●昔話を、ほんの少し
　クリスマスというのは蒼崎　海十にとって少し特別だった。
　自分の誕生日が同じ１２月の２３日ということもあり、一緒くたに祝われることもあって、損した気分になったりもした。
　しかし、日が近いゆえに、誕生日を忘れられることもなかった。
　美味しい食事とケーキはクリスマス仕様だけれど、沢山の人がくれる祝いの言葉は自分へと向けられたもので。
　温かくて、幸せだった。
　けれど、その特別は変わってしまった。
　かつてオーガの襲撃にあった際、自分を庇った幼馴染が死んでしまったあの日から。
　海十は生き残ってしまったゆえに、自然と時を重ねることができるけれど。褪せた色の彼は、いつまでもそのまま。
　あの時自分を庇ったりしなければ、彼はその命を失うことなく、今頃は夢だったバンドとしてのプロデビューを果たしていたかもしれない。
　今頃は、大切な人と幸せに笑っていたかもしれない。
　――怖かった。
　彼から全てを奪った自分が、生きて歳を重ねる度に、彼が恨めしげな目で見てくるような気がして。
　それが罪悪感によるものだと、理解はできていたけれど。
　怖くて、向き合うことが出来ずにいた。
　だから。華やいだ、街中が浮かれるこの季節は、憂鬱だった。
　はっぴーばーすでい。
　めりーくりすます。
　笑え喜べ祝福せよ。
　そんな謳い文句なんて、聞きたくない――。

●今ここにある、全て
　部屋を華やかに飾りつけながら、フィン・ブラーシュは自然と笑みのこぼれるのを自覚した。
　今年は、海十と一緒にクリスマスを過ごす。
　去年は、一体どうしていたっけ？
　ほんの一年前のことなのに、思い出せない。それくらい、今年海十と出会ってからの日々は鮮明だった。
　指を折りながら思い出すのも大変なくらい、色んな場所へ出掛けた。
　色んな話をして、時には色んな敵と戦った。
　二人で過ごした時間と二人で乗り越えてきた幾つもが、あまりに充実しすぎていて、それより前が、すっかりおぼろげだ。
　ちらり、同じ部屋で飾り付けをしている海十の姿を横目に見て、フィンは幸せな笑みを湛える。
（こんな風に誰かと自分の為にクリスマスの準備をするなんて……）
　去年の自分には、想像もできないことだろう。
「海十、モールが余ったのは、ツリーに飾ってもいい？」
「……ん？　ああ……」
　幸せを噛み締めながらの問いかけに、ぼんやりとした返事。
　きょとん、と小首を傾げ、海十の表情を伺うようにして見やったフィンを、海十は小さく苦笑してから、見上げてくる。
「去年までは、この季節って憂鬱でさ……」
　語る言葉には、悲嘆が滲んでいて。眉を下げるさまは、どこか泣き出しそうにも見えて。
　フィンは真剣な顔で、聞いていた。
　この季節が憂鬱な、理由。ぽつりぽつりと語ったその後に、「でも」と続け、海十は真っ直ぐにフィンを見つめた。
「今年は……フィンが居る」
　フィンと海十は、同じ誕生日で。
　同じ日に、歳を重ねる。
　そのことが、フィンと共に生きていくことを強く実感させてくれるのだ。
　自分を見つめてくる海十の瞳に、強い意志が宿っているのを見つけて、ふ、と穏やかにフィンは微笑む。
「海十、俺達はやっぱり、似た者同士なんだね」
　大切な命を代償に、生き延びてしまった者同士。
　体に負った傷は塞がっても、心にはぽっかりと穴の空いたままで。
　その空虚に初めて触れた冬の温泉宿では、傷の舐め合いだと思ったこともあった。
　だが、今は違う。
「海十と居るから、俺は迷わず歩ける」
　起こってしまった過去を変えることは出来ない。
　どんなに幸せを上塗りしたところで、忘れることは出来ないだろう。
　けれど、失うことを知っている者同士、支えあい助けあい、生かしあい……共に在ることが、出来る。
　フィンの中にも強い意志が宿るのを、海十もまた見つけて。
　ふわりと笑った海十は、フィンの手から余っていたモールを取り上げると、クリスマスツリーへと体を向けた。
「これで、飾り付けは殆どできたよな。食事の用意も、手伝うよ」
「海十も手伝ってくれるなら、楽しく作れそうだね。よーし、オニーサン張り切っちゃおう」
　ぐい、と腕まくりをしながら片目をつむってみせるフィンに、海十もまた、夕食が楽しみだと笑った。

