サンタクロースが囚われた今だからこそ、ウィンクルムが率先して楽しいひとときを。
　A.R.O.A.の女性職員の言葉に感銘をうけた『ニーナ・ルアルディ』は相談の上、『グレン・カーヴェル』と住んでいる家に『カイ・ラドフォード』を招くことにした。
「私たちと一緒に素敵なクリスマスを過ごしませんか！」
　ニーナの突然の申し出に、カイは眉を寄せる。
「……嫌なんだけど」
「まあ、そういうなって。よし行くぞ」
「はあっ!?　拒否権は」
「ない」
「なんだよそれっ」
　グレンはがしりと襟元を掴むと、ずるずると引きずるように家へと向かう。カイは「横暴だ」「こんなの脅しだろ」と文句を連ねていたものの、さらりと流し――というかほんのわずかでも矛盾が生じればここぞとばかりにからかってくるグレンに折れたのか、深いため息をつくと「わかったよ」と口にした。
　二人のやりとりを見ていたニーナは、ぱあっと顔を輝かせる。
「良かった、ありがとうございます！」
「……ていうか、あんたは見てないで助けてくれても良かったんじゃないの？」
「え、えへへ……」
　カイの指摘に、ニーナは思わず頬をかいた。
　たしかに、彼の言う通りなのだが――
（なんだか、声がかけづらかったんですよね）
　それが何故か、はっきりとはわからない。
　けれど、三人で過ごせると決まって素直に嬉しかった。
　聖夜に恋人と二人きり、というシチュエーションに、憧れがないわけじゃない。
　けれど、せっかく出会えたのだ。グレンと過ごす時間と同じように、カイとの時間も大切にしたい。そう思う。

