ショッピングモールに並ぶ店舗の店先に、赤と緑のオーナメントが揺れている。
　数多くの丸いリースにはベルやリボンが結ばれており、天井近くのあちこちには精巧な人形が飾られていた。
　もちろん、サンタクロースだ。
　その下を、俊・ブルックスとネカット・グラキエスは、並んで歩いている。
「美味しそうな料理も上等のワインも揃いましたし、予約したケーキも受け取りましたし……あとは新作ボードゲームだけですね」
「っていうか、買いすぎじゃねえのこれ……」
　満面の笑みのネカットの隣で、俊は手に持っている荷物の袋を見下ろした。
　両手いっぱいでなかなか重い……はいいにしても、これをふたりで食べきれる気がしない。
「ふふ、買い物デートが嬉しくて、つい」
「……ただの買い出しじゃねえか」
　言いながら俊は、そう言えば自分はネカの家の使用人だった、と思いだす。
　ネカットの扱いが扱いだから、すっかり忘れていたのだ。
「ただの買い出しも、シュンと一緒ならデートです」
　ネカットは鼻歌でも歌いそうなほどの上機嫌。しかし、ふと何かを思いついたように立ち止まり、俊の顔を覗き込んだ。
「……ねえ、シュン。本当のことを言いましょうか？」
　揺れる前髪の奥、翠玉の瞳に射抜かれて、俊は思わず歩みを止めた。
　だがネカットの視線は、すぐに俊を通りすぎ、頭上のサンタクロースへと向かってしまう。
「去年のクリスマスは、いろいろありましたよね。女装して戦ったり、雪山登山して温泉に入ったり」
「ああ……あったな。ケーキを作る手伝いをしたり、脱出ゲームに参加したりもしたっけ」
「ええ。小さなインプから、ケーキを守ったりもしましたね。もちろんどれも有意義でしたけど……」
　そこでネカットは言葉を切り、俊を見やる。
　見つめる距離は、ちょうど手のひらを広げたほど。
　それだけでも俊は身を引きたくなるというのに、そのままの場所で、ネカットの唇が動いた。
「今年はシュンとふたりきりで、らぶらぶ過ごしたいんです」
　真顔から一転の柔らかい微笑に、俊が瞠目する。
　……こんな場所で、そんな表情で言うなんて。
「なんだよそれは」
「だから、本当のことですってば」
　さあ、ゲームを買いに行きましょうと振り返り、先を促すネカットの背を、俊は睨み付けた。
　荷物の重さなんて一瞬忘れたし、顔が熱い。
　そのための食料、そのためのワイン、そのためのケーキが、この量か。
「……恥ずかしい奴！」
　呟いたところで、ネカットが俊の方を向く。
「シュン、ゲームが売りきれちゃいます。行きますよ。今夜はこれで遊びまくるんですから！」
　早く早くと呼ばれて。わかったから、と返して。俊は荷物を持ちなおし、歩き始める。
　別に今の自分達に不満があるわけではない。
　でもたとえばもし、自分がもう少し素直になったら、とか。ちょっとは思う。
　そうしたらネカに、きちんと気持ちを返せる……かもしれない。
　恥ずかしいのは、照れた自分も同じなのだから。

　※

　これから買うゲームのこと、さっき買ったワインのこと、そして昨年のクリスマスのことなど。
　ふたりは歩きながら、たくさんのことを話した。
　まるでどれも楽しくて選び切れないのだと言うように、ぽんぽんと話題が飛ぶネカット。
　そして、そのすべてに相槌を返す俊。
　そんな彼らが足を止めたのは、５メートルの高さの、ガラスのツリーの前だった。
　ショッピングモールの全ての光を受けているかのように、きらきらと輝く枝葉には、たくさんの飾りがつり下がっている。
「大きいですねえ……」
　ネカットはツリーの最上部を見上げた。てっぺんには定番通り、大きな星が付いているようだ。
　良くできていると感心している彼の横では、俊が、ツリーにかけられているオーナメント型の紙に見入っていた。
「なんだこれ……願い事？」
「そうだよ、この紙にお願いを書いてツリーにつるすと、願いが叶うんだって」
　独り言にも近い疑問に、近くにいた子供が答えをくれる。
「願い事……」
　もう一度口にしたのは、それが明確に頭の中に浮かんだからだ。
　綺麗ですねえ、と上を向いているネカットには何も言わず、俊は置いてあったペンを手に取った。
　天使の形をした小さな紙。そこに書くのは。
　――甘い雰囲気になっても、ツッコミ入れずに素直に受け入れられるようになりたい。
『買い物デート』も『らぶらぶ』も、すぐに肯定できるくらいには。
　と、すぐに。
「シュン、何を書いたんです？」
「わっ！」
　ガラスの枝にひっかけたところを背後から覗かれて、俊は慌てた声を出した。
「大したことは書いてねえよ」
　飾ったものを背中で隠して、足元に置いた荷物を持つ。
「それよりゲーム買いに行くんだろ？」
　願いがばれないようにと促せば、ネカットはきょとんとした顔を見せた。
　その表情に、もしかして願い事があるのか？　と思い至る。
「ネカもなんか書くなら、待ってるけど」
　しかしネカットは、緩く左右に首を振った。
「いえ、行きましょう。私はシュンとこうしていられることが幸せなんです。これ以上なんて」
「……だから恥ずかしい奴だな」
　いつものごとき突っ込みは、ネカットの笑顔の前に、力なく唇からこぼれ落ちた。

