「自宅でパーティーなら、やっぱり広いカーラん家だよねェ……」
　タブロス・モールにある喫茶店。
　身体を温める美味しい紅茶を口に運びながら、安宅　つぶらはモールを行き交う人々を眺めた。
　家族連れ、恋人同士、または友人同士。モールの中は結構な混雑だ。
　早々に人混みにうんざりしたらしいパートナーを連れて、つぶらはこの喫茶店にやって来ていた。
　つぶらの声に、真向かいで同じく紅茶を飲んでいたカラヴィンカ・シンは、菫色の瞳を細める。
「以前自宅で襲われた身としては、必ずしも自宅が安全とは言い切れんよなあ」
　見た目からは想像出来ない壮年の声が、愛らしい唇から発せられた。
　このギャップにも随分と慣れたものではあるが、まさかの反論につぶらはむむっと眉を寄せる。
　彼が自宅で襲われて連れ去られてしまった事件は、記憶にも新しい。
「もっと安全そうな場所に心当たりがあるのだが？」
　お金持ってないよ？とつぶらが視線で訴えると、カラヴィンカは鼻で笑った。
「大丈夫だ。金も掛からないだろうよ」
　紅茶を飲み干すと、カラヴィンカは立ち上がる。
「行くぞ、道化」
「はいはい……って、早いよ、ちょっと……！」
　つぶらは慌てて紅茶を飲み干し、小さな背中を追って立ち上がった。


「……って何、つぶらサン家！？」
　辿り着いた部屋の前で、つぶらは思わず叫んだ。
　まさかと思ったけど、本当に自分の部屋の前に迷わず歩いてきたカラヴィンカと、己の部屋の表札を交互に見遣る。
「寒いから、早く扉を開けろ、道化」
「い、いやいやいやいや！」
　つぶらはぶんぶんと頭を振った。
「駄目駄目片付けてないし安アパートだし人を呼べる状態じゃ……」
「鍵はこれか？」
「……て、話聞けってば！」
　カラヴィンカはつぶらのポケットから、ひょいと鍵を取り出すと勝手に扉に差し込んだ。
「ぅおーい！」
「邪魔するぞ」
　カラヴィンカはつぶらの返事を待たず、鍵を開けて中へと入る。
「……ほう」
「あーもう、あんまジロジロ見ないでくれる？　お願いだからッ」
　カラヴィンカはずかずかと奥まで歩いていくと、遠慮なく部屋の中を見渡した。
　貧相な部屋だ。というのが第一印象。
（これが、『つぶら』の部屋……か）
　派手なつぶらの見た目と異なり、部屋は狭く、唯ひたすらに寂しさが詰まっている。
　色のない家具。
　テーブルの上に、オレンジ色の書籍がある。栞が挟まれたそれは、カラヴィンカが彼に貸し出した舞台演劇の演出用台本。
　オレンジは経た年月に幾分くすんではいたが、それでもその色彩だけ、浮いて見えた。
　ここに居ると……心がざわめく。
　特に目を引いたのは、窓。
　息のつまりそうな窓の景色。
「……こんな部屋だから、パーティとか無理デショ？」
　後ろから何とも情けない声が聞こえて、カラヴィンカは振り返った。
　声の通り、情けない顔でつぶらがこちらを見つめている。
　カラヴィンカの口の端が上がった。
「道化。モールに戻るぞ」
　分かってくれた？と、一瞬つぶらの顔が輝く。
「この部屋を飾り付ける材料を揃える」
「えっ？」
「全く不向きな場所をそれらしく仕立てるのも演出の仕事だ、行くぞ」
「ええ～ッ！？」
　悲壮なつぶらの声を背に、カラヴィンカはもう一度部屋を見渡した。


　モールに戻って、カラヴィンカが向かったのはワンコイン・ショップ。
　安さと実用性を重視した品揃えで、勿論パーティグッズも沢山ある。
「道化、カートを引いてこい」
「……へいへい」
　カラヴィンカを止める事は不可能だと理解したつぶらは、諦めモードで言われた通りカートに籠を乗せて、商品と睨めっこする彼の元へ戻った。
　カートのハンドルを握って、つぶらはカラヴィンカの横顔を見つめる。
　怖いくらいに真剣な眼差し。
　急にカラヴィンカの瞳がこちらを向いて、つぶらの心臓が跳ねる。
「上にある造花を取れ」
　カラヴィンカがどんなに頑張っても手の届かない位置にある、造花を指差した。
　つぶらは言われるまま、造花を手に取ってカートに放り込む。ポインセチアの赤が鮮やかだ。
　カラヴィンカはその他に、ガーランドにフラッグ、マスキングテープやフレークシール、ウォールステッカー等々、よく見比べて選んだものを次々籠に入れて行った。
「ふむ、飾りの材料はこれくらいか」
　会計を済ませ、荷物はきっちりつぶらに持たせて、カラヴィンカは満足そうに頷く。
　これをどう使うつもりなのか、つぶらには想像も付かない。
「後は料理だな。地下の食品売り場に向かうぞ」
　まさかご飯まで食べる気なのか。
　つぶらは重い足取りで、カラヴィンカの小さな背中を見つめた。


