プロローグ
旧タブロス市街にある、『ウェディングハルモニア』には、地下へと繋がる道が秘匿されていた。演習の折、偶然に見付けられたものではあったが、その先には神秘的な鍾乳洞の遺跡が、静かに、穏やかに、何かを待ち詫びていた。
*
A.R.O.A.が頻発する苛烈な戦いの中で、僅かでも休養をと考え、新たに今回発見された鍾乳洞の遺跡で休息を提案した。
「我々の調べた限りですと、この遺跡はかつて、ウィンクルムたちが結婚の儀を執り行っていた場所であることが分かっています」
そういった神聖な場所だからこそ、愛を深め、休息になるのでは、と職員は続ける。
「多くを確認はしていませんが、非常に美しく、神秘的な遺跡です。
また、中央付近に存在している石碑によりますと、この遺跡で愛を伝えると、より深い愛情に包まれるそうです」
「結婚の儀?」
ウィンクルムが問う。
「はい。遺跡内には『夢想花』と呼ばれる花が咲いており、その花で作られたブーケをパートナーへと手渡し、
想いのこもった言葉、愛の言葉を伝え、身体のどこかに口付けをする――と言ったものです。
現代の結婚式などとはだいぶ違っていますが、あくまでも愛を深めるための儀式だと思ってください」
「とは言っても、遺跡で唐突にそんなこと、さすがにできないだろ」
意を決して、それだけを行いにいくと言うのはなかなかに勇気がいる。
しかし、職員はここぞとばかりに、この上ない良い笑顔を作った。
「ご心配には及びません。デートスポットは充実しています……!」
熱がこもり始めたのは、気のせいだろうか。
ウィンクルムの懸念をよそに、職員は話を続ける。
「まずは『せせらぎの洞窟湖』です。
透明度の高い水が一番の見どころです。高い水温のおかげで水遊びもできますし、水辺で寛げる椅子も、大自然の粋な計らいで完備されています。
次に、『夢想花の園』です。
先ほども申し上げた通り、ブーケとしても使われる夢想花が生い茂っています。ぽかぽかと春の日差しのような花園でピクニックなど如何でしょう。
次に、『エンゲージ・ボタルの洞窟』です。長いので蛍洞窟としましょう。
せせらぎの洞窟湖から流れる川を小型船で移動しながら、星空の如きエンゲージ・ボタルと、『恋慕石柱』が連なる洞窟を見渡せます。
どんどん行きましょう。
次は『やすらぎの水中洞窟』です。 せせらぎの洞窟湖の水底に開いた洞窟で、ウィンクルムが潜る場合は道具不要、水濡れなく安心して潜ることができます。
呼吸の心配も不要です。100ヤード先が見渡せる水中を探索なんて、素敵だと思います。
続いて、『恋知り鳥の大穴』です。
全長500m、幅30mほどもある大穴です。壁から生えた、色とりどりのクリスタルが見どころです。
かなり高い場所から飛んでいただきますが、ウィンクルムがジャンプする場合、途中で一気に減速して着地に不安はありません。飛ぶ勇気だけです。
まだまだありますよ。
『恋慕石柱のプラネタリウム』です。恋慕石柱としましょう。長いものは略していくスタイルです。
夢想花で自然形成された椅子から、恋慕石柱とエンゲージボタルの織り成す幻想的な景色を眺めることができます。
ほかの場所よりも比較的暗くなっていますので、夜空を眺める気分が楽しめそうです。
最後に、『時雨の愛唄』です。
青い夢想花が咲き誇り、青の空間が広がる神秘的な空間です。
恋慕石柱も青っぽく、鍾乳洞特有の、滴る水滴までもが青く輝く空間となっています。
以上の、多彩なデートスポットをご用意しておりますから、唐突に、前触れもなく愛を叫び出すことはまずないと思ってください。
そうなった場合は、どうぞ自己責任で……」
語尾を濁した職員だったが、今回のデートスポットには相当の自信を持っているようだ。
「古のウィンクルムが執り行った婚礼の儀になぞらえながらの神秘的な遺跡を探索デート、なんていうのも乙だと思います」
普段とは違った景色を眺めてのデート。
