プロローグ
クリスマスを、ことごとく破壊しようとするダークニスの企み――ウィンクルム達は、次々と入ってくる事件の通報に、日々緊張していた。
「皆さん、クリスマス諦めてませんか?」
A.R.O.A.の受付女性職員は、依頼の一覧を眺めて浮かない顔のウィンクルムに、頬をふくらませる。
「だって、こんなときに……」
「こんなときだからこそ、ですよ!」
ぐっと両手を握りしめ、職員は大きな声で言い返した。
「オーガと戦うウチまでが、クリスマスどころじゃないなぁーみたいな顔してちゃダメッ! 絶対ダメ!
そんなの、ダークニスの思う壺じゃないですかっ」
確かにいま、サンタクロースは囚われの身だ。でも、サンタがいなくたって、暖かなクリスマスにできるはず。
「奴の企みなんて笑い飛ばせるような、楽しいクリスマスに、自分たちからしていきましょうよ」
と力説する職員に、言いたいことはわかるけれど……とウィンクルムは顔を見合わせた。
「でも、今何処に行っても、『黒き宿木の種』があるかもしれなくて、仕事モードになってしまいそうだよ」
精霊は眉をひそめる。
しかし、職員はめげない。笑顔をやめない。
「何言ってるんですか。絶対安全な場所があるでしょ」
「えっ?」
――どこだろう?
神人が考えこむが、答えが出てこない。
「もー、すぐそばにあるじゃないですか。本当に幸福の青い鳥って身近にあるものなんですって」
焦れったげな職員だが、ウィンクルムはとうとう自力では答えが見つからず、
「うー、降参。どこ?」
と白旗を揚げた。
すると職員は満面の笑みを浮かべて、弾んだ声で答えを教えてくれた。
「ふふっ、それはね、あなたの自宅ですよっ♪」
なるほど、確かにそれはすぐそばすぎて、気付かなかった。
確かにウィンクルムの自宅にまでは、オーガの魔の手は及ばない。
「A.R.O.A.本部周辺は政府の重要機関が多いですから、滅多なことでオーガに侵入されない結界的なものが張ってあります。
ここらへんも安全圏ですけどね」
本部の近くには、つい最近、超大型ショッピングモール『タブロス・モール』が出来たばかりだ。
ノースウッドのマルクトシュネーには劣るだろうが、自宅でのクリスマスパーティーに必要な物ならだいたい揃うだろうし、
相手へのプレゼントを買うにもよさそうだ。
パーティーの相談を始めたウィンクルムを見て、職員はホッとしたように微笑むと、助言をしてくれた。
「そうそう、あのモールの中央広場には、ガラスのツリーが設置されてるんです。
ツリーに願い事を書いた紙を吊るしましょうっていうイベントもやってるらしいですよ」
モールで買い物をして、あたたかな自宅でパーティー。そんなインドアなクリスマスもきっと素敵な思い出になるだろう。
プラン
アクションプラン
向坂 咲裟 (カルラス・エスクリヴァ) (ギャレロ・ガルロ) |
|
今日はカルさんのお家でクリスマスパーティ 家族以外と過ごすのは初めてよ 楽しみだわ ◆2 お母さんお手製ディナーを用意し家へ お邪魔するわカルラスさん、ギャレロ パーティの準備をしつつ 二人が仲良くしているか聞くわね なるほど、仲が良いみたいで良かったわ ◆4 食後はホットミルクを飲みつつリビングでゆっくり そう言えば…カルラスさんのお家には、楽器がいっぱいあるのよね じっとカルさんを見つめるわ まぁ弾いてくれるの? やったわね、ギャレロ カルラスさんの素敵な演奏をふたり占めよ 演奏に聴き入っていたけれど ギャレロの発言に少し驚くわ …でも、素敵ね! ワタシも少しバイオリンが弾けるのよ 三人で演奏ね とっても楽しいクリスマスだったわ! |
リザルトノベル
●おうちでパーティの準備
『向坂 咲裟』は、ワクワクしながら身支度を整えていた。鏡の前で髪をとかしたり、着ていく服のコーディネートをあれこれ試行錯誤してみる。
