届く。
 そして脳の奥には、どこかで聞いた声。
「ウィンクルムが、世界のために戦っているらしいぜ」
「……祈れば、想いは通じるでしょうか」
「無事、世界の危機を乗り越えたら、たくさんのお菓子を贈ろうよ」
 ショコランドの、ジャック、アーサー、ヘイドリックの三王子。
 急きょ集まった彼らの言葉に、妖精たちが「そうね」「そうよ」「もちろんよ」とあわただしく動き出した。
 彼女たちは、ウィンクルムが負けるとは思っていない。
 すぐにだって、お菓子を用意しだすに決まっている。


 妖狐たちは、紅月ノ神社の境内に座っていた。
「遠き我らの仲間が無事であるように、みんな、全身全霊を込めて祈るのじゃ!」
 号令をかけるテンコのもふもふ尻尾がぴん! と跳ねあがる。
 かつて、神社周囲に広がる森を守ってくれた、ウィンクルムたち。
 彼らにだけ、平和を任せるわけにはいかないのだ。
「ウィンクルムよ、頼むぞ。ムスビヨミ様と甕星香々屋姫様も、お主らと世界の無事を、祈っているはずじゃ」


 空に浮かぶ二つの月、ルーメンとテネブラでも、祈りは捧げられていた。
 ラビット・エデンの倉庫や、つきうさ農区を荒らしていたモンスター・ヴァーミンを退治してくれたウィンクルムが、危機に陥っていると聞けば、関係ないとは、けして言えない。
「僕たちの祈りがどれほど届くかわかりませんが……皆さんには無事でいてほしいのです」
 ロップはまるで、タブロス近郊を見下ろすかのように、うつむいた。
 その頭に、アーテルの手がぽんとのる。
「届くと思えば届くさ。祈ろうぜ、ロップ。フィフス様もそうしろって言ってたし」


「まだ、クリスマスの準備には早いからな。いや、ここでウィンクルムが負けたら、クリスマス自体、来ねえのか」
 レッドニス・サンタクロースは呟いた。
 過去、ウィンクルムには、弟のダークニスのことで、多大な世話をかけている。
 いや、そうでなくても、自分たちが住む世界のことだ。
「しっかりしろよ、ウィンクルム……。世界が無事護られたら、クリスマスには特別プレゼント、用意してやるからな」


 懐かしい声の数々。
 彼らから、そして名も知らぬ多くの人から届く想いに、ウィンクルムの体が、温かいものに包まれていく。
 五枚の花弁は、その力を発動したときのように、またきらきらと輝き始めた。
 そこに――。
「……イシス」
 女神ジェンマの声が、響いた。

 イシスは顔を上げた。
 濡れたもので赤く染まったそれは、もはやかつての面影はない。
 しかしその顔には、確かに安堵が浮かんでいた。
 もう声を聞くこともかなわぬと思っていた、愛する人の声。それが彼の心を、生かしたのだ。
 ジェンマは告げる。
「イシス……あなたの次元を融合する力を、私に貸してください。その力を使い、あなたを私のもとへ、引き寄せます」
「この、力で……?」
 イシスは怪訝な顔で、宙空を――おそらく、ジェンマの幻が見えているであろう場所を、見つめた。
 だがその表情は、すぐに満面の笑みに変わる。
「ああ、君の傍に行けるなら、もちろん、使ってくれてかまわない」
「そうですか……」
 イシスはもはや、無邪気な子供のようだった。
 ただジェンマの幻に向かい、動かぬはずの手を、持ち上げる。
 そこには、苦痛も苦渋も、存在しない。
 黒き球が、イシスに向けて、凝縮を始める。

 それと同時、ジェンマは、ウィンクルムに向けて、こう言った。
 ご迷惑をおかけしました、と。
「イシスは、希望の樹に融合している私と、融合させます。永遠にともにあり続ける……彼の望みをかなえれば、今後ギルティが生まれることもなくなりますから」
「それはつまり、いずれオーガはいなくなるということですか?」
 歌菜は、空に向かって問いかけた。
「ええ、高位の者から、消えていくでしょう」
 ジェンマの静かな声が、脳に届く。
 だが、彼女の話は、ここで終わり。
 イシスの胸元で小さくなっていた黒球が、薄い皮膜となって、彼の体を包み込んだからだ。
「こちらに来て、イシス……。私と二人、生きてゆくために」
 イシスの体が、ふわりと浮かび――消える。

