蜜の揺り籠(錘里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ほのかに甘い蜜の香り。
 柔らかく膨らんだ蕾にぴったりと寄り添って、その滑らかな花弁を優しく撫でる。
 嗚呼、今年もこの季節が来た、と。妖精は穏やかに顔を綻ばせた。

 ショコランドのとある場所に、花の揺り籠があると言う。
 年に一度、春を迎えるこの季節に、ふうわりと花弁を広げる花の揺り籠。
 文字通り、揺り籠は人が眠るための物だ。
 そう、「人」が。
「ウィンクルムさんが沢山ショコランドに着た影響でしょうか……今年の揺り籠は、少しサイズが大きくて、人の大人でも眠れそうなんです」
 本来なら、子供用なのだけれど、と、妖精は嬉しそうにくるりと回る。
 そうして、ウィンクルム達の顔を覗き込んで言うのだ。宜しければ、眠っていきませんか、と。
「この揺り籠は、子供向け、なんです」
 さっきも言いましたが、と。繰り返した妖精が語るには。
 幼子が怖い夢に泣いてしまわぬように、優しい香りで幸せな記憶を思い起こさせてくれるのだと言う。
 怖い事なんてないよ。夢の中でくらい、安心してお休みなさい。
 穏やかな子守歌でもあれば、その効果は増す気がします、と妖精は語る。
「残念ながら、空想はできないんですけどね」
 記憶の中の、幸せな部分。
 それが、湧き水のように溢れるのだ。

 例えば、昨日あった楽しい出来事。
 例えば、子供の頃の懐かしい思い出。
 例えば、今は覚えていない昔の事。

「見たくないと思う夢は、見れません。花の香りは、蓋を開けることは、出来ませんから」
 閉ざされた記憶を甦らせるほど強い物では、ないのだと。妖精は眉を下げて微笑んで、また、くるりと回った。
 それでも宜しければ、ぜひ、と。

解説

●やる事
幸せな過去を夢に見ながら眠って下さい
近い事でも遠い事でも覚えている事でもいない事でもご自由に
ただし悪夢は見れません。魘されるような事態は避けるため、内容を勝手に捏造します

パートナー以外の特定の人物を指定して頂いて構いませんが、
あまり詳しくするよりは名前と関係性、過去にどういう幸せな時間を過ごしたのかなど、
あっさり目に留めておく事をお勧めします
パートナーとの思い出を見る場合、参照してほしいエピがあれば数字で明記ください
詳細描写はありませんが、「この時の夢を見ている」という前提として参照します

夢を中心にして頂いても構いませんし、
起きてからこんな夢を見たよというやり取りを中心にして頂いても構いません

●消費ジェール
お一人様300jr頂戴いたします
なお、花は一人用なので、二人で同じ夢を見るようなことはできません
また、二人とも眠らなくても良いです。寝顔を見て楽しむのもありだと思います

●余談
花の種類は特に決まっていませんが、親指姫のようなイメージで居ると無難かと思います
寝相が酷くても落ちるようなことはありませんのでご安心を

ゲームマスターより

女性側でたまに出没する錘里です。
ジャンル:ハートフルの方向性にしっとりなんかも加わりそうな予感もささやかに致しております。

プランの帰還が若干長めになっておりますことを予めご了承ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)

  花の揺り籠の中で眠ってみる。

見た夢は、10年前に彼と出会った時のこと。
短い時間だったが、彼との交流は穏やかで幸せな時間だった。

あの時彼はひとりぼっちだと言った。
あの綺麗な紫色の瞳が悲しみに染まるのが辛いと感じた。
だから、自分がいる。
友達がいれば、悲しまなくていいよね?と幼い自分が伝えようとしてペンダントを渡した。
その後、彼は笑顔を見せてくれて、自分も嬉しくなった。


あぁ、そうか。
あの時から時折悲しさを滲ませる瞳が気になっていたのか…。


目覚めた時、最初に目に入ったのは彼の顔。
彼の瞳は、寂しさを見せていなかった。
よかった。寂しくないんだね…。
そう思ったら安心して、笑顔を向けながら彼の頭を撫でる。



