プラン
アクションプラン
信城いつき (レーゲン) (ミカ) |
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8 ここ広いね、川とか森の奥とか探検したりできそう 冒険、やりたかったな…小さい頃に出会えてたら良かったのに 冒険ごっこ? 目を閉じて歩くの?見えない分、何があるか分からなくて怖い… なな何、この音!もうミカ、おどかさないで! この先もしかして地面無くない?飛べって…こ、怖いけどえーいっ! (…騒いだ割にそんなに高くなかった) 見えない代わりに、耳で聞こえたりするものや足に触れるものとか 俺の周りの気配をいつもとよりはっきり感じる、まるでいつもと違う何かがいるみたい。段々楽しくなってきた レーゲンは時々励ますように強く握ってくれたり ミカも俺が怪我しないように、さりげなく枝とか避けてくれてるのも分かる 2人とも俺が楽めるようにしてくれてる気持ちも嬉しい もう目あけていい? わぁ星いっぱい! 普通に見ても綺麗だったろうけど、冒険してたどりついた景色だからもっと綺麗に見えるよ ありがとう2人とも!この冒険、俺の「宝物」だから |
リザルトノベル
木が生い茂り濃い影のさす森は、外よりも数度気温が低いように思えた。
パーカーでも着てくれば良かったかな、信城いつきはポロシャツから出ている腕をさする。
「大丈夫、すぐ暑いくらいになるよ」
レーゲンはいつきに笑いかけ、森は久しぶりだね、と目を細めた。
タブロスから離れること少々、『安らぎの森』と名づけられたこの自然公園は、森と岩、川が織りなす雄大な景色をほこっている。
「川とか森の奥とか探検したりできそう」
いつきは周囲を見回す。まるで別世界だ。最寄りの駅から歩いてまだ十数分だというのに、もう都市の気配はどこにもなかった。
見えるのは一面の緑、吸い込む空気は草葉の香りがする。川面はまばゆい光を反射し、遠く野鳥の鳴き声が耳を楽しませてくれる。自分たち以外の人の姿はなかった。
「そういえば昔」
ひろった小枝で手すさびに茂みをかき回しながらミカが言った。
「レーゲンと冒険しに森の中に入ったことがあったな」
「冒険!?」
鈴の音を聞いたネコのように、ひょこっといつきは顔を上げる。
「ああ、冒険といってもそんな大げさなものじゃなく、家から少し歩いた程度のものだから。チビちゃんも経験あるだろ? 森をほっつき歩いて……」
言いかけてミカは、しまったな、とでも言うかのように枝を放り捨てた。いつきが黙って首を振ったのだ。
――そうか、チビは幼いときにそんなことする機会もなかったか……。
助けを求めるようにミカはレーゲンに視線を向ける。任せて、というようにレーゲンは軽くうなずいて言葉を継いだ。
「本当に小さい頃の話だよ。だから『冒険』といっても小規模、星を捕まえようとミカに連れられふたりで森に入り、一番高い木のてっぺんに登ったんだ」
「それでそれで?」
「さすがに星は捕まえられなかったけど、高い所から見た月と星はいつも以上に綺麗だったな。あの景色は今でも宝物だよ」
「宝物、かあ」
いつきは想像した。まだ幼いレーゲンとミカが、手を取り合って森に分け入る姿を。レーゲンの青い髪がなびき、ミカが息を弾ませている様子を。レーゲンが木の枝に腰を下ろし、ミカがその横で枝にぶらさがって、星を見上げ笑みかわす姿まで思い描くことができた。
「冒険、やりたかったな……小さい頃に出会えてたら良かったのに」
「なに、冒険は幼い時分にしかできないものじゃない」
だから、とミカは言った。
「レーゲンちょっと耳貸せ」
こういうとき、どうして、とか、なに? といった野暮をレーゲンは言わない。素直に従ってミカのささやきを受け取った。
「……なんだか面白そうだね、その話のったよ」
「え? なになに? ふたりして密談?」