 これが、神であるイシスの最後となった。

「こんな終わり方でいいの……?」
 女神の力を失い、地上に座り込んだアリシエンテが呟いた。
 アイリスは渋面で、イシスがいた場所からすら、顔を背ける。
「神様っていうのは、勝手なものよね」
 香奈も、そう口にした。


●神が消えた後に

 それぞれの想いを胸に、ウィンクルムは空を見上げる。
 これから待ち受けるのは、おそらく残党オーガと戦い、町を復興する日々だろう。

「私たちは、神様に勝ったんだね」
「ああ、神を超えたな」
 ガルヴァンのいかにもな言い様に、アラノアは微笑んだ。
「なぜ笑う。俺は神よりも、アラノアのことを想っているぞ。……知っているだろう?」
「えっ……」
 こんなみんながいる場で、返事をするのは恥ずかしくて。
 アラノアは、小さくこくりと頷いた。


 村を破壊したオーガは、もう生まれなくなる。
 そして、傍らには、しっかりゼロイムがいてくれる。
 この両方の喜びを、零鈴は噛みしめていた。
「オーガがいなくなるまで、がんばりましょうね」
 言えば、ゼロイムは、深くうなずいてくれる。
「……まあ、零鈴さんがいると飽きないからな。気長に付き合おうか」


「さっきは、ありがとうございました!」
「……迷惑をかけた」
 リーアとフーレイは、悠夜と弓弦に向けて、頭を下げた。
「別に、私たちは特別なことはしてないよ」
「ギルティにならなかったのは、二人の想いがあったからだろう」
 先輩たちの言葉に、若い二人はきょとんとし――リーアは、ふふ、とはにかんだ。


 後輩ウィンクルムとの会話を終えて。
 悠夜と弓弦は、互いの姿に、安堵の息を吐いた。
「無事でよかった」
「弓弦さんも」
 まだすべては終わったわけではない。
 でもいつか、今日という日も、思い出になっていくのだろう。


「グレン! 勝ちましたね! 私たち、世界を護ったんですね!」
 ニーナはご機嫌の笑顔で、グレンの手を握っている。
「落ち着けって」
 グレンは苦笑。
 だが、この咲く花にも劣らない……いや、それ以上に愛らしい笑みを、護れたことは、純粋にうれしかった。


 その横で。
「まあそう怒らずに」
 脱力し、くたりと座るアリシエンテに、エストが手を差し出した。
「お疲れなら、背負いましょうか?」
「嫌よっ、そんな……恥ずかしいじゃない」
 アリシエンテは頬を染めて、エストから目を逸らした。


「ほら、香奈、行くぞ」
 レムレースに呼ばれ、香奈は振り返った。
「式にむけて、まだやることはいくらでもあるだろう」
「それを言えば、あたしの機嫌が直ると思っているんでしょう?」
 香奈がじと目で、レムレースを見やる。
 が、彼の策は、正解だ。
 レムレースと生きる将来と思えば、香奈の胸には、喜びがあふれるのだから。


「これで、もうオーガは生まれないんだね! 私たち、安心して暮らしていけるんだね!」
「ああ、そうだな」
 すべきことを終えた今。歌菜は興奮し、羽純の手を取った。
 羽純は、そんな歌菜の笑顔に、安堵する。
 最終手段の策まで考えた今回。
 それを使わずに歌菜といられて……皆が無事で。良かったと、心の底から思っているのだ。


「よくやったな」
 バルダーは、ぐったりと疲れて切っているスティレッタの腰に、腕を回した。
「大きなけがもなくて、よかった」
「でも、私は全然納得してないわよ、この終わり方に」
 声ばかり、元気な彼女に、バルダーが苦笑する。
 でもこの気の強さも、彼女の魅力のひとつなのだ。


「この時計が、護ってくれたのかしら」
 リチェルカーレは、戦い前、祈りをささげた懐中時計を、胸に押し当てた。
 けして楽な戦いではなく、この時計の効果のほどは、わからない。
 それでも「ありがとう」と感謝を告げる。
 そのリチェルカーレの真摯な態度を、シリウスは目を細め、見つめていた。


