●雪の世界に思いを馳せて
　A.R.O.A.本部から徒歩５分。できたばかりの大型ショッピングモールに足を運び、アキ・セイジはうきうきとした気分でウィンタースポーツ店へ立ち寄った。
　探すのはスキー用品。勿論、パートナーであるヴェルトール・ランスも同行し、同じものを見繕っている。
「モールは何でも売ってるな」
　通販のカタログでしか見たことのないような専門店並みの品揃えには戦慄する。
　喜々として商品を眺めるランスに、色々と目移りしながらも相槌を打ったセイジは、店の壁にあったサイズの目安などを眺めていた。
「スケート靴もほしいけど今日はスキー用具を揃えちゃおうぜっと……なんか気になるものでもあったか？」
「いや……出してるブランドによってサイズ表記が結構変わるんだな、と」
「そうだなー、まぁ、ウェアは試着するのが一番だな。板は……」
　ずらりと並ぶ様々なスキー板を見やり、ランスは試しにと一つ指し示した。
「スキー板って真っ直ぐじゃなくて、ちょっと真ん中が細いんだよ。で、真ん中の幅が太いほど、深雪向きなんだ」
　これとこれとか結構差があるだろ？　と、二種類の板を並べて説明してくれるランスの言葉に、なるほど、とセイジは興味深げに頷く。
「俺はこっちのほうが好きなんだよな」
　と、幅の広めの板を示して朗らかに笑うランスに、セイジはちょっぴりだけ劣等感を覚える。
　ほんの、ちょっぴりだけ、悔しいのだ。ランスがスポーツ万能で、自分にはできないことをさらっとしてしまうことが。
　それと同時にその姿が格好いいなぁなんて羨望も抱くのだから、別に悪い気分というわけではないのだけれど。
「セイジはどれくらい滑れるんだっけ？」
「上級者コースは無理だけど……全く滑れないわけじゃないぞ」
「そっか、ま、セイジならすぐ上達すると思うけどな」
　だから無難にこの辺のサイズなんてどうだ、なんて勧めてくるランスに、他意はない。
　初めこそウィンクルムとして渋々ではあったが、それなりに長い付き合いになってきたセイジの事は、よく分かっているつもりだ。
　戦闘でも魔術師であるランスの補佐をしてくれるセイジは、コツを掴むのが早いのだ。
「上達したら樹間コースに行こう。陽光とか樹の影とか綺麗だぜ」
　ゲレンデと違って深雪が積もる場所もあるからやっぱりこの辺がいいだろうな、と一人頷くランスに、セイジは先程までほんのちょっぴりの嫉妬と羨望に燻っていた感情が晴れるのを感じた。
　過大でもなく過小でもなく、真っ当に対等に評価してくれるランスの言葉は、心地いい。
　そんなランスに言われると、本当に出来るような気がしてくるから不思議だ。
　気がつけば少しのもどかしさはどこへやら。セイジの気持ちは、ランスの語る樹間の景色の美しさに惹かれていた。
「カメラを持って行かないとな」
「お、じゃあちょっとカメラも見に行ってみるか？」
「今あるので十分だと思うけどな」
　ふふ、と機嫌よく笑うセイジに、ランスもまた笑顔で答えると、不意にペアで設えられたウェアに視線が留まった。
「なぁセイジ、これなんかどう？」
　さり気なく勧めてみるが、セイジがペアであることに気が付かないわけがなくて。
　受け取る素振りでそっと棚に戻したセイジは、代わりに目を引いた一着を取り出してランスにあてがってみた。
「御揃いは恥かしいからパス。それよりコレなんかランスに似合うんじゃないか？」
　ちぇ、と肩を竦めつつも、セイジが選んでくれたものを鏡越しに確かめてみて。
　ポケットの位置や数なんかを把握してから試着に向かったランスは、ふむ、と頷いた。
「セイジ、俺これに決めたぞ」
「そうか。俺も決めたぞ」
　着替え終えて戻ってきた頃には、セイジはちゃっかりと自分の分も見繕っていて。お揃い作戦、失敗だ。
（こういうとこ、セイジには敵わないよなぁ）
　勿論、それは彼のいいところの一つなのだけれど。