二人の距離が近づきそうな、そんな予感がする。
プラン
アクションプラン
水田 茉莉花 (八月一日 智) (聖) |
|
2※アドリブ歓迎 何だか不思議な空間ね、洞窟なのに外みたい …で、何でこんな時まで2人でケンカしてるんですか! お弁当のバスケットはあたしが持ちます! って、またーっ!(追いかける) (花園に着いたら座り込む) 全くもう、少しは落ち着いたらどうなんですかっ! はい、2人とも、夢想花で花冠、編んで下さい …やったこと無かったら教えますから!(無言の圧力) 結構やり始めると長くなっちゃうなぁ… 2人ともいい長さだから、そろそろとめてみない? まあるくなるように…そう、ひーくん上手 ほづみさんのと?じゃあ、まとめてみるね… ハイ、出来ましたよーほづみさん ひーくん、ありがとうね…って、え? ちょっとほづみさんなにやって…きゃぁ! |
リザルトノベル
●結婚の儀
「何だか不思議な空間ね、洞窟なのに外みたい」
ウェディングハルモニアの地下に広がる、鍾乳洞の遺跡。
『水田 茉莉花』が言うように、地下でありながらどこか外にいるような感覚になる。
夢想花と呼ばれる花がいたるところに咲いており、恋慕石柱が太陽のように発光していることから、地下らしい印象が薄れているのだろう。茉莉花達がこれから向かう予定の夢想花の園は、吹き抜けの穴から日が差し込んでくるので、遺跡の中でも特に外に近い雰囲気の場所だ。
花に囲まれてピクニックをしたらきっと楽しそうだと思って、茉莉花は『八月一日 智』と『聖』を連れて、三人で遺跡にやってきた。
しかし……早くも精霊二人の雲行きが怪しくなっている。バチバチと、目に見えない火花が飛び散っているかのようだ。
ケンカの発端は、ピクニック用のお弁当が詰まったランチボックスだった。
「やいコラ、花畑行く前に弁当喰うんじゃねーぞちび助」
「そっちこそ、おなかがすいて早い時間に昼食にするんじゃないんですか、ちびパパ」
聖はちょっと生意気な口調で、ぞんざいに智をあしらう。
「……てっめ、おれはお前より背がたけーぞ、チビって言うなぁ!」
「ぼくはしょう来大きくなることが考えられるんで、み来がありますんで!」
智と聖の口論はそこでストップした。茉莉花から言い知れぬ怒りの気迫を感じ取り、二人共黙る。
「……で、何でこんな時まで2人でケンカしてるんですか!」
ケンカの原因となったランチボックスに茉莉花がパシッと手を伸ばす。
「お弁当のバスケットはあたしが持ちます!」
「あ、おれの力作弁当……」
「あ……ぼくのサンドイッチとからあげ」
こんなことなら、ケンカなどしなければ良かった……。
そう思っても、後悔先に立たずである。
しょんぼりする二人。
しばらく遺跡内を歩くと、目的地である花園がすぐそこまで見えてきた。
突然、聖がダッシュする。
「……パパ、花園にあるあの高いおかまできょう走です」
追い抜きざまにそう一方的に智に宣言し、勝手に競争を仕掛ける聖。眼鏡をかけた容姿や敬語の言葉遣いで真面目そうに見える聖だが、実際はかなり自由奔放な男の子だ。
「あ、ちび助、ずっりー、負けるかー!」
負けじと智が追いかける。聖に先手をとられた分を挽回しようと、大人げない大人の本気の全力疾走だ。
「って、またーっ!」
お弁当のバスケットを持っているので茉莉花は速く走れない。やむを得ず、茉莉花もお弁当を崩さない程度に進むペースを上げた。
「本当にしょうがない2人なんだからー!」
「うっしゃ! いっちばーん! 年の功なめんな!」
夢想花の園の小高い丘に、智は一番で到着した。心地良い勝利の余韻にひたり、元気良くガッツポーズを決める。
「ぼくの足がもう少し長かったら……」
一位を逃した聖は、がっくりと肩を落とす。恨めしそうに、自分の未成長で小さな足に目を落とす。
「全くもう、少しは落ち着いたらどうなんですかっ!」
二人に遅れて花園に着いた茉莉花は、座り込んでバスケットを置いた。何かと張り合いたがる精霊達に、呆れたようなため息を投げかける。
