プロローグ
旧タブロス市街にある、『ウェディングハルモニア』には、地下へと繋がる道が秘匿されていた。演習の折、偶然に見付けられたものではあったが、その先には神秘的な鍾乳洞の遺跡が、静かに、穏やかに、何かを待ち詫びていた。
*
A.R.O.A.が頻発する苛烈な戦いの中で、僅かでも休養をと考え、新たに今回発見された鍾乳洞の遺跡で休息を提案した。
「我々の調べた限りですと、この遺跡はかつて、ウィンクルムたちが結婚の儀を執り行っていた場所であることが分かっています」
そういった神聖な場所だからこそ、愛を深め、休息になるのでは、と職員は続ける。
「多くを確認はしていませんが、非常に美しく、神秘的な遺跡です。
また、中央付近に存在している石碑によりますと、この遺跡で愛を伝えると、より深い愛情に包まれるそうです」
「結婚の儀?」
ウィンクルムが問う。
「はい。遺跡内には『夢想花』と呼ばれる花が咲いており、その花で作られたブーケをパートナーへと手渡し、
想いのこもった言葉、愛の言葉を伝え、身体のどこかに口付けをする――と言ったものです。
現代の結婚式などとはだいぶ違っていますが、あくまでも愛を深めるための儀式だと思ってください」
「とは言っても、遺跡で唐突にそんなこと、さすがにできないだろ」
意を決して、それだけを行いにいくと言うのはなかなかに勇気がいる。
しかし、職員はここぞとばかりに、この上ない良い笑顔を作った。
「ご心配には及びません。デートスポットは充実しています……!」
熱がこもり始めたのは、気のせいだろうか。
ウィンクルムの懸念をよそに、職員は話を続ける。
「まずは『せせらぎの洞窟湖』です。
透明度の高い水が一番の見どころです。高い水温のおかげで水遊びもできますし、水辺で寛げる椅子も、大自然の粋な計らいで完備されています。
次に、『夢想花の園』です。
先ほども申し上げた通り、ブーケとしても使われる夢想花が生い茂っています。ぽかぽかと春の日差しのような花園でピクニックなど如何でしょう。
次に、『エンゲージ・ボタルの洞窟』です。長いので蛍洞窟としましょう。
せせらぎの洞窟湖から流れる川を小型船で移動しながら、星空の如きエンゲージ・ボタルと、『恋慕石柱』が連なる洞窟を見渡せます。
どんどん行きましょう。
次は『やすらぎの水中洞窟』です。 せせらぎの洞窟湖の水底に開いた洞窟で、ウィンクルムが潜る場合は道具不要、水濡れなく安心して潜ることができます。
呼吸の心配も不要です。100ヤード先が見渡せる水中を探索なんて、素敵だと思います。
続いて、『恋知り鳥の大穴』です。
全長500m、幅30mほどもある大穴です。壁から生えた、色とりどりのクリスタルが見どころです。
かなり高い場所から飛んでいただきますが、ウィンクルムがジャンプする場合、途中で一気に減速して着地に不安はありません。飛ぶ勇気だけです。
まだまだありますよ。
『恋慕石柱のプラネタリウム』です。恋慕石柱としましょう。長いものは略していくスタイルです。
夢想花で自然形成された椅子から、恋慕石柱とエンゲージボタルの織り成す幻想的な景色を眺めることができます。
ほかの場所よりも比較的暗くなっていますので、夜空を眺める気分が楽しめそうです。
最後に、『時雨の愛唄』です。
青い夢想花が咲き誇り、青の空間が広がる神秘的な空間です。
恋慕石柱も青っぽく、鍾乳洞特有の、滴る水滴までもが青く輝く空間となっています。
以上の、多彩なデートスポットをご用意しておりますから、唐突に、前触れもなく愛を叫び出すことはまずないと思ってください。
そうなった場合は、どうぞ自己責任で……」
語尾を濁した職員だったが、今回のデートスポットには相当の自信を持っているようだ。
「古のウィンクルムが執り行った婚礼の儀になぞらえながらの神秘的な遺跡を探索デート、なんていうのも乙だと思います」
普段とは違った景色を眺めてのデート。
二人の距離が近づきそうな、そんな予感がする。
プラン
アクションプラン
