プロローグ
旧タブロス市街にある、『ウェディングハルモニア』には、地下へと繋がる道が秘匿されていた。演習の折、偶然に見付けられたものではあったが、その先には神秘的な鍾乳洞の遺跡が、静かに、穏やかに、何かを待ち詫びていた。
*
A.R.O.A.が頻発する苛烈な戦いの中で、僅かでも休養をと考え、新たに今回発見された鍾乳洞の遺跡で休息を提案した。
「我々の調べた限りですと、この遺跡はかつて、ウィンクルムたちが結婚の儀を執り行っていた場所であることが分かっています」
そういった神聖な場所だからこそ、愛を深め、休息になるのでは、と職員は続ける。
「多くを確認はしていませんが、非常に美しく、神秘的な遺跡です。
また、中央付近に存在している石碑によりますと、この遺跡で愛を伝えると、より深い愛情に包まれるそうです」
「結婚の儀?」
ウィンクルムが問う。
「はい。遺跡内には『夢想花』と呼ばれる花が咲いており、その花で作られたブーケをパートナーへと手渡し、
想いのこもった言葉、愛の言葉を伝え、身体のどこかに口付けをする――と言ったものです。
現代の結婚式などとはだいぶ違っていますが、あくまでも愛を深めるための儀式だと思ってください」
「とは言っても、遺跡で唐突にそんなこと、さすがにできないだろ」
意を決して、それだけを行いにいくと言うのはなかなかに勇気がいる。
しかし、職員はここぞとばかりに、この上ない良い笑顔を作った。
「ご心配には及びません。デートスポットは充実しています……!」
熱がこもり始めたのは、気のせいだろうか。
ウィンクルムの懸念をよそに、職員は話を続ける。
「まずは『せせらぎの洞窟湖』です。
透明度の高い水が一番の見どころです。高い水温のおかげで水遊びもできますし、水辺で寛げる椅子も、大自然の粋な計らいで完備されています。
次に、『夢想花の園』です。
先ほども申し上げた通り、ブーケとしても使われる夢想花が生い茂っています。ぽかぽかと春の日差しのような花園でピクニックなど如何でしょう。
次に、『エンゲージ・ボタルの洞窟』です。長いので蛍洞窟としましょう。
せせらぎの洞窟湖から流れる川を小型船で移動しながら、星空の如きエンゲージ・ボタルと、『恋慕石柱』が連なる洞窟を見渡せます。
どんどん行きましょう。
次は『やすらぎの水中洞窟』です。 せせらぎの洞窟湖の水底に開いた洞窟で、ウィンクルムが潜る場合は道具不要、水濡れなく安心して潜ることができます。
呼吸の心配も不要です。100ヤード先が見渡せる水中を探索なんて、素敵だと思います。
続いて、『恋知り鳥の大穴』です。
全長500m、幅30mほどもある大穴です。壁から生えた、色とりどりのクリスタルが見どころです。
かなり高い場所から飛んでいただきますが、ウィンクルムがジャンプする場合、途中で一気に減速して着地に不安はありません。飛ぶ勇気だけです。
まだまだありますよ。
『恋慕石柱のプラネタリウム』です。恋慕石柱としましょう。長いものは略していくスタイルです。
夢想花で自然形成された椅子から、恋慕石柱とエンゲージボタルの織り成す幻想的な景色を眺めることができます。
ほかの場所よりも比較的暗くなっていますので、夜空を眺める気分が楽しめそうです。
最後に、『時雨の愛唄』です。
青い夢想花が咲き誇り、青の空間が広がる神秘的な空間です。
恋慕石柱も青っぽく、鍾乳洞特有の、滴る水滴までもが青く輝く空間となっています。
以上の、多彩なデートスポットをご用意しておりますから、唐突に、前触れもなく愛を叫び出すことはまずないと思ってください。
そうなった場合は、どうぞ自己責任で……」
語尾を濁した職員だったが、今回のデートスポットには相当の自信を持っているようだ。
