プロローグ
旧タブロス市街にある、『ウェディングハルモニア』には、地下へと繋がる道が秘匿されていた。演習の折、偶然に見付けられたものではあったが、その先には神秘的な鍾乳洞の遺跡が、静かに、穏やかに、何かを待ち詫びていた。
*
A.R.O.A.が頻発する苛烈な戦いの中で、僅かでも休養をと考え、新たに今回発見された鍾乳洞の遺跡で休息を提案した。
「我々の調べた限りですと、この遺跡はかつて、ウィンクルムたちが結婚の儀を執り行っていた場所であることが分かっています」
そういった神聖な場所だからこそ、愛を深め、休息になるのでは、と職員は続ける。
「多くを確認はしていませんが、非常に美しく、神秘的な遺跡です。
また、中央付近に存在している石碑によりますと、この遺跡で愛を伝えると、より深い愛情に包まれるそうです」
「結婚の儀?」
ウィンクルムが問う。
「はい。遺跡内には『夢想花』と呼ばれる花が咲いており、その花で作られたブーケをパートナーへと手渡し、
想いのこもった言葉、愛の言葉を伝え、身体のどこかに口付けをする――と言ったものです。
現代の結婚式などとはだいぶ違っていますが、あくまでも愛を深めるための儀式だと思ってください」
「とは言っても、遺跡で唐突にそんなこと、さすがにできないだろ」
意を決して、それだけを行いにいくと言うのはなかなかに勇気がいる。
しかし、職員はここぞとばかりに、この上ない良い笑顔を作った。
「ご心配には及びません。デートスポットは充実しています……!」
熱がこもり始めたのは、気のせいだろうか。
ウィンクルムの懸念をよそに、職員は話を続ける。
「まずは『せせらぎの洞窟湖』です。
透明度の高い水が一番の見どころです。高い水温のおかげで水遊びもできますし、水辺で寛げる椅子も、大自然の粋な計らいで完備されています。
次に、『夢想花の園』です。
先ほども申し上げた通り、ブーケとしても使われる夢想花が生い茂っています。ぽかぽかと春の日差しのような花園でピクニックなど如何でしょう。
次に、『エンゲージ・ボタルの洞窟』です。長いので蛍洞窟としましょう。
せせらぎの洞窟湖から流れる川を小型船で移動しながら、星空の如きエンゲージ・ボタルと、『恋慕石柱』が連なる洞窟を見渡せます。
どんどん行きましょう。
次は『やすらぎの水中洞窟』です。 せせらぎの洞窟湖の水底に開いた洞窟で、ウィンクルムが潜る場合は道具不要、水濡れなく安心して潜ることができます。
呼吸の心配も不要です。100ヤード先が見渡せる水中を探索なんて、素敵だと思います。
続いて、『恋知り鳥の大穴』です。
全長500m、幅30mほどもある大穴です。壁から生えた、色とりどりのクリスタルが見どころです。
かなり高い場所から飛んでいただきますが、ウィンクルムがジャンプする場合、途中で一気に減速して着地に不安はありません。飛ぶ勇気だけです。
まだまだありますよ。
『恋慕石柱のプラネタリウム』です。恋慕石柱としましょう。長いものは略していくスタイルです。
夢想花で自然形成された椅子から、恋慕石柱とエンゲージボタルの織り成す幻想的な景色を眺めることができます。
ほかの場所よりも比較的暗くなっていますので、夜空を眺める気分が楽しめそうです。
最後に、『時雨の愛唄』です。
青い夢想花が咲き誇り、青の空間が広がる神秘的な空間です。
恋慕石柱も青っぽく、鍾乳洞特有の、滴る水滴までもが青く輝く空間となっています。
以上の、多彩なデートスポットをご用意しておりますから、唐突に、前触れもなく愛を叫び出すことはまずないと思ってください。
そうなった場合は、どうぞ自己責任で……」
語尾を濁した職員だったが、今回のデートスポットには相当の自信を持っているようだ。
「古のウィンクルムが執り行った婚礼の儀になぞらえながらの神秘的な遺跡を探索デート、なんていうのも乙だと思います」
普段とは違った景色を眺めてのデート。
