ともしび、えにし(錘里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 女は笑った。それはとても誉れな事だと。
 男は泣いた。これは君を置いていく物だと。
 噛みあわないままの男と女。握り合った二人の手。
 男の甲には、青い紋様が浮かんでいた。

「催しごとは、好きかね」
 A.R.O.A.の受付に現れ、唐突な問いを投げかけた男は、エリックと名乗った。
 そこそこいい身分の貴族であるようで、身なりの整った礼儀正しい男であった。
「掻い摘んで話をさせて貰うとね、僕の妹の旦那が収めている領地内の村で、ちょっとした催しごとをするので、ウィンクルムの皆にもぜひと、案内をしに来たんだ」
 にこにこと笑顔で語るエリックの話を聞いて、職員は一先ずメモを取る。
 エリックには妹がいて、妹は結婚していて、その旦那も貴族らしくて、領地を治めていて、その中にある村で催しごとがある。
 良し、把握した。頷いてから顔を上げて、にこやかに会議室へと促した。
 催しごとの内容はと尋ねれば、エリックはランプを一つ、取り出して机の上に置いた。
「先日、ウィンクルムがショコランドの方で何やら儀式を行っただろう? 真実の儀式という物だと窺ったが」
「良くご存知ですね……」
「良い報せには耳聡い物でね。まぁそれはそれだ。それに似た事を、催しとしてしようと思っているんだ」
 告げて、取り出したランプを見るように促す。
 緩やかに炎の揺れるそれは、炎が灯っているけれど、火種の見えない、不思議なランプ。
「これは、嘘を見破る魔法のランプでね。……というと、なかなか不穏かもしれないが、自分の気持ちに反することを口にすると、炎が大きく変化するんだ」
 このランプを持って、灯りを落とした夜の村で、パートナーと過ごして貰おうという、企画らしい。
 各所で村の若い娘が花のフレーバーティを振る舞ってくれる。腰を掛けられる場所も幾つも設けてあるし、村外れならば人も少ないだろう。
「愛の告白なんかは、人に易々と聞かせたい物でもないだろうしね」
 にやりと口元を笑みに変えたエリックは、手指は概ねそんな感じだけれど、と一度話を収めてから、これは余談なのだけれど、と独り言のように話し始めた。
「僕の妹の旦那がね、先日何があったのか神人に顕現してしまって。妹はウィンクルムに憧れがあるからとても喜んでいたのだけれど、旦那は妹以外のパートナーなど嫌だと言ってね」
 無くはない話だ。ウィンクルムとなった影響で疎遠になってしまった夫婦や恋人も、居ないわけではないだろう。
「旦那は別れたくはないと言っているけれど、妹は、お勤めに支障が出ては大事。その為ならば喜んで身を引きますと、言っていてね」
 男は不安を覚える。女は自分を愛していたわけではなかったのかと。
 それで、兄であるエリックに相談した結果、今回の催しを行うことになったのだ。
「妹が本音でウィンクルムとしての夫を応援するのならそれでいい。妹が本音では夫に自分を選んでほしいと思っているのなら、それでもいい。後は当人同士の話だ」
 当人同士の話であるけれど、まずはその本音を聞きだせなければ意味がない。
 幸いにも、嘘は嘘と見抜かれる魔法の炎がある。
 後は、彼女に口走らせる雰囲気があればいい。
 これから夫がなろうと言うウィンクルムが仲睦まじい姿を見せていれば、妹も自分の気持ちを省みるだろうと、エリックは言う。
「雰囲気を作ってくれるだけでいいのでね、妹に声をかけてくれなくてもいい。催しを、楽しんで貰えればそれでいい」
 穏やかに語ったエリックは、如何だろうかと小首をかしげる。
 受付の職員は、話しを聞き終えて、こくりと一つ頷いた。
「案内は、させて頂きます」
「ありがとう、宜しく頼むよ」
「……差し出がましいようですが、A.R.O.A.としては契約を拒まれるような事態は望ましくないのですが……」
「あぁ、それなら問題ないと思うよ。妹の本音がどうであれ、契約はするだろうから」
 自信ありげなエリックの言葉に、職員が首を傾げれば、彼はにこりと微笑んで、こういった。
「彼の契約精霊、僕みたいなんだよね。あ、彼らには内緒で頼むよ」
 晴れやかな笑顔のエリックは、まぁそれはそれは美しい、ポブルスであった。