「古のウィンクルムが執り行った婚礼の儀になぞらえながらの神秘的な遺跡を探索デート、なんていうのも乙だと思います」
普段とは違った景色を眺めてのデート。
二人の距離が近づきそうな、そんな予感がする。
プラン
アクションプラン
エリー・アッシェン (ラダ・ブッチャー) (モル・グルーミー) |
|
② 心情 デートや結婚の儀はあまり意識せず、旧市街戦の祝勝会をする気分で三人で遺跡にきました。 行動 大穴に身を投げ出します。 モルさんは鳥のテイルスだけあって、さまになってますね。 着地後は内部を見ながらのんびり。 思わぬ相手から花を渡され動揺で挙動不審に。 よくよく話を聞けば、モルさんは私とラダさんに儀式を勧めているだけでした。 でもウィンクルムの儀式とはいえ、やはり気恥ずかしさがありますし……。 モルさんの話で儀式を決断。 ラダさんの腕をつかみ、最高に格好つけた顔でブーケを差し出します。 「私が一時間に何回『愛してる』と囁やけるかカウントしてみます?」 獣耳にキス。 モルさん、立会人が他人のフリをしないでください。 |
リザルトノベル
「これは、なかなか……」
「ヒャッハアア! すごいねえ!」
「…………まあ、悪くはない」
全長500メートル、壁からクリスタルが突き出ている大穴を、落ちる、落ちる!
星空のベールに覆われたエリー・アッシェンの黒髪が、翼さながらに、宙に広がる。
その隣では、ラダ・ブッチャが、ハイエナの耳に風を受け、短い毛をばさばさと鳴らしていた。
さらにその隣、いつも体を覆っている羽根のマントをはためかせているのは、モル・グルーミーだ。
「モルさんは鳥のテイルスだけあって、さまになっていますね」
エリーは、常のごとくむっつり顔のモルを見やった。
たしかに、とラダも彼に視線を向ける。
モルの背後では、落下当初は薄い水色だったクリスタルが、濃紺へと色を変えていた。
「エリー、見て! クリスタルが……」
「深海を思わせる色ですね。ほら、モルさんも」
「これなら、見る価値がある」
3人は手を広げ重力に身を任せたまま、恋知り鳥の大穴を落下し続けた。
ラスト100メートルほどで減速し、ゆっくり地面に降りられると知っているからこそ、安心して、クリスタルの変化と、普段味わうことのない浮遊感を楽しむことができるのだ。
クリスタルは、濃紺から赤、輝く金を経て、銀色へと変わって行く。月光とも見まごう光に包まれ、3人は大穴の底へと降り立った。
「わっ……地面が硬い」
当然ではあるが、今まで宙を待っていたがゆえに感じたことを、ラダが素直に口にする。
「ラダさん、地面は本来そういうものです」
ベールを整えながら、エリーは小さく笑った。それはそうだけどぉとラダが言い、唇を尖らせる。
だがそれが不満の表れではないことを、エリーは知っている。彼は少しばかり、照れているのだ、たぶん。
あんなことを言いましたが、やっぱり少し違和感がありますね、という思いを込めて、エリーは踵で、地面を一度、たん、と踏んだ。
それから顔を上げて、自分達が降りてきたばかりの大穴を見上げる。
「すごいですねえ……これだけの深さを、飛んできたなんて」
「そうだねぇ。これもエリーとモルが頑張って戦って、勝利を得られたから来れたんだって思うと、心から『お疲れさま!』って言いたくなるよ。……お疲れさま!」
ラダが言うと、エリーは彼を見て、ゆったりと微笑んだ。
「あんな大きな戦いで、一時はどうなることかと思いましたが」
「本当、まさか演習があんなことになるなんてねぇ」
エリーとラダが並んでそんな話をしているのを、モルは黙って見ていた。表情はいつもとまるで変わらない。しかし頭の中では、疑問符が飛び交っていた。
神人とラダは恋仲だ。おそらく我を立会人とし、結婚の儀とやらをするために、ここに赴いたのだろうと思っていたのだが……。
