A.G.O.クッキングスタジオ（あご　マスター）　【難易度：とても簡単】

プロローグ

ここは、見覚えのあるクッキングスタジオの受付。
一人の精霊が、受付のスタッフに必死の形相で詰め寄っていた。

「頼む！何としてもホワイトデー用のお菓子を用意したいんだ！」

「しょ、少々お待ちくださいませ、只今上の者に確認して参ります」

　事の発端は、ちょうどひと月前に遡る。

A.G.O.クッキングスタジオでは、バレンタインデーに贈るチョコレートを作る講習を行った。

そのチョコレートを受け取った精霊がお返しをしようと思い立ったのだが
女の子の喜びそうなお返しにとんと見当がつかない。だが、市販ではどうにも味気ない。

そこで、A.G.O.クッキングスタジオでホワイトデー用の講習会を開いてくれと頼みに来たのだ。
ここならきっと、女の子の気に入り、尚且つ美味しいお菓子を提案してくれるに違いないと。



「お待たせいたしました」


　バックルームから出てきた受付スタッフが戻ってきた。
精霊は期待を込めた目で次の言葉を待つ。

「詳細はこちらになります。
ただ、今回急な開催となりますので、
バレンタインの際にご利用いただきましたグリーティングカードがご用意できない事態となっております」


　ご了承くださいませ、と頭を下げるスタッフに礼を言い、精霊はチラシに目を通した。

≪A.G.O.クッキングスタジオ≫

～Happy WhiteDay！～

バレンタインのお返しにはもちろん、
バレンタインにチョコを貰えなかった貴方も！

あま～いお菓子に想いを込めて、彼女の心を甘く溶かしてみませんか？

お菓子作りが苦手な人も安心の製作キット形式！
製菓の専門家が、貴方のお菓子作りをサポートします！
彼女に贈る大切なお菓子、手作りしてライバルに差をつけちゃおう！

選べるキットは４種類！お好きなものをお選びください！

１．ふわふわマシュマロ
パステルカラーが可愛いマシュマロ。
そのまま食べても、ココアやコーヒーに落としても美味しい。
さらに、マシュマロの中にチョコやジャムを入れることもできます。

２．さくさくクッキー
バターの香りが香ばしい型抜きクッキー
いろんな型で彼女の目を楽しませちゃおう！
型は星、ハート、うさぎ、猫をご用意しております

３．カラフルキャンディ
ポップで可愛いキャンディで
あの子の心もころりと転がっちゃう！？
選べる風味はオレンジ、いちご、レモン、マスカット！

４．オシャレなマカロン
上品なイメージのマカロンは女の子の憧れ！
オシャレな可愛さに彼女の心をがっちりキャッチ！
選べる風味は、カシス、ローズ、シトロンピスタチオ。



「グリーティングカードがないので、
メッセージをお伝えになりたい場合は直接お話しいただく形になりますが
どうしても言葉で伝えるのが難しい場合は
市販のものを買ってきていただく形になります」


「十分です！助かりました！」


　そう言って踵を返そうとした精霊が、ふと立ち止まった。


「そういえば、神人が待機できる部屋とかは……」


　さすがに、送る相手と一緒にお菓子を作るのは何か違うことくらい彼にもわかっていた。
精霊の疑念に、受付スタッフはにっこりと笑って答える


「はい、別室を一つご用意させていただきますので、神人様はそちらをご利用いただけます」


　その返事に納得した精霊は、早速その情報を
境遇を同じくする精霊たちに届けるべく駆けだした。
用意された部屋が、会話が筒抜けだとも知らずに……?

