プロローグ
「えー、一応名目としましては、デミ・オーガっぽい生き物がうちの小太郎を拉致したので退治して連れ戻してほしいかなぁ、と」
紅月ノ神社から来た妖狐の青年は、溜息をつきながらA.R.O.A.の受付職員に言った。
「……デミ・オーガっぽい生き物、とは」
面倒臭そうな依頼になりそうな気配を感じ、受付職員は恐る恐る尋ねる。
「ぶっちゃけ風神達の悪ふざけです」
―――風神。
名前に『神』とついているものの、神からは程遠い。風を操り嵐を起こしたり、農作物に被害を出したり、人に風邪をひかせたり、人の生活に害を出す事を存在意義とする妖怪だ。
考え方や欲求や価値観等は人のそれとはずれていて、風のように気まぐれ、その瞬間の快楽を優先させる。
そんな妖怪が、年の瀬で忙しい紅月ノ神社に現れた。
頭に張りぼての真っ直ぐな角をつけて。
『大変だー! デミ・オーガだぞー!』
『悪い子はいねがー!』
『アホか、それ色々違う』
『デミ・オーガだから悪さするぞー!』
『おおっと! 善良な子狐発見! 拉致!』
『返して欲しけりゃ言う事聞けー!』
『ほら、小太郎、何か適当に助けてー、とか言え』
『え、た、タスケテー?!』
『疑問形かよ!』
『まぁいいや、そんじゃなー!』
そして小太郎を攫って消えた。手紙を一枚残して。
「いや、もう犯人分かっててデミ・オーガじゃないならそっちでどうにかしてくださいよ!」
「バリバリの戦闘系妖怪と戦って勝てる力持ってる妖狐なんていませんよ! あとこれ! 手紙! 読んでくださいよ!!」
机の上に叩き付けられた手紙を受け付け職員が読む。読んでいくうちに顔が引き攣り笑いになっていく。
『小太郎は預かった! 返して欲しければ(風神と書いてからぐちゃぐちゃと黒く塗りつぶされている)デミ・オーガ様達と勝負して勝ってみろバーカ!
デミ・オーガだからウィンクルム呼べよ、じゃなきゃ返さねぇから!
勝負の方法は(色々な遊びを書いては塗りつぶし書いては塗りつぶし、かなりの大きさがぐちゃぐちゃと黒く塗りつぶされている)
羽根突き!!(マジかよ俺やった事ないんだけどwww と横に小文字で書かれている)
正月くらいに神社のどっか適当なとこで着物着てやろうぜ! じゃあな!!』
「これはひどい」
「何かもうホントすみませんけどよろしくお願いします」
着物も準備しますし、お雑煮とか甘酒位なら用意しますので。そう言って妖狐の青年は深々と頭を下げた。
そして後日、正式な場所と日取りが伝えられ、新年とともに羽根突き合戦の幕が開けることとなる。
解説
お正月に風神という妖怪と勝負して、妖狐の少年の小太郎を取り返してください。
勝てばちゃんと小太郎を返してくれます。
着物は正月に相応しいものを着ていただくもよし、動きやすさ優先のもの(袴とか襷オプションとか)を着ていただくもよし。
ただし、着物っぽいものは不可です。あくまで着物です。
特に希望がなければこちらで決めさせて頂きます。
●羽根突きルール(ウィンクルムと妖狐が事前に聞いているルール)●
・一対一で、精霊か神人のどちらかが羽根突きを、片方は応援をする
・羽根を地面に落としたら負け
・勝った方が墨で負けた方に落書きできる
●風神
・誰もデミ化してません、が、手作りの角をつけて「デミ・オーガだ!」と言い張ってる
・参加人数に合わせて人数が変動
・風を操る事ができ、飛ぶ事も出来る
・性格は分かりやすくクズで楽しければそれでいいという快楽主義者
・拉致した小太郎とは実は友人なので酷い事はしない
「ルールとは破る為にある」
●羽根突き暗黙のルール(試合時に発覚するルール)●
・自分の持てる力の全てを使って羽根突きを、応援という名の野次、罵声、精神、物理攻撃をする
・羽根を地面に落としたら負け、人に当たっても地面に落ちなければ試合続行
・勝った方が墨で負けた方に落書きできるのですが、おや、何故か墨入りバケツが何杯も用意され……?
