プロローグ
クリスマスを、ことごとく破壊しようとするダークニスの企み――ウィンクルム達は、次々と入ってくる事件の通報に、日々緊張していた。
「皆さん、クリスマス諦めてませんか?」
A.R.O.A.の受付女性職員は、依頼の一覧を眺めて浮かない顔のウィンクルムに、頬をふくらませる。
「だって、こんなときに……」
「こんなときだからこそ、ですよ!」
ぐっと両手を握りしめ、職員は大きな声で言い返した。
「オーガと戦うウチまでが、クリスマスどころじゃないなぁーみたいな顔してちゃダメッ! 絶対ダメ!
そんなの、ダークニスの思う壺じゃないですかっ」
確かにいま、サンタクロースは囚われの身だ。でも、サンタがいなくたって、暖かなクリスマスにできるはず。
「奴の企みなんて笑い飛ばせるような、楽しいクリスマスに、自分たちからしていきましょうよ」
と力説する職員に、言いたいことはわかるけれど……とウィンクルムは顔を見合わせた。
「でも、今何処に行っても、『黒き宿木の種』があるかもしれなくて、仕事モードになってしまいそうだよ」
精霊は眉をひそめる。
しかし、職員はめげない。笑顔をやめない。
「何言ってるんですか。絶対安全な場所があるでしょ」
「えっ?」
――どこだろう?
神人が考えこむが、答えが出てこない。
「もー、すぐそばにあるじゃないですか。本当に幸福の青い鳥って身近にあるものなんですって」
焦れったげな職員だが、ウィンクルムはとうとう自力では答えが見つからず、
「うー、降参。どこ?」
と白旗を揚げた。
すると職員は満面の笑みを浮かべて、弾んだ声で答えを教えてくれた。
「ふふっ、それはね、あなたの自宅ですよっ♪」
なるほど、確かにそれはすぐそばすぎて、気付かなかった。
確かにウィンクルムの自宅にまでは、オーガの魔の手は及ばない。
「A.R.O.A.本部周辺は政府の重要機関が多いですから、滅多なことでオーガに侵入されない結界的なものが張ってあります。
ここらへんも安全圏ですけどね」
本部の近くには、つい最近、超大型ショッピングモール『タブロス・モール』が出来たばかりだ。
ノースウッドのマルクトシュネーには劣るだろうが、自宅でのクリスマスパーティーに必要な物ならだいたい揃うだろうし、
相手へのプレゼントを買うにもよさそうだ。
パーティーの相談を始めたウィンクルムを見て、職員はホッとしたように微笑むと、助言をしてくれた。
「そうそう、あのモールの中央広場には、ガラスのツリーが設置されてるんです。
ツリーに願い事を書いた紙を吊るしましょうっていうイベントもやってるらしいですよ」
モールで買い物をして、あたたかな自宅でパーティー。そんなインドアなクリスマスもきっと素敵な思い出になるだろう。
プラン
アクションプラン
ハロルド (ディエゴ・ルナ・クィンテロ) |
|
①『タブロス・モール』でショッピング そういえばクリスマスの用意とか全然してませんでしたね 暇がないというか…でもイベントの日にお休みが出るならめっけものです こうしちゃいられませんよ、善は急げですディエゴさん、ダッシュです、ムーブ、ムーブ! 今日はクリスマスツリーを飾ってお昼にキッシュとプディングを作って食べて、ディナーは七面鳥とケーキを食べて、夜は暖炉…はないのでリビングでくつろぎましょう。 なんだか嬉しいです、去年は記憶が戻っても自分は一人ぼっちと思ってて ディエゴさんがい「一緒にいるならクリスマスっぽいことはできる」って言ってくれて、今年は本当にそうなりました。 私、クリスマスが好きになれそうです! |
リザルトノベル
聖なる日の朝は、透明だった。
吐く息は白く、高い空は青く、街のツリーは賑々しいまでの緑と赤で、星飾りまで眠たげに黄金の光を反射しているというのに、それでもやはり、透明――ハロルドは、清々しく透明な冬を胸一杯に吸い込む。
とても気持ちがいい。
しんと冷えた大気のせいだろうか。久々に得た、なんの縛りもない休日の開放感のせいだろうか。オープン直後の『タブロス・モール』に、まだ人がまばらなせいもあるかもしれない。
けれども、と彼女は左の朱い眼を閉じて、右の蒼い眼で手首の腕時計を眺める。
そうそう透明感にばかり、ひたってもいられない。
「ディエゴさん、次に行きますよ。準備はいいですか?」