解説

漢のお菓子作りです。
皆さんの精霊さんはお菓子作りは得意ですか？

＊キット
4種の中からひとつお選びください
クッキーの型とマシュマロ、キャンディ、マカロン、のフレーバーは
一種類のみの使用も可とします。

＊グリーティングカード
使用してもしなくても構いません。
使用する場合は別途100jr消費と、カードのデザインをプランにお書きください。

＊ラッピング
スタジオが用意します。

＊神人
調理には参加できません。別室で女同士の会話を楽しんでください
なお、その会話の内容は精霊に筒抜けですが
神人は筒抜けという事実を知りません。
お好きなように惚気たり愚痴ったりしてください

＊精霊
調理をしながら、神人達の会話に耳を傾けることになります
聞いてたと神人に伝えるかどうかは自由ですが
二人きりの時に伝えることになります。

＊お菓子
完成したら誰かに贈りましょう。
神人、と行きたいところですが、他に渡したい方がいらっしゃればそれでも構いません

なお、製菓キットはひとつ500jrとなります

ゲームマスターより

バレンタインから引き続きうっかり聞いちゃったシリーズです
今回は漢の料理も見所ですね

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リゼット（アンリ）

まさかアンリまでこの教室に来るなんて なにかお返しはくれるだろうと思ってたけど そういうところは意外とちゃんとしてるのよね それにしても…（同じ部屋の神人を見渡しため息 やっぱり私って子供なのかしら 確かに年齢だけ見ればそうかもしれないけど… ああもう！腹が立つわね！ どうしてこんなことで悩まなくちゃいけないのよ！ これは…キャンディ？ い、意味！？し！知らないわよそんなの！知るわけ…ないでしょ…！ （知っているけど「好き」を意味するキャンディだったので咄嗟に知らないふり ま、まあ確かにきれいにできてるわね いただきます…（レモンの飴を食べ なっ…！何言ってんのよバカ犬！ なんというかその…嫌われてるよりは…いい、けど

---

エリザベータ（ヴィルヘルム）

心情 妙に女子力高いの出来そうだぜ… 行動 なんだよ、呼び出しといて別室って！ 不貞腐れてソファでゴロゴロすんぞ …菓子作ってんの？やたら凝りそうだぜ なぁ、てめぇらの精霊はどんな奴よ？ あたしんトコはオネエでマッチョで服作ってて… （…あれ、趣味とか知らないや… 後はよく知らねぇけどそんな奴だって打ち切っとくか…モヤモヤする え？あたしに？…青と紫ってあたしの好きな色だ、包装も可愛い… この匂い…まさか薔薇か？ （あたし、薔薇好きだって教えたっけ？ お礼言ってウィルも薔薇好きなのか聞いてみるか あたしは好きだぞ、綺麗だし… ウィルとあたしのオーラが薔薇なのも結構嬉しいぞ？ えへへ…ありがと、同じ物が好きってなんか嬉しい…

---

ルン（テヤン）

今日のテディ、妙に張り切ってるなぁ。 一体どうしたんだろう？ 張り切りすぎて、怪我しなかったらいいけど。 テディの事は気になるけど、 折角他の神人さん達ともご一緒なんだし、お話しよう。 精霊さんの事や神人さんの事を聞いたり、尋ねてみよう。 えっ？テヤンの事？ そうですね、お調子者だし、口は悪い方です。 でも、どんなに口が悪くても、 自分に正直で言いたい事を言う所はカッコイイっていうか。 あたし、親しい友達でも言いたい事って我慢しちゃうので、 テヤンのそういう所好きです。 「これ、あたしに？」 マカロンとカードとテディを見る。 「嬉しい……ありがとう」 じゃあ、今すぐ食べたら勿体ないよね。 家に帰って来てから食べてもいいかな？

---

クラリス（ソルティ）

最近ご機嫌だった理由はこれかしら？ あたしの分も取っておきなさいよね 皆はバレンタイン渡したのかしら あたしは渡してないのよねぇ 作ってはみたんだけど…グロイ物体が完成しちゃって ゴミ箱にポーイよ 料理が趣味な人に下手な物はあげられないもの 包装だって上手く出来なかったし 他の女の子から可愛いチョコ貰ってたの知ってるんだからっ 渡せるわけないじゃない！ アレ食べたの？！ う、お兄様は何でもお見通しってわけね …わかったわよ、ちゃんと渡すわ でも返品は受け付けないわよ マシュマロを一つ食べてみる 大好きな苺ジャムに頬が緩む 美味しいっ！やっぱりソルの料理は最高ね！ (ヒヨコ型じゃなくてハート型なんだけど…まぁ許してあげるわっ)

