●遠足の楽しみは愛情弁当
「なぁクーの弁当付きでピクニック行かねぇ？」
　そんなことを言い出したのはオルクスだった。
　それはA.R.O.A.職員からウェディングハルモニアの地下に眠る遺跡の話を聞いた時のことである。
　頻発する苛烈な戦いの骨休めにどうかと提案された遺跡でのデート。
　それならば、ピクニック気分で行ってはどうかとオルクスは考えたのだ。
　真っ先に賛成の意を表明したのはクロスだった。
「お、良いな！　弁当は任せろぃ」
　少しおどけた調子のクロスの言葉には、出掛けられることへの嬉しさがあふれている。
　そんなクロスの様子につられるように、ディオスもまた「楽しそうだ」とのり気な様子を示した。
「弁当は何がいい？」
　クロスが聞けば、オルクスはおにぎりがいいと答え、ディオスはサンドイッチがいいと答える。
　そのまま無意味に譲れない主張をぶつけはじめるオルクスとディオス。
　まるで幼い男の子同士のようなオルクスとディオス言い争いを、クロスはしばらく眺めていたが、
　白熱しすぎない頃合いを見計らって2人の間に割って入った。
「ケンカするなら弁当作らないぜ」
　そう言うクロスの姿はまるで、やんちゃな子供をたしなめる母親か保育士のようである。
　頬を膨らませ「はーい」とユニゾンで答えるオルクスとディオスの様子にクロスがプッと吹き出すと、
　3人の間にはたちまち笑いの波が広がった。


●花よりだんご、花より弁当
　3人が向かったのは、遺跡の中でも夢想花の園と呼ばれるエリアだった。
　少し薄暗い遺跡の洞窟の中しばらく進んでいくと、あるところで急に開けた場所に出る。
　そこは、洞窟の中とは思えぬほど広いスペース中に色とりどりの夢想花が咲き乱れており、
　まさに花園と呼ぶにふさわしい。
　さらに古い洞窟ゆえに天井の一部が崩れ落ちているのか、
　柔らかな日の光が天使の階段と呼ばれる光の帯となって、まるで祝福のように夢想花に降り注いでいた。
「わぁ綺麗な所！」
　感動のあまり言葉の続かないクロス。
　そしてそれはオルクスもまた同じだったらしい。
「こんなにも綺麗な所とは……」
　それだけを言ってオルクスはしばし、夢想花が風にゆれ、モザイクのような波となるのを黙って見つめていた。
「心が休まり癒される、と言うのはこういう事を言うんだろう……」
　深呼吸をし、まるで高原の空気のように澄んだ清々しい風を堪能していたディオスが呟く。
「ふふっ絶好のピクニック日和だね」
　日を受けて輝く夢想花のような笑顔を見せてクロスが頷く。
　その様子に、ディオスはまるで何かの痛みを堪えるように静かに目を閉じた。

「よし、クーの弁当食べようぜ！」
　美しい景色は素晴らしいが、残念ながらそれではお腹は膨らまない。
　オルクスが提案すると、すぐにクロスが頷いた。
「そうだね、時間も丁度良いからお昼ごはんにしようか」
　野外活動にも慣れている彼らに敷物は必要ない。
　美しい夢想花の上に直接腰を下ろすのは少々気がひけたが、
　花のないエリアも見当たらないため、3人は柔らかな手触りの夢想花の上に座って弁当の包みを開けた。

　メインはサンドイッチとおにぎり。
　手でも食べやすい骨付きのグリルチキンに、串に刺して飾りを施したうずらの卵。
　更にはプチトマトや飾り切りされたにんじんグラッセなど、
　色どりも栄養バランスも完璧な弁当は、全てクロスの手作りである。
　3人という人数には多いように思われる量の弁当だったが、そこは若さもある活発なかれら。
　胸のすくような食べっぷりの成果として、弁当が空になるまでに、さほど長い時間はかからなかった。

