Retro(あご マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

喫茶店メモリーズに足を踏み入れると、板張りの床がそっと軋む。
背後で落ち着いた色の木製のドアが閉まると、頭上のドアベルがやわらかい音で私の来店を告げた。


「いらっしゃいませ」

 紅茶の香りが漂う中、磨き抜かれたカウンターの向こうから初老のマスターが微笑みかけ、
いつものカウンター席へと視線で案内してくれる。
私はゆっくりとそのカウンターの一番端の席に足を向けた。



私がこの喫茶店と出会ったのは、ほんの1年程前のことだ。
長患いの末に亡くなった最愛の妻の葬儀を終え
ふらりと立ち寄ったこの喫茶店の、どこか懐かしい雰囲気に誘われたのかもしれない。


「ご注文は何になさいますか」

「いつものを
あと、レコードの6番と12番をお願いできるかな」

「かしこまりました」



 ほどなくして運ばれてきたのは妻が好きだったアールグレイと、
この喫茶店でしか聞けない二枚のアナログレコード。
私は6番のレコードをひとなですると、フォノグラフのターンテーブルに乗せそっと針を落とした。
たちまち荘厳なオルガンの音色が私を包む。

アールグレイの香りに包まれながらそっと目を閉じれば、瞼の裏には在りし日の妻の姿。


6番のレコードは、どうやら私と妻の結婚式の記憶を読み取ったようだ。
純白のドレスに身を包んだ妻が、華やかなブーケを抱きしめて涙ぐむ。
喜びを湛えた空気が私の体を満たした。

その涙が伝う頬も、涙を拭う私の指もまだ若く、
これから先に待ち受ける嵐も凪も受け止めて行こうと決意した二人は希望に満ちていた。

二人で左手の甲を並べて眺める視界の中、
揃いの指輪を嵌めた左手の薬指とその手の甲に輝くのは私たちを結ぶもう一つの絆。

その朱い印が、幾度となく二人の窮地を救い、今日に至る長い道のりを育んできたのだ。


……出会ったばかりの頃は、トランスするのが恥ずかしかったな


初対面の相手とのトランスは赤面した顔が隠せないほどの照れを伴った。
それから少しずつお互いの事を知っていくにつれ照れなくなり
照れはいつしか勇気に変わり、お互いの気持ちを結ぶこととなる。

そして、ウィンクルムとしても恋人としても
最高のパートナーとなった彼女に永遠の愛を誓ったこの日、
二人は間違いなく、世界で一番幸せだった。





そこまでを鮮明に瞼の裏に描いたところでレコードが終わり、光の粒になって消えていく。
目を開けると、私の頬には涙が伝っていた。



この喫茶店のレコードは少し特殊な力で作られていて、
手にしたものの記憶を自分で思い出すよりも鮮明に見せてくれるのだ。

ここに来るたび、私はいつもレコードを頼んで、
私が今まで歩んできた道の足跡を一つ一つ丁寧に思い出していくことにしていた。

アールグレイを口に含み、その薫り高さを堪能すると
私は二枚目、12番のレコードを手にした。




針を落とすと、溢れてくるのは、昔母が良く歌ってくれた懐かしい子守唄。


瞼の裏に浮かぶのは、私が生まれ育った小さな村の輝くような日差し。
頬を撫でるぬるい風すらも感じ取れそうなほどの迫力に、私の心はいつしか幼い頃に返っていた。

側を、幼い友人たちが駆けていく。一人が振り返って、早く来いよ、と私を呼ばわる。


テイルスの多かった村では、マキナの私は珍しかったのか、遊びに誘われることが多かった。
特に、秘密基地の建設や川を堰き止めるダムづくり、陣取り合戦やボードゲームなどでは私の几帳面な性格が重宝されたものだ。

仲の良い友人たちとくたくたになるまで遊んで、家に帰れば両親が優しく迎えてくれる、私の大事な故郷。

この場所を守るために、数年後、左手に青い印が浮かぶと共に私はオーガを戦う事を決意したのだ。











「いかがでしたか」

 目を開ければ、レコードはとっくに消えていて、
マスターが穏やかな笑みで私のティーカップにおかわりを注いでいた。


「今日もいい夢を見たよ
いつもありがとうな」

 そうマスターに告げると私は注がれたアールグレイに口を付ける。
追体験した記憶の風景を再度心の奥底にしまいこみ、
私は心行くまで美味しいお茶を味わうのだった。








解説

喫茶店メモリーズで聴ける、記憶を再体験できる不思議なレコード

楽しい記憶、切ない記憶、嬉しい記憶、悲しい記憶……
思い出のあの時にもう一度戻ってみませんか?