「冒険ごっこの計画を打ち合わせてるだけさ。チビ、覚悟はいいか?」
ややあって。
いつきは指示されるまま、両目を閉じて立った。
「このまま歩くの?」
瞼には力がこもっているが声のほうは不安げだ。
「もちろん」ミカが答える。
「見えない分、なにがあるかわからなくて怖い……」
「だからいいんじゃないか」と言うのはレーゲンだ。「土地勘のない場所で目をつぶって歩く、それだけでもう、ひとつの冒険だよ」
「そうだな。思わぬ危険が迫っていても気づかないわけで」
言いながらミカは、その両手で包み隠していたものをそっと解放した。ぶうんと羽音が響きわたる。音の発生源はいつきの顔の方向に飛び、その鼻先をかすめて飛んでいった。
「なな何、この音!」
「ははは、そこで捕まえておいたカブトムシだ。なりは小さいけれどなかなかガッツのあるやつだったな」
「もうミカ、おどかさないで!」
「悪い悪い。だけど」
ニヤっとミカは笑った。
「冒険らしくなってきたって気がしないか?」
「足元がおぼつかないよ……」
腰が引けたまま、おっかなびっくりいつきは歩く。鮫がうようよいるプールに渡された平均台を渡っているような心境だ。
けれども、
「安心して。このまま私が手を引くから、障害物があったらちゃんとよけるし」
と、レーゲンに手を握ってもらって先導されて歩くのはそう悪い気はしなかった。
だんだんこの歩き方にも慣れてきて、いつきの表情が和らぎはじめたころ、狙っていたかのようにミカが言った。
「そろそろ難所にさしかかるな」
「難所って!?」
いつきの声が1オクターブほど上昇した。
「なあに岩の上から飛び降りるだけだ。大したことじゃない」
「ちょっと、それ大したことだよっ!」
このときいつきの足が宙を泳いだ。前に出した右足の爪先が、何もない空中を踏んだのだ。レーゲンの手は離れている。
「この先、もしかして地面なくない?」
「ああ、ない」
と言うミカは楽しそうだ。
「軽く跳べば安全に着地できる高さだよ」
レーゲンはこう言っていつきを安心させようとしたのだが、視界ゼロのいつきにとっては気休めにしかならない。
「そんなこと言われてもー」
無理もないとレーゲンは思った。闇の中でバンジージャンプをやれと言われているに等しい話だ。しかしここで中断させては冒険にならないだろう。
「大丈夫。私とミカもいるから。危険なことにはならないよ」
いつきも意を決したらしい。怖いけど……と短く告げるや、
「えーいっ!」
滝壺に飛び込む覚悟で、目を開くことなく跳んだのだった。
いつきの体を、しっかりと受け止めるものがあった。
「よくやったな」
ミカだった。先回りして下で待ち構えていてくれたのだ。
よくやった、と言われたこと自体はイヤでもないけれど、いつきが恥ずかしい気持ちになったのも事実だった。
――騒いだ割にそんなに高くなかった。
頬が熱くなる。たぶん、高さとしては自分の身長の半分かそこらだったろう。
けれどもレーゲンもミカも、けっして笑ったりはしなかった。
「薄目にすらならなかった。すごいよね」
「試練をひとつ超えたな」
「そ、そう?」
「そうとも」
だから、とミカは言った。
「もっと試練を用意しようじゃないか」
そんなこんなで道中は続く。
「上り階段が続くよ」
レーゲンの言った通りそこから、目を開けている状態でもきついくらいの丸太階段が連続した。自然の山道にあわせて作った階段だから、間隔や高低差は一定ではない。歩くペースをつかむのも困難な状況だった。当然、何度もいつきは転びそうになる。それでもいつきは弱音を吐かず、前へ前へと進んだ。
肌寒かったもどこへやら、今や汗が流れるくらいだ。
「これって……」
レーゲンの手を握りながらいつきは言った。
「なんだい?」
「……なんだか、寝そべった大きな怪獣の背中を歩いているみたい」
「怪獣?」
レーゲンは笑った。
「そんな変かな……?」
