プラン
アクションプラン
アイリス・ケリー (ラルク・ラエビガータ) (エリアス) |
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5 ほら、暖炉の前や炬燵に潜り込んで食べるアイスクリームって最高じゃないですか 暖かいところでおいしいものを食べながら、冬の景色を堪能する…こんな贅沢、逃すなんてそれこそ損です エリアスさんでもラルクさんのペースだと厳しいんですね …もしかして、ラルクさんはかなり強い方なんですか? 私も、少しだけお酒を飲んでみます 飲みやすくて弱めのお酒を教えていただけませんか? ではそれと…あとはチョコレートとナッツ、チーズでいいでしょうか まずは乾杯から、ですね 何に乾杯しましようか あら、美味しい…ジュースみたいですね これなら私でも飲めそうです 少し、やりたいことが出来まして そちらのことを考えてばかりいて、つい 女神ジェンマを殺せないかなと …ふふ、冗談ですよ、冗談 お二人とも、手が止まってますよ 私は二杯目を頼んじゃいますね |
リザルトノベル
「前も三人で出かけたときは酒盛りしてたような気がする……」
「ほら、暖炉の前や炬燵に潜り込んで食べるアイスクリームって最高じゃないですか。
暖かいところでおいしいものを食べながら、冬の景色を堪能する……こんな贅沢、逃すなんてそれこそ損です」
「いいモン見ながらなら酒が進むからいいんじゃねぇか?」
どこか遠い目をして言う『エリアス』に、早速窓から見える景色を眺めながら言ったのは『アイリス・ケリー』で、その景色を見てから何を飲もうかとカウンターの中へ視線を移したのは『ラルク・ラエビガータ』だ。
覚えがある、非常に覚えがあるな、こんな会話……。
エリアスは片手で顔を覆って溜息をついてから、ちろりと二人を見る。
なにかもんだいが? と見つめてくる二つの視線も、やはり覚えがある。そんなわけでエリアスはいつかと同じように早々に諦め苦笑する。
「……それもそうか」
漏れた声はしっかりと同意を示していた。
考えてみれば、ここは以前三人で酒盛りをした鍾乳洞ではなく、ちゃんとした飲食をするための場所だ、店だ。何もおかしい事はない。
ならばそれこそ、楽しまなければ損だろう。
そう意識を切り替えたエリアスは、既に椅子に座っている二人に続くように自身も腰掛けた。
「で、何にしようか。俺は……葡萄酒一本頼んで、ちびちびやるよ」
「おいおい、そんだけでいいのか?」
飲む気に溢れているラルクが、冗談だろ、と笑いながら言うが、エリアスは、よしてくれ、と手を振る。
「君のペースに合わせて飲むと明日に響くんだよ」
「迎え酒すりゃいいだろ」
ラルクがくくっと喉を震わせる。
そんな二人のやり取りをアイリスは興味深そうに見る。
「エリアスさんでもラルクさんのペースだと厳しいんですね……もしかして、ラルクさんはかなり強い方なんですか?」
純粋な好奇心から出た問いに、ラルクは肩をすくめ、エリアスは苦笑する。
「飲み比べとかはしたことねぇが、まあ強い方だろうな」
「ラルクはザル、えーと、酒豪っていっていい方だね」
「そこまでですか」
ラルクが酒に強いだろうとは思っていた。けれど比較対象となっていたのが酒に弱い自分だったので、そこまで強いとはわからなかったのだ。
「……ふむ、俺は一杯目はブランデーにしとくか。あとは甘くない酒をテキトーに片っ端から飲んでくとするかね」
そして酒に強いラルクも飲むものを決める。やはり弱くはない酒だ。
三人中二人が酒を飲む。それならば、とアイリスは小さく頷きながら言う。
「私も、少しだけお酒を飲んでみます」
このアイリスの発言に、ラルクもエリアスも思わず目を見開きアイリスの顔を見てしまう。エリアスは大丈夫かと気遣いの混ざった顔で、ラルクは面倒と面白さを足して二で割ったような微妙な笑みで。
しかしアイリスはそんな二人の思惑など無視して「飲みやすくて弱めのお酒を教えていただけませんか?」としらっと尋ねてくる。