解説

●目的
魔法のランプを持って、真実の儀式っぽいイベントを楽しむ事
深刻な話をしてもしなくても、真実を語ってもかたらなくても、イベントを楽しんで頂ければ問題ありません
NPCは放っておいても大丈夫ですが、イベントの雰囲気を壊してしまうとNPCが仕事モードになるので失敗となります

●村
程々の広さの村
イベント中は村の中で花の香りのフレーバーティが振る舞われます
飲食物の持ち込みはご遠慮ください
ベンチが各所に設置してあります。村はずれの方は人があまりいないようです

●魔法のランプ
嘘をつくと炎の様子が変わります。色や形や燃え方など
(錘里のエピソード『【夏の思い出】嘘つきな僕』を参照いただきますと判りやすいかと思います)

●消費ジェール
ランプのレンタル料として、お一人様300jr頂戴いたします

●NPC(構っても構わなくても大丈夫です)
妹(マリエル)
依頼人エリックの妹
フランス人形のような容姿の慎ましやかな女性
ウィンクルムに憧れのある女性です

夫(ミハエル)
エリックの義弟に当たります。
貴族の青年、領地持ち
ウィンクルム契約による影響でマリエルとの関係が変わるのが怖い

エリック
依頼人の青年でマリエルの兄
ミハエルと契約する予定の精霊(ポブルス)
リザルト上には登場しません

ゲームマスターより

人間関係って難しいよね。
まぁ一先ずは楽しんでいこうよ。
そんなノリ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)

  他人の事情だから深く関わらない方が良いんだが、
もし俺からある日顕現の証が消えて、ランスが他の人と適合してるとかなったらさ
うん…そんな例は無いんだけど
突然現われたものなら突然消えたって不思議じゃないって…

悪かったな
最悪を考えるのはクセなんだよ(ふい

大体そうなっても俺は平気だからな(嘘
ランスの癖とか得意な事とかちゃんと引きついで、それからは普通にさ(大嘘
ばっか…不安とか無いし(嘘
ランプばっかり見るなよ(バレてうわああん



変わらない関係なんて無いんだ
誓いは永遠になんて幻影なんだ
だからこそ今の関係を大切にしたい(真実

手を離したら壊れてしまうからこそ
本当の気持ちを伝えないと後悔しちゃうもんな(ミハエルに



柊崎 直香(ゼク=ファル)
  フレーバーティの香り楽しみゼク観察
警戒してるね

ねえゼク
僕達は催しごとを楽しんで良い雰囲気にしなければならぬ
無言では依頼人に失礼ではないかね
と適当に義務感煽って喋らせよっと
では質問

ゼクって好きな人いるの?

何その反応
リアクションとしては面白くて合格点だけど。

あ、もしかして既に恋人いたりする?
さすがに結婚してたら教えてくれるよね

ゼクに恋人かー
紹介してよ?
キミが怪我や病気したら連絡したいし
プライベートも配慮する
今が便利だから住処を別にってのは要相談だけど
任務に支障がなければ僕は別に。

いいよ?
絆の形はそれぞれでしょ
僕達はウィンクルムとしてあればそれでいいんだから

努めて冷静に告げて
彼が炎を見ないことを祈る


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  花の香りのフレーバーティはラキアがとても喜びそうじゃん。行こう行こう♪
嘘を見破るランプってのも何だか面白そう。

ランプ持って、お茶をいただこう。
何の花か良く判らないけど、甘い香りでお茶も少し甘く感じるのが不思議だよな。

村の灯りを落としているから星がとても綺麗に見えるぜ。ちょっと村はずれに行こう。
いつもより星がたくさん見えて、降ってくるみたい。
すげー綺麗。催しに来て良かったな、と満面の笑み。

