プロローグ
ついに切って落とされた、オーガ達との最終決戦――。もしかしたら、世界は滅び、ウィンクルムも命を落としてしまうかもしれません。
命を落としてしまう前に、悔いのないように。
A.R.O.A.はウィンクルムの正式な結婚を認める運びとなりました!
そして、ウィンクルム達がお互いの気持ちを、本心を曝け出す場を用意しようと、
A.R.O.A.がウィンクルム達に少しの休暇と、リゾート地を提供しました!
プロポーズの場としても、デートの場としても利用可能です!
人々は、ウィンクルム達が向かう最終決戦に向けて、少しでも手助けになればと、快くリゾート地などの開放を行ってくれました。
最終決戦であることもあり、これまで助力をしてくれたスポットは提供をしてくださっています!
行きたかったけど行けなかった、という場所に行くのも、同じ場所に行くのも、良いかもしれません!
リゾート地は、すべてウィンクルム達の貸切!(一部リゾートホテルなどはスタッフがいらっしゃいます)。
ウィンクルム達のゴールイン・ひと時は、一体どのようなものになるのでしょうか!
プラン
アクションプラン
向坂 咲裟 (カルラス・エスクリヴァ) (ギャレロ・ガルロ) |
|
今日は夢想花の園でピクニックよ 思い残さず、過ごしましょうね お弁当を作ってきたのよ 今回は一人で作ったの…だから、お母さんに手伝って貰った時と比べると… ふふ、ありがとう。とても嬉しいわ 紅茶も用意してあるわ。牛乳もあるわよ? 食事を終えて、カルラスさんの隣にそっと座って日向ぼっこをするわ あら、おかえりなさいギャレロ…その花束って? ありがとう、ギャレロ。ええ、ずっと一緒よ 何時もは大きな弟の様な感覚だけれど、今日はなんだかお兄ちゃんみたいだわ 次は私の番ね ギャレロが作ってくれた花束…夢想花のブーケをカルラスさんへ差し出すわ ねぇカルラスさん。待っていてくれる? ワタシはまだまだ子供で、きっとゆっくり大人になるわ でもね時間を掛けた分、とっても素敵な大人になってみせるわ カルラスさんの隣に、胸を張って立っていられる素敵なレディに ブーケを受け取ったカルラスさんの額にキスを贈る サキサカサカサはずっと貴方を思うと誓うわ |
リザルトノベル
ゴツゴツした黒い岩肌に、吹き抜けのようにぽっかりと丸い大穴が明いている。その様子はどことなく、天窓を開けはなったドームスタジアムを思わせた。
大穴からの燦然たる陽光を、甲羅干しする亀のように浴びているのは石造りの遺跡である。きれいな円環構造をしているのは、この遺跡がかつて、なんらかの祝祭ごとに使われていたためだろう。往時をしのばせる流麗な紋様の痕跡も点在している。
遺跡とその周囲は深閑としていた。静止画かと錯覚するほどに。
けっして有名な遺跡ではない。観光名所ではないし、歴史学的評価もかんばしくない。ガイドブックに紹介されることもなければ、修学旅行客や老人会がツアーに組み込むこともない。
では居心地の悪い場所なのか? 逆だ。
「いい場所じゃない」
気に入ったわ、と向坂 咲裟は満足気に言った。
トテトテと石畳を踏みながら見回す。
どの場所も、明るい。活き活きしていて、どこを見ても趣味にあった。隠れた名所旧跡とは、まさしくこういうものをいうのだろう。
彫られた文字もあらかた削れ、記号的意味を失った丸みのある石版、すっかり苔むして、その儀式的理由を忘れ去られた祭壇、中ほどからぽっきりと砕け、くるくると蔦のからまる石柱など、半ば自然に戻ったことで、遺跡は牧歌的な印象を与えていた。
そればかりではない。そのいたるところに、色あざやかな夢想花が生い茂っているのだ。陽があたる場所にもそうでない場所にも、まんべんなく活き活きと。まさしく自然の花園だ。
天窓から青い小鳥たちが舞い込んでくる。恋人同士か兄弟か、追いかけあいチチと鳴き声を交わして、遺跡を楽しげにめぐっていた。
