ゼク＝ファルは、タブロス・モールにてとんでもない量の荷物をその両腕に山積みにして歩いていた。
　腕には無数の買い物袋、抱えている箱の荷物は身長180㎝の彼の視界を遮るほどに積み上がり、かなり無理のある体勢に見えるが、彼はそれをぐらつかせることもなくしっかりと運んでいる。
　それを先導しているのが、神人である柊崎　直香。
　鼻歌でも歌いだしそうな軽い足取りの彼は、いうまでもなく手ぶらである。
　ゼクは小さく息を吐いて尋ねた。
「明らかに今必要じゃない物も買ってるだろ」
　買い物の荷物を全て持たされるのはいつもの事と言えばいつもの事だが、今日は物が多すぎる。
　クリスマスだからと言う理由で色々買い込んだのが原因なのはわかっているのだが、それにしたって多すぎる。一体何を買ったのか、思い出せないレベルだ。
「その腕にいくつの箱載るか挑戦する？」
　ニヤ、と笑った直香が振り返った。
　もうすでにこれは買い物ではなくてゼクの腕にどれくらい荷物乗るかな選手権なのではないかという勢いだ。
　もしや、はなからそれが目的だったのでは……？　ゼクはそれはちょっと勘弁してほしいと思った。
　それでも、楽しげな直香を見ると文句を言う気も失せてくる。
「去年まで僕ってちゃんとクリスマス祝ったことなかったけど。今年も豪華な食卓になりそう」
　歩く速度を落としてゼクの隣に並んだ直香が笑った。
　その顔を見ると、不思議とこちらまであたたかい気持ちになってしまうのだ。
　直後、直香はふぅっとため息をつく。
「でもツリーまで新調する必要あった？　飾りつけだけで疲れたよ？」
　家に飾った新しいツリー。去年の物より少し大きめだ。
　去年の物も十分使えるじゃない、と言う直香にゼクは答える。
「飾りつけは全部俺だが？」
「はは」
「オーナメントが大量で去年の木じゃ小さいからな」
　なるほど、と直香は頷いた。
　今年は新しいオーナメントがたくさんある。
　去年のツリーをそのまま使ったらきっと不恰好だろうし、ツリーなのかオーナメントの塊なのかわからなくなってしまうだろう。
「小柄なお前にはちょうどいいかもしれんが」
　去年のツリーのサイズなら直香にちょうどいいかもしれない。
　ゼクのちょっとした嫌味に直香は眉を顰める。
「小柄……む、どうせならあのくらい大きいのにしたまえ」
　すっと直香が指を指した先には巨大なガラスのツリー。
　透き通るツリーはモールにあふれる幾重もの光を纏って、きらきらときらめいている。
　ゼクは荷物を少し眼前から避けて、そのツリーを仰ぎ見た。
「……あのツリーは５ｍはあるか」
　周りにいる人々との対比で、ツリーのサイズを目測する。
　至極真剣な顔でゼクは唸った。
「飾りつけは一か月前で間に合うか？」
　直香はそんなゼクの顔を見上げ、わからないと言ったように肩を竦めた。
「ゼクさん何真剣に悩んでるの」
　こんな軽口に真面目に返答してくるとは思わなかった。
　あんなに大きなツリー、自分の家には不釣り合いなのはわかっているし、飾りつけだって出来るわけがない。
　それくらいは直香にだってわかっている。本当に、ただの軽い冗談だったのだ。
「どう見てもマンションの天井突き破るサイズでしょ」
　ふふ、と笑いながらツリーを見上げる直香に、ゼクは笑い返した。
（直香があれがいいなら庭への設置も吝かではない）
　どうしても、あれがいいというのなら、喜んで手配して庭に設置してやろう。
　ゼクは、多分本気でそう思っている。
「どうしてもというなら、できなくはないぞ」
　そう言って少し意地悪く笑うゼクに、直香は少し口を尖らせて反論した。
「おっきなツリーだワーイってはしゃぐ子供に見える？」
　間髪いれずに小さく頷くゼクを、直香は見逃さなかった。
　飄々としていて、つかみどころのない神人。
　けれど、最近のゼクはわかるようになってきた。
　この少年が、喜んでいるのか悲しんでいるのか、テンションが高いのか低いのか。
　カモフラージュを巧みにかけてくる直香だが、『ゼクには』わかるようになってきたのだ。
「今もお前、結構楽しんでるだろ」
　図星を突かれた直香の肩が一瞬ぴくりと震える。
　
　――本当、キミに見破られやすくなってきたなあ。

