プロローグ
クリスマスを、ことごとく破壊しようとするダークニスの企み――ウィンクルム達は、次々と入ってくる事件の通報に、日々緊張していた。
「皆さん、クリスマス諦めてませんか?」
A.R.O.A.の受付女性職員は、依頼の一覧を眺めて浮かない顔のウィンクルムに、頬をふくらませる。
「だって、こんなときに……」
「こんなときだからこそ、ですよ!」
ぐっと両手を握りしめ、職員は大きな声で言い返した。
「オーガと戦うウチまでが、クリスマスどころじゃないなぁーみたいな顔してちゃダメッ! 絶対ダメ!
そんなの、ダークニスの思う壺じゃないですかっ」
確かにいま、サンタクロースは囚われの身だ。でも、サンタがいなくたって、暖かなクリスマスにできるはず。
「奴の企みなんて笑い飛ばせるような、楽しいクリスマスに、自分たちからしていきましょうよ」
と力説する職員に、言いたいことはわかるけれど……とウィンクルムは顔を見合わせた。
「でも、今何処に行っても、『黒き宿木の種』があるかもしれなくて、仕事モードになってしまいそうだよ」
精霊は眉をひそめる。
しかし、職員はめげない。笑顔をやめない。
「何言ってるんですか。絶対安全な場所があるでしょ」
「えっ?」
――どこだろう?
神人が考えこむが、答えが出てこない。
「もー、すぐそばにあるじゃないですか。本当に幸福の青い鳥って身近にあるものなんですって」
焦れったげな職員だが、ウィンクルムはとうとう自力では答えが見つからず、
「うー、降参。どこ?」
と白旗を揚げた。
すると職員は満面の笑みを浮かべて、弾んだ声で答えを教えてくれた。
「ふふっ、それはね、あなたの自宅ですよっ♪」
なるほど、確かにそれはすぐそばすぎて、気付かなかった。
確かにウィンクルムの自宅にまでは、オーガの魔の手は及ばない。
「A.R.O.A.本部周辺は政府の重要機関が多いですから、滅多なことでオーガに侵入されない結界的なものが張ってあります。
ここらへんも安全圏ですけどね」
本部の近くには、つい最近、超大型ショッピングモール『タブロス・モール』が出来たばかりだ。
ノースウッドのマルクトシュネーには劣るだろうが、自宅でのクリスマスパーティーに必要な物ならだいたい揃うだろうし、
相手へのプレゼントを買うにもよさそうだ。
パーティーの相談を始めたウィンクルムを見て、職員はホッとしたように微笑むと、助言をしてくれた。
「そうそう、あのモールの中央広場には、ガラスのツリーが設置されてるんです。
ツリーに願い事を書いた紙を吊るしましょうっていうイベントもやってるらしいですよ」
モールで買い物をして、あたたかな自宅でパーティー。そんなインドアなクリスマスもきっと素敵な思い出になるだろう。
プラン
アクションプラン
水田 茉莉花 (八月一日 智) (聖) |
|
自宅でクリスマスって言っても…今年は落ち着かないのよね 原因はあの2人にあるんだけどなー(サラダを用意しつつ2人の様子を見て) あーもう、ケーキで喧嘩するなんて小学生ですか、ほづみさん!ひーくんも!! 全く、料理には影響でなかったからいいですけど! いい加減寄ると触ると近づくと喧嘩するのはやめて下さいねっ、2人とも! じゃ、いただきまーす っていきなりチキンで喧嘩しないでくださぁい! はぁ、ひーくんが家に来てから食卓が賑やかになったなぁ あと、食後のスマホアプリゲームの時間も… どういたしまして、ほづみさん どうしたんですほづみさん、じっと見て ひーくん、ありがと…って、えーっ ほづみさんも…2人して変な事言うなぁ! |
リザルトノベル
野菜を洗うために出していた冷水を止め、冷たくなった手を一度ハンドタオルで拭き取る。
今日は、聖夜祭――要するに、クリスマスだ。
