最期のその瞬間(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 悪夢を見た。

 ウィンクルム達の働きにより、不思議な地域への扉が開いた。
 古い文献では「ゴシックエリア」と呼ばれ、そして今、「ギルティ・ガルテン(ギルティの庭)」と呼ばれるようになった地域への扉が。
「近いうちに、該当地域『ギルティ・ガルテン』に対して、A.R.O.A.として本腰を入れた調査を行う予定である。危険な地域である可能性が高く、かなりの覚悟は必要と思われる。それまでは準備を万端とし、通達を待つように」
 A.R.O.A.からの連絡を聞いたウィンクルム達は、その夜、様々な思いを抱えて眠りについた。
 不安、高揚、恐怖。
 新たな世界への想いゆえか、それとも新たな世界から流れ込んできた何らかの力によるものか。
 ウィンクルム達は夢を見た。
 色も、音も、香りも、感触も、全てが鮮明で、まるで現実の出来事のようなひどく生々しい夢。その内容は、まさに悪夢。
 隣に立つパートナーが死んでいく夢。
 自分はそれをただ見ているだけしか出来なかった夢。
 そんな悪夢を、見た。

 飛び起きて、それが夢だとわかって、そして、パートナーはちゃんと生きているのだとわかった時。
 湧き上がるのは、どんな感情か。
 その湧き上がる感情を抱え、どんな行動にでるのか。

解説

●悪夢
・神人か精霊、どちらか片方だけが見ます
・悪夢の内容(死に方)はお任せしますが、夢の中では絶対に死んでしまいますし、それをただ見てるだけしか出来ません
・自分が死ぬ夢は見れません

●プランについて
・どちらがどんな悪夢を見るのか、そして起きた後の事を書いてください

●悪夢払い
・あまりにも悪夢を見た人が多かったので、後日A.R.O.A.が聖職者に悪夢払いをしてくれました
・悪夢払い代として500Jrいただきます

ゲームマスターより

生きているなら必ずどこかで来てしまう死という別れ。
けれどこれは夢ですから。
悪夢を見たことにより、パートナーの存在を強く感じてみてください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニッカ=コットン(ライト=ヒュージ=ファウンテン)

  今日も洋服のデザインを考えていて徹夜しかけてたの
月が見たくってカーテンを開けたら、家の前にライトが立っているのが見えたの
寝巻きだし、俯いて突っ立ったまま全然動かないのよ
何事かと思って外に飛び出したわ

あたしが「ライト!何があったの!?」って叫びながら走り寄ったら何か小声で言ったけど聞こえなかったの
で次の瞬間に抱き寄せられてびっくりして固まっちゃったわ

しばらくして落ち着いたのか話してくれたわ
あたしの前にも契約していた神人がいて
その人、ライトの目の前でオーガに殺されちゃったって

急にライトが跪いて騎士が忠誠を誓うポーズを取ったの
びっくりしたけど、肩に手を添えおでこにキスして
絶対に死なないわって言ったわ


月野 輝(アルベルト)
  朝早くからアルから電話
何か緊急事態かと思ったんだけど、様子が何だか変?
「何でもないですか、大丈夫ですか」って何度も繰り返して焦ってるみたいで
しかも来るって、今から!?
やだ、私起きたばかりで髪とかボサボサなのにっ

とりあえず急いで仕度
尋常じゃない早さでやってきたアルは…やっぱりおかしい
頬に触ったと思ったら、え、え!?
ほんとにどうし…もしかして、震えてる?

とりあえず入って
お茶でも淹れるわ

私が死ぬ夢…だからそんなに慌ててたの?
ご両親…目の前で……
大人でいつでも余裕のある人だと思ってた
だけど今のアルは傷ついた少年みたいで
(精霊の頭をそっと抱き締めて)
大丈夫、私はここにいるわ
ずっと傍にいるって約束したもの



八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  夜眠れなくてキッチンに行こうとしたら、アスカ君の部屋から呻き声が聞こえた
魘されているのを心配に思い、部屋に入って
ベッドのシーツを直したり、汗を拭いてあげたり
…?今、私の名前を…?
疑問に思っていたら、腕を取られて捕まり、首を絞められそうになる

アスカく、ん…苦、しい…
途中でアスカ君が気が付いてくれて解放されて咳き込む
だ、大丈夫だよ…怖い夢を見たんだね
私も眠れなくて…落ち着くまでここにいてもいい?
ベッド横に座り、アスカ君が眠るまで頭を撫でる