今日は『カルラス・エスクリヴァ』の家でクリスマスパーティーがあるのだ。カルラスの家に転がり込んだ『ギャレロ・ガルロ』ももちろん一緒である。
「クリスマスを家族以外と過ごすのは初めてよ。楽しみだわ」
咲裟はクリスマスブローチ「ポラリス」をパチリと服につけた。ツリーの形をした、可愛らしいブローチだ。このブローチをつけたら、なんだかステキなクリスマスが過ごせるような気持ちがしてきた。
きちんとした両親に育てられた咲裟は、行き先とだいたいの帰宅時間の予定を家族に伝えてから、カルラスの家のパーティーに向かう。
家族はパーティーにいく咲裟を温かく見送ってくれた。
「いってきます。お母さんのお手製のディナー、きっとカルラスさんも喜ぶと思うわ」
咲裟はチェロ奏者であるカルラスのファンだ。なお、咲裟の母もカルラスのファンの一人である。
一方その頃。カルラスの家では……。
「クリスマスパーティか……まさかこの歳でやるとは思わなかった」
古びた洋館の中で、カルラスは困惑気味に腕組みをしていた。室内は整理が行き届いておりすっきりと片付けられているものの、これからクリスマスパーティーをするというには、いささか味気ない雰囲気だ。
「クリスマス? パーティ? なんだそれ」
成り行きと咲裟の紹介によってカルラスの同居人となったギャレロだ。彼は不思議そうに目を細めてわずかに首を傾げた。仕草自体は子供そのものだが、ギャレロは子供ではない。背は高い方で、しかもその顔つきは怖く、そのうえ傷もある。さらに世間一般の常識に疎く、言葉数が少なくてバイオレンスな香りが漂う。
このようにギャレロはかなり変わった青年で、彼の第一印象はけして良いとはいえない。
そんなギャレロに対して、カルラスはどう接して良いのか戸惑うことが多かった。
「本当にクリスマスパーティーをしらないのか?」
とその時、来客をしらせるチャイムの音が洋館内に響いた。咲裟の訪問だ。
足早に玄関へと向かうカルラス。
「……寂しくねぇならなんでも良い」
あとをついてくるギャレロがそうつぶやいたのが、カルラスの耳にもハッキリと届いた。
玄関を開けて、咲裟を出迎えるカルラス。そしてギャレロ。
「お邪魔するわカルラスさん、ギャレロ」
「いらっしゃい、お嬢さん。寒かっただろう」
咲裟を見て、カルラスの顔がホッとしたようにゆるんだ。咲裟の訪問を素直に歓迎する気持ちと同時に、家でギャレロと二人きりという状態から脱却できたことをありがたがる気持ちも、少しはあった。
「サカサ、荷物。荷物渡せ」
ギャレロがぬっと手を伸ばした。彼の顔は非常に怖く、言葉もどこか粗雑だ。ギャレロのことをよくしらない者が見たら、この光景はまるで凶悪なカツアゲ犯のように見えたことだろう……。
が、咲裟は特に恐れることもなく、平然と荷物を渡す。神人である彼女は、ギャレロに対してけっこう気さくに接している。
ギャレロは咲裟から荷物を受け取り、預かった。ただ彼は根が子供なので、悪気なく荷物を勝手に開けて中を覗く。
「……飯か?」
「ええ。とびきり美味しいごちそうよ」
咲裟は微笑みながら答えた。
「お嬢さんのコートはここにかけておこう」
「ありがとう」
咲裟の上着やマフラーを、壁際に置かれたアンティークなデザインのコートかけに預かってもらう。
咲裟は気づく。そのコートかけには、カルラスとギャレロの外出用の防寒具一式もかけられていた。
咲裟の紫色の目に、赤と青のチェック模様が映った。これは「スノーフェアリー」シリーズの柄だ。
咲裟は赤チェックの帽子とマフラー。
カルラスは青チェックの帽子と手袋。
そしてギャレロは青のマフラーと赤い手袋。
「ふふ」
咲裟は楽しそうに微笑んだ。
皆でちょっとずつお揃いになっているのが、なんだか仲良しの家族みたいだと、咲裟にはそう思えた。
