A.G.O.クッキングスタジオ(あご マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

休日で賑わう繁華街。

二人が歩く店先には様々な趣向を凝らしたチョコレートが並び
ショーウインドウには色とりどりのハート型のバルーンアートが飾られていた。



「いらっしゃいませ!よろしければどうぞ!」

二人がとある建物の前を通りかかると、
ピンク色のエプロンをしたポニーテールの女性が
元気な声とともに何かを手渡してきた。

ああ、いつものあれか、と手渡されたものを確認しようとして
二人は一瞬目を疑った。

いつものチラシではなかったのだ。

手渡されたのは二つ折りのピンク色の画用紙でできたカード。
チョコレート色のリボンで留められている。
リボンを解いて開くと、カードがハートを象ったものであることがわかった。

なんだかいやに凝ってるな、と
二人はさりげなく彼女のエプロンについたバッジを確認する。
そこには、A.G.O.クッキングスタジオの文字が書かれていた。

いつもの飾り気のないチラシではなく
かわいらしいハート形のグリーティングカードなんて渡されたから
買収でもされたかとちょっと疑ってしまったが、間違いない、いつものあれだ。

二人は安心してグリーティングカードの中身を読み始めた。



≪A.G.O.クッキングスタジオ≫

〜Happy Valentine!〜

大好きなあの人へ愛をこめて

お世話になったあの人へ感謝をこめて

仲良くしてくれるあの子に友情をこめて

美味しい手作りチョコレートを贈ろう!
お菓子作りが苦手な人も安心!
専属講師による丁寧な指導と
A.G.O.クッキングスタジオ提供の製菓キットがあれば
あの人へ贈る特別なチョコレートも
手軽に!美味しく!かわいらしく作れちゃいます!
チョコレートに添えるグリーティングカードもご一緒にどうぞ!

エプロンもスタジオで用意させていただきますので事前準備は一切不要!
選べるキットは4種類、お好きなものをお選びください


1.一口サイズの愛らしさトリュフ
 摘まんで食べられるお手軽さと、丸い形が可愛い!
 デコレーション用のアラザンとトッピングシュガー付き。

2.王道の貫録チョコレートケーキ
 これぞ王道、丸い12号サイズのチョコレートケーキ!
 デコレーション用のチョコペンはピンクと白の二色。

3.どの型で抜こうかな?ココアクッキー
 可愛い形が目にも楽しい食べて美味しい!
 ハート、星、猫、ウサギの抜型と白のチョコペンがセット。

4.大人の香りボンボンショコラ
 ほんのり洋酒の香り漂う大人の味
 デコレーションは粉砂糖とアラザンでシックに。


「グリーティングカードは、今私がお渡ししたものと同じものになります
カードのデコレーションに使うシールや写真等はお持込みいただいても構いませんが
製菓材料に関しましてはお持込みはできない決まりとなっております」


 ご了承くださいと女性が頭を下げるとポニーテールが揺れた。
それではさっそく、とスタジオ内に入ろうとした二人をさらに女性が呼び止めた。

「おまちください、今回はバレンタインデーですので
チョコレートを作るのは女性のお客様に限らせていただきます」

 そういうと彼女は神人の背を押し、二人でスタジオの中へと入ってしまった。

残された精霊のもとには若い男性スタッフが表れ
こちらへどうぞと前に立って歩き始める。

そのまま別室へと誘導された精霊が部屋の扉を開けると
どうやら同じ境遇に陥ったのであろう精霊たちがソファに座っている。

「女性のお客様のお料理が終わりますまで
こちらでご自由におくつろぎくださいませ」
 頭を下げた男性スタッフが去ってしまうと
後にはどこか浮足立った精霊たちだけが残された。

浮足立つのも無理はない。
スタジオでは、自分のパートナーが誰かに渡すチョコレートを作っているのだ。
誰にどうやって渡すのか、どんな気持ちで、どんなメッセージを添えるのか。
期待に揺れる心は、普段よりも精霊を饒舌にさせた。