---

アンダンテ（サフィール）

どれにするのかしら 何だかお洒落っぽいしマカロンな気がするわ お洒落そうだしシトロン…なんたらあたりじゃないかしら サフィールさんに色々と当てられたんだしきっと私にも当てられるはず もう出会ってからそれなりに経ったものね 最初の頃に比べればずっと仲良くなれたと思うの 私には勿体ないくらいの人だと思うわ ツッコミも的確だし 何を作ったの？ あら、外れちゃったわ えっ、なぜそれを知っているのサフィールさん…！ ああ、そういえば壁薄かったわね、忘れていたわ 恥ずかしい事言っちゃった気がするけど、まあ本音だから問題ないわね いつもありがとう、これからもよろしくね じゃあクッキー食べましょう？ あら、普通に美味しいわね…

---

「なんだよ、呼び出しといて別室って！
不貞腐れてソファでごろごろすんぞ」

　エリザベータが、室内に入るなり不機嫌に悪態を吐いた。
ここはA.G.O.クッキングスタジオ……の隣の応接室。
ヴィルヘルムと共にスタジオを訪れたエリザベータは
到着するなり彼とは別の部屋に通され
精霊たちがお菓子を作っている間待つようにと告げられたのだった。

中では、先にスタジオに到着していた神人がソファに座っている。

「どんなお菓子を作ってくれるのかしら。
なんだかお洒落っぽいし、マカロンな気がするわ。
味は……そうね、シトロンなんたらあたりじゃないかしら。
お洒落そうだし」

　アンダンテが期待に満ちた表情で呟いた。
サフィールが作ってくれるお菓子に勝手に大きな希望を抱いているようだ。

「テディは妙にはりきってたけどどうかなぁ。
張り切りすぎて 怪我しなかったらいいけど」

　少し心配そうな表情で、ルンはドアの方を見やった。
二人の言葉に、エリザベータは驚いて声を上げる。

「なんだ菓子作ってんの？やたら凝りそうだぜ」

　エリザベータは 女子力の高いヴィルヘルムのことを思い出す。
どんな力作が登場するのか楽しみなような恐ろしいような……

そんな一同の様子に、ルンが提案した。

「ね、せっかくここで会ったのも何かの縁だし、
良ければ皆さんのこと聞かせてもらえませんか？
精霊さんのこととか」

　ルンの提案に、まずはエリザベータが話し出した。

「あたしんトコは、オネエでマッチョで服作ってて……」

　そこまで言って、エリザベータはふと思い当った。
自分が、ヴィルヘルムの趣味や好み、内面についてほとんど知らないことに。
よく知らねぇけど、まあ、そんな奴かな、と曖昧に濁して無理やりに話を終わらせるが
胸の内によくわからないもやもやが残る。


一方、ヴィルヘルムは並んだ製作キットを溜息混じりに眺めていた。

「お菓子作りとか超楽しみ！
……女の子が好きそうな物、適当に作るわよ」

　職業柄、女性が好む物については詳しいし、女心もわかっている。
だが、ヴィルヘルムは決して女性という生き物を心から信頼しているわけではなかった。

並んだキットの中からマカロンを選び調理に取り掛かる。
メレンゲを泡立て、ローズヒップパウダーを加えて切るように混ぜる手は
生来の器用さで、慣れない作業も難なくこなしていった。

本当なら、四色のマカロンを作りたかったのだが、
キットの中の食紅には水色がなかったため桃色のみ使用することにし、
天板の上に絞った生地の乾燥を待っていると、
ふと隣の部屋から聞きなれた声がし、耳を欹てる。

『あたしんトコは、オネエでマッチョで服作ってて……』

「やだ、見たまんまね」

　ふふ、と小さな声で笑う。
エリザベータがヴィルヘルムのことをよく知らないのも当然だ。
ここまで、彼女との関係に決して深入りせず一定の距離を保ってきたのは
他ならぬヴィルヘルム自身の意志だった。

表面上の付き合いなら心は傷つかないし、
……女なんて、我儘言って男を困らせたいだけだもの。

乾いた生地をオーブンに入れ、焼いている間に中に挟むフィリングを手早く作る。
ローズリキュールの薔薇の香りが心地よい。

出来上がったマカロンは用意されていた化粧箱に入れ、
青と紫のリボンを使って見栄え良くラッピングした。
デザインスキルのおかげで綺麗に包むことができ、
ヴィルヘルムは満足げに頷いた。




