プロローグ
クリスマスを、ことごとく破壊しようとするダークニスの企み――ウィンクルム達は、次々と入ってくる事件の通報に、日々緊張していた。
「皆さん、クリスマス諦めてませんか?」
A.R.O.A.の受付女性職員は、依頼の一覧を眺めて浮かない顔のウィンクルムに、頬をふくらませる。
「だって、こんなときに……」
「こんなときだからこそ、ですよ!」
ぐっと両手を握りしめ、職員は大きな声で言い返した。
「オーガと戦うウチまでが、クリスマスどころじゃないなぁーみたいな顔してちゃダメッ! 絶対ダメ!
そんなの、ダークニスの思う壺じゃないですかっ」
確かにいま、サンタクロースは囚われの身だ。でも、サンタがいなくたって、暖かなクリスマスにできるはず。
「奴の企みなんて笑い飛ばせるような、楽しいクリスマスに、自分たちからしていきましょうよ」
と力説する職員に、言いたいことはわかるけれど……とウィンクルムは顔を見合わせた。
「でも、今何処に行っても、『黒き宿木の種』があるかもしれなくて、仕事モードになってしまいそうだよ」
精霊は眉をひそめる。
しかし、職員はめげない。笑顔をやめない。
「何言ってるんですか。絶対安全な場所があるでしょ」
「えっ?」
――どこだろう?
神人が考えこむが、答えが出てこない。
「もー、すぐそばにあるじゃないですか。本当に幸福の青い鳥って身近にあるものなんですって」
焦れったげな職員だが、ウィンクルムはとうとう自力では答えが見つからず、
「うー、降参。どこ?」
と白旗を揚げた。
すると職員は満面の笑みを浮かべて、弾んだ声で答えを教えてくれた。
「ふふっ、それはね、あなたの自宅ですよっ♪」
なるほど、確かにそれはすぐそばすぎて、気付かなかった。
確かにウィンクルムの自宅にまでは、オーガの魔の手は及ばない。
「A.R.O.A.本部周辺は政府の重要機関が多いですから、滅多なことでオーガに侵入されない結界的なものが張ってあります。
ここらへんも安全圏ですけどね」
本部の近くには、つい最近、超大型ショッピングモール『タブロス・モール』が出来たばかりだ。
ノースウッドのマルクトシュネーには劣るだろうが、自宅でのクリスマスパーティーに必要な物ならだいたい揃うだろうし、
相手へのプレゼントを買うにもよさそうだ。
パーティーの相談を始めたウィンクルムを見て、職員はホッとしたように微笑むと、助言をしてくれた。
「そうそう、あのモールの中央広場には、ガラスのツリーが設置されてるんです。
ツリーに願い事を書いた紙を吊るしましょうっていうイベントもやってるらしいですよ」
モールで買い物をして、あたたかな自宅でパーティー。そんなインドアなクリスマスもきっと素敵な思い出になるだろう。
プラン
アクションプラン
ユラ (ルーク) (ハイネ・ハリス) |
|
② ハイネさん家で鍋パーティーだよー 材料はルー君と買ってきたから、さくっと準備しちゃうよ え、手伝ってくれないの えぇーなんか不公平な気がするんだけど、まぁいいや いきなり二人きりにするのは、ちょっと気が引けるんだけど ハイネさんがああ言うってことは、なんか話したい事があるんだろうな よく分からないけど、がんばれルー君!聞き耳は立ててるから! ……まさかの私の話だった 別に話してくれてもよかったんだけどな、大した事じゃないし …あんまり言いたくないだけで あ、だから自分で話せってことか 準備できたよー、なんの話? そっか、でもどっちもないからマヨネーズでいい? ちょっとしたジョークだよ じゃあ始めようか メリークリスマス! |
リザルトノベル
●朽ちかけた教会
「これはまた……」
翠の瞳がぱちくり、と瞬く。仕立てのよいノーブルギャザリングコートをまとった猫のテイルスの少年、ルークである。タブロス・モールで購入した三人分の鍋の材料の買い物袋を両手に抱え、驚きと呆れの入り交じった顔で目前の建物を眺めていた。
タイミング良く、みしっ、と音をたてたのは、白いペンキが剥がれかけた入り口の柱。
(大嵐でも来たら普通に壊れそうだ。いや、トルネードクラッシュ一発でもいけるかも……って、何壊そうとしてんだ、俺は)
見上げれば、屋根の上の十字架が、辛うじてこの建物が聖なる祈りの場であることを主張している。
灰色の空、ちらり、ほらりと十字架に落ちかかる雪。ホワイトクリスマスになりそうだ。
育ちの良いルークにとって、こんな朽ちかけた建物に住んでいるということ自体が、ユラの新しいパートナーの噂に違わぬ変人っぷりを証明していた。
「ハイネさん、来たよー」
清楚サンタワンピースにセクシーサンタスカート。ばっちりクリスマスコーデを決め、歩くとソープの香りがふわり。可愛い女サンタと化したパートナーのユラは、勝手知ったるという感じで教会の奥に声を掛ける。モールからここまでの道のりも迷うことなかった。
ルークはユラをちらっと見て、
(ユラとハイネ……どんな関係なんだ?!)