だが、彼らは知らなかった。

薄い壁一枚隔てた向こう側で、神人たちが今まさに製菓に取り掛かろうとしていることを…

解説

お待たせしました(?)
クッキングスタジオ登場です。

*キット
4種の中からひとつお選びください。
デコレーション用品は使用してもしなくても構いません
また、クッキーの型は一種類のみの使用も可とします。

*グリーティングカード
ピンクのハート、水色のお花、黄緑のクローバー、黄色の星があります
メッセージを書いて渡せますが、使用してもしなくても構いません。

*ラッピング
スタジオが用意します。

*精霊
調理には参加できません。別室で男同士の会話を楽しんでください
なお、その会話の内容は神人に筒抜けですが
精霊さんは筒抜けという事実を知りません。
お好きなように惚気たり愚痴ったりしてください

*神人
調理をしながら、精霊達の会話に耳を傾けることになります
聞いてたと精霊に伝えるかどうかは自由ですが
二人きりの時に伝えることになります。

*チョコ
完成したら誰かに贈りましょう。
誰でもいいですよ、ご友人、同僚、A.R.O.A.職員、精霊さんetcetc...

なお、製菓キットはひとつ600jrとなります
バレンタイン領の紛争の煽りを受けて、チョコはやや高騰気味のようですね



ゲームマスターより

いつものあれです。バレンタインにこれということは、一ヶ月後には…?

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リゼット(アンリ)

 

料理教室…嫌な予感がしたけど
今回は大丈夫そうね
料理くらいできるってことを証明するわ

型は…ハートのはいらない
他のを使いましょ
ねこさんとうさぎさんにはチョコペンで目をつけてあげなくちゃ
でも…せっかくだし(ハート形も1個作る

黄緑のクローバーのカードに
アンリへ。1年間ありがとう。これからもよろしく

あのバカ犬…余計なお世話よ!
好きな人がいないと何か問題でもあるの?
自分もいないなら人のこと言えないじゃない

お子様で悪かったわね!
ん…なにかしら
胸が締め付けられるような…
こういう変なのは大体全部あいつのせいよ、ふん!
(メッセージを二重線で消し「バカ!」に修正

クッキーを乱暴にアンリに突きつけて振り返らず前を歩く



手屋 笹(カガヤ・アクショア)
  トリュフというのが可愛いですね…
講師の方の話をきちんと聞いて
丁寧に行っていきましょう。

…チョコを溶かす為に包丁で切って…
ちょっと力が要りますね…

精霊さん達の話し声が聞こえる?
(カガヤの声を聞いて)
……帰る…?
…それは確かに悲願ですが…

トリュフ作りに集中しましょう。
昨年何でも無い市販チョコをあげてしまったから…
頑張らないといけないのです…
ガナッシュを丸めましょう、ころころと。

(合流後)
トリュフをカガヤに差し出します。

ごめんなさい。
話声、聞こえていたんですよ…
今は何と言っていいのか分かりません…
(残りたいと思えるか…結論はまだ出せそうにありません…)

折角作ったのですから、一緒に食べましょう。


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  4.大人の香りボンボンショコラ
グリーティングカード.水色のお花

先日AROAに溶け込むために(主に神人達に)チョコを配ると宣言したが精霊が不機嫌になってしまったので
精霊にもちゃんと何か渡すと言った
そういう理由で比較的精霊が食べることができそうなチョコのキットをチョイス

今の神人にとってはカードに何か書くのも人に自分の気持ちをぶつけるのも苦手なので
カードも内容を書こうとして結局何も書かずただの飾り

渡す時は何と言ったらいいかわからないので
俯いて渡す
甘いものが食べられないなら無理に食べなくていいと伝える

精霊の提案に、そのチョコは洋酒入りで自分は食べられないので遠慮します、と返す



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  キッド選択:一口サイズの愛らしさトリュフ

ノグリエさんにはボンボンの方がいいかなと思ったのですが…そのなにぶんお菓子作りはほぼ初心者ですので奇をてらうのは諦めようと思います。

トリュフってこんな風に作るんですね…思っていたよりも手間がかかっていると言うか…トリュフならなんて思ってた自分を叱りたい気分です。

(精霊さん達のお話が聞こえて)
え、もしかして隣にいらっしゃるんですか!?うわ、うわ、ノグリエさん、私の自慢しかしてないじゃないですかぁ。実際はそんないいものじゃないです…。