(ランプ持っている今だから言っておかなきゃ)
オレ、ラキアがパートナーで良かったなってずっと思っている。色々心配かけちゃうれけど『生命預けるからな』って契約した時言ったのは本気だし。誰よりも信頼してるからな。



ショウ=エン(煌夜)
  村の中心付近、景色を楽しみながら

「さて……俺の精霊は格好良く頼りになると思う」
炎が揺れ「おー」と拍手

「俺の精霊は単純でちょろい馬鹿だと思う」
炎が揺れず「おー」と拍手

「騒ぐな。ただの冗談だろう」

「ほら、お前も何か言ってみろ」

真面目な精霊に吹き出す
「無い」

「あのな、生きてれば何かしらの変化は付き物で、特別な事じゃない」
身を引くなんて、理解出来ない
「ただ人間関係が増えただけだ。俺もお前も。今まで通り好きに生きればいい」
全部、俺のものだ。嫁や友人達、コイツ
全部俺のもので、全部楽しみ尽すだけだ
「俺はこれからも嫁を愛してるし、お前の事は、まぁ奴隷として可愛がってやるから」

「だから騒ぐな。あ、お茶ください」



ハーケイン(シルフェレド)
  ◆心境
このフレーバーティは悪くないな
ここ最近精神的に疲れる事ばかりだ
茶の香りが心身に沁みる
おい、他人事のように笑うな
大体は貴様のせいだろうが

ん?あの二人が、件の男女か
夢見る女と言うのは厄介だな
現実や人の感情よりも夢が最優先
あの男も気の毒だな
何だ、何を意外そうな顔をしている
俺にもそれなりに色々あったんだ

だから俺は一人でいたかった
誰かと過ごす事すらもうないと思っていた
一人でいい、一人で生きて行く、その方が気が楽だ
だが、神人になってしまった
まあ……精霊が貴様でそう悪くないと思っていた
あくまで過去形だがな!

はあ……もういい
今更何を言っても後の祭りだ
どうせ貴様からは逃げられん
今は静かに過ごさせろ



 陽の光が柔らかに途絶え、まだほんのりと寒さの残る夜が訪れる。
 村へ訪れたウィンクルムに魔法のランプを手渡しながら、マリエルは穏やかな笑顔で告げた。
「どうぞ、楽しんで行ってくださいね」