「いや、その発想はいつきらしくていいと思うよ」
「それって子どもっぽい、ってこと?」
目を開けぬままいつきはむくれて見せたのだが、レーゲンはそんないつきを包み込むように言った。
「子どもっぽくてもいいじゃないか。それだけ自由ってことなんだから」
かくて難所を越え、ふうふう言いながらいつきが昇りきったあたりで、
「今度は下りだ」
ミカの宣言通り突然、丸太の階段は下りへと変化したので、いつきはまたも足を踏み外しそうになった。
体にかかる負担もさることながら、下りとなると今度は精神的なプレッシャーが激しい。毎回虚空に足を踏み入れるというのは、勇気と沈着さを試されているような気がした。
「どうだ? ギブアップするか?」
「これくらいへっちゃらだよ」
「その意気やよし! ではまた上りだ。今度はさっきの倍ほど段があるぞ」
「えっ!」
さらにこんな展開もあった。
「気をつけて。冷たくなるから」
「冷た……?」
レーゲンの言う意味がいつきにはわからない。
冷たい風が吹く? ヒヤッとした岩肌があるとか? それとも、
「レーゲンとミカが冷淡になるとか……じゃないよね?」
それを聞いたレーゲンが噴き出してしまったところで、じゃぼっという音がした。
「ここから浅い川になる。冷たいから気をつけろ、という意味だ」
ミカが含み笑いとともに言った。
「それならそうと言ってよ……」
「じゃあ、俺とレーゲンが冷淡になるほうがいいか?」
「……川のほうがいいな」
いつきに襲いかかる試練はこれにとどまらない。
「トンボが前を通るぞ」
「ええっ! どこどこ!?」
「きれいなアゲハ蝶だね」
「見れなくて残念」
「と思ったら、今度はカマキリが飛んできた!」
「うわー!」
などとドタバタが続いたわけだが、いつきはいつしか気がついていた。
レーゲンは常に勇気づけるように誘導してくれているし、いつだってミカは、怪我をしないよう危険物をさりげなく排除していてくれているということに。自分は、かげかえのないパートナーたちに守られている。優しく頼もしい彼らに。
その気づきが、いつきの表情を和らげている。もう、恐れはなかった。ずっと笑っている。
――幼いころ冒険なんてする余裕もなかったいつきが、今こうして、ワクワクしてくれるのを見るのは嬉しいね。
レーゲンは思った。
自分とミカが幼い頃の冒険も、ささやかな出来事ばかりだったけれど、あのとき自分たちの目の前には『謎の生きもの』や『遙かに遠い空の天辺』があったのだ。決して嘘じゃない。少なくとも、自分たちの世界においては。今、いつきもその冒険の世界にいるのだ。
いよいよゴールだ、とミカはいつきの背を叩いた。
「もうレーゲンの誘導もなくて大丈夫だろう。ここから俺がストップ、って言うまで走ってみろよ」
「うん!」
いつきはうなずくと、両手を広げて走りだした。自然に歓声が口をついて出ている。
「おーおー、子どもみたいにはしゃいじゃって」
ミカはレーゲンを見た。レーゲンも、ミカを見ていた。
「今、いつきは何を感じているんだろうね?」
「あの頃の俺たちみたいな気持ちじゃないか。子どもだましのようなものだけど、やってる方は真剣だったからな」
「ふふっ、あの頃のように私もワクワクしてきた」
ここでミカは「ストップ!」といつきの背に呼びかけた。
「あれ? また階段かな? なにか足元が硬いんだけど」
いつきは足元が人工物に変化していることに気がついた。
もう山道ではなかった。最初はコンクリートのような堅さ、次に、鉄板の硬さへと移った。休憩所だろうか。
「お疲れ様。ここが目的地だからね」
レーゲンはいつきを誘導して席に座らせた。しっかりした作りのベンチか何かのようだ。うっすらとだがクッションも敷かれている。手を伸ばして探ると、木製の手すりのような触感もあった。木枠とガラスの存在にも気がつく。これは窓だろう。だがなんの窓なのか?
