プロローグ
クリスマスを、ことごとく破壊しようとするダークニスの企み――ウィンクルム達は、次々と入ってくる事件の通報に、日々緊張していた。
「皆さん、クリスマス諦めてませんか?」
A.R.O.A.の受付女性職員は、依頼の一覧を眺めて浮かない顔のウィンクルムに、頬をふくらませる。
「だって、こんなときに……」
「こんなときだからこそ、ですよ!」
ぐっと両手を握りしめ、職員は大きな声で言い返した。
「オーガと戦うウチまでが、クリスマスどころじゃないなぁーみたいな顔してちゃダメッ! 絶対ダメ!
そんなの、ダークニスの思う壺じゃないですかっ」
確かにいま、サンタクロースは囚われの身だ。でも、サンタがいなくたって、暖かなクリスマスにできるはず。
「奴の企みなんて笑い飛ばせるような、楽しいクリスマスに、自分たちからしていきましょうよ」
と力説する職員に、言いたいことはわかるけれど……とウィンクルムは顔を見合わせた。
「でも、今何処に行っても、『黒き宿木の種』があるかもしれなくて、仕事モードになってしまいそうだよ」
精霊は眉をひそめる。
しかし、職員はめげない。笑顔をやめない。
「何言ってるんですか。絶対安全な場所があるでしょ」
「えっ?」
――どこだろう?
神人が考えこむが、答えが出てこない。
「もー、すぐそばにあるじゃないですか。本当に幸福の青い鳥って身近にあるものなんですって」
焦れったげな職員だが、ウィンクルムはとうとう自力では答えが見つからず、
「うー、降参。どこ?」
と白旗を揚げた。
すると職員は満面の笑みを浮かべて、弾んだ声で答えを教えてくれた。
「ふふっ、それはね、あなたの自宅ですよっ♪」
なるほど、確かにそれはすぐそばすぎて、気付かなかった。
確かにウィンクルムの自宅にまでは、オーガの魔の手は及ばない。
「A.R.O.A.本部周辺は政府の重要機関が多いですから、滅多なことでオーガに侵入されない結界的なものが張ってあります。
ここらへんも安全圏ですけどね」
本部の近くには、つい最近、超大型ショッピングモール『タブロス・モール』が出来たばかりだ。
ノースウッドのマルクトシュネーには劣るだろうが、自宅でのクリスマスパーティーに必要な物ならだいたい揃うだろうし、
相手へのプレゼントを買うにもよさそうだ。
パーティーの相談を始めたウィンクルムを見て、職員はホッとしたように微笑むと、助言をしてくれた。
「そうそう、あのモールの中央広場には、ガラスのツリーが設置されてるんです。
ツリーに願い事を書いた紙を吊るしましょうっていうイベントもやってるらしいですよ」
モールで買い物をして、あたたかな自宅でパーティー。そんなインドアなクリスマスもきっと素敵な思い出になるだろう。
プラン
アクションプラン
エリー・アッシェン (ラダ・ブッチャー) (モル・グルーミー) |
|
心情 この機会に仲間同士の親睦を深めましょう! 2準備 サンタ服でモルさん家に集合。食材と人数分の食器を持参。 おじゃまします。……なんというか殺風景な部屋ですね。 うふふ。こういう服はイベントでもないと着られませんから。 手作りする料理はカナッペ、マッシュポテト、ビーフシチュー、サラダ。 私はサラダとマッシュポテト担当です。ポテトを潰す時はラダさんに協力してもらいます。 カナッペは皆で好きなものをトッピングしましょう。 ラダさん、具材を盛りすぎです! 料理ができたら、ツリー型の蝋燭に火を灯します。 4食後 私には涙の理由をすぐに理解できませんが、涙が落ちた左手を迷いなく握ります。 手をとるなとは言わなかったでしょう? |
リザルトノベル
どさり、と買い物袋とリュックサックを置いて、エリー・アッシェンが、ふぅ、と一息つく。
重そうな荷物の中には、食材と持参した人数分の食器が入っている。エリーは、クリスマスという今日この日を機会に、仲間同士の親睦を深めようとしていた。
しかし、特別難しいことを考えているわけではなく、みんなで楽しめればそれで良いと考えて、今日はここへ足を運んだのだ。それを体現するように、今日のエリーの格好は子供達に夢を与える老人――サンタクロースの服装だ。