パーティー会場となるリビングは、片付いてはいたが地味だった。
「パーティーの準備をしましょう。飾りつけもね」
咲裟が主体となって、三人でちゃくちゃくとパーティーの準備をする。
ギャレロはクリスマスパーティーが本当にどういうものかわかっていないらしく、咲裟とカルラスの指示を聞きながら手伝いをした。
「ところで、カルラスさんとギャレロは、こうして一緒に暮らすようになったわけだけれど……」
持ってきた料理をテーブルの上に並べながら、咲裟はさり気ない様子で二人に尋ねる。
「仲良くなれたかしら?」
すぐには二人からの返事はなかった。
カルラスは言葉を口にする前、わずかに言い淀んだ。室内の飾りつけをしていた手をとめて、ギャレロの方をチラリと一瞥してから、少し曖昧に答える。
「まぁ……悪くは無いんじゃないか……?」
同じ質問に、ギャレロはぶっきら棒に答えた。
「……家に他の奴が居るのも悪いモンじゃねぇ」
二人の様子を見たところ、どうやらカルラスはギャレロへの接し方がわからないようだ。
そしてギャレロはカルラスに興味津々なのだが、常識の欠如から突飛な言動をしてしまい、結果的にカルラスを振り回してしまうことがあるらしい。
「なるほど、仲が良いみたいで良かったわ」
咲裟は頷く。
カルラスとギャレロの関係は、パーフェクトなものとは言いがたいかもしれない。
だが、まだお互いの距離感がつかめていないだけで、根本的にそりが合わないとか嫌い合っている、というわけではなさそうだ。
このクリスマスパーティーを通じて二人が仲良くなれたら良いと、咲裟はそう願った。
●おうちで食後の時間
ディナーを楽しんだ後のリビングには、ホットワインの芳醇な香りがふわりと漂っていた。
飲酒しているのは大人のカルラスだけで、咲裟の手にはホットミルクのカップが握られている。ギャレロは満腹になって、咲裟とカルラスの動向を観察していた。
「とても美味しいディナーだった。私は普段はあまり手の込んだ料理は作らないからな」
「サキサカサカサは欠かさず牛乳を飲むわ。クリスマスの神聖な力と女神ジェンマの加護とかで、なんだかいっそう良いコトが起きそうね」
「オレ、腹一杯食べて満足」
「そう言えば……カルラスさんのお家には、楽器がいっぱいあるのよね」
ホットミルクを飲み終えた咲裟は、家の中にあるたくさんの楽器とカルラスの顔をじっと見つめた。
ファンの少女からの熱烈な視線に、カルラスは椅子から立ち上がった。
「やれやれ。仕方がないな」
笑いながら、咲裟の頭を優しくひと撫で。
「……?」
ギャレロには、このやりとりが理解できなかった。咲裟の視線だけで、カルラスが何かを察したことも。カルラスが穏やかに口にした「仕方がない」という言葉に、いったいどんな気持ちが込められているのかも。たくさんの疑問符が、ギャレロの頭の中を飛び交う。
「では、少し待ってくれ。チェロの用意をしてこよう」
カルラスの言葉に、咲裟はキラキラと瞳を輝かせる。
「まぁ弾いてくれるの?」
「……サカサ? カルラス?」
「やったわね、ギャレロ。カルラスさんの素敵な演奏をふたり占めよ」
「んん……?」
喜ぶ咲裟とは対照的に、混乱気味のギャレロ。状況が飲み込めずに不思議そうな顔をしていたが、とりあえず咲裟と一緒にカルラスの準備を待つことにした。
しばらくすると、カルラスは大切そうな手つきでチェロを持ってきた。
「では、この特別な日に相応しい曲を奏でるとしようか」
そう言って演奏しはじめたのは、オーソドックスなクリスマスソング。カルラスはかなりの演奏の技巧を身につけていた。チェロの音色が深く響き渡る。観客の咲裟とギャレロの心にまで、その旋律は染み渡っていく。
嬉しそうに熱心に耳を傾ける咲裟。