「もう目あけていい?」
「もう少しだけ待って。動き出すまでの我慢だよ」
レーゲンの言葉は謎めいている。
「え? 動き出す? それってどういう意味?」
「あと十秒ほどでわかる」
ミカが言い終えるのとほぼ同時に、出発を知らせる警笛が鳴り響いた。予想外の音にいつきは飛び上がりそうになってしまった。
煙突が力強く煙を吐き出す。一度ぶるっと震えた後、ごとごと揺れながら三人を乗せた蒸気機関車は走り出した。
「お疲れ様。頑張ったいつきには、公園一周の特等席を進呈するよ」
魔法による百年の眠りから覚めたような目をして、いつきは流れゆく光景にまばたきを繰り返していた。
すでに周囲は夜だった。都会の明かりがないせいか、黒い布に光る砂をばらまいたような夜空が見える。
「わぁ星いっぱい!」
すごい、とか、びっくり、とか、混じりっけのない驚きが、いつきの唇からとめどもなく飛び出している。
「普通に見ても綺麗だったろうけど、冒険してたどりついた景色だからもっと綺麗に見えるよ」
いつきの前髪を、涼しい夜風が揺らしていた。その耳に口元を寄せ、レーゲンは囁くように言った。
「冒険、楽しかった?」
「うん! ありがとう二人とも!」
瞳を輝かせていつきは言った。
「この冒険、俺の『宝物』になったから」
無言でレーゲンは、いつきの肩に手を乗せた。
窓に肩を預け、やや離れた位置からミカはそんなふたりを眺めている。蒸気の噴き出す音と、車輪が回るリズミカルな振動が心地良い。
「『宝物』ね……」
聞こえない程度の声でミカはつぶやいていた。
「……小さい頃に出会えていたらいくらだって冒険につれていってやったのに、な」
汽車は滑るように、夜のレールを走り続ける。
パーカーでも着てくれば良かったかな、信城いつきはポロシャツから出ている腕をさする。
「大丈夫、すぐ暑いくらいになるよ」
レーゲンはいつきに笑いかけ、森は久しぶりだね、と目を細めた。
タブロスから離れること少々、『安らぎの森』と名づけられたこの自然公園は、森と岩、川が織りなす雄大な景色をほこっている。
「川とか森の奥とか探検したりできそう」
いつきは周囲を見回す。まるで別世界だ。最寄りの駅から歩いてまだ十数分だというのに、もう都市の気配はどこにもなかった。
見えるのは一面の緑、吸い込む空気は草葉の香りがする。川面はまばゆい光を反射し、遠く野鳥の鳴き声が耳を楽しませてくれる。自分たち以外の人の姿はなかった。
「そういえば昔」
ひろった小枝で手すさびに茂みをかき回しながらミカが言った。
「レーゲンと冒険しに森の中に入ったことがあったな」
「冒険!?」
鈴の音を聞いたネコのように、ひょこっといつきは顔を上げる。
「ああ、冒険といってもそんな大げさなものじゃなく、家から少し歩いた程度のものだから。チビちゃんも経験あるだろ? 森をほっつき歩いて……」
言いかけてミカは、しまったな、とでも言うかのように枝を放り捨てた。いつきが黙って首を振ったのだ。
――そうか、チビは幼いときにそんなことする機会もなかったか……。
助けを求めるようにミカはレーゲンに視線を向ける。任せて、というようにレーゲンは軽くうなずいて言葉を継いだ。
「本当に小さい頃の話だよ。だから『冒険』といっても小規模、星を捕まえようとミカに連れられふたりで森に入り、一番高い木のてっぺんに登ったんだ」
「それでそれで?」
「さすがに星は捕まえられなかったけど、高い所から見た月と星はいつも以上に綺麗だったな。あの景色は今でも宝物だよ」
「宝物、かあ」
いつきは想像した。まだ幼いレーゲンとミカが、手を取り合って森に分け入る姿を。レーゲンの青い髪がなびき、ミカが息を弾ませている様子を。レーゲンが木の枝に腰を下ろし、ミカがその横で枝にぶらさがって、星を見上げ笑みかわす姿まで思い描くことができた。
「冒険、やりたかったな……小さい頃に出会えてたら良かったのに」
「なに、冒険は幼い時分にしかできないものじゃない」
だから、とミカは言った。
「レーゲンちょっと耳貸せ」
こういうとき、どうして、とか、なに? といった野暮をレーゲンは言わない。素直に従ってミカのささやきを受け取った。
「……なんだか面白そうだね、その話のったよ」
「え? なになに? ふたりして密談?」
「冒険ごっこの計画を打ち合わせてるだけさ。チビ、覚悟はいいか?」
ややあって。
いつきは指示されるまま、両目を閉じて立った。
「このまま歩くの?」
瞼には力がこもっているが声のほうは不安げだ。
「もちろん」ミカが答える。
「見えない分、なにがあるかわからなくて怖い……」
「だからいいんじゃないか」と言うのはレーゲンだ。「土地勘のない場所で目をつぶって歩く、それだけでもう、ひとつの冒険だよ」
「そうだな。思わぬ危険が迫っていても気づかないわけで」