これだけ食材やなにやら用意したのだから、豪華なパーティーにしよう、とエリーが意気込みつつ会場となるモル・グルーミーの部屋に入る。
「おじゃまします。……なんというか殺風景な部屋ですね」
モルの自宅は、エリー宅の敷地内の離れにあり、大釜つきの物件である。
「……いらないものがないからな」
モルは視線を合わせることなく呟きつつも、エリーを部屋へと招き入れる。
「おっ、来たね!」
エリーが部屋に入ると、丁度テーブルの上に市販のブッシュドノエルと鳥の丸焼きを配置しているラダ・ブッチャーが呼びかけた。
ラダもエリー同様サンタクロースの格好をしており、殺風景な部屋の中とはいえ、かなりクリスマス! という雰囲気が醸し出されている。
ラダは、エリーのサンタクロース衣装を眺めて、
「雰囲気が変わって新鮮な感じ!」
そう笑ってラダが言い、エリーも嬉しそうに微笑みをこぼす。
「うふふ。こういう服はイベントでもないと着られませんから。ラダさんも似合っていますよ」
「ほんとぉ?」
エリーとラダが楽しげに笑い合い、クリスマスパーティーへのボルテージを高めるが、モルは笑顔を浮かべずに、陰鬱な表情のまま俯いていた。
(何がそんなにめでたいやら)
そんな言葉を胸中に秘めながら、モルは二人を横目で見ていたが、
「あ、今日はいつもの羽根マントじゃないんだねぇ」
ラダに突然話題を振られて、びくり、と反応する。
そう、冷淡な態度をとってはいるが、モルもまた、クリスマスの格好をしている。具体的には、ラダの言うようにいつもの羽根マントではなく、クリスマス風のマントを着用しており、パーティーを本気で嫌がっている、というわけではないようだ。
「………………」
しかし、視線を一度合わせただけで、特にこれといった反応をモルは返さない。
「クリスマスっぽくて良いと思うよぉ」
ラダが偽りのない言葉でそうモルに言うと、モルは怒ったかのように顔を顰めてしまった。一瞬気分を害してしまったか、と思ったラダだったが、よく見れば俯いたモルの頬にやや朱色が差している。どうやら、照れているようだ。
キッチンでは、エリーが食材を並べて事前に簡単な準備をしており、調理にいつでも入れるようになっていた。
ラダとモルがキッチンに集結すると、エリーは自分にも復唱するように、
「手作りする料理はカナッペ、マッシュポテト、ビーフシチュー、サラダです」
「おっけぇ!」
ラダがテーブルの方に移動し、持参していた鳥の丸焼きに包丁を突き刺す。ラダの役目は、鳥の丸焼きを食べやすい大きさにカットすること。
「あはっ! これぐらいかなぁ?」
鳥の丸焼きというものからして、ナイフを突き入れるという構図が出来上がるのは仕方がないことなのだが、ラダが楽しげに鳥の丸焼きにナイフを入れていると、やや狂気的なものを感じなくもない。
「私はサラダとマッシュポテト担当です。モルさん、ビーフシチューはお任せしました」
「………………」
こくり、とモルが首肯し、自宅に元々取り付けられていた大釜の蓋を開け、釜の中身をかき混ぜる。
「先に作ってくださっていたのですね。ふふ、とってもおいしそうです」
どうやら、エリー達が来る前にすでにほとんど完成していたようで、これからさらに煮込んでビーフシチューの味に深みを出そうとしているようだ。
なんだかんだで、モルも楽しもうとしてくれているようで、エリーは自分の担当する料理に手をつけ始める。
笑顔で野菜を洗い盛り付けてゆくエリーに、ビーフシチューを無言でコトコトと煮込むモル。そして、鳥の丸焼きを嬉々として掻っ捌くラダ。もしもここに、彼らの素性をまったく知らない人が通りかかったら、怪しげな薬品でも作っているかのように見えてしまうかもしれない。
けれども、それはぱっと見たときの感想だ。落ち着いて見れば、これほど楽しそうにクリスマスパーティーの準備をする者はそういないだろう、ということがわかる。
鍋に入れていたじゃがいもを確認すると、もうかなり火が通ったようだ。エリーはサラダを手早く盛り付けて完成させ、じゃがいもを鍋から取り出し、ボウルに移す。