止めても聞く女ではない。それがわかっている二人は、ならばせめて希望に沿った酒を考える。
「ならファジーネーブルとか?」
「そうだね、その辺がよさそうだ」
「どんなお酒ですか?」
「桃とオレンジの甘いやつだけど、飲みやすいからって調子乗っちゃだめだからね」
確かにそれならば飲みやすそうだ。けれど調子に乗るなとはどういう意味か、酒など調子に乗るためのものだろう、とエリアスの気遣いをホームランで打ち返す事を思いながらも、一応はと素直に頷く。
「ではそれと……あとはチョコレートとナッツ、チーズでいいでしょうか」
「そんなもんだな。あとは足りなくなってから追加すりゃいいだろ」
アイリスの選択は酒飲みにも納得いくものだったらしい。ラルクは店主に声をかけて注文をした。
「まずは乾杯から、ですね。何に乾杯しましょうか」
数分の後、三人の前には葡萄酒とブランデー、そしてカットしたオレンジがコップの淵に飾られたファジーネーブルが置かれた。勿論、チョコとナッツとチーズも。
「んなもんテキトーでいいだろ。エリアス、なんかあるか?」
早く飲みたいとばかりにラルクはグラスを持ち上げエリアスを急かす。
「テキトーでいいとか言いながら俺に振る? それじゃあ、冬の夜に乾杯、で」
「ほいほい、乾杯」
キン、とグラスがぶつかり合う冷えた音が鳴る。三人の時間が本格的に始まった合図だ。
「……へぇ、流石イイとこは違うな」
乾杯と同時にクッとあおったラルクはそう言って、グラスから口を離すと、くるりとグラスを揺らして改めて色と香りを楽しむ。
「上品なやつだ、口当たりがいい」
機嫌よく言って舐めるようにもう一口。そしてじっくりと味わうようにもう一口。
重みのある芳醇な香りと味を楽しんでいたエリアスが呆れたような声をあげる。
「……あっという間に一杯あけたね、ラルク」
それに対して得意気にラルクは口端をあげるだけだ。
「あら、美味しい……ジュースみたいですね。これなら私でも飲めそうです」
対して、ゆっくり一口飲んだアイリスは、それでもすぐに二口目に行かず口元に手を当て呟く。
「ああ、アイリス、しっかり食べていかないと、先に酔いが回るよ」
独り言に近いそれをエリアスは聞き逃す事無く。もう一度念の為にと釘を刺す。
言われたアイリスはナッツを一つ。塩の効いたそれは、アルコールの誘惑を更に煽った。
「さて、次は何にするかな」
「あ、チョコレートも美味しいです、苦味が強いけれどそれが合ってます」
「うん、チーズもいいね、やっぱり葡萄酒には白カビのチーズだなぁ」
「俺はスモークもいいと思うぞ」
「チーズはそれだけで美味しいですからね」
白と黒と光の美しい景色に、美味しい飲み物と食べ物。それらは人の気分を明るく軽くさせる。
三人は騒ぐでもなく、けれど他愛無い会話を重ねてこの時間を楽しんだ。
そして気分だけでなく口も軽くなるほどには時間と酒を重ねた頃、ラルクがふとエリアスに質問をぶつけた。
「そういやエリアス、最近この女と依頼受けてたりするか?」
「いや、俺は殆どないね。本業ばかりだ。そういう君は?」
返ってきた問いにアイリスの方をじっと見ながら返す。
「俺も随分機会が減ったな」
気のせい、かとも思った。けれどそうでは無かった。アイリスはウィンクルムとしての任務のペースを落としていたのだ。
「少し、やりたいことが出来まして」
二人の視線を気にしたような素振りも見せず、アイリスはファジーネーブルをコクリと飲む。
「そちらのことを考えてばかりいて、つい」
問題があったでしょうか、と悪気の無いアイリスに、ラルクは「いや?」と返す。
「別に構やしねぇが、どういうつもりだ?」
それは本音だった。別に依頼を受けたくて受けたくて仕方がない、という状態ではないのだ。ラルクは。
ウィンクルムに、オーガに、ひとかたならぬ想いを抱えているのは、神人であるアイリスで、今までは頻繁に依頼を受けていたのだ。
それを止めるほど、やりたいこと。