咲裟の横に座っているギャレロ。その顔を見ても、彼が何を考えているのかは読めない。無表情でただ静かに演奏を聴いている。
カルラスが、一通り有名なクリスマスソングのメドレーを弾き終えた。
咲裟が惜しみない拍手をおくる。
観客は二人きりだったが、チェロを弾くカルラスの胸には充足感が満ちていた。
カルラスが演奏を終えて楽器をしまおうとしたところで、思わぬ相手から声をかけられた。
「なぁ、オレにも教えてくれよ、その……演奏ってヤツを」
「楽器の演奏を……?」
カルラスは驚いて、ギャレロの顔を見た。ウソや冗談を言っている雰囲気ではない。純粋に音楽に興味を持っているようだ。彼の目を見ればわかる。
ギャレロの言葉に、咲裟も少しビックリしたようだ。だが咲裟の驚き顔はすぐに笑顔へと変わる。
「……でも、素敵ね! ワタシも少しバイオリンが弾けるのよ」
三人で演奏ができたら楽しいだろうと咲裟は想像をふくらませる。
「オレ、やってみたい」
ギャレロも乗り気だ。
音楽に興味を示したギャレロに対し、カルラスも親身になって向き合う。
「チェロは大型の楽器で、いきなり初心者が扱うのは難しいだろう。そうだな……」
カルラスは家の中にある様々な楽器を見て回った。その中から、ギャレロにも弾きやすいものを選んで探す。
「ああ。これはなかなか良さそうだ。ギャレロ。ギターはどうだ?」
カルラスのオススメはアコースティックギターだ。木製のボディが美しく光っている。音色に落ち着きがあるので、チェロやバイオリンとも相性が良いはずだ。
カルラスからギターを渡される。ギャレロは不慣れな手つきで、けれど大切そうに楽器を持った。
咲裟はギャレロの顔をじーっと見つめてから言った。
「そのギターも良いけれど、ギャレロってエレキギターをステージの上でぎゅいんぎゅいん爆音でかき鳴らすのも似合いそうね」
「えれ、き? ぎゅいん……? するのか?」
「冗談よ。少し思っただけ」
「……サキサカのお嬢さん……」
二人には振り回され気味のカルラスだった。
カルラスはわかりやすく丁寧に、ギャレロに演奏の仕方を教えた。
ギャレロのギターの腕前はあまり上手とは言えなかったが、初心者なのだから当然だ。
「ワタシもバイオリンを習いはじめた時は、なかなか上手く弾けなかったわ」
「何事も練習だ。続けていくうちに上達するだろう」
咲裟とカルラスが、温かく励ます。
夢中でギターの弦を弾くギャレロの様子は楽しげだ。赤い目の奥底が、無邪気に輝いているように見えた。
カルラスの適確な指導のおかげで、ある程度ギャレロが基礎的な音を出せるようになった頃、咲裟がこんな提案をした。
「せっかくだし、三人で演奏ね」
カルラスもにこやかに頷く。咲裟のために、家の中からバイオリンを持ってきた。それから、簡単なクリスマスの曲が載っている楽譜も。
ギャレロに教えながらのセッションだったので、先ほどカルラス一人でチェロを弾いた時のようにスムーズにはいかなかった。ギャレロが音を間違えたり、三人の息がピッタリ合わずにテンポが遅れることもしばしば……。
だが、カルラスの目は優しげで、その口元には笑みがあった。
何度もミスをしながら、三人でやっと一つの曲を弾き終える。
「ギャレロ。楽器を弾いてみて、どうだった?」
咲裟がギャレロに感想を尋ねる。
ギャレロはニッと唇の端を上げ。
「こんなに楽しい夜は、初めてだぜ!」
その返事に、咲裟も笑顔になる。
「とっても楽しいクリスマスだったわ!」
「ああ。私も楽しかった」
クリスマスパーティーと音楽の力で、カルラスとギャレロの距離感も縮まったようだ。
『向坂 咲裟』は、ワクワクしながら身支度を整えていた。鏡の前で髪をとかしたり、着ていく服のコーディネートをあれこれ試行錯誤してみる。
今日は『カルラス・エスクリヴァ』の家でクリスマスパーティーがあるのだ。カルラスの家に転がり込んだ『ギャレロ・ガルロ』ももちろん一緒である。