「ラダさん、少し手伝ってもらえませんか?」
「うん、いいよぉ~」
エリーがラダに声をかけ、ラダがそれに応じて鳥の丸焼きからナイフを離す。解体作業もほぼ終わっているようで、綺麗に切り分けられている。
ラダがエリーから受け取ったボウルでじゃがいもをつぶす。じゃがいもが、面白いようにつぶれ、マッシュポテトに近づいてゆく。
つぶしてもらったじゃがいもに、エリーがバターと牛乳を混ぜて完成に持っていくと、クリスマスパーティーの開幕が徐々に見えてきた。
「ラダさん、ありがとうございます。では、カナッペを作りましょうか」
エリーが丁度焼きあがったフランスパンをオーブンから取り出し、大きな皿の上に乗せた。
「さぁ、皆で好きなものをトッピングしましょう」
持参した食材をエリーが取り出して、モルとラダの前に置く。
スモークサーモンにイクラ、クリームチーズにエビ、アボカドや一口サイズに切り分けられた生野菜など、色取り取りの美味しそうな食材が並べられた。
エリーがスモークサーモンとクリームチーズを、焼きあがっていい香りのするフランスパンの上に乗せる。そこにオリーブオイルを少し垂らして、黒コショウをまぶすと、とても美味しそうなカナッペが出来あがる。
「おいしそぉ! ボクも作るよぉ!」
目の前におかれた、エリー作カナッペをラダが面白そうに見つめて、スライスチーズを四枚とり、フランスパンに乗せる。続けてピクルスを三枚、そしてさらに食材に手を――、
「ラダさん、具材を盛りすぎです!」
てんこ盛りとはこのことか、というほどに積み上げられたラダのカナッペを見やり、エリーはやや頬を引き攣らせて苦言を呈す。
エリーはラダを諌めて食材を極力あまり使わないようにと言い、今度はモルに視線を移す。
「モルさん、なにが食べたいですか?」
エリーがモルに問うと、モルは視線だけを動かして食材に目を移した。それが好物かはわからないが、視線を移した先にあったのはスモークサーモン。
モルは何も言わないまま、スモークサーモンをひとつつまんで、フランスパンの上に重ねた。
それきり何も乗せようとしないので、見かねたラダが、
「じゃあ、ボクのチーズを分けてあげるよぉ!」
と乗せすぎだったクリームチーズをスプーンですくってモルのカナッペに乗せる。
「では、オリーブオイルとパセリをかけておきますね」
続けてエリーがオリーブオイルとパセリをひとつまみふりかけ、美味しそうなカナッペを完成させる。
モルは無言ではいたが、嫌そうな顔をせずにビーフシューを煮込む。
「うふふ、これで完成ですね!」
テーブルには豪華絢爛な料理が並べられ、閑散とした雰囲気だったモルの部屋に簡単なパーティーの飾りつけが施されていた。
テーブルに並べられた料理と、飾りつけ、そして三人の服装が相まって、クリスマスパーティーの雰囲気が完成しつつある。
けれども、まだクリスマスを象徴するものが一つだけ欠けている。
そう、クリスマスツリーだ。
「では、火を点けましょうか」
エリーがライターで火を点火し、ツリー型の蝋燭に火を灯す。
これで、パーティーの準備は整った。
「パーティーのはじまりだよぉ!」
ラダが用意していたバズーカの形をしたクラッカーを使い、盛大な音を立ててパーティーが開始された。
料理をすべて食べつくした三人(ラダがたくさん食べるのを見越して多めに食材を買っていたエリーは流石だ)は、クリスマスツリーの形をした蝋燭に点いた火を眺めていた。
そうして、盛り上がりの後のゆったりとした空気を楽しんでいると、ラダはモルの表情が少しだけ曇っていることに気がつく。
しかし、モルはそんな視線に気づかずに、ぼんやりとしたまま巡り始めた思考に身を任せた。
エリーとラダが来るまで、モルの部屋はほとんど生活感がなく、空虚にも似た雰囲気を感じさせていた。
けれど、二人が部屋を飾りつけ、料理をテーブルに並べたことで、途端に生活感がにじみ出てきている。
モルは、もう一度自室を見渡して、物も家具も置かなかったのはここが自分の家なのだと認識していなかったのだからだと思い至った。
