●約束の冠

「タイガすごいよ……！」

　薄暗いはずの洞窟内。恋慕石柱たちがやってきた二人を淡い光で照らし出迎える。
導かれるように歩みを進めた先、石の天井がぽっかりと口を開けて、外界から優しい日差しを招き入れた場所が明るく視界に飛び込んできた。
夢想花の花畑。
それを目にした途端、セラフィム・ロイスは感動の声を上げた。
本来は物静かで落ち着いた声色を紡ぐセラフィムだが、家柄や幼少時までの生活環境の影響か、人が一般的に知る物事に疎い節がある。
その為か、初めて目にする物・体験する事への感情表現は、一際強く発せられることがあった。
そばに身も心も許した愛しい相手がいるなら、なおのこと。何も我慢する必要がないのだ。
隣に並んだパートナー兼恋人である 火山　タイガ より前に出て足早に進んでいくと、踏まないよう注意しながら花たちの間にその身を伏せた。

「ほんと綺麗……こんな空間があるなんて」

　温かな日光の色を称えていたのが、指で日の当たる箇所を変えてやると幾重にも色がでてくるのが分かった。
そんなセラフィムの姿を、一歩離れたところで立ち尽くしタイガは見つめている。
その瞳にセラフィムと夢想花が一緒に映りこめば、脳裏によぎるは職員から聞いたこの場所の云われ。結婚の儀。
いつしかタイガの胸には、未来を見据えた先……セラフィムが本当に幸せになるにはどうすればいいかと考えた時、誓いを立て彼の両親に認めてもらうべきではないかという思いが生まれていた。
両親との確執、それは唯一まだセラフィム本人の口から打ち明けられていないこと。こっそりと知っては話してくれるのを待っていること。
（結婚か……セラの親は反対するだろうな。友人関係すら反対されたんだ。俺だって一人前には程遠い）

「タイガも来てごらんよ」
「……」
「タイガ、タイガー？」
「！？　き、綺麗な花畑だな！　宝石みてー！」

　完全に内なる世界でグルグルしていたタイガに、何度目かのセラフィムからの呼びかけがようやく届けば
慌てる声色混じった、共感の言葉が飛ばされた。
（いつもみてーに言やあいい、セラが綺麗だって）
しかし、いつもならすぐ出てくる台詞が、悩む心に追いやられてしまったように今は喉の奥へと隠れてしまった。
もどかしい。
伝えたいのに、伝えていいのかも分からない。
ぐるぐる、モヤモヤと考えすぎたのか……

　グゥゥゥゥゥッ。

　タイガのお腹が盛大にエネルギー不足を訴えた。
心なしかいつもより元気が無いように見えたタイガからそんないつも通りの音が聞こえれば、セラフィムはどこかホッとしてくすっと笑んでから。

「お弁当にしようか」
「待ってましたセラ弁当！」

　考えるのは後にしよう！　腹が減っては戦もできぬって言うしな！
ぷつ、と集中力が切れれば、満面の笑顔になってセラフィムの下へと駆け出すタイガがいた。


「うま！」
「切って挟んだだけだから誰でもできるよ」
「いいや俺好みになってる！　研究してくれたんだろ？」

　花々に囲まれた中央で、セラフィムお手製のサンドイッチを早速口に運んだタイガから、嬉しそうな第一声が放たれる。
サンドイッチは二人が出会った時からの思い入れある食べ物。
最初はほとんど料理なぞ出来なかったセラフィムが、次第に自分好みの具材や味付けを工夫してくれているのが分かる。
特にこのカツサンドは。
如何に美味しくなっていっているかタイガから力説されれば、セラフィムは照れくさそうに『……実はね』と微笑を浮かべた。

　そうしてタイガのお腹が満腹になったのを見計らった頃。
他愛無い雑談を打ち切ったセラフィムが、おずおずと背中を向けてきた。
夢想花の中にごろんと横になって見上げたまま、タイガは首を傾げる。
そしてすぐに正面向き直ったセラフィムのその手には、色鮮やかな花冠が大切そうに握られていた。
きょとん、と澄んだ緑色の目を丸くしたタイガの頭に、そっとその花冠が乗せられる。

「蓮華草じゃないけれど頑張ったんだ。……約束だから」
「覚えてて」

　当然だよ、と微笑むセラフィム。
一体どれくらい練習したのだろう。約束した時は確か、作り方もまだ分からなかったみたいなのに。
自分の為に作ってくれたことも去ることながら、自分を想って練習を重ねてくれたこと自体嬉しくて。
タイガは感激のあまり珍しく言葉を詰まらせた。
そんなタイガに手を差し伸べるように、ころりとタイガの隣りに寝転がったセラフィムの方から温かな言葉が紡がれる。