彼が時々昔の夢を見て魘されているのは勘付いていた
でも今日は私の夢だったのかな
告白の答えを保留にしたままだから…?
だとしたら私、アスカ君を傷つけているのかもしれない


アンダンテ(サフィール)
  悪夢見る側
血濡れの精霊の手を握り締め呆然と座り込む
何があったかは思い出せないけど
段々冷たくなる体温が、もう彼が目を覚ます事はないと伝えてくる

飛び起きて周囲を見て自分の部屋と気づき安堵
夢だと分かってもいてもたってもいられなくて精霊の元に向かう

ああ、よかった
生きているわね
夢を見たの、サフィールさんが死んでしまう夢

死んでしまったのは悲しいしすごく心が痛くなったのだけれど…
でも安堵した所もあるの
いつかまた会えるって、希望を持ち続けなくていいもの

だってみんないなくなってしまうのだもの
また会えるのかわからない人を待ち続けるのはもう疲れたわ…

ええ、長生きして
私の目の届く範囲でお願いね
貴方まで、失いたくないわ


一つ目の悪夢は『ライト=ヒュージ=ファウンテン』に。死にゆくのは『ニッカ=コットン』。

■月下の誓い

 気がつくとニッカと共に薄暗い森に立っていた。
 一体何処なのか。どうして此処にいるのか。何もわからなかった。
 けれど、肌を刺すようなこの殺気。
 そう、この殺気で判る、何かに取り囲まれている。
 暗くて姿は見えない、が、強敵であることはわかる。だから汗が吹き出し全身が震える。
 ―――ああ、これはいつの事だ。
 神人を護らなければ。
 ―――俺の神人は誰だ。
 そう思ったが動けなかった。
 ―――俺の、神人は。
 囲まれていることには気が付いていた。俺は気がついていたのに。
 気が付いていなかった俺の神人は、ニッカ=コットンは、突如ビクリを体を震わせると、真っ赤な血しぶきを撒きながら笑顔のまま倒れた。
 暖かい血が、顔にかかった。
 さっきまで隣に立っていた。さっきまでその笑顔は固まっていなかった。さっきまでは確かに、確かに、生きて。
 ―――また、護れなかった……!
 膝から崩れ落ちる。それでも視線を外せない。護る筈だった存在から。
 目の前には、俺が護れなかったニッカが血塗れで横たわっていた。

「……ッ!」
 ライトは飛び起きた。
 見回すまでもなくそこは自分の部屋で、血の匂いなどない、静寂に満ちた夜だった。
 夢だったのだ。さっきまでの光景は、全部。
 夢だとわかっていても、全身を汗が伝う。呼吸が浅く速い。いや、夢を見ていた時からきっとこうだったのだ。
 夢だった。
 けれど、過去だった。
 ライトはじわりと涙がにじむのがわかったが、拭いもせずただ拳を握り締め、唇を強く噛んだ。
 夢だ。どれほど生々しくとも、あれは所詮夢だ。
 そう思っているのに、気がつくと寝巻きのまま、ニッカのもとへ走り出していた。
 行かなければ。
 神人のところへ。
 いや、ニッカのところへ。
 そして話そう、過去のことを。
 夢のことを。

 ニッカは椅子から立ち上がり伸びをする。
 今日も今日とて、洋服のデザインを考えて徹夜しかけていたのだ。
 少し休憩を、もしくは今日はこれで終わろうか。そんな事を考えながら、不意に月が見たくなって、部屋のカーテンを開けた。
 すると、まだ暗闇が広がる外に、見知った存在がポツリとたっていた。
「え……?」
 ライトだ。
 寝巻き姿で、俯いて、ただ突っ立ったまま全然動かない。普段の完璧さからは考えられない様子ではあったが、間違いなくライトだった。
 ニッカは慌てて外に飛び出す。一体何があったのかと心配しながら。
「ライト! 何があったの!?」
 近所迷惑も考えずに叫びながら走り寄る。そんなニッカに気付いたのか、ほんの少しだけ顔を上げ、ライトは何か小声で呟いた。
「ライト? 今、何て言っ……」
 ニッカの声は最後まで紡がれない。ライトが強くその両肩を掴んだからだ。
 許しを請うように、縋るように、ニッカの両肩を掴んだまま、頭をその肩口に寄せた。
 予想外の行動に、ニッカは驚いて固まる。
 けれど、拒絶はしない。
 そのまま、静かに。ライトが落ち着くまで、動かずに支えとして立っていた。
 どうすればいいのか、わからなかったのかもしれない。