　※

　目的のゲームを無事購入し帰宅した時には、既に日は落ちていた。だが、食事にするには少し早い。
「なあ、飯とゲームとどっちが先……っ」
　ふたりきりの部屋の中、そう言いかけた唇を、俊は閉じた。そこに、かすかな痛みを感じたからだ。
「シュン、唇がさがさですよ？」
　言われて指先で触れてみれば、切れてはいないが、確かにだいぶ荒れている。
「これ、どうぞ」
　ネカットはそう言って、リップクリームを差し出した。俊は素直に受け取り、「そういえば」と口にする。
「前にもこんなことあったな……あの時は、唇じゃなかったけど」
　それだけ言って、スティックタイプのクリームを唇に押し付ける。
　その何気ないしぐさを、ネカットはじっと見つめていた。
　以前、ショッピングモールで買った、２つセットのリップクリーム。
　あの時はちょっとしたトラブル的な状況で、顔を寄せるには至ったけれど、そこまでだった。でも今は――。
　白いクリームが、俊の唇から離れていく。

「ありがとう。お前も結構、唇荒れてるぞ」
「おや、そうですか。気付きませんでした」
　ネカットは、俊から返されたリップクリームの蓋をとった。
　そこでたった今、意識したように。
「わあ、間接キスですね」
　ちらり、視線を上げてみれば、俊の頬に、ぱっと鮮やかな朱がさした。
　あれ、これは……？
「……もしかして、期待しました？」

　以前のリップの、甘い香りを思い出す。
　牡丹の花言葉は、恥じらい。
　なんとも彼に、似つかわしい。
　ゆっくりと、ネカットの口角が上がる。

　ここはふたりきりの部屋で、あの時のように人目はないですし。
　理由なんて『クリスマスだから』で十分でしょう。
　私が欲しがったから、貴方がくれる。
　貴方から望んだわけじゃない。
　……そういうことでいい、ですよね？

「期待って何の！？」
　そう言いながら、俊はきっとわかっている。
　だって、顔が赤いままだ。

「私はしましたよ」
　ネカットは、真っすぐに俊を見つめて言った。
　そして、琥珀の目が困惑を浮かべる前に、一息に。
「ねえ、シュン、わがまま言っていいですか？　パーティーの準備もまだだし、あんまりロマンチックとは言えない雰囲気ですが、先にプレゼントが欲しいです」
　熱い瞳に囚われれば、本音の言葉を耳にすれば、俊は流せやしないし、ごまかせない。
　いつもならば、絶対NOと言うだろう。許すにしたって、一度で首を縦に振ることなんかない。
　でも今日はクリスマスで、ツリーに願い事もつるした。
　――告白もまだしてないし、正式に恋人ってわけでもないけど……。
　瞳を伏せて、細く細く、息を吐く。
　――断れるわけない、だろ……。
　あえて言葉は返さずに、俊はゆっくりと目と閉じた。
　あまりにも素直な仕草に、ネカットが息を飲む。

　俊の震える唇が、先ほど塗ったリップクリームでてらりと光っている。
　それはまるで、昼間買ったケーキに載っている苺のシロップ漬けのよう。
　美味しそう、なんてちらりと思ったけれど、余計なことを言って、甘いプレゼントを逃してはかなわない。
　ネカットは自分の唇にリップクリームを塗ると、俊の両頬を手のひらで包み込んだ。
　赤く染まった肌は熱い。でもきっと、もっともっと、熱くなる。

　顔を寄せ、鼻先をすり合わせるようにして、頭を傾ける。
　唇に俊の温かな吐息を感じ、ネカットもまた、目を閉じた。
　二人の熱が触れるまで、もう時間はかからない。

依頼結果：大成功

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