ミサ・フルール (エミリオ・シュトルツ) (エリオス・シュトルツ) |
|
③、【恋慕石柱】を選択 これは一体どういう状況…なの?(険悪な仲の親子が揃っていることに困惑) エミリオ落ち着いて! 剣を向けたらダメだよ…! こ、婚約…!? それは、その、まだ…ですけど… なっ、違います! エミリオ以外に結婚したいと思う男性なんていません! (有無を言わせないエリオスの威圧的な態度に違和感を感じつつ) …エミリオ、私貴方と婚約したい エリオスさんに言われたからとかじゃなくて、私がそう思ったの もう前のように離れたくないの 私もっと貴方と繋がっていたい エミリオ愛してる ずっとずっと…傍にいさせて(エミリオと口づけを交わす) (私はもう逃げない。 この2人が憎しみ合わずに、3人で笑い合える道を探したいの) |
リザルトノベル
●予想外!トリプルデート
その日、ミサ・フルールとエミリオ・シュトルツはデートの予定だった。
デートというからにはてっきり2人きりだと思っていたのだが。
「これは一体どういう状況……なの?」
困惑のあまり、半ば呆然と呟くミサ。
無理もない。最愛のエミリオと共に、エミリオの父であるエリオス・シュトルツが現れたのだから。
仲の良い父子ならばまだ話も分かる。
だがエミリオとエリオスの仲は犬と猿どころの話ではない、
例えて言うならば超強力な磁石のS極とS極、N極とN極、とんでもなく険悪なのだ。
ミサが戸惑うのも当然といえた。
「ねぇ、何で俺とミサのデートにお前がついてくるのさ」
さりげなくミサとエリオスの間に立ったエミリオが、その儚げな姿には不似合いな強い視線を父に向ける。
憎しみに満ちたその瞳はまるで暗闇に燃える炎のようだ。
しかしエリオスはそんな気配をまるで感じていないかのように、口元だけの笑みを浮かべる。
「俺はお前を礼儀知らずな子供に育てた覚えはないぞ」
「……今更 父親ぶらないでよ」
ピシャリと言い返すエミリオ。
「俺、お前に育てられた覚えはないのだけど」
するとエリオスは「はは、そうだな」と笑った。
笑みの形に細められたエリオスの目に、一瞬、冷たい光がよぎる。
「息子の育児は母親に押しつけて放置していたな」
「っ、この……!」
エミリオの弱点を痛烈に突く言葉に、かっとなり、エミリオはエリオスに掴みかかろうとする。
今日はデートの予定だったため帯剣していなかったが、もし剣があれば今にも斬りかかりそうな勢いだ。
しかし、そんなエミリオを止めたのはミサだった。
「エミリオ落ち着いて! ダメだよ……!」
エミリオの背中から手を回し、引き止めるミサ。
図らずも抱きしめられるような形になり、ミサの細く柔らかな腕の感触にエミリオは失いかけていた自制心を取り戻した。
エミリオが深く息をつき「もう大丈夫」と言うと、ミサはニコリと笑って手を離す。
離れていく手を追うようにミサの手をとり、エミリオは「ありがとう」と礼を述べた。
根深い確執のある父子だが、
怒りにまかせて暴力に及んだのではA.R.O.A.や世間への申し開きという厄介な問題も出てくる。
ミサがエミリオの暴挙を止めたのは当然といえた。
なんでもないというように微笑んで首を横に振るミサと、それに微笑み返すエミリオ。
そんな二人の様子を、エリオスが底の見えない瞳で静かに見つめていた。
●美しき遺跡
ミサとエミリオにとっては予想外なことに3人での道中になってしまったものの、
ミサ達は当初の予定通りに、ウェディングハルモニアから続く遺跡に向かうことにした。
かつてはウィンクルム達が結婚の義を執り行っていたと言われる神聖な場所。
遺跡であるにも関わらず、まるで早朝の高原のように清々しい空気に包まれていると、
日頃の疲れが溜まった身体に澄んだ空気が満ちてくる気がする。
知らず知らずのうちに目を細め、大きく息をするミサとエミリオ。
そうして同時に深呼吸をしていたことに気づき、ミサとエミリオは互いの顔を見合わせて微笑み合った。