●ふたりのじかん
　ゆっくりと時間をかけて選んだスキー用具は、部屋の壁に立てかけて。
　クリスマスらしいディナーで腹と心を満たし、ランスは幸せそうに笑った。
「美味かったぁ」
「それは何よりだ」
　食器を軽く片付けたセイジは、机の端に寄せられていたワインボトルを手に取り、尋ねるように小首を傾げる。
　それを見て、にっ、とランスは口角を上げてみせる。
「ツマミとワインは別腹だ」
「だろうと思ったよ。チーズとクラッカー取ってくるよ」
　くす、と笑んでキッチンに引っ込んだセイジを見送り、しかし思いついたようにそろっと後を追ったランスは、ツマミを更に並べているセイジの目を盗むようにしてキッチンに入る。
（ケーキとかないかなぁ）
　クリスマスなのだから、ショートケーキの一つくらいねだってみたい。
　手作りだったらなお良いのだけど、と軽い期待を過ぎらせつつ、冷蔵庫を開ける。
「お」
「あっ」
　二人で食べるにはちょうど良さそうなレアチーズケーキが収められているのを見つけて思わず声を上げれば、セイジの咎めるような視線。
　ちゃんと出すつもりだったのに、と言いたげな眼差しに肩を竦めつつ、きちんと切り分けて皿に盛るのを手伝った。
　ツマミにケーキ、グラスを満たしたワインとをテーブルに並べて改めて乾杯。
　優雅な時間は穏やかに会話を弾ませ、しっとりとした空気を紡ぎ上げていく。
　グラスの中身が空になる頃、ちら、と壁に立てかけたスキー板を見やって、セイジがポツリとこぼす。
「同居始めて結構になるよな。長い筈なのになんだかあっという間だよ」
　春には桜を見て、夏には海へ赴き、秋は遊園地を楽しんで。
　一年という時間は長いものだと思っていた。また来年、なんて遠い約束だと思っていた。
　だけれど、ランスと過ごす時間はあっという間に過ぎていくのだ。
　思い出一つ一つを積み重ねていく度に、ランスへの好意も積み重ねられているのを自覚する。
　好きな人、と。過ごす時間が、ただひたすらに、充実していた。
「これが幸せなんだなって」
　感慨を込めて紡いだ言葉には、ゆるりと柔らかな笑顔が添えられていた。
　ほんの一瞬見入ってから、ランスは小さく笑う。
「珍しく素直だな。俺が好きとか言うの嫌がるクセに」
　酔っているから、だろうか。
　見やったセイジの顔が赤く見えるのも？
　だと、しても。
　セイジの方から告げてくれた言葉が、心のこもった呟きが、ランスの幸せな気持ちを膨らませていた。
「良いじゃないか。俺も偶にはこういうこと言うよ」
「いつもそうなら分かり易いんだけどなぁ」
　照れくさそうにしながらも笑うセイジも、幸せそうだ。
　互いが互いを幸せな心地にしてくれる。かけがえのない存在というのを、実感する。
「なぁ、もっと言って？」
　ワイングラスを手放して、ランスはセイジに手を伸ばす。
　グラスに添えられている手に触れて、そんなものは置いておけというように、重ねる。
　グラスがテーブルを打つ小さな音に促されるように身を乗り出したランスを、セイジはじっと見つめている。
　少し早い鼓動を自覚したが、それが、心地いい。
　いつからこの契約精霊に好意を覚えたのか、今では少し曖昧な記憶だけれど。
　きっとランスとは、例え契約が不要となったその日でも、気持ちを通わせあえると、そんな確信があった。
（ランスだから……）
　だから、好きなんだ。
　ふ、と。セイジが微笑んで。
　その唇に、ランスが口付けた。
　あまくかんじるのはワインのせい？
　嗚呼、それともこれが幸せの味だろうか。
　絡めた指先と重ねた唇から伝わる熱が、どちらもあつくて、あたたかい。
　メリークリスマス！
　喧騒の街からだろうか。そんな祝福を告げる声が、聞こえた気がした。

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