　ちょっと奮発した豪華なディナーを食べ終えて、少し経った頃。
　クリスマスらしく飾り付けされた暖かい室内に、カイが不服を訴える声が響き渡った。
「おい、またあんたかよダイヤの10で止めてたの！」
「まあな」
　噛みつくように文句を言われたグレンは、にやりと笑うだけである。
　グレンの提案でトランプ勝負を始めたカイだが、彼には一度も勝てなかった。弄ばれる、という表現がここまで似合うのも珍しい。
「欠片も反省してないし。ホント性格悪いな……」
　ぶつぶつと続けるカイを――喉で笑うグレンを見て、ニーナはことりと小首を傾げた。
（グレン、結構カイ君のこと気に入ってる……？）
　つっかかってくる弟で遊ぶ兄。二人はまさにそんな感じで、ニーナは「ふふっ」と小さく笑みを漏らした。
（兄弟みたいで楽しそうです）
　そして同時に、来る時に感じた『何か』の正体がはっきりする。
　抵抗するカイを気にせず、家へと引っ張っていくグレン。あの時の二人は、まるで兄弟のようだった。
　だから、口を挟むのは憚られたのだ。
（良かった）
　心からそう思う。
　カイと契約したばかりの頃、楽しみに思うと同時に、やはり不安もあった。カイと対面したばかりの頃、グレンとあまりにもタイプが違うから大丈夫だろうか、ケンカになったりしないだろうかとハラハラしたものだ。
　事実、カイはグレンを気に入らないようだけれど……。
（心配いらなかったみたいですね）
　カイの性格をわかってきたのか、最近のグレンはカイに対して好意的だ。――「いじって遊ぶ」というひねくれた形で表れているから、カイは余計にむっとしてしまうのだけれど。
　と、ほっとしたのもつかの間。
「ニーナも、意外にカイもすぐ顔に出るから分かりやすいんだよな」
　聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。ニーナは慌てて口を開く。
「分かりやすいって……そんなことないです！」
「分かりやすいって……そんなことないってば！」
「え？」
「え」
　同時にカイが身を乗り出して同じように反論するものだから、つい、ニーナとカイは顔を合わせてしまった。
「ふっ」とグレンが噴き出したようだけれど、ここで負けるわけにはいかない。
「私だってちゃんとバレないようにすることはできます！　でき……るはず……」
「ニーナはともかく俺は普通！」
　またしても同時に口を開いたニーナとカイに、グレンはたまらずというように笑い声をあげた。
「おい、さっきからことごとく台詞被ってんじゃねーか。お前ら双子かっつーの」
　くくっと心底おかしそうに笑うグレンに、二人はむうと眉を寄せた。
　その表情がまたそっくりで、グレンは更に笑みを深めてしまう。
　――それだけじゃない。
（ニーナ、ムーンアンバーで過去を思い出してたし心配してたが……大丈夫そうだな）
　料理の間も母親と料理しただの、父親とこれで遊んだだの楽しそうに話してたしな。
　実をいうと、気になっていたのだ。あの日、ムーン・アンバー号で工芸茶をきっかけに過去を思い出した彼女のことが。
　ニーナはサンタを迎えようとして、けれどオーガが現れて……両親を失ったと話した。
　過去の『クリスマス』という日が、ニーナの心に消えない傷を残しているのは間違いないのだ。
　もしかしたら不安定になるかもしれない。そう思ったのだが、杞憂で済んだようだ。
（……まだ思い出せない部分はあるみたいだが）
　それはきっと、知るべき時が『今』じゃないからだ。
　彼女が壊れないように、耐えられるほどの器を、心を手に入れるまで『誰か』が守ってくれているのだろう。
　と。
　チャイムの音が響き渡り、ニーナは「あ」と顔をあげた。
　それと時を同じくして――カイの脳裏に、『あの日』が蘇る。
　焼き付いて離れない、あの忌まわしい日が――
「誰か来たみたいです。私見てきま」
「駄目だ、待って！」
「カイ君っ？」
　反射的に声を声をあげたカイは、ぱちりとまばたきをするニーナを見てハッと我にかえった。
（……まずい、ついニーナの腕を掴んじゃったけど、ここからどうしろっていうんだよ……）
「カイ君、どうしたんですか？　顔色悪いし、大丈夫そうじゃ……」
　心配だと雄弁に語るニーナの瞳から目を逸らし、カイは彼女を掴んでいた手をゆっくり離した。
「あの……」
　消え入りそうな声で、カイは言葉を続ける。
「ごめん、痛かったよな、俺のことは気にせずあっち向かっていいから……」
　それは、初めて聞く弱弱しい声だった。迷子の子供のような、今にも消えてしまいそうな。そんな不安をかきたてる、切なく小さな声。
「……もう怖く無いですよ？」
　そんな彼に、ニーナはふ、と微笑みかけた。
　怯えなくていい。
　そういうように、包み込むような優しい声がかけられる。
　そろりとニーナを見ると、彼女はふわりと笑ってカイと両手を繋いだ。
　驚くカイを気にせず、じっと緑の瞳を見つめる。
（これでカイ君すぐ泣き止むから……）
　この子が泣きそうになる度に、ニーナは両手を繋いでいた。
　ごく自然に、『知っていた』というように行動を起こしていた。