「私も気に入った」
鳥たちを見送ると、カルラス・エスクリヴァはシャツの袖をまくった。
「景色がいいばかりではない。腰を下ろす場所に不自由しないし、テーブルがわりの台座もある。ピクニックにはもってこいだな」
おうっ、と元気にギャレロ・ガルロもうなずいて、
「それにしても良い天気になって良かったなー!」
と歯を見せて笑った。さらにギャレロは、
「オレ知ってる! 日ごろの行いが良かったから、って言うんだよな、こんなとき? きっとサカサとカルラスのおかげだぜ!」
などと言ってぱんぱんと手を打ち鳴らすのである。
咲裟とカルラスは顔を見合わせた。
そう言ってもらえるのは嬉しい。でもせっかくだからギャレロも巻き込んでおこう――はっきりとそう言葉にまとめたのではないものの以心伝心、彼らの考えは重なった。
「いや、この好天はもしかしたら」
カルラスが切り出すと、
「ギャレロの日ごろの行いのおかげかもしれないわ。うん、きっとそうよ」
すぐに咲裟がこれを継いだのである。
「なに!? オレの!?」
するとたちまちギャレロは後頭部に手をやった。
「いやあ、そんな風に言ってもらえると照れるなー! オレ、特別なことやったってわけじゃ……なら、三人とも行いが良かった、ってことにしないか!」
「名案だな」
カルラスは微笑した。いい気分だ。
今日はずっと笑顔でいたい、そうカルラスは考えている。
――こうやって皆で過ごすのも最後になるかもしれないのだな。
そんな一抹の思いがあるゆえに。
「そうね。それがいいわね」
咲裟も応じる。思い残さず過ごしたい――そう願っているから。
というわけで、と咲裟は告げた。
「今日はお弁当を作ってきたのよ」
「そうか、この大きなバスケットの中身は弁当だったのか」
もちろんわかっていたというのに、カルラスはいささか大袈裟に言って荷を下ろした。
「なにっ!? 気付かなかったぜ!」
ギャレロの驚きぶりのほうは、どうも素の様子っぽい。
レジャーシートを広げ、バスケットを大きく開く。
空腹を刺激するいい匂いだ。中身はたくさんあった。メインはサンドイッチ、ツナに玉子にハムサンド、加えてポテトサラダにミニトマト、ふわっと黄色い玉子焼に、フライドチキンやコロッケの姿もあった。リンゴはサクっとウサギ型に切ってある。
「今回は一人で作ったの……だから、お母さんに手伝ってもらったときと比べると……」
咲裟は自信なさげに視線を落とす。よく見ればサンドイッチは微妙に不揃いで切り口にもよれている部分があり、玉子焼のほうにも、豹柄のような軽い焦げが散見された。チキンや野菜にしたって、レシピ本に掲載する写真にするにはいくらか物足りないだろう。
けれどカルラスはそんな指摘をしなかった。
「大丈夫、上手いものじゃないか。ありがとうサカサ」
そればかりかこの弁当から、彼女の努力の跡を見出すのである。
「サンドイッチのバラエティは見事だし、玉子焼もいい形をしている。上達したものだな、はっきりとわかるよ」
お世辞ではない。実際、食べる人のことを考えながら作ったからこその丁寧さがある。思わず微笑がこぼれるようなキュートさもある。しかもそれはこの晴天の下、夢想花の園というシチュエーションゆえ一段と映えるようにカルラスは思った。一生懸命なハンドメイドはときとして、高級な既製品を上回ることがあるのだ。
「ふふ、ありがとう。とても嬉しいわ」
クールを気取って答えたかったが、どうしても咲裟は、言葉がくすぐったく、うわずってくるのを隠すことができない。もっと料理の腕を上げたい、だからこんな機会をまた持ちたい、そう思う。
「紅茶も用意してあるわ。牛乳もあるわよ?」
と彼女が魔法瓶からカップに注ぎはじめたときにはもう、辛抱たまらなくなったと見えて、ギャレロはサンドイッチと言わずサラダと言わず、えり好みせず何でも、美味しそうにほおばりはじめていた。