「クリスマスを家族以外と過ごすのは初めてよ。楽しみだわ」
咲裟はクリスマスブローチ「ポラリス」をパチリと服につけた。ツリーの形をした、可愛らしいブローチだ。このブローチをつけたら、なんだかステキなクリスマスが過ごせるような気持ちがしてきた。
きちんとした両親に育てられた咲裟は、行き先とだいたいの帰宅時間の予定を家族に伝えてから、カルラスの家のパーティーに向かう。
家族はパーティーにいく咲裟を温かく見送ってくれた。
「いってきます。お母さんのお手製のディナー、きっとカルラスさんも喜ぶと思うわ」
咲裟はチェロ奏者であるカルラスのファンだ。なお、咲裟の母もカルラスのファンの一人である。
一方その頃。カルラスの家では……。
「クリスマスパーティか……まさかこの歳でやるとは思わなかった」
古びた洋館の中で、カルラスは困惑気味に腕組みをしていた。室内は整理が行き届いておりすっきりと片付けられているものの、これからクリスマスパーティーをするというには、いささか味気ない雰囲気だ。
「クリスマス? パーティ? なんだそれ」
成り行きと咲裟の紹介によってカルラスの同居人となったギャレロだ。彼は不思議そうに目を細めてわずかに首を傾げた。仕草自体は子供そのものだが、ギャレロは子供ではない。背は高い方で、しかもその顔つきは怖く、そのうえ傷もある。さらに世間一般の常識に疎く、言葉数が少なくてバイオレンスな香りが漂う。
このようにギャレロはかなり変わった青年で、彼の第一印象はけして良いとはいえない。
そんなギャレロに対して、カルラスはどう接して良いのか戸惑うことが多かった。
「本当にクリスマスパーティーをしらないのか?」
とその時、来客をしらせるチャイムの音が洋館内に響いた。咲裟の訪問だ。
足早に玄関へと向かうカルラス。
「……寂しくねぇならなんでも良い」
あとをついてくるギャレロがそうつぶやいたのが、カルラスの耳にもハッキリと届いた。
玄関を開けて、咲裟を出迎えるカルラス。そしてギャレロ。
「お邪魔するわカルラスさん、ギャレロ」
「いらっしゃい、お嬢さん。寒かっただろう」
咲裟を見て、カルラスの顔がホッとしたようにゆるんだ。咲裟の訪問を素直に歓迎する気持ちと同時に、家でギャレロと二人きりという状態から脱却できたことをありがたがる気持ちも、少しはあった。
「サカサ、荷物。荷物渡せ」
ギャレロがぬっと手を伸ばした。彼の顔は非常に怖く、言葉もどこか粗雑だ。ギャレロのことをよくしらない者が見たら、この光景はまるで凶悪なカツアゲ犯のように見えたことだろう……。
が、咲裟は特に恐れることもなく、平然と荷物を渡す。神人である彼女は、ギャレロに対してけっこう気さくに接している。
ギャレロは咲裟から荷物を受け取り、預かった。ただ彼は根が子供なので、悪気なく荷物を勝手に開けて中を覗く。
「……飯か?」
「ええ。とびきり美味しいごちそうよ」
咲裟は微笑みながら答えた。
「お嬢さんのコートはここにかけておこう」
「ありがとう」
咲裟の上着やマフラーを、壁際に置かれたアンティークなデザインのコートかけに預かってもらう。
咲裟は気づく。そのコートかけには、カルラスとギャレロの外出用の防寒具一式もかけられていた。
咲裟の紫色の目に、赤と青のチェック模様が映った。これは「スノーフェアリー」シリーズの柄だ。
咲裟は赤チェックの帽子とマフラー。
カルラスは青チェックの帽子と手袋。
そしてギャレロは青のマフラーと赤い手袋。
「ふふ」
咲裟は楽しそうに微笑んだ。
皆でちょっとずつお揃いになっているのが、なんだか仲良しの家族みたいだと、咲裟にはそう思えた。
パーティー会場となるリビングは、片付いてはいたが地味だった。
「パーティーの準備をしましょう。飾りつけもね」