「ありがとう」

　――　それは俺の台詞だ……
喉の奥で呟かれる。

「……一緒に居てくれて、過去の僕を励ましてくれて、大切なものをくれて」
「……そんなの当然だ。見てられなくて気になって」

　やっと言いたい言葉がタイガの口から絞り出された。
本当は口を出さないはずだった。セラがそれを望んでいなかったから。
なのに、結局叫んでしまった自分に、今セラフィムは言うのだ。ありがとう、と。
愛しさが募っては続く言葉を言いあぐねているタイガを、暫く見守るよう見つめてから。

「それでも」

　そんなところが……僕に無いものを持つタイガが、僕には必要で愛しいんだ。
どう言えば伝わるのだろうか。
タイガはタイガのままでいい。障害があれば一緒に超えていきたい、だから……

「悩みがあればきくからね……？」

　その言の葉に、弾かれたようにタイガは顔を上げた。
セラ、気付いて……？
先を促そうと少し待ってみるも、それ以上セラフィムから言葉は繋がらなかった。
隣りをそっと覗き込む。

「セラ……？　寝たか」

　よくよく考えれば無理もない。
ただでさえ、おそらく家に居てもセラフィムにとってはあまり安らぎを感じる場所ではないのだ。
それに加えて過去の自分と対峙し、その後はほとんど休む間もなくオーガやデミ・ギルティとの激戦が続いた。

（たくさん頑張ったんだ。昔から今まで、これからも。……俺も悩んでる暇ねぇよな）

　隣りで安心し切った表情を浮かべ、健やかな寝息を立てるセラフィムを見つめていると、答えが出た気がした。
起こさぬよう静かに離れると、タイガは夢想花を一輪、また一輪と摘んでいくのだった。

●想いと思いが交わる時

「……え？」
「先約で」

　どれくらい寝てしまったんだろうか、とぼやける視界をぬぐって体を起こしたセラフィムの瞳に
まさに目が覚めるという言葉が似合う、純白の花々がまとめられて差し出された。
それは真っ白な夢想花だけで作られたブーケ。
手渡すと同時にタイガの口から呟かれる。いつもの勢いある空気が今は緊張がはらんでいるようだった。

「愛してる。花に、先人に誓って幸せにする」

　俺が、セラの安らげる場所でありたい。永遠に……。
セラフィムは心から驚いたように、タイガとブーケを何度も見つめる。
決意に満ちた瞳と出会えば、もう自分の中で言うべき言葉は心に浮かんでいた。

「結婚してくれ」
「よろこんで」
「い、いいのかっ？」
「ずっと前から気持ちは決まってるよ」

　驚いた表情を綻ばせ、笑顔の返事が夢想花たちに聞き届けられた。

「セラ……！」

　気付けば感極まったタイガの腕に閉じ込められ、驚く間もなく口元にキスが落とされた。

「タイガっもう何度も好きって確かめたのに」
「何度だって！　同じ気持ちってわかって喜ばねぇ奴いるか！」
「感動屋……僕も、嬉しいよ」

　セラフィムからも、お返しの温もりがタイガの口へと触れられる。
今までも十二分に大好きだと感じていたのが、限界を知らぬように愛しさが溢れかえってくるのをタイガは感じて。
折角こんな綺麗な場所で、セラフィムと最高の幸せを分かち合っているのだ。
今すぐ押し倒したい衝動をこっそり堪え切って、代わりにタイガは揺るがぬ決意を大声で口に出した。

「ぜってー貰いに行く！」

（貰う？　結婚の儀だよね……？　答えは同じだけど聞くのは野暮かな……）

　儀式と本番が愛に埋もれて入り混じっている模様のタイガを、『タイガらしい……』と微笑ましそうに吐息で笑ってから。
セラフィムの胸にも、これが本番だったら……という思いの滴が心に落ちて広がっていった。
お互いの幸せを守るように抱き合った２人を祝福するように、儀を彩るように周囲の恋慕石柱が、白から淡い青や橙へと色を変える。
空を、海を、それらを照らす太陽をまるで思わせるように。

（幸せが続きますように）

　祈るセラフィムのポケットの中……
銀の鍵のアクセサリーが、幸せな未来の扉を開くように一度　ちゃりん　と音を立てた気がした　――。

依頼結果：大成功

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