「……夢を見たんです」
 しばらくして落ち着いたのか、ライトは静かに話し始めた。顔を上げ、強く掴んでいた肩に、そっと優しく手を置いて。
「現実のように生々しい夢で、その夢の中で、お嬢さんが……」
 目の前にいたのに、護れなかったのだと。
 ライトは申し訳なさそうにそう言った。
「そうだったの」
 ニッカはほうっと息を吐き出す。自分が死んでしまった夢というのは気持ちのいいものではないが、それでもただの夢だ。ライトに大変な事が起きたではと心配した事を思えば、大した事ではないとわかって安堵する。
 そんなニッカの様子にライトは小さく苦笑し、そしてその場で跪く。
「え? ええ?」
 まるで騎士が忠誠を誓うようなポーズをとるライトに、ニッカは慌てる。けれど、ライトは真面目な声で語る。
「夢は夢です。現実は違う。必ずお嬢さんを……ニッカ=コットンを護ります」
 そう、今度こそ。今度こそ護るのだ。
 ライトは強く心に誓いを刻む。
 過去は、まだ言えなかった。
 自分達の間にある絆はまだしっかりとしたものではない。これから積み重ねていくものだ。そうして確かな絆が出来る時には、過去も何もかも語れるように。
「そうよ、現実は違うんだから。大丈夫よ」
 ライトの頭上からニッカの声が降る。
 そしてさっきまでとは反対に、ニッカがライトの両肩に手を添え、誓いに答えるように額へとキスを送る。
 驚いたように顔を上げたライトに、ニッカは笑顔を見せる。
 明るく照らすような笑顔を。
「絶対に死なないわ」
 ああ、この笑顔を、固まらせることなど、決して。
 ―――絶対に、死なせはしない。





二つ目の悪夢は『アスカ・ベルウィレッジ』に。死にゆくのは『八神 伊万里』。

■すれ違う現実

 それはいつもの悪夢のはずだった。

 息が切れる。苦しい。だけど逃げなければ。
 だって、オーガが。
 ―――故郷をオーガが襲い、まだ未契約だった俺は家族と逃げていた。
 どうしてこんなことになったんだ。
 だってウィンクルムがいたのに。オーガを倒してくれる筈のウィンクルムが、俺の故郷にはいたのに。
 ―――一緒に逃げていた家族はオーガに殺され、俺は崖に落ちる。落ちるのに、死んだ家族をはっきりと見てしまう。
 どうしてウィンクルムは助けてくれないんだ?!
 ―――それがいつもの悪夢で、だけど今日はまるで過去に戻ったように現実味があって。
「ッ?!」
 オーガに殺されたのは、家族ではなく、伊万里だった。
「い、伊万里……?」
 俺は崖に落ちず、倒れた伊万里に震える手で触れる。
 そこに、命のぬくもりは、無い。
「伊万里……ッ嘘だ、伊万里、伊万里!!」
 違う。こんなのは知らない。こんな現実は知らない。だけど、間違いなく抱きかかえているのは俺の知っている伊万里で、それなのに二度と自分に触れない、自分の名を呼ばない。
「伊万里……」
 死んでしまった。
 頭が割れるような絶望を自覚した瞬間、バサッという音に響く。はっと顔を上げると、オーガが空を飛んで去っていった。
 ―――あいつが殺したんだ。
 絶望より、悲しみより、ふつふつと怒りがこみ上げる。
 次の瞬間、何故か目の前に、ずっと信じていたウィンクルムが。故郷を見捨てて逃げ出したウィンクルムが現れた。
 ―――お前らが、殺したんだ!!
 一気に怒りが膨れ上がり爆発した。
 我を忘れてウィンクルムの片割れ、神人に掴みかかり、その首を両手で強く絞めあげて―――……

