ラセルタ＝ブラドッツは、自らの屋敷にて一緒にクリスマスを過ごしたいと申し出た神人、羽瀬川　千代と共にタブロス・モールに訪れていた。
　寒い。早く帰宅して二人きりでクリスマスを過ごしたい。
　そんな思いなのか、ちょっとでも油断すると彼は踵を返してしまいそうだ。
　そんな彼の背を押して、千代はショッピングモールのお目当てのコーナーを目指し歩く。
　よほど外が寒かったのか、身を竦めて歩くラセルタの手を、千代はそっととった。
「千代？」
　どうかしたのか、と問う前に、千代はその手をそっとすくい上げ、自分の両手で包んでふぅ、と息を吹きかけた。
　手袋越しなので、暖かさを感じるかと言われると微妙な所ではあるが、ラセルタはその仕草に胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「ふふ、暖かくなるおまじないだよ？」
　優しく微笑んで見上げてくる彼が、どうしようもなく愛しい。
　こうやって、不意に幼子と同じような扱いで、このディアボロ成人男性に無邪気な事をするこの恋人は困ったものだとラセルタは小さく息を吐いた。
　――もちろん、幸せなため息。
（これが萌えというものだな、俺様は理解したぞ）
「あぁ、暖かいな」
　柔らかく微笑んでやると、千代は嬉しそうに頷く。
「けど……この方が更に暖かい」
　千代の手に自らの繊細で美しい指先を絡め、ラセルタは艶っぽく微笑む。
　ぎゅっと愛しさを込めて握り返された手に、千代は嬉しさを隠せなかった。
「美味しいものをたくさん買って、早く帰ろう」
「そうだな」
　頷き合い、食料品のコーナーへ向かう。
　ラセルタは、目に付いたものを片っ端から買い物かごの中に放り込んでいった。
　上物のワインに、それによく合うテリーヌや生ハム、チーズなんかも。
　千代は七面鳥を手に取り、ラセルタの家のオーブンなら十分焼けるだろうと踏んで籠の中に入れた。
「あとは、クリスマスプディングに……ブッシュドノエルだね」
　ケーキコーナーに向かう千代の足取りは軽く、ラセルタはふっとその姿に頬を緩めた。
「千代は本当に甘味が好きだな？」
　そういうラセルタも大の甘党なのだが。ふたつも食べられるのか？　と笑うラセルタに、千代は振り返り頷く。
「大丈夫だよ、ラセルタさんも食べるんだから」
　食後は美味しい紅茶を淹れて一緒にケーキを食べようね、と嬉しそうに言う恋人に、ラセルタは頷き、共にケーキコーナーへと向かった。
　――ケーキも選び終えて、そろそろ会計かと思った時にラセルタはふと気づいた。
　先刻から、千代は何かを探すように時々キョロキョロしているのだ。
　かと思えば思案顔になって俯いたり、話しかけても反応が少し遅かったり。
　どうしてしまったのかとほんの少し心配になり、ラセルタは千代に声をかけた。
「千代」
「えっ、あ……ごめん。ぼーっとしてた？」
　買ったものを袋詰めしながら、千代が笑う。
「あぁ……なんだ？　買い忘れか？」
　少し慌てた様子を見せた千代に、ラセルタは小首をかしげる。
　『買い忘れ』そう聞いて、千代は閃いたように頷いた。
「うん、そう。買い忘れたものがあったんだ。ラセルタさん、申し訳ないんだけど、あのガラスツリーの下で待っていてくれる？」
　すぐに戻るからね、と荷物をラセルタに渡し、ショッピングモールのほうへ走っていってしまう千代。
　ラセルタはぱちくり、と目を丸くしたが、言われた通りガラスのツリーの下で待つこととした。

　千代はと言うと、気になっていた雑貨店に向かう。
　目当ては、インディゴライトをあしらった銀の懐中時計。
　まるで、彼の銀糸の髪のように美しい銀細工に、深い海をうつしたような、気高くきらめく透き通ったインディゴライト。
　たくさん迷ったが、これが一番彼に似合う。そう思って購入を決めた。
　――さあ、急いで彼のもとへいこう。きっと、待っている。
　千代はクリスマスのラッピングをしてもらった懐中時計を手に、急ぎ足でガラスツリーの方へ向かった。