　だが、すぐにその矛盾に気付く。
（あれ？　何で知ってるんでしょう）
　落ち着きを取り戻した様子のカイとは対照的に、今度はニーナが驚いたように目を丸くした。
「ニーナ」
　名前を呼ぶ。すると、彼女はハッとしたようにぱちりとまばたきをした。
「……もう平気、ありがと」
　カイがぎこちなくも笑ってみせると、ニーナは「本当に？」と聞き返してきた。
「うん、本当に」
　落ち着いたのは事実だった。
　……それとは別に、思うところもできてしまったわけだけれど。
（全部忘れてる癖にこういうことしてくるから、本当心臓に悪いよ……）
　カイは思わず苦笑する。
　心配、疑問、安心――様々な感情が入り混じり、両者ともに口を開くことができない。
　沈黙が落ちる。が、それは長くは続かなかった。
　というのも。
「どうやら配達間違えたみたいだったぜ」
　二人の代わりに対応したグレンが戻ってきたからだ。
「ありがとうございます、グレンが応対してくれたんですね」
「ああ。……で」
　ニーナは笑顔でお礼を言うも、グレンはどこか不機嫌そうに眉を寄せている。その目は真っ直ぐ、繋がれた手に注がれていて――
「お前らいつまでそうしてんの？」
「そう、って……」
　グレンの指摘で、二人はやっと自分たちが両手を繋いだままだったことに気が付いた。
　パッと手を離し、慌てて距離をとる。
　だが、グレンの気持ちはおさまらないようだった。つまらないというように眉を寄せ、口を開く。
「カイ」
「何？」
「次ポーカー、負けた回数だけ昼飯奢り」
「……俺、ルール知らないんだけど」
　カイの反論を気にせず、グレンはトランプを手にする。
「関係ねーな、始めるぞー」
「……へ？　ねえちょっと待って、それ明らかに俺に勝ち目ないよね、大人気ないとか思わないのかよ！」
「人様の恋人と勝手にいちゃついてた罰だ」
「胸張って言うことじゃないだろそれ！」
　かみつくように文句を言うカイだが、グレンはまったく相手にしない。
　そんな二人のすぐ傍で、ニーナはふわりと頬を染めていた。
（恋人と言われるとまだ照れますけど、嬉しいですね）
　さりげなく混ぜられた『恋人』発言に、自然と口元が緩んでしまう。
「ニーナからも何とか言って……何笑ってんのさ！」
「おい、相手にされないからってニーナにあたるなよ。小さい男は嫌われるぞ？」
「あんた、ホンット性格悪いね！」
「そりゃどうも」
　クククと笑いながら準備を進めるグレンに、カイは「はあ」とわかりやすくため息をついた。
　人を馬鹿にした態度は、相変わらず気にくわない。
　でも――
（……いや、幸せそうに笑っててくれるならそれでいい、か）
　何がそんなに嬉しいのか、ほんのり桃色の頬を染め、とろけるような笑みを浮かべるニーナを見て、そう思う。
「……ニーナ、お前はこっちで座って見てろ。俺の手札、表情でバラしたらお前も罰ゲームな」
「！　はいっ」
　グレンに呼びかけられ、ニーナは場所を移動した。
　グレンの隣に腰かけて、……手札を見るフリをして、そっとくっついてみる。
（……隣にいるなら、一番近くにいたいんです）
　カイにはわからないように、控えめに。
「っ！」
　だが、ニーナの考えに気付いたように、グレンが身体を寄せてきた。慌てて顔を見上げると、にやりと口角をあげている。
　恥ずかしい。でも、嬉しい。
　……暖かくて、安心する。
　ニーナはゆっくりと、身体から力を抜いていく。幸いというべきか、カイは必死にポーカーのルールを思い出そうとしているようで、こちらに注意は向いていなかった。
「最初は俺が配るぞ」
「ねえ、ほんとにルールも何も教えない気？」
「なんだ、そんなに俺に教えてもらいたいのか。そこまで言うなら」
「ぐっ、そこまでは……言ってない」
「そうか、なら頑張れ」
「あ、カイ君。私で良ければ教えますよ」
「……ほんとに知ってるの？」
「しっ、失礼ですね、大丈夫ですよ！　……多分」
「不安しかないんだけど」
　ニーナとカイのやりとりが面白くて、グレンは「クッ」と喉の奥で笑ってしまう。それに気づいたニーナとカイがそっくりな表情で睨んでくるものだから、「ふはっ」と思わず噴き出してしまった。
「元はといえばあんたのせいなのに、何笑ってんの」
「もう、グレン！」
　息のあった二人のやりとりに、グレンは降参というように手をあげた。
「わかった、教えてやる」
　それから。
　グレンは自身の言葉を違えることなくポーカーの説明をしてくれた。役の名前や強さについて、カイも理解したのだけれど――結局、グレンの全勝という形で幕を下ろした。
　不公平だと腕を組むカイとは対照的に、上機嫌に明日以降の昼食に想いを馳せるグレン。ニーナはそんな二人をなだめていて……。

　その日、明るい笑い声は途絶えることはなかった。
『あの日』の記憶を塗り替えるように、楽しい時間が流れていく。

　窓の外。深い藍色に染まった空で、星々が瞬いている。
　三人を祝福するような輝きを放ちながら――

依頼結果：大成功

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