●掌に転がす
 火種の無いランプを見つめ、燃える現象に準じるだけの揺らめきを見ながら、ショウ=エンはふむふむと頷いた。
 そこかしこでランプの炎が灯っては、揺れている。その明かりに照らされている人の顔は、楽しげだったり物憂げだったり、照れくさげだったりさまざまで。
 この心地を楽しむのが、イベントだろうともう一つ頷いた。
「さて……俺の精霊は格好良く頼りになると思う」
「は?」
 ショウのパートナーである煌夜は、唐突な発言に怪訝な顔をした。
 その視線の先で、ショウの持つランプの炎が盛大に笑うように、揺れた。
「おー」
「おい!」
 なるほどこれは凄い、と言いたげなショウの拍手にすかさずツッコミを入れるが、楽しそうなショウはさらりと無視をして、ならばと次の言葉を思案する。
「俺の精霊は単純でちょろい馬鹿だと思う」
「は?!」
 てめぇこの野郎、と言いたげな顰め面でショウを睨む煌夜の視線の先で、炎は微動だにせずに、佇む。
 引き攣った顔をする煌夜の気は多分知りながら、ショウはやはり感動したように拍手をした。
「お前いい加減にしろよモガッ?!」
「騒ぐな。ただの冗談だろう」
 ランプの性能を試しただけだと言う、しれっとした顔とは裏腹に、ショウが煌夜の顔面にかましたアイアンクローは強力だった。
「顔掴むなってイダダダ! こめかみに爪食い込んでるごめんなさいごめんなさい!!」
 穴が開きそうな程の力で掴まれてあっさりと根を上げた煌夜に、素直で宜しいと手を放し、ほら、と己のランプで彼のそれを小突いた。
「お前も何か言ってみろ」
 イベントを楽しんで見ろ、と促す言葉に、そう言えば、と煌夜は今回の催しの背景へと思いめぐらせた。
 精霊として生まれた以上、ウィンクルムという存在への憧れは少なからずあった煌夜である。
 だが、それが誰かの人生を犠牲にしているかもしれない現実が、ここにあった。
 まして、己のパートナーであるショウは、今回顕現に至ったミハエルと同様に、妻の居る存在。
「……あんたは顕現して、嫁と揉めたりとか、なかったわけ?」
 もしかして、もしかして彼と妻の間にも、溝が出来たりなんてことは――。
「無い」
 恐る恐る尋ねた煌夜に、対して、ショウは思わずと言った様子で噴出して、きっぱりと答えた。
「おい、俺は真剣に!」
 そのまま喉を鳴らして笑うショウに、きゅ、と眉を寄せた煌夜は詰め寄ろうとするが、するり、眼前に制止の手を滑りこまされ、言葉に詰まった。
「あのな生きてれば何かしらの変化は付き物で、特別な事じゃない」
 ショウに言わせれば、身を引くというマリエルの考えが、理解できない。
 愛されていないのではと不安を覚えさせるのも、その行動では当然だろう。
「ただ人間関係が増えただけだ。俺もお前も。今まで通り好きに生きればいい」
 出会いも別れも人生の一部。
 この契約を咎められる謂れもないし、咎めるつもりもないと、暗に滲まされているようで。
(……気を遣って貰ったのか……)
 もしかしての話なんて、気にするなと、言われているようで。
 好きに、という言葉を小さく反芻した煌夜は、穏やかに笑うショウから、ぎこちなく視線を逸らした。
 そんな煌夜を盗み見て、ショウは喉奥をくつりと鳴らす。
(全部、俺のものだ)
 嫁も、友人も、この精霊も。
 全部全部楽しみつくす。そのためには、何一つ手放すつもりは、ない。
「俺はこれからも嫁を愛してるし、お前の事は、まぁ奴隷として可愛がってやるから」
 にまりとした顔に振り返られて、煌夜の思考が一瞬固まる。
 いい話だったはずなのに、結局人の事は奴隷扱いで。
 しかもシュウのランプの炎は一切揺れていないと来た。
「このクソ野郎ムガッ?!」
「だから騒ぐな。あ、お茶ください」
「だから顔掴むなってイデデすんませんでした離して下さい!!」
 やはりしれっとした顔で優雅にフレーバーティーを楽しむシュウの手がぎりぎりと食い込むのに比例して、煌夜の切実な叫びは、大きくなるのであった。