ラルクも、そしてエリアスもアイリスを見る。そのやりたい事がなんなのかと、二人の視線で尋ねられ、アイリスはけれど二人を見ずに手の中にあるグラスを見つめながら、口にする。
「女神ジェンマを殺せないかなと」
からん、と、アイリスの手の中で氷が動いた。
「……なんだって?」
微かに眉を顰めてエリアスが言えば、それをきっかけにしたように、アイリスはフッと微笑んで先ほどまでの空気を消す。
「……ふふ、冗談ですよ、冗談。お二人とも、手が止まってますよ」
それで、終わり。冗談は終了。
アイリスは残り少なかったファジーネーブルを全部飲みきった。
「……物騒なこといいやがったな」
口の端を歪めながら呟くラルクにもう一度微笑んでから「私は二杯目を頼んじゃいますね」と店主を呼んだ。
「結局寝やがったな」
ウィスキーのグラスを片手で揺り動かしながら言うラルクの視線の先には、テーブルに突っ伏してすやすやと眠るアイリスがいた。
「……二杯目を頼んだ時点で危ないなとは思ったけど、まさかこれで潰れるとはね」
アイリスは二杯目のファジーネーブルを一口飲んだ時点で限界が来たらしく、すぐに「ふふふふふ」と意味の無い笑い声をあげてぱたりと寝てしまったのだ。
「とりあえず俺の上着をかけておいてっと……」
そっとかけられたからかそれとも眠りと酔いが深いからか、アイリスはかけられた上着に気付かず眠り続けている。きっと、ラルクとエリアスの声も拾えていないだろう。
だからこそ出来る会話もある。
「……で、どう思う?」
何を、と言うまでもない。二人の頭にあるのは、さっき出たアイリスの発言。
「……初めて会った時、この子は俺を殺したいって感じの目で見てきた。その時と同じ目だと、思ったよ」
手の中のファジーネーブルを見ていた。けれど本当に見ていたのはきっと別のものだった。
見ていたのは、きっと――。
「やっぱ本気か」
やれやれ、と軽く息を吐き出すラルクに比べ、エリアスは何処か表情が暗い。
「ラルクは、何が原因だと思う……?」
「んー……あれだろ、ジェンマがやらかした前世がどうのこうのってやつ。この女からしたら、姉貴の相手を自分の運命に巻き込んだのが許せねぇんだろうよ」
冷めた目で言うラルクにエリアスは何も言わない。ただその目を更に暗くする。
『前世で愛し合って生涯を終えた者、前世で愛を誓い合ったが結ばれる事なく生涯を終えた者、そういった者達も、同じくしてウィンクルムとして顕現する可能性が高くなる』
ヴァルハラ・ヒエラティックに刻まれていたという文を思い出す。
きっと喜んだウィンクルムもいるだろう。戸惑ったウィンクルムも。
そして、認めたくないウィンクルムも。
絶対に前世で繋がりがあったと記されていたわけではない。あくまで可能性が高くなるだけだ。だがそもそも誰も前世など覚えていない。繋がりが有ったのか無かったのかなどわからない。
本当の答えなど、わからない。わからないのに、ウィンクルムとして成立してしまった現実だけがある。
エリアスの初めの神人は、アイリスの姉。守れなかった存在。それでも今もエリアスが愛するのはただ一人、アイリスの姉だ。
今、エリアスは適合したがゆえにアイリスの精霊となった。アイリスを守りたいと思っている事も事実だ。そもそも、愛、と言っても様々な形がある。恋愛、友愛、家族愛。他にも人の数だけある、愛。それはわかっているのだけれど。
それでも、アイリスの姉を愛しているエリアスと、今もなお姉の為に生きているアイリス、その二人の間にある繋がりを、前世からの運命だなどと。
心を無視され、何かを押し付けられた様な、侮辱にも屈辱にも似た燻る感情。
「俺からしても余計なことしてくれたもんだ」
ラルクは言いながら、するりとアイリスの髪を一房持ち上げる。露わになる耳朶には赤い石のピアス。
それは、『ラルク』が『アイリス』に贈ったものだ。
前世など知らない。与えた所有印はこの女だからだ。他の生を生きた他の女ではない。