アンダンテは、自分の予想に強い自信があった。

サフィールさんに色々当てられたんだし、きっと私にも当てられるはず、と
まだ見ぬシトロンのマカロンに思いを馳せる。

「で、アンダンテはどうなんだ？」

　エリザベータに水を向けられ
アンダンテは考えながらサフィールについて話し出した。

「そうね、もう出会ってからそれなりに経ったけれど
最初の頃に比べれば、ずっと仲良くなったと思うの。
私の考えていることもきちんとわかってくれて、ツッコミも的確だし、
私には勿体ないくらいの人だと思うわ」

　そう言って、この部屋の壁が薄いことなど、
とうの昔に忘れてしまっているアンダンテは穏やかに微笑んだ。


一緒に食べたとはいえ、お返しはしないといけないですよね、と
胸の内で呟いたサフィールは、迷わずクッキーの箱を手に取る。
前回のチョコレートケーキも、いっぱいありそうなのをえらんだ、と言っていたから
きっとたくさん食べたいのだろう。

先日はアンダンテがご迷惑を、と講師に挨拶をすれば
一瞬、講師の顔が引き攣ったように見え、
本当に何したんだ、あの人、と思わず遠くを見てしまう。

壁の向こうからは、やたらとお洒落っぽいを連呼し、
自信満々にマカロンが出てくると予想するアンダンテの声がする。
サフィールは手にしたクッキーキットの箱に目を落とした。

絶対、壁薄いの忘れてますよね。

お洒落っぽいって、俺に何のイメージ持ってるんですか。

調理の手は止めないまま、律儀に胸の内でアンダンテの言葉にツッコミを入れていくサフィールを
講師も安心して見守っていた。

程よく冷めたクッキーを、ラッピングバッグに詰める。
リボンを結ぼうとしたとき、隣の部屋からアンダンテが自分をほめているのが聞こえた。

『私には勿体ないくらいの人だと思うわ』

その言葉を聞いて、サフィールは少し照れながら強めにリボンを結ぶ。
嘘ではないと、サフィールはよくわかっていた。
アンダンテは恰好こそ胡散臭いが、嘘なんて吐けない。
嘘を吐くなんて思いもよらない人物なのだ。
長く一緒に行動してきた分、その内面も今ではだいぶわかってきて
以前よりも話しやすくなった気がする。
リボンのバランスを整えて、サフィールは調理台の片付けに取り掛かった。



「あなたはどうですか？」

　アンダンテが笑みを浮かべてルンに話題を向けた。

「えっ、テディの事？そうですね、お調子者だし、口は悪い方です」

　きっぱりと言い切ったルンだが、どこか誇らしげな表情のまま、言葉を続けた。

「でも、どんなに口が悪くても自分に正直で、言いたい事を言う所はカッコイイっていうか。
あたし、親しい友達でも言いたい事って我慢しちゃうので、テヤンのそういうところ、好きです」

　ルンの好きですに、他意は無いように見える。
純粋に、自分に無いものを持つ友人として、テヤンを尊敬しているのだろう。
笑顔でテヤンを褒めるルンに、アンダンテもつられて笑顔を浮かべた。



「今日はルンの為に、マカロンを作るんでい！」

　テヤンが手にしたマカロン製作キットのパッケージには
ルンの髪と同じ色をした、可愛らしいお菓子が描かれていた。
これなら色も可愛いと喜んでくれそうだ。

「種類はローズだ！
……って事ぁ、味もローズの香りがすんのか？」

　何度か箱を裏返したりして確認してみるが、味については何も書かれていない。
テヤンは少し立ち止まった後、考えることを放棄した。

「ごちゃごちゃ考えてねぇでレシピ通りに作っぞ！
えー、まずは……メレンゲ？ マカロ、ナージュ……？」

　メレンゲはマカロンの生地の元、
マカロナージュは生地を焼いたときに膨らみすぎないよう生地の空気を少し抜くことだが
菓子作りに疎いテヤンにわかるはずもなく、講師にあれこれ聞きながら
漸くオーブンに生地を入れるところまで漕ぎ着けると
テヤンにも隣室の声に耳を傾ける余裕が出てきた。