一応、デミ・オーガ退治で拉致された少年妖狐の奪還が目的です。
なので、問答無用で攻撃してもイインダヨ!
ただし、その場合は風神達とのガチバトルに変更されます。
●妖狐が用意したもの
・お雑煮(醤油・味噌)
・甘酒
・お汁粉
・葛湯
着物のレンタル料と合わせて、500Jrで以上のものの飲み食いが自由になります
ゲームマスターより
年が明けたら勝負といきましょう。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)
デミオーガだそうですよっ、早く行かないと大変なことに… えーと…そう名乗ってるので、そういうことにしておいてあげませんか? 着物初めて着ました…グレンは袴ですか? 他のもの着てるところ見ないので不思議な感じです… 悪い意味じゃないです、大人っぽくて格好いいです。 あ、お汁粉おいしいです。 あとでグレンにもあげましょう。 羽根突きってこういうルールでしたっけ… ルールおかしい気がしますけど、グレン頑張って下さい! 私も応援とこれ以上変なことしないか相手の監視頑張りますっ ルール破っていいなら応援席からの参加もいいですよね? 結構汚れちゃいましたね… ハンカチしかないですけど、 とりあえず顔拭きますから動かないで下さいねー |
八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
風神さん達、また騒ぎを起こしてるんですね 今回はもう真面目に説得するのはやめます アスカ君、頑張って! 着物:振袖(赤、蝶柄)髪結い上げ まずはアウェー感を払拭しないと 一生懸命声援を送る 周りの様子にも気を配って、アスカ君の邪魔になりそうな妨害は体を張ってでも止めに行く …え?アスカ君今何て…好きな子がいるの…? 勝てたら墨汁で風神さんに落書きを では失礼して…動くと歪みますよ! ○と×のつもりが何だか冒涜的な隈取りに… お疲れ様 この手拭いで汗拭いてね アスカ君は甘い物が好きだからお汁粉を貰ってきたよ 食べたら少し歩いてお正月気分を味わおうか さっきのアスカ君の言葉って、もしかして… 気になるけど、恥ずかしくて聞けないよ |
アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
着物を着るのは初めてです 少し動き辛く感じますが、精一杯頑張ります 腕を動かしやすいように襷をしていただいてまずは素振りを 羽子板を叩きつけるように振ればいいんですよね 大丈夫です、やられる前にやります なんとしても勝たなくては お汁粉が私を待っているんですもの 狙いは顔面ですよね、やっぱり 清く正しく顔面を狙って全力で打ち返します 誘拐犯の要望に沿わないといけませんもの、要望に沿っての羽根突きですから、何も問題なんてありませんよね 卑怯な手を使ってくるなら、手招きしてラルクさん召喚 使えるものは使う主義です 落書きは…容赦なく衣服の中へバケツをひっくり返しましょう 早くお汁粉を食べたいので、手間をかけたくはないです |
オーレリア・テンノージャ(カナメ・グッドフェロー)
風神さんも遊びたい盛りなんですね ふふ、カナメさんとお揃いですか しかし、羽根突きってこんなにはらはらするものでしたっけ? 外野から邪魔を入れるのは…見過ごせませんね とはいえ、力尽くでも止められないでしょうし… ううん、お菓子で気を引けるかしら ああ、墨でびしょびしょになってしまいましたね 「カナメさん、風神さんたちも、いらっしゃい。そのままでは身体が冷えてしまいますよ」 罰ゲームも楽しいかもしれませんが、風邪をひいてはいけませんから 炊事場をお借りしてお湯を沸かして タオルを熱いお湯で絞っておきましょう 他の皆さんや風神さん達もどうぞ ◆ 着物の着付けは自分でもできたりする 二人共にアドリブ歓迎 |