二人の距離が近づきそうな、そんな予感がする。
プラン
アクションプラン
ハロルド (ディエゴ・ルナ・クィンテロ) (ヴェルサーチ・スミス) |
|
①三人で、遺跡内で遊ぶ なんとか変人…ヴェルサーチさんの休みをすり合わせて三人で遊びに行くことができました。 契約してからこうやってゆっくりお話や出かけることができませんでしたからね…ヴェルサーチさん忙しいんです? …彼の言っていることはほとんどわかりませんが、大事な仕事ってことはわかりました。 せっかくだから思いっきり遊びましょう! 水着は持ってきてませんから、ちょっとした水の掛け合いになりますけどね。 ほらディエゴさんもむくれてないでやりましょうよ んー…ノリが悪い… ヴェルサーチさん、ちょっと耳を拝借 事故装って二人で思いっきりディエゴさんに水をかけちゃいますか 絶対ムキになって加わるはずですから。 |
リザルトノベル
この度発見された神秘的な鍾乳洞の遺跡は、かつてのウィンクルム達が結婚の儀を執り行っていた場所だと言う話だった。成程、それも尤もな話であると精霊のディエゴ・ルナ・クィンテロはしみじみ頷く。
何でも愛を受けることにより様々な色に輝く、恋慕石柱なる鍾乳石があるらしいし――幻想的に色合いを変える夢想花と言う花は、結婚の儀の際に贈られるブーケにも使われるのだそうだ。まさしく愛や夢に溢れた、ウィンクルム達に相応しい場所だろう。
(この遺跡で愛を伝えれば、より深い愛情に包まれるとも言うが……)
ううむ、と思案に耽るディエゴの隣に居るのは、一見凛々しくも神秘的な雰囲気を湛えつつ、実際は甘え上手で小悪魔ちっくな神人――ハロルドだ。現在彼女とは既に内縁状態と言って良く、当然親密度もばっちりカンストする勢いである――のだが。
「良かったですね、こうして遊びに行くことができましたよ」
――果たして、緩く波打つ髪を優雅に靡かせて微笑むハロルドは、ディエゴの煩悶を知っているのかいないのか。今回彼女と遺跡にやって来たものの、目的は結婚の儀でも婚約でも、きゃっきゃうふふなデートでもない。
いや、もう婚約とかそう言うのは済ませた間柄なんだけど、そう言うときめきとかは関係なく、ただただ楽しく遊ぼうと言うお誘いだったのである。
「ああ、遊びに行くのは良いが――」
そう、例え向かうのが吹雪に閉ざされた山荘だろうと、ゴリラの徘徊する密林だろうと、ハロルドと一緒ならば素敵な思い出を作ることが出来よう。しかし今回のお出かけには、余計なものがひっついてきていたのだった。
「こいつと一緒なのか……」
「きゃっ、ディエゴさんの顔色が何だか土気色で、看病のし甲斐がありそうですぅ」
彼らの側でにこにこと無邪気な笑みを浮かべている、まるでキュートな砂糖菓子のような美女――にしか見えない精霊(もちろん男性)。それがこいつ、もといヴェルサーチ・スミスである。
何の運命の悪戯か、彼は神人であるハロルドを差し置きディエゴにアプローチをし、あわや血の雨が降るかと思いきやハロルドと意気投合して精霊として契約したと言うから、世の中は分からない。――まぁ、ハロルドとは恋愛感情云々は全く無いようなので、それは不幸中の幸いと言えるだろうか。
「今回は、なんとか変人……ヴェルサーチさんの休みをすり合わせて三人で来れたんですから」
精霊ふたりの間を取り持とうとハロルドが声を掛けるが、変人とかさらりと言う辺りわりと容赦がない。それでも彼女の瞳は、何処となく穏やかな光を宿しているように思えた。
「契約してからこうやってゆっくりお話や、出かけることができませんでしたからね……ヴェルサーチさん忙しいんです?」
「えっとー……休みが取れたっていうか、三人で遊べるのはこういう機会しかないですからねぇ」
可愛らしい仕草で唇に指を乗せるヴェルサーチは、今回の遺跡での休息は願ったり叶ったりなのだと頷く。今回は通常の任務とは違う、特別なもののようであるし、それに――。
