●出だしに躓くも
　玄関で罵声が聞こえる。
　買い出しのための身支度を整えていたハティは、声のした方へ首を巡らせた。
「……怒ってるのか？」
　下手に触らないほうがいいか、と考えてハティは鏡へと視線を戻した。
　だからハティは来なかった玄関で、ブリンドは大きな荷物の傍らで苦虫を噛み潰していた。
　ブリンドが手にしているのは添付されていた詫び状だ。
　――北風すさぶ季節、皆様におかれましては、ますますご清祥のことと心よりお喜び申し上げます。さて、この度ご注文いただきましたベッドについてですが、納期が遅れておりまして誠に申し訳ございません。お客様に多大なご迷惑をおかけしておりますことを､ 心よりお詫び申し上げます。……。
「遅延ってなんだそりゃ。先に毛布だけってなぁ……くそ」
　ぐしゃっと詫び状を握りつぶす。
　ハティがとうとう自分の家を引き払い、ブリンドの家に本格的に一緒に住み始めて暫く経つ。しかしブリンドの家は、一人が住まうように調度が整えられていたため、ハティはずっとソファで眠っていた。
　それではいけない、とブリンドは思ったのだ。同居するのならば、本当にこの家の住人になるのであれば、きちんと寝台で眠るべきだ、と。
　そのためにベッド、そして寒くなってきたから毛布を。いいクリスマスプレゼントになると思った。
　だというのに。
　クリスマスという日にベッドと毛布はセットで届かないと意味は半減してしまうではないか、とブリンドが、脳内で悪態をついていると。
「リン？　俺は用意ができたが……」
「ああ？」
　玄関に立ち塞がられると出ていけない、とすっかり外出着に着替えたハティは困惑顔で立っている。
「……先にいけ」
　自分は全く用意が出来ていない、と言外に伝えると、ハティはますます困惑を深めた。
「何を買ってくればいいんだ」
「あーーーーっくそ！」
　ブリンドはイライラと髪をかき回すと、ちょっと待ってろと怒鳴り、自室に引っ込む。
「…………やっぱり怒っているな」
　原因はこれか？　とハティは茶色い紙に包まれた大きな荷物に視線を落とす。送り状の品目欄には『毛布』と書いてあった。
　しかし何故毛布がブリンドの機嫌を損ねることになったのだろう、とハティが首をひねっていると、がちゃんと大きな音をたてて、ブリンドの部屋のドアが乱暴に押し開かれた。
「これ買ってこい、間違えんなよ。んで、『タブロス・モール』のツリー前で集合な」
「あ、ああ」
　押し付けられたメモを受け取り、ハティは追い立てられるように家を出た。
　預かったメモは白地のはずなのに、びっちりと書き込まれていて真っ黒だ。
　商品名だけではなく、産地やメーカーまで指定されている。
「……これは」
　中身を読んで、ハティはピンと気づく。今日の夕飯は、ハティの好物が並ぶということを。
　だが、ハティは首を傾げる。
「…………リン、料理できたのか？」
　ブリンドに調理スキルはなかったように思うのだが……。
　ともあれ、間違えずに買って来いと厳命されたからには遂行せねば。ハティは意を決して、凄まじい数のスパイスの陳列棚に挑むのであった。
　ブリンドはブリンドで、朝から予定が狂って弱っていた。プレゼントが手元になくて格好がつかない。だからとっさに好物料理がプレゼントだということで体裁を整えようと、メモをハティに押し付けた。
「……まぁ、本通りにやりゃあ、なんとかなるだろ」
　ブリンドはレシピ本を見下ろし、呟いた。幸い、手先は器用な方だ。
　さてさて、ハティに頼んだ物以外にも必要な物はたくさんある。年末は何かと入用なのだ――。
　ようやく買い出しを完遂させ、両手いっぱいに荷物を持ったハティは待ち合わせ場所として指定されたモールのツリーに辿り着いた。見回す限り、ブリンドはまだ来ていないようだ。
　ベンチに紙袋と自分の腰をおろし、一息つく。
　ごそとポケットをまさぐり、メモを取り出す。好物を少しでも美味に仕上げようと、細かく指定されたメモは、ブリンドがハティを歓ばせようという気持ちが伝わるようで、ハティの頬を緩める。
（……もらっておこう）
　ハティがメモを丁寧に折りたたんで、もう一度ポケットにしまいこんだ瞬間。
「何こそこそしてんだ。ツリーに願い事か？」
　いつもながらの仏頂面のブリンドがハティの目の前に仁王立ちになっていた。彼の手にもそれなりに大荷物がある。
「願い事か。……ポインセチアに綺麗に色がついたんだ、帰ったら見てくれ」
　ふと思い出したようにハティがいう言葉を聞いて、ブリンドは怪訝そうに眉を寄せた。
「願い事とは言わねえだろ、それ」
　しいて言えば伝達事項じゃないのか。
　だが、ハティは不思議そうに首を傾げる。
「そうか？　……先月から言ってるがな」
　だというのにブリンドは一瞥もしない、などと非難が続きそうで、
「わーったわーった」
　ブリンドは面倒そうに手をひらひら振った。あんまり花に興味は無いのだが、そこまでいうなら、見るくらいしてやろう。