聖が腕組みをして、智に突っかかる。
「むー……ぼくはなっとくいきません。リベンジをもうしこみます」
「おう! こいやーっ、ちび助! 何べんだって受けてやらぁ!」
「……2人とも!」
茉莉花もとうとう我慢の限界に達したらしい。鋭い目つきでお仕置きモードになる。
智の頬をむぎゅっと。
「……って、イダイイダイみずたまりそこおれのほっぺた」
そして聖の耳をぐいっと。
「イタッ! ママ、ぼくの耳引っぱらないで下さい、いたいです!」
花園でまたドタバタ騒ぎが始まる前に、茉莉花が二人を止めた。
二人から手を放した茉莉花は軽く腕を広げて、周りに広がる花々に注目するように促した。
「はい、2人とも、夢想花で花冠、編んで下さい」
「えー。おれ、花冠を編むとかそういうガラじゃないんだけどなー」
「ぼくもあんまりきょうみないです」
「……やったこと無かったら教えますから!」
乗り気ではない二人に、無言の圧力をかけていく。
智がこそっと聖に耳打ち。
「なあ。ちび助、みずたまりはマジで怒ってるぞ。ここは大人しく提案に乗ろうぜ」
「……」
聖は黙ったままで、しかしはっきりと智の提案にコクコクと頷いた。
かくして二人は夢想花の花冠を作ることになった。
最初はプンプン怒って見張っていた茉莉花だったが、二人が素直に花冠作りに集中しはじめると、だんだん怒りも収まって穏やかな気持ちになっていった。
「みずたまり。ここはどうするんだ?」
「あ、ほづみさん。そこはですね」
「ママ。ちょっと見てほしいところがあるんですけど」
「どうしたの? ひーくん。見せて」
細かい部分のやり方を尋ねられれば丁寧に教えてあげたり、自分自身も花冠作りに没頭する。
ピクニックの用意をして花園で夢想花を編んでいく三人の姿は、まるで仲の良い家族連れのようだ。聖が茉莉花と智のことをママパパと呼ぶことと、聖の面影が二人に似ていることから、いっそう本物の家族らしく見える。
しかし、茉莉花にも智にも子供の心当たりはない。
(改めて思うけど、ひーくんって不思議な子なのよね……)
ママパパと呼ばれるようになったのは、茉莉花が聖とウィンクルムの契約をした直後からだ。茉莉花と契約する前には、聖は児童養護施設にいたらしい。聖の実の両親は、いかなる人物だったのだろうか。
色々と不思議なナゾの多い聖に対して、最初は動揺したり接し方に戸惑うことも多かった。だが今は、なんだかんだで茉莉花も智も聖の存在を受け入れている。
そんな聖の秘密が、この先明かされることはあるのだろうか。
(でも……たとえどんなナゾがあったとしても、ひーくんが優しくて良い子なのは変わらないわよね)
熱心に花を編んでいる聖のことを見守りながら、茉莉花はそんなことを考えていた。
花を編んでいた手を休め、茉莉花がつぶやく。
「結構やり始めると長くなっちゃうなぁ……」
夢中で手を動かしていたら、あっという間に長くなっていた。
「……なーんかスゲー長いヤツになったな」
智も編みかけの花冠をまじまじと見つめる。まだ輪の形にはなっていなくて、長い紐状だ。
茉莉花が声をかける。
「ほづみさん作の花冠って、すごく色合いが綺麗ですね。花選びのセンスが良いのかな?」
「お、そうか? そう言われるとなんか照れる……。でも、ま、みずたまりに気に入ってもらえたみたいで、何よりだな!」
照れくさそうな笑顔で、軽く頭をかく智。なんだかとても嬉しそうだ。
「2人ともいい長さだから、そろそろとめてみない?」
「おう!」
「はーい」
智と聖から、元気な返事。
「ママ、こんな風にとめるんですか?」
聖が尋ねる。
花冠をきちっととめるのは幼い聖には少し難しいようで、茉莉花がそばについてやり方を手ほどきする。
「まあるくなるように……そう、ひーくん上手」
「……うん、できた!」
完成した夢想花の花冠を誇らしげに持って、満面の笑みを浮かべる聖。
「すごい! 綺麗にできたわね」