かのん(天藍)
  覚えていない事も夢に見れると知り興味
天藍に薦められ揺り籠の中へ


オーガの襲撃に遭遇し子供を庇い気付けば神人に顕現
怒濤におきた物事にパニックになりかけた所で、安全な所へ避難させてくれ、大丈夫、心配ないとA.R.O.A.に保護されるまで傍にいてくれていた人の事
優しい声と温かな手が不安を消して安心を与えてくれた
現実は名前も聞けず、顔も殆ど覚えていないその人の姿を夢に見る
ボサボサ前髪にバンダナ巻き無精髭付きではあるもののその人が天藍だったと初めて気付き目を覚ます

一連のどたばたでお礼も言えなかった事が気になっていた
契約し傍で支えてくれる天藍があの時の人だったらと思った事も
現実にそうだった事がとても嬉しい



テレーズ(山吹)
  寝る

花の揺り籠、しかも幸せな記憶が見れるだなんて素敵ですね!

まだ顕現していなかった頃
大学に通い勉学に励みつつ友人達ともいい関係を築き幸せな日常の記憶
立ち振る舞いに幼さはなく大人の女性そのもの
大学と山吹の仕事場が近くてたまに遭遇
それがとても楽しみで予定もなくうろついてみたり
目が合うと微笑んでくれるその瞬間が幸せだった

はい、とても幸せでした!
心がぽかぽかします
こんな記憶も、あったんですね

見たくない記憶は見れないんでしたね
私の心は見たいと望んだという事でしょうか

…確かに何も知らず、希望を抱いていたあの頃は幸せでした
でも逃避するのはそろそろお終いにしなければいけませんね
もう子供ではないんですから



楓乃(ウォルフ)
  ■心情
私には”視える”幸せの過去は少ないし、
大好きなウォルフに幸せな気持ちになってもらいたい。

■行動
可愛らしい花の揺り籠に照れているウォルフの背中を押す。

「私は今が何よりも幸せだと感じてるの。
だからきっと眠っても特別な夢は見れないわ。
そんなの勿体ないでしょ?…だから、お願いウォルフ。あなたが寝てみてくれないかしら?」

寝顔を愛しそうに見つめながら子守唄を歌う。

目覚めたウォルフがターバンを外そうとするのを見て咄嗟に止めてしまう。

(ウォルフが前を見つめてる。良い事のはずなのに、遠くに行っちゃいそうで怖い)

「お願い…。理由は聞かないで。…もう少し、そのままでいて」

自分の中の醜い心に戸惑いを隠せない。


織田 聖(亞緒)
  ●心
幸せな過去、ですか…
どんな夢が見られるか楽しみです、ね。

●夢
つい昨日、亞緒さんと商店街へ買い物に行き。
夕暮れはまだ肌寒くて。
焼き芋屋さんが通って、美味しそう……って見てたら、亞緒さんが
「焼き芋ですか、美味しそうですね」
って。
私もそう思いました、と伝え二人で買いに行き…。

公園のベンチで半分こして食べて、美味しくて、身体も温まって。
公園の桜がもうすぐ花開きそうだなって思ったら
「桜が咲いたら一緒にお花見したいですね」って言ってくれて……
そんな普通の日常。

●夢後
私が見た夢は、昨日亞緒さんと焼き芋を食べた夢でした、よ。
何の変哲もなくて驚きましたが…
日常が幸せなのは嬉しいことです、ね(にっこり)


●さいわいの積み重ね
 ふんわりとした花の揺り籠に沈み込み、織田 聖は柔らかな花弁の中で、そっと瞳を伏せる。
(どんな夢が見られるか楽しみです、ね)
 幸せな過去という響きは、どことなく含みを持つようにも聞こえるけれど。
 甘い香りにゆっくりと夢に落ちた聖は、ただただ純粋な幸福を、夢に見た。