■開戦前
「デミオーガだそうですよっ、早く行かないと大変なことに……」
『ニーナ・ルアルディ』は『グレン・カーヴェル』と、ウィンクルムの仲間達と一緒に向かう。
指定された戦いの場所は、羽根突きのコートを挟んでそれぞれの簡易応援席があった。薪ストーブまで完備。妖狐が屋台まで出している。デミオーガ退治の雰囲気ではない。
そして、そこにいたのは。
「待ってたぞウィンクルム!」
人質の小太郎と歓談している風神達with角っぽいもの。
「いやアレ違うだろ、手作り感溢れる角付けてるだけだろ」
グレンがたまらず突っ込む。
「えーと……そう名乗ってるので、そういうことにしておいてあげませんか?」
以前別の依頼で風神達と関わった『八神 伊万里』と『アスカ・ベルウィレッジ』は呆れ顔だ。
「風神さん達、また騒ぎを起こしてるんですね。今回はもう真面目に説得するのはやめます」
「そうだな」
風神の気持ちを考えての説得は無駄に終わって、そしてこの騒ぎである。駄目だ、こいつら救えない。そう思った二人は、何としてでも勝つ方向に心を決めた。
『アイリス・ケリー』と『ラルク・ラエビガータ』は何処か諦観の目だ。
だってA.R.O.A.職員が目を逸らしながら依頼内容を伝えていたのだ。つまり、きっとろくでもない依頼なのだ。
案内された仮設テントで、ウィンクルム達は着物に着替える。
『オーレリア・テンノージャ』は、自身とパートナー『カナメ・グッドフェロー』の着付けを終えると、他のウィンクルムの着付けを手伝った。
「着物初めて着ました……グレンは袴ですか?」
振袖を楽しげに振るニーナは、グレンの着替えが終わるとまじまじと見た。
「動きやすさを考えたらな」
グレンは黒の着物に灰汁色の袴だ。
「他のもの着てるところ見ないので不思議な感じです……」
「似合わないって事か?」
「悪い意味じゃないです、大人っぽくて格好いいです」
あわあわしながらの感想に、グレンは気恥ずかしげに視線を逸らした。
「お前のその動き難い格好じゃ無理だろ、応援席で座って暖かいもんでも飲んで待ってろ」
「でも、グレンは羽根突きやった事は?」
「やったことねーよ。実際にやってみりゃ何とかなるだろ、多分。」
考えるより前に手が出てしまうグレンらしい回答に、ニーナはぷっと吹き出しながら「頑張って下さいね」と言った。
「風神さんも遊びたい盛りなんですね、ふふ、カナメさんとお揃いですか」
オーレリアは静かに微笑む。視線の先にはカナメがいる。
「よくわかんないんだけど、羽根突きで思いっきり遊んで勝てばお汁粉と甘酒もらえるんだよね? よっしゃー! 負っけないぞ!」
ふかふかの尻尾を元気よく回しながら、カナメは宣言した。
■第一戦
応援席は薪ストーブで暖かかったので、オーレリアは鮫小紋の道行を脱いだ。葡萄地に白い雪輪模様の着物、灰梅色の帯は色とりどりの花。熟年のオーレリアに相応しいしっとりとした美しさと、正月らしい華やかさが見事に同居していた。
対して、カナメは藍色の麻模様の着物、黒の兵児帯、その上に着物と同じ生地の羽織と、いかにも元気な子供らしい恰好だ。
「よぉっし、勝つぞー!」
「まずは受けてみろ!」
打ち合いが始まる。
対等な打ち合いとは言えない。風神が羽根を自由自在に打って、カナメで遊んでいるようだった。
羽根をじっと集中して見て、反射神経で咄嗟に追いついているが、いつ落としてしまうかわからない。