 伊万里はその夜、何となく眠れなかった。
 何か飲み物でも、とキッチンに向かう途中、アスカの部屋から呻き声が聞こえた。
 魘されているのではと心配に思い、部屋にそっと入ると、案の定、ベッドの上には苦しそうな顔のアスカがいた。
 その苦しさを少しでも和らげる事は出来ないかと、乱れた寝具を整えたり、汗を拭いたりしていると
「……伊万里……ッ」
 辛そうな、搾り出すような声が聞こえた。
「……? 今、私の名前を……?」
 疑問に思った瞬間、寝ている筈のアスカが勢いよく飛び起き、伊万里の細い首を掴んだ。
「アスカ君?!」
 伊万里の驚きの声は物理的に潰される。首を絞められることによって。
「……ッ」
 ギリギリと絞めてくる力の強さに、今のアスカが正気でない事を知る。だがそれがわかったところで何になるのか。
 苦しいよりも痛い。
「アスカく、ん……苦、しい……!」
 気付いて。
 そう願いながら微かに出る声で名前を呼べば、ふっと首を絞めていた力が緩む。
「伊、万里……?!」
 解放され、止められていた呼吸を再開させようと、喉が壊れたような音を立てて酸素を取りこむ。だが、すぐに盛大に咳き込んでしまう。
「伊万里!? 大丈夫か?」
 咳き込んだ伊万里に、アスカは慌てて背中をさすったりして落ち着くのを待つ
「ごめん、ごめん伊万里……! ごめん!」
「だ、大丈夫だよ……怖い夢を見たんだね。私も眠れなくて……」
 喋れるまでに回復した伊万里が、無理やり笑顔を作りながら言う。
「怖い……そうだな、怖い、夢だった」
 そう零すアスカの顔色は暗闇でもわかるほどに悪い。
「……落ち着くまでここにいてもいい?」
 アスカ君が寝られるように、という伊万里の申し出に、アスカは一度目を見開き、けれどすぐ、子供のように力無くこくりと頷いた。
 もう一度眠る体制になったアスカの横に座り、伊万里はそっとアスカの頭を撫でる。
 その手のぬくもりにアスカは眼を細める。
 夢の中で守れなかった。現実で首を絞めた。けれど、今確かにあるこのぬくもり、存在。
「ごめん、守るって言ったのに俺……」
 ただ謝罪を述べて、アスカはまた微睡む。伊万里が側にいるなら、きっともう悪夢は見ないと信じながら。撫でられることでひどく安心しながら。
「……伊万里の手は暖かくて優しいな」
 小さく呟いた声が伊万里に届いたかどうかは、わからない。

 彼が時々昔の夢を見て魘されているのは勘付いていた。
(でも今日は私の夢だったのかな)
 眠りに落ちたアスカを見ながら、伊万里は一つ、胸に渦巻くものを感じる。
 どんな夢だったのかはわからない。けれど、アスカが見た夢が昔の悪夢ではなく、今の悪夢ならばそれは。
(告白の答えを保留にしたままだから……?)
 アスカの優しさに甘えるようにして、まだ自分の心を見極められないから先送りにしている事が、自分の存在が、アスカを傷つけているのかもしれない。
 ―――もしそうだとしたら、どうすればいいんだろう。

 まだ夜は深い。暗闇は視界を奪う。
 自分の答えも、二人の近づいた距離も、今は見えなくなっていた。





三つ目の悪夢は『アルベルト』に。死にゆくのは『月野 輝』。

■初めての顔

 幾度か目にした恐ろしい存在、ギルティ。
 悲劇はそのギルティとの戦いの最中に起きた。
 ウィンクルムなのだから危険とは常に隣りあわせなのだと、知っていたけれど。
 アルベルトの目の前で、輝がギルティの手にかかる
 急いで助けなければ。そう思っているのに、自分も戦いで傷ついていて身体が動かない。
 ―――早く、急がなければ、死んでしまう。
 いつかの光景が脳裏に甦る。
 オーガに殺されてしまった両親。何も出来ずに、ただ目の前でそれを見ていた自分。
 今の自分には命を助ける為の知識があるのに、命を救う為の技術があるのに、それなのに。
 ―――早く、どうして動かない、動けない、急がなければ、動かなければ。
 目の前で輝が血を流して倒れている。いつかの両親のように。横たわったまま、辛そうに、気遣うようにこちらを見ている。
 その眼の光が弱弱しくなり、やがて……。

「私は、また何も出来ないのか!」

 叫んで、アルベルトは目を覚ました。
 全部、夢だった。
 目の前で両親が死んだことも、目の前で輝が死んだことも、全部、全部ただの夢だった。
 いや、違う。両親は確かに自分の目の前で死んでしまった。それは変えられない過去で。
 では、輝は?
 夢だ。夢の筈だ。どれだけ過去と重なろうと、どれだけ本物の様な光景だろうと、あれは夢だった筈だ。
 それでも、ドクドクと早まる鼓動は、アルベルトにすぐ確認しろと急き立てる。
 朝日がようやく昇った時間。非常識だとわかっていながらも、アルベルトは胸に張り付く不安に押され、電話を手に取った。

