最近出来たばかりの超大型ショッピングモール、タブロス・モール。
　来るクリスマスに向けて華やかに設えられたその場所は、どこか浮足立った雰囲気が目立つ人々で賑わっていた。
　セララもその一人ではあっただろう。
　神人と仲良くショッピング。しかもそれがクリスマスに、だなんて。
「クリスマスにデートできるなんて幸せだなー」
　へらり、緩んだ表情で告げるセララを、別の次元の生き物を見るかのような目でほんの少しだけ見やったのは、和泉　羽海その人である。
　幸せ気分を滲み出しているセララとは対照的に、羽海の表情は浮かない。
　幼いころの病気もあってか、元来の性格として臆病がちな羽海にとって、人込みは苦手な場所の一つなのだ。
　できれば早く帰りたい。
　しかし、訴えたところで幸せモードのこの精霊が正確に意図を察してくれるとは限らない。
　もしかして二人きりの方がいいとか？　なんて冗談で言われたりしたら、反射的に手か足を出しかねない。
　人酔いしてしまいそうな状況で、あまりそんな体力を使いたいとは思わない。
　それに――。
（デート、かぁ……）
　羽海は、そんな風には思っていない。完全にセララの思い込みである。
　だけれど、もしかしたら。
（周りから見たら、あたし達も――）
　そんな風に、見えるのかな。なんて。
「色々見て回ったし、メインはやっぱりツリーだよね！」
　強引に手を引くことはせず、ただ歩調を合わせて隣を歩いてくれるセララの振る舞いは、きっと、優しい。
　だから羽海は、早く帰りたいを訴えることはないまま、促すセララと共にツリーの元へと向かった。
　硝子でできたツリーの周りは、モールを歩いている時より人が多いように思えた。
　だが、それが気にならない程度には、目の前にそびえる大きな硝子が美しく見えた。
（綺麗だな……）
　全長５メートル。途方も無いサイズの硝子の大樹は、きらきらとしたオーナメントと一緒に、足元に何枚もの紙をぶら下げていた。
「あそこにおいてある紙に願い事を書いて吊るせるんだって」
　七夕みたいだね、と笑顔を向けてきたセララが、再び顔を上げてツリーを見上げる。
　それを見て、つられたように羽海が視線を上げると同時、セララがスッとツリーのてっぺんを指差した。
「ツリーのさ、一番上に星あるじゃない？」
　数あるオーナメントと比べても、頭一つ抜きん出て大きいお星様。
　クリスマスツリーのてっぺんに付き物の星は、透明な硝子のはずなのに、夜空に浮かぶ星のイメージよろしく金色に光って見えた。
「小さい頃、アレが欲しくて仕方なかったんだよねー。そういうのない？」
　夜空より近いけれど、小さな背丈では届くことのない、きらきらの星。
　台を積み上げて手を伸ばしてみたこともあったけれど、歳を重ねて手が届くようになる頃には、自然と執着じみた欲求は薄れていた。
「手が届かないから欲しくなるってやつだったのかな」
　微笑ましいげに思い起こしている様子のセララに、わかる気がする、と告げる羽海の口元。見つけたセララがへらりと笑う。
「やっぱり、羽海ちゃんもそういうのあった？」
　こくり、頷いて、羽海はまた星を見上げた。
　家でツリーの飾りつけをする時だって、いつも一番上のお星様を飾るのは羽海の役目。
　届かないから貸してごらんと両親に促されても、首を振って抱きしめたプラスチックのお星様。
　抱え上げてもらっての飾り付けだったけれど、星を飾ってツリーを完成させた瞬間、誇らしげな気持ちになったことを、少し思い起こした。
（こんな綺麗なツリーなら……星もきっととても綺麗なんだろうな……）
　羨望に似た眼差しで、羽海は星を見上げる。
　あの星、欲しいなぁ――。
　ぽつり、と。紡がれたのは、音のない声。
　唇を動かすだけの羽海の願望は、誰に届くこともないはずの言葉、だったはずなのだけれど。
「……ちょっと梯子借りてくるから待ってて」
　真剣な声音に見やれば、今の今まで幸せそうに、あるいは微笑ましげに笑っていたセララが真面目な顔をしていた。
　今にも踵を返して梯子を借りに――あるいは買いに――走りだしそうで、羽海は思わずその服を縋るように掴んでいた。
（待って……！　本気じゃ、ないから……！！）
　ぐいぐいと服を引いて、口パクで訴える羽海に、セララは眉を下げ、ほんの少し唇を尖らせて「えー」と拗ねた顔をする。
「羽海ちゃんのお願いなら何でも叶えてあげるのに……なんてね」
