●特別な約束
　青い夢想花。
　青い恋慕石柱。
　滴り落ちる鍾乳洞のしずくさえも、青い。
　ここは、地下遺跡の時雨の愛唄と呼ばれる空間だ。
「青の世界……幻想的だね」
　そこに『日向　悠夜』は静かに佇んでいる。
　神秘的な青の空間は静謐だった。
「外の喧騒が、嘘みたい」
　ぽつりとそう言った悠夜は、どこか儚げで。
　何もかもが青く美しく色づいた世界で、悠夜は鮮やかな存在感を放っていた。
　ただ……。

　いつもは優しく明るいはずの悠夜が、なんとなく物憂げであることを『降矢　弓弦』は感じ取った。
（普段と様子が違う。悠夜さんのことが心配だ……）
　旧市街のウェディングハルモニアには、地下遺跡と繋がる秘密の通路があったことが判明した。古のウィンクルム達とも関係のある、神秘的な場所だという。
　悠夜と弓弦は戦いの休養に、見つかった遺跡に遊びにきている。
（遺跡が実在するとは……興味深いが）
　それなりに考古学の知識を持つ弓弦にしてみれば、とても興味をひかれる場所だ。知的好奇心からもっと色々と遺跡の調査をしたい誘惑にかられるが、今は遺跡よりも悠夜のことが気になっている。
（戦いの爪痕がまだ残る中で、この儀か……）
　A.R.O.A.が計画した旧市街の演習は、ギルティの干渉により凄惨な実戦へと変貌した。あの戦いの中で、いったい悠夜はどんな思いを抱いたのだろうか。
（……普段と変わらない様に見えるけれど、悠夜さんは大丈夫だろうか）
　いつもよりずっと悠夜の口数が少なく感じられる。
　そんな悠夜を気遣うように、弓弦はそっと彼女に寄り添った。

　時雨の愛唄の風景写真を何枚か撮る。
「……うん。撮影おしまい」
　悠夜は少なめに写真撮影をして、カメラを大切にしまった。それから自分の目でじっくりと景色を見つめる。旅好きな悠夜には、旅先の思い出を写真や絵に残しておく習慣があった。
　時雨の愛唄の景色は幻想的で美しく、弓弦もつい魅入ってしまった。
「弓弦さん。一緒にブーケを作ろうか」
「ああ。そうだね」
　悠夜にそう誘われれば弓弦は頷いて、二人で夢想花を集めていく。この花のブーケがどんな儀式で使われるのか、二人はちゃんとわかっていたが、どちらもあえて口には出さなかった。

　悠夜と弓弦。どちらも口数は少なく、黙々と手を動かす。
　遺跡内の夢想花には様々な色のものがあるが、ここ時雨の愛唄には青い色合いの夢想花が多く咲いている。
　二人で作るブーケも自然と様々な濃淡の青い夢想花が集まっていく。瑠璃色、紺碧、浅葱色。スカイブルーにウルトラマリン。
　悠夜は腰にポーチをつけている。花をつむ途中で、何気なく弓弦が視線を向けると、悠夜のポーチにちょこんとつけられたキーホルダーサイズの可愛らしいテディベアと目があった。ウェルカムテディ。ウェディング衣装に身を包んだ二体のテディベアのキーホルダーだ。
　ほのぼのとした気持ちになって、こっそりとテディに微笑む。それから弓弦は夢想花集めに戻った。
　二人、ただ淡々と花をつんでいく。

　ふいにその静寂を破ったのは、しんみりとした悠夜の声だった。
「……私、景色を写真や絵で切り取るのが好き」
「……うん」
　弓弦が相槌を打つ。悠夜が旅好きなことと、旅先で見た風景をそうして残しておくことは、弓弦もよくしっている。
　弓弦は今は聞き手に徹し、静かに話しはじめた悠夜の横顔をただじっと見つめていた。
「でもね……」
　と、悠夜の言葉は続く。
「でもね、景色を写真に閉じ込めても、この輝きは残せないんだ」
　その青い瞳で、悠夜は周りの景色を見た。
　二人で作ったブーケを見た。
　そばにいる弓弦の顔を見た。
　どれだけ写真を撮っても、残せないものはある。
　悠夜は思いを込めて、弓弦に語りかける。
「……旧市街が襲われたとき、改めて考えたんだ。平穏は、どんな形であれ唐突に崩れてしまう」
「……」
　弓弦の脳裏に、旧市街に出現したギルティがもたらした脅威がよみがえる。当たり前の日常は、突如現れたギルティの前に脆く崩れていった。
　もちろん人々は抵抗した。ウィンクルムやA.R.O.A.は懸命に事態の対応にあたったが……ではそれで全ての人の日常を守りきれたのか、と問われれば、安易に頷くことはできない。
　優しく穏やかな性格の弓弦だ。このことを考えると、少し心臓のあたりがズキリとした。痛みを感じながら、弓弦は悠夜の言葉を繰り返した。
「悲しいけれど、そうだね……。平穏が唐突に崩れてしまうことは……ありえるんだ」