「もう忘れられてるかもですが、私を知っている方に書いてもらった方が良いですし?」
そう言ってヴェルサーチは、突如カメラ目線であらぬ方向を見つめてポーズを決めた。まあこんな奇行もいつものことなので、ふたりは華麗にスルーをするが――彼のような個性的すぎる存在は、そうそう忘れられるものではないだろうと突っ込んでおく。
「まあ、それはいいが……いやいいのか? 適切な距離を保てよ。俺の1m以内には入るな」
とても冗談とは思えぬまなざしで銃を突きつけるディエゴに、ヴェルサーチは「怖いですぅ、うふふ」と大仰に驚いてみせた。
「あ、でも仕事と言っても豚や鳥をさばくのがメインで、私にとってはレジャー気分ですから」
「豚や鳥をさばく……って、お前なにしてんだ? 看護師なんだろう?」
ライフビショップとして癒しの術を振るうのがヴェルサーチの役割の筈なのだが、何やら物騒な『お仕事』内容を口にした彼に、おいおいとディエゴはツッコミを入れる。どこまで本当なのか分からないが、本職が他にあるとか言っていたし、でも――。
「それに仕事をレジャーと言うのは……」
生真面目そうに眉間に皺を寄せるディエゴだったが、ヴェルサーチは相変わらずふざけているかと思いきや、ふっと遠くを見つめるような目になってぽつりと呟いた。
「……それでも、救われる人はいますけどね」
意外なほどに真摯な声音で紡がれた言葉に、ディエゴは「そうか」と素直に頷いて――いつの間にかふたりを追い抜いていたヴェルサーチの、その楽しそうに揺れるピンクの髪の後姿へ向かってそっと声をかける。
「お前なりに人を救っているんだな。少しだけ見直した」
「……ええ、彼の言っていることはほとんどわかりませんが、大事な仕事ってことはわかりました」
隣のハロルドも、彼らのやり取りを微笑ましく見守っていたようだ。いつもはディエゴとふたり、任務に赴く彼女であるが――たまにはヴェルサーチのような、賑やかで友人みたいな精霊も交えて過ごすのも楽しいもの。
「そう言えば、お二人は最近、強敵を相手にしたとか。お疲れ様ですねぇ」
――遺跡を進む間も、三人の話題の種は尽きない。ウィンクルムとしての活動や、日常の些細な出来事など――互いに近況報告を行い、たまに惚気たり牽制したりもしつつ、彼女たちは古代の浪漫に思いを馳せながら目的地へ向けて歩いていった。
そうして辿り着いたのは、せせらぎの洞窟湖。遺跡の地下に広がる地底湖は、澄んだエメラルドグリーンに染まっており――洞窟の隙間から差し込む光はきらきらと、湖面を宝石のように煌めかせている。
――その様子は、まるで湖に翡翠やエメラルドを溶かしたようで。溢れるしずくをひと掬いすれば、その欠片が宝石に戻ってしまうかのように思えた。
「ほう……地下とは思えない程に解放感があるな」
洞窟湖を前にしたディエゴは、目の前に広がる絶景に思わず感嘆の息を吐く。日の光が届いていることもあり、見晴らしが良いことも影響しているのだろうが――此処が遺跡の地下であることを忘れてしまいそうだ。
ゆったりと談笑をするにはもってこいの場所であるが、ハロルドとヴェルサーチはと言えば、ただ大人しく過ごすなどとは考えていないようだった。
「さて、せっかくだから思いっきり遊びましょう!」
「ですねですね! こう言うメルヘンな場所は『あっち』にはありませんし、思いっきり遊んじゃいますよぉ」
早速意気投合したふたりは、ぱしゃぱしゃと爽やかな水飛沫をあげて地底湖へと駆けていく。此処は洞窟湖の為水温は高く、水遊びにはもってこいなのだ――そんな訳でふたりは、きゃっきゃとはしゃぎながら水の掛け合いを楽しむことにした。
「おいおい、水着も服の替えもないのに水遊びするのか」
ディエゴのぼやきもどこ吹く風、童心に返って無心で水と戯れるのは、それだけで楽しいものなのだ。やれやれと湖の近くに置かれていた白い石に腰掛け、頬杖をつくディエゴに、少女のような愛らしさを覗かせたハロルドが声をかける。