「恋慕石柱のプラネタリウムはどこかしら?」
ミサが、A.R.O.A.職員から手渡された案内図に目を落としながら言う。
「この通路の奥だろう」
迷いなく右手の通路を指差すエリオス。
エミリオが少し不快そうに眉を潜めたが、エリオスはまるで気にしない。
「行ってみましょう?」
そっとエミリオの身体に触れてミサが促すと、エミリオはまるでミサをエリオスから庇うようにして歩きだした。
鍾乳石がカーテンのように垂れ下がり、少し狭くなった通路。
頭をぶつけないようにと、互いに気を配りながらすり抜けてみれば、その先に広がっているのは一面の花畑であった。
鍾乳洞の硬い岩の床を覆い尽くすように広がる夢想花。
それらが自然と絡み合い、まるで大小の石柱のような柱を形成している。
きっとあれがA.R.O.A.職員が言っていた恋慕石柱なのだろう。
更に、広く広がりを持った薄暗い洞窟の天井にはエンゲージボタルが飛び回り、まさにプラネタリウムのようである。
「きれい……」
胸の前で手を組み、感極まったように呟くミサ。
エミリオはもちろん、エリオスでさえもこの景色の美しさにしばし我を忘れているようであった。
●あなた以外は……
どれほどの間、その神秘的な光景に見とれていただろうか。
一足先に感激の淵から舞い戻ってきたエリオスが、まだ感動の中に浸っているミサに唐突に訊ねた。
「ところでミサ。息子とは婚約しているのか?」
「こ、婚約……!?」
思わず上ずった声で聞き返すミサ。
質問により急に現実に引き戻された上に、訊ねられた内容が内容だったのだ、無理もないだろう。
「それは、その、まだ……ですけど……」
婚約していないのは事実だが、このように自分の口から言うのはエミリオを急かしているような気がしなくもない。
どう答えたものかと口ごもる様子のミサを守るように口を開いたのはエミリオだった。
「突然何を言い出すのさ」
エミリオの言葉に含まれる棘をものともせず、エリオスは品の良いやや大仰な仕草で眉を上げる。
「随分と仲が良いのに未だしていないとは。息子よ、少しばかり手を出すのが遅すぎるぞ」
痛いところを突かれ、エミリオはぐっ……と言葉に詰まる。
「お前の事さえなければ、俺はとっくに!」
エミリオの恨みの篭った視線などどこ吹く風、エリオスは含みのある笑みを浮かべながら、今度はミサに目を向けた。
「それとも、フルール嬢には他に想い人がいるのかな?」
「なっ、違います!」
慌てて首を振るミサ。
そして手を伸ばし、かたわらのエミリオの腕に触れるとミサは真っ直ぐにエリオスの目を見つめながら宣言する。
「エミリオ以外に結婚したいと思う男性なんていません」
迷いのない凛としたミサの表情に、エミリオは射抜かれたかのように動きを止め、
エリオスはまるで眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「……だそうだ、よかったな? エミリオ」
エミリオにとっては皮肉なことだが、エリオスのその言葉で、ようやくエミリオはミサの言葉が真実として実感できた。
ミサの言葉はあまりにも幸福で、エミリオはそれをにわかには受け止めることができなかったのだ。
腕に置かれたミサの手を取り、エミリオはこれまで見せたどの笑顔よりもうれしそうな微笑みを浮かべる。
「ミサ……有難う、俺もお前以外の女性と結婚したいとは思わない」
エミリオの言葉と表情に、ミサもまた嬉しそうな微笑みを浮かべる。
そんな2人の様子は、まさに幸福に包まれるカップルそのものだった。
●愛の誓いの儀式
「これで話はまとまったな」
ちょうどいい機会だから、今ここで婚約をしてしまえと言うエリオス。
互いの意志確認はできているし、場所としてもここならばムードは十分である。
だがミサとエミリオは、今この場でいきなり、しかもエリオスの前ということでなかなか踏ん切りがつかない。
困惑する様子の2人を前にエリオスは言う。
「俺はシュトルツ家へ嫁ぐ女は、ミサ、お前以外認めん」