しかし、そんな心躍る一日になる筈の日にもかかわらず、水田 茉莉花はやや落ち着かないようにして、ぼそりとつぶやきを漏らす。
「自宅でクリスマスって言っても……今年は落ち着かないのよね」
夕食の準備を進めながら、茉莉花は隣に視線を移す。
そこには一緒にケーキのデコレーションをする、八月一日 智と聖の姿があり、真剣な表情で生クリームやらと格闘している。
「原因はあの2人にあるんだけどなー」
うーむと唸り声を漏らしそうなほどに困った表情を浮かべて、茉莉花は二人がデコレーションケーキを作っているのを眺める。
すると、なにやら聖の怒声に似た叫び声が聞こえてきた。
「パパ、ケーキにのってるチョコの家は、ぼくのですからね!」
どうやら、デコレーションケーキの上に乗せたチョコレートで出来た家の所有権を、聖が主張しているようだ。
けれど、そんな独裁は認めない! というように智が、
「にゃにおう! この家はおれのだ、ひー助! 誰にも渡さん!」
と、同じく自身の権利を主張するが、傍から見ている茉莉花からしてみると、とても子供と大人の会話とは思えない。同じ歳くらいの兄弟でも、どちらかが大人びていればこのような喧嘩にはならないだろう。
「させません! ぼくの家です! パパには、もうおうちあるじゃないですか!」
言いながら、聖がフローリングを指さしする。そう、ここは智の家であり、三人は一緒に暮らしているのだ。
「関係ないね! こっちの家はチョコじゃないから食べられないだろ!」
智が聖の売り言葉に買い言葉を返し、堂々巡りが繰り返される。
屁理屈の応酬が繰り返され、もはやケーキの話題ですらないことで言い合いになっていたが、キリがないと気が付いた聖が、
「とられる前にとります! たべます!」
ばっ、とデコレーションケーキの中心に位置するチョコの家にターゲティングをして、掻っ攫おうと画策する。
しかし、聖の思い通りにはさせない、と、智も便乗して、
「ンな事するんだったらおれが先に喰う!」
お互いにチョコを奪い合う、非常に不毛な争いが幕あけた。
「あーもう! ケーキで喧嘩するなんて小学生ですか、ほづみさん!ひーくんも!!」
しかし、絶対的な力を持つ茉莉花が降臨。
二人を引きはがし、智に怒りの一撃が直撃した。
「いでっ!? いでーなでかっちょ! 殴ンなくてもいーじゃんよー」
口をとがらせながら、患部を撫でる智が減らず口を叩くので、茉莉花がもう一度拳を握ると、
「じ、冗談、冗談……!」
縮こまって乾いた笑みを浮かべた。
その様子の一部始終を目撃していた聖は、後ずさりをしつつさり気なく逃げようとするが、茉莉花に見つからない筈もなく。
「わぁん! ママおしりペンペンやめてくださぁい!」
ペンペン、と二、三度お尻を叩かれて、聖はお尻を抱えて蹲る。
「全く、料理には影響でなかったからいいですけど!」
茉莉花が完成していたオードブルをダイニングに運び込み、テーブルに乗せた。
「いい加減寄ると触ると近づくと喧嘩するのはやめて下さいねっ、2人とも!」
制裁を受けた二人は、茉莉花の言葉に「はい……」とやや弱弱しく首肯した。
しかし、折角のクリスマスにテンションが下がったままでいるのもなんだかさみしいので、茉莉花が今度は優しく笑って、
「じゃあ、料理ができたので運んでください!」
二人の表情が、ぱぁああ、と明るくなり、今度は「はいっ!」と元気よく返事を返した。まったく現金なものである。
茉莉花がテーブルの上のどこに料理を置くかを思案しているのを見て、さっさと料理を運んでしまおうと、智が聖に言う。
「ひー助、チキンを運ぶのは頼んだぞ!」
「わかりました、パパ!」
智の言葉に、軍人のように聖が敬礼し、言われたとおりにチキンの乗せられた皿をしっかりと掴み、運ぶ。が、