「とても美味かったぞクロ、又作ってくれ」
　満足そうな表情で微笑むディオス。
「相変わらずプロ並みに美味かったぜ」
　水筒の茶を飲み一息つくと、オルクスもまたクロスの料理に対する賞賛を口にする。
「そりゃ良かった」
　そう頷きつつ、何か肩の荷でも下りたような表情を浮かべるクロス。
　まさか料理上手なクロスに限って、2人が自分の料理を喜ぶか心配していたということはないだろう。
　どうしたのかとオルクスとディオスが訊ねようとすると、それを制してクロスが言った。
「……なぁオルク、ディオ、聞いて欲しい事があるんだ」


●花園で見つけたクロスの答え
「勿論聞くに決まってるさ、当たり前だろ？」
　とオルクス。
「話？聞くに決まっている」
　とディオス。
　クロスの語る言葉は受け止めるのが当たり前だという2人。
　揺るぎない絶対の信頼に裏打ちされた2人の視線を受け、クロスは口を開く。
「俺、今迄ずっと悩んでた。ディオに告白されて、オルクと別れてからずっと……」
　フラーム神殿で歌と共にオルクスに想いを伝えたあの日。
　オルクスとディオス、2人の間で揺れ動く心のままではオルクスと共にあることはできないと歌ったクロス。
　その頃からずっと、クロスはひとり、笑顔の裏で葛藤を続けてきたのだ。
　時に苦しさを抱えもした日々を思い、クロスは知らず知らずのうちに己の膝の上で拳を握りしめる。
「でもやっと答えが出た」
　クロスの作った料理を食べて美味いと笑うオルクスとディオス。
　そんな2人の精霊の笑顔がこそがクロスの探していた答えの鍵だった。
「俺、2人の事が好き」
　クロスは手を伸ばし、オルクスの手に己の右手を重ねる。
「オルクは信頼出来る。傍にいて安心する」
　続いて左手をディオスの手に重ねるクロス。
「ディオは直向きに俺を慕ってくれて、背中を預けられる。ましてやこんな俺を愛しいと想ってくれている」
　右手をつないだオルクスも、左手で触れるディオスも、どちらも選ぶことができない。
　どちらも同じように大切で欠くことのできない存在。
　それがクロスの中に見つかった答えだったのだ。
「2人の想いが嬉しいんだ」

　2人の男の間で心を揺らし、結局2人を愛おしいという。
　そう答えを出したなら怒り出す男もいるかもしれない。
　しかしオルクスとディオスは違った。
「……くくっ、はははは！」
　抑えようとしても抑えきれぬといった風情で、愉快そうに笑うオルクス。
「ふっ、ふはははははは！」
　予想外な結果に呆気にとられつつも、爽快な結末に思わず笑い出すディオス。
　心持ちは多少違えど、2人の精霊の反応は先程の「聞くに決まっている」と答えた時同様、非常に似通ったものだった。
「クロはあの時出逢った頃から変わらず優しいな」
　しみじみと噛みしめるように言うディオス。
　そんなディオスの様子を眺めたオルクスが誇らしげに笑った。
「全く流石だよ……。実は此処に来る前にコイツと話し合ったんだ」

　コイツ、と視線で示されたディオスが口を開く。
「俺はアンタらの絆を傍で見てきた。だから今日言おうと思ってたんだ」
　眩しそうに細めた目でクロスとオルクスを交互に見、それから膝へと視線を落としてディオスは言葉を続けた。
「アンタらの幸せを俺のせいで壊すのは心許ない、身を引こうと……」
　何をバカなことを！と腰を浮かしかけたクロスを視線で制し、オルクスが言う。
「そしたらこう言うんだもんよ」
　まったく呆れた。そうため息をつくと、オルクスはまるで可愛い弟分でも見るような目をディオスに向けた。
「あぁコイツは不器用な生き方しか出来ない武士の様な奴だなって」
　愛情すら感じるオルクスの視線から目を逸らすように顔を伏せるディオス。
　そうしてディオスは絞りだすように言った。
「俺は憧れてたんだろうな、アンタらの関係に」
　いたずらにクロスの心をざわつかせてすまなかったと、ディオスの言葉は言外にそう告げていた。