　ぱっ、と両手を広げ、冗談だよと告げるように笑うセララに、羽海は一瞬目が点になったが、先ほどのセララより露骨に拗ねた顔をした。
（この人は時々、本気か冗談がよく分からない……）
　からかって遊んでいるだけなら趣味が悪いし、本気なら頭が悪い。
　むー、と膨らみかける頬。けれど、羽海が不満気な顔でぷいと視線をそらすより先に、セララの指先が添えるように頬に触れてきた。
（……え？）
「あの星は無理だけど、代わりに月をあげるよ」
　驚いたように顔を上げる羽海の前髪を梳いて、セララは羽海を見つめる。
　前髪を梳いた瞬間、見つけたのは真っ直ぐにセララを見つめていた瞳。
　そこからふうわりと羽海の輪郭を、顔を、表情を見つめて、自分が一番合うと思ったところに。
　そっと添えたそれは、ヘアピンだった。
　驚いたままの羽海が、髪に飾られた物におずおずと指を触れさせる。
（こんなの……いつの間に……）
　形をなぞるようにして優しく指を添わせたあと、ちらちらと視線を彷徨わせて、ふと、硝子のツリーに薄っすらと映る自分の姿を見つけた。
　いつもと同じ、ぱっとしない容姿の自分。
　そこに添えられたのは、お月様。
　月をモチーフにしたヘアピンが、やけにアンバランスに――。
「うん、思った通りだ。よく似合ってる、可愛い！」
　晴れやかな声が、後ろ向きな羽海の思考を吹き飛ばす。
　吸い寄せられるようにして見上げたセララの顔は、煌めいていた。
　世界で一番羽海が可愛いと信じて疑わないセララの笑顔は、羨望と共に見上げたお星様よりも、きらきらしていた。
　照れくささに、頬が熱くなる。
（可愛く、は、ない……と思う）
　この人は頭のネジが一本飛んでる人だ。
　きっとからかい半分で言ってるだけだ。
　心の何処かで薄暗い感情が囁くけれど、今ぐらい聞こえないフリをしたっていいだろう。
　だって、嬉しかったんだ。
　疼いた気持ちを、セララがくれた『月』を、否定なんてしたくなかった。
　ありがとう――。
　ぽつりと告げた『言葉』を、セララは決して見逃さない。
　照れながらも素直に紡がれた礼を、ほんの少し驚きはしたけれど、笑顔で受け止めた。
「ね、せっかくだから願い事書いていこうよ！」
　まだ服に添えられたままの羽海の手をとって、ツリーに吊るすための紙の元へ導くと、はい、と一枚手渡した。
　唐突に渡されても、といった様子で紙とにらめっこをしている羽海の横で、揚々とペンを握るセララ。
　何を書くの、と問いたげな羽海の視線を受けて、笑顔満面で応える。
「オレの願い事はもちろん『羽海ちゃんと結婚できま』」
　びりぃ！
「ああっ、破かないで！！」
　書ききる前に引ったくって破った。
　勢い任せに紙を破く羽海に、何もそんなに照れなくてもいいのにー……と苦笑しながらも、セララは二枚目に手を伸ばした。
　じとっと見てくる羽海に、今度は違うのにするよと肩を竦めると、ちら、と羽海の手元を見やる。
　羽海はハッとしたように距離を開け、紙が見えないようにそっと自分の体で隠しながら書き始める。
　そんな羽海を可愛いなぁと思いながら見つめて、セララは改めて書き綴る。
　『羽海ちゃんと恋人になれますように』
　一目惚れだったのだ。この子と結婚したいと思ったのだ。
　段階が要るというのなら、そろそろ一つ登っても許される頃であろう。
　他人、契約者、友達……と思われてるか、どうかは、まだ良くわからないけれど。
　結婚に比べれば随分控えめな願い事ではないか。
　そっと硝子のツリーに吊るせば、羽海も少し離れた位置に提げようとしている。
　覗きこむのは睨む目で拒まれたので、肩を竦めて少し待った。
　目立たないようにしながら吊るしたあと、祈るような、決意するような顔をする羽海の横顔を愛おしげに見つめて。
「帰ろっか」
　優しく、促した。
　人の間を縫って立ち去る二人を見送るように、硝子のツリーはそびえ立ち。
　その足元には、たくさんの願いに混じって、羽海の願いが吊るされていた。
　『可愛くなれますように』
　隣を歩いてくれるセララに釣り合うくらい……は、無理だけど。
（せめて……）
　一緒にいて、恥ずかしくないように。
　俯きたくなる気持ちに勝てるように。
　努力を、したい。
（……来年から）
　その気持を後押ししてもらえますように。
　硝子のお星様と、髪を飾るお月様に、精一杯の願いを。

依頼結果：大成功

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