「ほらディエゴさんも、むくれてないでやりましょうよ」
「俺は良い」
ぴしゃりと即答するディエゴの反応に、むぅとハロルドは難しい顔をしたようだったが――結局遺跡でのレジャーを楽しむことに決めたようだ。久々に羽を伸ばすヴェルサーチも、滅多に来られない素敵な場所を満喫しようとしているようで、楽しそうな歓声と涼しげな水音がやけにディエゴの耳に反響していった。
(……こうしてみると、女性同士のはしゃぎあいなんだがな。一方は男なんだよな)
片方は小柄であるものの、見事なプロポーションを保持しているハロルド。乗馬で鍛えた、すらりとした佇まいに高貴な雰囲気を湛える彼女は、おいそれと触れてはならないような――高嶺の花を思わせる存在だ。しかし、恋愛小説が好きと言う乙女らしい一面も持ち、そのギャップが非常に魅力的なのだ――と、ディエゴは其処で我に返り、視線をそっとヴェルサーチの方へと向けた。
彼は――そうだ、ハロルドが月なら此方は太陽を思わせる華やか美人か。男だけど。初対面だと先ず女に間違われるだろうヴェルサーチは、間違いなく男性受けする見た目をしている、と思う。雪のような白い肌にスレンダー体型(当然胸はない)、更にゆるふわピンクのツインテールと、奴は何処まで男心をかき乱そうとしているのだろうか。
(いや、俺はこれっぽっちも動じんが)
更にナース服である。狙い過ぎだろう。それでいて口を開けば甘い台詞が飛び出し、愛を振りまくような言動を取るのだから、その気になってしまう野郎も一人二人では済むまい。まあ言動は少しどころかかなり変だが、それも不思議ちゃんっぽくて可愛いとか思われたりするのだろう。
(……何で俺は、こんな事を考えているんだ)
こんなとりとめのないことをつらつらと考えている自分は、少しおかしい――否、現実逃避しかけているのだとディエゴは何となく気付いていた。ハロルドが楽しそうにしているのは良いのだが、自分はやっぱり今の状況が不満なのだ。
「やはり……こういう所は二人で来るもんだろうに」
――ぽつり、口にした言葉は紛れもない彼の本音。そして一度形にした言葉は堰を切って溢れ出し、ディエゴは眉間の皺をますます深くする。
「なんであいつまで誘うのか……お互いそんな気は無いとはいえ、異性だぞ……」
――そして、水遊びをするハロルドとヴェルサーチはと言えば。ディエゴのやきもちに気付くことも無く、何だか難しい顔で此方を見つめている彼の様子を、心配そうに横目で眺めていた。
「おひとり様、眉間の皺がさらに深くなっている方がいますが……」
「んー……ノリが悪い……」
折角の遺跡での休息だと言うのに、一体何があったのだろうとハロルドは考え込むが――想いの通じ合った精霊のことならば、元気づける方法などお見通しなのだ。
「そんなわけでヴェルサーチさん、ちょっと耳を拝借」
「ほほぅ~、おぬしもわるよのぅ」
ぼそぼそと耳元で囁かれた作戦に、ヴェルサーチはにんまりと小悪魔ちっくな笑みを浮かべて。何だかふたり仲良く内緒話をしている様子に、ますますディエゴが難しい顔つきになったその時――「きゃあ~」と物凄い棒読みの悲鳴と同時に、ふたりは彼目掛けてばしゃーんと水をぶっかけてきた。
「あら、私としたことがヴェルサーチさんにかけるつもりがー」
「あー、間違えてディエゴさんに水かけちゃいましたー」
これぞ水も滴るなんとやら。頭から温かい湖の水を被り、ぽたぽたと雫を散らすディエゴへ、わざとらしいハロルドとヴェルサーチの言い訳が聞こえてくる。思いっきり濡れたディエゴは、咄嗟の出来事に何度か瞳を瞬きさせていたものの――段々と事情が呑み込めてきて、ふるふると肩を震わせた。
「お前らー! 絶対わざとだろ!」
――事故を装って、二人で思いっきりディエゴに水をかける。それがハロルドがヴェルサーチに提案した作戦だった。案の定、ディエゴは濡れた上着を脱いで臨戦態勢に突入――ふたりに向かって勢いよく駆けていく。