観ている方がハラハラして、オーレリアは困惑する。
「羽根突きってこんなにはらはらするものでしたっけ?」
周りは首を横に振る。もっと和やかな遊びの筈だ。
そしてその不安と緊張はさらに加速する。
「何で変なのまで飛ばしてくるのー?!」
カナメが叫ぶ。
応援席の風神達が、羽根に紛れるように小石や木の枝を投げてきたのだ。
「あ? 気にすんな!」
「頑張れカナメちゃーん!」
あからさまな妨害にウィンクルム達も怒り、苛立ち、ドン引いた。だって相手はまだ小さい子だ。汚いさすが風神きたない。
「外野から邪魔を入れるのは……見過ごせませんね」
必死に打ち合ってるカナメをフォローすべく真っ先に動き出したのは、やはりパートナーのオーレリア。
「とはいえ、力尽くでも止められないでしょうし……ううん、お菓子で気を引けるかしら」
オーレリアは妖狐に頼み、甘酒やお汁粉を風神応援席に配りに行く。
快楽主義の気まぐれが風神。近づくいい匂いに手をやめ、「おいよこせ」「こっちにも」と群がりだした。
変なものが飛んでこなくなった。
邪魔するのを諦めたのだろうかとカナメが風神応援席をちらりと見る。
「……って、オリィさんそれー!?」
そこには自分を応援してくれる筈のオーレリアが風神に食べ物を配る光景が広がっていた。
自分への邪魔を止めてくれたのだ。それはわかっているが、納得できない。
「ずるーい! 僕のぶんはー!?」
よって叫んだ。
「まだ沢山ありますよ」
「ほんと?」
ほっとするカナメに、ここぞとばかりに風神達が大人げなく煽る。
「全部食っちまおうぜ!」
「食べられない奴かわいそー!」
子供にも容赦など欠片もない。酷いさすが風神ひどい。
「~~~ッいいもん、羽根突き終わったら僕も貰うんだから! オリィさんならきっとおねだりしたらくれるもん、だから今は……絶対勝ーつ!」
叫んで、カナメは思いっきり打った。
小さくとも精霊、渾身の力で打たれた羽根は物凄い勢いで風神の陣地に落ちようとしていた。
が。
「俺も食いたーい!」
羽根突きをしていた風神がそう言うと、ぶわッと下から風が吹いて落ちようとしていた羽根が空中にあがる。
「えぇ?!」
驚くカナメへと、豪風に乗り弾丸よりも速い羽根が飛んでくる。
ドゴンッ! と羽根突きらしからぬ音を響かせて、羽根がカナメの陣地の地面へめり込んだ。
「はい俺の勝ちー! つーわけで寄越せ食い物!」
はしゃぎながら風神が仲間達のもとへ走り出す。カナメは呆然とそれを見ていた。
いかに精霊とはいえ、まだ戦闘の経験もなく、訓練も積んでおらず、体も出来上がっていない。おまけに動きやすい格好ともいえない。そして風神のように卑怯な手も知らない。
集中する事で邪魔にも負けず何とか打ち合えたが、逆に集中して羽根に飛びつく事しか出来なかったカナメは、残念ながら風神には敵わなかった。
「うう……ッお菓子~!」
半べそで叫ぶカナメの元に、オーレリアがお汁粉を持って駆けつけるのと、勝った風神が墨バケツを持って笑顔で近づくのは、ほぼ同時だったという。
■第二戦
なんとも微妙な表情で、カナメはオーレリアに渡されたお汁粉を食べていた。何故ならその横で、風神がカナメの赤い髪を墨で黒く染めているからだ。
「ったく、仇はとってやるからな」
グレンが言いながら羽子板を持って出る。
「頑張ってくださいね、グレン!」
応援席からニーナの声が飛ぶ。グレンはチラリと振り返って姿を確認する。
浅葱色の振袖には桃色と菫色の小花が散っている。金地に白い桜の刺繍がされた帯には瑠璃石の帯止め。きっちりとあげられた髪の毛にも瑠璃色の花飾りがつけられている。
(まぁ、大人っぽくて可愛いか?)