な、なんとか完成しました!
せっかくのバレンタインチョコレート少しでも可愛く見せたいからハートのカードに「愛を込めて」の一言を。



アンダンテ(サフィール)
  2.チョコケーキ

あら、別行動?
でも講師がいるのなら安心よね
頑張りましょう!
事あるごとに講師に頼る

まずは分量を量らないと
…メモリがよく見えないわね
まあこれぐらいじゃないかしら
目分量で投入

さすがサフィールさんね…
まだ会って日が浅いのに私の事をそんなに理解してくれているなんて(しみじみ
今まさに大変な事になっているわ

待たせちゃって悪いなと思ったけど
楽しそうな様子だったからよかったわ
ううん、当たりだもの
すごい観察眼よね!

安心して、ほとんど講師の方が手を貸してくれたのよ
…努力だけではどうにもならない事もあるの(めそらし

じゃあ一緒に食べましょう
もともと二人で来たんだもの
そのために一杯ありそうなのを選んだのよ


(俺はやはりチョコをもらえないのだろうか
しかし、義理とか、残りカスくらいなら)

 残りカスでいいのか。

(そもそも他の奴には渡すのに、なんで俺には何もないんだ)

 ディエゴ・ルナ・クィンテロの意識の先に浮かぶのは、パートナーのハロルド。

彼女が先日、同僚達にチョコを渡すと言っていたことが
ディエゴは未だに気にかかっていた。

他者と溶け込もうという気持ちを蔑ろにするわけではないが
パートナーである自分は彼女のチョコを貰えず
他人がそれを手にするというのはどうにも釈然としない。

答えのない思考に陥りながら部屋の中を歩き回るディエゴの背後で
部屋のドアが開いた。
カガヤ・アクショアだった。

その後にノグリエ・オルト、サフィール、アンリが続き
思い思いに室内のソファに腰掛ける。
スタッフが運んできた人数分のコーヒーをサフィールが受取り
人心地ついたところで、室内に沈黙が下りた。


「私達は待つだけ、ですか
なんといいますか……じれったい時間ですね」

「待ってるだけはさすがに退屈だし
皆と喋りたいな」

 穏やかな微笑を崩さないまま沈黙を破ったノグリエの言葉に
カガヤが提案し、一同はおずおずと雑談を始める。

彼らは知らなかったのだ。
会話が壁の向こう、調理中の神人たちに筒抜けになっていることなど……




一方、壁の向こうのスタジオの中では
神人たちがチョコレート作りに取り掛かっていた。


ハロルドは、先日同僚達にチョコを配ると宣言した際に
不機嫌になったディエゴにした約束を果たす事にした。

とはいえ、肝心のディエゴは甘い物が苦手だ。
4つのキットを眺めたハロルドは比較的彼が口にし易そうな
ボンボンショコラを作ることに決めた。

型に流し込んだガナッシュを冷蔵庫に入れ、冷えるまでの間に
ハロルドはグリーティングカードを書こうと思い立った。

「どれに、しましょう」

4種類のカードの中からハロルドが手にしたのは
勿忘草を連想させるような水色の花のカード。

ペンとカードを手にしたハロルドは、メッセージを考え始める。
何を書こうかと考えるハロルドの耳に、隣の部屋を歩き回るブーツの音が聞こえた。




ノグリエが話し出す。

「シャルルはいま、ボクの為にチョコレートを作ってくれてるんでしょうね」

 会話術を身に着けた彼の言葉は不思議と他者の耳を引き付ける魅力があった。
話題は彼のパートナー、シャルル・アンデルセンについてだ。

「なぜ、自分のだとわかるのですか?」

 サフィールの問いかけにノグリエはさらりと答える。

「だって、シャルルにはボクがいますから
他のヒトには与えさせませんよ」

 さも当然と言った様子で言葉をつづける。

「シャルルは本当に可愛いんですよ
髪も綺麗だし、瞳も蜂蜜みたいな色で可愛いし
もちろん心だって綺麗で、ボクにはもったいないくらいです
でも、」

 その細められた瞳の奥で蜂蜜色の瞳の少女のことを思い浮かべているのだろう。
幸せそうな様子に和みかけた場の雰囲気は、すぐに凍りついた。

「ボク以外にはあげたくありません
もちろん、皆さんにもですよ」

 穏やかに微笑んでいるはずの彼から冷気を感じ一同は身を強張らせる。
冷気は一瞬にして消え目の前には皆さんにはすでに大事な人がいらっしゃると思いますから、と
言葉を切ったノグリエが微笑んでいるばかりだった。