「いたいっ!?」
と、突然痛みが体中に奔ったかのように、聖の歩く速度がミリ単位でしか進んでないのではないのかと疑いたくなるほどに、ゆっくりとしたものになった。
怪訝に思った智が「ど、どうした?」と問うと、
「いたいですー、歩くたんびにいたいですー」
やや涙目となりながら、聖がズキズキとするお尻の痛みに耐え忍ぶ。
そんな聖の様子を見て、智が聖に耳打ちをするようにして、
「ひー助、みずたまりと戦うにはな、身体的に強くなくちゃいけねーんだぞ」
キッチンからダイニングは見渡せるものの、やや距離が離れているため、ここからの声は聞こえない。
「はい、心えました、パパ」
本人が聞いていたら、「一体あたしのことをなんだと思っているの!?」と、問いただしそうな発言だが、二人にとっては真剣に受け止めるべき事項のようで、聖も至極真面目な表情で応じる。
テーブルいっぱいに豪華な料理が並べられ、クリスマスパーティーの開催準備が整う。
とてもおいしそうな料理達に、三人の腹の虫が「ぐう」と声を漏らした。
三人は席に腰を掛けて、ごはんにありつける準備を整える。時計を見れば、もう19時を回っており、夕食としてちょうど良い時間だ。
「全員席に着いたな!」
智が茉莉花と聖を見渡して、席についたのを確認し、手を合わせる。
茉莉花もそれに合わせるようにして手をあわせ、挨拶をした。
「じゃ、いただきまーす」
「では、いっただっきm……」
しかし、智の挨拶の途中で、
「では……」
と、聖が挨拶せずに、智の皿の上のチキンを奪取。
まるでバスケットボール選手が、相手のボールを奪うかのようなほどの素晴らしい手の動き。そこにはもはや芸術的な域を感じる。
けれども、チキンを奪われた智はそれどころではない。
「ゴルァ! ひー助! おれのチキン持ってくなぁ!」
ガタっ、と席を立って聖の両手に、ガッ! っと指を絡ませる。
「せいぞんきょーそーはきびしいのでふ、やきにくていしょくなのでふ」
奪った獲物のチキンを口で咥えながら、聖も応戦し、取っ組み合いの大ゲンカ。
茉莉花はその様子を見て、わなわなと肩を震わせたのち、
「っていきなりチキンで喧嘩しないでくださぁい!」
と今日一番の雷を落とした。
夕食を食べ終わり、茉莉花が食器を洗っていると、ふと先程の夕食を思い出して呟きが漏れた。
「はぁ、ひーくんが家に来てから食卓が賑やかになったなぁ」
先程の喧嘩といい、良い意味でも悪い意味でも食卓がにぎやかになっている。
食器についた洗剤を流して、茉莉花がリビングへと視線を移した。
リビングでは、楽しげに通信対戦が対応しているスマホアプリゲームをプレイしている智と聖の姿が見える。
「お、そう来るかひー助、これは開発者のおれでも見抜けなかったな!」
通常の操作では行えないような操作が反映され、智の画面に映るモンスター達が大ダメージを受けた。
「こっちをタップしながら動かすなんて子どもの小さい手だから使えるのです、デバッグのさんこーにして下さい」
開発とデバッグはそもそも企業から違っていたりするので、開発をメインとする会社では、ゲーム仕様として些かおかしいものを開発してしまうことがある。それを開発なのだから仕方がない、とせず、智は聖の言葉をふむふむと頷きながらしっかりと聞き、どこが問題点なのかをしっかりと思案している。
勤勉家であることは、ゲーム業界に努める人材として――その他の業界でも必要なことではあるが――とても重要な事項の一つだ。
だからこそ、智の開発するゲームはとても面白いもので出来上がるのだろう。
「って、コラァひー助! ハメ技すんな! 卑怯だぞ!」
「ハメ技をそのままデバッグしないで取っておくというのは、それが仕様ということですよパパ! つまり卑怯ではありません!」
