世の中が賑わい、どこか浮足立った装いを見せる、クリスマス。
　そんな日に、アオイはパートナー精霊である一太と共にA.R.O.A.本部から五分程度の立地にあるショッピングモールへと訪れていた。
　このモールがまた大きくて、広い。二人はいくつも並ぶ店を横目に眺めながら、食品売り場へと足を運んだ。
　買い物かごを乗せたカートをころころと押し、流石に色んな物が揃ってますね、なんて胸中で呟きながらきょろきょろするアオイ。
　一太もまた、人の群れを器用に避けるアオイについていきながら、ちらちらと周囲を眺めていた。
「さて、いち、今日は何が食べたいですか？」
「これがいい」
　傍らのうさぎ耳の少年へと問いかけたアオイは、そんな声にどれどれと振り返って、きょとんとする。
　一太が示したのは、惣菜だった。
　しかも、クリスマスらしいオードブルセットのような、大きな皿でもなくて。
　ごくありきたりな揚げ物やサラダなどが良いというのだ。
「……僕、ご飯作りますよ？」
「これがいい」
　ひょい、とパックを手にとって籠に入れ始める一太に、うーん、と腑に落ちない顔をしつつも、一太がそういうのなら、とそのまま戻すことはせずにまたカートをころころ。
　クリスマスなのだから気合を入れようかと少し思っていただけに、ちょっと残念だ。
　そんなアオイを横目に見つつ、一太は改めて自分で選んだ惣菜をちらりと見た。
（まあ、アオイの飯の方が美味いんだけど……）
　普段食卓に並べられるアオイの手料理と思い起こすと、目の前のパック詰めの惣菜はどうしても見劣りしてしまう。
　けれど、一太はこれが良かったのだ。
（クリスマスくらい作るの休んだっていいだろ？）
　料理を作るという作業に、普段アオイがどれほど手間をかけているかを知っているから。
　あまり手伝えない一太なりの、労いなのだ。
　会計を済ませて、また二人で色んな店を眺めながら歩いていると、不意に一太が顔を上げて目を輝かせた。
「お、ツリーだ！」
　それは、ショッピングモールの中央に設置されている、全長５メートルにも及ぶ巨大な硝子のツリーだ。
　大きいだけでも目を引くというのに、きらきらと光を通して煌めくツリーは神秘的に見えて、アオイは思わず足を止めて見上げていた。
「あれがガラスのツリーですか。きれいですねえ」
　すごいなあ、と感心しきりのアオイと並んでツリーを見上げていた一太だが、その目と耳が、『ツリーに願い事を書いた紙を吊るせる』というイベントを見つけて、一層楽しげに輝く。
「願い事書けるのか？　俺、先に行く！」
「って、一太！」
　たっ、と駆け出してしまった一太を見送って、アオイは、やや間を置いてから小さく溜息をつく。
「走って行ってしまった……それくらい元気なら荷物もうひとつ持ってほしいです」
　一太が希望した惣菜にケーキまで全部持っているのはアオイだというのに。
　やれやれ、と。口では言いつつ、その目は微笑ましげで。甘やかしている自覚は、なくもなかった。
　それは幼く見える一太の容姿がそうさせているのか、あるいは熱中症で倒れていたところを介抱したという出会いのせいか。
　慕われている気がする嬉しさ、かも知れない。
　そんなことを考えながらゆっくりと歩みよれば、ちょうど一太が書き上げた紙を吊るしているところだった。
「なんて、書いたんですか？」
　かけた声には、驚いたように肩を震わせてから、なんでもいいだろ、とつっけんどんな返事。
　それより、と一太はもう一枚持っていた紙を取り出して、アオイに示した。
「お前荷物で手がふさがってるから、代わりに書くぞ？」
　ペンのキャップを開けながらの言葉に、アオイは一度きょとんとしたように目を丸くしてから、ゆるく小首を傾げた。
「願い事？」
「そう」
「じゃあ、家内安全で」
「……は？」
　朗らかに笑うアオイは、ふふ、と笑って続けた。
「家の中のこと全部守ってもらえるなんて、お得感がありますよね」
「……なんだよそれ……まあいいけど」
　代わりに書くと言ったのは一太だ。アオイがそういうのなら、そう書くしか無い。
　そもそも冗談で言っているのではなく、大真面目で本気の台詞だ。これ以上アオイに追求したところで、またさっきみたいにきょとんとした顔を返されるだけである。
　あからさまに拗ねたような顔をした一太は、やや乱暴な筆跡で、家内安全、と大きく紙に書いてやる。
　荷物で両手の塞がっているアオイの代わりにツリーに吊るしながら、一太はその傍に吊るしてあった自分の願い事を、ちらりと見る。
　――来年も一緒にここに来られますように。
　アオイには、恥ずかしくて言えない願い。
　クリスマスという特別な日に、こうして一緒に過ごせることが嬉しかったから。
　だから、来年も……その間の時間も、一緒にいたいと思った、のに。
（一緒にいたいって思うのは俺だけなのかな）
　家内安全、だなんて、当たり障りがない以上に、ありきたりで、大雑把で、お得感と言うよりは適当感しか、感じられなくて。
　ぷい、と顔を背けるようにして踵を返した一太が戻ってくるのを待って、アオイはさて、と帰路に足を向けた。
「ツリーも見たし、帰りますか」
　しかし、促すように見やった一太は、なんだか拗ねた顔をしていて。
「おや、なにか怒ってます？」
「別に」
　やっぱり、返ってくる言葉はつっけんどんで。
　不思議そうに首を傾げながらも、アオイはそれ以上、追求することはしなかった。
　多分、思春期ってやつなんだ。
　自分が通り過ぎてきた時間を謳歌している最中の一太を、微笑ましく思いながら。