参加していただける場合は
・記憶を見る方(神人or精霊)
・どんな記憶を見るのか
は最低限お願いいたします。

もしもご指定があれば飲み物・食べ物もお書きください
無ければこちらで良さそうな物を選ばせていただきます。

参加費は、飲食代、レコード代含めお一組様500Jrとさせていただきます。



ゲームマスターより

食いしん坊の称号を返上すべく、しっとり系に挑戦してみました。
うまくかけるかドキドキです。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)

  ジャスティとの買い物中に、喫茶店メモリーズに立ち寄った。


彼が思い出したいことがあるようなので、自分は少し離れた席で待つことにした。


ジャスティを待つ間、紅茶(セイロン)とケーキをいただく。


記憶、か…。
そういえば、私のペンダントって、もうひとつはどこに行ったのかしら…。

故郷の教会では、子供が生まれたときにお守りとして月桂樹のレリーフのペンダントを2つ授けている。
ひとつは自分用に。
もうひとつは、将来大切な人に渡すためのものだ。
側面から開くようになっていて、中には所有者の誕生花とイニシャルが刻まれている。

昔誰かにあげた気がするが、記憶が曖昧…。


レコードが終わったら、ジャスティにどうだったか聞いてみる。



油屋。(サマエル)
  見る方→精霊 

内容→幼い頃・契約してからの思い出

オーガに襲われ、瀕死状態だったところを助けてからの事

(E28)依頼夏祭りでの出来事、神人が涙を流しながら
    言葉をかけてくれた

(E30)返り血を浴びた神人を綺麗だと思った

(E38)誰かがつけた神人の背中の傷を思い出す

*
レコードを聞いている精霊を覗くと涙を流していた
初めての事で戸惑う 

精霊を思わず抱きしめる

怖い夢見たの?大丈夫?

泣かないでサマエル…… アタシ、傍に居るから ね?
子供をあやす様に頬にキス

アドリブ歓迎


クロス(オルクス)
  アドリブ可

☆関連エピ26

ミルクティー
モンブラン

・任務後の帰宅途中で精霊に告白された時を神人が思い出し見る
・それは花火区域で花火をした帰り道の出来事
・あの時花火の音でオルクの言葉が聞こえず、何を言ってたのか気になり声をかける
・しかしオルクは上の空なので大声だして気付かせる
・花火の時、何が言いたかったのか相棒だから隠さないで欲しいと伝える
・契約を後悔してないか聞かれるがしてないと答えると抱き締められ告白される

返事
「オルクが俺の事を…?
俺も好き(抱き返す
だから、約束して…
俺よりも先に死なないで
俺を置いて逝かないで
死ぬ迄一緒にいてオルク」

見た後
「ふふっオルク、もっと二人で思い出作って行こうな(微笑」



「いやぁ、素晴らしい店構えですね
このこだわり抜かれた調度品が醸し出すレトロな雰囲気と、漂う紅茶の香りが絶妙に……」


 爽やかな笑顔でカウンターの向こうの初老のマスターに話しかけるサマエルを
隣に座る油屋。は視線で見つめ、オレンジジュースを一口啜る。

本性を知っている油屋にとってみれば、対外用のサマエルは胡散臭い以外の何物でもない。
だが、この胡散臭いサマエルに騙される人もかなりの数いるのだから、人とは単純なものだ。


この、喫茶メモリーズに立ち寄ったのは偶然だった。

任務を終えた帰りに通りがかった時、突然サマエルがここに寄りたいとわがままを言い出したのだ。

……思えばこの時既に、サマエルはこの喫茶店にある今の彼に必要な物の気配を感じ取っていたのかもしれない。





「記憶を見るレコード、ですか?それはまた興味深い」

 この喫茶店でしか見る事の出来ない不思議なレコードの話にサマエルが興味を示す。
隣でホットドッグをぱくつく油屋には何の断りもなく、レコードを一枚注文してしまった。

サマエルが傍若無人で自分勝手なのは今に始まったことではないので
油屋も気にすることなく二杯目のオレンジジュースを注文する。
食べ盛りの女子高生、しかも任務の後とあれば、お腹も空くし喉も乾くのだ。