真面目にゲームについて会話していたと思いきや、今度はゲームを純粋に楽しんで遊んでいる。
ダイニングが輝いて見えるほど、とても賑やかだ。
「あと、食後のスマホアプリゲームの時間も……賑やかになったなぁ」
洗剤を流した食器類をシンクに取り付けられた食器置きに置いて、茉莉花もスマホアプリゲームをプレイしている二人の元に歩み寄る。
少しの間、ゲームに夢中になっていた二人だったが、
「……あ、ママ、食きかたづけ終わったんですね」
背後に歩み寄った茉莉花に気が付いて、聖が言う。
「みずたまり、片付けサンキューな」
智が茉莉花にゲームから視線を離して、優しく微笑みながら礼を述べる。
「どういたしまして、ほづみさん」
茉莉花も智に言葉を返し、二人が座る三人掛けのソファーに腰を掛ける。
三人で座ると、少しだけ狭く感じるが、それも聖の成長のあかしとなっていくだろう。
ゲームがひと段落ついたようで、智がふと視線を落として黙りこくる。どうしたのだろうと、茉莉花が疑問を呈そうとすると、真剣な表情で智がつぶやく。
「あのさ、みずたまり……」
突然の真剣な声色に、茉莉花はさらに怪訝な顔をして、
「どうしたんですほづみさん、じっと見て」
改めて今までのお礼を言おうとする智だが、いざ茉莉花に面と向かって言葉を紡ごうとすると、どうしてか何も思い浮かばない。
(どうすりゃ良いんだこの……)
なにやらと頭の中で何を言おうかと智が試行錯誤し続けていると、
へたれを見るような視線で聖が智を一瞥し、代わりに茉莉花に向かって微笑みながら言葉を紡いだ。
「ママ、ぼく、ママにあえてよかったです」
その言葉にはうそ偽りが一切なく、心からの思慕の想いが込められていることが分かった。
「ひーくん、ありがと」
茉莉花が微笑みながら、聖の頭を優しく撫でると、聖は至極真剣な表情をしつつも、智をチラチラと横目で捉えながら、
「ぼく、一人前の精霊になって、ママをお嫁さんにするからね」
「うん、ありがとう……って、えーっ!?」
驚愕する茉莉花よりも驚いたのは、見せ場を掻っ攫われてしまった智の方だ。
智は目を剥いて叫ぶ。
「なっ、ばっ、ひー助! みずたまりはおれの嫁だぁ!」
リビング一杯に智の叫び声が反響し、茉莉花の顔が耳まで真っ赤になる。
「パパみたいなヘタレには、ママは渡しません!」
「へ、ヘタレ!?」
「ママに感謝する言葉なんて、星の数よりあるじゃないですか!」
「な、な、ま、まぁそれは確かに……」
やや気おされていた智だったが、このままでは押し負ける! と、流石に何度も喧嘩をしているだけあってすぐに分かったのだろう。智が今度は言葉ではなく実際の行動で示そうと、茉莉花の肩を抱き寄せた。
「なっ!?」
一番驚いたのは茉莉花だ。心臓が飛び出そうなほどどきっとしたが、それを意にも返さず、智は耳元で「みずたまりはおれの嫁」だと叫び続ける。
「ダメです! ぼくのお嫁さんです!」
聖も負けじと茉莉花の手を引いて、自分の元に引き込もうとする。
茉莉花が双方から取り合われて、綱引きの綱のようにあっちに引っ張られこっちに抱き寄せられとされるがままになっていると、二人は料理の時の喧嘩よりもバチバチと火花を散らして「ぼくのお嫁さんだ!」、「おれの嫁だ!」と何度も言い合い続けるようになった。
恥ずかしさの限界に到達した茉莉花が引っ張られ抱き寄せられながらも、
「ほづみさんも……ふ、2人して変な事言うなぁ!」
茉莉花は赤い顔のまま、智に負けないほどの声をリビングに轟かせたのだった。
今日は、聖夜祭――要するに、クリスマスだ。
しかし、そんな心躍る一日になる筈の日にもかかわらず、水田 茉莉花はやや落ち着かないようにして、ぼそりとつぶやきを漏らす。
「自宅でクリスマスって言っても……今年は落ち着かないのよね」