●星空によく似た
 花の香りのフレーバーティ。それを聞いた瞬間、セイリュー・グラシアはすぐさま思った。
(ラキアがとても喜びそうじゃん)
 浮かぶのは当然、パートナーのラキア・ジェイドバインの花にも似た笑顔に綻ぶ顔。
 行こう行こうと語尾を弾ませるセイリューに、ラキアはふんわりと頷いて、その村に訪れていた。
 嘘を見破る魔法のランプ。それに照らされる村を歩きながら、一番の目当てであったお茶を味わう。
(何の花かよく判らないけど……)
 甘い香りのするお茶は、ほんのりと甘く感じる。
 花そのものの味ではないのだろうが、香りがそうさせているのだろうか。
 すん、と鼻を鳴らしてはのんびりと味わっていたセイリューの横顔を見て、ラキアはくすり、微笑む。
「これは、ローズティーだよ。良い香りだね」
「ん、なるほどローズティ……って、良く判ったな。何の花か、考えてたの」
 ふむふむと復唱してから、ぱちりと視線の合ったラキアに小首を傾げれば、ふふ、とラキアは笑みを零す。
「セイリューは考えてる事が正直に顔に出るんだもの」
「えっ」
「多分、セイリューが思っているより、出てるよ」
 だから、嘘を言っても実はすぐに解るのだと言うのは、笑みの裏側に潜めて。
 そういう裏表のない彼の態度が安心だと言うのも、こっそりと、胸に秘めた。
 かすかに唇を尖らせたセイリューだが、ラキアの言葉に悪い意味がないのも、良く判るから。
 すぐにころりと笑みを浮かべ、ローズティー、と改めて呟いて意識して味わえば、脳裡に薔薇の花が浮かぶ気がした。
 カップをぐいと煽れば、はたと目に付く、満天の星空。
「村の灯りを落としているからかな……星がとても綺麗に見えるぜ。ラキア、ちょっと村はずれに行ってみよう」
 今にも降り出しそうな星。
 外灯もなく、ランプの灯りも少ない村外れに向かうほど、星空はより明瞭に光を放つ。
「すげー綺麗」
 心からの感嘆が、そのまま、セイリューの表情に現れる。
 来てよかったな、と満面の笑みでラキアへと視線を降ろしたセイリューに、ラキアもまた、うん、と同意を返した。
「セイリューって、意外と星空好きだよね」
「……意外か?」
「うん、ちょっと」
 どちらかというと、花より団子、こういう風景的な物には特別な興味も薄いと、思っていた。
 けれど、ラキアの影響とはいえ草花に興味を持っている辺り、人並みに好きなのだろうと、今は思う。
 つぃと空を見上げて、ラキアはその星空に、故郷を思った。
「本当、とても綺麗だね。空に吸い込まれそう」
 懐かしさを滲ませた声がしみじみと広がる。
 暫し、二人で黙って空を見上げていたけれど、不意に、手のひらを暖めるようなランプの存在を、思い出した。
(ランプ持ってる今だから言っておかなきゃ)
 裏などない、本音を。
「オレ、ラキアがパートナーで良かったなってずっと思っている」
 無茶をする事もある。ラキアに心配をかける事も一度や二度ではない。
 だが、『生命預けるからな』と契約の時に告げた言葉は、本気で。だからこそ、誰よりもラキアを信頼していた。
 ラキアとなら、どんな困難も乗り越えて行けると、確信していた。
 真っ直ぐにセイリューを見つめたラキアは、穏やかに笑む。
「セイリューの気持ちはよく判っているよ……オレもね、契約相手がセイリューで良かったと思うよ」
 思っていたよりも戦うことの多いウィンクルムという存在。
 相手が女性であったなら、とうに心が折れていた。
 肉体的に怪我をさせたくないのは当然のことながら、精神の負担も、負わせたくなくて。
「セイリューはそういう事をちゃんと背負えるから凄いって思っているよ」
 ただささやかに燃え、それだけで微動だにしない炎。
 互いのランプをちらと見つめ合い、顔を見合わせた二人は、確かな絆を感じて、笑い合った。