シャルルは両手にトリュフとボンボンのキットを持ち頭を悩ませていた。

(ノグリエさんには、ボンボンの方がいいかな、とは思うのですが)

 心配なのは自身の菓子作りの経験の無さだ。
いくら講師がいるとはいえ、奇をてらったものを作るのは気が引けた。

結局、シャルルはトリュフのキットを手に取ると調理台へと向かった。
チョコをテンパリングし、生クリームを入れて混ぜる。

初めてのお菓子作りはなかなかに神経を使う。
講師に教えてもらいながら、何とかココアパウダーをまぶし終えた頃には
シャルルのエプロンはチョコまみれになっていた。

(トリュフってこんな風に作るんですね……
思っていたよりも手間がかかっているというか
トリュフなら、なんて思っていた自分を叱りたい気分です)

 溜息を吐きながら手を洗うシャルルの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

『シャルルは本当に可愛いんですよ』

(この声、ノグリエさん?
え、もしかして隣にいらっしゃるんですか!?)

 真っ赤になって慌てるシャルルの心の声がノグリエに届くはずもなく
ノグリエはさらにシャルルの事を褒め続ける。

(うわ、うわ、ノグリエさん、私の自慢しかしてないじゃないですかぁ
実際はそんないいものじゃないです……)

 隣室から聞こえてくるノグリエの言葉に、シャルルは耳まで赤くなりながら
声を振り払うようにトリュフ作りの仕上げにかかった。 

(ちょっと、不恰好です、ね)

 大きさが揃わなかったトリュフは、はじめてにしては上出来だが
そこは大好きな彼に送るチョコレート、少しでも可愛く見せたいと
シャルルはハートのカードを選ぶと、メッセージを書いて添える。

(ノグリエさん、喜んでくれるでしょうか)

 彼がどんな表情でトリュフを受け取るのか
想像するだけで、シャルルの胸は高なるのだった。






「笹ちゃんについて?うーん、そうだな」

 ノグリエに水を向けられて、カガヤはパートナーの手屋 笹について
ずっと考えていたことを口にする。

「この世界からオーガの脅威がなくなったとして
笹ちゃんはどうするのかなって不安に思ってたりする
彼女がタブロスに居るのは故郷にオーガを呼び寄せない為だから
オーガが居なくなれば、彼女がここに居る理由はなくなる
そしたら……帰っちゃうのかな、ってね……」

笹の戦う理由を知っているカガヤは
笹を無事に故郷に帰してやりたいと思う反面
パートナーとしてそれを寂しく思う気持ちもある。

 弱くなった語尾に、彼の気持ちを察したノグリエが勇気付けるように語りかけた。

「カガヤ君、キミは自分の心に素直であれば大丈夫ですよ
決して偽ってはいけません
素直であれば、きっとキミ達は大丈夫です」

 ノグリエの言葉にカガヤは顔を上げた。

「そうだな、気になるなら本人に聞くべきだよな
ちょっと気が楽になったよ
聞いてくれてありがとうございました」

 言い終わる頃にはカガヤは明るい笑顔を取り戻していた。




「トリュフ、というのが可愛いですね」

 笹は、トリュフのキットを手に取ると
手際よく調理に取り掛かった。

板チョコをテンパリングする前に包丁で細かく刻んでいく。

「ちょっと力が要りますね……」

 もう少し細かく刻もうかと包丁を握り直した時
ふと、壁の向こうから聞こえてきた声が笹の耳を捉えた。

『帰っちゃうのかな、ってね』

 予想だにしなかったパートナーの疑問に笹の手が一瞬止まる。

(帰る?
それは確かに悲願ですが……)