ルークの双眸は、夏の暑い夜にそっと触れてきた、ユラの柔らかい唇の感触を覚えている。
契約したころ、自暴自棄になっていたにもかかわらず、自分の事を受け入れてくれたユラ。
以来、依頼やデートを重ね、ユラと築いてきた絆は確かなものだと思っていた。
もちろん、彼女にとって親しい男は自分だけ、と思っていたわけではない。
しかし……
新しい精霊と契約した、と聞かされ、しかも以前からの知り合いだったという話を聞いたときのショックは、そうそう薄れるものではない。
親睦を深めるため、クリスマスに三人で鍋パーティーをしようと言い出したのはユラだった。
「ハイネさん家でやろう。教会だし」
ルーク、クリスマスに教会まではいいとして、鍋パーティーっておかしくないか、と思ったものの、ハイネという男がどんな奴か内心気になって仕方がなかったので、ユラの申し出に応じたのである。
ぼろい扉がきしむ音が聞こえ、二人の前に、灰色の髪を後頭部で束ね、切れ長の碧眼に涼しげな光を湛えた男が現れた。
背はルークと同じくらいか、すこし彼の方が高いだろうか。
ハイネ・ハリスは瞳を瞬かせて、
「……本当に来たんだ。まぁ、いいけど」
あまり興味のなさそうな様子である。とはいえ、いつもの神官服の上にサンタジャケットやサンタ帽をつけているあたり、クリスマスパーティーもまんざらでもないのかもしれない。
「……はじめまして。ハイネ」
「はじめまして、ルーク」
ルークはその翠眼でじっとハイネを見つめた。若干構えた様子で。
ハイネは穏やかな物腰のまま、何か考えるように若干碧眼を細めて、しかし何事もなかったかのように、
「寒いだろう。どうぞ、お入り」
青年は、司祭が迷える子羊たちを手招きするように、雪のちらつく屋外から、奥へと二人を誘導した。
(噂には聞いてたけど……本当にボロいし。大丈夫か、ここ)
ルークが周りを見回しながら入ると、ハイネはルークの心を読んだように、
「居住部分は直してあるから問題ないよ」
(あ、本当だ、中は綺麗だった)
暖房か暖炉かを焚いているのだろう、室内は暖かく、寒風に当たってきた身にはほっとする。壁紙や床もきちんと整っていて、外観の今にも倒れそうな感じとは打って変わって、中は快適だった。
「台所はここ。好きに使って」
ハイネは扉を開けて二人に中を見せる。
「材料はルー君と買ってきたから、さくっと準備しちゃうね」
ユラが微笑みかけると、
「うん。頑張って」
ハイネも同じくらいマイペースな様子でさらりと答えた。
「え、手伝ってくれないの」
「場所を提供してあげたじゃないか、もう十分だろう?」
と、ユラの不満げな視線をかわすように、ハイネはルークを一瞥して、
「彼も荷物持ちしたから、ちょっと休憩ね」
「えぇーなんか不公平な気がするんだけど」
ユラはちょっと頬を膨らませたが、少し考えて、
「まぁいいや。いいよ、二人とも休んでて」
と腕まくりをして、買い物袋を抱えて台所へと消えていった。
●精霊二人
パタン、と扉が閉まる。ユラは袋の中身を台所のテーブルの上に広げつつも、二人の会話が気になっていた。
(いきなり二人きりにするのは、ちょっと気が引けるんだけど……
ハイネさんがああ言うってことは、なんか話したい事があるんだろうな)
ユラは少し考え、台所のドアの前に引き返した。慎重にドアノブを握り、音がしないように、そっと指一本程度の隙間を開く。二人の男の会話が聞き取れるように。
(よく分からないけど、がんばれルー君! 聞き耳は立ててるから!)
