扉にはリース、リビングにはツリーが飾られ、天井からは金銀の星の飾り。
　窓にも星のような電飾が煌めき、ワインレッドのクロスが敷かれたテーブルにはキャンドルスタンド。
　マンションの一室、カガヤ・アックショアの自宅はクリスマスに相応しく飾り付けられていた。
　しかし、カガヤの目を一番楽しませたのはそれらの装飾ではなかった。
「これ、全部笹ちゃんが作ったの？」
　カガヤはテーブルに並べられた料理に興奮気味に言い、瞳をキラキラさせる。
　彼のあまりの喜びように、手屋　笹はほんの少しの居心地の悪さを感じ、縮こまる。
　笹がカガヤの反応に素直に喜べないのには理由がある。
　テーブルの上にあるのは、ローストビーフとポテトのカナッペ、そしてサラダ。
　クリスマス、特別な日のディナーというからには、もっと豪勢にしたかった。
　だから、料理の本を読んだりして自分なりに研究したのだが……その結果は、今の自分に作ることができそうな料理は限られているということが明確になっただけだった。
　もっと料理の練習をする時間があれば良かったのだが、今年のクリスマスは――というか、今年のクリスマス「も」、ウィンクルムの依頼が相次ぎなかなか時間が取れなかったのだ。
「……クリスマスっぽくなっていますか……？」
　不安そうな顔で訊く笹に、カガヤが笑う。
「充分だよ」
「そうですか……？」
　カガヤの言葉に、笹は安堵の笑みを零しかける、が。
「正直、部屋の飾りつけ準備して待ってる間にレンチンの音が聞こえた時はどうなるんだろうって思ったけど」
　朗らかに言うカガヤに、笹は真っ赤になって頬を膨らませる。
「それはローストビーフを温めただけですっ」
　目の前のご馳走を見れば、それがレンジでチン♪のお手軽レトルト製品じゃないことくらい明らかだ。
　ごめんごめん、と笑ってから、カガヤはナイフとフォークを手にとる。
「早速いただきまーす！」
　盛り付けも美しく、美味しそうなローストビーフを頬張ると、カガヤは噛みしめるほどに幸せそうな表情に。
「ローストビーフの味付けしっかりしてて美味しい！」
　カガヤの称賛がお世辞ではないことは、その表情が物語っている。笹はほっと胸を撫で下ろす。
「よかった……わたくしもいただきますね」
　笹は、チーズとバジル、トマトの乗ったカナッペを一口齧る。
　カナッペは他に、ハムを乗せたもの、スモークサーモンを乗せたもの、エビとアボカドを乗せたもの、と数種類作ってみた。手間のかかる料理が作れない分、バリエーションで頑張った。
「いろんな味があって、ついつい食べちゃうね」
　とはカガヤの評。
「サラダも色とりどりでクリスマスっぽいし。笹ちゃん去年はケーキのクリーム飾りするだけで精一杯だったのに」
「ええと、まあ、そんなこともありましたわね」
　昨年のことを思い出して笹は赤面する。
「今日のご馳走は今の実力で全力で用意してくれたみたいだしね」
　２人で祝うクリスマスのために、笹がこんなに頑張ってくれた、そのことがカガヤにとってこのうえなく嬉しかったのだ。だって、それだけ笹が２人のクリスマスを大切に思ってくれていたということだから。
　カガヤの笑顔は幸せそうだ。そんなカガヤに、笹もつられて笑顔になる。
　こんなに喜んでもらえるなら、頑張って作った甲斐があったというものだ。
　作る途中で、計量を間違えたり、作りかけのソースを零したり、ドレッシングを飛び散らせてしまったりその他諸々……ハプニングはあったのだけれど。それらのハプニングにより汚れてしまった割烹着は鞄の奥底にしまい込み、カガヤには内緒なのである。
　
　デザートのケーキももちろん笹の手作り。
「美味しい！甘すぎなくて、スポンジふわふわで！」
　凝ったものは流石に作れず、小さくシンプルな生クリームのケーキ。
　確かにカガヤの言うとおり、スポンジは会心の出来であった。が、苺やクリームでのデコレーションは、決して上手くいったとは言えない。
　けれども、カガヤにとっては最高のデザートだった。
「ごちそうさまー！」
　それらを全部食べ終えると、カガヤは満足そうに両手を合わせる。
