サンタクロースが捕えられたからといって、ウィンクルムが落ち込んではいけない。危機的状況だからこそ、これ以上絶望に染まらないよう楽しいクリスマスを過ごそう。
　A.R.O.A.の女性職員の言葉に、多くのウィンクルムが賛同していた。
『セイリュー・グラシア』と『ラキア・ジェイドバイン』の二人も例外ではない。
　せっかく同棲をはじめたのだ、セイリューとしてもせっかくのクリスマスを楽しまない手はないと思っていた。
「せっかくだから、パーティでもしようか」
　ラキアの提案に、セイリューはぱあっと顔を輝かせる。
「いいな！　よしっ、そうと決まれば早速準備にとりかかろうぜ！」
「飾り付けも楽しいからな」と笑うセイリューに、ラキアも「そうだね」と頷いた。
「貴重な機会をもらったんだから、みんなで楽しまなくちゃ損だよね」
　当たり前のように「みんな」と口にしたラキアに、セイリューは笑みを深める。
　そう、「二人」じゃないのだ。
　家では自分たちを待つ、大切な家族がいる。
　艶やかな黒い毛並が自慢の黒猫・クロウリーに、優しい色合いなのに活発な印象を受ける茶虎のトラヴァース。
　ふわふわもふもふのレカーロ・ユキシロ。
　彼らを含めたみんなで楽しもう。
　そんな想いの元、二人は早速準備にとりかかるのだった。


「よし、これで料理の仕込みはほとんど完了、と」
　ふう、と一息ついたラキアは、この後を……完成した時のことを考えて、くすりと笑った。
（猫用のお菓子とかレカーロ特製ケーキとか作っちゃったし）
　作ったのはササミをはじめ、猫用クッキーにチーズケーキ。それからユキシロが大好きなお手製ジャーキーをトッピングしたケーキと、特別仕様なおやつだ。
　はじめて作ったものも多いけれど、なかなかうまくできたのではと自画自賛できるできである。
　どんな反応をしてくれるのか、今から楽しみだ。
（とりあえず、ディナーまでユキシロには見せないようにするけど……）
　ラキアはちらりと足元を見た。すると、お行儀よくお座りをしているユキシロが目に入る。その瞳はきらきらと輝いていて、尻尾もご機嫌にふりふりと揺らしていた。匂いで「おいしいものがある！　そうに違いない！」と確信しているのだろう。
　無言でおねだりをするその様子が可愛くて、ラキアはふふっと微笑んだ。
「あとでね」と頭を撫でて、ツリーにオーナメントを飾り付けるセイリューへと目を向ける。