「アル? どうしたの?」
「私はいいんです。輝は何もないですか、大丈夫ですか」
「だから、何もないわよ」
 あまりにも早い時間の電話に何か緊急事態かと緊張した輝だったが、電話口で焦ったように同じ質問ばかり繰り返すアルベルトに困惑する。明らかに様子が変だ。
 何度目かの問答を終えると、アルベルトは掠れるように息を吐き「今からそっちへ行きます」と告げて電話を切った。
「……え? 来るって、今から!? やだ、私起きたばかりで髪とかボサボサなのにっ」
 寝起きだった輝は急いで支度をし、アルベルトを迎え入れる準備をした。
 そうしてその準備が終わったかどうかという時、アルベルトが到着する。尋常じゃない早さでの到着から、輝はやはりおかしいと思うのだが、それは実際に顔を合わせて確信となる。
「本当に、輝ですね? 生きてますね?」
 輝を見て何故か固まっていたアルベルトが、言って、するりと輝の頬を撫でた。
(……温かい)
 困惑を深める輝を余所に、アルベルトはその温もりに確かに生きている事を実感し、衝動のままに輝を抱きしめた。
「え、え!? ほんとにどうし……」
 何が起こっているのかわからない輝だったが、抱きしめられた事によってアルベルトがほんの少し、本当にほんの少しだけ震えていることに気がつく。
「……とりあえず入って。お茶でも淹れるわ」
 少しでも落ち着かせるように、輝はそっと言った。

 入れてもらったお茶で、気がつけば乾いていた喉を潤す。そうしてようやく落ち着いて、アルベルトは夢の話をした。
「私が死ぬ夢……だからそんなに慌ててたの?」
「そうですね……いえ、それだけじゃないんです。不思議なもので、あまりにも生々しい夢だったからか、夢の中で過去を鮮明に思い出して……それで、夢が夢なのかわからなくなって……」
「どんな過去?」
 輝の問いに、アルベルトは一度黙る。
 もう一度温かなお茶に口をつけ、ずっと心に抱えていた重荷を置くように、低い声で言った。
「私の実の両親は、私の目の前でオーガに殺されました」
 それが、夢の中の輝の最期と、重なってしまった。
 何も出来なかった。それが子供ゆえの非力さとはいえ。夢の中の事とはいえ。
 だからこその動揺。
「ご両親……目の前で……」
 輝は自身の過去も合わさって、口の中で噛み締めるように呟く。
 覚えていない過去と、覚えている過去。それが辛いものなら、どちらの方がいいのだろう。
 アルベルトは全て語り終えたとばかりに俯いている。それはまるで傷ついた少年のようで。
(……大人でいつでも余裕のある人だと思ってた)
 輝はそっとアルベルトの頭を抱き締める。優しく、けれどしっかりと。
「大丈夫、私はここにいるわ。死んでなんかいない」
 抱きしめられたアルベルトは、自分でも驚くほどに安堵していくのを感じ、その目に涙が滲むのを自覚した。
「こんな情けない姿を見せるつもりは無かったのですが」
 言いながらも、この柔らかな抱擁から抜け出すことはしない。
 輝もまた抱きしめる腕を解かない。
 いつか「過去を教えて」と言った。そうしてそれが今語られた。
 片方は語ってもいいと思い、そして片方はしっかりと受け止めた。きっと二人の関係はより深いものとなっているのだろう。
「ずっと傍にいるって約束したもの」
 初めて見たアルベルトの一面を抱きしめながら、輝は必ず守る約束を口にした。





四つ目の悪夢は『アンダンテ』に。死にゆくのは『サフィール』。

■続いていく物語

 血濡れの精霊の手を握り締め、呆然と座り込む。
 一体何があったんだろう。
 何も思い出せない。何があったかは思い出せないけれど。
「サフィールさん……?」
 握り締めた動く気配の無い手から、熱が消えていく。
 その手はまだ柔らかいのに、段々冷たくなる体温が、もう彼が目を覚ます事はないと伝えてくる。二度とあの青色の瞳に光は宿らない。あの声で自分を呼ぶ事もない。
 終わってしまったのだ。彼の命は。こんなところで。彼自身の夢も半ばにして。自分を置いて。
「……サフィールさん」
 冷えていく。
 握り締めた手は強張ったまま、彼の手を放す事が出来ない。
 冷えていく。
 彼の体が。自分の心が。
 自分達の未来が、冷えて終わっていく。