　大きなガラスツリーの下に、一番愛おしいディアボロの姿を見つける。
「ラセルタさん！」
　小走りで近寄ると、ラセルタが微笑んでくれる。
「ごめんね、お待たせ」
「探していたものはあったか？」
　まったく、俺様を置いて行くなんて困った恋人だと怒るわけでもなくからりと笑うラセルタに、千代はさっと頬を赤らめる。
「無事買えたよ。……それにしても」
　見上げると、キラキラときらめくガラスの大木。
　まぶしすぎて、思わず目を瞑る。
「たくさんの光がキラキラ反射して……すごく綺麗だね」
　ショッピングモールの店の光、装飾のイルミネーションの光を乱反射するツリーは、日常を忘れさせる美しさで圧倒してくる。
「ああ、本当に……美しいな」
　ツリーを見上げていたはずのラセルタの視線は、いつのまにか傍らの千代へと移っていた。
　ツリーの輝きはもちろん美しいが、今のラセルタが欲しかったのはツリーのきらめきではなかった。
　それは千代とて同じで、ツリーを見つめていた瞳はいつしか自然とラセルタに移っていた。
　――だって、ツリーの輝きはまるで星を映した彼の瞳みたいだったから。
　そう思うと、彼の瞳が恋しくなって、彼の瞳を見上げずにはいられなかったのだ。
　二人の視線が、ちょうどかち合う。
　目があったその瞬間に、千代の中に温かな感情が溢れ出していった。
　心が、震える。
　好きだ。
　俺は、どうしようもない位。
　言葉に尽くせないほどに、
　彼の事が愛おしい。
　――大好き。
　その思いは、言葉に乗せて唇から零れることはなく、ただただその金色の瞳が細められ、とろけるような微笑みに変わるだけ。
　言葉にならなかった愛しい気持ちは、その表情だけでラセルタにしっかりと伝わる。
　千代のこんな表情を見るたび、これが『幸福』なのだろうと改めて感じるのだ。
　しばらくそうして見つめ合っていた二人だったが、千代がラセルタの袖をくい、と引く。
「あのね、ラセルタさん。渡したいものがあるんだ」
　帰ってきたときに千代の手にあった袋。その中から、千代は小箱を取り出す。
「メリークリスマス、ラセルタさん。今この時を一緒に過ごせて良かった」
　受け取って？　と微笑む千代の手から小箱を受け取る。
「開けても良いのか？」
「うん」
　はにかむ千代の表情が愛らしいのも何よりのプレゼントなのだが、ラセルタは千代が何を選んでくれたのかと、そっと小箱を開く。
「これは……」
　きっと、一生懸命考えて、一番似合う、一番素敵なプレゼントを選んでくれたのだろう。
　そして、それを計画していたことを秘密にして、こうやってサプライズするためにこっそり1人で買いに走ってくれたのだ。
　買い忘れがあるのかと尋ねたときに動揺した瞳、ときおり忙しなく売り場を見つめる様子。
　先刻までの千代の様子、態度の全てに説明がつくようになった。
　たまらず、ラセルタは小箱を持ったまま千代を抱き寄せる。
「ラセルタ、さん？」
　ぎゅっと抱きしめると、千代はおとなしくその腕の中に収まりながらも頬を真っ赤に染める。
　――みんな見てるよ、と小声で告げるも、ラセルタはただただ幸せそうな声色で答えるだけ。
「ふ、感激しているのだ。ますます惚れてしまうな？」
　こんな可愛らしい事をしてくれて。と耳元で呟くラセルタに、千代の心拍数がどんどん上がっていく。
　抱きしめられて包み込むように響く『ありがとう』と言う言葉に、千代は幸福感で一杯になりながら目を細め、頷く。
「……メリークリスマス、千代」
　低く耳元で囁かれた祝福の言葉。
　固く抱きしめた腕をそっとほどき、ラセルタは千代の瞳をまっすぐに見つめた。
「これからも同じ時を歩んでいくとしよう」
　絶対に離さない。
　確かな愛情と、少しの独占欲、あたたかさを込めた言葉と視線が千代を包む。
　これからも、二人はきっと離れない。
　静かに頷いた千代の指が、当然のようにラセルタの指に絡められた。
　さあ、帰って極上のパーティーを始めよう。
　これからのこと、今までの事、たくさん話そう。
　――クリスマスの夜は、きっと、二人を優しく見守ってくれるから。

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