あなたのお家なら、安全に素敵なクリスマスを過ごせるに違いない。
　そんな提案をしてくれたA.R.O.A.の女性職員に、『フェルン・ミュラー』は感動していた。
　――ミズキを招く絶好の口実をありがとう！
　と。
（思ったことは、彼女には秘密だけどね）
　とにかく、この機会を逃すわけにはいかない。
　愛しい彼女と――自分の唯一の神人である『瀬谷　瑞希』と二人で、最高のクリスマスを過ごそう。
　そうと決まれば、やることはただ一つ。
　ミュラーは早速、瑞希に連絡をとったのだった。

「世界平和のためにまず私達が穏やかなクリスマスを、というのは良い話かもしれないですね」
　俺の家でクリスマスを過ごさない？
　そんな誘いを受けた瑞希はそう言って快諾した。ミュラーが密かにガッツポーズをしたのは内緒である。
　そうと決まれば行動あるのみと、二人は早速タブロス・モールへ行くことになった。
　というのも、ミュラーが「自室にクリスマスっぽい飾りがあまりないから、欲しいなと思ってね」と言ったからだ。
　たしかに、クリスマスという特別な日を楽しむなら、雰囲気があった方がいいかもしれない。
　こちらに関しても瑞希は納得して、A.R.O.A.本部で合流することになった。
「ミズキ、こっちだよ――て」
「ミュラーさん？」
　瑞希を見つけたミュラーは目を瞠った。彼女の、あまりの可愛さに。
　モルドワインのように落ち着いた赤いコートは可愛らしく、またふんわりと暖かそうだ。瑞希の動きにあわせてふわふわと揺れるスカートと、クリスマスを意識しているのだろうタイツの組み合わせも女の子らしくて素敵である。一歩踏み出すごとにちりん、ちりんと軽やかな鈴の音が聞こえるのも、艶やかな髪を彩る蝶の髪飾りも、そして何より、お揃いのツリー型ブローチもしっかりつけているのが嬉しくて。
「あ、あの、何か変でしょうか……？」
「ううん、逆だよ。あんまりにもキレイだから、つい」
　困惑する瑞希に、ミュラーは花がほころぶように柔らかな笑みを浮かべた。瑞希の頬がぽっと染まったのは、寒さのせいだけではないだろう。
　恥ずかしそうにうつむく瑞希に、ミュラーは「じゃあ、行こうか」と優しく笑いかけた。
　歩きで約5分。
　超大型ショッピングモール『タブロス・モール』に着いた瑞希は、そのあまりの大きさに目を丸くした。
「すごいですね」
「うん。たしかにこれだけ大きければ、なんでも揃うだろうね」
　店内に足を踏み入れると、シーズンということもあり、あちこちにクリスマスらしい飾り付けが施されていた。きらきらと輝くそれらに、二人の気持ちも自然と明るくなっていく。
「ミュラーさんは買うもの、決めてるんですか？」
「せっかくだから、クリスマスツリーの形をしたライトが欲しいなって思ってる。あとは定番のケーキだね。ミズキは？」
「そうですね……あ、ライトだけじゃなくて、卓上ツリーでクリスマス気分を盛り上げるのはどうでしょう？」
「いいね。となると、最初は……雑貨屋に向かうといいのかな」
　方向性をすり合わせた二人は、雑貨屋へと向かった。
　予想通り、いや、それ以上にクリスマスに染まったその店に、瑞希は「わあ」と感嘆の声をあげる。
「クリスマスっぽい物がこんなに沢山あるなんて、見ているだけでも楽しいですね」
　ツリーやサンタをモチーフにしたメッセージカードに、ラッピングに使える袋や紐、造花。そんな王道なアイテムのほかにも、靴下を模したキャンドル、可愛らしいオーナメント、リースやトナカイの人形などなど、本当に幅広いクリスマスグッズが置いてある。
　けれどミュラーの瞳はグッズではなく、瑞希へと注がれていた。
　楽しそうに、時にはどうやって作られているのか分析する瑞希はとても魅力的だ。
（グッズを見ているミズキの笑顔が可愛いよ）
　ずっと見つめていたいとも思うけれど、買い物だけで時間を潰すのはもったいない。
　せっかく家に招く口実ができたのだから、きちんと活かさなくては。
「そろそろ移動しようか。料理と、ミズキの好きなケーキも準備しなくちゃね」
　ミュラーは少し残念に思いながらも目的のものを購入し、次の場所へと促すのだった。