「おい、乳女
そんなに食うと乳がデカくなるぞ
それ以上乳をデカくしてどうするつもりだ」

 マスターがレコードと飲み物を取りに行った隙を見計らってサマエルが油屋に耳打ちする。
蛇のようににやにやと笑って口にする内容はセクハラ以外の何物でもないが、それもいつものことだった。



「お待たせしました」


 言葉と共にサマエルの目の前に、レコードと一杯の暖かな紅茶が供される。
ほのかに香る上品な甘い香りはアップルティーだが
サマエルはソーサーごとアップルティーを油屋の方に押しやった。

「お前が飲め」

「え?サマエルが注文したのに?」

 俺は好かん、いいから飲め、とアップルティーを押し付けられ油屋は戸惑うが
少し考えてから手にしたオレンジジュースをサマエルの方に滑らせた。

「アタシのと交換ね」

 そう笑いかけた油屋を見て、サマエルはフンと鼻で笑うが
差し出されたオレンジジュースを断ることはせず、そのままレコードに手を伸ばす。



レコードには、12と書かれたラベルが貼ってあった。
そっと盤面を一度撫でターンテーブルに乗せると
針を落とそうとして、ふと、躊躇する。

……何が見えるのだろう。

ちらりと隣に座る油屋を見る。
押し付けられたアップルティーを律儀に飲んでいる姿に意を決し
サマエルはレコードに針を落とる。

何が見えても大丈夫と縋るように信じた。
 










目の前の全身鏡の中には、少年が映っていた。

美少年と言っても良いその整った顔は笑みひとつ浮かべず強張っている。
白いシャツの襟ぐりから、透き通るような白い肌と刻まれた紋様の一部が覗く。

良く見れば、それは手にも、足にも。
シャツを捲れば腹から背にかけても、びっしりと全身に刺青が入っている。


醜い、と胸の中で呟いた。

意に沿わぬ刺青は、彼の所有の証だ。

こんなもの、欲しいと思ったことは一度たりとてありはしなかった。


長いズボンを履いて、シャツの前ボタンを一番上まで留める。
袖も手首が見えないように。


手首のボタンを留めようと手を伸ばし、左手に青い紋章が浮かんでいるのに気付く。
モノクロの世界の中、左手の青だけが輝いているように見えた。

ウィンクルムのことは勿論知っている。
神人と呼ばれる紋章に導かれた運命の相手のことも。

運命の相手、と胸の中で繰り返し呟くたび、左手の紋章が存在感を強める。


自分はロマンチストではないと思っていた。

けれど、運命の相手が自分にもいるかもしれないと思うだけで、
サマエルの胸は期待と喜びに高鳴り、その氷のように冷たかった表情に
ほんの少しだけ、雪解けのような微笑みが浮かぶ。

「僕にもいつか 僕の事を愛してくれる人が現れるのかな」

 そっと右手で自身の紋章に触れた時、部屋の扉を激しく叩く音が聞こえ
サマエルの表情はたちまち元の冷たさを取り戻した。


運命の相手。
僕のすべてを受け入れてくれる誰か。



りぃぃん



自室の扉を開けると、サマエルの耳に鳴らぬ鈴の音が届いた。
辿りついた先で見たのは、蓮華草の風鈴と宵流しの告白。
まだ数ヶ月しか経っていないのに、あの穏やかなひとときが遠い昔に思える。