だって、そうだ。ここでの、タブロスでの生活を認めてしまったら。
――自分の故郷が消滅したことを認めるのと同義だ。
オーガの襲来で壊滅した故郷を思い返し、ズキン、と胸の奥が痛む。
壊滅する前の故郷には、家族が居た、友人が居た、近所の人が居た。話したことはなくても、見知った顔の人が居た。
そんな人達が、物が全て破壊され、世界から削り取られたのだ。
認めたくない。今でもそう思う。
自分の心の中だけでも、故郷を護りたいという気持ちもある。
でも、それでも、今モルはほとんど分かっていた。理解してしまっていた。
故郷はもう、消滅しているのだと。
「…………モルさん?」
エリーの心配するような声が耳を打ち、モルはうつむいていた顔をあげる。
すると、透明な雫が頬を伝いテーブルに置いた左手の甲に涙が滴った。
ラダとエリーが心配そうにモルの顔を覗き込み、どうしたのかと問おうと口を開こうとするのと同時に、モルが自分の頬を伝って落ちた透明な雫がなんなのかに気が付いて、
「我の顔を見るな!」
静まり返った部屋中に響くほどの怒声で、モルが叫ぶ。
しかし、怒りに染まった表情はすぐに自責の念に駆られたものへと変化する。
――泣き顔が見られるのが嫌で叫んでしまった。
モルはこれでは折角のパーティーが台無しだ、といつもよりも深く顔を俯かせる。
やはり、自分は神人に迷惑をかけることしか出来ていない。そう思考して、モルは自分が世界から取り残されたかのような錯覚を覚える。
世界の中で、自分はいらない存在。そんな感覚に襲われ、逃げ出したくなってしまう。
ここには居てはダメだ。そう思い、モルが席を立とうとすると、
ぎゅっとモルの左手が握りしめられた。
握った手は、エリーの手。色白の少し冷たい手が、モルの手をしっかりと握っている。
エリーは目を丸くしているモルの目をじっと見つめて、
「……手をとるなとは言わなかったでしょう?」
モルが、訝しげにエリーの瞳を見返していると、今度はラダが二人の手の上に自らの手を重ねた。
さらに怪訝な視線となるモルを、ラダが見据える。
ラダは、モルの引っ越しの手伝いをした時、荷物がすごく少なかったのを思い出していた。
まるで、帰る場所をなくした旅人みたいで、とても悲しそうで寂しそうで。
だから、ラダは決意した。
「ボクもね、モルとこのパーティーで仲良くなれると良いなぁ、って思ってたんだぁ」
モルを見据えて、嘘偽りのない言葉をしっかりと伝える。
本当はエリーよりも先に、モルの気持ちには気がついていた。でも、拒絶されるのではないか、という気持ちが渦を巻いて手を咄嗟に伸びなかった。
モルは、エリーをはた、と横目で見やり、自分にはないエリーの強さを再認識する。
二人に手を握られて。それも、偽善でもなく、本当の意味で自分を大切に思ってくれている二人の言葉と行動に、モルの心から、ぎぃ、と扉を開く音がしたような気がした。
そして、もう一度理解する。
(ここは我の家。――我の居場所)
これからは、モルの故郷はひとつだけではない。
エリーが、ラダが必要としてくれる場所ならば、そこがモルの故郷。
モルは、固く弛緩させていた表情を少しだけ緩めて、ラダが用意していた、普通のクラッカーを手に取る。
(ここが、この二人の居る場所が、我の居場所だ)
二人が、モルのしようとしていることを汲んで、クラッカーに手を伸ばす。
今日この日は、モルの新たな人生の一ページ。
タブロスでの新たな人生に一歩踏み出す、大きな一歩。
その一歩を祝福するように、
三人のクラッカーの音が盛大にモルの自室に響き渡った。
重そうな荷物の中には、食材と持参した人数分の食器が入っている。エリーは、クリスマスという今日この日を機会に、仲間同士の親睦を深めようとしていた。
しかし、特別難しいことを考えているわけではなく、みんなで楽しめればそれで良いと考えて、今日はここへ足を運んだのだ。それを体現するように、今日のエリーの格好は子供達に夢を与える老人――サンタクロースの服装だ。