エリーはラダと楽しげに話をしているものの、一向に儀式を始める様子はない。
こんなところ、そう何度も来られる場所でもない上に、いつまでもいられるわけでもなかろうに、全く、手際の悪い奴め。
モルは会話を楽しみつつ、周囲を見回しているエリーとラダを放っておいて、大穴内、白い夢想花が集まって咲いている場所に、歩を進めた。
奴らが動かないのならば、早急に儀式に必要なブーケを調達せねばなるまい。せめてそれくらいは、我が手伝ってやろう。
白に近いパステルカラーを選んだのは、エリーが花嫁さながら、白色の多い衣装を着ているからである。
モルは特に大きな花を探し、10本ほどの夢想花を摘んだ。
本来ブーケにするとなれば、花のバランス云々にこだわるものではあるが、そこまでは気にしない。
ただ、このままではすぐにバラバラになってしまうから、茎の部分を何かで止めたほうが良いだろう。
しかし残念ながら、リボンの類は、髪を止めているものしか持ち合わせていなかった。
ほどくのは面倒なので、考えた末、守り石がついたブレスレットを外して巻いてみる。贈るわけではない、貸すだけだ。
これで花はバラバラにならないし、まあいいだろう。なんにせよ、自分達でしっかり用意をしない、奴らが悪いのだ。
モルは即席の花束を手に、立ち上がると、ひとりくつろいでいるエリーの元へと向かった。
ラダはクリスタルの壁に興味を惹かれているようで、そちらの方に移動している。
まったく、神人を放って何をしているのだ、これではいつまでたっても、結婚の儀とやらはできんだろうと、半ば呆れつつ、モルは足を進めた。
エリーの正面に立ち、その眼前に、夢想花の花束を差し出す。
エリーは当然、驚いた顔を見せた。
「えっ……、これどうしたんですか、モルさん」
「作った」
「何故……?」
正直に言えばエリーは、彼にこんなものを渡される理由がわからない。しかしモルは、あっさりと言うのだ。
「結婚の儀とやらには、これが必要なのだろう?」
「……結婚の儀?」
エリーは花束を受け取ることができないまま、同じ単語を繰り返した。
何故モルさんがそんなことを? そもそも誰と誰の、結婚の話なのでしょう?
モルは、自分とラダが恋仲であることは承知している。しかしこの場にいるのは自分とモルだけだ。
わけがわからず困惑していると、そこにラダの大声が響いた。
「ちょっとモル、何してるの!?」
ラダは大股でふたりの元へやって来ると、モルの手から、夢想花の花束を素早く奪いっとった。
チャリン、と聞こえた小さな音に、注意深く目を向ければ、花束には、見覚えのあるブレスレットがくくりつけられている。
「これ……モルのだよね。どういうつもり?」
ラダは金の瞳を細めて、モルを睨み付ける。だがモルは、一向に気にする様子はない。当たり前だ。
「どういうつもりとは、なんだ。お前達はここで、結婚の儀をするのではないのか?」
「私とラダさんが、結婚の儀を?」
エリーとラダは、顔を見合わせた。ぱちりと一度、瞬きをして、ラダが早々に、モルに視線を戻す。
「ごめん、ボク、なんか誤解してたみたいだ」
「モルさん、すみません。私も今やっと、あなたの行動の意味が分かりました」
「……ということは、お前達は、結婚の儀をするつもりはなかったと」
モルの言葉に、ふたりはまた、互いの顔をちらと見る。
「ウィンクルムの儀式とはいえ、やはり気恥ずかしさがありますし……」
「昔の儀式とはいえ、なんか照れちゃうよねぇ」
そうですよねえ。そうだよねえ、と、ふたりが深く頷く。
だがモルは、自分もまたふたりの意向を勘違いしていたと気付いても、引き下がることはなかった。
ラダの手から取り戻したブーケを、今度はしっかり、エリーの胸に押し付ける。
