「ノゾミさん」
　クリスマスの予定を考えていた夢路 希望とスノー・ラビット。
　なにをしようかと思案する希望に、スノーがふと思いついた様子で切り出してきた。
「僕のお家でどうかな？」
　希望の家には何度も訪れているので、今回は僕の家に招待したいのだと。
　スノーの申し出に、希望は驚きと嬉しさで頭の中が混乱しそうになる。
（お家にお呼ばれ、されてしまいました）
「え、あ……」
　夢ではないのか？　と頭の片隅で思いながら、夢であって欲しくないとも思っている自分がいて。
　緊張で顔を赤らめながら口籠る希望の様子に、スノーは申し訳なさそうに眉とウサギ耳を垂れる。
「嫌じゃなければ、だけど」
　無理強いはしたくない、ウサギ耳をしょんぼり垂れる姿が真面目な希望の頑張りを引き出させた。
「……い、嫌じゃない、です」
「えへへ、よかった」
　――そんなやりとりから数日後、いよいよクリスマス当日。
「お、お邪魔します」
「どうぞお構いなく」
　一緒にディナーの食材や飾りの買い物を終えた希望は、初めて踏み込むスノーのプライベートな空間に緊張しきっていた。
　リビングへ一緒に向かっていくと、中には大小さまざまなぬいぐるみ達の姿。
　その中には、以前プレゼントした黒いウサギの姿も……。
　思わぬ光景に目をパチパチと瞬かせる希望を、スノーは横目で覗き込む。
（やっぱり驚くよね）
　一人きりを嫌って寂しくないように集めたぬいぐるみ達。
　スノーにとって、家族とも言える多数のぬいぐるみ達だが、男の家にこんなに一杯あるなんて……嫌な顔をされないだろうか。
　ノゾミさんは、どんな顔をするのだろう――スノーが不安げに見つめていると。
「ふふ、だからあんなにパーティの帽子を探していたのですね」
　予想に反して、クスッと微笑を浮かべていた。
　スノーも希望が笑顔を見せてくれたことに、内心ホッと一息。
「えっと、では台所をお借りしますね」
　スノーの抱えていた食材の買い物袋を受け取りながら、希望がディナーの準備に入ると申し出る。
「お料理、楽しみにしてるね」
　飾りつけは任せてほしいとスノーが静かに張り切っている様子に、希望も微笑ましく思いながら台所へ足を運んでいく。
　調理器具の場所を確かめると、希望は早速料理の下準備に取り掛かる。
「今日は、ユキの好きなものを中心に作りましょう」
　メインは大好物のオムライスにして、林檎と甘いものも好きだから……デザートはアップルパイで。
　彩りよくサラダと温かいスープもあれば充分だろう。
　料理やお菓子作りは基本的なことならしっかり出来る。
　クリスマス風に盛り付けをアレンジしようと、クッキングアートの入門書も用意してきた。
「……が、がんばります」
　スノーくんに喜んでもらいたいから……希望はまずアップルパイに使う林檎の甘煮を用意しようと、皮むきを始める。
　一方、スノーは先に用意しておいた背の低いツリーや壁に、モールやオーナメントを飾り付けていた。
「青いネコさんはこっちで、キツネさんはここがいいかな？」
　ぬいぐるみ達も今日は席替えしてもらい、大きい子には先ほど買ったパーティ用の帽子を被せていく。
　ふと、黒いウサギのぬいぐるみが視線の先に留まる。
「ふふ、キミは特別な帽子だよ」
　スノーは頂点に星の飾りがついた帽子を被せ、一番目立つ場所に黒いウサギの席を用意した。
（喜んでくれるかな）
　ノゾミさんの笑顔が見られたらいいな、と想像を膨らませながらスノーは楽しそうにリビング中をデコレーションしていく。
　――準備を始めてから３時間ほど、外もとっぷり日が沈んで、夜の帳が降りていた。
　焼きたてのアップルパイの甘い香りをまといながら希望が戻ってくると、リビングの様子に目を見開いた。
「ノゾミさん、どうかな？」
　毛糸のしましま靴下、ジンジャークッキーやキャンディケインのオーナメントがクリスマスの雰囲気を実感させ、
　クリスマスボールやモールが、キラキラと輝く様子が部屋を華やかに魅せる。
「綺麗、です」
　感嘆する希望の姿にスノーは満足げな笑顔を見せる。
（……あ）
　一番目立つ特等席には、希望のあげた黒いウサギのぬいぐるみ。
　星のついた帽子でおめかしする姿は、ほかの大きなぬいぐるみよりもよく目立つ。
（大事に、してくれているのですね）
　気恥ずかしくもあったが、大切にされているのだと感じられ、希望は照れくささがこみ上げてきた。
「……あ、お料理、できました」
「じゃあ一緒に用意するよ」
　ディナーも後は配膳するのみと伝えると、スノーは笑顔で手伝いを申し出る。
　いよいよ二人きりのパーティの時間だ。

