●遺跡見物
　ウェディングハルモニアの地下通路の先に神秘的な遺跡があることが判明したと、ウィンクルム達にしらされた。そこは神聖な場所でもあり、特別な体験ができる場所もあるらしい。
「面白そうだわっ！」
　その話を聞いた『アリシエンテ』は、キラキラと瞳を輝かせる。
「今までの鬱憤を晴らして遊ぶわよ！」
　楽しそうにはしゃぐアリシエンテに、『エスト』も落ち着き払いながらも同意する。
「今回の戦闘で鬱積が溜まっていましたから、気持ちは分からなくもありません」
　戦闘中は冷徹な覚悟をもって作戦に臨むアリシエンテだが、平常時は元気で賑やかなお嬢さまだ。
　なかなかギャップがあるものの、どちらのアリシエンテも演技や偽りのない本当の彼女であることをエストはしっている。

　遺跡にやってきたアリシエンテがまず最初に目指したのは、恋知り鳥の大穴だ。不思議な力が働いて、ウィンクルムであれば飛び降りても安全に着地できるという。
「ここが恋知り鳥の大穴ね。どれくらい高いのかしらっ？」
　飛び降りる前に、アリシエンテは大穴をひょいと見下ろす。
　クリスタルが乱立する壁面と、その遥か下にある穴の底。底までは、おおよそ５００ｍはあるだろうか。高さに目がくらむ。タブロスの都市にある一般的なビルよりもずっと高い。
「伊達じゃないわね……！」
　楽しげに言い放つ。アリシエンテは怖気づくどころか、むしろワクワクした。
　他の場所では絶対にできないような特別な体験が、ここでならできるというのも興味をそそられる。

　しかし、彼女のパートナーはそうは思っていないようだ。エストの涼し気な表情は普段とあまり変わらないが、心なしか体をこわばらせているようにも見える。
　アリシエンテはすぐにエストの緊張を見抜いた。
「……あら、エストが緊張している。珍しいっ」
　図星をつかれたエストは、コホンと咳払い。
「……私は高い所は嫌いではありませんが、好きで飛び降りたいとも思──」
　彼が言い終えるよりも先に、アリシエンテが動いた。
「──でも止まり続けるなら置いていくわっ」
　パッと素早く、大穴に向かって駆け出す。
　潔く、迷わず、躊躇わず。
　大穴に一人で身を投じようとするアリシエンテ。

「アリシエンテ！」
　とっさにエストは手を伸ばし、落下寸前のアリシエンテの手を取った。
　エストの心の中で、アリシエンテ一人だけで大穴に向かっていくことが、まるで自分が彼女に置いて行かれるような錯覚と重なった。
「……」
　ここで置いてけぼりになるつもりも、アリシエンテ一人だけで進ませる気もなかった。
　意を決してエストも足元を蹴り、二人もろとも大穴へと落ちていく。

　足には地面の感触はない。
　耳元で風を切る音がする。
　空気の流れで髪が逆立つ。
　より深く落ちていくごとに、壁面のクリスタルはその色合いを変えた。
「なんて素敵な風景なのかしら！」
　落下しながら、景色を楽しむ余裕さえ見せるアリシエンテ。
　地面が近づいてきたところで落下速度がゆっくりになってきた。
　ストッと軽やかに着地。
「ああ楽しかった！」

「……」
　満足そうなアリシエンテとは対照的に、エストは何やら思案げに黙り込んでいる。
（この焦燥は何だったのでしょう……）
　まだ少し心がざわついて落ち着かない。あの時、アリシエンテに置いて行かれるような気がしたのはどうしてなのだろう。
　いくら悩んでもすぐには答えは出そうにない。
「……しかし無事に降りられて何よりです」
　エストは頭上を見上げた。色とりどりのクリスタルが眩しい。
　あれほど高い場所から安全に着地できたなんて、にわかには信じがたい。
「ねえ、エスト！　次は水中洞窟よっ。行ってみましょう！」
　アリシエンテに手を引っ張られ、エストはさらなる冒険にかり出される。