●Mery Mery your birthday！
　乾杯――。
　食卓に料理を並べ、揃って席についた二人は、グラスを合わせる。
　談笑を交えながら楽しく調理したメニューは、フライドチキンをメインに、ラザニア、リースサラダと並び、デザートにはパン・プディングとティラミスが控えている。
　クリスマスらしいラインナップは見た目にも華やかで、食欲をそそる。
　どれもこれも美味しそうだと眺めてから、海十は食事に手を付ける前に、フィンへとプレゼントを手渡した。
「生まれてきてくれて有難う」
　満面の笑顔で告げられた言葉こそが、何より愛しいプレゼントだと思いながら、綺麗に包装された包みを受け取る。
「開けても？」
　頷くのを確かめてから破かないようにそっと開けば、シンプルで丈夫そうな財布が現れた。
　外観を眺めて、開いてみて。フィンが使いやすいようにと考えて選んだだろうことを思って幸せな心地に浸る。
「ありがとう、海十」
　嬉しそうに笑ってから、フィンもまた、プレゼントを渡す。
　とん、と手のひらに乗せられたのは、海十のものと比べて小さく見える箱。
　開けてみて、と促す言葉に従ってそろりと開いたそこには、指輪が、収められていた。
　息を呑んだ海十が顔を上げてフィンを見れば、言わんとすることがわかるというように頷いて、フィンは揃いの指輪を自分の指にはめた。
「将来の予約」
　キャンセルは、効かないよ。と。冗談めかした台詞は、照れくささゆえ。
　受け取ってくれることは確信しているが、気障ったらしいかなぁ、なんて気恥ずかしげに頬を掻くフィンのそんな様子に、ふふ、と笑みをこぼした海十もまた、頬を染めていた。
　自然と下がった視線で手の中の指輪を見つめて、愛おしむように、微笑んで。
「生まれてきて良かった」
　生かされたこの命は、精一杯の幸せを謳歌することを、望まれている。
　そんな風に思えるようになったのは、フィンのおかげだ。
「ありがとう、フィン」
　視線をかわして、笑い合って。
　さぁ冷めない内に。と口にした食事は、とても美味しかった。
「ご飯、美味い……いつも美味いけどいつも以上に」
　幸せを噛み締めながらだからだろうか。こんな美味しいものを食べたことがないかもしれないと、海十は思う。
　感動さえ覚えているような海十の素直な感性と言葉が嬉しいから、フィンは微笑ましげにくすりと笑うと、とん、とかすかに身を乗り出しながら、じっと海十を見つめた。
「海十、口の端、付いてるよ」
「口の端？」
　え、どこ、と、子供っぽいさまが恥ずかしくて動揺する海十が自分の口元に触れようとするより、早く。
　ふわりと、フィンはその口に己の唇を重ねた。
　それが一瞬のことだったから、海十はほんの少し理解が追いつかなくて。
　だけれど、未だ近い位置にあるフィンの顔が、にこっと優しく微笑むのを見て、まあるく瞳を見開いたまま、ぶわっ、と赤面した。
「好きだよ」
　君があんまりにも可愛くて愛おしいから、その唇を味わいたくて。
　ごちそう欲しさについ、嘘をついてしまったのは、見逃してもらえるだろうか。
「……バカ」
　意図に、気づいて。そっと口元を押さえながら視線をそむけると、海十は小さく呟く。
　けれど、伝えたいのはそうじゃなくて。
　頬が熱いと思いながらも、少しの躊躇いもないまま、紡ぐ。
「俺も……好きだ」
　目一杯の愛を、あなたに――。

依頼結果：大成功

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