これだけ食材やなにやら用意したのだから、豪華なパーティーにしよう、とエリーが意気込みつつ会場となるモル・グルーミーの部屋に入る。
「おじゃまします。……なんというか殺風景な部屋ですね」
モルの自宅は、エリー宅の敷地内の離れにあり、大釜つきの物件である。
「……いらないものがないからな」
モルは視線を合わせることなく呟きつつも、エリーを部屋へと招き入れる。
「おっ、来たね!」
エリーが部屋に入ると、丁度テーブルの上に市販のブッシュドノエルと鳥の丸焼きを配置しているラダ・ブッチャーが呼びかけた。
ラダもエリー同様サンタクロースの格好をしており、殺風景な部屋の中とはいえ、かなりクリスマス! という雰囲気が醸し出されている。
ラダは、エリーのサンタクロース衣装を眺めて、
「雰囲気が変わって新鮮な感じ!」
そう笑ってラダが言い、エリーも嬉しそうに微笑みをこぼす。
「うふふ。こういう服はイベントでもないと着られませんから。ラダさんも似合っていますよ」
「ほんとぉ?」
エリーとラダが楽しげに笑い合い、クリスマスパーティーへのボルテージを高めるが、モルは笑顔を浮かべずに、陰鬱な表情のまま俯いていた。
(何がそんなにめでたいやら)
そんな言葉を胸中に秘めながら、モルは二人を横目で見ていたが、
「あ、今日はいつもの羽根マントじゃないんだねぇ」
ラダに突然話題を振られて、びくり、と反応する。
そう、冷淡な態度をとってはいるが、モルもまた、クリスマスの格好をしている。具体的には、ラダの言うようにいつもの羽根マントではなく、クリスマス風のマントを着用しており、パーティーを本気で嫌がっている、というわけではないようだ。
「………………」
しかし、視線を一度合わせただけで、特にこれといった反応をモルは返さない。
「クリスマスっぽくて良いと思うよぉ」
ラダが偽りのない言葉でそうモルに言うと、モルは怒ったかのように顔を顰めてしまった。一瞬気分を害してしまったか、と思ったラダだったが、よく見れば俯いたモルの頬にやや朱色が差している。どうやら、照れているようだ。
キッチンでは、エリーが食材を並べて事前に簡単な準備をしており、調理にいつでも入れるようになっていた。
ラダとモルがキッチンに集結すると、エリーは自分にも復唱するように、
「手作りする料理はカナッペ、マッシュポテト、ビーフシチュー、サラダです」
「おっけぇ!」
ラダがテーブルの方に移動し、持参していた鳥の丸焼きに包丁を突き刺す。ラダの役目は、鳥の丸焼きを食べやすい大きさにカットすること。
「あはっ! これぐらいかなぁ?」
鳥の丸焼きというものからして、ナイフを突き入れるという構図が出来上がるのは仕方がないことなのだが、ラダが楽しげに鳥の丸焼きにナイフを入れていると、やや狂気的なものを感じなくもない。
「私はサラダとマッシュポテト担当です。モルさん、ビーフシチューはお任せしました」
「………………」
こくり、とモルが首肯し、自宅に元々取り付けられていた大釜の蓋を開け、釜の中身をかき混ぜる。
「先に作ってくださっていたのですね。ふふ、とってもおいしそうです」
どうやら、エリー達が来る前にすでにほとんど完成していたようで、これからさらに煮込んでビーフシチューの味に深みを出そうとしているようだ。
なんだかんだで、モルも楽しもうとしてくれているようで、エリーは自分の担当する料理に手をつけ始める。
笑顔で野菜を洗い盛り付けてゆくエリーに、ビーフシチューを無言でコトコトと煮込むモル。そして、鳥の丸焼きを嬉々として掻っ捌くラダ。もしもここに、彼らの素性をまったく知らない人が通りかかったら、怪しげな薬品でも作っているかのように見えてしまうかもしれない。
けれども、それはぱっと見たときの感想だ。落ち着いて見れば、これほど楽しそうにクリスマスパーティーの準備をする者はそういないだろう、ということがわかる。
鍋に入れていたじゃがいもを確認すると、もうかなり火が通ったようだ。エリーはサラダを手早く盛り付けて完成させ、じゃがいもを鍋から取り出し、ボウルに移す。
「ラダさん、少し手伝ってもらえませんか?」