言いながらミカは、その両手で包み隠していたものをそっと解放した。ぶうんと羽音が響きわたる。音の発生源はいつきの顔の方向に飛び、その鼻先をかすめて飛んでいった。
「なな何、この音!」
「ははは、そこで捕まえておいたカブトムシだ。なりは小さいけれどなかなかガッツのあるやつだったな」
「もうミカ、おどかさないで!」
「悪い悪い。だけど」
ニヤっとミカは笑った。
「冒険らしくなってきたって気がしないか?」
「足元がおぼつかないよ……」
腰が引けたまま、おっかなびっくりいつきは歩く。鮫がうようよいるプールに渡された平均台を渡っているような心境だ。
けれども、
「安心して。このまま私が手を引くから、障害物があったらちゃんとよけるし」
と、レーゲンに手を握ってもらって先導されて歩くのはそう悪い気はしなかった。
だんだんこの歩き方にも慣れてきて、いつきの表情が和らぎはじめたころ、狙っていたかのようにミカが言った。
「そろそろ難所にさしかかるな」
「難所って!?」
いつきの声が1オクターブほど上昇した。
「なあに岩の上から飛び降りるだけだ。大したことじゃない」
「ちょっと、それ大したことだよっ!」
このときいつきの足が宙を泳いだ。前に出した右足の爪先が、何もない空中を踏んだのだ。レーゲンの手は離れている。
「この先、もしかして地面なくない?」
「ああ、ない」
と言うミカは楽しそうだ。
「軽く跳べば安全に着地できる高さだよ」
レーゲンはこう言っていつきを安心させようとしたのだが、視界ゼロのいつきにとっては気休めにしかならない。
「そんなこと言われてもー」
無理もないとレーゲンは思った。闇の中でバンジージャンプをやれと言われているに等しい話だ。しかしここで中断させては冒険にならないだろう。
「大丈夫。私とミカもいるから。危険なことにはならないよ」
いつきも意を決したらしい。怖いけど……と短く告げるや、
「えーいっ!」
滝壺に飛び込む覚悟で、目を開くことなく跳んだのだった。
いつきの体を、しっかりと受け止めるものがあった。
「よくやったな」
ミカだった。先回りして下で待ち構えていてくれたのだ。
よくやった、と言われたこと自体はイヤでもないけれど、いつきが恥ずかしい気持ちになったのも事実だった。
――騒いだ割にそんなに高くなかった。
頬が熱くなる。たぶん、高さとしては自分の身長の半分かそこらだったろう。
けれどもレーゲンもミカも、けっして笑ったりはしなかった。
「薄目にすらならなかった。すごいよね」
「試練をひとつ超えたな」
「そ、そう?」
「そうとも」
だから、とミカは言った。
「もっと試練を用意しようじゃないか」
そんなこんなで道中は続く。
「上り階段が続くよ」
レーゲンの言った通りそこから、目を開けている状態でもきついくらいの丸太階段が連続した。自然の山道にあわせて作った階段だから、間隔や高低差は一定ではない。歩くペースをつかむのも困難な状況だった。当然、何度もいつきは転びそうになる。それでもいつきは弱音を吐かず、前へ前へと進んだ。
肌寒かったもどこへやら、今や汗が流れるくらいだ。
「これって……」
レーゲンの手を握りながらいつきは言った。
「なんだい?」
「……なんだか、寝そべった大きな怪獣の背中を歩いているみたい」
「怪獣?」
レーゲンは笑った。
「そんな変かな……?」
「いや、その発想はいつきらしくていいと思うよ」
「それって子どもっぽい、ってこと?」
目を開けぬままいつきはむくれて見せたのだが、レーゲンはそんないつきを包み込むように言った。
「子どもっぽくてもいいじゃないか。それだけ自由ってことなんだから」
かくて難所を越え、ふうふう言いながらいつきが昇りきったあたりで、
「今度は下りだ」
ミカの宣言通り突然、丸太の階段は下りへと変化したので、いつきはまたも足を踏み外しそうになった。
体にかかる負担もさることながら、下りとなると今度は精神的なプレッシャーが激しい。毎回虚空に足を踏み入れるというのは、勇気と沈着さを試されているような気がした。
「どうだ? ギブアップするか?」
「これくらいへっちゃらだよ」
「その意気やよし! ではまた上りだ。今度はさっきの倍ほど段があるぞ」
「えっ!」
さらにこんな展開もあった。
「気をつけて。冷たくなるから」
「冷た……?」
レーゲンの言う意味がいつきにはわからない。
冷たい風が吹く? ヒヤッとした岩肌があるとか? それとも、
「レーゲンとミカが冷淡になるとか……じゃないよね?」
それを聞いたレーゲンが噴き出してしまったところで、じゃぼっという音がした。
「ここから浅い川になる。冷たいから気をつけろ、という意味だ」
ミカが含み笑いとともに言った。
「それならそうと言ってよ……」