それは確かに笹の悲願ではあったが、なぜか、心は躍らない。
自分でもわからない不思議な感覚に、笹は首を傾げる。

講師に声をかけられ
笹は慌てて意識を目の前のチョコレートに向け直した。

(トリュフ作りに集中しましょう
昨年何でも無い市販チョコをあげてしまったから
頑張らないといけないのです……)

 ガナッシュを丸めようと手に取って、掌で転がす。
機械的な作業に、思考はまた先ほどのカガヤの言葉を追った。

(そういえば、カガヤのあんな声あまり聞いたことがないかもしれません)

 いつも溌剌と明るいカガヤの、少し沈んだ寂しそうな声。
自分がいなくなるかもしれないその未来を思って
彼はあんな声を出したのだ。

どろり、と

掌でチョコが溶ける感覚に、笹は思考を引き戻された。
チョコを転がす手が止まってしまっていたらしい。
溶けてしまったものは再度冷やし、何とかトリュフを完成させることができた。

笹は完成したトリュフを、複雑な思いを抱きながらラッピングした。




「ところで、なんでサフィールはそんなに落ち着かないんだ」

 アンリの言葉に、サフィールははっと視線を戻す。
どうやら、いつの間にかドアの方を見てしまっていたようだ。

皆の話を聞いていなかったわけではない。

色々なウィンクルムの形があるものだと興味深く聞いていたのだが
脳裏にちらつくのは
お菓子作りに妙に張り切っていたパートナー、アンダンテの姿だった。
サフィールに、アンリがさらに言い募る。

「アンダンテが誰にチョコを渡すのか、そんなに気になるか?」

「いえ、そうではなく……」

 アンリのからかうような言葉を気にした風もなく
サフィールは困ったように返答する。
「彼女、すごくおおらかというか……大雑把というか
そそっかしいところもあるので、その……
何か大変な事になっていないかと不安で」

 パートナーとして過ごしてきたサフィールは
アンダンテのそのお菓子作りに向いているとは思えない性格を
この中の誰よりも理解していた。

「講師がいるならなんとかなるとは思いますが
食べれるものが完成するといいんですが……」

 話している間にも、サフィールの視線はまたドアの方へと流れる。
その様子を見て、一同は微笑ましい気持ちになるのだった。




(講師がいるのなら安心よね
頑張りましょう!)

材料と器具を目の前に並べる。
並んだそれらをじっと見て、アンダンテは秤を手に取った。


「まずは、分量を量らないと」

 秤に乗せた皿に、薄力粉を乗せていくが。

「……メモリがよく見えないわね
まあ、これぐらいじゃないかしら」

 目分量で材料をボウルに投入。
そのまま中身を混ぜ始めたアンダンテの耳に
壁の向こうから心配そうなサフィールの声が聞こえた。

『何か大変な事になっていないかと不安で』

(さすがサフィールさんね)

 サフィールの言葉にアンダンテは感心した。

(まだ会って日が浅いのに、私の事をそんなに理解してくれるなんて)

 感傷に浸りながら材料を混ぜていたゴムべらを持つ手がふと、止まる。
一向に手本通りになる気配のないケーキ生地のタネに
さすがのアンダンテも不安を覚えた。

(今まさに大変な事になっているわ)