　嬉しいような、悔しいような。
　直香は少し複雑な心境で傍らのゼクを見上げる。
　楽しんでいるかどうかの問いには答えず、不敵な笑みを返した。
「もっと正直に感情表してくれると楽なんだがな」
　柔らかな声色で告げるゼク。
　それは、別に『今が辛い』と言うわけではなく、ちょっとした揶揄だ。
　そのことに、直香もすぐに気付いた。
「えー？」
　軽く笑い返すと、すぐにゼクが訂正する。
「――いや。やっぱり今のままでいい」
　いつもは仏頂面のゼクの頬が、少し緩んだ気がした。
　直香は、え？　と彼の顔を振り返る。
「俺だけなんだろ？」
　小さな小さな声で問われ、直香は聞き返す。
「何を」
「見やぶれるの」
　思わず、吹き出してしまった。
　そして、真剣な眼差しで直香は問う。
「……『俺だけ』だったら嬉しいの？」
　にやりとあげられた直香の口角に、ゼクは自分がとんでもない事を言ったのだという事実に気づきわずかに顔を赤らめる。
　それは、このショッピングモールにいる人間には直香以外にはわからなかったかもしれない。
　普段表情が表に出づらいのはゼクも同じだ。
　けれど、あまりに『直香にとっては』わかりやすかったので、ニヤニヤと直香は問いかけた。
「もしかして自分で言っておいて照れてる？」
　つんつん、とゼクの背中をつつくと、ゼクはきまりが悪そうにそっぽを向いて呟いた。
「……さっき飲んだグリューワインのせいだ」
　確かに、彼からは先刻出店で飲んだグリューワインの香りがほんのりと漂う。
　しかし、言い訳に過ぎない事は直香にもわかっていた。
（もう、とっくに醒めてるでしょ）
　直香は少し嬉しいような、得意げなような表情を浮かべてととと、とツリーの下へ駆けて行った。
「よし。願い事吊るそ」
　輝くツリーの下でこちらを振り向いて笑う直香は、とても生き生きしている気がする。
　ゼクは直香の後を静かについて行って、荷物置き場に一度荷物を下ろした。
「何を願うんだ？」
　ペンを手に取り楽しげに文字をつづる直香。
　覗き込むとそこには。
「誰かさんの背が縮みますようにって」
　ゼクはあっけにとられたような顔をした後、柔らかく笑った。
　あのゼクが。直香は少し意外で、けれど、つられてほおを緩める。
「じゃあ誰かさんの背が伸びるように」
　ゼクの整った文字が、『誰かさんの背が伸びますように』と綴る。
　二人で顔を見合わせて少し笑って、ガラスの枝に願い事を吊るした。
　けれど、直香はその紙の裏側に、小さく、ゼクが気付かないように本当の願いをつづっている。
『彼とまだ一緒にいたい』
　それはとても切実で、優しくて、大きな願い。
　背の低い直香は枝に遠く、一生懸命手を伸ばして、それでも自分で願いを吊るしたいという一心でやっとのことで一番低い枝に願い事をひっかけた。
　その上に、直香には見えないようにそっと吊るされたゼクの願いの紙。
　その裏にも、本当の願いが書かれていた。
『Stellaの願いに添う』
　Stella　それは、過去に直香をイメージして作られた濃紺の空に明るい金の星のカクテル。
　こんなことは気恥ずかしくて本人には言えないし、言わないが、自らを明るく照らすStella。その願いが、どうか叶うように。
　優しい願いを込めて綴られた願い事を抱いたツリーは、ふと落とされた照明に静かな輝きを湛えた。
　イルミネーションセレモニーの一種なのか、薄暗くなった会場に、イルミネーションの星が満ちる。
　二人を包む満天の星空を堪能した後、もう一度荷物を持ち直し、ゼクはこの気まぐれな星と共に帰路につくのであった。

依頼結果：大成功

＞＞＞煉界のディスメソロジア
キャラクターコンバート！

＞＞＞ファンレターキャンペーン開催中！

＞＞＞チュートリアル漫画むーびー公開！

＞＞＞4thアニバーサリー！情報告知！