さっき言われた事を反芻しながら心の中で感想を述べ、ふっと小さく笑って手を上げた。
「もう食べ物には釣られないぞこの卑怯ウィンクルムどもが!」
「卑怯はどっちだって……うお?!」
早速卑怯な行為。喋ってる途中ではじめの合図も無しに風神が打ってきた。
すぐに反応したグレンが高く打ち返すと、カナメの時と同じように色々な物が投げられてきた。さっきまではなかったお椀とかも混ざっている。
しかし、グレンは冷静に避けて羽根だけを打ち返す。ウィンクルムとして力をつけてきただけはある。
アスカとラルクはグレンへ「いけ! そこだ!」と声援を送っていた。ニーナは「あ、お汁粉おいしいです。あとでグレンにもあげましょう」と舌鼓を打っていた。
風神達はつまらない。もっと慌てる姿とか見たいのに、つまらない。
なので、薪ストーブを投げつけてみた。
「はぁ?!」
「きゃあ?!」
流石に驚愕の声があがる。応援していたニーナも悲鳴をあげる。
当然避けるが、驚いたという事実に満足したのか、風神達はニヤニヤとグレンを見る。
「くっそ……!」
相変わらず石などが飛んでくる中、先程よりも速く強い打ち合いになる。
「羽根突きってこういうルールでしたっけ……」
「絶対に違います」
ニーナの呆然とした問いに、伊万里が首を横に振りながら答える。
「ルールおかしい気がしますけど、グレン頑張って下さい!」
ニーナが声を張り上げて応援する。グレンも風神も、思わずそちらを見てしまう。
「私も応援とこれ以上変なことしないか相手の監視頑張りますっ」
抗議した方がいいですよね、と意気込むニーナに、グレンが何か思うよりも早く、風神が笑って囃し立て始めた。
「『グレン頑張って下さい!』だってよぉ!」
「あっつあつー!」
グッと一瞬怯むグレンに、風神は続けた。続けてはいけない内容を。
「監視って俺達と仲良くしてくれんの?」
「ニーナちゃん俺達と遊ぼうぜー!」
「え、ち、違います……ッ」
困惑するニーナの声を聞いて、グレンの中の何かがブツリと切れた。
「いいっかげんに、しろぉ!」
羽根を思い切り叩き付け、同時に近くにあった墨バケツを引っつかんでぶん投げる。
「うおおお?!」
今度の驚きの声は風神だった。
風神の視界一面に墨が広がる。風で吹き飛ばして墨を被らなかったものの、その間に羽根は地面に落ちてしまった。
「あーッ!」
「ズリィぞ反則!」
お前達に言われたくない、という応援席のラルクの突っ込みは届かない。グレンはそんなツッコミをせずに鼻でせせら笑う。
「ルールは破る為にあるんだよ!!」
それ悪役の台詞だろ、という応援席のアスカの突っ込みも届かない。言い切ったグレンに風神達はブーイングしか出来ず、渋々負けを認めた。
「ちっ! 次やろうぜ次!」
「とりあえずお前はこっちな?」
羽子板を放り投げて応援席へ戻ろうとする風神の右肩をぐっと掴み、グレンは笑顔で話しかける。
その手には、墨バケツが握られている。
頭からバケツごと墨をぶっ掛けられた風神の悲鳴が、新春の空に響き渡った。