つまり、エミリオがミサ以外の女性と結婚するのは認めないということだ。
嫌悪する父親が自分の望みを後押しすることにエミリオは不信感を抱く。
「今度は何を企んでいるの?」
「企むも何も出会った時から思っていたことだ」
喉の奥でククッと笑いながら答えるエリオス。
「父親が子供達の幸せを願う、何もおかしなことはないだろう?」
普通の親であればそれは当たり前のことなのだろう。
だがそれはあくまで『普通』の親の場合だ。
エミリオとエリオスの父子関係が『普通』の範囲に入らないことを、エミリオは我が身をもって知っている。
その父親が「子供達の幸せを願う」などと口にして、警戒するなという方が無理だった。
「さあ、誓え、俺が見届け人になってやる」
威圧的で有無を言わさぬエリオスの態度。
普段は、あくまで表向きではあるものの柔和な姿勢を崩さないエリオスの断固とした物言いに違和感を覚えつつも、
ミサはエミリオに向き直ると口を開いた。
「エミリオ、私貴方と婚約したい」
驚き、エリオスを睨むエミリオを手で制し、ミサは続ける。
「エリオスさんに言われたからとかじゃなくて、私がそう思ったの。もう前のように離れたくないの」
「……っ、ミサ!」
ミサの両親を殺めたエミリオ。
罪の対価としてミサに憎まれようと、エミリオはかつて、ミサに酷い態度をとっていたことがある。
その時のように離れたくはないというミサ。
「私もっと貴方と繋がっていたい」
エミリオの罪もまた共に背負って未来を築いていきたいとミサは言う。
悲しい過去を抱えながらも、ミサは未来を目指し、エミリオを深い愛情で包んでくれる。
ミサの真摯な気持ちに、エミリオは改めて胸を打たれた気がした。
「俺もお前と離れたくない」
手を伸べ、エミリオはミサを夢想花でできた手頃な大きさの石柱に腰掛けさせる。
そうしているとミサは、まるで花の精のように美しく見えた。
一面に咲き乱れる夢想花を何本か摘み取るエミリオ。
そうしてそれを小振りなブーケの形にまとめると、エミリオはミサの前に片膝をついた。
「今まで沢山の誓いを立ててきたけれど、それよりも確かな絆がほしい」
低い位置からミサの目を真っ直ぐに見上げ、エミリオは大切な想いと共にブーケをミサに差し出した。
「誓うよ、お前を愛してる」
ほのかに頬を染め、ミサは優しい手つきで夢想花のブーケを受け取る。
「エミリオ愛してる。ずっとずっと……傍にいさせて」
高まる思いに引き寄せられるように、ミサとエミリオの唇が自然と重なった。
まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、
天井付近を漂っていたエンゲージボタルがミサとエミリオの周囲へと降りてくる。
2人の周りをフワフワと漂うエンゲージボタルの光は、2人への祝福。
夢想花のブーケを渡し、心のこもった愛の言葉と共にくちづけをする、
ミサとエミリオがそうと意識した訳ではなかったが、それはかつてのウィンクルムの結婚の儀そのものであった。
●狙い通りの決意
まるで一枚の絵画のように美しいその光景を、冷えた瞳で見つめているのはエリオスだった。
その口元には、得体の知れぬ昏く静かな笑みが浮かんでいる。
(そうだ、俺はずっとほしかった)
エリオスがほしかったのは、息子が愛する相手と結ばれるという幸せな未来などではない。
(これでお前は、俺達親子から一生離れないと誓ったのだ)
ミサがエミリオから離れなければ、ミサはエリオスからもまた離れることはない。
ミサがエミリオに「ずっと傍にいさせて」と誓うということはまた、エリオスの傍にもいるという誓いなのだ。
シュトルツ家へ嫁ぐ女はミサ以外認めない。
その言葉は、滅多に本音を見せぬエリオスが漏らした、本音の欠片だったのだ
静かに嗤うエリオスの姿を、ミサがエミリオの腕の中から捉える。
幸せに浸るようにエミリオの胸に額をあてて目を閉じながら、ミサは一人誓った。
(私はもう逃げない)
エミリオとエリオスが憎しみ合うことなく、全員が心から笑いあうことのできる未来、