「演習後の惨事で、日常が戦場に変わる現場を見たばかりであろう? 大切な者がいる毎日が、当然のものではないと実感したのではないのか?」
長身のモルに顔を覗きこまれ、エリーは無言で、表情を引き締めた。胸元の夢想花に目を落とし、束になったそれをそっと掴む。オーガの存在に恐怖と興味を抱くきっかけとなった出来事を、思いだしたのだ。
「……後悔しても知らんぞ」
頭上で聞こえる呟きに、エリーは目を閉じた。
確かに、この日常が、いつまでも続くとは限らない。先の戦いで、敵のすべてを倒すことはできなかった。それは今後も、戦いが続くことを意味している。
それに、アッシェン家の悲劇……女達の、愛の末路もある。
もはや呪いのように付きまとってきたそれに打ち勝つためには、恥ずかしがらずに、堂々と、幸福を求めるべきではないだろうか……ここで儀式をして、何かががらりと変わることは、ないとしても。
エリーはモルが作ってくれた花束を両手で持つと、黙り込んでいるラダを見やった。
旧市街戦の祝勝会をする気分でやって来たけれど、状況も心境も、たった今変わったのだ。
今までラダと過ごしてきた日々を思いだし、エリーは内心で苦笑する。
最初は幽霊と間違えられ、少し親しくなってからも、すべてがいきなりうまくいくことはなかった。
想いが本当の意味で通じ合うには少々時間がかかったし、オーガとの戦いについて、意見が行き違ったこともある。
でも今は、ラダは当たり前にように、ここにいる。いてくれている。
エリーが、ラダの太い腕を掴む。彼は一瞬驚いた顔をしたが、エリーの行動に意味を問いかける時間は与えられなかった。
なぜならエリーが腕にぐいと力を込めて、ラダを引き寄せたからだ。
ふわり。爽やかなシトラスと、甘いフローラル。まとっているふたりの香りが混じりあう中で、エリーは赤い唇に、艶やかな微笑みを浮かべる。
「私が一時間に何回『愛してる』と囁けるか、カウントしてみます?」
そこでラダの肩に手を置いて背伸びをし、ハイエナの耳にキス。
感じた吐息が、触れた唇がくすぐったくて、ラダは思わず肩を揺らして、はにかんだ。
でも、言わないわけにはいられない。なにせ今、熱烈な告白をされてしまったのだから。
エリーの白い頬に、色黒の頬を寄せ、ラダは笑顔のままに囁く。
「ボクから目を離さないでね。ちゃんと見張ってないと即死するホラーゲームみたいに!」
そう言った唇で触れるのは、エリーのまぶたの、緩やかなカーブの上である。
寄り添い微笑みあうふたりは、まさに相愛の恋人同士。あたりを囲むクリスタルも、ブーケとなった夢想花も、彼らを祝福しているかのように、きらきらと輝いている。
だがモルは、明らかに呆れた顔で、ぽつりと呟く。
「お前達の愛情表現はおかしい」
「おかしい……ですか?」
「何が?」
エリーとラダが、きょとんとした表情で、モルを見る。
「……わからないなら、いい」
モルはふたりから顔をそらした。
愛してるのカウントも、ホラーゲームという文言も、ツッコミどころではある気がするが、これが彼らの愛の形と思えば、放っておくのが良いだろう。
なにせふたりはこうして結婚の儀を済ませた恋人――否、夫婦なのだから。
抱き合わんばかりに近付き寄り添っていたふたりは、モルの言葉に怪訝な様子を見せつつも。
「愛してます、ラダさん。愛しています。……ほら、ちゃんとカウントしてくださいね」
「うん、わかったよエリー。でもその前に、時間を確認しとかなくっちゃ」
とやっている。
これはさすがに、一緒にいるのは恥ずかしい。
モルが視線を背けるばかりではなく、体全体をよそへ向けかけると、すかさず、エリーが。
「モルさん、立会人が、他人のふりをしないでください」
――やっぱり、自分は立会人だったのか。
そしてラダが。
「モルも一緒に楽しもうよ」
――一緒に? この儀式を?