　悲しみを背負った伏し目がちの表情をして、消え入りそうな声で悠夜がつぶやく。
「……その時に、私は一人だったらって」
「悠夜さん」
　よく通るはっきりとした声だった。
　ずっと静かに話を聞いてくれていた弓弦が、先ほどの悠夜の言葉に対しては彼自身の明確な意思をもって反応する。
　あまりに凛とした声と表情だったので、悠夜は少しだけ虚を衝かれたような感覚がした。
「悠夜さん、君は一人じゃない……一人にしない」
　弓弦は悠夜に近づき、その手を伸ばす。優しく肩を抱き寄せ、夢想花のブーケを潰さないよう気をつけながら、そっと悠夜の体を抱きしめる。
「僕が、傍に居る」
　その言葉を弓弦はそのまま自分の行動で示してくれた。
「うん」
　悠夜は弓弦の腕の中に包まれた。
　寄り添う二人。
　互いの温もりを感じながら。
　二人で今ここに生きているということの幸せを噛み締めながら。
　しばしの間、そうして時雨の愛唄で立ち尽くした。
　この素晴らしい輝きだけは、いかなる画家も写真家も切り抜くことはできないだろう。

　充分抱きしめ合った後で、二人はゆるやかに抱擁を解く。
　弓弦は、そばに一際濃い青をした夢想花があるのを見つけた。その花に視線が釘付けになったのは、どことなく悠夜に似た面影を花に見出したからだ。
（深くて綺麗な青だ……。悠夜さんの髪や瞳に近い色をしている。ブーケに加えることができたら……）
　その花を丁寧に手折り、弓弦は悠夜が持つブーケにそっと加える。
「……さあ、これで完成だ」
　時雨の愛唄に咲く、青い夢想花を集めたブーケ。
　とても真摯で誠実な声で、弓弦が悠夜に手を差し伸べる。
「僕達の結婚の儀を始めよう」
「……」
　悠夜は感極まった様子で、しばらく弓弦の瞳を見つめ、そして頷いた。
「うん」
　幸せそうに、迷いなく、弓弦の手を取る。

　古の時代のウィンクルムは、ここで愛を伝える儀式をおこなっていたという。悠久の時のロマンに、弓弦は思いを馳せる。
「弓弦さん」
　悠夜が弓弦に青いブーケを手渡した。
　ブーケを受け取って頷いた弓弦。
　ブーケの受け渡しが完了したのを見届けると、悠夜は愛の気持ちを言葉にして贈る。
「ねぇ弓弦さん、もっともっと二人で色んな事を体験したい」
　そう望みを口にする悠夜の表情はどこか切ない。
「いつか、その時が来て……後悔の無い様に。楽しかったねって笑いあえるように」
　いつか来るその時……。
　平穏が、崩れ去る瞬間。
　人生という旅の終わり。
　その時に後悔したくはないのだと、悠夜はそう言っている。
　少し不安な気持ちが混ざった愛の言葉を弓弦はその包容力で受け入れた。
「写真や絵では残せないすべても、二人で記憶しよう」
　そう言って弓弦は優しく微笑む。少しのユーモアもまじえて、コツンと自分と悠夜の額と額をくっつけた。
「逆境の最中でも、その思い出が希望へと変えられる様に。僕は誓う」
「私も誓うよ」
　悠夜の旅は、まだ続く。
　弓弦も共に歩んでいく。

　さて、結婚の儀の締めくくりは、パートナーの身体のどこかに口付けをすること。
　悠夜と弓弦は、二人分のキスをたった一度で済ませてしまった。
　すなわち、キスは……唇へ。

依頼結果：大成功

＞＞＞煉界のディスメソロジア
キャラクターコンバート！

＞＞＞ファンレターキャンペーン開催中！

＞＞＞チュートリアル漫画むーびー公開！

＞＞＞4thアニバーサリー！情報告知！