●例えば、なんて
「大勢で食うスキヤキの肉みたいなもんで、ほしいって言わないと伝わらないぜ?」
「いや、流石にその例えはどうかと思うし……他人の事情だから深く関わらない方がいいだろ」
「分かってるよ。野暮だってことくらい」
 肩を竦めて、ヴェルトール・ランスは小さくため息を吐く。
 領主夫妻の話は、やきもきする物があるが、所詮他人である自分たちが口を出す事ではないと早々に離れ、アキ・セイジと共に受け取ったランプを揺らして歩いた。
 神人の顕現やウィンクルムの契約は、人によっては己の人生を揺るがす大事件に等しくもあろう。
 セイジにとってもそれは同じだった。
 突然現れた紋章とパートナーは、セイジの人生を大きく変えた。
(でも、もし……)
 もし、この左手に浮かんだ紋章が消えることがあって。
 傍らにいるパートナーが、別の誰かと適合したりしたら。
「――なんてことがあったりしたら、どうしたものかな」
「え…っセイジそんなこと想定してた?」
 ぽつりと漏らしたもしもの話に、ランスは目を丸くする。
 バツが悪そうに視線を逸らしたセイジは、そんな例はないのは分かってるけど、と言葉を濁す。
「突然現れたものなら、突然消えたって不思議じゃないだろ」
「そりゃ絶対このまま顕現し続ける保証なんて無いけど……最悪すぎるだろ」
 眉を下げたランスに、ふいと視線を逸らしたセイジは、悪かったな、と小さく呟く。
 最悪を考えるのは、癖だ。思い当たる最悪を想定しておけば、いつだって冷静でいられるから。
 そんなセイジの思考が分かるのだろう。ランスは肩を竦めて、苦笑してみせた。
「そんな事になったら、絶望で倒れちゃうよ」
 冗談めかして笑って見せて、ぽん、とセイジの頭を軽く撫でる。
 そんな事はあり得ないと慰める感情が、触れた手のひらから伝わってくるような気がして、セイジは俯きかけた視線を上げて、「まぁそうだな」と少し声を張り上げた。
「大体そうなっても俺は平気だからな。ちゃんと、後任の神人にランスの癖とか得意な事とか引き継いでさ、それからは普通の……元の生活に戻るさ」
 ゆらり。暗がりの中で長く伸びるセイジの影が、身を捩るように、揺れる。
「俺は、平気じゃないぞ。他の奴となんて、お前に頼まれたって嫌だからな」
「……はは。なんだ、気を遣わなくていいんだからな。別に不安とか無いし……」
 ぽふん。ぎこちなく視線を揺らすセイジの頭に、ランスの左手が乗せられる。
 仕方ない奴、と笑ったランスの視線の先で、切なげに表情を歪めたセイジの横顔が、揺れる炎に照らし出されていた。
「嘘つけ。炎でバレバレだっちゅの」
「ランプばっかり見るなよ!」
 本音は隠せない、魔法の炎。
 紡ぐ言葉の一つとしてそれを揺らすことの無かったランスとは対照的に、セイジの炎は如実に彼の動揺を表していた。
 撫でられる心地に思わずこみ上げたものを隠すように目元をさりげなく手で覆い、セイジはそれが収まるまで、唇を噛み締めた。
「――変わらない関係なんてないんだ」
 やがて、かすかに上ずった声が小さく呟く。
 吐き出すような、苦しい声。
「誓いは永遠に何て幻影なんだ」
 揺れる炎以上に、ランスは、そんなセイジの言葉を拒んだ。
「俺は変わらない関係って有ると思うぜ」
 ウィンクルムとしての契約が、例えば絶対ではなくても。
「だって俺、離さないもん」
 『ランス』には、『セイジ』を手離す気がないのだから。
 ランスのランプは、炎を揺らさない。それ以上に、屈託なく笑う笑顔が、裏表のない事を示していて。
 セイジは、見上げて、穏やかに微笑んだ。
「変わるよ……だからこそ今の関係を大切にしたい」
 ランスが願ってくれたのと同じように。変わり得る関係だからこそ、変わらない絆を、結んでいきたい。
「ミハエル達がさ、ちゃんと互いに本音を言えたら……『家族を取られるんじゃなく、家族が増えるんだよ』って笑ってやろ」
「あぁ、そうだな……」
 どうか彼らにも、後悔の無いように。