 隣室のサフィールに胸の中で言葉を返し
アンダンテは講師を呼びに行った。







「あいつ、バレンタインのお菓子なんて作ってどうするんだ?」

 コーヒーを啜り
アンリはパートナーのリゼットのお菓子の行く先を考えた。

やっぱり好きな人にあげるんじゃないの、というカガヤの言葉に
アンリは首を傾げた。

「好きな奴とかいんのかねぇ」

 ここまで行動を共にした一年間、リゼットから恋愛の類の話題が出たことは一切なかった。
色恋に興味が無いわけではなさそうなのだが。

「年頃なんだから、勘違いでもいいから恋愛すりゃいいのに
ま、俺も人のこと言えんが」

 リゼットと契約してから、任務に忙しい日々の中では
美女をレストランにエスコートすることは減り
代わりに強気な少女をオーガの巣食う森や山にエスコートする日々だ。

隣に座るノグリエが、シャルルの可愛さについて未だ熱弁を振るうのを聞いて
アンリは身を乗り出した。


「やっぱウィンクルム同士で惚れた腫れたって結構あるわけ?」

 今はやんわりと否定するサフィール、嬉しそうなノグリエ、
どちらとも言わないカガヤ、ディエゴ。

四者の反応に、アンリはソファに体を投げ出した。

「うらやましいねぇ〜
こちとらお子様相手じゃそんな気起きねぇよ」

 アンリはカラカラと笑った後、身を起こして一同に向き直った。

「ま、惚れちまったんだったら相手がどう出ようと追いかけてぶつかれ
後でするから後悔っつーんだし」

 ちらりとカガヤのほうを見れば、カガヤはうんうんと頷いている。
アンリは頬を緩め、コーヒーを飲み干した。





(料理教室……嫌な予感がしたけど)

 以前、このスタジオで起きた食中毒事件のことを
リゼットは忘れていなかった。
しかし、今回はオーガも関連しないし、食材はキット製だ。
例の事件のようなことになることはないだろう。

「今回は大丈夫そうね
料理くらいできるってことを証明するわ」

 普段は料理などしたことがない、する必要もないリゼットの
初めての誰かのためのお菓子作りが幕を開けた。


リゼットは4つのクッキー型を眺めた。

「ハートのはいらない
他のを使いましょ」

 街に溢れるハートは、リゼットの中では愛に直結する記号だ。
使うのは、少し抵抗と気恥ずかしさがあった。

クッキー生地を、型でぽんぽんと抜いていく。
リゼットの目が調理台の隅に避けられたハートのクッキー型に吸い寄せられた。

(……せっかくだし)

 リゼットは隅に置かれていたハートの型を手に取ると
丁寧に型を押し、ハートのクッキーを一枚だけ作ることにした。


クッキーが冷めるのをを待つ間
リゼットはクローバーのカードを手に取り、メッセージを書き始めた。

アンリへ
1年間ありがとう これからもよろしく

 何度も読み直し、おかしなところがないか確認するリゼットの耳に
壁の向こうから聞きなれた声が聞こえた。

『そういや好きな奴とかいんのかねぇ』

 後に続く、アンリの言葉にペンを持つリゼットの手がわなわなと震え出す。

(あのバカ犬!
好きな人がいないと何か問題でもあるの?
自分もいないなら人のこと言えないじゃない)

 届くはずのない文句を込めて
リゼットは声が聞こえてくる壁の向こうを強く睨みつけた。

壁の向こうの声は話し続ける。

『うらやましいねぇ〜
こちとらお子様相手じゃそんな気起きねぇよ』

 重なる明るい笑い声に
リゼットの手はペンを今にも折れそうなほど強く握りしめた。
そのまま、先ほど書いたメッセージの上に力いっぱい二重線を引くと
バカ!と殴り書いて乱暴にカードを畳んだ。

お子様相手じゃそんな気起きねぇよ、
アンリの言葉がやけに耳に残る。

声が響く度に胸の奥をぎゅっと締め付けられるような
妙な苦しさにリゼットは気づいた。

(なにかしら……胸が締め付けられるような……
こういう変なのは大体全部あいつのせいよ!)