聞こえてくる喧騒の中、風鈴棚を背に薄明かりを映して輝く油屋の涙は
今までに見たどんな涙よりも気高く美しかった。

「大丈夫、アタシがサマエルを守るよ。絶対に見捨てたりしない。
ずっと一緒に居るから」

 小さな手は、確かな温もりでサマエルの手を包み込む。
じんわりと染みこむ優しさは掌を辿り、冷え切った心を暖めた。

指で拭った涙の雫は、泣かないサマエルの心の涙のように、その手を伝って流れてゆく。


温もりが、どれだけ欲しかったことか。


ただ一人、自分の何もかもを受け入れてくれる誰かは、
きっとこんなふうに暖かな手の持ち主に違いないと思った。


宵流しを風鈴棚に吊るせば、風がそっと鈴の音を奏でる。

サマエルを囲む風景は心地よい喧騒に包まれた聖域からその姿をがらりと変えた。



青白い月明かりを受け砕けたステンドグラスが輝く。
おわす神は違えど、ここも聖域である事は間違いない。
だが、この聖域は酷く荒れ果て、放置されていた。



サマエルが置かれた状況を認識する前に、口が勝手に言葉を紡ぐ。

「ホラ早瀬、やはりお前には赤が似合う」

 見れば目の前には、血と闇の色のウエディングドレスを纏った油屋が、
返り血を浴びながら瞳に恐怖の色を浮かべて立っていた。

ブラッディ・ブライドの名に相応しい姿に
はっとするほどの美しさと色気を感じ、その頬に手を伸ばす。
油屋の唇が震えるように動いたが、麻痺した心には内容まではわからない。

「そう沈んだ顔をするな、笑えよ。折角の美しい姿が台無しだ」

 天鵞絨のように滑らかな手触りの頬に指を這わせると、
祭りの時とは違う赤い雫がサマエルの指を濡らした。

掬った雫を油屋の唇に乗せてやれば、凶悪なほどの紅色は油屋の美しさをより一層際立たせる。


その紅に吸い込まれるように油屋の唇に視線を移すと、視界の端で荒れ果てた教会がぐらりと歪む。




背に硬い感触を感じる。

「元々傷だらけだし一つや二つ増えても平気だって」

 目の前で、サマエルの体に覆いかぶさる油屋が笑う。

その背後に、古寺の朽ちた天井が圧し掛かっているのが見えた。

神の次は仏か、とその皮肉にうっすらと笑むが、
視線の先に油屋の腹の古傷を捉えてこの先の事を思い出した。

確かこの後、早瀬の怪我の治療をしようとして……



「何だこの傷は?」


「え?傷?古いの?」


 思い出すと共に、場面が急展開する。

寺の石段で見たのは、油屋の背に刻まれた誰かの名前と思しき単語と、愛を模った記号。


サマエル自身に刻まれた刺青が所有物であったことの証ならば、
油屋の体に刻まれたこれも、酷く幼稚ではあるが誰かが刻んだ所有の証の可能性が高い。

誰かの所有物であったのか。
それとも、本人が覚えていないだけで未だ誰かの所有物なのか。


どす黒い炎がサマエルの心に灯る。


この傷に爪を立てて掻きむしって消し去りたいという抗いがたい強い誘惑に必死に耐える。

そんなサマエルをよそに、どこか遠くの声を聞くような表情の油屋が悔しくて
サマエルはその体に腕を回したのだった。

記憶とは思われぬほど鮮明な温もりに、自身の中の空洞が埋まっていくような感覚を感じ、
小さな頃からのささやかな願いが叶う予感に胸が高鳴る。


お前だけが俺を受け入れてくれた
今までの人間のように体を求めるだけの偽りの愛ではなく
本当の愛を与えてくれた
 




気が付くと、そこは喫茶店のカウンター席。
一杯のオレンジジュースを前に座るサマエルを心配そうに見つめる油屋と目が合う。

サマエルの頬には涙が流れていた。

この傲岸不遜な男が涙を流す姿など見たことが無かった。
そんなにも苦しい物を見たのかと、思わず油屋はサマエルを抱きしめた。

「泣かないでサマエル……
アタシ、傍に居るから ね?」

 悪夢を見た子供をあやすように、頭をそっと撫でられて
サマエルは初めて自分が涙を流している事に気が付いた。

記憶の中と変わらない油屋の温もり。
それがもっと欲しくてサマエルは無意識に油屋に腕を回す。
幼子がしがみつくような頼りないその腕を油屋が振り払う事はなかった。


まだ足りない

お前の全てが欲しい

あんな奴に渡すものか


求めれば求めるほど、彼女の背に刻まれた名前が脳裏にちらつき
サマエルはますます腕に力を込めるのだった。
























クロスはモンブランとミルクティー、そして3番のレコードを受け取った。

「どんな記憶が見られるんだろう、楽しみだな」

 目を輝かせたクロスとは裏腹に、
オルクスは注文したダージリンティーにも手をつけずじっと物思いに耽っていた。

「オルク?大丈夫か?」

「あ、ああ、悪い、なんでもない」

 答えたオルクスはやはりどこか上の空に見え、クロスは不思議に思いながらも
手渡されたレコードをそっと撫で、ターンテーブルに置いた。





クロスは、気が付くと蒼桜柄の着物に身を包み、
ちりちりと火花を散らす小さな炎の花を見つめていた。

ふと視線を上げると、オルクスが秋海棠柄の着流しに身を包み、
同じく線香花火を手にこちらをじっと見ていた。


(そうか、ここはあの時の……)