ユラは抜き足差し足でテーブルへと引き返した。
「……さて、何か聞きたそうな顔してるね?」
泰然とした態度のまま、ハイネは涼やかな碧眼でルークを眺める。
ルークはすぐには答えず、エメラルド色の瞳で少しの間ハイネを見つめ返した。
(こいつがユラの新しいパートナー……)
なんとなくマイペースそうなあたりが、若干ユラと雰囲気が似ているだろうか。ルークは唾を飲むと、単刀直入に尋ねた。
「あんた、ユラと知り合いだって聞いたけど、どんな関係なんだ?」
その瞳と声色に宿る固い響きに、ハイネは瞳を瞬かせてから、さらりと、
「あ、もしかして嫉妬してる?」
「はっ!? 嫉妬じゃねぇし!」
全力で否定する様子はかえって「そうです」と言っているようなものだ。ルークは気まずそうに視線をそらして、
「ただちょっと……気になっただけだ。前から知ってるみたいだったし。
……だってオレ、よく考えたら、あいつのことほとんど知らないんだ」
もう一年以上、あいつと一緒にいるのにな。そう考えると、ルークは複雑な気持ちになる。
「あんたの事だって、適合して初めて知ったくらいなんだから……」
ハイネの碧眼に、思案深げな色が浮かんだ。
「……ふぅん、そうか、何も聞いてないんだ」
ならば聞くけど、とハイネは続ける。
「ユラは君のことをどれくらい知っているの?」
ルークは、うっ、と口ごもって、
「前、オレの過去……後悔の残っていた過去はユラに話した。……あいつは受け止めてくれた」
ハイネは碧眼を細めて、そうか、と相槌を一つ。やがて、
「あの子が言ってないなら、僕から言う事は何もないよ。
ユラは君が話すのを待ってたんだろう。なら次は君の番じゃないかな」
つまり、ハイネとユラの過去を知りたければ、ユラが話すのを待て、ということか。
ルークは、ちぇっ、と眉をひそめて、
「分かったよ」
素直に引き下がった様子に、ハイネの瞳がわずかに見開く。
(へぇ意外と素直……なるほどね、ユラがほっとけないはずだ)
と、台所とドアの隙間を一瞥して、
(だからって盗み聞きはどうかと……精霊は感覚が鋭いって事忘れているのかな。ドアを開けた音くらいはわかるよ。
……ルークはわかってないみたいだけど)
テイルスの少年は気になることで頭がいっぱいで、小さな音どころではないようだ。
(別にいいけど)
ユラは台所で潜めていた息をついた。
(……まさかの私の話だった)
まさか、と思ってしまうあたり、ユラは、二人の精霊の関心が自分に注がれていることをあまり自覚していないようだ。
(別に話してくれてもよかったんだけどな、大した事じゃないし)
ユラは窓の外の灰色の空を眺めて、初めてハイネと会った日のことを思い出す。その銀の瞳に物憂げな色が宿った。
(……あんまり言いたくないだけで)
そこでハイネの考えに気がつく。
(あ、だから自分で話せってことか)
ユラは扉の隙間からちょっとの間ルークを見た。しかしすぐに気持ちを切り替えて、いつも通りの声で明るく呼びかけた。
「準備できたよー」
そして大きくドアを開いて、
「なんか話してたの? なんの話?」
二人の精霊の視線が現れたサンタ姿のユラに注がれる。ハイネがそつなく答えた。
「ポン酢派かごまだれ派かって話」
ルークも話を合わせ、
「ちなみに俺はポン酢派だ」
ユラ、微笑しつつさらりと、
「そっか、でもどっちもないからマヨネーズでいい?」
「「それはちょっと」」
二人の精霊の声が同時にハモった。ハイネとルーク、思わず顔を見合わせる。案外、気が合うかもしれない。ユラはクスクス笑って、
「ちょっとしたジョークだよ」
「醤油でいいんじゃない? それならうちにあるし」
「いや、それも微妙に……醤油ベースのダシに更に醤油かよ」
ハイネのやる気なさそうな提案に、ルーク、常識的に突っ込んでから、はっと思い至り、
「つか、さっきどっちも買ってきただろ!?」
「そうだっけ」
ユラが笑う。その笑顔にルークは微妙な気持ちになりつつも、どこかでほっこりとした安心感を覚えていた。
ユラが知らない男と契約したと聞いたとき、最初は動揺した。今も完全に納得しているわけじゃない。けど……
ルークに微笑みかけるユラの瞳が、今まで二人で築いてきた絆はなくなりはしない、確かなものである、と物語っているようで。
それに……何の根拠もない直感だが、ハイネという奴は悪い奴ではないような気がする。
ルークはハイネをちらりと見る。ハイネもまた、素直な少年に悪くない印象を抱いたようだ。
●メリークリスマス!