振り返って呼びかける。ハロルドはブラウンのカシミア調チェスターコートに身を包み、靴の爪先でとんとんと、石畳をつつきつつ彼を待っているのだ。
「すまん、待たせた」
ディエゴ・ルナ・クィンテロが黒いトレンチコートの裾をなびかせながら出てきた。両手それぞれにたくさんの買い物包みを下げている。さっき買ったばかりのものも中に入っているだろう。その様子を見て、くす、とハロルドは口元を押さえた。
「ディエゴさん、右手の荷物、はみ出てます」
「え? な……しまった」
ハルが急かすから、と言い訳するように呟いて、ディエゴは買い物を袋に押し込むのである。やはり買い物袋でいっぱいの左手で。
今朝、唐突に、
「そういえばクリスマスの用意とか全然してませんでしたね」
と言いだしたのはハロルドだった。忘れていたわけではない。だが先月から年末にかけて仕事が集中し、準備する暇がなかったというのが正直なところだ。実際、昨夜もかなり遅い時間帯まで業務が続いたし、当日になってぽっかり、丸一日スケジュールが空いたのも偶然の産物だった。
「でもイベントの日にお休みが出るならめっけものです」
ハロルドはそう言って起床早々、この日この夜の準備のため『タブロス・モール』行きを提案したのである。そうして今、ふたりは早回し気味に買い物リストを作成し、これと格闘しているのだ。
「私も持ちますよ、荷物」
ハロルドが言うも、ディエゴは首を振った。
「いいんだ。選ぶのと買うのはそっち、運ぶのは俺、そういう分担にしようと決めただろう?」
効率を考えればそれがベストなのは明らかだった。ならば遠慮しませんからね、とハロルドは鈴が鳴るような声で宣言する。
「こうしちゃいられませんよ。善は急げですディエゴさん、ダッシュです、ムーブ、ムーブ!」
なにせまだ、リストの半分もこなせていないのだ。言うそばからもうハロルドは駆け足になっている。ゆるやかな巻き毛が、透明の風にあおられ躍っていた。
ディエゴは苦笑気味に、
「了解であります、上官殿」
と返して彼女を追う。
急げばなんとかなるものだ。クリスマスツリーの飾り付けを終え、柱時計を確認するとまだ午前中、そこからこれまた特急で昼食のキッシュとプディングを作って食べて、一息する間もあらばこそ、やはり弾丸速度でディナーの準備がはじまった。
七面鳥をオーブンに入れバタンと閉じたところで、ふーっとハロルドは息をついた。
「これでようやく……」
その言葉をディエゴが継ぐ。
「メリークリスマス、って言えそうだな」
ハロルドはディエゴを見た。
ディエゴも、ハロルドを見た。
そうしてどちらからということもなく、ほほえみを交わしたのである。
実際に「メリークリスマス」を交換したのは、それからまもなくのことだった。
七面鳥はやわらかに焼け、有名店に滑り込み最後の一個を手にしたケーキは、聞きしに勝る味わいだった。
ケーキの最後の一片にフォークを立てたまま別れを惜しむように、これを口に運ぶこともなく、かといって手を離すこともなく、ふとハロルドは口をつぐんだ。
「どうかした?」
ディエゴは金色の眼を曇らせる。なにか、まずいことでも言っただろうか。
それは杞憂だった。ハロルドは、しみじみと噛みしめるように言葉を紡いだのだ。
「なんだか嬉しいんです、去年は記憶が戻っても自分は一人ぼっちと思ってて……」
ディエゴは口元を緩めた。軽くうなずいて、彼女に先を促す。
「でも、ディエゴさんが『一緒にいるならクリスマスっぽいことはできる』って言ってくれて……今年は本当にそうなりました」
花が咲いたような笑みとともに、ハロルドは彼を見つめて言ったのだ。
「私、クリスマスが好きになれそうです!」
そうしてようやく、甘みの最後のかけらを口に入れたのである。
朝に計画した「クリスマスの一日」は最後の数時間を残すのみとなった。
ここから先は予定表に記してはいない。内容をあえていうなら『くつろぎの時間をとる』となるだろう。
暖炉があれば最高だったがあいにくとその設備はないので、ヒーターを入れ並んで、リビングのソファに腰を下ろす。
ふたりの距離は、限りなくゼロに近い。
しばし会話はなかった。
ともに放心したように、コーヒーテーブルに置いたキャンドルの灯を眺めていた。