咲裟が主体となって、三人でちゃくちゃくとパーティーの準備をする。
ギャレロはクリスマスパーティーが本当にどういうものかわかっていないらしく、咲裟とカルラスの指示を聞きながら手伝いをした。
「ところで、カルラスさんとギャレロは、こうして一緒に暮らすようになったわけだけれど……」
持ってきた料理をテーブルの上に並べながら、咲裟はさり気ない様子で二人に尋ねる。
「仲良くなれたかしら?」
すぐには二人からの返事はなかった。
カルラスは言葉を口にする前、わずかに言い淀んだ。室内の飾りつけをしていた手をとめて、ギャレロの方をチラリと一瞥してから、少し曖昧に答える。
「まぁ……悪くは無いんじゃないか……?」
同じ質問に、ギャレロはぶっきら棒に答えた。
「……家に他の奴が居るのも悪いモンじゃねぇ」
二人の様子を見たところ、どうやらカルラスはギャレロへの接し方がわからないようだ。
そしてギャレロはカルラスに興味津々なのだが、常識の欠如から突飛な言動をしてしまい、結果的にカルラスを振り回してしまうことがあるらしい。
「なるほど、仲が良いみたいで良かったわ」
咲裟は頷く。
カルラスとギャレロの関係は、パーフェクトなものとは言いがたいかもしれない。
だが、まだお互いの距離感がつかめていないだけで、根本的にそりが合わないとか嫌い合っている、というわけではなさそうだ。
このクリスマスパーティーを通じて二人が仲良くなれたら良いと、咲裟はそう願った。
●おうちで食後の時間
ディナーを楽しんだ後のリビングには、ホットワインの芳醇な香りがふわりと漂っていた。
飲酒しているのは大人のカルラスだけで、咲裟の手にはホットミルクのカップが握られている。ギャレロは満腹になって、咲裟とカルラスの動向を観察していた。
「とても美味しいディナーだった。私は普段はあまり手の込んだ料理は作らないからな」
「サキサカサカサは欠かさず牛乳を飲むわ。クリスマスの神聖な力と女神ジェンマの加護とかで、なんだかいっそう良いコトが起きそうね」
「オレ、腹一杯食べて満足」
「そう言えば……カルラスさんのお家には、楽器がいっぱいあるのよね」
ホットミルクを飲み終えた咲裟は、家の中にあるたくさんの楽器とカルラスの顔をじっと見つめた。
ファンの少女からの熱烈な視線に、カルラスは椅子から立ち上がった。
「やれやれ。仕方がないな」
笑いながら、咲裟の頭を優しくひと撫で。
「……?」
ギャレロには、このやりとりが理解できなかった。咲裟の視線だけで、カルラスが何かを察したことも。カルラスが穏やかに口にした「仕方がない」という言葉に、いったいどんな気持ちが込められているのかも。たくさんの疑問符が、ギャレロの頭の中を飛び交う。
「では、少し待ってくれ。チェロの用意をしてこよう」
カルラスの言葉に、咲裟はキラキラと瞳を輝かせる。
「まぁ弾いてくれるの?」
「……サカサ? カルラス?」
「やったわね、ギャレロ。カルラスさんの素敵な演奏をふたり占めよ」
「んん……?」
喜ぶ咲裟とは対照的に、混乱気味のギャレロ。状況が飲み込めずに不思議そうな顔をしていたが、とりあえず咲裟と一緒にカルラスの準備を待つことにした。
しばらくすると、カルラスは大切そうな手つきでチェロを持ってきた。
「では、この特別な日に相応しい曲を奏でるとしようか」
そう言って演奏しはじめたのは、オーソドックスなクリスマスソング。カルラスはかなりの演奏の技巧を身につけていた。チェロの音色が深く響き渡る。観客の咲裟とギャレロの心にまで、その旋律は染み渡っていく。
嬉しそうに熱心に耳を傾ける咲裟。
咲裟の横に座っているギャレロ。その顔を見ても、彼が何を考えているのかは読めない。無表情でただ静かに演奏を聴いている。
カルラスが、一通り有名なクリスマスソングのメドレーを弾き終えた。