「……俺たちの今は今なんだけどね」
エリアスの呟きに答える者はいない。
外はまだ雪が降り続いている。夜はまだまだ続く。
それでも静かな夜の穏やかな飲みの席は、それぞれの胸にあった引っ掛かりを露わにして終わろうとしている。
「ほら、暖炉の前や炬燵に潜り込んで食べるアイスクリームって最高じゃないですか。
暖かいところでおいしいものを食べながら、冬の景色を堪能する……こんな贅沢、逃すなんてそれこそ損です」
「いいモン見ながらなら酒が進むからいいんじゃねぇか?」
どこか遠い目をして言う『エリアス』に、早速窓から見える景色を眺めながら言ったのは『アイリス・ケリー』で、その景色を見てから何を飲もうかとカウンターの中へ視線を移したのは『ラルク・ラエビガータ』だ。
覚えがある、非常に覚えがあるな、こんな会話……。
エリアスは片手で顔を覆って溜息をついてから、ちろりと二人を見る。
なにかもんだいが? と見つめてくる二つの視線も、やはり覚えがある。そんなわけでエリアスはいつかと同じように早々に諦め苦笑する。
「……それもそうか」
漏れた声はしっかりと同意を示していた。
考えてみれば、ここは以前三人で酒盛りをした鍾乳洞ではなく、ちゃんとした飲食をするための場所だ、店だ。何もおかしい事はない。
ならばそれこそ、楽しまなければ損だろう。
そう意識を切り替えたエリアスは、既に椅子に座っている二人に続くように自身も腰掛けた。
「で、何にしようか。俺は……葡萄酒一本頼んで、ちびちびやるよ」
「おいおい、そんだけでいいのか?」
飲む気に溢れているラルクが、冗談だろ、と笑いながら言うが、エリアスは、よしてくれ、と手を振る。
「君のペースに合わせて飲むと明日に響くんだよ」
「迎え酒すりゃいいだろ」
ラルクがくくっと喉を震わせる。
そんな二人のやり取りをアイリスは興味深そうに見る。
「エリアスさんでもラルクさんのペースだと厳しいんですね……もしかして、ラルクさんはかなり強い方なんですか?」
純粋な好奇心から出た問いに、ラルクは肩をすくめ、エリアスは苦笑する。
「飲み比べとかはしたことねぇが、まあ強い方だろうな」
「ラルクはザル、えーと、酒豪っていっていい方だね」
「そこまでですか」
ラルクが酒に強いだろうとは思っていた。けれど比較対象となっていたのが酒に弱い自分だったので、そこまで強いとはわからなかったのだ。
「……ふむ、俺は一杯目はブランデーにしとくか。あとは甘くない酒をテキトーに片っ端から飲んでくとするかね」
そして酒に強いラルクも飲むものを決める。やはり弱くはない酒だ。
三人中二人が酒を飲む。それならば、とアイリスは小さく頷きながら言う。
「私も、少しだけお酒を飲んでみます」
このアイリスの発言に、ラルクもエリアスも思わず目を見開きアイリスの顔を見てしまう。エリアスは大丈夫かと気遣いの混ざった顔で、ラルクは面倒と面白さを足して二で割ったような微妙な笑みで。
しかしアイリスはそんな二人の思惑など無視して「飲みやすくて弱めのお酒を教えていただけませんか?」としらっと尋ねてくる。
止めても聞く女ではない。それがわかっている二人は、ならばせめて希望に沿った酒を考える。
「ならファジーネーブルとか?」
「そうだね、その辺がよさそうだ」
「どんなお酒ですか?」
「桃とオレンジの甘いやつだけど、飲みやすいからって調子乗っちゃだめだからね」
確かにそれならば飲みやすそうだ。けれど調子に乗るなとはどういう意味か、酒など調子に乗るためのものだろう、とエリアスの気遣いをホームランで打ち返す事を思いながらも、一応はと素直に頷く。
「ではそれと……あとはチョコレートとナッツ、チーズでいいでしょうか」
「そんなもんだな。あとは足りなくなってから追加すりゃいいだろ」
アイリスの選択は酒飲みにも納得いくものだったらしい。ラルクは店主に声をかけて注文をした。
「まずは乾杯から、ですね。何に乾杯しましょうか」