「くっそ、倍返しにしてやらないと気が済まないッ!」
絶対ムキになって加わると言うハロルドの予感は当たったようで、いつしか三人は夢中になって水遊びを楽しんでいた。
――そうしてその日のせせらぎの洞窟湖には、いつまでも楽しそうな笑い声が響き渡っていたという。
何でも愛を受けることにより様々な色に輝く、恋慕石柱なる鍾乳石があるらしいし――幻想的に色合いを変える夢想花と言う花は、結婚の儀の際に贈られるブーケにも使われるのだそうだ。まさしく愛や夢に溢れた、ウィンクルム達に相応しい場所だろう。
(この遺跡で愛を伝えれば、より深い愛情に包まれるとも言うが……)
ううむ、と思案に耽るディエゴの隣に居るのは、一見凛々しくも神秘的な雰囲気を湛えつつ、実際は甘え上手で小悪魔ちっくな神人――ハロルドだ。現在彼女とは既に内縁状態と言って良く、当然親密度もばっちりカンストする勢いである――のだが。
「良かったですね、こうして遊びに行くことができましたよ」
――果たして、緩く波打つ髪を優雅に靡かせて微笑むハロルドは、ディエゴの煩悶を知っているのかいないのか。今回彼女と遺跡にやって来たものの、目的は結婚の儀でも婚約でも、きゃっきゃうふふなデートでもない。
いや、もう婚約とかそう言うのは済ませた間柄なんだけど、そう言うときめきとかは関係なく、ただただ楽しく遊ぼうと言うお誘いだったのである。
「ああ、遊びに行くのは良いが――」
そう、例え向かうのが吹雪に閉ざされた山荘だろうと、ゴリラの徘徊する密林だろうと、ハロルドと一緒ならば素敵な思い出を作ることが出来よう。しかし今回のお出かけには、余計なものがひっついてきていたのだった。
「こいつと一緒なのか……」
「きゃっ、ディエゴさんの顔色が何だか土気色で、看病のし甲斐がありそうですぅ」
彼らの側でにこにこと無邪気な笑みを浮かべている、まるでキュートな砂糖菓子のような美女――にしか見えない精霊(もちろん男性)。それがこいつ、もといヴェルサーチ・スミスである。
何の運命の悪戯か、彼は神人であるハロルドを差し置きディエゴにアプローチをし、あわや血の雨が降るかと思いきやハロルドと意気投合して精霊として契約したと言うから、世の中は分からない。――まぁ、ハロルドとは恋愛感情云々は全く無いようなので、それは不幸中の幸いと言えるだろうか。
「今回は、なんとか変人……ヴェルサーチさんの休みをすり合わせて三人で来れたんですから」
精霊ふたりの間を取り持とうとハロルドが声を掛けるが、変人とかさらりと言う辺りわりと容赦がない。それでも彼女の瞳は、何処となく穏やかな光を宿しているように思えた。
「契約してからこうやってゆっくりお話や、出かけることができませんでしたからね……ヴェルサーチさん忙しいんです?」
「えっとー……休みが取れたっていうか、三人で遊べるのはこういう機会しかないですからねぇ」
可愛らしい仕草で唇に指を乗せるヴェルサーチは、今回の遺跡での休息は願ったり叶ったりなのだと頷く。今回は通常の任務とは違う、特別なもののようであるし、それに――。
「もう忘れられてるかもですが、私を知っている方に書いてもらった方が良いですし?」
そう言ってヴェルサーチは、突如カメラ目線であらぬ方向を見つめてポーズを決めた。まあこんな奇行もいつものことなので、ふたりは華麗にスルーをするが――彼のような個性的すぎる存在は、そうそう忘れられるものではないだろうと突っ込んでおく。
「まあ、それはいいが……いやいいのか? 適切な距離を保てよ。俺の1m以内には入るな」
とても冗談とは思えぬまなざしで銃を突きつけるディエゴに、ヴェルサーチは「怖いですぅ、うふふ」と大仰に驚いてみせた。
「あ、でも仕事と言っても豚や鳥をさばくのがメインで、私にとってはレジャー気分ですから」
「豚や鳥をさばく……って、お前なにしてんだ? 看護師なんだろう?」