『テヤンのそういうところ、好きです』

　聞こえてきたルンの声に、テヤンの耳がぴくぴくと動く。
その表情には大きな変化はないが、フィリングを混ぜる手にぐっと力が籠った。




「ねえ、皆はバレンタインにチョコ、渡したのかしら」

　クラリスが疑問に思っていたことを尋ねる。
精霊がお返しをしようとホワイトデーのお菓子を作っているのだ
きっと皆何か贈り物はしたのだろう。
だが。

「あたしは渡してないのよねぇ。
作っては見たんだけど、グロイ物体が完成しちゃってゴミ箱にポーイよ。
包装だってうまくできなかったし」

　ため息交じりに、クラリスが呟いた。渡す気がなかったわけではない。
だが、料理が下手なクラリスが作ったチョコレートは、見るも無残な姿をしていたのだ。

「料理が趣味な人に、下手な物はあげられないもの。
包装だってうまくできなかったし
他の女の子から可愛いチョコもらってたの知ってるんだから
あんなの渡せるわけないじゃない！」

　一か月前の散々な思い出が蘇り、語気を強めたクラリスをリゼットがまあまあと宥めた。



「うん？３g多いね。
お菓子作りは計量が命だからね」

　マシュマロを作り始めたソルティは、書かれたレシピ通りに材料を計量していた。
几帳面で料理上手な彼は、ことお菓子作りに関しては計量の大切さをよく知っている。
きちんと計量しないと、この間クラリスがゴミ箱に突っ込んだチョコのように
訳の分からない物体になってしまうのだ。

あれはすごかったな、と思い出しながら、ソルティは手際よくカラフルなマシュマロ生地を作り
中にクラリスが好きなイチゴジャムを入れて冷やしていく。
冷えるのを待ちながらラッピングの準備をしていると、隣室からクラリスの声が聞こえた。

「あはは……筒抜けだね」

『あんなの渡せるわけないじゃない！』で締められたその言葉に
クラリスが、不器用ながらも精一杯
自分の為にチョコレートと戦っている姿を想像し、ソルティは優しく笑った。

「クラリスが美味しいって食べてくれるから
その笑顔が見れるから、俺は料理が好きになったんだよ」

　隣室に聞こえない声でソルティは満足げに呟き
マシュマロの様子を確かめに冷蔵庫へと向かった。



リゼットは知っている。
この部屋とスタジオの間の壁は薄いのだ。
前回聞いたアンリの言葉は、今でも時々リゼットの心を揺さぶる。
それもあって、リゼットが壁の薄さを忘れることはなかった。

に、しても。

リゼットは胸の中で呟き、室内に一緒にいる神人たちを見回した。
ルンは自分と同じくらいに見えるが
エリザベータ、クラリス、アンダンテは大人っぽいと言って差し支えない。

「やっぱり、私って子供なのかしら。
確かに、年齢だけ見ればそうかもしれないけど……
ああもう、腹が立つわね」

　隣室に聞こえないよう、小さく呟いた言葉は
その場にいた神人たちには届かない。

お子様相手、というアンリの言葉がまた頭の中に響き
どうしてこんなことで悩まなくちゃいけないのよ！と
リゼットはいやいやをするように声を振り払った。



「いろんなのがあったほうが見た目にもかわいいだろ」

　アンリは、並んだキットの中からキャンディを選んだ。
にやりと笑って、さっさと調理台に向かう。

「普通の料理ならともかく、お菓子作りなんてやったことないが
溶かして固めるだけだろ？余裕だな」

　普段から料理はし慣れているアンリの手際で
４色のキャンディはあっという間に出来上がり
冷やし固めながらラッピングの準備をしていると
アンリの、そのピンと立った犬耳が、隣室の小さな声を拾った。

『やっぱり、私って子供なのかしら』


　自分が子供っぽいのをようやく認めたか、と考えた後
まあ、あんだけグラマラスなおねーさんたちに囲まれたらな、と
アンリは隣室でリゼットを囲んでいるメンバーを思い浮かべ、リゼットに少し同情した。