■第三戦
「くっそ、次の相手は誰だぁ?!」
「私です」
悔しそうな風神に答えたのはアイリスだ。
着物を着るのは初めてだというが、なかなか似合っている。鳥の子色の着物にはモダン柄、若草色のアラベスクと胡粉色のレース模様だ。金糸で波の刺繍の施された緑青の帯、黄櫨染色の帯締めと襷。
「少し動き辛く感じますが、精一杯頑張ります」
言って、まずは素振りを、とぶんぶん羽子板を振る。
「あら、いいの?」
オーレリアがラルクに訊ねれば、苦笑して答える。
ラルクは青鈍色の着物と羽織だ。慣れた様子で少し着崩している。
「俺は和服を着慣れてるし男だから、顔に墨で落書きされても構わないんだがな。アイリスがやる気だから好きにやらせるかと……だが、妙に不安になるな」
だって素振りがおかしい。
「羽子板で叩きつけるように振ればいいんですよね」
「アンタ、野球かテニスあたりと勘違いしてないか」
「大丈夫です、やられる前にやります」
羽根突きにしては物騒な意気込みが聞こえた気がする。
最早何も言うまい。ラルクはアイリスよりも風神の無事を祈りながら応援席に着いた。
「泣いても知らねぇぞ?」
笑う風神にアイリスは「泣きません」とはっきり答える。
「なんとしても勝たなくては、お汁粉が私を待っているんですもの」
闘志を燃やす発言に、聞いた全員が疑問符を浮かべた。
「あの女、勝たなきゃ汁粉が食えないとでも思ってるんだろうか」
ラルクの呟きで、皆は納得する。
しかしアイリスは気付かない。「狙いは顔面ですよね、やっぱり。清く正しく顔面を狙って全力で打ち返します。何も問題なんてありませんよね」等と物騒な事を呟いている。
ラルクは何も言わない。甘酒を飲みながら様子見の構えだ。ほらアイリスさん、貴方のパートナーは何もしなくても甘酒飲んでます。
「いきまちゅよー!」
「どうぞ」
風神は馬鹿にしてわざと弱々しく羽根を打つ。「取れまちゅかねー」とからかいながら。アイリスが顔を狙っても軽く返されてしまう。
風神は油断しきっている。
と、ラルクが急に風神の後ろを指差しながら「あ!!」と大声を出した。
古典的な誘導に風神は引っかかって後ろを向く。
そこをアイリスは逃さない。羽根を相手の陣地へ叩き付けるように打つ。
―――勝った!
ウィンクルム皆そう思った。ところが。
鋭い風が吹き、羽根をふわりと浮かせた。
ウィンクルムは唖然としてしまう。
「……今のは落ちたんじゃ」
「はぁ? 地面に落ちなきゃいいんですー」
アイリスが問うと、嘲笑い羽根突きを再開させてしまう。
打ち返しながら、アイリスは手招きしてラルクを呼ぶ。
「ん? 呼んだか……って、おい」
近づくラルクに、アイリスは目で指示を出す。
もっと近くへ。もっと。もうちょっと右。
嫌な予感がする。
「結局精霊に泣きつくのかなぁ?」
「そんな事はしません、が」
アイリスは今、近くまできたラルクをじっと見ている。
(まさか……)
いや、見極めているのだ。
(俺にぶつけてあの野郎が拾えないようにする気じゃないだろな、まさか!)