●眠りによせて
「んあ……」
　ふと目が覚め、ブリンドは寝入ってしまった、とうなだれた。届いた毛布をハティへのプレゼントだとは結局言えなくて、自棄っぱちで自分が試すと言って包まったのだが。まさかそのまま眠ってしまうとは。
　自分が枕にしていたハティも、すっかり眠りの中だ。
（二人仲良く寝てちゃ世話ねえな）
　ディナーの後片付けはきちんとしておいたので、気がかりは無いはずだが。
「お。そういえば」
　昼間、ハティが『願い事』をしていたのを思い出し、ブリンドはハティを起こさぬよう、そっと立ち上がる。
　ポインセチアの鉢に歩み寄れば、鉢の前に何やら紙袋があるのに気づいた。
　そっと拾い上げて、中を改める。
　ふっかりと暖かそうなマフラーが入っていた。
「……」
　頬を緩ませかけ、それから眉を寄せかけ、結局どんな顔をすればいいのか分からなくなって、ブリンドは包みを持ってソファに戻る。
　そしてブリンドという支えを失って、ソファに沈み込んでいるハティの上に乗り上がる。
　唇と唇が触れた瞬間、
「……おやすみ」
　ねぼけた声がハティの口から、もやりと漏れる。ブリンドは今度こそ眉を寄せた。
「おやすみのキスをする習慣はねえぞ」
　ハティは目を開き、身を起こすと、首を傾げた。
「じゃあなんだ、いきなり」
「何かよこさないと不安らしいから解消してやろうかと思ってな」
　とブリンドは、ハティの目の前にマフラーをぶら下げて見せる。
　なんだそれか、と言ったような表情で、ハティはまだ少し眠気の残る声音で言う。
「先月から言ってると言っただろう……」
　先月からポインセチアの鉢の前に、マフラーがあったとでも言いたいのか。とブリンドはムッとする。そもそもクリスマスプレゼントのつもりなら、クリスマスによこせ。
「抜け駆け禁止っつったろーが。っつーか、この包装のロゴ、モールのテナントにあった……」
　今日買ったんじゃないのか？　と文句を言いかけ、ブリンドは飲み込んだ。いらないわけではないのだ。むしろ、マフラーは、悪くないチョイスだった。
「……もらっとく」
　ブリンドが包みを引っ込めると、ハティは頬をゆるめた。
「別に何も不安じゃないぞ」
「……」
　ブリンドは複雑げに顔を歪めた。――何もかも計画していたことと違っている。
「寝るつもりなかったんだがな。それに本当はちゃんと……」
「折角の休みだ、休むのは悪い事じゃない」
　ブリンドのもごもごとしたセリフを遮るように、本格的に笑顔になったハティはそう言うと、ぐいと手を伸ばした。
「おい！？」
　先程までブリンドがくるまっていた毛布を手繰り寄せたハティは、自分とブリンドを毛布に巻き込んだ。
「ソファで寝るのも悪くなかっただろ？」
　微笑んだハティは、そのままブリンドを抱き込んでまた眠りに落ちていった。
「あのな……まぁいいや」
　一瞬、毛布を引き剥がそうとしたブリンドは、すぐに諦めたように手を離し、瞳を閉じた。
　計画通りではなくても、ハティは確かに喜んだようだから。
　今日は素直にソファで眠ろう。二人で。

依頼結果：大成功

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