「オレ、サカサが作ってくれるならなんでもイケるぜ!」
嘘のまったくない、スマイルマークみたいな笑顔だ。
「本当?」
もちろんだぜ、とギャレロは我が胸を叩いて断じる。
「今度オレも何かご馳走してやるよ!」
「……山で食材調達をしてきそうな勢いだな、ギャレロ」
カルラスが何の気なしに言うと、
「なんで分かったんだカルラス?!」
ぎょっとして半分腰を浮かせたギャレロの様子に、思わずカルラスも咲裟も吹きだしてしまったのである。
和気あいあいと食事を終えたところで、咲裟は蜂蜜色の髪をなびかせ、まるでそこが定位置であるかのようにさりげなく、カルラスの隣の石段に腰を下ろした。
「日向ぼっこでもしようかしら」
「それはいい」
というカルラスの言葉に反応したわけでもなかろうが、今度はギャレロがさっと挙手する。
「オレは散歩だ! 散歩!」
「それもいいな。あまり遠くへ行くんじゃないぞ、ギャレロ」
あたぼうよ、と妙に気取った言い回しで返すと、リードを外された子犬のように、ギャレロはどこかへ駆け出していった。
「……やれやれ。いきなり駆け出したらそれは散歩と言わんだろう」
やんちゃ坊主を持つ父親のような口調になってしまったことに気付いて、カルラスは軽く戸惑い、それも良いかもしれないと考え直した。
「あら? ギャレロらしくていいと思うわ」
ごく自然に返事したサカサの口調もどことなく母親のようだ――そんな連想もまた、ギャレロには愉しい。
そうやって小半時も、まったりくつろいだだろうか。
だしぬけに、去ったとき以上の猛ダッシュで戻ってきたギャレロは、
「もらってくれ!」
呼吸も整えぬまま叙勲される騎士よろしく、片膝ついて咲裟に何かを差し出したのである。
「あら、おかえりなさいギャレロ……」
と言いかけたところで、暗譜している楽曲を忘れたピアニストのように咲裟は絶句した。思わず石段から降り、直立してしまう。
ギャレロが両手で差し出したもの、それは、丁寧に編まれた一抱えもあるブーケだったのである。もちろんすべて夢想花だ。それも、特に色つやのいいものばかり厳選している。
「その花束って?」
ようやく、咲裟は言う。
思いもがけないプレゼントではないか。
「さあ、サカサ、受け取ってくれ……!」
いつになくギャレロは真剣な眼をしている。
さすがにこれには、カルラスも目を見開かずにはいられない。
「お前、その意味がわかっているのか!?」
「わかってるぜ」
ギャレロはうなずいた。
「この花は、結婚の儀ってヤツに使うんだよな?」
その『結婚』の意味こそわかっているのか、よほどそう言おうかとカルラスは思ったがこらえた。
ギャレロがまだ何か、言いたそうにしていたからだ。
「だからサカサに使ってほしいんだ。サカサから、カルラスに渡してほしい……結婚の儀のブーケとして」
紫水晶のような瞳で、咲裟は二度、まばたきした。
けれど戸惑いはない。
「ありがとう、ギャレロ」
咲裟は両腕をのばし、抱きしめるようにして花束を受け取ったのである。
やった! と小さくギャレロがつぶやくのが聞こえた。
「オレ、サカサが好きだぜ。
カルラスも、好きだ」
まるで自分の言葉を味わうように、ギャレロはゆっくりと、けれどもはっきりと言ったのである。
「オレは、サカサとカルラスのおかげで色んなことを知った。でもまだ知らないことがいっぱいあるんだ」
軽く息を吸って吐く。ようやく言えた、とでもいうかのように。
「だからよ、もっと教えてくれよ。オレは最後まで二人についていくぜ」
ギャレロは咲裟とカルラスに出会うまで、ほとんど笑ったことがなかった。唯一の肉親である母と死に別れてからは、故郷の村で疎まれ、避けられて生きてきたのだ。咲裟、カルラスと暮らすようになってからは笑みを身につけたものの、後天的な学習ゆえかどうしても、鮫のような凄みのある笑顔になってしまう傾向があった。