夕食の準備を進めながら、茉莉花は隣に視線を移す。
そこには一緒にケーキのデコレーションをする、八月一日 智と聖の姿があり、真剣な表情で生クリームやらと格闘している。
「原因はあの2人にあるんだけどなー」
うーむと唸り声を漏らしそうなほどに困った表情を浮かべて、茉莉花は二人がデコレーションケーキを作っているのを眺める。
すると、なにやら聖の怒声に似た叫び声が聞こえてきた。
「パパ、ケーキにのってるチョコの家は、ぼくのですからね!」
どうやら、デコレーションケーキの上に乗せたチョコレートで出来た家の所有権を、聖が主張しているようだ。
けれど、そんな独裁は認めない! というように智が、
「にゃにおう! この家はおれのだ、ひー助! 誰にも渡さん!」
と、同じく自身の権利を主張するが、傍から見ている茉莉花からしてみると、とても子供と大人の会話とは思えない。同じ歳くらいの兄弟でも、どちらかが大人びていればこのような喧嘩にはならないだろう。
「させません! ぼくの家です! パパには、もうおうちあるじゃないですか!」
言いながら、聖がフローリングを指さしする。そう、ここは智の家であり、三人は一緒に暮らしているのだ。
「関係ないね! こっちの家はチョコじゃないから食べられないだろ!」
智が聖の売り言葉に買い言葉を返し、堂々巡りが繰り返される。
屁理屈の応酬が繰り返され、もはやケーキの話題ですらないことで言い合いになっていたが、キリがないと気が付いた聖が、
「とられる前にとります! たべます!」
ばっ、とデコレーションケーキの中心に位置するチョコの家にターゲティングをして、掻っ攫おうと画策する。
しかし、聖の思い通りにはさせない、と、智も便乗して、
「ンな事するんだったらおれが先に喰う!」
お互いにチョコを奪い合う、非常に不毛な争いが幕あけた。
「あーもう! ケーキで喧嘩するなんて小学生ですか、ほづみさん!ひーくんも!!」
しかし、絶対的な力を持つ茉莉花が降臨。
二人を引きはがし、智に怒りの一撃が直撃した。
「いでっ!? いでーなでかっちょ! 殴ンなくてもいーじゃんよー」
口をとがらせながら、患部を撫でる智が減らず口を叩くので、茉莉花がもう一度拳を握ると、
「じ、冗談、冗談……!」
縮こまって乾いた笑みを浮かべた。
その様子の一部始終を目撃していた聖は、後ずさりをしつつさり気なく逃げようとするが、茉莉花に見つからない筈もなく。
「わぁん! ママおしりペンペンやめてくださぁい!」
ペンペン、と二、三度お尻を叩かれて、聖はお尻を抱えて蹲る。
「全く、料理には影響でなかったからいいですけど!」
茉莉花が完成していたオードブルをダイニングに運び込み、テーブルに乗せた。
「いい加減寄ると触ると近づくと喧嘩するのはやめて下さいねっ、2人とも!」
制裁を受けた二人は、茉莉花の言葉に「はい……」とやや弱弱しく首肯した。
しかし、折角のクリスマスにテンションが下がったままでいるのもなんだかさみしいので、茉莉花が今度は優しく笑って、
「じゃあ、料理ができたので運んでください!」
二人の表情が、ぱぁああ、と明るくなり、今度は「はいっ!」と元気よく返事を返した。まったく現金なものである。
茉莉花がテーブルの上のどこに料理を置くかを思案しているのを見て、さっさと料理を運んでしまおうと、智が聖に言う。
「ひー助、チキンを運ぶのは頼んだぞ!」
「わかりました、パパ!」
智の言葉に、軍人のように聖が敬礼し、言われたとおりにチキンの乗せられた皿をしっかりと掴み、運ぶ。が、
「いたいっ!?」
と、突然痛みが体中に奔ったかのように、聖の歩く速度がミリ単位でしか進んでないのではないのかと疑いたくなるほどに、ゆっくりとしたものになった。