すっかり困惑したモルの肩に、ラダの腕が伸びてくる。
気付けば3人は、並んで肩を組んでいた。エリー、ラダ、モルの順番で、なぜか一直線で、大穴を見上げている。
輝くクリスタル。そう言えば帰りはどうするのだろう。エレベーターでもあるのだろうか。
モルがそんなことを考えたのは、現実逃避にほかならない。
もちろん、ふたりを祝福していないわけではない。状況が状況というだけである。
ただ、エリーとラダは、実に楽しそうに笑っていた。
それを見ていると、やはり、いつまでも他人のふりは、できなくて。
「我もお前達を見ていてやろう。ホラーゲームのようにはいかないが、その幸福を、まっとうできるよう」
互いが互いを、失うことのないように。
お前は気張れ、ラダ。
言葉にはせずに、モルは並ぶラダの背を、とんと叩いた。
「ヒャッハアア! すごいねえ!」
「…………まあ、悪くはない」
全長500メートル、壁からクリスタルが突き出ている大穴を、落ちる、落ちる!
星空のベールに覆われたエリー・アッシェンの黒髪が、翼さながらに、宙に広がる。
その隣では、ラダ・ブッチャが、ハイエナの耳に風を受け、短い毛をばさばさと鳴らしていた。
さらにその隣、いつも体を覆っている羽根のマントをはためかせているのは、モル・グルーミーだ。
「モルさんは鳥のテイルスだけあって、さまになっていますね」
エリーは、常のごとくむっつり顔のモルを見やった。
たしかに、とラダも彼に視線を向ける。
モルの背後では、落下当初は薄い水色だったクリスタルが、濃紺へと色を変えていた。
「エリー、見て! クリスタルが……」
「深海を思わせる色ですね。ほら、モルさんも」
「これなら、見る価値がある」
3人は手を広げ重力に身を任せたまま、恋知り鳥の大穴を落下し続けた。
ラスト100メートルほどで減速し、ゆっくり地面に降りられると知っているからこそ、安心して、クリスタルの変化と、普段味わうことのない浮遊感を楽しむことができるのだ。
クリスタルは、濃紺から赤、輝く金を経て、銀色へと変わって行く。月光とも見まごう光に包まれ、3人は大穴の底へと降り立った。
「わっ……地面が硬い」
当然ではあるが、今まで宙を待っていたがゆえに感じたことを、ラダが素直に口にする。
「ラダさん、地面は本来そういうものです」
ベールを整えながら、エリーは小さく笑った。それはそうだけどぉとラダが言い、唇を尖らせる。
だがそれが不満の表れではないことを、エリーは知っている。彼は少しばかり、照れているのだ、たぶん。
あんなことを言いましたが、やっぱり少し違和感がありますね、という思いを込めて、エリーは踵で、地面を一度、たん、と踏んだ。
それから顔を上げて、自分達が降りてきたばかりの大穴を見上げる。
「すごいですねえ……これだけの深さを、飛んできたなんて」
「そうだねぇ。これもエリーとモルが頑張って戦って、勝利を得られたから来れたんだって思うと、心から『お疲れさま!』って言いたくなるよ。……お疲れさま!」
ラダが言うと、エリーは彼を見て、ゆったりと微笑んだ。
「あんな大きな戦いで、一時はどうなることかと思いましたが」
「本当、まさか演習があんなことになるなんてねぇ」
エリーとラダが並んでそんな話をしているのを、モルは黙って見ていた。表情はいつもとまるで変わらない。しかし頭の中では、疑問符が飛び交っていた。
神人とラダは恋仲だ。おそらく我を立会人とし、結婚の儀とやらをするために、ここに赴いたのだろうと思っていたのだが……。
エリーはラダと楽しげに話をしているものの、一向に儀式を始める様子はない。
こんなところ、そう何度も来られる場所でもない上に、いつまでもいられるわけでもなかろうに、全く、手際の悪い奴め。
モルは会話を楽しみつつ、周囲を見回しているエリーとラダを放っておいて、大穴内、白い夢想花が集まって咲いている場所に、歩を進めた。
奴らが動かないのならば、早急に儀式に必要なブーケを調達せねばなるまい。せめてそれくらいは、我が手伝ってやろう。
白に近いパステルカラーを選んだのは、エリーが花嫁さながら、白色の多い衣装を着ているからである。