外は雪が舞い、窓ガラスは室内の熱で曇っている。どこか遠くで聖歌隊の歌声が聞こえる。
テーブルの真ん中に、ぐつぐつ煮える鍋。湯気がふわりと上がって、食欲をそそる。
その近くには、クリスマス定番のチキンやケーキもしっかりと添えられている。
ハイネは、やれやれ、と独りごちた。
「それじゃあ祈りの言葉でも話す?」
「あー堅苦しい挨拶なんていらねぇだろ。腹も減ったし、始めようぜ」
ルークはごちそうを前に機嫌良く声を上げる。
「……だよね」
ハイネが頷く隣で、ユラは買ってきた赤い炭酸のブドウジュース(ルークに合わせてアルコールはなしだ)を開けて、三人分のグラスに注いで回った。
「これでいいかな。じゃあ始めようか」
三人はそれぞれグラスを手に持つと、口々に声を上げる。ユラとルークは元気に、ハイネはやる気なさげに。
「「「メリークリスマス!」」」
かちん、とグラスの触れ合う音。やがて朽ちかけた教会の室内には、「美味い」との声と、笑い声が響いた。
寒いクリスマスも、こうして美味しいものを囲んで、皆で過ごすなら悪くない。
三人の誰もがそう思うような、楽しくて暖かいひとときだった。
ルークとハイネ、二人の間のぎこちなさも、温かい鍋がゆっくりと溶かしてくれるようだった。
「来年のクリスマスも、また三人で過ごそうよ」
アルコールもないのに、酔っ払ったように頬を染め、上機嫌でユラが呟いた。
「「……三人で?」」
ルークとハイネが同時に声を出した。ちらっ、と互いを見やる。打ち解けた空気にほんのわずかに混じる緊張感。
「うん。駄目?」
きょとんとしてユラが聞いた。
彼女は、わかっていないのだ。
クリスマスは恋人と二人で過ごすもの、という世の中の先入観と、男二人の間にある微妙な距離感に。
「別にいいけど」
「オレも」
そうは言いながらも、競争は既に始まっている。泰然としたハイネはともかく、特にルークは意識してしまう。
(来年のクリスマスの頃には、オレとユラとはどうなっているんだろうな)
このまま三人でまた鍋を囲むのか。それとも……?