ただ、疲労よりも充実した気持ちのほうが上回っているのも事実だ。やりとげたという満足の海にゆらゆらと浮かんでいる――そんな具合だろうか。
部屋の照明はぐっと落としているから、小さな灯でもずいぶんと明るく、暖かく見える。
BGMに流していたクリスマスソングは終わってしまった。聞こえるのはただ、互いの息づかいだけ。
どれくらいそうしていただろう、やがてディエゴがぽつりと呟いた。
「今日はとにかく走って、買って、食べて、っていうような一日だったな……」
慌ただしかった。それゆえに今、彼もハロルドも燃え尽きたようになっているのである。
「嫌でした?」
やや上目遣いになってハロルドが問うも、
「まさか」
ディエゴは涼やかに笑む。
「毎年こんなペースでも構わない。俺はな」
ここでいったん切り、軽く息を吸ってハロルドは続けた。
「ただし、エクレールが一緒なら、の話だが」
「ディエゴさ……」
なんという不意打ち! これを絶妙にレシーブできるほどの経験も心の準備も、今のハロルドにはまだ足りない。なので彼女は頬をじわっと染めながら、
「ええと、あ、ありがとうございます……」
と返すのが精一杯だった。
野暮ったい言い方だっただろうか。
もっと大人の女性っぽく「頼もしい話ね」とか「ふふ……お願いするわ」とか、余裕のある返事をするべきだっただろうか。けれどもハロルドには、そんなゆとりのある自分は想像もつかない。
とにかく沈黙が続くのが不安になって、慌て気味にハロルドは話を切り出した。
「も、もう今年も終わりですね」
「ああ。まだしばらくは冬だな。春は遠い」
「春が終われば夏ですよね」
自分でも会話の流れを見失いつつ、来年夏になったら、とハロルドは言った。
「ディエゴさんと海に行きたいと思います。海に行って日光浴がしたいです。プールにも行きたいし……」
かすかにディエゴの右の眉が上がった。けれどもそれは現れたと同時に元に復している。ごく小さなものだったので、ハロルドの目にはとまらなかっただろう。
彼は夏が嫌だというわけではない。
海やプールにしたところで、忌避はしない。
けれども――体の傷を隠すために、水着は特別なものにする必要がある。
ディエゴの表情は読まずとも、その短い沈黙からすべて悟ったのだろう、
「あ……」
ハロルドは、それきり絶句して。気まずそうに瞳を伏せた。
そうか――ディエゴは嘆息する――こいつは俺が体の傷を気にしていることを知っている。
ゆえに彼はなるだけ優しく、包み込むような笑みを見せて彼女に告げた。
「そんな顔するな、悪気がなかったのはわかってる」
それに、と彼は左腕の袖をまくってみせた。
たくましい腕だが壮絶な腕もであった。手首から二の腕にかけ、埋め尽くす勢いで無数の傷があるのだ。
切られたもの、刺されたもの、銃創に火傷……いずれも縫合され治療されて完治してはいるとはいえ、痕跡が消えてしまうことはまずないだろう。
ハロルドはその傷跡から、目が離せなかった。
けれどもそれが、ディエゴにはありがたくもあった。
「『これ』はお前を守るためにできたものもある、考えてみれば、恥ずかしがる必要なんてなかったな」
よし、と彼は、彼女の頭を撫でるように言うのである。
「次の夏にはプールに行こう、日光浴して、アイスでも食べながら……次のクリスマスの話をすればいいんじゃないかな」
そして心から笑うのだった。赦すように、あるいは、赦されたように。
「はい!」
ハロルドは眼を細める。
いずれの傷も、いとおしいものに見えてきた。
すべて、彼の体の傷なのだから。
愛する彼の、一部なのだから。
聖なる日の夜更けは、灯(ともしび)色の温かみを帯びている。
吐く息は白く、高い空は青く、街のツリーは賑々しいまでの緑と赤で、星飾りまで眠たげに黄金の光を反射しているというのに、それでもやはり、透明――ハロルドは、清々しく透明な冬を胸一杯に吸い込む。
とても気持ちがいい。
しんと冷えた大気のせいだろうか。久々に得た、なんの縛りもない休日の開放感のせいだろうか。オープン直後の『タブロス・モール』に、まだ人がまばらなせいもあるかもしれない。
けれども、と彼女は左の朱い眼を閉じて、右の蒼い眼で手首の腕時計を眺める。
そうそう透明感にばかり、ひたってもいられない。