　年に一度、せっかくのクリスマスだからと奮発して、ツリーは大きいものを用意した。どれくらいかというと、180近い身長を持つセイリューより数センチは確実に高いくらいである。家に飾るものとしては、十分大きいと言えるサイズだろう。
「お？」
　くん、とズボンが引っ張られるような感覚に気付いたセイリューが足元を見ると、手入れが行き届いた黒毛が美しい黒猫が目に入った。クロウリーだ。
　クロウリーはセイリューの服に爪を立てたかと思うとぐっと屈み、身体のバネを利用して一気に肩まで登ってきた。
「わっ、と」
　驚きはしたがよろけはしないセイリューに、クロウリーは「にゃ」と楽しげな声をあげる。
「はは、落ちるなよ？」
　柔らかな注意に「にゃあ」と返すと、クロウリーは肩の上で器用にバランスをとりながら、セイリューが持つボール型のオーナメント目がけちょいちょいと前足を伸ばしはじめた。
「クロウリーも一緒にやりたいのか？」
「にっ」
　返事のように鳴き声をあげ、クロウリーはすり、とセイリューの頬に身体を寄せた。
　柔らかな毛がくすぐったくて、セイリューは笑い声をあげる。――理由はそれだけじゃない。愛猫が甘えてくれるのが嬉しくて、というのももちろんあるのだが。
　それから、クロウリーと戯れつつも飾り付けを進めていく。
　プレゼント箱やモール、ソックス等、いろんな形のオーナメントの中でもクロウリーは丸い、シンプルなものがお気に入りのようだった。手を伸ばしたり、時には叩き落としてみたり。セイリューに甘えてみたりと、気ままに自分の時間を楽しんでいるようだった。
　邪魔されている、ともいえる状況だったが、セイリューはにこにこと笑顔のままだ。それもそのはず、愛猫たちが嬉しければセイリューも嬉しいのだから。
「キラキラしてるから猫達にも楽しいんだな！」
　セイリューの言葉を証明するように、低い位置に飾り付けられたオーナメントにはトラヴァースもじゃれついていた。そのせいでころんと落ちてしまうものもあるのだが、それはご愛嬌という奴だろう。
　やんわりと注意しつつ、それでも楽しそうな二匹にセイリューの頬は緩みっぱなしだ。
　いつでもにぎやかな彼らは、いつでもセイリューの、ラキアの心を癒してくれる。
「今年のクリスマスは家族一杯増えたな！」
「楽しい事も増えたよね」
　手伝いに来たラキアはそう続けた。
　セイリューは「な！」と笑って、ふと二人で過ごした去年のことを思い出す。
　かまくらの中で過ごしたあの時間は、今でもはっきりと思い出せる。
　蟹と日本酒という贅沢を堪能して、淡い光に照らされる雪を見て……。
（あの時も、もちろん幸せだったけど）
　クロウリーとトラヴァースと加わって。
　ユキシロも来てくれて……。
（まさか、こんなに家族が増えるとは思ってもみなかったな）
　嬉しい誤算という言葉は、きっとこういう時に使うのだろう。
（ま、一緒に暮らすってのは、内心チラッと考えたけど！）
　その時は、それがこんなに早く実現するなんて予想すらしていなかった。
　一方、ラキアはというと、この一年のことを思い出していた。
　同棲をはじめるきっかけとなった二匹との出会い。もふもふと可愛らしいレカーロたち。もちろん、オーガやギルティが引き起こした事件の解決に奔走することも多かったけれど――楽しかった。胸を張ってそう言える。
　そう、セイリューと一緒だと、予想外の出来事が多くて楽しいのだ。
「君と一緒に日々過ごせて嬉しいよ」
「うん、俺もラキアと一緒に過ごせてとても楽しい！」
　無意識のうちに零れたラキアの言葉に、セイリューは頷いて――ふっ、と。
　どちらともなく、二人は優しく笑いあったのだった。

「飾り付けを済ませたら、ディナーにしよう。美味しいもの沢山作ってあるよ」
　その言葉通り、ラキアは美味しいものを沢山作っていた。
「すっげー……」
　呆けたように感嘆の息を吐くセイリューに、ラキアはくすくすと笑う。
　そして、「早くちょーだい！」とねだるように鳴く三匹にも、特製のお菓子を用意する。
「ラキア、それも作ったのか？」
「うん。思ったより簡単に作れるものなんだね」
　そう言うと、セイリューが信じられないというように目を丸くした。
「これが簡単に……。すげー」
　心底感心したというようなセイリューに、ラキアはたまらず噴き出した。
　待ちきれないというようにお菓子にかぶりつく三匹に「喉に詰まらせないようにね」と注意して、ラキアも席に着く。
「じゃ、俺たちも食べようか」
「ああ！」
　いただきます！
　と手を合わせると、セイリューは早速料理に手を伸ばした。
　目標は、肉厚なステーキだ。
「……ん～っ！」
　がぶりとかぶりつくと、肉汁がじゅわっと口中に広がった。多幸感に包まれつつごくんと飲み込むと、セイリューは丸くなった目でラキアを見る。
「このステーキうまっ！」
「それは良かった」
　もちろん、ステーキ以外の料理も美味しかった。というか、ラキアが作ってくれるものはなんでも美味しい。
　締めに出てきたケーキも凝っていて、気付けば笑顔のまま食事を終えていた。
　ふと目をやると、ころんと寝転がったユキシロにくっつくように、クロウリーとトラヴァースも寝転んでいた。美味しいお菓子でお腹も気持ちも満たされたのか、その表情はどこか柔らかく、嬉しそうだ。
「来年も皆で一緒に過ごしたいな」
　ぽつり。
　セイリューが零したささやかな願いに、ラキアはふ、と目を細める。
「そうだね」
　それができたら――幸せだ。

　オーガは減る気配を見せないし、ギルティの謎は深まるばかりだ。
　みんなが安心して過ごせる平和な世界は、当分訪れることはないだろう。
　けれど。
　けれど、それでも彼がいれば頑張っていける。みんなで暖かな時間を過ごすためならば、どんな困難が立ちはだかろうとも乗り越えていける。
　そんな確信を胸に、二人と三匹は暖かな室内でささやかながらも幸せなクリスマスを過ごしたのだった。

依頼結果：大成功

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