 自身の胸に宿る気持ちに気づくことなく
リゼットは鼻息荒くラッピングバッグの中にメッセージカードを放り込んだ。





神人たちが調理を終えたと、男性スタッフが精霊たちを呼びに来た。
スタッフに連れられ神人と合流するとそれぞれ帰路に着く。





「あの」

「……なんだ」

重苦しい沈黙の中、ハロルドは意を決して
手にしたラッピングバッグをディエゴに差し出した。
その顔は俯き、ただ自身のつま先だけを見つめている。

受け取ったディエゴがラッピングを解くと
小箱に4粒のボンボンショコラが収まっていた。

念願のハロルドからのチョコに思わず満面の笑みを浮かべるが
彼女が顔を上げたため慌てて笑顔を打ち消し、普段の表情に戻る。

反応の薄いディエゴの様子に
ハロルドは彼が困惑していると思ったようだ。

「約束なので、作りました
甘いものが食べられないなら
無理に食べなくても構いませんので」

「約束?」

 ディエゴは、その約束に思い当たる節がない。
聞いてみると、ハロルドが不機嫌なディエゴにした約束を
考え込んでいたディエゴは聞き逃してしまっていたようだ。

「そうだったのか……
それはすまなかった、礼を言う
ところで、エクレール
このチョコレート、よければ一緒に食べないか」

 ディエゴが誘うが、ハロルドは首を横に振って断った。

「せっかくのお誘いですが
それは洋酒が入っているので私は遠慮します」

そうか、と呟いたディエゴは
食べられないチョコレートをハロルドが自分の為に作ってくれていた事実に
再度緩む頬を必死に隠していた。






「ノグリエさん、あの、これ」

 受け取ってください、と消え入りそうな声でシャルルが差し出したのは
ラッピングバッグに入れられた、小さな小箱。

「おや、なんでしょうね?」

 小箱を受け取ったノグリエはシャルルに説明を求める。
本当は、中身なんてわかりきっているのに。

「あの、……バレンタインの、チョコ、です」

 真っ赤になって照れるシャルルが可愛らしくて
ノグリエの頬が緩む。その表情が見たかったのだ。

「ありがとうございます」

 大事に食べますね、と嬉しそうに笑うノグリエを見て
シャルルもはにかむのだった。







「カガヤ、これを……」

「え、トリュフ?くれるの?
やったー!昨年は市販チョコだったから嬉しいな!
あれ、笹ちゃん、なんだか元気ない……?」

 少しうつむきがちな笹の顔を
カガヤが心配そうに覗き込む。

笹は少し迷っていたがおずおずと話し出した。

「あの、ごめんなさい……
話声、聞こえていたんですよ
今は、何と言っていいかわかりません……」

 そう言われて、カガヤが思い当たるのは
先ほどスタジオで精霊たちに相談した内容。
自分から尋ねようと決心したところだったのに先に笹に言われてしまった。

「あ……聞こえてたのか
俺も何て言っていいのか……えと、ごめん」

 そのまま、二人とも何も言わない。
ぺたりと伏せられた耳が
何よりも如実にカガヤの感情を物語っている。
そんな重い空気を払拭するべく、笹が声を上げた。

「そうだ、そのトリュフ
折角作ったのですし、よかったら一緒に食べましょう?」

「……うん、そうしよっか」

トリュフを頬張り、美味しいなー、と笑うカガヤの笑顔を見ながら
笹はそっと胸の内で呟く。

(残りたいと思えるか……
結論はまだ出せそうにありません……)






「待たせちゃって悪いなと思ったけど
楽しそうな様子だったから良かったわ」

 サフィールと顔を合わせた途端に、アンダンテは楽しそうに報告した。
まるで精霊たちの会話が聞こえていたかのようなその言葉に
サフィールはぎくりと肩を震わせた。

「あの、もしかして」

俺達の話、聞こえていたんですか、と問えば
満面の笑みで肯定の返事が返され、サフィールは素直に謝ることにする。

「その……すみませんでした」

「ううん、当たりだもの
サフィールさん、すごい観察眼よね!」

 嬉しそうに笑うアンダンテに
はあ、と曖昧な返事を返すサフィール

アンダンテはさらに微笑みかける。

「安心して、ほとんど講師の方が手を貸してくれたのよ」

「……それは、安心ですね」

 予感が的中したことを悟ったサフィールは講師に同情した。

「……努力だけではどうにもならないこともあるの」

アンダンテは目を逸らすと、真剣な表情でぽつりと呟いた。

(いや、この流れでシリアスぶられても)


「じゃあ、このケーキ、一緒に食べましょう
もともと二人で来たんだもの
そのために、いっぱいありそうなのを選んだのよ」

 そう言って、持ち上げられた手作りケーキが入った箱を
サフィールはアンダンテから取り上げる。

「俺が持ちます
アンダンテ、転ぶでしょう」

「可能性はないとは言えないわ」

 苦笑しながらサフィールはふと、何の疑問もなく
自分がこのケーキを貰えると思っていた事に気がついた。





「おー、きたきた
どうだ、うまくできたか……って」

 普段どおりに話しかけてくるアンリの態度が
今のリゼットには妙に癇に障る。

手にしたラッピングバッグを乱暴にアンリに突きつけると
振り向かずにアンリの前を通り過ぎた。

取り残されたアンリは、意味も分からずその背を見送ると
ラッピングバッグの力任せに縛ってあるリボンを解いた。
中から出てきたのはココアクッキーとメッセージカード。
カードには、アンリへ、と書いてある。