「じゃあ、俺とレーゲンが冷淡になるほうがいいか?」
「……川のほうがいいな」
いつきに襲いかかる試練はこれにとどまらない。
「トンボが前を通るぞ」
「ええっ! どこどこ!?」
「きれいなアゲハ蝶だね」
「見れなくて残念」
「と思ったら、今度はカマキリが飛んできた!」
「うわー!」
などとドタバタが続いたわけだが、いつきはいつしか気がついていた。
レーゲンは常に勇気づけるように誘導してくれているし、いつだってミカは、怪我をしないよう危険物をさりげなく排除していてくれているということに。自分は、かげかえのないパートナーたちに守られている。優しく頼もしい彼らに。
その気づきが、いつきの表情を和らげている。もう、恐れはなかった。ずっと笑っている。
――幼いころ冒険なんてする余裕もなかったいつきが、今こうして、ワクワクしてくれるのを見るのは嬉しいね。
レーゲンは思った。
自分とミカが幼い頃の冒険も、ささやかな出来事ばかりだったけれど、あのとき自分たちの目の前には『謎の生きもの』や『遙かに遠い空の天辺』があったのだ。決して嘘じゃない。少なくとも、自分たちの世界においては。今、いつきもその冒険の世界にいるのだ。
いよいよゴールだ、とミカはいつきの背を叩いた。
「もうレーゲンの誘導もなくて大丈夫だろう。ここから俺がストップ、って言うまで走ってみろよ」
「うん!」
いつきはうなずくと、両手を広げて走りだした。自然に歓声が口をついて出ている。
「おーおー、子どもみたいにはしゃいじゃって」
ミカはレーゲンを見た。レーゲンも、ミカを見ていた。
「今、いつきは何を感じているんだろうね?」
「あの頃の俺たちみたいな気持ちじゃないか。子どもだましのようなものだけど、やってる方は真剣だったからな」
「ふふっ、あの頃のように私もワクワクしてきた」
ここでミカは「ストップ!」といつきの背に呼びかけた。
「あれ? また階段かな? なにか足元が硬いんだけど」
いつきは足元が人工物に変化していることに気がついた。
もう山道ではなかった。最初はコンクリートのような堅さ、次に、鉄板の硬さへと移った。休憩所だろうか。
「お疲れ様。ここが目的地だからね」
レーゲンはいつきを誘導して席に座らせた。しっかりした作りのベンチか何かのようだ。うっすらとだがクッションも敷かれている。手を伸ばして探ると、木製の手すりのような触感もあった。木枠とガラスの存在にも気がつく。これは窓だろう。だがなんの窓なのか?
「もう目あけていい?」
「もう少しだけ待って。動き出すまでの我慢だよ」
レーゲンの言葉は謎めいている。
「え? 動き出す? それってどういう意味?」
「あと十秒ほどでわかる」
ミカが言い終えるのとほぼ同時に、出発を知らせる警笛が鳴り響いた。予想外の音にいつきは飛び上がりそうになってしまった。
煙突が力強く煙を吐き出す。一度ぶるっと震えた後、ごとごと揺れながら三人を乗せた蒸気機関車は走り出した。
「お疲れ様。頑張ったいつきには、公園一周の特等席を進呈するよ」
魔法による百年の眠りから覚めたような目をして、いつきは流れゆく光景にまばたきを繰り返していた。
すでに周囲は夜だった。都会の明かりがないせいか、黒い布に光る砂をばらまいたような夜空が見える。
「わぁ星いっぱい!」
すごい、とか、びっくり、とか、混じりっけのない驚きが、いつきの唇からとめどもなく飛び出している。
「普通に見ても綺麗だったろうけど、冒険してたどりついた景色だからもっと綺麗に見えるよ」
いつきの前髪を、涼しい夜風が揺らしていた。その耳に口元を寄せ、レーゲンは囁くように言った。
「冒険、楽しかった?」
「うん! ありがとう二人とも!」
瞳を輝かせていつきは言った。
「この冒険、俺の『宝物』になったから」
無言でレーゲンは、いつきの肩に手を乗せた。
窓に肩を預け、やや離れた位置からミカはそんなふたりを眺めている。蒸気の噴き出す音と、車輪が回るリズミカルな振動が心地良い。
「『宝物』ね……」
聞こえない程度の声でミカはつぶやいていた。
「……小さい頃に出会えていたらいくらだって冒険につれていってやったのに、な」
汽車は滑るように、夜のレールを走り続ける。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
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リザルト筆記GM | 桂木京介 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | なし |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2017年5月13日 |