◆

　帰宅後、荷物を一通り片付けて、夕食分の惣菜を取り出したアオイは、改めてパックを見つめて、ふふ、と笑う。
「料理も温めるだけだから、簡単ですね」
　温めたものを次々とこたつに運ぶ一太に「本当に良かったんですか？」と尋ねながら、ケーキを冷蔵庫にしまう。
「クリスマスなのに」
「だから、ケーキと鶏肉」
「……ああ、なるほど、それで」
　温まった唐揚げを取り出す一太を見て、くすくすと笑ったアオイは、全部の品を並べ終えると、一緒にこたつに入る。
　冷たい風ですっかり冷えた体が、足先からじんわりとあたたまる感覚に、ほぅ、と息をついてから。改めて、頂きます。
「今年も平和に終わりそうですよねえ」
　世間では色んな事件が起こっているし、ウィンクルムとして任務に赴いたこともあった。
　戦うのも、戦わせるのも、特別得意じゃない二人にとっては、やたらと緊張する瞬間だった。
　けれどそれも乗り越えて、こうして無事に年を越そうという所まで来たのだ。
　家内安全。ツリーにも願いを告げてきたのだし、きっと大丈夫だろうとアオイは朗らかに笑う。
　反比例するように、一太の表情は重たく、不機嫌だった。
「まだ『家内安全』なのか。まあ確かに、お得感はある……かもしれないけど」
　他に何かないのか、と言わんばかりの呟きに、アオイはだって、と力説する。
「店もいちも守ってもらえますよ」
「……俺も入ってるのか」
　少しだけ機嫌を取り戻したような一太の様子に、勿論、とアオイは頷く。
「一緒にいるんですから、いちも『家内』に入りませんかね？」
「は？　家内って……」
　思わず反応したその単語は、アオイにとっては『家族』という意味合いなのだろうけれど。
　少しかしこまった言い方としての、妻、という意味にも聞こえて……。
（恥ずかしい奴だな！）
　多分、そんな風に捉えてしまった自分のほうが恥ずかしい奴なのだろうけど。
　じわじわと恥ずかしさが増してきて、思わず俯いた一太に、アオイが不思議そうに声をかけてくる。
　うーうーと暫し胸中で唸ってから、一太は惣菜を幾つか皿に取りながら、ごまかすように言う。
「ってか家族ならお前は俺のなんだよ！」
「え？」
「いや、いい。言わなくて！」
　振ってみたが間違いだったと即座に気づいた一太が、アオイが口を開くより先に制止する。
　忙しないですねえ、と、困ったように笑ったアオイは自分もおかずを皿に取り、食べ始める。
　出来合いの惣菜を食べて、ケーキを食べれば、今年のクリスマスはおしまい。
　フォークで苺を転がしながら、一太はおぼろげに考える。
　もしも、先ほど。制止せずに言わせていたら、アオイはなんと答えたのだろう。
（……お母さん、とか言われたら微妙だ……けどアオイなら言いそうだし）
　だから止めたわけだが。
　だけど、もしも、もしも違う答えが返ってきたのだというのなら。
（聞いてみれば、良かったかな……）
　他人だった一太を『家族』として受け入れてくれるアオイは、一太のことをどんな風に見ているのだろう。
　知りたいけれど、知りたくない。
　複雑な胸中のままに齧った苺は、甘酸っぱかった。

依頼結果：大成功

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