怪訝に思った智が「ど、どうした?」と問うと、
「いたいですー、歩くたんびにいたいですー」
やや涙目となりながら、聖がズキズキとするお尻の痛みに耐え忍ぶ。
そんな聖の様子を見て、智が聖に耳打ちをするようにして、
「ひー助、みずたまりと戦うにはな、身体的に強くなくちゃいけねーんだぞ」
キッチンからダイニングは見渡せるものの、やや距離が離れているため、ここからの声は聞こえない。
「はい、心えました、パパ」
本人が聞いていたら、「一体あたしのことをなんだと思っているの!?」と、問いただしそうな発言だが、二人にとっては真剣に受け止めるべき事項のようで、聖も至極真面目な表情で応じる。
テーブルいっぱいに豪華な料理が並べられ、クリスマスパーティーの開催準備が整う。
とてもおいしそうな料理達に、三人の腹の虫が「ぐう」と声を漏らした。
三人は席に腰を掛けて、ごはんにありつける準備を整える。時計を見れば、もう19時を回っており、夕食としてちょうど良い時間だ。
「全員席に着いたな!」
智が茉莉花と聖を見渡して、席についたのを確認し、手を合わせる。
茉莉花もそれに合わせるようにして手をあわせ、挨拶をした。
「じゃ、いただきまーす」
「では、いっただっきm……」
しかし、智の挨拶の途中で、
「では……」
と、聖が挨拶せずに、智の皿の上のチキンを奪取。
まるでバスケットボール選手が、相手のボールを奪うかのようなほどの素晴らしい手の動き。そこにはもはや芸術的な域を感じる。
けれども、チキンを奪われた智はそれどころではない。
「ゴルァ! ひー助! おれのチキン持ってくなぁ!」
ガタっ、と席を立って聖の両手に、ガッ! っと指を絡ませる。
「せいぞんきょーそーはきびしいのでふ、やきにくていしょくなのでふ」
奪った獲物のチキンを口で咥えながら、聖も応戦し、取っ組み合いの大ゲンカ。
茉莉花はその様子を見て、わなわなと肩を震わせたのち、
「っていきなりチキンで喧嘩しないでくださぁい!」
と今日一番の雷を落とした。
夕食を食べ終わり、茉莉花が食器を洗っていると、ふと先程の夕食を思い出して呟きが漏れた。
「はぁ、ひーくんが家に来てから食卓が賑やかになったなぁ」
先程の喧嘩といい、良い意味でも悪い意味でも食卓がにぎやかになっている。
食器についた洗剤を流して、茉莉花がリビングへと視線を移した。
リビングでは、楽しげに通信対戦が対応しているスマホアプリゲームをプレイしている智と聖の姿が見える。
「お、そう来るかひー助、これは開発者のおれでも見抜けなかったな!」
通常の操作では行えないような操作が反映され、智の画面に映るモンスター達が大ダメージを受けた。
「こっちをタップしながら動かすなんて子どもの小さい手だから使えるのです、デバッグのさんこーにして下さい」
開発とデバッグはそもそも企業から違っていたりするので、開発をメインとする会社では、ゲーム仕様として些かおかしいものを開発してしまうことがある。それを開発なのだから仕方がない、とせず、智は聖の言葉をふむふむと頷きながらしっかりと聞き、どこが問題点なのかをしっかりと思案している。
勤勉家であることは、ゲーム業界に努める人材として――その他の業界でも必要なことではあるが――とても重要な事項の一つだ。
だからこそ、智の開発するゲームはとても面白いもので出来上がるのだろう。
「って、コラァひー助! ハメ技すんな! 卑怯だぞ!」
「ハメ技をそのままデバッグしないで取っておくというのは、それが仕様ということですよパパ! つまり卑怯ではありません!」
真面目にゲームについて会話していたと思いきや、今度はゲームを純粋に楽しんで遊んでいる。
ダイニングが輝いて見えるほど、とても賑やかだ。