けれどもこのときギャレロは、普段よりずっと優しい、赤子のような無防備な笑みを浮かべていたのである。
もうオレは孤独じゃない、そう世界に宣言するかのように。
咲裟は胸が詰まって、すぐに返事をすることができなかった。
花束以上のものをもらった気がする。とても温かい気持ちを。
「ありがとう、ギャレロ。ええ、ずっと一緒よ」
――いつもは大きな弟のような感覚だけれど……今日はなんだか、お兄ちゃんみたいだわ。
さあ、とギャレロは咲裟にうながす。
「次は、サカサの番だぜ」
そうね、と咲裟は告げてカルラスに向き直った。
このときにはすでに、カルラスはすっくと立ち上がっていた。
カルラスは咲裟とギャレロのやり取りを見守って、ブーケがギャレロから咲裟への求婚……いま少し穏やかに表現しても恋愛感情の表明でないことを理解した。そして、なんだかほっと安堵していた。
けれどもその直後、訪れた感覚はこれまでにない規模のものだった。
一言でいえば、緊張していた。
昔日、カルラスがまだ現役でステージに立っていた頃、大きなコンサートツアーの初日、幕が開く直前であっても、これほど張りつめた気持ちにはならなかっただろう。
しかし覚悟はできている。
ずっと前からできていたのかもしれない。
そう考えると、昂ぶった心はゆっくり、湖のように鎮まった。
咲裟はまっすぐにカルラスを見上げた。
彼の頼もしい胸元に、甘い香りの花束を差し出す。
ギャレロから託された夢想花のブーケを。
「ねぇカルラスさん、待っていてくれる?」
視線をずっと彼の目に向けたまま、迷わずに咲裟は宣言したのである。
「ワタシはまだまだ子供で、きっとゆっくり大人になるわ。
でもね時間を掛けた分、とっても素敵な大人になってみせるわ。
……カルラスさんの隣に、胸を張って立っていられる素敵なレディに」
「困った物だ、困ったが――」
と告げたが、カルラスは十二分に理解していた。
咲裟の意志は固い。きっと彼女は実現させるだろう。
「だが……私は以前から、お嬢さんを大切に思っている」
カルラスは膝を折った。
「……お嬢さんは必ず素敵なレディになるさ。そのときに捨てられないよう、私はチェロの腕を磨いておこう」
そして彼は、恭しくブーケを受け取ったのである。
「カルラス・エスクリヴァは、君を待つと誓おう」
咲裟は、カルラスの額に口づけを与えた。
「サキサカサカサは、ずっと貴方を思うと誓うわ」
互いの宣誓を聞いて、ギャレロはがばと立ち上がっていた。
こんなに嬉しいことはない! こんなに誇らしいことはない!
飛び上がらんばかりにして喜ぶ。一人で百人分くらい拍手する。
「今日はオレの人生で一番の日だ!」
そして身をよじらんばかりにして叫ぶのである。
「二人のガキが産まれたら、オレが二人に教わったことを教えてやるぜ! 楽しみだ!」
これを聞くや咲裟は頬を染め、カルラスは、苦笑するほかなかった。
「ギャレロ……気が早すぎるぞお前は」
大穴からの燦然たる陽光を、甲羅干しする亀のように浴びているのは石造りの遺跡である。きれいな円環構造をしているのは、この遺跡がかつて、なんらかの祝祭ごとに使われていたためだろう。往時をしのばせる流麗な紋様の痕跡も点在している。
遺跡とその周囲は深閑としていた。静止画かと錯覚するほどに。
けっして有名な遺跡ではない。観光名所ではないし、歴史学的評価もかんばしくない。ガイドブックに紹介されることもなければ、修学旅行客や老人会がツアーに組み込むこともない。
では居心地の悪い場所なのか? 逆だ。
「いい場所じゃない」
気に入ったわ、と向坂 咲裟は満足気に言った。
トテトテと石畳を踏みながら見回す。
どの場所も、明るい。活き活きしていて、どこを見ても趣味にあった。隠れた名所旧跡とは、まさしくこういうものをいうのだろう。