「さて……と。A.R.O.A.はこれからどうなるのかね」
「もう、クレちゃんが気になってるのは、研究のことでしょ?」
 くすくすと笑いながら、ロアが言う。
 まだオーガが残るなら、しばらくは組織もあり続けるだろう。
 だったら今は、この方が大事と、ロアはクレドリックを、振り仰いだ。
「帰ったらホットケーキ、食べようね」


「さっき、最高に幸せって言いましたけど」
 シエテは、翡翠を見上げて言った。
「私、本当の最高の幸せは、今かもしれません」
「なんだ、いきなり?」
 翡翠が問えば、シエテはその頬を、赤く染める。
「だって、これでずっと、翡翠さんと一緒にいられるじゃないですか」


 パートナーに寄り添い、笑顔を見せる仲間を見、ひろのは呟いた。
「私も、前に進まないとだめかな」
「別にいいんじゃないか。ヒロノは、ヒロノのペースで」
 のほほんとした口調で、ルシエロが言う。
「……いいの?」
「だってそれが、ヒロノだろう?」


「アルが無事で、良かったわ」
「おや、私が死ぬと思っていたんですか?」
 まさかの問いに、輝は言葉を詰まらせた。
「そんなに信用ないんですか? それともそれほど、手放したくないということですか」
 にやにやと続けるアルベルトに、輝がふっと口の端を上げる。
「やっぱり、アルは腹黒眼鏡ね。そんなの、答えは決まっていると知っているでしょ」


 シルキアは、ほうっと長く息を吐きだした。
 仲間は明るい顔をしているけれど、彼女自身はまだ、心臓がどきどきしている。
(もし、女神が現れなかったら、私たちはどうなったんだろう)
「――気にするな。終わったことだ」
 その表情からすべてを察し、クラウスは、シルキアに告げた。
 そう、すべては終わったこと。


「帰るか、家に」
 天藍が、かのんの背に、手を添える。
「はい!」
 かのんは笑顔で、天藍を見上げた。
 住み慣れた、愛すべきあの場所で、二人は未来を作っていくのだ。


 ――その仲間たちに背を向けて。
 アイリスとラルクは、別々の道を進んでいく。


●ボッカの最期

 ――とはいえ、ギルティに関わる話は、ここで終わりではない。
 ジェンマがイシスと融合し、二人は永遠に離れることがなくなったと言えば、物語はうまく決着がつけられたように、思える。
 が、ボッカにとっては、これは必ずしも、予想していた結末とは言えなかった。

「おっ……? これ、やばいやつだな?」
 彼は、イシスが消えると同時に、透き通り始めた自身の体を見下ろした。
 うるさく憎たらしいインテリ眼鏡、グノーシスを倒し、ウィンクルムと勝利の喜びを分かち合い、さあこれからどうしようか、彼らと共に進もうか、などと思っていたけれど。
「そうはいかねえってか」
 言って彼は、周囲に集まるウィンクルムを見やった。
 これまでいろいろあったとはいえ、今回共闘したことで、親しみを持ってくれている者もいる。
「ま、こういうことだから。お前らは頑張って生きろよ!」
 笑顔でひらりと手を振るも「ボッカ!」と切なげな声に、名を呼ばれた。
「……ありがとう」
 声の主は、半分泣きそうな顔で、そう一言。
 ボッカはトレードマークとも言えるマントの端を握り、大仰にひらりと翻した。
「おう! じゃあなっ!」
 ひらり、持ち上げ揺らす手のひらの先、指はもうすっかり消えている。
(ま、痛くもかゆくもないってのはいいな。グノーシスみたいなラストじゃ、さすがの俺様も世の不条理を嘆きたくなっちまうぜ……)
 これが最後になるだろう、見上げる空は、鮮やかな青。
「リヴェラ……またな」
 そんな機会はないと知りつつも、ボッカはそう呟き、消えた。


●未来への道

 伊万里は、アスカを見上げた。
「イシスとジェンマも、ボッカも、これまでの答えが出たんですね」
 戦いの前。アスカは「答えは、全部終わってから聞く」と言っていた。
 優しい彼だ。きっとすぐに、問い詰めてくるようなことはないだろう。
(でも本当に……私も答えを出さないといけませんね)
 最後の戦いを前に、パートナーとして選んだのは、大好きな彼。
 でも、タブロスで二人を待つ蒼龍のことも、気になっている――。
(モラトリアムが許されるのは、いつまでなんでしょう)