それを目指すためならば何が起ころうとも逃げ出すことはしない、ミサはそう心を決める。
逃げない。ミサのその誓いこそがエリオスの思うつぼであることは、ミサはまだ知る由もなかった。
その日、ミサ・フルールとエミリオ・シュトルツはデートの予定だった。
デートというからにはてっきり2人きりだと思っていたのだが。
「これは一体どういう状況……なの?」
困惑のあまり、半ば呆然と呟くミサ。
無理もない。最愛のエミリオと共に、エミリオの父であるエリオス・シュトルツが現れたのだから。
仲の良い父子ならばまだ話も分かる。
だがエミリオとエリオスの仲は犬と猿どころの話ではない、
例えて言うならば超強力な磁石のS極とS極、N極とN極、とんでもなく険悪なのだ。
ミサが戸惑うのも当然といえた。
「ねぇ、何で俺とミサのデートにお前がついてくるのさ」
さりげなくミサとエリオスの間に立ったエミリオが、その儚げな姿には不似合いな強い視線を父に向ける。
憎しみに満ちたその瞳はまるで暗闇に燃える炎のようだ。
しかしエリオスはそんな気配をまるで感じていないかのように、口元だけの笑みを浮かべる。
「俺はお前を礼儀知らずな子供に育てた覚えはないぞ」
「……今更 父親ぶらないでよ」
ピシャリと言い返すエミリオ。
「俺、お前に育てられた覚えはないのだけど」
するとエリオスは「はは、そうだな」と笑った。
笑みの形に細められたエリオスの目に、一瞬、冷たい光がよぎる。
「息子の育児は母親に押しつけて放置していたな」
「っ、この……!」
エミリオの弱点を痛烈に突く言葉に、かっとなり、エミリオはエリオスに掴みかかろうとする。
今日はデートの予定だったため帯剣していなかったが、もし剣があれば今にも斬りかかりそうな勢いだ。
しかし、そんなエミリオを止めたのはミサだった。
「エミリオ落ち着いて! ダメだよ……!」
エミリオの背中から手を回し、引き止めるミサ。
図らずも抱きしめられるような形になり、ミサの細く柔らかな腕の感触にエミリオは失いかけていた自制心を取り戻した。
エミリオが深く息をつき「もう大丈夫」と言うと、ミサはニコリと笑って手を離す。
離れていく手を追うようにミサの手をとり、エミリオは「ありがとう」と礼を述べた。
根深い確執のある父子だが、
怒りにまかせて暴力に及んだのではA.R.O.A.や世間への申し開きという厄介な問題も出てくる。
ミサがエミリオの暴挙を止めたのは当然といえた。
なんでもないというように微笑んで首を横に振るミサと、それに微笑み返すエミリオ。
そんな二人の様子を、エリオスが底の見えない瞳で静かに見つめていた。
●美しき遺跡
ミサとエミリオにとっては予想外なことに3人での道中になってしまったものの、
ミサ達は当初の予定通りに、ウェディングハルモニアから続く遺跡に向かうことにした。
かつてはウィンクルム達が結婚の義を執り行っていたと言われる神聖な場所。
遺跡であるにも関わらず、まるで早朝の高原のように清々しい空気に包まれていると、
日頃の疲れが溜まった身体に澄んだ空気が満ちてくる気がする。
知らず知らずのうちに目を細め、大きく息をするミサとエミリオ。
そうして同時に深呼吸をしていたことに気づき、ミサとエミリオは互いの顔を見合わせて微笑み合った。
「恋慕石柱のプラネタリウムはどこかしら?」
ミサが、A.R.O.A.職員から手渡された案内図に目を落としながら言う。
「この通路の奥だろう」
迷いなく右手の通路を指差すエリオス。
エミリオが少し不快そうに眉を潜めたが、エリオスはまるで気にしない。
「行ってみましょう?」
そっとエミリオの身体に触れてミサが促すと、エミリオはまるでミサをエリオスから庇うようにして歩きだした。
鍾乳石がカーテンのように垂れ下がり、少し狭くなった通路。
頭をぶつけないようにと、互いに気を配りながらすり抜けてみれば、その先に広がっているのは一面の花畑であった。
鍾乳洞の硬い岩の床を覆い尽くすように広がる夢想花。