●君と君の思惑
 ランプを手にしたゼク=ファルは、警戒していた。
 以前、同じような物をどこかで見たような気がしていたから。
 具体的には、夏のビーチで。
 そんなゼクの警戒が如実にわかるから、柊崎 直香はいつも通り、何の気ない顔でフレーバーティを楽しみながら、ゼクを観察していた。
 村の中でもそう端ではない場所。ベンチに腰掛けながら、目の前のランプを睨むように見据えてだんまりを決め込んでいるゼクは、現実逃避するように、無言でお茶を飲んでいた。
 そんな彼に、面白くないなぁと言うような小さな吐息を零し、直香は改まったように、向き直った。
「ねえゼク」
 なんだ、と問い返すのさえ、目線だけ。
 ぴ、と人差し指を立てて、直香は説く。
「僕達は催しごとを楽しんで良い雰囲気にしなければならぬ。無言では依頼人に失礼ではないかね」
「たしかにA.R.O.A.を通しての話だが……」
「でしょう? では質問」
 義務感を煽るような言葉は、正しくゼクの義務感を刺激したが、同時に諦めも刺激した。
(こいつに口で勝てたことあっただろうか……)
 いや、ない。実に綺麗で端的な反語である。
 早々に諦めの心持でランプを見つめたゼクは、憮然とした顔で直香の無茶ぶりに身構える。
「ゼクって好きな人いるの?」
 世間話の延長。とてもとてもありきたりで、時と場合によっては大層盛り上がる質問。
(成程、好きな人か)
 脳内で各種パターンをシミュレートしていたゼクは、ふむと一つ頷いて、反芻する。
(俺の好きな人だな。この場合は、俺の想い人の有無を返答すれば良いわけだな)
 実に論理的に展開されるゼクの思考。
 それゆえに、感情的な物が欠如していた思考回路が、想い人を導き出せるわけがなかった。
 悩むような、たっぷりの間を置いて。
「なっ!?」
「何その反応」
 すっかり冷めたお茶を飲みほした頃の突然の動揺に、直香は真顔でツッコんでいた。
「リアクションとしては面白くて合格点だけど……あ、もしかして既に恋人いたりする? 流石に結婚してたら教えてくれるよね」
 淡々とした直香とは対照的に、明らかな動揺を示しているゼクは、赤面しているような引き攣った顔をしているような良く判らない状態になっていた。
「こ、恋人はいないし無論既婚者でもねえぞ」
 言葉を紡いで、跳ねた心臓を落ち着けて。急に何を、と呟きかけたゼクは、ふと、気が付いて眉を顰める。
「……おい。万一俺に恋人いたらどうするんだ」
 問い返しに、直香はきょとんとした顔をした。
「ゼクに恋人かー。紹介してよ? キミが怪我や病気したら連絡したいし」
 デートとか、プライベートも配慮したいし。
 空のカップがほんのりと冷えていくのを感じながら、直香はつらつらと答える。
「今が便利だから住処を別にってのは要相談だけど」
 任務に支障が無ければ、僕は別に。どちらでも。
 大きな瞳でゼクを見上げ、小首を傾げてけろりと微笑めば。
 怪訝な顔に、射抜かれる。
「お前は、それでいいのか」
「いいよ? 絆の形はそれぞれでしょ。僕達はウィンクルムとしてあればそれでいいんだから」
 それでいい。
 それで、いいんだよ。
「本当に?」
 交わす視線は、睨みあいによく似ている。
 逸らされない、その片割れだけが炎の灯りに揺れている事に。
 せめて、赤の瞳が気付きませんように。

