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「遺跡の中にこんな場所があるとは驚いたな……」

　グレン・カーヴェルが、視界を埋める様々な青に思わずこぼす。

　偶然見つけられた鍾乳洞の遺跡。
　どうやら昔にウィンクルムたちが結婚の儀なるものを行っていたようだが
　その中にはいくつかの場所があり、それによって見える光景が違うという不思議な遺跡。

　そんな様々な場所の中から、グレンがニーナ・ルアルディと選んだのは、時雨の愛唄。
　ここでしか見られない夢想花は青く咲き
　この遺跡を作り上げた鍾乳石である恋慕石柱も青く光る。
　そして、その石柱になりゆく滴もまた、青く青く色づいているのだ。

　それはまさに、一面に広がる青い世界。

　コツ、コツ――と歩く音が響く。
　それに反響するように、光が揺らめき、二人を包む。
　隣には楽しそうに笑うニーナ。
　どこか跳びはねているようにも見えるほど嬉しそうな気持ちが溢れ出ている。

「お前、いつにも増して随分落ち着きがないな」

　このままじゃ転びかねないと思ったグレンが、注意するようにニーナに声をかける。
　しかしニーナは視線が移り変わる度に感嘆の声を零しながら、興味をあちらこちらに向けて落ち着かない。
　何故ならそこには見たこともないような、神秘的な青だけの景色。
　ニーナを感動させるには充分だった。

「……転ぶなよ」

　一向に落ち着く気配のないニーナにそう伝え、念のためにと気を張っておく。
　実際、このまま転びかねないところがあるのがニーナだ。
　ニーナはそんなグレンの心配など知らず、幸せそうな微笑みをグレンに向ける。

「昔の人はここで結婚式を挙げてたんですよね」

　空気に溶け込むように、その情景を想像するニーナ。
　その美しさに思わず吐息が漏れる。
　こんな幻想的な空間で誓いを交わせることができるなんて
　どれだけ素敵なことだろうか。

「羨ましいです……！」

　きっとより一層素晴らしい、華やかなシーンが切り出されるに違いない。
　そんな場面に感動するニーナを見て、グレンは「ふぅん……？」と相槌。

「お前もやっぱ結婚とか、そういうものには憧れるもんなのかね」

　女の子の憧れというイメージも強い『花嫁』と『結婚』。
　言われるまで気にした事はなかったが、ニーナも年相応にそういう感情はあるのだろう。
　グレンの言葉にニーナは瞳を閉じ、その様子を思い浮かべる。

「結婚したら、起きた時に大好きな人がそばにいて……」

　そこにあるかのように紡ぎ始めたのは、自身の望む幸せな毎日。
　大切な人と共に過ごすための約束を交わした、その後の生活。

「ご飯を食べたり、お話したり」

　それは『家族』になるということ。
　いつも傍にあるということ。
　今日は何があったのかなんて話をして、互いの時間を共有する。
　例え何もなくても、くだらないことだとしても。
　相手と重なった道を歩くために。

「出かける時は『いってらっしゃい』『ただいま』でお互いを迎えて」

　そうして帰る場所がそこにあって
　帰りたいと思える場所がそこにあって
　そして、言葉が出迎える。
　そこに存在するのは、確かな空間。

「それで、お休みの日は一緒に買い物したりするんです」

　過ごせなかった分、沢山一緒にいられるお休みの日。
　なんて幸せな生活だろう、とニーナは目をきらきらとさせる。

「……何つーかよ」

　ニーナの話を聞いていたグレンは、自分達の生活を思い返して。

「お前の話聞いてる限り、俺達の今の生活と大して変わらねーな」

　そう。ニーナの理想の結婚生活は現在の日常にとても近い。
　逆に何が違うというのか、と言ってしまいたいほど。

「た、確かにいつも通りといえばいつも通りなんですけど……！」

　グレンの言葉に慌てるニーナ。
　ぐっと拳を握って反論の構え。

「でも違うんです結婚生活っていうのはもっとこう……！」

　しかし説明しようとすると言葉が詰まる。

「こう何だよ」
「こう……」

　ニーナは思考を巡らせて必死に違いを探す。
　しかしそれを表現する言葉が出てこない。
　そして段々とそんなものはないのではないかという気持ちになる。

「ああでもやっぱり違わない気もしてきました……っ」

　がくんと拳を下ろした。

　ニーナの中で同棲と結婚は、どこか違う。
　ただ、それが何かと聞かれればよくわからない。
　一体そこに足りないのは何か。
　憧れる理由は何なのか。

「……なあ」

　そんなニーナに、ふと、グレンは思う。

「いっそのこと本当に結婚しちまうか？」

　時が止まったような気がした。
　形になってしまいそうなほど響いたグレンの言葉。
　まるでそこに永遠に残るかのように切り取られた刹那。
　呼吸も、体も、光も、感じられるすべてのものが止まったように思えた。