 それはつい昨日のこと。パートナー精霊である亞緒と共に商店街へ買い物に行ったのだ。
 春を迎えた時節とはいえ、夕暮れ時はまだ肌寒い。
 陽が落ちればもっと寒くなるのだろうかと、ほんの少し急ぎ足になりかけた聖の傍らを、焼き芋の移動販売車が横切って行った。
(美味しそう……)
 暖かいお芋は、ほくほくとして甘かろう。
 そんな風に思っていると、亞緒がぽつりと呟いたのだ。
「焼き芋ですか、美味しそうですね」
 ぱっ、と。思わず亞緒を見上げる聖。
 どうかしたのかと言うような視線に、聖はにこりと微笑みかける。
「私もそう思いました」
「……では、買いに行きましょう」
 微笑み返した亞緒と二人で一つ、焼き芋を買って。公園のベンチで、半分こ。
 美味しくて、身体も暖まって。ほぅ、と付いた息がほんのり白く昇るのを、追いかけるように見上げれば、桜の木が、目に留まる。
 もうすぐ花が咲きそうだと、聖がぼんやりと思っていると。
「桜が咲いたら一緒にお花見したいですね」
 何気ない亞緒の呟きが、また、聞こえてきて。
 それは、極々当たり障りのない会話だったけれど。同じ物を見て、同じ事を思って、同じ時間を願って……そんな、心を暖めてくれる言葉だった。
 だから、聖は頷いた。
 とても近い過去に、とても近い未来を、幸福に思いながら。

 幸せそうに眠る聖の寝顔を、亞緒は眺めているつもりだった。
 けれど、恥ずかしいからダメ、と仰せられては、仕様がない。肩を竦めて見せて、隣の揺り籠で同じように眠った。
 揺れる心地が似ていたのだろうか。夢に現れたのは、船だった。
 船旅中に、難破する夢。
 何もかもが不安定なまま、冷たい波に飲み込まれる感覚は、トラウマにも成り得る経験だけれど。
 そうさせなかったのが、赤い瞳の見知らぬ女性。
 病院のベッドで目を覚ました亞緒を見て、良かった、と嬉しそうに微笑んだ女性の姿に、亞緒は一瞬、ここは天国か、と錯覚した。
 けれど、そうではなかった。亞緒は確かに生きていた。
 女性と会話を重ねる程に、実感と共に膨らむ安心感と、幸福感。
 そうして、目の前の女性に覚えた、感謝。
(――あぁ、これは聖さんとの……)
 初対面であり、契約の切欠だった。

 ふうわり。亞緒は幸せな心地で目を覚ました。
 傍らを見れば、聖がまだ寝ているかと思ったけれど……やはり、目を覚ました時には赤い瞳があった。
「おはようございます、亞緒さん」
「おはようございます……」
 にこにことしている聖と共に、揺り籠に並び座れば、自然とお互いの見た夢についての話となる。
 尋ねられれば、亞緒は素直に、聖に初めて会った時の事だったと、伝えた。
 亞緒にとって、あの出来事は辛い過去ではない。幸せな記憶の一部なのだと示すように。
 そうして詳細を告げてから、にまにまとからかうような表情をする。
「つまりまぁ……聖さんと一緒に居る夢です」
 ですから、幸せなんです。添えれば、聖は驚いた顔をした後、頬を染めて困ったように視線を逸らした。
 返す言葉を探して探して、行きついたのは己の夢の話。
「あ、わ、私が見た夢は、昨日亞緒さんと焼き芋を食べた夢でした、よ。何の変哲もなくて驚きましたが……日常が幸せなのは嬉しいことです、ね」
 にっこりと微笑んだ聖は、言葉通り、幸せそうな顔をしていた。
「聖さんの幸せの中に登場できて嬉しいです」
 嬉しそうに返した亞緒は、ふと、思案気な顔をしてから、じ、と聖を見つめて、にこり、微笑んだ。
「最近、聖さんの考えてることが少しずつわかるようになってきました」
 先読みするような台詞が出たのはそのせいだろうか。
 小首を傾げながらの問いかけに、聖はまた、驚きの混ざった顔で、ほんのりと頬を染めるのであった。