それらが自然と絡み合い、まるで大小の石柱のような柱を形成している。
きっとあれがA.R.O.A.職員が言っていた恋慕石柱なのだろう。
更に、広く広がりを持った薄暗い洞窟の天井にはエンゲージボタルが飛び回り、まさにプラネタリウムのようである。
「きれい……」
胸の前で手を組み、感極まったように呟くミサ。
エミリオはもちろん、エリオスでさえもこの景色の美しさにしばし我を忘れているようであった。
●あなた以外は……
どれほどの間、その神秘的な光景に見とれていただろうか。
一足先に感激の淵から舞い戻ってきたエリオスが、まだ感動の中に浸っているミサに唐突に訊ねた。
「ところでミサ。息子とは婚約しているのか?」
「こ、婚約……!?」
思わず上ずった声で聞き返すミサ。
質問により急に現実に引き戻された上に、訊ねられた内容が内容だったのだ、無理もないだろう。
「それは、その、まだ……ですけど……」
婚約していないのは事実だが、このように自分の口から言うのはエミリオを急かしているような気がしなくもない。
どう答えたものかと口ごもる様子のミサを守るように口を開いたのはエミリオだった。
「突然何を言い出すのさ」
エミリオの言葉に含まれる棘をものともせず、エリオスは品の良いやや大仰な仕草で眉を上げる。
「随分と仲が良いのに未だしていないとは。息子よ、少しばかり手を出すのが遅すぎるぞ」
痛いところを突かれ、エミリオはぐっ……と言葉に詰まる。
「お前の事さえなければ、俺はとっくに!」
エミリオの恨みの篭った視線などどこ吹く風、エリオスは含みのある笑みを浮かべながら、今度はミサに目を向けた。
「それとも、フルール嬢には他に想い人がいるのかな?」
「なっ、違います!」
慌てて首を振るミサ。
そして手を伸ばし、かたわらのエミリオの腕に触れるとミサは真っ直ぐにエリオスの目を見つめながら宣言する。
「エミリオ以外に結婚したいと思う男性なんていません」
迷いのない凛としたミサの表情に、エミリオは射抜かれたかのように動きを止め、
エリオスはまるで眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「……だそうだ、よかったな? エミリオ」
エミリオにとっては皮肉なことだが、エリオスのその言葉で、ようやくエミリオはミサの言葉が真実として実感できた。
ミサの言葉はあまりにも幸福で、エミリオはそれをにわかには受け止めることができなかったのだ。
腕に置かれたミサの手を取り、エミリオはこれまで見せたどの笑顔よりもうれしそうな微笑みを浮かべる。
「ミサ……有難う、俺もお前以外の女性と結婚したいとは思わない」
エミリオの言葉と表情に、ミサもまた嬉しそうな微笑みを浮かべる。
そんな2人の様子は、まさに幸福に包まれるカップルそのものだった。
●愛の誓いの儀式
「これで話はまとまったな」
ちょうどいい機会だから、今ここで婚約をしてしまえと言うエリオス。
互いの意志確認はできているし、場所としてもここならばムードは十分である。
だがミサとエミリオは、今この場でいきなり、しかもエリオスの前ということでなかなか踏ん切りがつかない。
困惑する様子の2人を前にエリオスは言う。
「俺はシュトルツ家へ嫁ぐ女は、ミサ、お前以外認めん」
つまり、エミリオがミサ以外の女性と結婚するのは認めないということだ。
嫌悪する父親が自分の望みを後押しすることにエミリオは不信感を抱く。
「今度は何を企んでいるの?」
「企むも何も出会った時から思っていたことだ」
喉の奥でククッと笑いながら答えるエリオス。
「父親が子供達の幸せを願う、何もおかしなことはないだろう?」
普通の親であればそれは当たり前のことなのだろう。
だがそれはあくまで『普通』の親の場合だ。
エミリオとエリオスの父子関係が『普通』の範囲に入らないことを、エミリオは我が身をもって知っている。
その父親が「子供達の幸せを願う」などと口にして、警戒するなという方が無理だった。