数分の後、三人の前には葡萄酒とブランデー、そしてカットしたオレンジがコップの淵に飾られたファジーネーブルが置かれた。勿論、チョコとナッツとチーズも。
「んなもんテキトーでいいだろ。エリアス、なんかあるか?」
早く飲みたいとばかりにラルクはグラスを持ち上げエリアスを急かす。
「テキトーでいいとか言いながら俺に振る? それじゃあ、冬の夜に乾杯、で」
「ほいほい、乾杯」
キン、とグラスがぶつかり合う冷えた音が鳴る。三人の時間が本格的に始まった合図だ。
「……へぇ、流石イイとこは違うな」
乾杯と同時にクッとあおったラルクはそう言って、グラスから口を離すと、くるりとグラスを揺らして改めて色と香りを楽しむ。
「上品なやつだ、口当たりがいい」
機嫌よく言って舐めるようにもう一口。そしてじっくりと味わうようにもう一口。
重みのある芳醇な香りと味を楽しんでいたエリアスが呆れたような声をあげる。
「……あっという間に一杯あけたね、ラルク」
それに対して得意気にラルクは口端をあげるだけだ。
「あら、美味しい……ジュースみたいですね。これなら私でも飲めそうです」
対して、ゆっくり一口飲んだアイリスは、それでもすぐに二口目に行かず口元に手を当て呟く。
「ああ、アイリス、しっかり食べていかないと、先に酔いが回るよ」
独り言に近いそれをエリアスは聞き逃す事無く。もう一度念の為にと釘を刺す。
言われたアイリスはナッツを一つ。塩の効いたそれは、アルコールの誘惑を更に煽った。
「さて、次は何にするかな」
「あ、チョコレートも美味しいです、苦味が強いけれどそれが合ってます」
「うん、チーズもいいね、やっぱり葡萄酒には白カビのチーズだなぁ」
「俺はスモークもいいと思うぞ」
「チーズはそれだけで美味しいですからね」
白と黒と光の美しい景色に、美味しい飲み物と食べ物。それらは人の気分を明るく軽くさせる。
三人は騒ぐでもなく、けれど他愛無い会話を重ねてこの時間を楽しんだ。
そして気分だけでなく口も軽くなるほどには時間と酒を重ねた頃、ラルクがふとエリアスに質問をぶつけた。
「そういやエリアス、最近この女と依頼受けてたりするか?」
「いや、俺は殆どないね。本業ばかりだ。そういう君は?」
返ってきた問いにアイリスの方をじっと見ながら返す。
「俺も随分機会が減ったな」
気のせい、かとも思った。けれどそうでは無かった。アイリスはウィンクルムとしての任務のペースを落としていたのだ。
「少し、やりたいことが出来まして」
二人の視線を気にしたような素振りも見せず、アイリスはファジーネーブルをコクリと飲む。
「そちらのことを考えてばかりいて、つい」
問題があったでしょうか、と悪気の無いアイリスに、ラルクは「いや?」と返す。
「別に構やしねぇが、どういうつもりだ?」
それは本音だった。別に依頼を受けたくて受けたくて仕方がない、という状態ではないのだ。ラルクは。
ウィンクルムに、オーガに、ひとかたならぬ想いを抱えているのは、神人であるアイリスで、今までは頻繁に依頼を受けていたのだ。
それを止めるほど、やりたいこと。
ラルクも、そしてエリアスもアイリスを見る。そのやりたい事がなんなのかと、二人の視線で尋ねられ、アイリスはけれど二人を見ずに手の中にあるグラスを見つめながら、口にする。
「女神ジェンマを殺せないかなと」
からん、と、アイリスの手の中で氷が動いた。
「……なんだって?」
微かに眉を顰めてエリアスが言えば、それをきっかけにしたように、アイリスはフッと微笑んで先ほどまでの空気を消す。
「……ふふ、冗談ですよ、冗談。お二人とも、手が止まってますよ」
それで、終わり。冗談は終了。
アイリスは残り少なかったファジーネーブルを全部飲みきった。
「……物騒なこといいやがったな」
口の端を歪めながら呟くラルクにもう一度微笑んでから「私は二杯目を頼んじゃいますね」と店主を呼んだ。
「結局寝やがったな」
ウィスキーのグラスを片手で揺り動かしながら言うラルクの視線の先には、テーブルに突っ伏してすやすやと眠るアイリスがいた。