●こうふくの見つめ方
 花の揺り籠は、とても可愛らしくて。ウォルフは、素直に楓乃が眠れば絵になるだろうと思った。
 けれど、当の楓乃はぐいぐいとウォルフの背を押し、眠るように促してくる。
「おい、押すなって。楓乃が寝ればいいだろ」
「私は今が何よりも幸せだと感じてるの。だからきっと眠っても特別な夢は見れないわ」
 そんなの勿体無いでしょ? 小首を傾げる楓乃は、ぽん、ぽん、と、あやすような手つきでウォルフの背を撫で、押す。
「だから、お願いウォルフ。あなたが寝てみてくれないかしら?」
 楓乃の必死な様子に、ウォルフは照れくさそうな顔をしたまま、揺り籠に身を沈める。
(なんでこいつこんなに必死に……)
 どう考えても似合うまいと、腑に落ちない顔をしながらも、見上げた楓乃の瞳に視線が行って、ふと、気が付く。
(あ……そうかこいつ病気で目が……)
 顕現するより以前。『視える』時間が人より短かった楓乃は、己の過去に、夢に『視る』ような幸せな物はないと、認識していた。
 だからこそ、パートナーを促すのだ。
 どうぞ幸せな夢を。幸せな気持ちを、あなたに。
 それとなく感じ取ったウォルフは、似合わないと思っていた揺り籠に、素直に身を委ねた。
 楓乃の子守唄を聞きながら、ゆっくりと、まどろむ。

 砂の世界に、ひっそりと佇むオアシス。自然と人の集まるその場所に、ウォルフは居た。
 同年代の狼のテイルスと共に、昼は狩りに赴き、夜は若い物同士、馬鹿みたいに騒いだ。
 仕留めた獲物を賭けてギャンブルをしたりもした。
 あぁ、随分と、自由で気ままな生活だった。
 懐かしい時間は、ゆっくりと流れて、ぷつり、途切れる。
 ぱちりと瞳を開いたウォルフは、ぼんやり、夢の続きを思い起こす。
 自由で気ままで、幸せな時間は、突然に奪われたのだ。
 契約精霊としてA.R.O.A.に連れてこられ、そのままの都会暮らし。
 仲間どころか知った顔の一人もいない生活は、ただただ、窮屈で。
 懐かしい故郷を思い起こしたくなくて、ウォルフは己の耳と尻尾を覆い隠していた。
 恨みすらした。全てを奪った元凶でもある、契約者の、楓乃を。
「……ウォルフ?」
 ぼんやりとしていたウォルフにかけられる声。
 声を追うように楓乃を見上げたウォルフは、いつか抱いた『神人である楓乃』への嫌悪感が、ふっと掻き消えるのを感じた。
「……故郷に居た頃の夢を、見てた」
 ぽつり。零れるように始まった話は、楓乃の知らないウォルフの話。
 仲間にきちんと別れを告げる事すらできないまま、無理やり連れてこられたのだと語る瞳は、悲しげで寂しげで。
 つられたように眉を下げた楓乃を見つめて、ウォルフは「けど」と継いだ。
「楓乃と一緒に居る今も、同じように幸せだと思う」
 楓乃が、今が一番幸せだと言ってくれたのと、きっと同じように。
「だから、もういいんだ」
 微笑み、頭のターバンを外そうとするウォルフ。
 ――何故だか、楓乃はそれを許容できなかった。
 咄嗟にウォルフの手を抑え、ふるり、被りを振る。
「楓乃……?」
 不思議そうなウォルフと、目が合う。この目は、今、過去を整理してきちんと前を向こうとしている。
 いいことだ。良い事なのに。
(遠くに行っちゃいそうで、怖い……)
 それはただの我侭だと、自覚できた。
 けれど、楓乃の口をついたのは、促しではなかった。
「お願い……。理由は聞かないで。……もう少し、そのままでいて」
 内側にどろりとした物を、感じながらも。
 楓乃は何も言わずに頷いてくれたウォルフに、安堵していた。

●しあわせな思い出
「花の揺り籠、しかも幸せな記憶が見れるだなんて素敵ですね!」
 はしゃいだ様子で、テレーズは花の揺り籠に腰を掛ける。柔らかな感触は、横たわればとても気持ちのいいことだろう。
 そんなテレーズの様子を見つめながら、山吹はそっと、揺り籠の花弁に触れる。
「山吹さんも眠りますか?」
「いえ、私は……興味はありますが、是非見たいと言う訳でもないので」
 起きていますよ、と微笑む山吹に、テレーズはほんの少し、詰まらないというような顔をしたが、強いる物でもない。
 素直にころりと横になって、穏やかなまどろみに浸った。