彫られた文字もあらかた削れ、記号的意味を失った丸みのある石版、すっかり苔むして、その儀式的理由を忘れ去られた祭壇、中ほどからぽっきりと砕け、くるくると蔦のからまる石柱など、半ば自然に戻ったことで、遺跡は牧歌的な印象を与えていた。
そればかりではない。そのいたるところに、色あざやかな夢想花が生い茂っているのだ。陽があたる場所にもそうでない場所にも、まんべんなく活き活きと。まさしく自然の花園だ。
天窓から青い小鳥たちが舞い込んでくる。恋人同士か兄弟か、追いかけあいチチと鳴き声を交わして、遺跡を楽しげにめぐっていた。
「私も気に入った」
鳥たちを見送ると、カルラス・エスクリヴァはシャツの袖をまくった。
「景色がいいばかりではない。腰を下ろす場所に不自由しないし、テーブルがわりの台座もある。ピクニックにはもってこいだな」
おうっ、と元気にギャレロ・ガルロもうなずいて、
「それにしても良い天気になって良かったなー!」
と歯を見せて笑った。さらにギャレロは、
「オレ知ってる! 日ごろの行いが良かったから、って言うんだよな、こんなとき? きっとサカサとカルラスのおかげだぜ!」
などと言ってぱんぱんと手を打ち鳴らすのである。
咲裟とカルラスは顔を見合わせた。
そう言ってもらえるのは嬉しい。でもせっかくだからギャレロも巻き込んでおこう――はっきりとそう言葉にまとめたのではないものの以心伝心、彼らの考えは重なった。
「いや、この好天はもしかしたら」
カルラスが切り出すと、
「ギャレロの日ごろの行いのおかげかもしれないわ。うん、きっとそうよ」
すぐに咲裟がこれを継いだのである。
「なに!? オレの!?」
するとたちまちギャレロは後頭部に手をやった。
「いやあ、そんな風に言ってもらえると照れるなー! オレ、特別なことやったってわけじゃ……なら、三人とも行いが良かった、ってことにしないか!」
「名案だな」
カルラスは微笑した。いい気分だ。
今日はずっと笑顔でいたい、そうカルラスは考えている。
――こうやって皆で過ごすのも最後になるかもしれないのだな。
そんな一抹の思いがあるゆえに。
「そうね。それがいいわね」
咲裟も応じる。思い残さず過ごしたい――そう願っているから。
というわけで、と咲裟は告げた。
「今日はお弁当を作ってきたのよ」
「そうか、この大きなバスケットの中身は弁当だったのか」
もちろんわかっていたというのに、カルラスはいささか大袈裟に言って荷を下ろした。
「なにっ!? 気付かなかったぜ!」
ギャレロの驚きぶりのほうは、どうも素の様子っぽい。
レジャーシートを広げ、バスケットを大きく開く。
空腹を刺激するいい匂いだ。中身はたくさんあった。メインはサンドイッチ、ツナに玉子にハムサンド、加えてポテトサラダにミニトマト、ふわっと黄色い玉子焼に、フライドチキンやコロッケの姿もあった。リンゴはサクっとウサギ型に切ってある。
「今回は一人で作ったの……だから、お母さんに手伝ってもらったときと比べると……」
咲裟は自信なさげに視線を落とす。よく見ればサンドイッチは微妙に不揃いで切り口にもよれている部分があり、玉子焼のほうにも、豹柄のような軽い焦げが散見された。チキンや野菜にしたって、レシピ本に掲載する写真にするにはいくらか物足りないだろう。
けれどカルラスはそんな指摘をしなかった。
「大丈夫、上手いものじゃないか。ありがとうサカサ」
そればかりかこの弁当から、彼女の努力の跡を見出すのである。
「サンドイッチのバラエティは見事だし、玉子焼もいい形をしている。上達したものだな、はっきりとわかるよ」
お世辞ではない。実際、食べる人のことを考えながら作ったからこその丁寧さがある。思わず微笑がこぼれるようなキュートさもある。しかもそれはこの晴天の下、夢想花の園というシチュエーションゆえ一段と映えるようにカルラスは思った。一生懸命なハンドメイドはときとして、高級な既製品を上回ることがあるのだ。