咲裟が惜しみない拍手をおくる。
観客は二人きりだったが、チェロを弾くカルラスの胸には充足感が満ちていた。
カルラスが演奏を終えて楽器をしまおうとしたところで、思わぬ相手から声をかけられた。
「なぁ、オレにも教えてくれよ、その……演奏ってヤツを」
「楽器の演奏を……?」
カルラスは驚いて、ギャレロの顔を見た。ウソや冗談を言っている雰囲気ではない。純粋に音楽に興味を持っているようだ。彼の目を見ればわかる。
ギャレロの言葉に、咲裟も少しビックリしたようだ。だが咲裟の驚き顔はすぐに笑顔へと変わる。
「……でも、素敵ね! ワタシも少しバイオリンが弾けるのよ」
三人で演奏ができたら楽しいだろうと咲裟は想像をふくらませる。
「オレ、やってみたい」
ギャレロも乗り気だ。
音楽に興味を示したギャレロに対し、カルラスも親身になって向き合う。
「チェロは大型の楽器で、いきなり初心者が扱うのは難しいだろう。そうだな……」
カルラスは家の中にある様々な楽器を見て回った。その中から、ギャレロにも弾きやすいものを選んで探す。
「ああ。これはなかなか良さそうだ。ギャレロ。ギターはどうだ?」
カルラスのオススメはアコースティックギターだ。木製のボディが美しく光っている。音色に落ち着きがあるので、チェロやバイオリンとも相性が良いはずだ。
カルラスからギターを渡される。ギャレロは不慣れな手つきで、けれど大切そうに楽器を持った。
咲裟はギャレロの顔をじーっと見つめてから言った。
「そのギターも良いけれど、ギャレロってエレキギターをステージの上でぎゅいんぎゅいん爆音でかき鳴らすのも似合いそうね」
「えれ、き? ぎゅいん……? するのか?」
「冗談よ。少し思っただけ」
「……サキサカのお嬢さん……」
二人には振り回され気味のカルラスだった。
カルラスはわかりやすく丁寧に、ギャレロに演奏の仕方を教えた。
ギャレロのギターの腕前はあまり上手とは言えなかったが、初心者なのだから当然だ。
「ワタシもバイオリンを習いはじめた時は、なかなか上手く弾けなかったわ」
「何事も練習だ。続けていくうちに上達するだろう」
咲裟とカルラスが、温かく励ます。
夢中でギターの弦を弾くギャレロの様子は楽しげだ。赤い目の奥底が、無邪気に輝いているように見えた。
カルラスの適確な指導のおかげで、ある程度ギャレロが基礎的な音を出せるようになった頃、咲裟がこんな提案をした。
「せっかくだし、三人で演奏ね」
カルラスもにこやかに頷く。咲裟のために、家の中からバイオリンを持ってきた。それから、簡単なクリスマスの曲が載っている楽譜も。
ギャレロに教えながらのセッションだったので、先ほどカルラス一人でチェロを弾いた時のようにスムーズにはいかなかった。ギャレロが音を間違えたり、三人の息がピッタリ合わずにテンポが遅れることもしばしば……。
だが、カルラスの目は優しげで、その口元には笑みがあった。
何度もミスをしながら、三人でやっと一つの曲を弾き終える。
「ギャレロ。楽器を弾いてみて、どうだった?」
咲裟がギャレロに感想を尋ねる。
ギャレロはニッと唇の端を上げ。
「こんなに楽しい夜は、初めてだぜ!」
その返事に、咲裟も笑顔になる。
「とっても楽しいクリスマスだったわ!」
「ああ。私も楽しかった」
クリスマスパーティーと音楽の力で、カルラスとギャレロの距離感も縮まったようだ。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 山内ヤト GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | あき缶 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2015年12月2日 |