それよりも、まず、ユラが過去の話をしてくれるか、ということが先だろう。
●帰路
教会の外に、しんしんと降り積もるクリスマスの雪は、二人が帰る頃には世界を銀色に染め上げていた。
まるで、ルークが去年ユラに贈ったスノードームの景色のようだ。
「今日は楽しかった。ハイネ、またな」
「うん。ハイネさん、またね」
「またね。二人とも、滑らないよう気をつけて」
雪の中、寄り添うようにして帰路につくユラとルークを、ハイネはいつも通りの泰然とした調子で、穏やかに見送ったのだった。
「これはまた……」
翠の瞳がぱちくり、と瞬く。仕立てのよいノーブルギャザリングコートをまとった猫のテイルスの少年、ルークである。タブロス・モールで購入した三人分の鍋の材料の買い物袋を両手に抱え、驚きと呆れの入り交じった顔で目前の建物を眺めていた。
タイミング良く、みしっ、と音をたてたのは、白いペンキが剥がれかけた入り口の柱。
(大嵐でも来たら普通に壊れそうだ。いや、トルネードクラッシュ一発でもいけるかも……って、何壊そうとしてんだ、俺は)
見上げれば、屋根の上の十字架が、辛うじてこの建物が聖なる祈りの場であることを主張している。
灰色の空、ちらり、ほらりと十字架に落ちかかる雪。ホワイトクリスマスになりそうだ。
育ちの良いルークにとって、こんな朽ちかけた建物に住んでいるということ自体が、ユラの新しいパートナーの噂に違わぬ変人っぷりを証明していた。
「ハイネさん、来たよー」
清楚サンタワンピースにセクシーサンタスカート。ばっちりクリスマスコーデを決め、歩くとソープの香りがふわり。可愛い女サンタと化したパートナーのユラは、勝手知ったるという感じで教会の奥に声を掛ける。モールからここまでの道のりも迷うことなかった。
ルークはユラをちらっと見て、
(ユラとハイネ……どんな関係なんだ?!)
ルークの双眸は、夏の暑い夜にそっと触れてきた、ユラの柔らかい唇の感触を覚えている。
契約したころ、自暴自棄になっていたにもかかわらず、自分の事を受け入れてくれたユラ。
以来、依頼やデートを重ね、ユラと築いてきた絆は確かなものだと思っていた。
もちろん、彼女にとって親しい男は自分だけ、と思っていたわけではない。
しかし……
新しい精霊と契約した、と聞かされ、しかも以前からの知り合いだったという話を聞いたときのショックは、そうそう薄れるものではない。
親睦を深めるため、クリスマスに三人で鍋パーティーをしようと言い出したのはユラだった。
「ハイネさん家でやろう。教会だし」
ルーク、クリスマスに教会まではいいとして、鍋パーティーっておかしくないか、と思ったものの、ハイネという男がどんな奴か内心気になって仕方がなかったので、ユラの申し出に応じたのである。
ぼろい扉がきしむ音が聞こえ、二人の前に、灰色の髪を後頭部で束ね、切れ長の碧眼に涼しげな光を湛えた男が現れた。
背はルークと同じくらいか、すこし彼の方が高いだろうか。
ハイネ・ハリスは瞳を瞬かせて、
「……本当に来たんだ。まぁ、いいけど」
あまり興味のなさそうな様子である。とはいえ、いつもの神官服の上にサンタジャケットやサンタ帽をつけているあたり、クリスマスパーティーもまんざらでもないのかもしれない。
「……はじめまして。ハイネ」
「はじめまして、ルーク」
ルークはその翠眼でじっとハイネを見つめた。若干構えた様子で。
ハイネは穏やかな物腰のまま、何か考えるように若干碧眼を細めて、しかし何事もなかったかのように、
「寒いだろう。どうぞ、お入り」
青年は、司祭が迷える子羊たちを手招きするように、雪のちらつく屋外から、奥へと二人を誘導した。
(噂には聞いてたけど……本当にボロいし。大丈夫か、ここ)
ルークが周りを見回しながら入ると、ハイネはルークの心を読んだように、
「居住部分は直してあるから問題ないよ」
(あ、本当だ、中は綺麗だった)
暖房か暖炉かを焚いているのだろう、室内は暖かく、寒風に当たってきた身にはほっとする。壁紙や床もきちんと整っていて、外観の今にも倒れそうな感じとは打って変わって、中は快適だった。
「台所はここ。好きに使って」
ハイネは扉を開けて二人に中を見せる。
「材料はルー君と買ってきたから、さくっと準備しちゃうね」
ユラが微笑みかけると、
「うん。頑張って」
ハイネも同じくらいマイペースな様子でさらりと答えた。
「え、手伝ってくれないの」
「場所を提供してあげたじゃないか、もう十分だろう?」
と、ユラの不満げな視線をかわすように、ハイネはルークを一瞥して、
「彼も荷物持ちしたから、ちょっと休憩ね」
「えぇーなんか不公平な気がするんだけど」
ユラはちょっと頬を膨らませたが、少し考えて、
「まぁいいや。いいよ、二人とも休んでて」
と腕まくりをして、買い物袋を抱えて台所へと消えていった。
●精霊二人
パタン、と扉が閉まる。ユラは袋の中身を台所のテーブルの上に広げつつも、二人の会話が気になっていた。
(いきなり二人きりにするのは、ちょっと気が引けるんだけど……
ハイネさんがああ言うってことは、なんか話したい事があるんだろうな)
ユラは少し考え、台所のドアの前に引き返した。慎重にドアノブを握り、音がしないように、そっと指一本程度の隙間を開く。二人の男の会話が聞き取れるように。
(よく分からないけど、がんばれルー君! 聞き耳は立ててるから!)