 飛び起きてすぐ、アンダンテは周囲を見て自分の部屋と気づく。
 そして、深く長い息を吐いて安堵した。
 夢だったのだ。あんなにも鮮明だったのに、温度も色もはっきりとして、取り返しの付かない現実に心が痛んだのに。全部、夢だったのだ。
 ……夢の筈だ。
 アンダンテの心はまだ落ち着かない。夢だと分かってもいてもたってもいられなくて、急いで身支度を整え精霊の元に向かった。

「ああ、よかった。生きているわね」
 サフィールに会ったアンダンテは、胸を撫で下ろしながら笑顔で言った。
 わけがわからないのは言われたサフィールだ。出会い頭に不吉な事を言われ訝しむ。
 その様子に苦笑しながら、アンダンテは事情を話す。
「夢を見たの、サフィールさんが死んでしまう夢」
 悪夢を見たのだ、と。
 ひどくはっきりとした夢で、現実なんじゃないかと思う位だったのだと更に言われ、それならば混乱しても仕方がないだろう、とサフィールは納得する。
「災難でしたね」
 でも夢ですから、と続けようとしたサフィールを遮るように、アンダンテは夢の感想を語る。感想というには重過ぎる内容を。
「死んでしまったのは悲しいしすごく心が痛くなったのだけれど……でも安堵した所もあるの」
 サフィールは眉根を寄せる。
 仮にもウィンクルムというパートナーが死ぬ夢を見て、しかもここまで動揺しておいて、一体何処に安堵する要素などあるのか。
 浮かんだ疑問は、アンダンテ本人に説明される。
「いつかまた会えるって、希望を持ち続けなくていいもの」
 サフィールは僅かに目を瞠り、その発言の意図を、発言に潜んだ感情を読み取ってしまう。
 アンダンテはもともと重い事をさらりと喋る。だから、もう気持ちの切り替えが付いているのかと思っていたのだ。今、この瞬間までは。
(全然出来てないし、結構病んでるじゃないか)
 その心の歪みに、反射的に若干引いてしまう。
 黙ってしまったサフィールに気付かないように、アンダンテは続ける。心の澱を吐き出すように。
「だってみんないなくなってしまうのだもの。また会えるのかわからない人を待ち続けるのはもう疲れたわ……」
 両親とは流星融合で逸れた。居場所を作ってくれた仲間とはオーガの襲撃で散り散りになった。
 この神人の大切な人は皆、生死不明状態で行方知れずなのだ。
 希望は確かに生きる為の活力となるだろう。けれど、それが確かな希望ならば、だ。
 諦める事すら出来ない希望は、生殺しと同じだ。
 若干引いてしまったものの、アンダンテの心がこうなってしまうのも仕方ないかと自分を納得させ、サフィールは小さく息を吐き出しながら両手でアンダンテの頬を包む。
「サフィールさん?」
 突然の行動に、アンダンテは目を瞬かせる。サフィールの体の影で、今はその目が金色に光る。
「夢は夢です。痛いのとか嫌ですし、老衰以外で死ぬ予定もないです。だから俺が待たせる事はありません」
 頬を包む手は温かい。
 夢の中で冷たくなっていったのが嘘のように。いや、実際の体温で否定しているのだ。
 生きているのだと。死んでなどいないと。
「以前自分で長い付き合いになる気がするって言っていたじゃないですか。占い師なんですから自分の言葉を信じてください」
 そんな事を言っただろうかとぼんやりと考えていると、サフィールが少し困ったような拗ねたような顔になる。
「少なくとも今年のクリスマスはプレゼントを期待してますし、来年の初詣は着物で行くんでしょう?」
 それは他愛の無い、けれど間違いなく交わした未来の約束。
「そしていつか、四葉を見つけに行くのよね」
 アンダンテは無理に悪戯っぽく笑う。その返しに、サフィールは決まりが悪そうに「まぁ、それは本当にどうなるかわかりませんが」と視線を逸らした。
 それでも、頬に添えられた手はそのままで。
「ええ、長生きして。私の目の届く範囲でお願いね」
 アンダンテは手のぬくもりを味わうように、そっと目を閉じる。
「貴方まで、失いたくないわ」
 ポツリと零された願いを受け止めるように、サフィールは静かに微笑む。
「貴方も自分を大切に」
 この重いけれどなんだか放っておけない神人との未来を考えながら、サフィールもまたポツリと願いを零した。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 03月31日
出発日 04月07日 00:00
予定納品日 04月17日

参加者

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