「これで、全部終わったのね」
 そう言って、アデリアは空を見上げた。
 ここの土地は、かなり荒れてしまっているが、この日差しがあれば、時間と共に、生き返っていくだろう。
(そうして、暮らしは続いていくのよね……)
 シギは疲れたのか、隣でふうっと息を吐いている。
 アデリアは、その肩をとんと叩いた。
「帰ったら、美味しいものでも食べに行きましょうか。お姉さん、ご馳走しちゃうわ」


「ユリアン様! ボッカが……」
「ああ……」
 ユリシアンは、悲し気に瞳を伏せたマーベリィを、そっと抱き寄せた。
 共闘する仲間が、笑顔と共に消えたのだ。動揺するのも仕方無い。
(だが……)
「マリィ……聞いて、ぼくのマリィ」
 優しく呼べば、真っ赤になった彼女の顔が、ぱっと勢いよく上がる。
「彼が一緒に護ってくれた未来だ。前を見て、生きていこう。……一緒に」
 その言葉に、マーベリィははにかみ、うなずき返したのだった。


「ハルト! すごい! 私たち、勝ったわ!」
 無邪気な声を上げ、真衣はベルンハルトに駆け寄った。
 ボッカはちょっと残念だったけれど、彼のおかげで、世界も未来も守られた。
「イシスもきっと、幸せよね。だって、大好きな女神さまのところに行けたんだもの」
「……ああ、そうだな」
 純粋に愛と平和を信じる真衣に、ベルンハルトは答える。
 そのための犠牲は大きかったし、この結末を、受け入れがたい者もいるだろう。
 だが今は、愛らしい少女が笑顔になったことと、その将来が守られたことに、安堵したかった。


「ひーばあちゃん、やったね!」
 興奮し、抱き着いてくる孫を受け止めて、スミはふふふ、と上品に微笑んだ。
「ねえ、これさ、帰ったらみんな、褒めてくれるかな?」
「そうねえ、今日のお夕飯は、そうちゃんの好きなものにしましょうって言ってくれるかもしれないわね」
「本当!? やったあ!」
 無邪気に喜ぶ孫に、スミは再び、ふふふ、と笑みを見せたのだった。


「ああ、もっと殴りたかったわ!」
 アメリアは、フライパンを地面に置いて、はっと息を吐いた。
 散々武器を握っていた手が、少々こわばってしまっている。
 その右手を左手で揉んでいると、そこに、ユークレースの手が伸びた。
「いやいや、なかなかの攻撃でしたよ」
 笑う彼から手を引いたのは、ちょっと恥ずかしかったから。
 彼女は知らないのだ。ユークレースが、共に生きて戻れたアメリアに、触れるタイミングを計っていたことを。


「潤……すまなかったな」
「それ、もう聞いた」
 だから言わないで、と。首を振れば、ヒュリアスがふっと息を吐く。
「けがは、大丈夫か」
「ヒューリは、心配し過ぎだ。あんなの、たいしたことない、よ」
 その潤のどこまでも静かな笑顔の彼女に触れるべく。ヒュリアスは、そっと手を伸ばしたのだった。


「無事だな、刹那」
 赤い瞳に見つめられ、刹那は「ああ」と頷いた。
「ならば、よかった」
 人魚の石に結ばれて、将来を分かち合った者同士、絆はもはや、永遠だ。
「帰って、休むか。疲れただろう、刹那」
「そうだな。みんなもそれぞれ、帰るようだし」
 仲間に倣い、刹那と逆月も、戦いの地に背を向ける。
 喜びは、戻る場所があるということ。歩む人が、いるということ。


「仲間もボッカも、誰も死なせないって思ったのにな……」
 ルークは俯き、呟いた。
 共に戦い、みんなが生き残ったと思ったのに、ボッカはあっさり消えてしまった。
「でも、笑ってたね、ボッカ様」
「ああ。やっぱり、悪い奴じゃなかったんだろうな」
 二人はふうっと息を吐き、青い空を見上げていった。
「バイバイ、ボッカ様」
「ありがとな」


 ウィンクルムは、タブロスに向かって歩き始める。
 未来のありようは、それぞれ。
 自らが選んだ道が、すべてなのだ。







(執筆GM:瀬田一稀 GM)


戦闘判定:大成功
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