ユラは抜き足差し足でテーブルへと引き返した。
「……さて、何か聞きたそうな顔してるね?」
泰然とした態度のまま、ハイネは涼やかな碧眼でルークを眺める。
ルークはすぐには答えず、エメラルド色の瞳で少しの間ハイネを見つめ返した。
(こいつがユラの新しいパートナー……)
なんとなくマイペースそうなあたりが、若干ユラと雰囲気が似ているだろうか。ルークは唾を飲むと、単刀直入に尋ねた。
「あんた、ユラと知り合いだって聞いたけど、どんな関係なんだ?」
その瞳と声色に宿る固い響きに、ハイネは瞳を瞬かせてから、さらりと、
「あ、もしかして嫉妬してる?」
「はっ!? 嫉妬じゃねぇし!」
全力で否定する様子はかえって「そうです」と言っているようなものだ。ルークは気まずそうに視線をそらして、
「ただちょっと……気になっただけだ。前から知ってるみたいだったし。
……だってオレ、よく考えたら、あいつのことほとんど知らないんだ」
もう一年以上、あいつと一緒にいるのにな。そう考えると、ルークは複雑な気持ちになる。
「あんたの事だって、適合して初めて知ったくらいなんだから……」
ハイネの碧眼に、思案深げな色が浮かんだ。
「……ふぅん、そうか、何も聞いてないんだ」
ならば聞くけど、とハイネは続ける。
「ユラは君のことをどれくらい知っているの?」
ルークは、うっ、と口ごもって、
「前、オレの過去……後悔の残っていた過去はユラに話した。……あいつは受け止めてくれた」
ハイネは碧眼を細めて、そうか、と相槌を一つ。やがて、
「あの子が言ってないなら、僕から言う事は何もないよ。
ユラは君が話すのを待ってたんだろう。なら次は君の番じゃないかな」
つまり、ハイネとユラの過去を知りたければ、ユラが話すのを待て、ということか。
ルークは、ちぇっ、と眉をひそめて、
「分かったよ」
素直に引き下がった様子に、ハイネの瞳がわずかに見開く。
(へぇ意外と素直……なるほどね、ユラがほっとけないはずだ)
と、台所とドアの隙間を一瞥して、
(だからって盗み聞きはどうかと……精霊は感覚が鋭いって事忘れているのかな。ドアを開けた音くらいはわかるよ。
……ルークはわかってないみたいだけど)
テイルスの少年は気になることで頭がいっぱいで、小さな音どころではないようだ。
(別にいいけど)
ユラは台所で潜めていた息をついた。
(……まさかの私の話だった)
まさか、と思ってしまうあたり、ユラは、二人の精霊の関心が自分に注がれていることをあまり自覚していないようだ。
(別に話してくれてもよかったんだけどな、大した事じゃないし)
ユラは窓の外の灰色の空を眺めて、初めてハイネと会った日のことを思い出す。その銀の瞳に物憂げな色が宿った。
(……あんまり言いたくないだけで)
そこでハイネの考えに気がつく。
(あ、だから自分で話せってことか)
ユラは扉の隙間からちょっとの間ルークを見た。しかしすぐに気持ちを切り替えて、いつも通りの声で明るく呼びかけた。
「準備できたよー」
そして大きくドアを開いて、
「なんか話してたの? なんの話?」
二人の精霊の視線が現れたサンタ姿のユラに注がれる。ハイネがそつなく答えた。
「ポン酢派かごまだれ派かって話」
ルークも話を合わせ、
「ちなみに俺はポン酢派だ」
ユラ、微笑しつつさらりと、
「そっか、でもどっちもないからマヨネーズでいい?」
「「それはちょっと」」
二人の精霊の声が同時にハモった。ハイネとルーク、思わず顔を見合わせる。案外、気が合うかもしれない。ユラはクスクス笑って、
「ちょっとしたジョークだよ」
「醤油でいいんじゃない? それならうちにあるし」
「いや、それも微妙に……醤油ベースのダシに更に醤油かよ」
ハイネのやる気なさそうな提案に、ルーク、常識的に突っ込んでから、はっと思い至り、