 テレーズが見たのは、まだ顕現していなかった頃の記憶。
 大学に通い、勉学に励み、友人達と楽しく過ごした日常。
 特別ではないけれど、とても大切で幸せな日々。
 その時間の中に過ごすテレーズは、今のような幼さは無かった。
 年相応に、大人の女性。穏やかで利発な、一人の女子大生だった。
 そんなテレーズのひそかな楽しみが、大学の傍で働いていた青年――山吹との遭遇。
 用もなくうろついては、山吹の姿を探して。目が合えば微笑んでくれるその瞬間に、幸せを感じていた――。

 ――どんな、夢を見ているのだろう。
 山吹は、拙いながらも紡いでいた子守唄をふと止めて、じっ、とテレーズの寝顔を見つめた。
 すやすやと眠るその顔は、彼女の実際の年齢である二十二歳に相当して見える。
(昔はあんなに小さかったのに……時間が経つのは早いものですね)
 幼い頃にテレーズの家庭教師をしていた記憶は、決して新しい物ではない。
 けれど、今でも山吹にとっては可愛い教え子で、普段の言動も相まって、幼い印象が強いまま。
 例えば、もしも。テレーズが記憶を失くさないまま居たら、何かが変わっていただろうか。
 思案を過らせた山吹の視界の中で、テレーズが小さく身じろぎ、緩やかに目を覚ました。
「おはようございます。どうでしたか?」
 ぼんやりとした目をこすっているテレーズに声を掛ければ、彼女はふんわりと微笑む。
「はい、とても幸せでした! 心がぽかぽかします」
「それは良かったです」
 にこやかなテレーズに山吹も微笑み返せば、テレーズは夢を思い起こすようにして、一度中空を仰ぐ。
「こんな記憶も、あったんですね」
 満面の笑みを称えたテレーズの返答に、山吹は彼女が失った記憶の片鱗を夢に見たのだと察する。
 けれど、それは幸せな記憶だったようだ。
「見たくない記憶は見れないんでしたね。私の心は見たいと望んだという事でしょうか」
 ぼんやりと、ぼんやりと。
 テレーズは宙を仰いで、思案する。
 確かに、何も知らず、希望を抱いていたあの頃は幸せだった。
 顕現してからが不幸だとは思わないけれど、知らない事は、幸せな事だった。
「でも、逃避するのはそろそろお終いにしなければいけませんね。もう子供ではないんですから」
 ぽつりと呟き、すっ、と立ち上がったテレーズを、山吹は思わず、まじまじと見つめていた。
 その表情は、声音は、まるで記憶を失う前のような、年相応の女のそれで。
 垣間見た記憶の片鱗が、テレーズにとってどんな切欠になったのか。
 それが、漠然とした不安と期待を、過らせた。

●さきわう二人
 かのんが揺り籠に興味を示したのは、『覚えていない事も夢に見られる』という点だった。
 忘れてしまっている幸福も、思い起こせるかもしれない。そんなかのんの興味を感じ取り、天藍はかのんの背をそっと押した。
 勧められるまま、おずおずと揺り籠の中に身を沈めたかのんは、甘い香りにまどろんで。
 お休み。柔らかな声と、瞼の上に置かれた手のひらの暖かな促しに従って、とろりとした眠りに落ちた。