「あと、食後のスマホアプリゲームの時間も……賑やかになったなぁ」
洗剤を流した食器類をシンクに取り付けられた食器置きに置いて、茉莉花もスマホアプリゲームをプレイしている二人の元に歩み寄る。
少しの間、ゲームに夢中になっていた二人だったが、
「……あ、ママ、食きかたづけ終わったんですね」
背後に歩み寄った茉莉花に気が付いて、聖が言う。
「みずたまり、片付けサンキューな」
智が茉莉花にゲームから視線を離して、優しく微笑みながら礼を述べる。
「どういたしまして、ほづみさん」
茉莉花も智に言葉を返し、二人が座る三人掛けのソファーに腰を掛ける。
三人で座ると、少しだけ狭く感じるが、それも聖の成長のあかしとなっていくだろう。
ゲームがひと段落ついたようで、智がふと視線を落として黙りこくる。どうしたのだろうと、茉莉花が疑問を呈そうとすると、真剣な表情で智がつぶやく。
「あのさ、みずたまり……」
突然の真剣な声色に、茉莉花はさらに怪訝な顔をして、
「どうしたんですほづみさん、じっと見て」
改めて今までのお礼を言おうとする智だが、いざ茉莉花に面と向かって言葉を紡ごうとすると、どうしてか何も思い浮かばない。
(どうすりゃ良いんだこの……)
なにやらと頭の中で何を言おうかと智が試行錯誤し続けていると、
へたれを見るような視線で聖が智を一瞥し、代わりに茉莉花に向かって微笑みながら言葉を紡いだ。
「ママ、ぼく、ママにあえてよかったです」
その言葉にはうそ偽りが一切なく、心からの思慕の想いが込められていることが分かった。
「ひーくん、ありがと」
茉莉花が微笑みながら、聖の頭を優しく撫でると、聖は至極真剣な表情をしつつも、智をチラチラと横目で捉えながら、
「ぼく、一人前の精霊になって、ママをお嫁さんにするからね」
「うん、ありがとう……って、えーっ!?」
驚愕する茉莉花よりも驚いたのは、見せ場を掻っ攫われてしまった智の方だ。
智は目を剥いて叫ぶ。
「なっ、ばっ、ひー助! みずたまりはおれの嫁だぁ!」
リビング一杯に智の叫び声が反響し、茉莉花の顔が耳まで真っ赤になる。
「パパみたいなヘタレには、ママは渡しません!」
「へ、ヘタレ!?」
「ママに感謝する言葉なんて、星の数よりあるじゃないですか!」
「な、な、ま、まぁそれは確かに……」
やや気おされていた智だったが、このままでは押し負ける! と、流石に何度も喧嘩をしているだけあってすぐに分かったのだろう。智が今度は言葉ではなく実際の行動で示そうと、茉莉花の肩を抱き寄せた。
「なっ!?」
一番驚いたのは茉莉花だ。心臓が飛び出そうなほどどきっとしたが、それを意にも返さず、智は耳元で「みずたまりはおれの嫁」だと叫び続ける。
「ダメです! ぼくのお嫁さんです!」
聖も負けじと茉莉花の手を引いて、自分の元に引き込もうとする。
茉莉花が双方から取り合われて、綱引きの綱のようにあっちに引っ張られこっちに抱き寄せられとされるがままになっていると、二人は料理の時の喧嘩よりもバチバチと火花を散らして「ぼくのお嫁さんだ!」、「おれの嫁だ!」と何度も言い合い続けるようになった。
恥ずかしさの限界に到達した茉莉花が引っ張られ抱き寄せられながらも、
「ほづみさんも……ふ、2人して変な事言うなぁ!」
茉莉花は赤い顔のまま、智に負けないほどの声をリビングに轟かせたのだった。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 東雲柚葉 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | あき缶 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2015年12月2日 |