「さあ、誓え、俺が見届け人になってやる」
威圧的で有無を言わさぬエリオスの態度。
普段は、あくまで表向きではあるものの柔和な姿勢を崩さないエリオスの断固とした物言いに違和感を覚えつつも、
ミサはエミリオに向き直ると口を開いた。
「エミリオ、私貴方と婚約したい」
驚き、エリオスを睨むエミリオを手で制し、ミサは続ける。
「エリオスさんに言われたからとかじゃなくて、私がそう思ったの。もう前のように離れたくないの」
「……っ、ミサ!」
ミサの両親を殺めたエミリオ。
罪の対価としてミサに憎まれようと、エミリオはかつて、ミサに酷い態度をとっていたことがある。
その時のように離れたくはないというミサ。
「私もっと貴方と繋がっていたい」
エミリオの罪もまた共に背負って未来を築いていきたいとミサは言う。
悲しい過去を抱えながらも、ミサは未来を目指し、エミリオを深い愛情で包んでくれる。
ミサの真摯な気持ちに、エミリオは改めて胸を打たれた気がした。
「俺もお前と離れたくない」
手を伸べ、エミリオはミサを夢想花でできた手頃な大きさの石柱に腰掛けさせる。
そうしているとミサは、まるで花の精のように美しく見えた。
一面に咲き乱れる夢想花を何本か摘み取るエミリオ。
そうしてそれを小振りなブーケの形にまとめると、エミリオはミサの前に片膝をついた。
「今まで沢山の誓いを立ててきたけれど、それよりも確かな絆がほしい」
低い位置からミサの目を真っ直ぐに見上げ、エミリオは大切な想いと共にブーケをミサに差し出した。
「誓うよ、お前を愛してる」
ほのかに頬を染め、ミサは優しい手つきで夢想花のブーケを受け取る。
「エミリオ愛してる。ずっとずっと……傍にいさせて」
高まる思いに引き寄せられるように、ミサとエミリオの唇が自然と重なった。
まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、
天井付近を漂っていたエンゲージボタルがミサとエミリオの周囲へと降りてくる。
2人の周りをフワフワと漂うエンゲージボタルの光は、2人への祝福。
夢想花のブーケを渡し、心のこもった愛の言葉と共にくちづけをする、
ミサとエミリオがそうと意識した訳ではなかったが、それはかつてのウィンクルムの結婚の儀そのものであった。
●狙い通りの決意
まるで一枚の絵画のように美しいその光景を、冷えた瞳で見つめているのはエリオスだった。
その口元には、得体の知れぬ昏く静かな笑みが浮かんでいる。
(そうだ、俺はずっとほしかった)
エリオスがほしかったのは、息子が愛する相手と結ばれるという幸せな未来などではない。
(これでお前は、俺達親子から一生離れないと誓ったのだ)
ミサがエミリオから離れなければ、ミサはエリオスからもまた離れることはない。
ミサがエミリオに「ずっと傍にいさせて」と誓うということはまた、エリオスの傍にもいるという誓いなのだ。
シュトルツ家へ嫁ぐ女はミサ以外認めない。
その言葉は、滅多に本音を見せぬエリオスが漏らした、本音の欠片だったのだ
静かに嗤うエリオスの姿を、ミサがエミリオの腕の中から捉える。
幸せに浸るようにエミリオの胸に額をあてて目を閉じながら、ミサは一人誓った。
(私はもう逃げない)
エミリオとエリオスが憎しみ合うことなく、全員が心から笑いあうことのできる未来、
それを目指すためならば何が起ころうとも逃げ出すことはしない、ミサはそう心を決める。
逃げない。ミサのその誓いこそがエリオスの思うつぼであることは、ミサはまだ知る由もなかった。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 白羽瀬 理宇 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | 真崎 華凪 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年6月9日 |