ライフビショップとして癒しの術を振るうのがヴェルサーチの役割の筈なのだが、何やら物騒な『お仕事』内容を口にした彼に、おいおいとディエゴはツッコミを入れる。どこまで本当なのか分からないが、本職が他にあるとか言っていたし、でも――。
「それに仕事をレジャーと言うのは……」
生真面目そうに眉間に皺を寄せるディエゴだったが、ヴェルサーチは相変わらずふざけているかと思いきや、ふっと遠くを見つめるような目になってぽつりと呟いた。
「……それでも、救われる人はいますけどね」
意外なほどに真摯な声音で紡がれた言葉に、ディエゴは「そうか」と素直に頷いて――いつの間にかふたりを追い抜いていたヴェルサーチの、その楽しそうに揺れるピンクの髪の後姿へ向かってそっと声をかける。
「お前なりに人を救っているんだな。少しだけ見直した」
「……ええ、彼の言っていることはほとんどわかりませんが、大事な仕事ってことはわかりました」
隣のハロルドも、彼らのやり取りを微笑ましく見守っていたようだ。いつもはディエゴとふたり、任務に赴く彼女であるが――たまにはヴェルサーチのような、賑やかで友人みたいな精霊も交えて過ごすのも楽しいもの。
「そう言えば、お二人は最近、強敵を相手にしたとか。お疲れ様ですねぇ」
――遺跡を進む間も、三人の話題の種は尽きない。ウィンクルムとしての活動や、日常の些細な出来事など――互いに近況報告を行い、たまに惚気たり牽制したりもしつつ、彼女たちは古代の浪漫に思いを馳せながら目的地へ向けて歩いていった。
そうして辿り着いたのは、せせらぎの洞窟湖。遺跡の地下に広がる地底湖は、澄んだエメラルドグリーンに染まっており――洞窟の隙間から差し込む光はきらきらと、湖面を宝石のように煌めかせている。
――その様子は、まるで湖に翡翠やエメラルドを溶かしたようで。溢れるしずくをひと掬いすれば、その欠片が宝石に戻ってしまうかのように思えた。
「ほう……地下とは思えない程に解放感があるな」
洞窟湖を前にしたディエゴは、目の前に広がる絶景に思わず感嘆の息を吐く。日の光が届いていることもあり、見晴らしが良いことも影響しているのだろうが――此処が遺跡の地下であることを忘れてしまいそうだ。
ゆったりと談笑をするにはもってこいの場所であるが、ハロルドとヴェルサーチはと言えば、ただ大人しく過ごすなどとは考えていないようだった。
「さて、せっかくだから思いっきり遊びましょう!」
「ですねですね! こう言うメルヘンな場所は『あっち』にはありませんし、思いっきり遊んじゃいますよぉ」
早速意気投合したふたりは、ぱしゃぱしゃと爽やかな水飛沫をあげて地底湖へと駆けていく。此処は洞窟湖の為水温は高く、水遊びにはもってこいなのだ――そんな訳でふたりは、きゃっきゃとはしゃぎながら水の掛け合いを楽しむことにした。
「おいおい、水着も服の替えもないのに水遊びするのか」
ディエゴのぼやきもどこ吹く風、童心に返って無心で水と戯れるのは、それだけで楽しいものなのだ。やれやれと湖の近くに置かれていた白い石に腰掛け、頬杖をつくディエゴに、少女のような愛らしさを覗かせたハロルドが声をかける。
「ほらディエゴさんも、むくれてないでやりましょうよ」
「俺は良い」
ぴしゃりと即答するディエゴの反応に、むぅとハロルドは難しい顔をしたようだったが――結局遺跡でのレジャーを楽しむことに決めたようだ。久々に羽を伸ばすヴェルサーチも、滅多に来られない素敵な場所を満喫しようとしているようで、楽しそうな歓声と涼しげな水音がやけにディエゴの耳に反響していった。
(……こうしてみると、女性同士のはしゃぎあいなんだがな。一方は男なんだよな)
片方は小柄であるものの、見事なプロポーションを保持しているハロルド。乗馬で鍛えた、すらりとした佇まいに高貴な雰囲気を湛える彼女は、おいそれと触れてはならないような――高嶺の花を思わせる存在だ。しかし、恋愛小説が好きと言う乙女らしい一面も持ち、そのギャップが非常に魅力的なのだ――と、ディエゴは其処で我に返り、視線をそっとヴェルサーチの方へと向けた。