●瓦解する束縛
　うららかな花園の中に落ちかけた沈黙を打ち破ったのはオルクスだった。
　痛みすら感じるほどに強くディオスの肩を叩いてオルクスは言う。
「アルジリーア、いやディオ。3人で幸せになろう！」
　オルクスの言葉の意味を計りかね、弾かれるように顔を上げるディオス。
「俺は幼き頃より闇に身を置き、己のせいでクロの人生を崩壊させた」
　ディオスが直接手を下した訳ではないが、クロスの故郷が滅ぼされたのはディオスの生家の仕業だった。
　クロスの背中には、今もその時に負った傷痕が惨たらしく残っている。
「……そんな俺が幸せに？」
　ディオスの問いにオルクスは一つ頷いた。
「キミの過去は聞いている」
　その言葉に瞳を揺らすディオス。しかしオルクスはそんなディオスの畏れを真正面から笑い飛ばした。
「いつまでも縛られるな！過去を受け止め、乗り越えろ！」
　仕方がないこととはいえ、己の手で敬愛する師匠を斬り殺したというトラウマを持つオルクス。
　自らもまた乗り越える過去を持つオルクスの言葉が、ディオスの心に強く響いた。
「過去に縛られず、受け止め、乗り越える……？」
　小刻みに震えるディオスの声。
「オレ達も背負うから、キミはもう幸せになるべきさ」
　オルクスの言葉に、長い間ディオスをがんじがらめに縛り付けていた重たい鎖が崩壊をはじめる。
「あぁ、あぁっ！」
　感極まり、言葉にならない声を上げて顔を伏せるディオス。
「あり、がとう……っ」
　ようやく絞り出された言葉とともに、透明な雫が一粒、固く握られたディオスの拳の上に落ちた。


●祝福に包まれる約束
「馬鹿だなぁディオ」
　呆れたような、全てを許容するような、優しい苦笑を浮かべてクロスが言う。
　本当にバカだ、不器用だと同調するオルクス。
　普段ならオルクスに罵られればすぐに反撃に出るディオスも、さすがに今ばかりは返せる言葉がない。
　しかしディオスは、拳で濡れた目元を拭って顔を上げると、普段と変わらぬ笑みを2人に見せた。
「そういう訳だから……」
　腕を広げたオルクスが、クロスとディオスをまとめてガバリと抱きしめる。
「クーを２人で愛し、ゆくゆくはクーを花嫁にして、幸せで暖かな家庭を築こう」
　少し目を丸くしてオルクスの顔を見返すクロス。
　そんなクロスにオルクスは笑って言った。
「今は婚約って形な！」
　少しイレギュラーな形ではあったものの、
　それはオルクスからクロスへの、そしてディオスへのプロポーズの言葉であった。
　その意味を理解したクロスがほのかに頬を染めて頷く。
「うんするよ婚約」
「勿論賛成だ！」
　憑きものが落ちたような清々しい笑みを見せて同意するディオス。
　ちょうどその時、風が強く吹き、夢想花の花びらが一斉に宙に舞った。
　それはまるで、3人のやりとりを見守っていた夢想花の花園からの祝福のようであった。
　かつてウィンクルム達が結婚の儀を執り行っていたと言われる神聖な遺跡。
　今この場所で、また一つ、ウィンクルム達による新たな結婚の約束が取り交わされた。

「不束者ですが末永く宜しくお願いします」
　一段落ついて3人が落ち着きを取り戻すと、
　クロスはオルクスとディオスの顔を見つめながら、そう言って改めて頭を下げた。
　おう、と短く返すオルクス。
　ディオスは、クロスとオルクスの顔を順番に見つめる。
「クロ、それにルク、これからも宜しく頼む」
　笑顔でそう言うディオスの頬には、いつの間にか再び涙の筋ができていた。
「世間体とか関係ない、俺達は俺達だ」
　ニッと強気な笑みを見せるクロス。
　二夫一妻。
　一般的な形とは少し異なるが、それは多くの傷を抱えて生きてきた彼らがようやく見つけた、幸せの形だった。
　神聖なる遺跡の加護が、きっとこの先も3人の幸せを大切に護ってくれる。
　確証はないものの、彼らは不思議と自然にそう感じていた。

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