「ディエゴさん、次に行きますよ。準備はいいですか?」
振り返って呼びかける。ハロルドはブラウンのカシミア調チェスターコートに身を包み、靴の爪先でとんとんと、石畳をつつきつつ彼を待っているのだ。
「すまん、待たせた」
ディエゴ・ルナ・クィンテロが黒いトレンチコートの裾をなびかせながら出てきた。両手それぞれにたくさんの買い物包みを下げている。さっき買ったばかりのものも中に入っているだろう。その様子を見て、くす、とハロルドは口元を押さえた。
「ディエゴさん、右手の荷物、はみ出てます」
「え? な……しまった」
ハルが急かすから、と言い訳するように呟いて、ディエゴは買い物を袋に押し込むのである。やはり買い物袋でいっぱいの左手で。
今朝、唐突に、
「そういえばクリスマスの用意とか全然してませんでしたね」
と言いだしたのはハロルドだった。忘れていたわけではない。だが先月から年末にかけて仕事が集中し、準備する暇がなかったというのが正直なところだ。実際、昨夜もかなり遅い時間帯まで業務が続いたし、当日になってぽっかり、丸一日スケジュールが空いたのも偶然の産物だった。
「でもイベントの日にお休みが出るならめっけものです」
ハロルドはそう言って起床早々、この日この夜の準備のため『タブロス・モール』行きを提案したのである。そうして今、ふたりは早回し気味に買い物リストを作成し、これと格闘しているのだ。
「私も持ちますよ、荷物」
ハロルドが言うも、ディエゴは首を振った。
「いいんだ。選ぶのと買うのはそっち、運ぶのは俺、そういう分担にしようと決めただろう?」
効率を考えればそれがベストなのは明らかだった。ならば遠慮しませんからね、とハロルドは鈴が鳴るような声で宣言する。
「こうしちゃいられませんよ。善は急げですディエゴさん、ダッシュです、ムーブ、ムーブ!」
なにせまだ、リストの半分もこなせていないのだ。言うそばからもうハロルドは駆け足になっている。ゆるやかな巻き毛が、透明の風にあおられ躍っていた。
ディエゴは苦笑気味に、
「了解であります、上官殿」
と返して彼女を追う。
急げばなんとかなるものだ。クリスマスツリーの飾り付けを終え、柱時計を確認するとまだ午前中、そこからこれまた特急で昼食のキッシュとプディングを作って食べて、一息する間もあらばこそ、やはり弾丸速度でディナーの準備がはじまった。
七面鳥をオーブンに入れバタンと閉じたところで、ふーっとハロルドは息をついた。
「これでようやく……」
その言葉をディエゴが継ぐ。
「メリークリスマス、って言えそうだな」
ハロルドはディエゴを見た。
ディエゴも、ハロルドを見た。
そうしてどちらからということもなく、ほほえみを交わしたのである。
実際に「メリークリスマス」を交換したのは、それからまもなくのことだった。
七面鳥はやわらかに焼け、有名店に滑り込み最後の一個を手にしたケーキは、聞きしに勝る味わいだった。
ケーキの最後の一片にフォークを立てたまま別れを惜しむように、これを口に運ぶこともなく、かといって手を離すこともなく、ふとハロルドは口をつぐんだ。
「どうかした?」
ディエゴは金色の眼を曇らせる。なにか、まずいことでも言っただろうか。
それは杞憂だった。ハロルドは、しみじみと噛みしめるように言葉を紡いだのだ。
「なんだか嬉しいんです、去年は記憶が戻っても自分は一人ぼっちと思ってて……」
ディエゴは口元を緩めた。軽くうなずいて、彼女に先を促す。
「でも、ディエゴさんが『一緒にいるならクリスマスっぽいことはできる』って言ってくれて……今年は本当にそうなりました」
花が咲いたような笑みとともに、ハロルドは彼を見つめて言ったのだ。
「私、クリスマスが好きになれそうです!」
そうしてようやく、甘みの最後のかけらを口に入れたのである。
朝に計画した「クリスマスの一日」は最後の数時間を残すのみとなった。
ここから先は予定表に記してはいない。内容をあえていうなら『くつろぎの時間をとる』となるだろう。
暖炉があれば最高だったがあいにくとその設備はないので、ヒーターを入れ並んで、リビングのソファに腰を下ろす。
ふたりの距離は、限りなくゼロに近い。
しばし会話はなかった。
ともに放心したように、コーヒーテーブルに置いたキャンドルの灯を眺めていた。
