●The smile you only
　超大型ショッピングモール『タブロス・モール』。
　何でも揃う場所とあって、その混雑は相当なものだ。

　楽しんでばかりいられない状況だけど……と、青と碧の双眸を僅かに曇らせた神人のリチェルカーレは、「見てごらん、リチェ」の言葉に瞳を上げる。
　精霊のシリウスが指差した先にある、店内に飾られた可愛らしいリースに目を緩ませた。
「クリスマスリースに使われてる素材にも意味があるって知ってる？」
　そっと手を伸べてリースに指先で触れ、リチェルカーレは精霊を見上げる。
「モミノキやマツ、月桂樹などの常緑樹の葉は、魔除けと豊作物の繁栄。松ぼっくりや麦の穂、葡萄の蔓やリンゴなどは、収穫の象徴なのよ」
　花屋の娘は、大好きな花だけではなく植物全般の事柄に詳しいようだ。
　へぇ、と短く感心の声を洩らしたシリウスに、指を口許にあて笑っている。
「あなたの部屋は、どんなふうに飾ろう……」
　赤いリボンや金色のベルなどを手に取り、真剣ながらも楽しそうに選び始めた彼女に、シリウスが目元を和ませていた。

「はぐれないように」
　その言葉と共に手を取ったシリウスに、リチェルカーレは体が暖かさに包まれるのを感じる。
（一緒に過せるのはやっぱり嬉しい……）
　頬を薄っすらと染めた少女は、触れられている手に力を込めた。
　――彼と手をつなげるなら、余計に。

　握り返してくる彼女の手を感じながら、シリウスはリチェルカーレの少し前を歩く。
　無意識にも少女を護ろうとしてしまうのは、こんな混雑の中でも、戦闘でも、変わらない。
　だが今はそれだけではなく、掌が伝えてくれる温もりに別の感情を抱いている自分がいる。
（苦手な人ごみも悪くない……）
　そんな風に浮かぶ思いに、顔を伏せる。
　黒い髪が、揺れて。
　顔を隠すその下で、自分自身へと苦笑を浮かべていた。

　全長５ｍ。タブロス・モールの中央広場に設置された巨大なガラスツリーは、まるで光の欠片達を集めたよう。
　買物した物が色々と入っている紙袋を抱えたままで、リチェルカーレが小さくため息を吐いた。
「とっても綺麗、ね」
　同意を求めるように、自分以上に荷物を抱える精霊を見上げる。返された、自分だけに向けられた微笑にふわり湧きあがったのは、幸せな気持ち。
　それと同時に、僅かに影を落としていくような、罪悪感。
　揺れる瞳のままで、再びガラスツリーを見上げる。
（ごめんなさい、レッドニスさん）
　心の中で呟くは、謝罪の言葉。
　この言葉が届くわけでもないけれど。それでも呟かずにはいられない。
　そして少女がほんの少しだけ沈んだ様子を、シリウスは感じ取っていた。
　ガラスツリーの光を反射して輝く青と碧が、揺れているのを見逃さない。

　ぽんぽん。
　頭へと軽く乗せられた掌が、彼女の頭を叩く。
　驚き見上げてきたリチェルカーレに、翡翠色の瞳を返した。
　何を考えているのかは、大体解っているから。
「……このまま好きにはさせない」
　励ましも、慰めも、言葉にはせずに。
　決意だけを、白く紡いで吐息に乗せた。

　――だからそんな顔をするな。

　僅かな笑みがそう含み、向けられて。
　ぽんぽん、ぽんぽん。
　優しく叩かれ続ける頭に銀青色の髪を揺らし、リチェルカーレが小さく笑顔を浮かべた。
「そうね。落ち込んでも仕方ないよね」

　備え付けの用紙を１枚取って、リチェルカーレは願い事を書く。
　願い事はシンプルで、しかし少しの迷いも無く、１つの願いだけがしっかりと書き込まれた。

『サンタさんが無事に帰ってきますように』

　ガラスの枝に吊るし、もう１度たくさんの願い事が吊るされたクリスマスツリーの光を見上げた。

●You warm place for me
「何も無い所だが……」
　そう言って開かれた扉の中を見て、リチェルカーレは暫し呆然。パチパチと瞬きする。
　本当に、何もない部屋。
　飾りっ気のない――生活に必要な、最低限の物しか置かれていないシンプルなその部屋は、とても『彼らしい』と思えた。