ラルクの血の気が引く。アイリスが思い切り振りかぶる。
「使えるものは使う主義です」
ラルクが逃げるより早く、風神が何かを察するより早く、アイリスはラルクに羽根を打ち付けた。
「い゛ッ!!」
手に当たった羽根は、誰も予想もしない角度に曲がり、風神の陣地へと急加速急角度で落ちた。
ぽかんとした風神に、アイリスは「勝ちました」と満足気に宣言した。
「……ッウィンクルムが相棒道具にすんなよ!!」
負けた風神が突っ込みを入れるが、他の風神達は弾けたように笑いだす。
「マジうける! 何だこの勝ち方!!」
「アイリスちゃんかっけぇ!!」
「ラルクくーん! 道具に使われて今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?!」
風神の笑い声にウィンクルム達も苦笑する。グレンとアスカはラルクに同情しながら。
アイリスが容赦なく風神の衣服の中へ墨バケツをひっくり返す。
悲鳴をあげる風神を置いて、待ち望んでいたお汁粉へと向かっていった。
■第四戦
「ん? お前らって……」
最終対決者の風神が、対戦相手を見て目を丸くする。
少女、伊万里は大柄の蝶が舞う真紅の振袖で、手毬の刺繍が施された蜜のように濃い金の帯。結い上げた髪には紅梅が描かれた鼈甲の簪。そんな華やかな姿にそぐわぬ厳しい顔つきで。
「夏祭りでは世話になったな、きっちりお返しさせてもらう」
少年、アスカは黒い紋付袴に襷掛け。ちなみに紋は八神家のものだったりする。やる気に満ち溢れた格好で指をポキポキ鳴らした。
途端、風神達から歓声が上がる。
「うおおお! アスカきゅんじゃん!」
「元気? なぁ元気?! 俺達の絆健在?!」
「伊っ万里ちゃーん! アスカきゅんとの絆が切れそうだったら俺達と絆結ぼうぜー!」
ゲラゲラと笑い声が響く。
「五月蝿い! 絶対勝ってやるからな! 覚悟しとけ!」
「アスカ君、頑張って!」
「うひー! 『アスカ君、頑張って!』だって!」
「これが愛かッ!」
アスカは顔を真っ赤にしながら、羽根を打って無理矢理開始させた。
速く強い打ち合い。そして飛び交う石やらゴミやら。
だが、アスカも上手く避けて羽根を打ち返していた。
ウィンクルムとして身につけた力、動きやすい格好、そしてスポーツのスキル。もう一つ加えるなら伊万里の声援。その全てが合わさった今、アスカは風神を圧倒しつつあった。
「つか何で顔ばっか狙うんだよ!」
「狙ってるのは角だ! デミオーガ退治に来てるんだよこっちは!」
「デミオーガぁ?! …………っあ、そういう設定でしたね、ハイ」
「そこは忘れるなよ!」
そんな打ち合いが続く中、伊万里は気付く。風神達がまた薪ストーブを投げようとしているのを。しかも今回は二個も。
(止めなきゃ……!)
伊万里が風神達へ動き出したのをアスカは横目で気付いていた。
「やめてください!」
「何が~? 伊万里ちゃん俺らと遊びたいの~?」
「伊万里ちゃんが遊んでくれるなら邪魔しないよ!」
そして今、風神達の興味が薪ストーブから伊万里に移った事にも気付いた。
「伊万里!」
アスカは咄嗟に羽根を高く打ち上げる。そして伊万里を神達から引っ張り出して応援席へと戻す。
「おいおい、勝負放棄して助けに行くとか……」
風神は高く上がった羽根を下ろすべく、風を吹き降ろす。
「そんなにいいとこ見せたいのかよ!」
アスカに攻撃するかのように羽根を打つ。更に風に乗せて速度を速める。
「黙れ! 好きな子にいいとこ見せたくて何が悪い……あっ!」
「あ」
「……え?」
風がぴたりとやむ。羽根は何故かふよふよと浮いている。
「アスカ君今何て……」
ニヤニヤする風神達、思わず見入るウィンクルム達、固まるアスカ。
「……好きな子がいるの……?」
そしてまさかの鈍感ッぷりを見せる伊万里。
「マジかよ伊万里ちゃん!!」
「流れ的にどう考えてもさぁ!!」
一気に大爆笑する風神達。
アスカは顔を慌てて「何でもない! 今のは聞かなかったことにしろ!」と伊万里に言い、笑い崩れている風神の陣地に浮いてる羽根を打ち付けた。
笑い苦しんでいる風神達は反応できない。
羽根突きはアスカの勝利で終わった。
だが、勝った気はしなかった。