リゼットがどうしてそんなに大人にこだわるのかアンリはよくわからなかった。
強気な性格とはいえ、負けず嫌いとはまた少し違う気もする。

まあ、実際まだ子供なんだからな。
焦らなくてもあと10年もすりゃ、いい女に……なるんかねぇ、と
少し失礼なことを考えながら
アンリは出来上がったキャンディを器用にラッピングし始めた。



完成したお菓子を持った精霊たちは
それぞれに神人と合流しスタジオを後にする。
帰る道すがら、精霊たちは作ったお菓子を神人に手渡すことにした。


「はい、エルザちゃん。
遅くなってごめんなさい、一か月遅れの誕生日プレゼントも兼ねて」

「え？あたしに？
青と紫って、あたしの好きな色だ。包装も可愛い……」

　ヴィルヘルムが笑顔で差し出した包みに、エリザベータの目が釘付けになる。
いつもはわざと粗野にふるまっているが、本当は可愛いものや綺麗なものが好きなのだ。

「ふふ、早く開けてみて？」

　促されるままに、エリザベータが包みを解き箱を開けると
華やかな香りが広がり、エリザベータの鼻を擽った。

「この匂い、まさか薔薇か？」

「そうよ、エルザちゃんの好みに合うかしら」

　かしら、と疑問系ではあるものの
ヴィルヘルムの表情は彼女がこれを気に入るはずという確信に満ちていた。

そのヴィルヘルムの表情に、エリザベータはふと疑問を持った。
あたし、薔薇が好きだって教えたっけ？

「ありがとう、ウィルも薔薇が好きなのか？
あたしは好きだぞ、綺麗だし……
ウィルとあたしのオーラが薔薇なのも、結構嬉しいぞ？」

　エリザベータは、ヴィルヘルムの好きなものも嫌いなものも、何も知らない。
だが、ヴィルヘルムは、口にした覚えのない花の好みまで熟知している。
それは、彼がわざと作った、二人の間の差だった。

「ワタシも好きよ、綺麗なモノは、布でも花でも
確かに……オーラも綺麗ね」

　ワタシのことなんて聞かなくてもいいのに、と
深入りしたくない気持ちを隠し、爽やかな笑みを返しながらヴィルヘルムは応える。
その言葉に、エリザベータはぱっと顔を輝かせる。

「えへへ……ありがと、同じものが好きってなんか嬉しい」

　エリザベータが初めて見せる、純粋に嬉しそうな笑顔に
ほんの少し気持ちが揺れるのを感じたヴィルヘルムは
調子狂うわ、と心の中で呟くと、何かを振り払うように尻尾を一振りしたのだった。



「はいこれ、お返しです」

　サフィールに差し出された包みを、アンダンテは期待に満ちた表情で受け取った。
何を作ったの？と尋ねつつ、その表情は、中身はわかっているわよ、とでも言いたげだ。
だが、包みを開けると、その表情はやや拍子抜けしたようなものに変わった。

「あら、外れちゃったわ」

「マカロンじゃなくてすみません」

「えっ、なぜそれを知っているのサフィールさん……！」

　よもや、彼がマカロンを作ると予想していることまでわかってしまうのか、と。
そのわかりやすい表情にサフィールが苦笑する。

「やっぱり忘れてたんですね。
あの部屋、壁が薄いんですよ」

　思った通りに壁の事はきれいさっぱり忘れていた様子のアンダンテに
サフィールはさらに笑みを深める。
隣から聞こえてきた声は、なかなかに正直な発言も含まれていた。
てっきり、アンダンテが照れたり、慌てたりすると予想していたのだが
その考えは見事に裏切られた。

「ああ、そういえば壁、薄かったわね。忘れていたわ。
恥ずかしいこと言っちゃった気がするけど、まあ本音だから問題ないわね
いつもありがとう、これからもよろしくね」

　特に慌てた様子もなく、にっこりと微笑むアンダンテの
そのいつもと変わらぬ様子にサフィールのほうが呆気にとられてしまった。
よろしくね、と言われればつられて
こちらこそよろしく、なんてわけの分からない返事をしてしまう。