　アリシエンテとエストは次の目的地へ。
　せせらぎの洞窟湖の奥には、やすらぎの水中洞窟が広がっている。
「水の中でも息ができるというのよ！　言葉を声に出してしゃべるのは……どうなのかしらね？」
　可愛らしく小首を傾げる。
　ちゃぷ、と二人で水の中へ入っていく。大穴に落ちる直前に繋いだ手はそのままだ。
　この水中洞窟では、ウィンクルムはダイビングの道具なしでも水に潜ることができる。水の中でも普通に呼吸ができるし、水からあがった後も髪や服がびしょ濡れになったりしない。ウィンクルムにだけ特別な力が作用しているのだろう。
（本当に不思議だわ……）
　神人として戦うことについて強固な意志を持っているアリシエンテ。遺跡の大穴や水中洞窟で神秘の世界を楽しめるのは、ウィンクルムだけに与えられた特権だ。
　ウィンクルムとしていつも奮励努力しているアリシエンテをいたわるかのように、透明で清らかな水は神人と精霊を優しく包み込んだ。

　水中洞窟の中は、明るいけれども音のない静かな空間だった。
（まあ、綺麗っ！　光と水が織りなす絶景ね。それにここの雰囲気って、なんだかエストに似ているような気がするわ）
　エストは光と水の属性をその身に宿すマキナのプレストガンナーだ。光と水。だから、まとっている雰囲気が近いように感じたのだろう。
（本当に素敵な場所……。来て良かったわ！）
　アリシエンテの口元に、にっこりと笑みが浮かぶ。
　澄み切った水の中で踊るように泳ぐ。二人で手を取ったまま、できるだけ奥深くまで潜っていく。
　そうしているうちに、特に綺麗に光が差し込んでいる場所を見つけた。
　発光する鍾乳石、恋慕石柱の光があるおかげで、洞窟だというのに非常に明るい。水の透明度も高いので視界も良好。恋慕石柱の光が水底に美しい陰影の模様を描くのを見てとれるほどだ。
（……）
　幻想的な光差す水の世界。
　アリシエンテとエストは手を繋いだままで見つめ合う。
　二人共、いつの間にか自然に微笑んでいた。
　お互いが同時に、口だけを動かして告げる。

『ありがとう』
　屈託のない笑顔でそうアリシエンテ。

『愛しています』
　音のない言葉を切なく紡いだエスト。

　発した言葉はお互い違う。だが……。
（エスト……）
　彼の唇の動きで、アリシエンテにはその意味がわかってしまった。
　それを受け取るか否か。アリシエンテは真剣に考えた。
　親しい人から好意の感情を向けられるのは嬉しいことだが、それが男女の愛情となると話は複雑になる。向けられた思い全てを受け入れれば良いというわけにはいかない。

　エスト自身も、それは承知の上だった。
（私の言葉が、届く事は……無いのでしょう）
　それまで仲睦まじく見つめ合っていた視線をぎこちなく逸らした。心の中が、切なさで満ちていく。
　不思議な力のおかげで呼吸には困らないはずなのに、エストはなんだか窒息してしまいそうな気持ちになった。

　エストが口にした声にならない愛の言葉は、繊細な気泡になって水の中を舞い上がっていった。
　アリシエンテは昇っていく儚い泡を目で追う。
（でも……もし今日だけならば……）
　昇る気泡を追いかけるように、空いている方の腕を上に伸ばした。
　それから、真っ直ぐな思いを込めた視線をエストの顔へと向けた。
　アリシエンテはエストの胸へ、迷いなく飛び込んでいく。

　これは彼にとってまったく予想外の出来事だったらしく、エストはしばらく何が起きたのかわからない様子だった。かなり驚いている。
　やがてエストはその冷静さを取り戻し、自分の胸の中にアリシエンテがいるという事態を飲み込んだ。
（ああ、アリシエンテ……。貴方という人は……。私の言葉が届く事はない……そう、思ったのに……）
　エストの腕にぎゅっと力がこもる。
　アリシエンテにすがるかのように、エストは強く強くその体を抱きしめた。

　水中洞窟の中で熱い抱擁をかわす二人の姿。
　恋慕石柱の光が、二人を優しく照らし出していた。

依頼結果：大成功

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