「俺にくれるお菓子だったのか
かわいいとこあんじゃねえか……って」

 読み進めようとして
殴り書きのバカ!の文字に目が止まった。

「バカはねえだろ!
今日は何にもしてないぞ!」

 すでにしでかしているのだが
アンリはリゼットに声が聞こえていたとは気づいていない。

しかたなく、歩いて後を追いながらアンリはクッキーを食べ始めた。
なんとも行儀の悪い王子様である。
袋から取り出したクッキーをちょっと鑑賞してはぽいと口に放り込む。

「うん、美味い
ちゃんと作れんだな」

 女の子らしくデコレーションされたネコやウサギは
あっという間に犬耳の男の胃袋に収まり
アンリの手が最後の一枚を引っ張り出した。

口に運ぼうとしたアンリの手と足が同時に止まる。

先ほどまでのクッキーとは違い
なんのデコレーションもされていないココア色のそれはシンプルなハート型をしていた。

「……ほんと、かわいいとこあんじゃん」

 ハート型のそれは、ちょっと迷って袋に戻し
アンリはリゼットを探して歩き出す。
金の尻尾が楽しげに揺れていた。



依頼結果:成功
MVP
名前:リゼット
呼び名:リズ
  名前:アンリ
呼び名:アンリ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あご
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月08日
出発日 02月14日 00:00
予定納品日 02月24日

参加者

会議室

  • [10]アンダンテ

    2015/02/13-00:40 

    よろしくお願いします。
    そうですね、ただ待つだけというのも暇ですし何かお話でもできれば。
    俺もどんな話題でも特に問題ありません。
    あの人料理できなさそうなので、少し中の様子が気になりはしますが…。
    普段からそそっかしいので不安です。

  • [9]アンダンテ

    2015/02/13-00:18 

  • [8]リゼット

    2015/02/13-00:04 

    ほう。カガヤは悩めるお年頃か。いいぜ、聞こうじゃねぇの。
    他のみんなも存分に愚痴れ、のろけろ、さらけ出せ。
    え、俺?俺は最近そういう話はとんとご無沙汰だからなぁ。
    俺よりリズの方が心配だ。あの年なのに好きなやつがいる気配がまるでない。
    かわいそうなやつめ。

  • [7]手屋 笹

    2015/02/12-22:35 

    >ノグリエさん

    ありがとうございます!
    それではお言葉に甘えて、先の話題で話しますね。

  • ノグリエ:

    待つだけというのもなんだか手持ち無沙汰といいますか…。
    私も皆さんとお話が出来るのを楽しみにしています。
    ボクは主にシャルルの話になりそうなのですが…。
    カガヤくんのお話もきちんと聞かせていただきますので
    どうぞ自由な話題でお話ください。

  • [5]ハロルド

    2015/02/12-00:09 

  • [4]手屋 笹

    2015/02/11-22:58 

    カガヤ:

    精霊の俺達は別室で待つしかないのか~
    その間何か話したい事ってありますか?
    事前に教えて貰えたら簡単に受け答え等入れようかなと思っています。

    俺は…笹ちゃんに聞きたかったけど不安で聞けてない事があって
    皆さんに軽く聞いて貰えたらくらいかな…
    もしオーガの脅威が無くなったら笹ちゃんは実家に帰りたがるのかなと…
    (本人に聞けよ!というツッコミ歓迎。聞いてくれたら充分という内容です。
    コメディの内容にそぐわなさそうでしたら軽めの話題に変えようかと思います)

  • [3]手屋 笹

    2015/02/11-17:13 

    手屋 笹です。

    シャルルさん、アンダンテさんは初めましてですね。
    よろしくお願いします。

    チョコはトリュフを作ろうかと思っています。

  • [2]リゼット

    2015/02/11-15:21 

    こんにちは。よろしくお願いしますね。
    私はクッキーを作るつもりよ。
    先生がいるならちゃんとしたお菓子が作れる…はずよね。


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