「じゃあ、クッキー食べましょう？」

　結局、普段通りアンダンテの言動になんとなく振り回されながら
サフィールもアンダンテとともに、自作のクッキーを齧った。
香ばしいバターの香りが口の中に広がる。
なかなか上出来ですね、と頷くサフィールの横で、アンダンテは首を傾げていた。

「あら、普通に美味しいわね、私のケーキと違うわ」

「……むしろ、なぜキットを使って失敗するのかがわかりません」

　サフィールの溜息が、風に乗って消えていった。


テヤンは、辺りを見回してルンと自分が二人きりであることをしっかりと確認した。

「ほらよ」

「これ、あたしに？」

　半ば押し付けるような形で手渡されたのは、マカロンの入った箱とメッセージカード。
白地に黒の音符が並んだカードにはやや乱雑な字で、ぷれぜんとほーゆー、と書かれていた。

「嬉しい……ありがとう。
今すぐ食べたら勿体ないよね。
家に帰ってから食べてもいいかな」

　満面の笑みを浮かべたルン。
テヤンは会話が筒抜けだったことは言わず、代わりに笑って言葉を返した。

「ああ、食ったら感想聞かせてくれよ？」

　もちろん、と頷くルンは、大事そうにメッセージカードを抱きしめた。



クラリスは隣を歩くソルティの横顔を見上げた。
彼の手には、綺麗にラッピングされた包みがある。

誰にあげるのかしら。

他の神人たちは精霊にきちんとチョコを渡したようだったが
何せ、クラリスが作ったチョコレートは既にゴミ箱の中だ。
ソルティにはチョコレートは渡していない、はずなのに。

「はい、バレンタインのお返しだよ」

　急に目の前に差し出された包みに、クラリスは目を白黒させた。

「自分で作ったチョコ、ゴミ箱に適当に突っ込んだろ」

　にっこりと微笑んで告げられたソルティの言葉に、クラリスは血相を変えた。

「アレ食べたの！？」

「美味しかったよ。
何故チョコが粘着質な物体になるのかは未だに謎だけど
俺の為に作ろうと思ってくれた気持ちが嬉しいよ。
ありがとう」

　ソルティの言葉に、クラリスは口をぱくぱくさせるが
うまく言葉が出てこない。
そんなクラリスに、ソルティは諭すように言った。

「だから、次回からは失敗してもちゃんと渡すこと。いいね？」

「……わかったわよ、ちゃんと渡すわ。
でも返品は受け付けないわよ」

「返品なんてしないよ」


　念を押され、渋々ながらも了承するしかなかったクラリスは減らず口を叩くが
それすらもソルティにやんわりとかわされ
悔し紛れに貰った包みの中のマシュマロをひとつ、口に放り込んだ。
口の中でマシュマロはふわりと溶けて、中から出てきたのは大好きな苺ジャムだ。
自然と、頬が緩んでしまう。

「美味しいっ！やっぱりソルティの料理は最高ね！」

「ふふ、ありがとう。
そうそう……あのチョコ、形もヒヨコさん型で結構可愛くできてたね」

　凄い凄い、と褒められ、クラリスは内心複雑だった。
ヒヨコ型じゃなくてハート形なんだけど、まぁ許してあげるわ、と心の中で呟き
クラリスはマシュマロをもう一つ口に放り込んだ。



「ほら、やるよ。
こないだのクッキーうまかったぞ、ありがとな」

　アンリから手渡された包みの中を見て、リゼットは驚いた。
中に入っていたのが、色とりどりのキャンディだったからだ。

ホワイトデーのお返しには意味があるということを
女性の扱いに慣れた様子を見せるアンリが知らないはずはないのだが
知っているなら、自分に好きと言う意味のキャンディを贈る理由が分からない、とリゼットは思う。

「ホワイトデーのお返しには意味があるって知ってるか？」

　アンリは口の端に笑みを浮かべる。
包みの中を見て固まっているリゼットの様子を見れば
意味を知っていると言葉にしているも同然なのだが
アンリはわかっていて敢えて聞いたのだ。