「ふふ、ありがとう。とても嬉しいわ」
クールを気取って答えたかったが、どうしても咲裟は、言葉がくすぐったく、うわずってくるのを隠すことができない。もっと料理の腕を上げたい、だからこんな機会をまた持ちたい、そう思う。
「紅茶も用意してあるわ。牛乳もあるわよ?」
と彼女が魔法瓶からカップに注ぎはじめたときにはもう、辛抱たまらなくなったと見えて、ギャレロはサンドイッチと言わずサラダと言わず、えり好みせず何でも、美味しそうにほおばりはじめていた。
「オレ、サカサが作ってくれるならなんでもイケるぜ!」
嘘のまったくない、スマイルマークみたいな笑顔だ。
「本当?」
もちろんだぜ、とギャレロは我が胸を叩いて断じる。
「今度オレも何かご馳走してやるよ!」
「……山で食材調達をしてきそうな勢いだな、ギャレロ」
カルラスが何の気なしに言うと、
「なんで分かったんだカルラス?!」
ぎょっとして半分腰を浮かせたギャレロの様子に、思わずカルラスも咲裟も吹きだしてしまったのである。
和気あいあいと食事を終えたところで、咲裟は蜂蜜色の髪をなびかせ、まるでそこが定位置であるかのようにさりげなく、カルラスの隣の石段に腰を下ろした。
「日向ぼっこでもしようかしら」
「それはいい」
というカルラスの言葉に反応したわけでもなかろうが、今度はギャレロがさっと挙手する。
「オレは散歩だ! 散歩!」
「それもいいな。あまり遠くへ行くんじゃないぞ、ギャレロ」
あたぼうよ、と妙に気取った言い回しで返すと、リードを外された子犬のように、ギャレロはどこかへ駆け出していった。
「……やれやれ。いきなり駆け出したらそれは散歩と言わんだろう」
やんちゃ坊主を持つ父親のような口調になってしまったことに気付いて、カルラスは軽く戸惑い、それも良いかもしれないと考え直した。
「あら? ギャレロらしくていいと思うわ」
ごく自然に返事したサカサの口調もどことなく母親のようだ――そんな連想もまた、ギャレロには愉しい。
そうやって小半時も、まったりくつろいだだろうか。
だしぬけに、去ったとき以上の猛ダッシュで戻ってきたギャレロは、
「もらってくれ!」
呼吸も整えぬまま叙勲される騎士よろしく、片膝ついて咲裟に何かを差し出したのである。
「あら、おかえりなさいギャレロ……」
と言いかけたところで、暗譜している楽曲を忘れたピアニストのように咲裟は絶句した。思わず石段から降り、直立してしまう。
ギャレロが両手で差し出したもの、それは、丁寧に編まれた一抱えもあるブーケだったのである。もちろんすべて夢想花だ。それも、特に色つやのいいものばかり厳選している。
「その花束って?」
ようやく、咲裟は言う。
思いもがけないプレゼントではないか。
「さあ、サカサ、受け取ってくれ……!」
いつになくギャレロは真剣な眼をしている。
さすがにこれには、カルラスも目を見開かずにはいられない。
「お前、その意味がわかっているのか!?」
「わかってるぜ」
ギャレロはうなずいた。
「この花は、結婚の儀ってヤツに使うんだよな?」
その『結婚』の意味こそわかっているのか、よほどそう言おうかとカルラスは思ったがこらえた。
ギャレロがまだ何か、言いたそうにしていたからだ。
「だからサカサに使ってほしいんだ。サカサから、カルラスに渡してほしい……結婚の儀のブーケとして」
紫水晶のような瞳で、咲裟は二度、まばたきした。
けれど戸惑いはない。
「ありがとう、ギャレロ」
咲裟は両腕をのばし、抱きしめるようにして花束を受け取ったのである。
やった! と小さくギャレロがつぶやくのが聞こえた。
「オレ、サカサが好きだぜ。
カルラスも、好きだ」
まるで自分の言葉を味わうように、ギャレロはゆっくりと、けれどもはっきりと言ったのである。
「オレは、サカサとカルラスのおかげで色んなことを知った。でもまだ知らないことがいっぱいあるんだ」