ただ、疲労よりも充実した気持ちのほうが上回っているのも事実だ。やりとげたという満足の海にゆらゆらと浮かんでいる――そんな具合だろうか。
部屋の照明はぐっと落としているから、小さな灯でもずいぶんと明るく、暖かく見える。
BGMに流していたクリスマスソングは終わってしまった。聞こえるのはただ、互いの息づかいだけ。
どれくらいそうしていただろう、やがてディエゴがぽつりと呟いた。
「今日はとにかく走って、買って、食べて、っていうような一日だったな……」
慌ただしかった。それゆえに今、彼もハロルドも燃え尽きたようになっているのである。
「嫌でした?」
やや上目遣いになってハロルドが問うも、
「まさか」
ディエゴは涼やかに笑む。
「毎年こんなペースでも構わない。俺はな」
ここでいったん切り、軽く息を吸ってハロルドは続けた。
「ただし、エクレールが一緒なら、の話だが」
「ディエゴさ……」
なんという不意打ち! これを絶妙にレシーブできるほどの経験も心の準備も、今のハロルドにはまだ足りない。なので彼女は頬をじわっと染めながら、
「ええと、あ、ありがとうございます……」
と返すのが精一杯だった。
野暮ったい言い方だっただろうか。
もっと大人の女性っぽく「頼もしい話ね」とか「ふふ……お願いするわ」とか、余裕のある返事をするべきだっただろうか。けれどもハロルドには、そんなゆとりのある自分は想像もつかない。
とにかく沈黙が続くのが不安になって、慌て気味にハロルドは話を切り出した。
「も、もう今年も終わりですね」
「ああ。まだしばらくは冬だな。春は遠い」
「春が終われば夏ですよね」
自分でも会話の流れを見失いつつ、来年夏になったら、とハロルドは言った。
「ディエゴさんと海に行きたいと思います。海に行って日光浴がしたいです。プールにも行きたいし……」
かすかにディエゴの右の眉が上がった。けれどもそれは現れたと同時に元に復している。ごく小さなものだったので、ハロルドの目にはとまらなかっただろう。
彼は夏が嫌だというわけではない。
海やプールにしたところで、忌避はしない。
けれども――体の傷を隠すために、水着は特別なものにする必要がある。
ディエゴの表情は読まずとも、その短い沈黙からすべて悟ったのだろう、
「あ……」
ハロルドは、それきり絶句して。気まずそうに瞳を伏せた。
そうか――ディエゴは嘆息する――こいつは俺が体の傷を気にしていることを知っている。
ゆえに彼はなるだけ優しく、包み込むような笑みを見せて彼女に告げた。
「そんな顔するな、悪気がなかったのはわかってる」
それに、と彼は左腕の袖をまくってみせた。
たくましい腕だが壮絶な腕もであった。手首から二の腕にかけ、埋め尽くす勢いで無数の傷があるのだ。
切られたもの、刺されたもの、銃創に火傷……いずれも縫合され治療されて完治してはいるとはいえ、痕跡が消えてしまうことはまずないだろう。
ハロルドはその傷跡から、目が離せなかった。
けれどもそれが、ディエゴにはありがたくもあった。
「『これ』はお前を守るためにできたものもある、考えてみれば、恥ずかしがる必要なんてなかったな」
よし、と彼は、彼女の頭を撫でるように言うのである。
「次の夏にはプールに行こう、日光浴して、アイスでも食べながら……次のクリスマスの話をすればいいんじゃないかな」
そして心から笑うのだった。赦すように、あるいは、赦されたように。
「はい!」
ハロルドは眼を細める。
いずれの傷も、いとおしいものに見えてきた。
すべて、彼の体の傷なのだから。
愛する彼の、一部なのだから。
聖なる日の夜更けは、灯(ともしび)色の温かみを帯びている。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 桂木京介 GM | 参加者一覧 | ||||
プロローグ筆記GM | あき缶 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||
対象神人 | 個別 | |||||
ジャンル | イベント | |||||
タイプ | イベント | |||||
難易度 | 特殊 | |||||
報酬 | 特殊 | |||||
出発日 | 2015年12月2日 |