聖が頑張って作った花冠に、茉莉花は惜しみなく褒め言葉を贈った。
「んー……」
智は紐状に編んだ花を見て、何やら考え事をしている。
「これさ、みずたまりのと合わせてでかいのにできねーかな?」
「ほづみさんのと?」
茉莉花はキョトンと不思議そうな顔をした。
「ああ。頼めるか?」
「じゃあ、まとめてみるね……」
花冠にするにはサイズが大きくなりすぎてしまう気もしたが、茉莉花は智の希望どおり二つを合わせる。
茉莉花の指先がせっせと動く。夢想花の茎を上手に束ねて編んでいく。
「ハイ、出来ましたよーほづみさん」
大きな花冠を茉莉花は智に手渡す。
「ありがとうな、みずたまり!」
花冠のサイズを智は入念にチェックしている。
(よし、首にかけられそう……)
実は花冠ではなく、花の首飾りにしたかったのだ。茉莉花に贈るための。
(これなら……)
これなら大丈夫だろう、と智が茉莉花の方を見ると……。
「……これ、ママにかぶせてあげるね?」
聖がちょっと背伸びをして、作った花冠を茉莉花の頭にふわりと乗せる。
ほんわかとした気持ちで茉莉花もお礼を言う。
「ひーくん、ありがとうね」
だが、それはただのプレゼントではなかった。
聖が茉莉花の瞳をじっと見つめる。小さな手が、茉莉花の左手の薬指に軽く触れる。
「ママ、これからもぼくのママでいて下さいね。そして、大きくなったら、ぼくのおよめさんになって下さいね」
「……って、え? ひ、ひーくん?」
びっくりしている茉莉花の頬に、聖が可愛らしくキスをする。
この光景を目の当たりにした智は愕然とした。
だが、ここですごすご引き下がるような智ではない。
「って、あーっ! ちび助てっめー抜け駆けしやがってぇ!」
茉莉花と聖の間に無理やり割って入る。
「ちょっとほづみさんなにやって……きゃぁ!」
抗議する茉莉花に、問答無用だとばかりに花の輪をバサリとかける。
「もうっ! いったい、なんなんですか! ほづみさ……」
文句を言ってやろうと智の顔を見て、茉莉花はハッと息をのむ。
智の表情はとても真剣で。
よく見れば手も緊張気味に震えている。
何かとても大切なことを茉莉花に伝えようとしているようだった。
「みずたま……まりか!」
茉莉花。そう名前で呼ぶ。
智は呼吸を整えた後、ありったけの思いを込めてこう言った。
「いつかはおれの嫁になる事、真剣に考えてくれっ!」
茉莉花の左手をぎゅっと握りしめながら、智がはっきり叫ぶ。
そしてそのままの勢いで、聖がキスした方とは反対側の頬にちゅっと口づける。
それはまぎれもないプロポーズの言葉だった。
「!」
突然智から熱烈な思いをぶつけられ、茉莉花の頬がぽうっと朱色に染まる。
どぎまぎしながら、キスをされた両頬をそっと自分の手で包む。
「ええと……、その! あ、あたしの気持ちは……」
いきなりのことだったので茉莉花は気が動転してしまい、考えが上手く言葉にならない。茉莉花から智への正式な返事を告げるのは、また今度ということになりそうだ。
不満そうに頬を膨らませて、聖が智に抗議する。
「パパ! ぼくが先によやくしたんですよっ!」
「予約って……そういう問題じゃないでしょ、ひーくん」
聖の言葉に、困ったような苦笑でツッコミを入れる茉莉花。
「まりか!」
真剣な智の声。
「すぐに答えを出せとは言わない。でも、おれの言ったこと、真剣に考えてほしい。まりかからの返事、おれは待ってるからな!」
智は本気で気持ちを伝えてくれた。茉莉花も自分の考えをまとめて、智に返事をしなくては。
言葉はなくとも、見つめ合う茉莉花と智。
「あたしは……」
茉莉花の唇がぎこちなく動きかけた。
「さぁ、ご飯食べましょう」
そこで聖がパンッと手を叩いて、甘い空気を変える。
ロマンチックな一時から、のどかな日常へと戻る。
最初は緊張してぎくしゃくと落ち着かない空気が漂っていたが、ランチボックスを広げて美味しいお弁当に舌鼓を打つ頃には、本来の打ち解けた雰囲気に戻っていた。