　そんな空間を動かしたのは、ぽたり――と、雫が落ちる音。

　少なくともニーナの中では、聞き間違いなのではと思うほど。
　グレンはさらっとした言い方で、何も気にしていないような様子で。
　まるで夢なのではないかとすら思えて。

「え、今何て……？」

　確認するように尋ねる。
　その驚いた顔に、グレンはもう一度同じ台詞を言うわけもなく。

「……嫌ならいいけどな」
「い、嫌なわけありません！」

　全力で否定して、思い切りグレンに抱き付いた。

「すごく嬉しいです！！」

　本当に、とってもとっても嬉しい。
　それ以外の表現が思いつかなくて、この喜びを、幸せを伝えたくて
　それはグレンのことが大切で、大好きで、たまらないからで。

　回した手に力を入れて、離さないように抱きしめる。
　全身から全部の気持ちが伝わるように。

「ああもう嬉しいのは分かったからじゃれるなって、本当に転ぶぞ」

　不安定な道で人にしがみつきながら歩くのはさすがに危ない。
　落ち着くように言って体を離させる。
　本当はちゃんと伝わりきってる気がしなくて離れたくなんてないのだけど
　転んでしまったら大変だと諦めるニーナ。

　でもその全力の喜びは、ちゃんとグレンに伝わっている。
　だからグレンもきっと喜びを宿しているのだろう。
　少しだけ呼吸を深くし、伝える言葉。

「言っておくが、さすがに今すぐじゃねーからな。色々片付けてからだ」

　それはウィンクルムとしてか個人としてか、それともニーナのことか。
　ちゃんと、けじめをつけるということだろうか。
　とにかく少し時間がかかってしまうかもしれないけれど。

「それまでいい子できちんと待ってろよ」

　どこか意地悪な笑みでニーナに告げる。
　だけどニーナの瞳は、恋慕石柱に負けないほどに輝いて。

「あの……私、待ってます、その時までずっと、待ってますから！！」

　グレンを見上げて必死に訴える。
　ニーナからしてみれば、その約束だけでも嬉しくて。
　誓いを交わせたことが、本当に嬉しくて。
　それを考えたら、待つことなんて、何も苦じゃないから。

　その先に、グレンとの未来があるのだから――

「……言ったな」

　喜びが溢れるニーナの頬にグレンが触れる。

「今後逃がすつもりも話すつもりも一切ねーから覚悟しとけよ？」

　囁くような声なのに、それはニーナの耳に強く響く。
　ニーナはカァァと赤くなりながら、首が取れるんじゃないかと思うほど頷いて
　その姿を見たグレンは満足そうな笑みを浮かべる。

（……さーて）

　その笑顔の裏で思うのは、もう一人の精霊でありニーナの双子の弟でもあるカイ・ラドフォードのこと。
　グレンを苦手としているのか、好きになれないのか
　いちいちつっかかってくるためグレンのおもちゃのようになりつつある彼のことだが……。

（今度カイの奴にこのことを俺から報告してやるか）

　にやりと笑う。
　自ら報告をするため、ニーナにはそれっぽいことを言って口止め。
　まるで自分の義務のように伝えたが、実際は違う。
　その伝えた後の反応を見たいからだ。

（どんな風に食ってかかってくるか、今から楽しみだな）

　その様子を想像してか、口元には楽しそうな証。
　ニーナはそんなことわかるわけもなく、嬉しそうに笑う。
　カイはからかわれる運命から逃れられないのかもしれない。

　でもきっと、それは二人ともニーナのことが大切だからだ。

　交わした約束を想いながら、先を歩んでいく二人。
　とても幸せそうなニーナと、本当に満ち足りた様子のグレン。
　実は今一番幸せな状況にあるのは、グレンなのかもしれない。

依頼結果：大成功

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