　結局ケーキまで購入して、二人はつぶらの部屋へと戻って来た。
「さて」
　つぶらが、冷蔵保存が必要な料理や飲み物を冷蔵庫に入れている間に、カラヴィンカは戦利品を広げていた。
　まず彼は造花を手に取る。
　針金ハンガーを丸く曲げ、造花を飾りリボンを結べば、立派なクリスマスリースの誕生だ。
　壁に飾ると、殺風景な部屋がそれだけで少し華やいだ。
「……カーラ、器用なんだなあ……」
　冷蔵庫の前から戻って来たつぶらが、あっという間に出来上がっていたクリスマスリースに目を丸くさせる。
「ぼけっとしていないで、手伝え。このガーランドを壁のリースを囲うように飾り付けろ」
　カラヴィンカは立ち尽くすつぶらに、色鮮やかでポップな三角の紙がカラフルなテープにぶら下がり沢山並んでいるもの──万国旗みたいだ──を投げて寄こした。
「ガーランドって言うんダ」
「ガーランドには、『花輪』や『花冠』という意味がある。そこから転じ、花や木の実を繋げて網状にしたモノを指すようになり、現在に至る」
「成程」
　つぶらは華やかな柄を見てから、壁に飾られているリースを見つめる。
「これを囲うように……ネ」
　カラヴィンカの指示を確認しながら、壁に向かう。
（……って、何でつぶらサンも手伝わされてるんですカ）
　恨みがましくパートナーを振り返るも、彼は真剣にクリスマスカラーのフラッグを立てる場所を吟味して、全くこちらを気にしてもいない。
（……何でアイツあんな目マジなの？職業病？）
　彼は、これも『演出の仕事』と言った。
「よし」
　位置を決めたらしく、カラヴィンカは今度はフラッグの向く方向を調整し始める。
（でも仕事の時はいい思い出無かったみたいだし……じーさんなりに楽しんでんのかな）

『描きたいものと、求められ描かねばならぬものが違いすぎた……それだけのことだ』

　認められないという事は、きっと凄く苦く悔しかったに違いないのだ。

　彼の描きたいものが知りたいと思った。彼の事が、知りたいと。
　これも、彼を知る手段の一つとなるかもしれない。つぶらは言われる通りに手を動かしたのだった。


　オードブルにケーキ。シャンパンで乾杯までして。
　つぶらは大きく伸びをした。
　出来合いのものばかりだったけれども、十分に美味しく食べられました。
　満腹感にころんとその場に転がると、壁に飾られたリースと目が合う。まるで自分の部屋ではないみたいだ。
「どうだった、部屋の演出は」
　食後の珈琲を一口飲んで、カラヴィンカはつぶらを見下ろした。
　心を見透かされたみたいで、つぶらはぎこちなく視線を逸らす。
「未だに自分の部屋って感じが……」
　言い掛けて、つぶらは違和感を覚えた。
「いや、間違いなくつぶらサンの部屋……かな」
　よく見れば、分かる。
　壁は確かに綺麗に飾られた。華やかなクリスマスの雰囲気がこそばゆいくらい。
　けれど──。

（何でこの飾りで窓とか家具とか手加えないかなァ？）

　モノクロの家具、そして窓が酷く浮いて見える。
　そこだけ、染まっていない。前のまま……。
　心拍数が上がった気がした。
　つぶらは胸元を片手で押さえる。

「……わしは、演出を加える時はオリジナルの全てに最大限の敬意を払う」

　カラヴィンカの声が降って来た。いつも通りの彼の声だ。

「良い所も悪い所も、より伝わりやすいようにな」

「……！」
　ガツンと、後頭部を殴られた気がした。
　これが、つぶらという人間なのだと。見抜かれた。
　この家具と窓の風景──寂しくて、孤独で、息のつまりそうな──。

（……これが『道化』の下の『つぶら』か）
　言葉を失くした彼を、カラヴィンカは静かに見つめる。
（おおかた、今とは正反対の性格だったのだろうよ）
　何故『道化』になったのか。その理由までは分からないが。

「そも、悪い所など無い」
　カラヴィンカの声が静かに響いた。
「存在の全てに意味があるとわしは思うが……お前はどうだ？つぶらよ」
　見つめてくる眼差しは、いつも通り。
「……じーさん最悪」
　両腕をクロスさせ、つぶらは表情を隠した。
（……見透かさないでよ、弱い『俺』を）
　意味があるって？……本当に？

　沈黙が落ちる。不快では、ない。
　今はまだ答えはなく、静かな時が二人を只包んでいた。

依頼結果：大成功

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