具だくさんの本格サンドイッチにジューシーなからあげ。美味しい食事で、心の緊張もほぐれていく。
まるで、仲の良い家族のような三人。
この三人が正式に家族となる未来も、ありえるのかもしれない。
「何だか不思議な空間ね、洞窟なのに外みたい」
ウェディングハルモニアの地下に広がる、鍾乳洞の遺跡。
『水田 茉莉花』が言うように、地下でありながらどこか外にいるような感覚になる。
夢想花と呼ばれる花がいたるところに咲いており、恋慕石柱が太陽のように発光していることから、地下らしい印象が薄れているのだろう。茉莉花達がこれから向かう予定の夢想花の園は、吹き抜けの穴から日が差し込んでくるので、遺跡の中でも特に外に近い雰囲気の場所だ。
花に囲まれてピクニックをしたらきっと楽しそうだと思って、茉莉花は『八月一日 智』と『聖』を連れて、三人で遺跡にやってきた。
しかし……早くも精霊二人の雲行きが怪しくなっている。バチバチと、目に見えない火花が飛び散っているかのようだ。
ケンカの発端は、ピクニック用のお弁当が詰まったランチボックスだった。
「やいコラ、花畑行く前に弁当喰うんじゃねーぞちび助」
「そっちこそ、おなかがすいて早い時間に昼食にするんじゃないんですか、ちびパパ」
聖はちょっと生意気な口調で、ぞんざいに智をあしらう。
「……てっめ、おれはお前より背がたけーぞ、チビって言うなぁ!」
「ぼくはしょう来大きくなることが考えられるんで、み来がありますんで!」
智と聖の口論はそこでストップした。茉莉花から言い知れぬ怒りの気迫を感じ取り、二人共黙る。
「……で、何でこんな時まで2人でケンカしてるんですか!」
ケンカの原因となったランチボックスに茉莉花がパシッと手を伸ばす。
「お弁当のバスケットはあたしが持ちます!」
「あ、おれの力作弁当……」
「あ……ぼくのサンドイッチとからあげ」
こんなことなら、ケンカなどしなければ良かった……。
そう思っても、後悔先に立たずである。
しょんぼりする二人。
しばらく遺跡内を歩くと、目的地である花園がすぐそこまで見えてきた。
突然、聖がダッシュする。
「……パパ、花園にあるあの高いおかまできょう走です」
追い抜きざまにそう一方的に智に宣言し、勝手に競争を仕掛ける聖。眼鏡をかけた容姿や敬語の言葉遣いで真面目そうに見える聖だが、実際はかなり自由奔放な男の子だ。
「あ、ちび助、ずっりー、負けるかー!」
負けじと智が追いかける。聖に先手をとられた分を挽回しようと、大人げない大人の本気の全力疾走だ。
「って、またーっ!」
お弁当のバスケットを持っているので茉莉花は速く走れない。やむを得ず、茉莉花もお弁当を崩さない程度に進むペースを上げた。
「本当にしょうがない2人なんだからー!」
「うっしゃ! いっちばーん! 年の功なめんな!」
夢想花の園の小高い丘に、智は一番で到着した。心地良い勝利の余韻にひたり、元気良くガッツポーズを決める。
「ぼくの足がもう少し長かったら……」
一位を逃した聖は、がっくりと肩を落とす。恨めしそうに、自分の未成長で小さな足に目を落とす。
「全くもう、少しは落ち着いたらどうなんですかっ!」
二人に遅れて花園に着いた茉莉花は、座り込んでバスケットを置いた。何かと張り合いたがる精霊達に、呆れたようなため息を投げかける。
聖が腕組みをして、智に突っかかる。
「むー……ぼくはなっとくいきません。リベンジをもうしこみます」
「おう! こいやーっ、ちび助! 何べんだって受けてやらぁ!」
「……2人とも!」
茉莉花もとうとう我慢の限界に達したらしい。鋭い目つきでお仕置きモードになる。
智の頬をむぎゅっと。
「……って、イダイイダイみずたまりそこおれのほっぺた」
そして聖の耳をぐいっと。
「イタッ! ママ、ぼくの耳引っぱらないで下さい、いたいです!」
花園でまたドタバタ騒ぎが始まる前に、茉莉花が二人を止めた。