 考えている脳とは別に、唇が勝手に動いて言葉を紡ぐ。

「オルク、何かおかしいぞ?
 さっきからボーっとして……何かあったのか?
 何だよ、ハッキリしろよ!」


 思い出す。
この時もオルクスは、何か考え事をしていて上の空だった。
先程の喫茶店内でのオルクスの様子と似ているように思え、クロスは次の言葉を待った。

「ん? あ、あぁ、そうだな。
 い、いや、何でも……無くは無いけど……」

 歯切れの悪いオルクスの言葉。
次の言葉を待つこの時間が、永遠とも思えるほど長かった。
意を決したように、オルクスが口を開き、クロスに呼びかける。

「クー、俺は――……」


 その途端、打ち上げ花火の轟音と観客の歓声で言葉の先がかき消されてしまう。
そうわかっていたから耳も澄ましていたのに、どうやら過去を変える事は出来ないようだ。
オルクスが再度口にした言葉も、以前と同じく花火の音の陰に隠れてしまった。


「何!? 聞こえないぞ!」

「ああっ、もういいっ、気にするな!」

 伝える事を一旦諦めたオルクス。


「え、ずるいぞ! 途中でやめるな!」

「気・に・す・る・な!」

 オルクスに額をぴんと弾かれたところで、クロスの意識は喫茶店へと戻ってきた。







(そうか、あの花火か……懐かしいな)

 幸せに記憶に、優しい笑みを浮かべながらクロスは隣のオルクスを見た。
あの時の言葉を聞きたいと思ったのだ。

「なあ、オルク」

 クロスが呼びかけるが、オルクスからは何の返事も返ってこない。
見れば、オルクスはまた思考の海に飲まれてしまっているようで、
手元のダージリンティーはすっかり冷めている。

「オルク、オルクってば」

 呼びかけたオルクスは上の空のままだ。

喫茶店の静かな雰囲気を壊すのは気が引けたが、
オルクスの耳元に近づき、大きめの声で名を呼んだ。

「オルク!」

 うわ、と言う小さな驚きの声とともに、オルクスがクロスの方を見た。

「驚かせるなよクー、レコードは終わったのか」

「ぼーっとしてるオルクが悪いんだろ
俺、オルクに聞きたいことがあるんだ
……あの、花火の日の事」

 クロスの言葉に、オルクスはドキリとする。
ちょうど同じことを考えていた。

ただし、オルクスの場合はクロスとは違って、
花火の音に邪魔されて気持ちを伝えきれなかったことを悔やんでいたのだ。

(何故オレはあの時言えなかったんだ!そんなにヘタレだったか!?
いや大体花火の音がってそんなのは言い訳か)

 頭の中で自問自答を繰り返すオルクスに、クロスが真剣な表情で語りかける。

「あの時、オルクはなにか言おうとしてただろ
あれが気になってて……
俺はオルクのことは信頼できる相棒だと思ってるし
オルクにも俺のことをそう思ってほしいと思ってるんだ
だから、よければ、教えてくれないか……?」

 クロスの銀色の瞳がオルクスを見つめる。
オルクスはその瞳に躊躇いながら言葉を紡ぎだした。


「クーは、さ、オレと契約したこと、後悔してないか……?
出会ってすぐに、俺が勝手にクーの事を気に入って、その場で契約しただろ?
今になって、クーはそれで良かったのかって……気になって」

 あえて、一目惚れ、という言葉は使わなかった。
出来ればきちんと好きだと伝えてからの方がいいような気がしたのだ。

不安混じりのオルクスの言葉を、クロスは一笑に付した。

「オルクと契約したのを後悔したことなんて一度もないぜ
オルクは俺の大事な相棒だ」

 少し照れて、はにかみながらも自分の気持ちを正直に打ち明けてくれたクロスの笑顔に
オルクスは心を打ち抜かれた気がした。

(よし、いつ告白するか?今でしょ!)