モルは特に大きな花を探し、10本ほどの夢想花を摘んだ。
本来ブーケにするとなれば、花のバランス云々にこだわるものではあるが、そこまでは気にしない。
ただ、このままではすぐにバラバラになってしまうから、茎の部分を何かで止めたほうが良いだろう。
しかし残念ながら、リボンの類は、髪を止めているものしか持ち合わせていなかった。
ほどくのは面倒なので、考えた末、守り石がついたブレスレットを外して巻いてみる。贈るわけではない、貸すだけだ。
これで花はバラバラにならないし、まあいいだろう。なんにせよ、自分達でしっかり用意をしない、奴らが悪いのだ。
モルは即席の花束を手に、立ち上がると、ひとりくつろいでいるエリーの元へと向かった。
ラダはクリスタルの壁に興味を惹かれているようで、そちらの方に移動している。
まったく、神人を放って何をしているのだ、これではいつまでたっても、結婚の儀とやらはできんだろうと、半ば呆れつつ、モルは足を進めた。
エリーの正面に立ち、その眼前に、夢想花の花束を差し出す。
エリーは当然、驚いた顔を見せた。
「えっ……、これどうしたんですか、モルさん」
「作った」
「何故……?」
正直に言えばエリーは、彼にこんなものを渡される理由がわからない。しかしモルは、あっさりと言うのだ。
「結婚の儀とやらには、これが必要なのだろう?」
「……結婚の儀?」
エリーは花束を受け取ることができないまま、同じ単語を繰り返した。
何故モルさんがそんなことを? そもそも誰と誰の、結婚の話なのでしょう?
モルは、自分とラダが恋仲であることは承知している。しかしこの場にいるのは自分とモルだけだ。
わけがわからず困惑していると、そこにラダの大声が響いた。
「ちょっとモル、何してるの!?」
ラダは大股でふたりの元へやって来ると、モルの手から、夢想花の花束を素早く奪いっとった。
チャリン、と聞こえた小さな音に、注意深く目を向ければ、花束には、見覚えのあるブレスレットがくくりつけられている。
「これ……モルのだよね。どういうつもり?」
ラダは金の瞳を細めて、モルを睨み付ける。だがモルは、一向に気にする様子はない。当たり前だ。
「どういうつもりとは、なんだ。お前達はここで、結婚の儀をするのではないのか?」
「私とラダさんが、結婚の儀を?」
エリーとラダは、顔を見合わせた。ぱちりと一度、瞬きをして、ラダが早々に、モルに視線を戻す。
「ごめん、ボク、なんか誤解してたみたいだ」
「モルさん、すみません。私も今やっと、あなたの行動の意味が分かりました」
「……ということは、お前達は、結婚の儀をするつもりはなかったと」
モルの言葉に、ふたりはまた、互いの顔をちらと見る。
「ウィンクルムの儀式とはいえ、やはり気恥ずかしさがありますし……」
「昔の儀式とはいえ、なんか照れちゃうよねぇ」
そうですよねえ。そうだよねえ、と、ふたりが深く頷く。
だがモルは、自分もまたふたりの意向を勘違いしていたと気付いても、引き下がることはなかった。
ラダの手から取り戻したブーケを、今度はしっかり、エリーの胸に押し付ける。
「演習後の惨事で、日常が戦場に変わる現場を見たばかりであろう? 大切な者がいる毎日が、当然のものではないと実感したのではないのか?」
長身のモルに顔を覗きこまれ、エリーは無言で、表情を引き締めた。胸元の夢想花に目を落とし、束になったそれをそっと掴む。オーガの存在に恐怖と興味を抱くきっかけとなった出来事を、思いだしたのだ。
「……後悔しても知らんぞ」
頭上で聞こえる呟きに、エリーは目を閉じた。
確かに、この日常が、いつまでも続くとは限らない。先の戦いで、敵のすべてを倒すことはできなかった。それは今後も、戦いが続くことを意味している。
それに、アッシェン家の悲劇……女達の、愛の末路もある。
もはや呪いのように付きまとってきたそれに打ち勝つためには、恥ずかしがらずに、堂々と、幸福を求めるべきではないだろうか……ここで儀式をして、何かががらりと変わることは、ないとしても。
エリーはモルが作ってくれた花束を両手で持つと、黙り込んでいるラダを見やった。