「い、意味！？し！知らないわよそんなの！
知るわけ……ないでしょ……」

　知っていると言ってしまった後のアンリの反応を見たくなくて
リゼットは咄嗟に嘘を吐く。
そんな嘘すら見透かしながら、アンリは言及はしなかった。

「知らねぇのか。ふーん、そうかそうか。
ま、それなりに上手く作れたと思うから大事に食えよ」

　そう言って、ぽんとリゼットの肩を叩けばその肩はびくりと震えた。
それを誤魔化すように、リゼットはわざと大きな動作で
包みの中からキャンディを取り出す。
指先で摘んだのは、黄色のキャンディだ。

「ま、まあ確かに綺麗にできてるわね。
いただきます……」

　口の中に放り込めば、爽やかなレモンの香りが口の中に広がる。
甘すぎず、かと言って酸っぱすぎないそれをリゼットは複雑な気持ちで味わった。

「あ、そうそう。
俺は、リズのこと、結構好きだぞ？」

　思い出したように、アンリは軽い口調で言った。
その声にはどこかからかうような、彼女の反応を楽しむような響きも感じられるが
言われた方は堪ったものではない。

「なっ……何言ってるのよバカ犬！
なんというかその……嫌われてるよりは……いい、けど」

キャンディの件も相まって、その白い頬は真っ赤に染まり
強気な言葉が徐々に萎んでいくのを見て、アンリはにやりと笑った。

---

依頼結果：成功
ＭＶＰ：

メモリアルピンナップ

参加者

• リゼット（アンリ）
• エリザベータ（ヴィルヘルム）
• ルン（テヤン）
• クラリス（ソルティ）
• アンダンテ（サフィール）

会議室

• 

  [5]リゼット

  2015/03/17-23:33　

  おっす、アンリだ。よろしくなー。
  すげーの作って相手を見返してやろうぜ。
  
  んじゃ、俺はキャンディを作ろう。
  料理は最近やってないが、お菓子はメシ作るのとはまた別もんだよな。
  だができる気しかしない。さすが俺。

• 

  [4]アンダンテ

  2015/03/17-02:38　

  サフィールです。神人はアンダンテ。
  よろしくお願いします。
  
  菓子作りはほぼ未経験ですが、キットがあるのなら何とかなるかと思いまして。
  前回、本人がどれくらい制作に関わったのか怪しいにしても貰った事にはかわりないので、俺も頑張ってきます。
  それ程日が経った訳でもないですし、さすがに壁が薄い事は覚えているとは思いますが……なぜか不安が拭えません。
  
  こちらはクッキーにしようかと思っています。
  無事完成するといいのですが。

• 

  [3]クラリス

  2015/03/16-22:16　

  神人クラリスのパートナーやってます、ソルティです。
  ヴィルヘルムさん、テヤン君、サフィール君初めまして
  アンリ君は久しぶりだね、また会えて嬉しいな
  
  家で作るとラッピングする前にクラリスに食べられちゃうんだよね。ホント瞬殺。
  せっかくの機会だしゆっくり楽しく美味しく作れたらいいな
  
  あ、俺はマシュマロにしようかと思ってるよ
  中身は何がいいかな…今から楽しみだよ

• 

  [2]ルン

  2015/03/16-21:02　

  テヤン・ディアマンテでい！よろしくな！
  ……けど、菓子作りなんて全然やった事ねぇけど。
  いいんでい！美味けりゃあいいんでい！
  
  ルンの好みからして、おいらもローズのマカロン作るつもりでい。
  ……作るの面倒なイメージあんだけど、レシピ見りゃあ落ち着いて作れるよな！
  
  
  
  

• 

  [1]エリザベータ

  2015/03/16-00:23　

  どーもー♪
  ヴィルヘルムよぉ～、うちの神人はエルザちゃ…えーと、エリザベータちゃんよ！
  今回は漢のお菓子作り？まじテンション上がりまくりなんだけどぉー！
  とにかく宜しくね☆
  
  …あ、一人で盛り上がっちゃってごめんなさいね。
  
  ワタシはマカロン・ローズを作る予定よ。
  やっぱりラッピングも凝った方がいいかしら？
  悩むわぁ～