「……二杯目を頼んだ時点で危ないなとは思ったけど、まさかこれで潰れるとはね」
アイリスは二杯目のファジーネーブルを一口飲んだ時点で限界が来たらしく、すぐに「ふふふふふ」と意味の無い笑い声をあげてぱたりと寝てしまったのだ。
「とりあえず俺の上着をかけておいてっと……」
そっとかけられたからかそれとも眠りと酔いが深いからか、アイリスはかけられた上着に気付かず眠り続けている。きっと、ラルクとエリアスの声も拾えていないだろう。
だからこそ出来る会話もある。
「……で、どう思う?」
何を、と言うまでもない。二人の頭にあるのは、さっき出たアイリスの発言。
「……初めて会った時、この子は俺を殺したいって感じの目で見てきた。その時と同じ目だと、思ったよ」
手の中のファジーネーブルを見ていた。けれど本当に見ていたのはきっと別のものだった。
見ていたのは、きっと――。
「やっぱ本気か」
やれやれ、と軽く息を吐き出すラルクに比べ、エリアスは何処か表情が暗い。
「ラルクは、何が原因だと思う……?」
「んー……あれだろ、ジェンマがやらかした前世がどうのこうのってやつ。この女からしたら、姉貴の相手を自分の運命に巻き込んだのが許せねぇんだろうよ」
冷めた目で言うラルクにエリアスは何も言わない。ただその目を更に暗くする。
『前世で愛し合って生涯を終えた者、前世で愛を誓い合ったが結ばれる事なく生涯を終えた者、そういった者達も、同じくしてウィンクルムとして顕現する可能性が高くなる』
ヴァルハラ・ヒエラティックに刻まれていたという文を思い出す。
きっと喜んだウィンクルムもいるだろう。戸惑ったウィンクルムも。
そして、認めたくないウィンクルムも。
絶対に前世で繋がりがあったと記されていたわけではない。あくまで可能性が高くなるだけだ。だがそもそも誰も前世など覚えていない。繋がりが有ったのか無かったのかなどわからない。
本当の答えなど、わからない。わからないのに、ウィンクルムとして成立してしまった現実だけがある。
エリアスの初めの神人は、アイリスの姉。守れなかった存在。それでも今もエリアスが愛するのはただ一人、アイリスの姉だ。
今、エリアスは適合したがゆえにアイリスの精霊となった。アイリスを守りたいと思っている事も事実だ。そもそも、愛、と言っても様々な形がある。恋愛、友愛、家族愛。他にも人の数だけある、愛。それはわかっているのだけれど。
それでも、アイリスの姉を愛しているエリアスと、今もなお姉の為に生きているアイリス、その二人の間にある繋がりを、前世からの運命だなどと。
心を無視され、何かを押し付けられた様な、侮辱にも屈辱にも似た燻る感情。
「俺からしても余計なことしてくれたもんだ」
ラルクは言いながら、するりとアイリスの髪を一房持ち上げる。露わになる耳朶には赤い石のピアス。
それは、『ラルク』が『アイリス』に贈ったものだ。
前世など知らない。与えた所有印はこの女だからだ。他の生を生きた他の女ではない。
「……俺たちの今は今なんだけどね」
エリアスの呟きに答える者はいない。
外はまだ雪が降り続いている。夜はまだまだ続く。
それでも静かな夜の穏やかな飲みの席は、それぞれの胸にあった引っ掛かりを露わにして終わろうとしている。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
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リザルト筆記GM | 青ネコ GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | なし |
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エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年12月18日 |