二人から手を放した茉莉花は軽く腕を広げて、周りに広がる花々に注目するように促した。
「はい、2人とも、夢想花で花冠、編んで下さい」
「えー。おれ、花冠を編むとかそういうガラじゃないんだけどなー」
「ぼくもあんまりきょうみないです」
「……やったこと無かったら教えますから!」
乗り気ではない二人に、無言の圧力をかけていく。
智がこそっと聖に耳打ち。
「なあ。ちび助、みずたまりはマジで怒ってるぞ。ここは大人しく提案に乗ろうぜ」
「……」
聖は黙ったままで、しかしはっきりと智の提案にコクコクと頷いた。
かくして二人は夢想花の花冠を作ることになった。
最初はプンプン怒って見張っていた茉莉花だったが、二人が素直に花冠作りに集中しはじめると、だんだん怒りも収まって穏やかな気持ちになっていった。
「みずたまり。ここはどうするんだ?」
「あ、ほづみさん。そこはですね」
「ママ。ちょっと見てほしいところがあるんですけど」
「どうしたの? ひーくん。見せて」
細かい部分のやり方を尋ねられれば丁寧に教えてあげたり、自分自身も花冠作りに没頭する。
ピクニックの用意をして花園で夢想花を編んでいく三人の姿は、まるで仲の良い家族連れのようだ。聖が茉莉花と智のことをママパパと呼ぶことと、聖の面影が二人に似ていることから、いっそう本物の家族らしく見える。
しかし、茉莉花にも智にも子供の心当たりはない。
(改めて思うけど、ひーくんって不思議な子なのよね……)
ママパパと呼ばれるようになったのは、茉莉花が聖とウィンクルムの契約をした直後からだ。茉莉花と契約する前には、聖は児童養護施設にいたらしい。聖の実の両親は、いかなる人物だったのだろうか。
色々と不思議なナゾの多い聖に対して、最初は動揺したり接し方に戸惑うことも多かった。だが今は、なんだかんだで茉莉花も智も聖の存在を受け入れている。
そんな聖の秘密が、この先明かされることはあるのだろうか。
(でも……たとえどんなナゾがあったとしても、ひーくんが優しくて良い子なのは変わらないわよね)
熱心に花を編んでいる聖のことを見守りながら、茉莉花はそんなことを考えていた。
花を編んでいた手を休め、茉莉花がつぶやく。
「結構やり始めると長くなっちゃうなぁ……」
夢中で手を動かしていたら、あっという間に長くなっていた。
「……なーんかスゲー長いヤツになったな」
智も編みかけの花冠をまじまじと見つめる。まだ輪の形にはなっていなくて、長い紐状だ。
茉莉花が声をかける。
「ほづみさん作の花冠って、すごく色合いが綺麗ですね。花選びのセンスが良いのかな?」
「お、そうか? そう言われるとなんか照れる……。でも、ま、みずたまりに気に入ってもらえたみたいで、何よりだな!」
照れくさそうな笑顔で、軽く頭をかく智。なんだかとても嬉しそうだ。
「2人ともいい長さだから、そろそろとめてみない?」
「おう!」
「はーい」
智と聖から、元気な返事。
「ママ、こんな風にとめるんですか?」
聖が尋ねる。
花冠をきちっととめるのは幼い聖には少し難しいようで、茉莉花がそばについてやり方を手ほどきする。
「まあるくなるように……そう、ひーくん上手」
「……うん、できた!」
完成した夢想花の花冠を誇らしげに持って、満面の笑みを浮かべる聖。
「すごい! 綺麗にできたわね」
聖が頑張って作った花冠に、茉莉花は惜しみなく褒め言葉を贈った。
「んー……」
智は紐状に編んだ花を見て、何やら考え事をしている。
「これさ、みずたまりのと合わせてでかいのにできねーかな?」
「ほづみさんのと?」
茉莉花はキョトンと不思議そうな顔をした。
「ああ。頼めるか?」
「じゃあ、まとめてみるね……」
花冠にするにはサイズが大きくなりすぎてしまう気もしたが、茉莉花は智の希望どおり二つを合わせる。
茉莉花の指先がせっせと動く。夢想花の茎を上手に束ねて編んでいく。
「ハイ、出来ましたよーほづみさん」
大きな花冠を茉莉花は智に手渡す。
「ありがとうな、みずたまり!」