●こころに溶け込む
 村の中心に程近いベンチで、フレーバーティを受け取ったハーケインは、ほぅ、と小さく息を吐く。
「このフレーバーティは悪くないな」
「そうだろう」
 くつ、と喉を鳴らして、隣に並んで腰かけたシルフェレドは言う。
 今回の催し事に誘いをかけたのは、シルフェレドの方だった。
 ここ最近のハーケインの精神疲弊っぷりは著しく、度々に発散や息抜きの時間を与えてやらなければ、今にも心が折れてしまいそうだったから。
 そんなシルフェレドの思惑を、全く気取らないわけでもないけれど、ハーケインが彼を見る目は、じとりと忌々しげ。
 何せ、疲労の要因の大部分が、シルフェレドの影響なのだから。
「他人事のように笑うな」
 誰のせいだと思っている、と言いたげな眼差しは、さらりと躱して。
 ハーケインが気に入った様子のフレーバーティを、己も味わった。
 普段、ハーケインは料理の香りの邪魔になるような飲み物を使わない。だからこそ、その香りを楽しむ飲み物というのは、新鮮だったようだ。
 棘のある態度は変わらぬように見えて、少し、緩んでいるようにも思えた。
「……ん? あの二人が、件の男女か」
 ランプを配っている男女の姿。聞けば彼らは夫婦だと言うが、此度男が神人に顕現し、あわや離婚、という状況だと言う。
 催し事の、そもそもの背景と経緯を思い起こし、ハーケインは眉を顰めた。
「夢見る女というのは厄介だな。現実や人の感情よりも夢が最優先になる」
 女はウィンクルムに憧れを抱いているがゆえ、夫の契約を引き留める事はしない。
 それを愛情の欠落と不安がる男の感情は、最もだとハーケインは思った。
「あの男も気の毒だな」
 小さく呟いたところで、シルフェレドがどこかまじまじとこちらを見つめているのに気が付いた。
「……何だ、何を意外そうな顔をしている」
「いや、別に」
「……俺もそれなりに色々あったんだ」
 濁してはいたが、女の事を話すとは珍しい、と、シルフェレドの顔に書いてあった。
 む、とした素振りでカップに口を付け、ハーケインは突っぱねるように小さく呟いた。
 そう、色々あった。
 だからこそ、ハーケインは一人でいることを願っていた。
 誰かと過ごす事もなく、一人で生きていく。その方が何を憂う事もなく、ただただ気楽だっただろう。
「だが、神人になってしまった」
 誤算だった。顕現の要因は様々だと聞くが、まさか己が当たるとは思っていなかった。
「まあ……精霊が貴様でそう悪くないと思っていた」
「それは」
「あくまで過去形だがな!」
 きっ、と睨む眼差しに射抜かれて、シルフェレドは言葉を押し留められたにも拘らず、くつりと喉を鳴らした。
「そうか」
 干渉し合うことの無い、丁度良い距離感。
 それを崩したのはシルフェレドの方だった。
 小さな傷の積み重なりが生んだハーケインの心の壁。そこに罅を入れて、じわりと薄暗い物を染み込ませている。
 覗く隙間から、『壁』の内側に一人だけ、ハーケインが心を許している存在がいることは知れているけれど。
 それを、押しのけて。ただ一人に捧げた心を奪うのは、さぞ、楽しい事だろう。
 さまざまを含んだ笑みは、けれどシルフェレドの胸中を悟らせない。
 ただ意味深げに笑うシルフェレドを横目に睨んで、ハーケインは溜息をつく。
「今更何を言っても後の祭りだ。どうせ貴様からは逃げられん。今は静かに過ごさせろ」
 変わったランプの話も聞いていることだ。折角のイベントだ。村を歩く時には持ち歩くか、と独り言ちるハーケインを見るシルフェレドの瞳が、薄ら、鋭利に細められた。
(私からは『逃げられない』……)
 つまり、それは。
(『逃げない』と、口にしたな)
 常に身構えている獲物だとて。
 逃げぬのならば、焦る事はない。
 薄暗い物が、また少し、ひび割れた壁の奥へ、染み込んだ。

●初めから、知っていた
 夜が更けて、ランプの灯りも一つ一つ消されていく。
 ゆらりと揺れる灯りが、幾つの本音を暴いたのだろうと思案したマリエルは、ミハエルを真っ直ぐ見つめた。
「私は、貴方に後悔のない道を選んでほしいの」
 それは、マリエルにはできなかった事だから。
「選ぶ『機会』を得られた貴方が、羨ましいわ」
 束縛された貴族だからこそ、その羨望は、何よりも強くて。
「選んで、いいのよ」
 愛と責務を比較するなど些末な事だと。マリエルは揺れぬ炎を手に強く説いた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:柊崎 直香
呼び名:直香
  名前:ゼク=ファル
呼び名:ゼク

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月03日
出発日 04月09日 00:00
予定納品日 04月19日

参加者

会議室


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