 ――混乱。かのんにあったのは、そればかりだった。
 オーガの襲撃。子供を庇いながら無我夢中で逃げた。
 怖い、怖い。ここで、このまま死んでしまうかもしれない。
 噴き出すような恐怖に足を取られそうになっていたかのんを、不意に、優しい手が導く。
 安全な場所へと非難させてくれたその手は、震えるかのんの左手に浮かび上がった青い紋章を目にして、すぐにA.R.O.A.に保護を要請した。
「大丈夫、心配ない」
 繰り返しかけられる言葉は、かのんの内側に、優しく染み込んでくる。
 保護されるまで、優しい声と暖かな手が、ずっと傍に居て、かのんの不安を消してくれる。
 それは、とても恐ろしい記憶で、決して思い出したくはないものだった。
 だから、だろうか。あの時安心を与えてくれたその人の姿を、かのんはずっと、明瞭には思い出せずにいた。
 今は、はっきりと見える。夢の中で、いや、かつて、かのんの傍に居てくれたその人は、ボサボサ前髪にバンダナを巻いた、無精髭の男の人で……。
 髪の隙間から、かのんを優しく見つめる茶色の瞳が――天藍と、同じだった。

「……天藍……?」
 小さく呟いたと同時に、目が覚めた。
 探すような視線が傍らを見やれば、今しがた夢に見たのと同じ瞳が、かのんを見守っていた。
「おはよう……?」
 驚いたような顔をしたかのんに、尋ねるような声を掛ければ、かのんはまじまじと天藍を見つめた後、どこか、嬉しそうに顔を綻ばせた。
 あぁ、間違いない。あの人は天藍だった。確信に、かのんの中に言いようのない喜びが湧いた。
 ゆっくりと体を起こして、真っ直ぐ、天藍を見つめる。
「顕現した時の夢を、見たんです」
 怖かった記憶も薄れるくらい、傍に居てくれた人の温もりに癒されていた事。
 その人に、ずっとお礼が言えなかったのを気にしていた事。
「あの時の方が天藍で良かった」
 そうであれば良かったと思っていた、願いが叶ったのだろうか。
 それとも、そうであったからこそ、『初対面』のはずの天藍と、ここまで深く心を通わせる事が出来たのだろうか。
 どちらでも変わらなかった。ただ、この現実が、嬉しい。
「契約前からずっと傍にいてくれて有り難うございます」
 ふんわりと微笑むかのんの話を聞いて、天藍は少しだけ戸惑ったような顔をしてから、そっとかのんの髪を撫でた。
「あの時に居たのが俺だと教えずにいて、すまなかった」
 かのんが気にしているのはどこかで感じていたのだろうけれど、自分から言うつもりは、天藍にはなかった。
 契約の時、かのんは天藍に初めましてを告げたのだ。
 恐ろしい記憶を、思い起こしたくなかったのだろう。覚えていないのなら、自分がわざわざ告げることは、一方的な押し付けにしかならないと思った。
 ……オーガの襲撃から住民を避難させるために野営を続けていたせいで、小汚い格好をしていたというのも、躊躇する理由の一つではあったけれど。
 それでも、かのんがあの時の事を思い出して、契約より以前から傍にいた事実に気付いて欲しい感情もあった。
 掛けられたかのんの言葉を、天藍はゆっくりと噛み締める。
 気付いてくれた事を、気付いた上で、かのんが嬉しそうに笑って告げてくれた事を。
「ありがとう、かのん」
 これからも共に在りたいと、願う気持ちが、しみじみとした言葉を紡いでいた。

●ぎょうこう、差すれば
 柔らかな花弁を広げる花の揺り籠を見つめ、リーリア=エスペリットはそわそわと花弁を指でなぞっていた。
 興味があるのは一目瞭然。それならばと、ジャスティ=カレックはそっとリーリアを促した。
「じゃあ……少し、待ってて」
 微笑んで揺り籠に横たわったリーリアを、甘い香りが眠りに導く。
 すぅ、と柔らかな寝息をたてはじめたリーリアを見つめて、ジャスティはその穏やかな顔に思わず笑みをこぼす。
 初めは、じっと見つめているだけ。
 どんな夢を見ているのだろう。幸せな夢しか見れないとは聞いたけれど。
 どんな幸せを思い出しているのだろう。
 知る事の出来ない内容は、気になるけれど。今はただ、黙って、リーリアを見守るだけ。
 ……の、つもりだったけれど。
 ふと、指が彼女の髪に触れる。掬えば指先でさらりと零れる黒髪。
 それが触れた頬がわずかに身じろいだ気がして、髪を避けるようにしながら、頬を撫でた。
(邪魔を、してはいけないのでしょうが……)
 想いを自覚して以来、愛しさは募るばかりで。触れて伝わる温かさが、ただ、愛おしかった。
 待つ者と眠る者。現の世界で穏やかに過ぎる二人の時間は、夢の中でも同じように、穏やかに刻まれていた。