　ツリーをはじめ、コースターやクリスマス仕様のお菓子を買って、最後に向かったのはケーキ屋だ。
　ポインセチアを模したのであろう砂糖菓子が飾られたショートケーキや、クリスマスをイメージしたブッシュ・ド・ノエル、ツリーに見立てたのであろうモンブランと、この時期ならではのケーキたちに瑞希はきらきらとした目を向ける。
「こんなにたくさんあるなんて……迷ってしまいますね」
　困ったように眉を下げケーキを吟味する瑞希は子供のように無邪気で、ミュラーは瞳をとろけさせた。
　直感で動くミュラーと違い、瑞希は「なぜこうなったのか」ということを考えるのが好きだ。そのため、大人っぽく見えることもあるのだが……こうして、大好きなものを前に悩む姿は年相応で、とても愛らしい。
（なんて、ミズキはいつでも魅力的だけどね。彼女のためなら、いくつでも買ってあげたいんだけど）
　そんな提案をしようものなら、「そんなことさせられません！」なんて慌ててしまうに違いない。そんな彼女を好ましく思っていることは事実だけれど、もっと甘えてほしいな、とも思ってしまう。
　そんなことを考えながら――けれど、とミュラーは思うのだ。
　瑞希が『瑞希』でいてくれればそれでいい、と。
「ミュラーさんはどれにするか決めました？」
「うん。これにしようと思ってる」
　ミュラーが指差したのは、サンタとポインセチアを模した飾りが乗ったモンブランだ。
「このハートのショートケーキもおいしそうだよね」
「ミュラーさんもそう思いますか？」
「うん」
　ミュラーの言葉で、瑞希は心を決めた。
　ミュラーは店員にモンブランとショートケーキを包んでもらうと、瑞希を振り返る。
「じゃ、行こうか」
（ミュラーさんの家に……）
　改めて言われて、瑞希の心臓はとくりと音を立てた。
　彼は今、一人暮らしだったはずだ。つまり、二人きりで過ごすということ。
　だけれど、嫌な気持ちになるわけがなく――
「……はい。お邪魔しますね」
　――彼との距離が近づいたようでうれしいと、瑞希はふわりと微笑んだのだった。


「おいしかった……。ありがとう、ミュラーさん」
「どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいよ」
　ツリー型のライトが照らす部屋でディナーを食べ終えた二人は、どちらともなくくすりと笑いあった。
　穏やかな時間が流れる中、瑞希はそわそわと自分のカバンへ目をやった。
「……あの、ミュラーさん」
「なんだい？」
「実は」
　瑞希はこくりと喉を上下させた。
「プレゼントを用意してきたんです」
　受け取ってくれますか、と続けようとした瑞希だが、
「ほんと？」
　と、驚いたように――驚くほど嬉しいというように華やぐミュラーに、思わず口を噤んでしまった。代わりに、こくこくと何度も頷いてみせる。
　そして綺麗に包まれた箱を取り出すと、そっとミュラーへ差し出した。
「ありがとう、本当に嬉しいよ」
　ミュラーは顔をほころばせると、大切なものを受け取るように――事実、瑞希からの贈り物は宝物だ――手にとった。
「それじゃあ、俺からも」
　お返しというように、ミュラーも瑞希へプレゼントを差し出す。
　中身は万年筆だ。瑞希への贈り物を探している時、ふ、と目に入った深い藍色の軸が彼女らしくて、一目で惹かれた。店員さんがお勧めしてくれた、「星空のようなブルーブラック」のインクも同封している。
　瑞希から何度か手紙をもらった経験があるミュラーは、こういうものも大好きなんじゃないかと思ったのだ。
（気に入ってくれるといいな）
　そしていつか、自分が送った万年筆で想いを紡いでもらいたい――なんて。
　瑞希はぱちりとまばたきをして、しかしすぐに
「ありがとうございます」
　と、笑みを浮かべた。彼が大事に思ってくれているのは知っている。けれどこうして、贈り物をされるのも嬉しい。
　瑞希はミュラーからの贈り物をそっと抱きしめると、ちら、とミュラーの様子をうかがった。
「……中、見てもいいかな」
　零された呟きに、瑞希はこくりと頷いた。
　ミュラーは嬉しそうに、けれどほんのわずかな傷もつけないようにと丁寧に包装を開いていく。
　姿を現したのは、アンティーク調の懐中時計だ。
　これからも一緒の時間を過ごしたい。
　そんな想いから選んだそれは、蓋に繊細な細工が施されている。
「蓋の細工がとても素敵だね。ありがとう」
　本当に嬉しい。
　そんな続きが聞こえてきそうで、瑞希はほう、と頬を染めた。

　ささやかな、けれど幸せな時間を過ごす二人を見守るように、星々は輝いているのだった――

依頼結果：大成功

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