　ふふっ、と指を唇へとあてて笑う少女を、シリウスがチロリと見下ろす。
「……どうぞ」
　促されて、部屋へと足を踏み入れて、紙袋を質素な木のテーブルの上へと置いた。
「飾りがいがあるわ」
　腕捲りをしながら笑顔で見回すリチェルカーレに、「お手柔らかに」とシリウスが呟く。
　まずは、と取り出したのは、先程見つけたクリスマスリース。
　玄関扉へと吊るした。

　『永遠に続く神の愛』を表す輪を見上げて、リェルカーレは指を組む。
「これできっと、新年の幸福が訪れてくれるわね」
　――すぐに外したらダメよ。年が明けるまで吊るしておいてね？

　無垢な瞳でそう願われれば、瞳を逸らし「ああ」と言葉少なにシリウスが承諾する。
　さぁ、と手を叩いて、一緒にパーティの準備に取り掛かった。

　シリウスが細く切った色紙で輪っかを作り繋げていく間に、リチェルカーレは小振りな鉢植えのモミの木に綿の雪を乗せる。赤と白の手作りペーパーボールを吊るしていった。
　次にミニサイズの金色ベルを糸で等間隔で繋げ、窓枠の端から端に渡して幾重にも吊るし飾る。
　そうして壁の一角には麻ヒモでスティクキャンディーを等間隔で引っ掛けていった。たちまち白く殺風景な壁が、カラフルなものとなる。
　出来た、とシリウスが緑と白だけを繋げた輪っかを両手で広げれば、「可愛い」とリチェルカーレが喜んだ。
　２人で天井と壁へと繋いでいった。

　シリウスの部屋の雰囲気も滅茶苦茶にはしたくない。
　彼女のコーディネートは殺風景な部屋を彩りながらも、ゴテゴテと主張し過ぎるものではない。
　殺風景だった部屋の中、リチェルカーレの周りは、柔らかな光に溢れているように見えた。それが少しずつ、部屋中に広がってゆく。
　まるで、彼女の笑顔そのままで。
　眩しく感じる光景に、シリウスは思わず目を細める。
　ふと、彼女がこちらを見て、目が合うと微笑んだ。
「シリウスはテーブルの上をお願いね」
　言われるがまま、彼女が選んだ暖かな色合いのテーブルクロスを広げて皺を伸ばし、その上にロウソクを並べていく。
　ロウソクホルダーはシンプルなデザインの物。ロウソクとロウソクの間には、松ぼっくりを置いていった。
　ジャムの空き瓶を見つけたリチェルカーレは、中にローズマリーの葉とクランベリーを入れて水を張る。その真ん中、クランベリーの赤の中にミニキャンドルを浮かべ火を灯した。
　それも一緒に、テーブルへと乗せる。

　――そうだわ、もう１つ。
　リチェルカーレは小さく手を叩いて、窓辺に鮮やかなポインセチアを置く。
　ふわり、白いものが視界の隅を掠めた気がして、顔を上げた。

　小さな純白たちが、可憐に窓の外を舞い降りてくる。
　真っ直ぐ落ちるのが勿体無いとでも言うように、互いに遊び踊りながら、ゆっくりとゆっくりと、地上へと舞い降りていった。
「まあ、雪！」
　段々と増えてくる白に、リチェルカーレが弾む歓声をあげる。
　何事かと見たシリウスの視線にも気付かずに、窓へと手を添え灰色の空を見上げていた。
　花が綻ぶように笑顔を浮かべた彼女の息が、白く震える。

　近付いたシリウスが、リチェルカーレへと手を伸ばした。
　背後からの腕に、自分を包み込むその体温に、どきりと胸が高鳴って。一瞬、少女の呼吸が止まる。
「……寒くないか？」
　彼女の体の冷たさを全て引き受けようとでもするように、代わりにじわりと温もりが精霊から伝わってきていた。
　大きくて頼もしい、彼の手へとリチェルカーレは自分の手を重ねる。
　その手はシリウスのものよりもほんの少し、今は熱を持っていた。
「全然寒くないわ。……シリウスがいるもの」
　言葉と共に向けられた、柔らかく鮮やかな笑顔。
　やはりその顔を、眩しそうに目を細め見て。
　シリウスはあらためて思う。

　――ああ。
　俺にとっての光は、この少女だ……。

「リチェ」
　無意識に力が込められた腕に、応えるように。
　預けられた背中を、大切だと体中で感じる。

　もっと、強くなろう。

　純白の雪の前で、胸に刻む。

　今度こそ。どんな事があっても。
　この笑顔と温もりを、決して喪ったりしないように――。

依頼結果：大成功

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