「僕は、一人ぼっちなんだ」
 少年が、涙をこらえながら、絞り出すように告げる。
 十年も前の話。初めて会った少年へ、リーリアが尋ねた問いかけは、彼の心を傷つけたようで。
 けれど、幼いリーリアにとっては、旅をしている物同士、ただの純粋な疑問で、だからこそ、目の前の綺麗な紫色の瞳が悲しみに染まるのが、ただただ辛いと感じた。
 咄嗟に少年の手を握り、リーリアは真っ直ぐに紫を見つめた。
「私達、もうお友達だもん、あなたはひとりじゃないよ」
 大丈夫。私がいる。
 友達がいれば、悲しまなくても良いよね? とは、幼いリーリアにとって精一杯の慰めだった。
 お友達の印にと、大切にしていたペンダントを渡したリーリアに、少年は驚いたような顔をしてから。
 確かに、微笑んでくれた。

(……あぁ、そうか)
 あの時から、ずっと。リーリアは、時折悲しさをにじませるジャスティの瞳が気になっていた。
 幼い自分の慰めは、幼い少年を微笑ませることはできたけれど、それ以上になっていたのか。
 自分がいることで、ジャスティに『大丈夫』だと思わせられたのか。
 恋の花を観賞する祭の最中で、ジャスティはリーリアに『救われた』と言ってくれたけれど……。
 ゆっくりと、瞼が持ち上がって。眠りから覚めたリーリアは、自分を見つめているジャスティを、じぃ、と見つめた。
 穏やかな表情。その瞳は、どこか幸せな心地を過らせていて。
 寂しさは、見えなかった。
(よかった。寂しくないんだね……)
 嬉しさに、リーリアは思いのままにジャスティに手を伸ばし、優しく頭を撫でていた。
 そんなリーリアの行動に、ジャスティは面食らったような顔をしてから、かぁ、と頬を染めた。
(どうして、そんな笑顔で自分を……)
 赤くなった頬を隠すように口元を抑え、視線を彷徨わせたジャスティは、唸るように呟く。
「一体どんな夢を見ていたのです……」
 聞こえていたのか、いなかったのか。リーリアは微笑んで、あのね、と柔らかな声で語りだした。
 二人を繋いだ、穏やかで幸せな夢の話を。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月13日
出発日 03月22日 00:00
予定納品日 04月01日

参加者

会議室

  • [6]織田 聖

    2015/03/21-22:16 

    プラン締め切り直前のご挨拶で申し訳ございません。
    織田 聖とテイルスの亞緒さんです。
    何卒よろしくお願いいたします、ね(ぺこ)

    そしてプラン提出完了です。
    悩んだ末に結局二人ともおねんねすることになりました。
    皆さまも楽しい夢を…!

  • [5]楓乃

    2015/03/19-22:59 

    皆さんこんにちは。お久しぶりです。

    幸せな過去の夢…素敵ですね。
    一体どんな夢を見れるのかしら…。

    いつも私ばかりだから、たまにはウォルフにも
    こうゆう素敵な機会を楽しんでもらいたいなぁと思って、
    私は今回、ウォルフの眠りの番人になります!
    …なぁんて。うふふ。

    皆さんも素敵な夢が見られますように。

  • [4]テレーズ

    2015/03/19-01:40 

  • こんにちは。今回はよろしくね。

    幸せな過去の夢…。
    いつのことをを見られるのかしら。
    楽しみ…。

  • [2]かのん

    2015/03/17-07:26 

  • [1]かのん

    2015/03/17-07:26 

    こんにちは、皆さんお久しぶりです
    お花の揺り籠で幸せな記憶を夢に見る・・・素敵ですよね
    気になっているのなら一眠りしてきたらどうだと天藍が言ってくれるので、その言葉に甘えてしまおうかなと思っています

    皆さんが良い夢を見られますように


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