彼は――そうだ、ハロルドが月なら此方は太陽を思わせる華やか美人か。男だけど。初対面だと先ず女に間違われるだろうヴェルサーチは、間違いなく男性受けする見た目をしている、と思う。雪のような白い肌にスレンダー体型(当然胸はない)、更にゆるふわピンクのツインテールと、奴は何処まで男心をかき乱そうとしているのだろうか。
(いや、俺はこれっぽっちも動じんが)
更にナース服である。狙い過ぎだろう。それでいて口を開けば甘い台詞が飛び出し、愛を振りまくような言動を取るのだから、その気になってしまう野郎も一人二人では済むまい。まあ言動は少しどころかかなり変だが、それも不思議ちゃんっぽくて可愛いとか思われたりするのだろう。
(……何で俺は、こんな事を考えているんだ)
こんなとりとめのないことをつらつらと考えている自分は、少しおかしい――否、現実逃避しかけているのだとディエゴは何となく気付いていた。ハロルドが楽しそうにしているのは良いのだが、自分はやっぱり今の状況が不満なのだ。
「やはり……こういう所は二人で来るもんだろうに」
――ぽつり、口にした言葉は紛れもない彼の本音。そして一度形にした言葉は堰を切って溢れ出し、ディエゴは眉間の皺をますます深くする。
「なんであいつまで誘うのか……お互いそんな気は無いとはいえ、異性だぞ……」
――そして、水遊びをするハロルドとヴェルサーチはと言えば。ディエゴのやきもちに気付くことも無く、何だか難しい顔で此方を見つめている彼の様子を、心配そうに横目で眺めていた。
「おひとり様、眉間の皺がさらに深くなっている方がいますが……」
「んー……ノリが悪い……」
折角の遺跡での休息だと言うのに、一体何があったのだろうとハロルドは考え込むが――想いの通じ合った精霊のことならば、元気づける方法などお見通しなのだ。
「そんなわけでヴェルサーチさん、ちょっと耳を拝借」
「ほほぅ~、おぬしもわるよのぅ」
ぼそぼそと耳元で囁かれた作戦に、ヴェルサーチはにんまりと小悪魔ちっくな笑みを浮かべて。何だかふたり仲良く内緒話をしている様子に、ますますディエゴが難しい顔つきになったその時――「きゃあ~」と物凄い棒読みの悲鳴と同時に、ふたりは彼目掛けてばしゃーんと水をぶっかけてきた。
「あら、私としたことがヴェルサーチさんにかけるつもりがー」
「あー、間違えてディエゴさんに水かけちゃいましたー」
これぞ水も滴るなんとやら。頭から温かい湖の水を被り、ぽたぽたと雫を散らすディエゴへ、わざとらしいハロルドとヴェルサーチの言い訳が聞こえてくる。思いっきり濡れたディエゴは、咄嗟の出来事に何度か瞳を瞬きさせていたものの――段々と事情が呑み込めてきて、ふるふると肩を震わせた。
「お前らー! 絶対わざとだろ!」
――事故を装って、二人で思いっきりディエゴに水をかける。それがハロルドがヴェルサーチに提案した作戦だった。案の定、ディエゴは濡れた上着を脱いで臨戦態勢に突入――ふたりに向かって勢いよく駆けていく。
「くっそ、倍返しにしてやらないと気が済まないッ!」
絶対ムキになって加わると言うハロルドの予感は当たったようで、いつしか三人は夢中になって水遊びを楽しんでいた。
――そうしてその日のせせらぎの洞窟湖には、いつまでも楽しそうな笑い声が響き渡っていたという。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 柚烏 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | 真崎 華凪 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年6月9日 |