オルクスは、意を決してクロスに思いを伝えようと口を開いた。

「クー、聞いて欲しいんだ
オレの今の気持ちと想いを……
一目見た時からずっと、っ」

 顔を上げ、クロスの目を見た瞬間、言葉にしようとしていた気持ちが
まるで喉に詰まったように出てこなくなる。

顔にかあっと熱が集まり、頬が赤くなっているのが自分でもわかる。
店内の温度も少し上がったように感じた。

「オルク?どうした?」

 急に黙ってしまったオルクスの顔をクロスが覗き込んだため
オルクスの顔がますます赤くなる。

「オルク、具合でも悪いのか?」

 心配そうなクロスの言葉に慌てて、なんでもない、と返せば、
すきだ、と、その三文字は喉の奥の方に引っ込んでしまい
もう一度言葉にするには、あと少し、時間が必要そうだった。














リーリア=エスピリットはジャスティ=カレックと共に買い物中に喫茶メモリーズに立ち寄った。

「記憶をたどるレコード?へえ、面白そうね」

「是非見てみたいですね」

 マスターから説明を受け、リーリアもレコードに気を引かれたが、
それ以上にジャスティが強く興味を示したようなので、リーリアは邪魔をしないよう
カウンター席に座るジャスティとは離れたボックス席に座った。


(きっと、何か大事な思い出があるのよね)

 そう納得したリーリアはセイロンティーとケーキのセットを注文し、
ジャスティの記憶の旅を待つ間優雅なティータイムを過ごすことにした。






「お待たせしました」

 マスターの穏やかな声と共に、ジャスティの前に運ばれてきたのは
カモミールティーと9番のレコード。
礼を言って受け取り、そっとレコードを手にした。

(もし見れるなら、あの時のことを思い出したい
9年前に自分の心を癒してくれた、少女との出会いを……)

 願いを込めるようにレコードをそっと撫でてから、ジャスティはターンテーブルにレコードを乗せた。
針を落とすと、静かに始まる曲とともに店内の物音が遠くなっていくのを感じた。





気づけばジャスティはとある宿の前にいた。

見覚えのあるその落ち着いた外観と、自分の手を引く遠縁の植物学者の男の背を見て
自分が求めた記憶の中にいると確信する。

9年前、オーガの襲撃によって家族も故郷も失った幼いジャスティは、遠縁の植物学者に引き取られることとなった。
当時のジャスティは心に負った喪失の傷が深く、他人に心を閉ざしてしまっていたため、
男の方も無理に話しかけたりはしなかった。
ゆえにここまでの道中、二人の間には気まずい沈黙が横たわっていた。

男につれられるまま部屋に荷物を置くと、一人で宿の中を歩き回る。

取り立てて行きたい場所があったわけではない。
ただ、部屋の中で男と二人で過ごす息苦しさに耐え切れなかった。

足の赴くままに歩き回り、気づくとジャスティは宿のテラスに辿りつき、外に出た。
小さな町の喧騒と、頬を撫でる風が心地良い。


深呼吸をしたジャスティの耳に、風にのって小さな鼻歌が聞こえ、ジャスティが辺りを見回すと、
テラスに置かれた二人掛けベンチの上にジャスティと同じか、やや年下に見える少女が座っていた。

先客がいたのかとテラスを離れようとするジャスティに気づき、少女は躊躇いなく声をかけた。

「こんにちは」

 声をかけられてしまったら、それを無視するのはなんだか心苦しくて、
ジャスティは、こんにちは、と言葉を返す。
ジャスティの返答に嬉しそうに顔を輝かせた少女は
手招きしてジャスティを呼び、自らの座るベンチの隣に座らせた。

「あなた、今ここに着いたところ?」

 躊躇いなく話しかけてくる彼女に少々面食らいながら、ジャスティは頷く。
やっぱり、と笑う彼女は艶やかな黒髪と鮮やかな赤い瞳が印象的だった。

「このお宿、私と遊んでくれそうな歳の子がいなくて退屈だったの
ねえ、私とお友達になって」

 驚いて返答に詰まったジャスティの沈黙を肯定ととったのか、彼女は楽しげに会話を始めた。

二人で夕暮れまで並んで話をした。
話といっても、彼女が話す内容にジャスティが相槌を打つようなほぼ一方的な会話ではあったが、
不思議と嫌な気はせず、少しずつ強張っていた心が解れてい区のがわかる。