軽く息を吸って吐く。ようやく言えた、とでもいうかのように。
「だからよ、もっと教えてくれよ。オレは最後まで二人についていくぜ」
ギャレロは咲裟とカルラスに出会うまで、ほとんど笑ったことがなかった。唯一の肉親である母と死に別れてからは、故郷の村で疎まれ、避けられて生きてきたのだ。咲裟、カルラスと暮らすようになってからは笑みを身につけたものの、後天的な学習ゆえかどうしても、鮫のような凄みのある笑顔になってしまう傾向があった。
けれどもこのときギャレロは、普段よりずっと優しい、赤子のような無防備な笑みを浮かべていたのである。
もうオレは孤独じゃない、そう世界に宣言するかのように。
咲裟は胸が詰まって、すぐに返事をすることができなかった。
花束以上のものをもらった気がする。とても温かい気持ちを。
「ありがとう、ギャレロ。ええ、ずっと一緒よ」
――いつもは大きな弟のような感覚だけれど……今日はなんだか、お兄ちゃんみたいだわ。
さあ、とギャレロは咲裟にうながす。
「次は、サカサの番だぜ」
そうね、と咲裟は告げてカルラスに向き直った。
このときにはすでに、カルラスはすっくと立ち上がっていた。
カルラスは咲裟とギャレロのやり取りを見守って、ブーケがギャレロから咲裟への求婚……いま少し穏やかに表現しても恋愛感情の表明でないことを理解した。そして、なんだかほっと安堵していた。
けれどもその直後、訪れた感覚はこれまでにない規模のものだった。
一言でいえば、緊張していた。
昔日、カルラスがまだ現役でステージに立っていた頃、大きなコンサートツアーの初日、幕が開く直前であっても、これほど張りつめた気持ちにはならなかっただろう。
しかし覚悟はできている。
ずっと前からできていたのかもしれない。
そう考えると、昂ぶった心はゆっくり、湖のように鎮まった。
咲裟はまっすぐにカルラスを見上げた。
彼の頼もしい胸元に、甘い香りの花束を差し出す。
ギャレロから託された夢想花のブーケを。
「ねぇカルラスさん、待っていてくれる?」
視線をずっと彼の目に向けたまま、迷わずに咲裟は宣言したのである。
「ワタシはまだまだ子供で、きっとゆっくり大人になるわ。
でもね時間を掛けた分、とっても素敵な大人になってみせるわ。
……カルラスさんの隣に、胸を張って立っていられる素敵なレディに」
「困った物だ、困ったが――」
と告げたが、カルラスは十二分に理解していた。
咲裟の意志は固い。きっと彼女は実現させるだろう。
「だが……私は以前から、お嬢さんを大切に思っている」
カルラスは膝を折った。
「……お嬢さんは必ず素敵なレディになるさ。そのときに捨てられないよう、私はチェロの腕を磨いておこう」
そして彼は、恭しくブーケを受け取ったのである。
「カルラス・エスクリヴァは、君を待つと誓おう」
咲裟は、カルラスの額に口づけを与えた。
「サキサカサカサは、ずっと貴方を思うと誓うわ」
互いの宣誓を聞いて、ギャレロはがばと立ち上がっていた。
こんなに嬉しいことはない! こんなに誇らしいことはない!
飛び上がらんばかりにして喜ぶ。一人で百人分くらい拍手する。
「今日はオレの人生で一番の日だ!」
そして身をよじらんばかりにして叫ぶのである。
「二人のガキが産まれたら、オレが二人に教わったことを教えてやるぜ! 楽しみだ!」
これを聞くや咲裟は頬を染め、カルラスは、苦笑するほかなかった。
「ギャレロ……気が早すぎるぞお前は」
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 桂木京介 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | なし |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2018年5月26日 |