「すっごく美味しかった」
　笑顔でそう言ってもらえて、笹も嬉しかった。
「来年は骨の付いたローストチキンとかやろうよ」
　カガヤのその言葉には「来年のクリスマスも一緒に過ごしたい」という願いが込められているのかもしれない。もしかしたら、「来年のクリスマス」だけではなく、「ずっと」一緒に過ごしたいという……。
　それはさておき、骨付きローストチキンには笹も挑戦してみたいが、ちょっとハードルが高くはないだろうか。
　思案している笹に、
「大丈夫だよ。笹ちゃんはこの一年でこんなに上手になったんだよ。俺も手伝うしさ」
　と、カガヤが励ましてくれる。
（上手……に、なったのでしょうか）
　今日のディナーは、笹が理想としていたものにはまだ及ばない。けれども、カガヤの言う通り、去年から比べれば大躍進なのだろう。それなりに努力もしたのだし。
　笹は、ふ、と微笑んだ。
「カガヤをとても……ありがたいと思います」
「え？」
　カガヤは、なぜ自分が「ありがたい」と思われるのかが不思議だったようで、きょとんとする。
「自分の目標に辿り付けていなくてがっかりしたのですが、カガヤはそれでもわたくしを見てくれていました」
　それは、今日のディナーに限ったことではない。
　いつだって、カガヤは努力する笹を見ていてくれた。その努力の結果が、笹にとって思わしくない時でも。そして、そんな笹を受け入れてくれていた。
　だから笹は努力を続けられるのだ。
「そりゃ見てるよ、笹ちゃんの事好きだから」
　当然、と胸を張るカガヤ。
「こんなに心強い事はないです……」
　笹はカガヤを見つめ、笑みを深める。誰かが見ていてくれる。それがこんなにも、力を与えてくれるものだったなんて。カガヤと出会って、それを知った。
（……いつかカガヤの好意を自信を持って受け入れて好きと伝えられますように。香水の瓶に再度誓います）
　笹は以前に香水に込めた自分の願いを思い出した。あの日の香水を今日も付けているのだが、カガヤは気付いているだろうか。
　笹の真っ直ぐな視線にカガヤは「えへへ」と照れたように笑うと、照れを誤魔化すように「あ、そうだ」と立ち上がる。
　棚の上から綺麗な包装紙に包まれた箱を持ってくると、笹に差し出す。
「予想してたわけじゃないけど割烹着汚れてたでしょ」
「え、ええっ？」
　ばれていた。いつの間に。
「プレゼントのエプロンだよー。次からこれ使ってね」
「あ、ありがとうございます……でも」
　笹は、割烹着が汚れたことを見抜かれていた恥ずかしさと、それとは裏腹に、自分のことをわかってもらえているという嬉しさと安堵が入り混じった複雑な気持ちで礼を言うが、自分はカガヤへのプレゼントを用意していなかったことで、それを受け取るのを躊躇する。
「わたくしもプレゼント……」
　次に会うときに用意しておきますね、と続けようとしたのだが。
「笹ちゃんからのプレゼントは――」
　カガヤがぐっと接近したかと思うと、笹は額に温かく柔らかい感触を覚える。
　これは、この感触は……。
　笹が軽く混乱しているうちにカガヤは笹から離れ、
「――これで」
　と、悪戯っ子のような顔で笑う。
「！？」
　笹は額に手を当て慌てる。だってあの感触は、間違いなく、カガヤの唇だったから。
　顔を真っ赤にして言葉を発せずにいる笹に、カガヤは
「メリークリスマス！」
　と、ウインクした。
　そんなカガヤの頬も赤らんでいるように見えるのは、キャンドルの炎や窓の電飾のせいではないだろう。
　笹の体温が上がると、首筋にほんのり付けた香水がふわりと香った。
　いつか彼の好意を自信を持って受け入れて好きと伝えられますように。
　いいや、違う。
　好きと伝えられる自分に、なるのだ。
　笹は決意を新たにした。
　彼女の願いが叶う日は、もしかしたら、そう遠くないのかもしれない。

　２人の想いがまた少し近づいた、そんな聖夜に、Ｍｅｒｒｙ　Ｃｈｒｉｓｔｍａｓ！

依頼結果：大成功

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