「あなた、おうちはどこなの?」

 屈託のない瞳で尋ねる彼女の言葉に、心の傷が少し痛んだ。
僕の家は、もうないんだ、と幼い自分の声が答えた。

「この間、オーガに襲われて……両親も、故郷もなくなったんだ」

 僕は、一人ぼっちなんだ、と、涙をこらえたジャスティの手を彼女がきゅっと握る。
顔を上げると、彼女の赤い瞳がじっとこちらを見ていた。

「大丈夫、私がいるでしょ?
私達、もうお友達だもん、あなたはひとりじゃないよ」

 そう言って彼女はにっこりと笑うと、ポケットから何かを取り出してジャスティの掌に乗せた。
見れば、ペンダントがジャスティの掌の上、夕陽をうけてきらりと輝いた。

「それ、お守りなの
お友達のしるし、あなたにあげる」

ありがとう、と言う間もなくテラスの戸が開いて、壮年の男性が顔を見せた。
リア、おいで、と声をかけた男性に
リアと呼ばれた彼女が、はーいと返事をしてベンチから降りた。

「じゃあ、また今度ね!」

 お互いに旅の途中、明日も会えるかどうかわからないのに、サヨナラと言わないのは彼女の優しさか。
大きく手を振って宿の中へ駆けて行く彼女を見送ると、ジャスティは掌のペンダントをもう一度見た。

夕陽を受けて輝くそれは、月桂樹の葉のレリーフが施されており
シンプルながらもどこか神聖なものを感じさせる。
ぎゅっと手の内に握り込むと、なんだか心の奥があたたかくなるような気がして
ジャスティは日が沈んでしまうまで、ベンチに座ってペンダントを眺めていた。








ジャスティが記憶の旅をしている頃、リーリアはセイロンティーを飲みつつ、
手持無沙汰に胸元のペンダントを触っていた。

(記憶……か
そういえば、私のペンダントって、もうひとつはどこに行ったのかしら)

リーリアが触れているペンダントは、故郷の慣習で、生まれた子供に授けられる物だ。
本来は一人に二つ。一つは子供本人のための物、
そしてもう一つは、将来、苦楽を共にする伴侶となるべき人に渡すための物だった。

そのペンダントが、リーリアの元には一つしかない。
大事な物だから失くしたりはしないはずなのだが……
片割れが行方不明のペンダントをそっと手に取った。

そのペンダントは、ロケットのように側面が開くようになっており、
中にはリーリアの誕生花とイニシャルが刻まれている。

眺めているうちに、どうやらジャスティが記憶の旅から戻ったようだ。
リーリアはペンダントを閉じると、そっと服の中に落とし込んで立ち上がる。

その表面には、月桂樹の葉のレリーフが描かれていた。





「ジャスティ、おかえりなさい、どうだった?」

「ええ、まあ……」

 感想を尋ねるリーリアに目を向け、ジャスティはリーリアと記憶の中の少女の共通点に気付く。


(リア……
黒い髪に赤い瞳
よく似た面影
もしかして、彼女は……)



 ジャスティの胸の内で、ことり、と何かが落ちる事がした。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あご
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 11月18日
出発日 11月23日 00:00
予定納品日 12月03日

参加者

会議室

  • [7]油屋。

    2014/11/22-23:53 

  • [6]クロス

    2014/11/22-22:33 

  • [5]油屋。

    2014/11/21-21:10 

  • [4]油屋。

    2014/11/21-21:10 

    えへへーご一緒出来て嬉しいです♪
    記憶を再体験かー……(何か考え始め)

  • こんばんは!
    2人とも久しぶり。よろしくね♪

    レコード…。
    ジャスティはなんだか気になることがあるみたいだけど、私はどうするかな…。

  • [2]クロス

    2014/11/21-16:52 

    クロス:
    二人共久しぶりだな!
    今回も宜しくな(微笑)

    しっかし不思議なレコードだな…
    俺は見るとしたら…
    オルクが告白してくれた日かな…(照)

  • [1]クロス

    2014/11/21-16:30 


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