「つか、さっきどっちも買ってきただろ!?」
「そうだっけ」
ユラが笑う。その笑顔にルークは微妙な気持ちになりつつも、どこかでほっこりとした安心感を覚えていた。
ユラが知らない男と契約したと聞いたとき、最初は動揺した。今も完全に納得しているわけじゃない。けど……
ルークに微笑みかけるユラの瞳が、今まで二人で築いてきた絆はなくなりはしない、確かなものである、と物語っているようで。
それに……何の根拠もない直感だが、ハイネという奴は悪い奴ではないような気がする。
ルークはハイネをちらりと見る。ハイネもまた、素直な少年に悪くない印象を抱いたようだ。
●メリークリスマス!
外は雪が舞い、窓ガラスは室内の熱で曇っている。どこか遠くで聖歌隊の歌声が聞こえる。
テーブルの真ん中に、ぐつぐつ煮える鍋。湯気がふわりと上がって、食欲をそそる。
その近くには、クリスマス定番のチキンやケーキもしっかりと添えられている。
ハイネは、やれやれ、と独りごちた。
「それじゃあ祈りの言葉でも話す?」
「あー堅苦しい挨拶なんていらねぇだろ。腹も減ったし、始めようぜ」
ルークはごちそうを前に機嫌良く声を上げる。
「……だよね」
ハイネが頷く隣で、ユラは買ってきた赤い炭酸のブドウジュース(ルークに合わせてアルコールはなしだ)を開けて、三人分のグラスに注いで回った。
「これでいいかな。じゃあ始めようか」
三人はそれぞれグラスを手に持つと、口々に声を上げる。ユラとルークは元気に、ハイネはやる気なさげに。
「「「メリークリスマス!」」」
かちん、とグラスの触れ合う音。やがて朽ちかけた教会の室内には、「美味い」との声と、笑い声が響いた。
寒いクリスマスも、こうして美味しいものを囲んで、皆で過ごすなら悪くない。
三人の誰もがそう思うような、楽しくて暖かいひとときだった。
ルークとハイネ、二人の間のぎこちなさも、温かい鍋がゆっくりと溶かしてくれるようだった。
「来年のクリスマスも、また三人で過ごそうよ」
アルコールもないのに、酔っ払ったように頬を染め、上機嫌でユラが呟いた。
「「……三人で?」」
ルークとハイネが同時に声を出した。ちらっ、と互いを見やる。打ち解けた空気にほんのわずかに混じる緊張感。
「うん。駄目?」
きょとんとしてユラが聞いた。
彼女は、わかっていないのだ。
クリスマスは恋人と二人で過ごすもの、という世の中の先入観と、男二人の間にある微妙な距離感に。
「別にいいけど」
「オレも」
そうは言いながらも、競争は既に始まっている。泰然としたハイネはともかく、特にルークは意識してしまう。
(来年のクリスマスの頃には、オレとユラとはどうなっているんだろうな)
このまま三人でまた鍋を囲むのか。それとも……?
それよりも、まず、ユラが過去の話をしてくれるか、ということが先だろう。
●帰路
教会の外に、しんしんと降り積もるクリスマスの雪は、二人が帰る頃には世界を銀色に染め上げていた。
まるで、ルークが去年ユラに贈ったスノードームの景色のようだ。
「今日は楽しかった。ハイネ、またな」
「うん。ハイネさん、またね」
「またね。二人とも、滑らないよう気をつけて」
雪の中、寄り添うようにして帰路につくユラとルークを、ハイネはいつも通りの泰然とした調子で、穏やかに見送ったのだった。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 蒼鷹 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | あき缶 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2015年12月2日 |