「うん、いいよぉ~」
エリーがラダに声をかけ、ラダがそれに応じて鳥の丸焼きからナイフを離す。解体作業もほぼ終わっているようで、綺麗に切り分けられている。
ラダがエリーから受け取ったボウルでじゃがいもをつぶす。じゃがいもが、面白いようにつぶれ、マッシュポテトに近づいてゆく。
つぶしてもらったじゃがいもに、エリーがバターと牛乳を混ぜて完成に持っていくと、クリスマスパーティーの開幕が徐々に見えてきた。
「ラダさん、ありがとうございます。では、カナッペを作りましょうか」
エリーが丁度焼きあがったフランスパンをオーブンから取り出し、大きな皿の上に乗せた。
「さぁ、皆で好きなものをトッピングしましょう」
持参した食材をエリーが取り出して、モルとラダの前に置く。
スモークサーモンにイクラ、クリームチーズにエビ、アボカドや一口サイズに切り分けられた生野菜など、色取り取りの美味しそうな食材が並べられた。
エリーがスモークサーモンとクリームチーズを、焼きあがっていい香りのするフランスパンの上に乗せる。そこにオリーブオイルを少し垂らして、黒コショウをまぶすと、とても美味しそうなカナッペが出来あがる。
「おいしそぉ! ボクも作るよぉ!」
目の前におかれた、エリー作カナッペをラダが面白そうに見つめて、スライスチーズを四枚とり、フランスパンに乗せる。続けてピクルスを三枚、そしてさらに食材に手を――、
「ラダさん、具材を盛りすぎです!」
てんこ盛りとはこのことか、というほどに積み上げられたラダのカナッペを見やり、エリーはやや頬を引き攣らせて苦言を呈す。
エリーはラダを諌めて食材を極力あまり使わないようにと言い、今度はモルに視線を移す。
「モルさん、なにが食べたいですか?」
エリーがモルに問うと、モルは視線だけを動かして食材に目を移した。それが好物かはわからないが、視線を移した先にあったのはスモークサーモン。
モルは何も言わないまま、スモークサーモンをひとつつまんで、フランスパンの上に重ねた。
それきり何も乗せようとしないので、見かねたラダが、
「じゃあ、ボクのチーズを分けてあげるよぉ!」
と乗せすぎだったクリームチーズをスプーンですくってモルのカナッペに乗せる。
「では、オリーブオイルとパセリをかけておきますね」
続けてエリーがオリーブオイルとパセリをひとつまみふりかけ、美味しそうなカナッペを完成させる。
モルは無言ではいたが、嫌そうな顔をせずにビーフシューを煮込む。
「うふふ、これで完成ですね!」
テーブルには豪華絢爛な料理が並べられ、閑散とした雰囲気だったモルの部屋に簡単なパーティーの飾りつけが施されていた。
テーブルに並べられた料理と、飾りつけ、そして三人の服装が相まって、クリスマスパーティーの雰囲気が完成しつつある。
けれども、まだクリスマスを象徴するものが一つだけ欠けている。
そう、クリスマスツリーだ。
「では、火を点けましょうか」
エリーがライターで火を点火し、ツリー型の蝋燭に火を灯す。
これで、パーティーの準備は整った。
「パーティーのはじまりだよぉ!」
ラダが用意していたバズーカの形をしたクラッカーを使い、盛大な音を立ててパーティーが開始された。
料理をすべて食べつくした三人(ラダがたくさん食べるのを見越して多めに食材を買っていたエリーは流石だ)は、クリスマスツリーの形をした蝋燭に点いた火を眺めていた。
そうして、盛り上がりの後のゆったりとした空気を楽しんでいると、ラダはモルの表情が少しだけ曇っていることに気がつく。
しかし、モルはそんな視線に気づかずに、ぼんやりとしたまま巡り始めた思考に身を任せた。
エリーとラダが来るまで、モルの部屋はほとんど生活感がなく、空虚にも似た雰囲気を感じさせていた。
けれど、二人が部屋を飾りつけ、料理をテーブルに並べたことで、途端に生活感がにじみ出てきている。
モルは、もう一度自室を見渡して、物も家具も置かなかったのはここが自分の家なのだと認識していなかったのだからだと思い至った。
だって、そうだ。ここでの、タブロスでの生活を認めてしまったら。
