薄暗い遺跡の奥。
　まるでライトアップされているかのように、日が当たっている場所へと行きついた。
　ぽっかりと開いた天井からは、まっすぐな日差しが差し込んでいる。
　そしてそれが届く範囲には、花園という名前に相応しく、多くの花が咲き乱れていた。
「これが夢想花……」
　ルイーゼ・ラーシェリマは感嘆の声を漏らした。
　陽光を花弁で受け止めた花々は、まるでそれ自体が、美しく輝いているかのよう。
　ルイーゼは、猫耳のついたキャスケットのひさしを上げた。
　もとは北国の生まれであるから、日差しには強くはない。しかしそれを押しても、この花をよく見たかったのだ。
　ふわと視界が広くなり、目元を覆っていた影が薄くなる。
「綺麗に色づいていて素敵ね」
　眩しさに少々目を細めながら、ルイーゼは呟いた。
　夢想花が、どんな経緯でこの遺跡に咲いているのかは知らない。だがそれらはまるで、誰かの想いをそのまま形どったかのように、多種多様な色に満ちていた。
　鮮やかな赤、淡い黄色、深い青に、濃い紫。その他、色鉛筆を並べたような、カラフルさである。
「他の人達は、この花を使って結婚の儀をしているのよね」
「結婚という節目にこの花を使うというのも頷けます」
　夢見るように瞳を蕩けさせているルイーゼの横で、オリヴァー・エリッドが冷静に言った。
「ここでしか見れないというのが、勿体ないくらいですね」
「そうね」
　ルイーゼが頷く。
　たとえば街中の花壇などではなく、ここにあるからこそ、特別で神秘的で、どきどきするのかもしれないけれど、もっといろんな人が知っても、いいと思う。
　咲き乱れるもののうち、ルイーゼの目を特に惹きつけたのは、白色の夢想花だった。
　大きく広がる花弁は、ウエディングドレスの裾を連想させる。
　純白のそれを着て、他の夢想花で作った、鮮やかなブーケを持てば――。
「きっと幸せになれそう。羨ましいなあ……」
「結婚の儀……、結婚とは言っていますが、内容はそれほど仰々しくなさそうですよね。案外やろうと思えば、俺達でもできそうな……」
　俺達？　その言葉がひっかかり、ルイーゼは並ぶオリヴァーを見上げた。と、彼は普段同様に、真面目な面持ちだ。
　ルイーゼは慌てて首を振る。
「……あっ、ねだってるわけじゃなくて！　ほら私達はまだ早いというか、もっとお互いを知ってから……あ！　これだとなんだか私達がいずれ結婚の儀をやるのが前提のような……ええっとね」
　そうじゃなくて、ううん、オリヴァーくんが嫌だってことじゃないのよ、じゃなくて、ええっと。
　言葉を重ねれば重ねるほど早口になる上に、だんだん、自分が何を言っているかも、わからなくなってきている気がする。
「違うの、じゃなくて、違わないんだけど！」
　といつの間にやら、真っ白な頬を染め、言い繕おうとするルイーゼに、オリヴァーは、金色の目を見開いた。
　唖然として見つめたのは、数十秒。だが銀の髪をぱたぱたと揺らして、薄桃の唇を必死に動かしている彼女を、放っておくわけにもいかず。
「落ち着いてください、大丈夫ですから」
　至極冷静に、そう口にする。
　しかしどうやらその効果は薄かったらしく、ルイーゼは「ごめんなさい、違うの、ごめんなさい」と謝り出した。
　今の発言のどこに謝罪のポイントがあったのか、赤くなったり困惑したり、まったく彼女は忙しい。
　もう一度、気にしなくていいと言ってやればいいのはわかっている。それなのに、ここまで来ると、いっそ愉快になってしまう。
　オリヴァーの唇には、いつしか自然と笑みが浮かんでいた。
　ふ、と息を吐きだすと、自分の発言で頭がいっぱいになっていた彼女も、オリヴァーが笑っていることに気付き。
「もう、笑うなんて酷いわ」
　と、今度は頬をふくらめる。
「すみません、つい」
　微笑を浮かべた顔のまま、オリヴァーはそう返した。