＊＊＊

「美味しかったぁ」
「お口に合ってよかったです」
　ディナーを終えてスノーが満足した様子で感想を漏らす。
　希望もスノーが美味しそうに食べてくれる姿を見て、安心して食事を楽しむことができた。
「僕の好きな物、覚えていてくれたんだね。オムライスも卵がふわふわしてて美味しかったし、アップルパイも表面にツリーが描かれててびっくりしちゃった」
　ふんわりとした柔和な笑顔を見せるスノーは、白い耳を揺らしながら、嬉しそうに言葉を続ける。
　喜ぶ姿が見られて、希望も恥じらいから頬を染めながら微笑を浮かべた。
「あ、そうだ」
　スノーはぽん、と両手を合わせながらごそごそとバッグをあさり始める。
　そして細長い包みを取り出して見せると、希望の前に差し出す。
「メリークリスマス、さっきこっそり買っちゃった」
　それは、黒いウサギのストラップ――希望には見覚えのあるものだった。
「実は、私もこっそり買っていたのですが」
　驚いた様子で、希望も慌ててバッグの中に手を入れると……取り出したのは、白いウサギのストラップ。
　希望とスノーは互いに色違いのストラップを内緒で買っていたのだ。
「……お揃い、ですね」
「あははっ、すごい偶然」
　思いがけないサプライズに、さらにサプライズが重なってスノーは満面の笑みを浮かべる。
　希望も控えめに笑顔を浮かべて笑いあっていると、ふとスノーの視線がまっすぐ自分に向いていることに気が付いた。
　鮮やかな赤色の瞳に自分の顔が映り込んで、気持ちがざわつき落ち着かない。
（嫌では、ないのですが……）
　まっすぐ見つめられるとどう受け止めたらいいのか、どう返せばいいのか解らない。
　自分の内にあるスノーへの感情を恋と呼んでいいのか、憧れと呼んでいいのかも解らないのに。
　するりと手を触れられる感触に、頬が火照り始める。
「ノゾミさん」
　スノーに名を呼ばれると、おろおろと彷徨わせていた瞳がゆっくりと引き寄せられる。
　――瞳を向けた先には、スノーの優しく微笑む姿。
「ノゾミさんの笑顔、好き」
（……あ）
　希望の胸に柔らかな気持ちが広がっていく。
　暖かくて、もっと感じていたいほど、心地よい感覚がじんわりと広がっていく。
「……スノーくん」
　幸福な感情に後押しされるように、希望の唇は言葉を紡いでいく。
　今なら言える――希望は思いの丈を、口にした。
「……私も、好き、です」
　消え入りそうなか細い声で好意を伝えると、希望は顔を真っ赤にする。
（言えた……私も、好き、って）
　喜びと恥じらいで熱のこもる希望の頬を、そっと包み込む感触。
　スノーの手で包まれているのだと気づいて、希望の心臓はドキドキと高鳴り、騒がしい鼓動が聞こえてしまうのではないかと思える。
「可愛いよ、ノゾミさん」
　白い頬に薄紅色を浮かべながら、スノーも嬉しそうに目を細める。
　嬉しそうなスノーの笑顔に、希望は幸せな気持ちで満たされていく。
　窓の外には、ふわりふわりと舞い落ちていく雪の気配。
　寒さを忘れてしまうほど、温かい幸せな感情が希望とスノーを満たしていく。

依頼結果：大成功

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