神人、アラノアはクリスマスソングでにぎわうタブロス・モールの中央広場、ガラスのツリーの下に精霊ガルヴァン・ヴァールンガルドと共に訪れていた。
　５ｍもの巨大なガラスのツリーは、ショッピングモールの光を受けてキラキラと輝いている。
　それはまるで氷の彫刻のように、冷たくも美しかった。ほぅっと息を吐きながら、買い物袋を持ったまま見上げるアラノア。
　ふと見ると、ツリーの傍には用紙。願い事を書いてつるす事が出来るらしい。
「えーと、……折角だから、何か書く？」
　そっとペンを取り、備え付けのデスクにガルヴァンと二人で並んだ。
　アラノアはガルヴァンの分もペンを取り、手渡す。
　ペンを受け取ったガルヴァンは少し考え込み、そしてとくに何も思いつかなかったのでぱっとツリーを見上げた時に見えた願い事と同じことを書き込む。
『クリスマスの平穏』
　顎に手を当て、少し考え込むガルヴァン。その横で、アラノアは真剣な瞳で何やら綴っている。
　そこで、ガルヴァンももう一つ思いつきペンを握りなおした。
『神人との円滑円満な関係』
　何の変哲もないように見えるその願い。しかしながら、彼にもきちんとした思惑がある。
（仲が拗れてしまってはまともに戦えなくなるからな……）
　それは、ウィンクルムとして至極まっとうな、そしてとても熱心な願いかもしれない。
　けれど、それを横目にちらりと見たアラノアは心の奥がふわっとあたたかくなるのを感じた。どんな理由で有れ、円満円滑な関係を望んでもらって悪い気がする人はいないだろう。アラノアとてそうである。彼女がはしらせたペンが綴ったのは……。
『ガルヴァンさんの傍にいても恥ずかしくない人間になれますように』
　隣ではなくても良い。ウィンクルムとして、共にいるにあたって、その傍に居て恥ずかしくないように。　彼に見合う……なんて言ったらおこがましいかもしれないけれど、彼にも、自分自身にも、胸を張れるような人間になれるように。
　願いを込めて、アラノアは紙をクリスマスツリーの内側の枝にそっと吊るす。
（……よし）
「願い事は書けたか？」
　詮索はしないが、気遣うようにガルヴァンが声をかけてくれる。
「うん……ガルヴァンさんは？」
　ゆっくりと頷いたガルヴァンが、そっと腕を伸ばして高い位置にある枝にそっと願い事を吊るす。
　見上げるツリーはたくさんの願い事を抱えて、悠然とたたずんでいる。
　その中の全ての優しい願いが叶うといいね、とガルヴァンに微笑みかけ、アラノアはツリーをあとにした。