――自分の故郷が消滅したことを認めるのと同義だ。
オーガの襲来で壊滅した故郷を思い返し、ズキン、と胸の奥が痛む。
壊滅する前の故郷には、家族が居た、友人が居た、近所の人が居た。話したことはなくても、見知った顔の人が居た。
そんな人達が、物が全て破壊され、世界から削り取られたのだ。
認めたくない。今でもそう思う。
自分の心の中だけでも、故郷を護りたいという気持ちもある。
でも、それでも、今モルはほとんど分かっていた。理解してしまっていた。
故郷はもう、消滅しているのだと。
「…………モルさん?」
エリーの心配するような声が耳を打ち、モルはうつむいていた顔をあげる。
すると、透明な雫が頬を伝いテーブルに置いた左手の甲に涙が滴った。
ラダとエリーが心配そうにモルの顔を覗き込み、どうしたのかと問おうと口を開こうとするのと同時に、モルが自分の頬を伝って落ちた透明な雫がなんなのかに気が付いて、
「我の顔を見るな!」
静まり返った部屋中に響くほどの怒声で、モルが叫ぶ。
しかし、怒りに染まった表情はすぐに自責の念に駆られたものへと変化する。
――泣き顔が見られるのが嫌で叫んでしまった。
モルはこれでは折角のパーティーが台無しだ、といつもよりも深く顔を俯かせる。
やはり、自分は神人に迷惑をかけることしか出来ていない。そう思考して、モルは自分が世界から取り残されたかのような錯覚を覚える。
世界の中で、自分はいらない存在。そんな感覚に襲われ、逃げ出したくなってしまう。
ここには居てはダメだ。そう思い、モルが席を立とうとすると、
ぎゅっとモルの左手が握りしめられた。
握った手は、エリーの手。色白の少し冷たい手が、モルの手をしっかりと握っている。
エリーは目を丸くしているモルの目をじっと見つめて、
「……手をとるなとは言わなかったでしょう?」
モルが、訝しげにエリーの瞳を見返していると、今度はラダが二人の手の上に自らの手を重ねた。
さらに怪訝な視線となるモルを、ラダが見据える。
ラダは、モルの引っ越しの手伝いをした時、荷物がすごく少なかったのを思い出していた。
まるで、帰る場所をなくした旅人みたいで、とても悲しそうで寂しそうで。
だから、ラダは決意した。
「ボクもね、モルとこのパーティーで仲良くなれると良いなぁ、って思ってたんだぁ」
モルを見据えて、嘘偽りのない言葉をしっかりと伝える。
本当はエリーよりも先に、モルの気持ちには気がついていた。でも、拒絶されるのではないか、という気持ちが渦を巻いて手を咄嗟に伸びなかった。
モルは、エリーをはた、と横目で見やり、自分にはないエリーの強さを再認識する。
二人に手を握られて。それも、偽善でもなく、本当の意味で自分を大切に思ってくれている二人の言葉と行動に、モルの心から、ぎぃ、と扉を開く音がしたような気がした。
そして、もう一度理解する。
(ここは我の家。――我の居場所)
これからは、モルの故郷はひとつだけではない。
エリーが、ラダが必要としてくれる場所ならば、そこがモルの故郷。
モルは、固く弛緩させていた表情を少しだけ緩めて、ラダが用意していた、普通のクラッカーを手に取る。
(ここが、この二人の居る場所が、我の居場所だ)
二人が、モルのしようとしていることを汲んで、クラッカーに手を伸ばす。
今日この日は、モルの新たな人生の一ページ。
タブロスでの新たな人生に一歩踏み出す、大きな一歩。
その一歩を祝福するように、
三人のクラッカーの音が盛大にモルの自室に響き渡った。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
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リザルト筆記GM | 東雲柚葉 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | あき缶 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2015年12月2日 |