―――三対一で、ウィンクルムの勝利
■良き一年であるよう
伊万里はただ○と×を書いたつもりだった。が、天才的な筆の滑りで、奇跡的な落書きが出来上がった。
「うん、これは隈取りって言うんだよ?」
落書き済みの真顔で風神が言うから、ウィンクルム達は笑いに笑った。一人、解せぬ、という顔をした伊万里を除いて。
「カナメさん、風神さん達も、いらっしゃい。そのままでは身体が冷えてしまいますよ。他の皆さんもどうぞ」
オーレリアが妖狐に頼んでお湯と手拭いを用意してもらったようで、お汁粉を食べたカナメは「はーい!」と駆け寄る。
だが、墨塗れになった風神達は中に浮く。
「はっ! 風神に身体が冷えるとか、しっかりしろよウィンクルム」
「まぁまぁ楽しかったぜ、また遊ぼうな」
そう言って去ろうとしていた。
その発言にアスカやグレンは嫌な顔をしたが、カナメだけが答えた。
「またね! あ、そういえば名前は?」
問いに、風神達は顔を見合わせてから答えた。
「今度会ったら教えてやるよ」
きっとまた会える、その発言にカナメは笑う。
次の瞬間、轟音を立てて風が吹き、皆咄嗟に目を閉じた。
そして風がやんで目を開けた時には、もう風神はいなかった。
風神達が去った後、ニーナも「結構汚れちゃいましたね」と、グレンの手や顔に飛んだ墨の飛沫を拭こうと手拭いを手に取る。
「別に大して汚れてねーよ」
「駄目です! とりあえず顔拭きますから動かないで下さいねー」
「お、おい……ッ」
ニーナは強引にグレンの顔に触れて拭いていく。
頬に感じる小さな手の温もりに抗いがたいものを感じ、グレンは大人しく顔を拭かれていた。
「お疲れ様、これで汗拭いてね。あと、お汁粉を貰ってきたよ」
「ん」
何事もなかったかのように手拭いとお汁粉を渡してくる伊万里に、アスカは戸惑いながらも受け取った。
「食べたら少し歩いてお正月気分を味わおうか」
「そうだな」
けれどだからこそ、アスカも自然と返せた。
そして、思う。誓う。
告白するなら、もっとちゃんとしたい、と。
……本当は伊万里は聞きたかった。さっきの言葉の意味を。
(気になるけど、恥ずかしくて聞けないよ)
その恥ずかしさが自分のどの感情によるものかは、まだわからない。
平和に終わろうとしている『デミオーガ退治』。
そっと逃げようとしている人質、小太郎を捕まえ、ラルクは「いいか、よく聞け」と語り出す。
「いくら友人でもだ、抵抗しとけ。じゃないと、俺のような犠牲者が出るから」
誰による犠牲かはあえて言わない。
そんなラルクの後ろで、アイリスが二杯目のお汁粉を食べ終えた。
依頼結果:成功
MVP:
名前:アイリス・ケリー 呼び名:アイリス、アンタ |
名前:ラルク・ラエビガータ 呼び名:ラルクさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 12月29日 |
出発日 | 01月05日 00:00 |
予定納品日 | 01月15日 |
参加者
- ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)
- 八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
- アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
- オーレリア・テンノージャ(カナメ・グッドフェロー)
会議室
-
2015/01/02-23:33
-
2015/01/02-23:11
ご挨拶が遅れまして申し訳ありませんわ。
オーレリアと申します。
ニーナさん方は先日振り、伊万里さんとアイリスさんは初めまして、ですね。
どうぞよろしくお願いいたします。
カナメさんが羽根突きで遊ぶのを楽しみにしているようですが…大丈夫かしら? -
2015/01/01-14:40
オーレリアさん達は初めまして。
ニーナさん達とアイリスさん達はお久しぶりです。
八神伊万里です、今年もよろしくお願いします。
羽根つきはアスカ君がやる予定です。
風神さん達に会うのも久しぶりですが、今度は何があるのか… -
2015/01/01-01:47