旧市街戦の祝勝会をする気分でやって来たけれど、状況も心境も、たった今変わったのだ。
今までラダと過ごしてきた日々を思いだし、エリーは内心で苦笑する。
最初は幽霊と間違えられ、少し親しくなってからも、すべてがいきなりうまくいくことはなかった。
想いが本当の意味で通じ合うには少々時間がかかったし、オーガとの戦いについて、意見が行き違ったこともある。
でも今は、ラダは当たり前にように、ここにいる。いてくれている。
エリーが、ラダの太い腕を掴む。彼は一瞬驚いた顔をしたが、エリーの行動に意味を問いかける時間は与えられなかった。
なぜならエリーが腕にぐいと力を込めて、ラダを引き寄せたからだ。
ふわり。爽やかなシトラスと、甘いフローラル。まとっているふたりの香りが混じりあう中で、エリーは赤い唇に、艶やかな微笑みを浮かべる。
「私が一時間に何回『愛してる』と囁けるか、カウントしてみます?」
そこでラダの肩に手を置いて背伸びをし、ハイエナの耳にキス。
感じた吐息が、触れた唇がくすぐったくて、ラダは思わず肩を揺らして、はにかんだ。
でも、言わないわけにはいられない。なにせ今、熱烈な告白をされてしまったのだから。
エリーの白い頬に、色黒の頬を寄せ、ラダは笑顔のままに囁く。
「ボクから目を離さないでね。ちゃんと見張ってないと即死するホラーゲームみたいに!」
そう言った唇で触れるのは、エリーのまぶたの、緩やかなカーブの上である。
寄り添い微笑みあうふたりは、まさに相愛の恋人同士。あたりを囲むクリスタルも、ブーケとなった夢想花も、彼らを祝福しているかのように、きらきらと輝いている。
だがモルは、明らかに呆れた顔で、ぽつりと呟く。
「お前達の愛情表現はおかしい」
「おかしい……ですか?」
「何が?」
エリーとラダが、きょとんとした表情で、モルを見る。
「……わからないなら、いい」
モルはふたりから顔をそらした。
愛してるのカウントも、ホラーゲームという文言も、ツッコミどころではある気がするが、これが彼らの愛の形と思えば、放っておくのが良いだろう。
なにせふたりはこうして結婚の儀を済ませた恋人――否、夫婦なのだから。
抱き合わんばかりに近付き寄り添っていたふたりは、モルの言葉に怪訝な様子を見せつつも。
「愛してます、ラダさん。愛しています。……ほら、ちゃんとカウントしてくださいね」
「うん、わかったよエリー。でもその前に、時間を確認しとかなくっちゃ」
とやっている。
これはさすがに、一緒にいるのは恥ずかしい。
モルが視線を背けるばかりではなく、体全体をよそへ向けかけると、すかさず、エリーが。
「モルさん、立会人が、他人のふりをしないでください」
――やっぱり、自分は立会人だったのか。
そしてラダが。
「モルも一緒に楽しもうよ」
――一緒に? この儀式を?
すっかり困惑したモルの肩に、ラダの腕が伸びてくる。
気付けば3人は、並んで肩を組んでいた。エリー、ラダ、モルの順番で、なぜか一直線で、大穴を見上げている。
輝くクリスタル。そう言えば帰りはどうするのだろう。エレベーターでもあるのだろうか。
モルがそんなことを考えたのは、現実逃避にほかならない。
もちろん、ふたりを祝福していないわけではない。状況が状況というだけである。
ただ、エリーとラダは、実に楽しそうに笑っていた。
それを見ていると、やはり、いつまでも他人のふりは、できなくて。
「我もお前達を見ていてやろう。ホラーゲームのようにはいかないが、その幸福を、まっとうできるよう」
互いが互いを、失うことのないように。
お前は気張れ、ラダ。
言葉にはせずに、モルは並ぶラダの背を、とんと叩いた。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 瀬田一稀 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | 真崎 華凪 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年6月9日 |