　自分の言葉を聞くゆとりもなく、ころころと変わる表情が面白かったから、などと理由を述べれば、彼女はきっと、もっと拗ねてしまうだろう。
　だが、杞憂はそこで終わり。
　ルイーゼは「とりあえず！」と少しばかり大きな声を出し、破顔一笑、オリヴァーを見上げる。
「私達は今を楽しみましょ」
　その顔をちょっとだけ覗きこんだのは、彼のことが気になったから。
　さっき笑っていたくらいだから、私があれこれ言ったことについて、気にしてないとは思うけれど。
　でもたとえちょっとやだなって思っても、オリヴァーくんは、何も言わなそうなのよね。
　しかし、オリヴァーは平静と変わらぬ顔のまま。自分の提案についても、そうですね、と納得してくれた様子である。
「余所は余所、うちはうちです。そうだ、結婚の儀を行った人に、後で話を聞いてみましょうか」
　これはオリヴァーにとっては、特にふたりの将来を意識してのことではなく、むしろ自分達の話題から逸らすための提案のつもりだった。
　それは、ルイーゼもわかったのだろう。
「それはいいわね。でも新婚さんの邪魔をしちゃわないかしら？」
　と、遠く視線の先にいる人達に、目を向けている。
　誰か知らないあの子達も、いつかは結婚の儀をするのかしら、なんて、内心は考えていたのだけれど、もちろん顔には出さない……ように、気を付けたつもり。
　だって、私とオリヴァーくんは、お友達なんだから。オリヴァーくんが言ったように、うちはうちでいいの。
「なんだか一気にしゃべったから、お腹空いちゃったわ。天気も良いし、お弁当でも作ってくれば良かったわね」
　言いながら、ルイーゼは空を見上げた。
　洞窟の壁があるから、ここから眩しい太陽を臨むことはできないが、代わりに、ぽっかりと丸く切り取られたような青空が見える。
「たしかにピクニックにも丁度良さそうですし、どこかで買ってくればよかったですね」
　オリヴァーはそう言って、夢想花を見下ろしていた。
　ルイーゼさんが言う通り、こんな綺麗な場所ならば、お弁当は普段以上に美味しく食べられたことでしょう。
　そう思ったから、そのままの気持ちを言っただけなのだが、ルイーゼははっとしたように、オリヴァーに目を向ける。
「お料理はできないけど……でもやった事ないだけだもの！　練習すれば、きっとうまくなるわ！」
　その様子に、どうやら彼女が気にしていた点を踏んだらしいと、オリヴァーは合点した。
　しかし別に、手作りに拘っているわけではないのだ。その証拠に、自分は『買ってくれば』と言ったのだから。
　だが『練習すれば』と言われれば、想像してしまう。
　きっと彼女は、キッチンでてんてこ舞いで、食材や包丁を片手に、悪戦苦闘するのだろう。
　今日の様子から容易に想像できて、オリヴァーの口角は自然と上がる。
　しかしそんな彼の様子に、ルイーゼは気付かない。
　彼女は次の機会に向けて、あれこれと思いを巡らせ続けていたからだ。
　たとえば、鮮やかな黄色の卵がいっぱいのサンドイッチ。
　バターたっぷりのさくさくのクロワッサンには、ハムとチーズを挟んで。
　ほかには、じゅわっと肉汁溢れるチキンの揚げ物に、ビーンズとトマトがいっぱい入ったサラダ。
　そんなものがあったら、きっともっともっと、幸せになれたはず。
　そして、オリヴァーさんと食べるためなら、頑張れそうな気もする。たぶん。
　ルイーゼは、視線を下ろし「よし」と声には出さずに意気込んで、両手で拳を握った。
　それから再びオリヴァーを見上げ。
「次の機会があったら、ちゃんと持ってくるわ。期待していてね」
　その笑顔に、オリヴァーは瞳を細めて、首を縦に振る。
「楽しみです」
　ルイーゼは満足そうに微笑み、夢想花に視線を向けた。

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