「お邪魔します……」
　初めて訪れる精霊の家。鍵を開けて中へと招き入れるガルヴァンに、緊張を隠しきれない様子でアラノアはそろりと続く。
　品が良く落ち着いた雰囲気の調度品、そこに収まる彼はとても絵になっていて、アラノアは思わずため息を零しそうになる。
「どうした、はやく上がってこい」
「あ、うん」
　部屋の奥へと招き入れられ、買ってきた荷物をテーブルの上にそっと置く。
　上質なワインに、ローストチキン。テリーヌ、チーズ……。
　オードブルをテーブルに並べていくと、一気にクリスマスの空気が濃くなった気がした。
　そして、仕上げに。
「こんな感じかな」
　彼の部屋に似合うようにと、テーブルに置けるタイプのミニツリー。
　アンティークを好む彼のため、色合いは派手な物ではなく、落ち着いた深い緑を選んだ。
　装飾も、子供の好むそれではなく、ボルドーや金を基調としたラグジュアリーなものだ。
　ワイングラスを持ってきたガルヴァンが、アラノアに椅子を勧める。
　二人で席について、ツリーを眺めるとアラノアはささやかではあるけれどクリスマスのパーティーが始まるのだという幸福感に胸が満たされていくのがわかった。
　ガルヴァンが、ワインの栓を開け、流麗な所作でアラノアのグラスに注いでくれる。
「あ、ありがとう……」
　じゃあ、ガルヴァンさんのは私が。
　アラノアはボトルをガルヴァンから受け取り、ガルヴァンがしたのと同じようにワインをグラスに注ぐ。
　ワインが流れるさまが、さながらガルヴァンの美しい波打つ髪のようだ。
　ほんの少しの沈黙が、二人の間に生じる。決して、気まずい物ではなく、心地よい静寂。
「えっと……じゃあ……聖なる夜に、乾杯」
「……乾杯」
　軽く目線の高さに掲げる乾杯。
　ゆらりとグラスの中で揺れた葡萄酒が、ガルヴァンと重なる。
（やっぱりワイン似合うなぁ……）
　予想通りではあったけれど、実際にその様をみると気を抜けばうっかり呆けてしまいそうな美しさにアラノアは言葉を失う。
　それを誤魔化すようにグラスに口を付けると、アラノアはガルヴァンの背後に視線を遣り、そして、周囲を不躾にならない程度に見た。
「どうかしたか？」
　問われて、アラノアは頭に浮かんだ疑問を投げかけた。
「……普段、食事はどうしてるの？」
　生活感が、ない。
　自炊をしていれば当たり前に出るはずのゴミやらが、全くないのだ。
「食事は外食が多いな」
「へぇ……」
　なるほど、それなら合点がいく。
（自炊とコンビニ弁当ばっかりな私とは正反対だなぁ……）
　頷きながらアラノアはもう一口、ワインを口に含んだ。
　それから、二人はどちらからともなくぽつり、ぽつりと会話を交わす。
　外の雪が降りしきる音が聞こえるほどの静寂と、時折交わされる二人の声。
　穏やかで、心地よい。
　ふと、棚の上の宝石箱に目が行った。
　ガルヴァンはアラノアの様子にすぐ気づき、尋ねる。
「見るか？」
　顔に出ていたかな。アラノアは少し驚いて、身を乗り出した。
「いいの？」
　彼が立ち上がり、棚の上から持ってきた美しい宝石箱。
　そっと開いて見せると、原石の欠片や天然石を繋ぎ合わせて作った装飾品が顔を覗かせた。
　光を受けて、その光を待っていたのだと言わんばかりにキラキラときらめく。
「わぁ……綺麗……」
　ほう、とうっとり呟くアラノアに、ガルヴァンは複雑な思いで呟いた。
「綺麗……か」
（見るからに粗末だろうに……）
　自らの宝石店を持ちたいと考える彼の審美眼は、おそらく一般人のそれよりも高い。
　まだ、納得がいっていないのだ。
　自分の技術をもっと高めたい。その思いが、彼の胸を占めていた。
　ふと朱殷にも似た赤い色の原石の欠片が目に入る。
　深い、深い赤色は、神人の瞳の色によく似ていた。
　納得いかない、という顔をしているガルヴァンに気付いたのか、アラノアは続ける。
「とっても、綺麗だよ」
　少なくとも、私は好きだ。という思いを込めて口にされた言葉に、ガルヴァンはほんの少しだけ表情を柔らかくする。
「……いつか、自分でも納得のいく物が作れたら……」
　そっと、アラノアの瞳を覗き込んだ。
「え？」
　アラノアが、小さく首を傾げる。
「それをプレゼントしてみるというのも、悪くないかもしれないな」
　聞こえるか、聞こえないかの声だったが、アラノアにはしっかりと聞こえていた。
　二人の会話を遮るものは、何もない。
　――外で、雪が落ちる音が聞こえた気がしただけ。
　アラノアは、ゆっくりと頷く。
「……うん。出来るよ、ガルヴァンさんなら」
　それだけ、高みを目指す向上心があって、そして努力もしている。
　それが伝わってくるから、『できる』と言えた。
　その言葉に、ガルヴァンは少しだけ嬉しさをおぼえ、頷く。
　それから、こう付け足した。
「まぁ……そう思える程の人物が出来たら、の話になるがな」
　自分の手作りの装飾品――それも、自身が納得いく出来の最高の物を渡す人物は、
『何とも思っていない人物』ではありえない。
　そう伝えるような言葉だった。
　そして、そう思えるほどの人物はいつ現れるのだろうか。
　アラノアは、『そう思えるほどの人物』に成り得るだろうか。
　――それは、まだ、だれも知らないこと。

　ささやかなクリスマスの会食を終え、アラノアは立ち上がる。
「今日は、ありがとう。片付け、私がやるね」
　家事の腕におぼえのあるアラノアは率先してキッチンへ向かう。
　ガルヴァンはその彼女の横に並んだ。二人で片付けまで行うあたたかなクリスマスがもう少しだけ続けばいい、とアラノアは贅沢な時間に感謝し、過ぎ行くクリスマスの夜をおくるのであった。

依頼結果：大成功

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