花冠のサイズを智は入念にチェックしている。
(よし、首にかけられそう……)
実は花冠ではなく、花の首飾りにしたかったのだ。茉莉花に贈るための。
(これなら……)
これなら大丈夫だろう、と智が茉莉花の方を見ると……。
「……これ、ママにかぶせてあげるね?」
聖がちょっと背伸びをして、作った花冠を茉莉花の頭にふわりと乗せる。
ほんわかとした気持ちで茉莉花もお礼を言う。
「ひーくん、ありがとうね」
だが、それはただのプレゼントではなかった。
聖が茉莉花の瞳をじっと見つめる。小さな手が、茉莉花の左手の薬指に軽く触れる。
「ママ、これからもぼくのママでいて下さいね。そして、大きくなったら、ぼくのおよめさんになって下さいね」
「……って、え? ひ、ひーくん?」
びっくりしている茉莉花の頬に、聖が可愛らしくキスをする。
この光景を目の当たりにした智は愕然とした。
だが、ここですごすご引き下がるような智ではない。
「って、あーっ! ちび助てっめー抜け駆けしやがってぇ!」
茉莉花と聖の間に無理やり割って入る。
「ちょっとほづみさんなにやって……きゃぁ!」
抗議する茉莉花に、問答無用だとばかりに花の輪をバサリとかける。
「もうっ! いったい、なんなんですか! ほづみさ……」
文句を言ってやろうと智の顔を見て、茉莉花はハッと息をのむ。
智の表情はとても真剣で。
よく見れば手も緊張気味に震えている。
何かとても大切なことを茉莉花に伝えようとしているようだった。
「みずたま……まりか!」
茉莉花。そう名前で呼ぶ。
智は呼吸を整えた後、ありったけの思いを込めてこう言った。
「いつかはおれの嫁になる事、真剣に考えてくれっ!」
茉莉花の左手をぎゅっと握りしめながら、智がはっきり叫ぶ。
そしてそのままの勢いで、聖がキスした方とは反対側の頬にちゅっと口づける。
それはまぎれもないプロポーズの言葉だった。
「!」
突然智から熱烈な思いをぶつけられ、茉莉花の頬がぽうっと朱色に染まる。
どぎまぎしながら、キスをされた両頬をそっと自分の手で包む。
「ええと……、その! あ、あたしの気持ちは……」
いきなりのことだったので茉莉花は気が動転してしまい、考えが上手く言葉にならない。茉莉花から智への正式な返事を告げるのは、また今度ということになりそうだ。
不満そうに頬を膨らませて、聖が智に抗議する。
「パパ! ぼくが先によやくしたんですよっ!」
「予約って……そういう問題じゃないでしょ、ひーくん」
聖の言葉に、困ったような苦笑でツッコミを入れる茉莉花。
「まりか!」
真剣な智の声。
「すぐに答えを出せとは言わない。でも、おれの言ったこと、真剣に考えてほしい。まりかからの返事、おれは待ってるからな!」
智は本気で気持ちを伝えてくれた。茉莉花も自分の考えをまとめて、智に返事をしなくては。
言葉はなくとも、見つめ合う茉莉花と智。
「あたしは……」
茉莉花の唇がぎこちなく動きかけた。
「さぁ、ご飯食べましょう」
そこで聖がパンッと手を叩いて、甘い空気を変える。
ロマンチックな一時から、のどかな日常へと戻る。
最初は緊張してぎくしゃくと落ち着かない空気が漂っていたが、ランチボックスを広げて美味しいお弁当に舌鼓を打つ頃には、本来の打ち解けた雰囲気に戻っていた。
具だくさんの本格サンドイッチにジューシーなからあげ。美味しい食事で、心の緊張もほぐれていく。
まるで、仲の良い家族のような三人。
この三人が正式に家族となる未来も、ありえるのかもしれない。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 山内ヤト GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | 真崎 華凪 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年6月9日 |